第482話 楽しむことは悪くない
「どこまで本当なのやらだ。レッテル貼りなんじゃないのか?」
複雑そうな顔をしたオタの古韮が、吐き捨てるように言った。
魔族は神授職を持っていないから人とは相容れない、神様から見捨てられたんだという理屈は、この世界に生きる人には受け入れやすいだろう。
だけど俺たちは違う。だって人型で会話ができるんだぞ?
魔族と呼ばれる人たちがもしもエルフやドワーフ、獣人とかだとすれば、古韮や俺のような異世界オタにとっては友好関係を結びたいくらいなのだ。
とはいえ、相手次第なのが難しい。もしかしたら邪悪な存在かもしれないし、俺たちが勇者だからと無条件で敵対する可能性は捨てきれないからなあ。
「そうだね。戦争の名目にしているかもしれないし」
古韮とは別の感覚で藍城委員長も眉をひそめる。
これまた聖法国アゥサと魔王国の戦争が絡んでくるのだが、内容が胸糞悪い。どうやら聖法国の連中は捕らえた敵兵士、つまり魔族に【神授認識】を使ったらしいのだ。結果としては伝承の通り、魔族は神授職を持っていないのだとか。
聖法国の支配者である教会の発表なので、嘘八百の可能性もある。なにしろ魔王国との戦争を聖戦とか言っちゃうような連中だから。
捕まった巨体族の末路なんて考えたくもないな。
もう俺の中では帝国や魔王国より、聖法国の方がラスボスっぽくなっているんだけど。
「だけど魔族が『魔術』を使うのは確実ってか」
「ややっこしいよねぇ~」
難しい顔で腕組みをした田村が魔術という単語を持ち出し、それを聞いた疋さんがチャラい笑顔で混ぜっ返す。
なぜこんな会話になるかといえば、この場にいるのが一年一組だけなので、みんなが日本語を使っているからだ。
フィルド語で人間が使う技能としての魔術を表現するならば『超なる術』が日本語に近い。それに対して魔族たちの使う技はそのまま『魔たる術』なのだ。つまり魔族の術は『超なる力』ではなく『魔たる力』で成立していることになる。
「絶対同じだろ。神授職を持っていないのだって眉唾だ。じゃなきゃ、いくら魔族の中から巨体族とやらが出てきてるからって、戦争が成立しないだろうが」
これまで何度も魔族談義をしてきたけれど、田村は人間と魔族は同じ魔力を持っているという派閥だ。理由としては簡単で、魔力なんていう不思議パワーが複数種もあるはずがないって感じで。
聖法国からはご自慢の教会騎士団やら『自称』勇者が戦争に投入されているはずだ。
アゥサには三つの迷宮があるとされている。もちろん迷宮で鍛えることができるので、精鋭というならば普通に十三階位はあるはずなのだ。
ならばそれに対抗できる巨体族はどんな性能を持っているんだという話だな。
「考えられることはいくつもあるけど、ひとつは魔族が神授職を持っている可能性だ」
委員長が立場どおりにまとめっぽい感じのコトを口にする。
神様に見放された種族というのは、迫害のために押し付けた言い掛かり。人種差別の拡大版だな。
その場合、魔族は神授職を持っていて、俺たちと同じような魔力アシストを受けているということになる。
「もうひとつは、魔族が僕たちとは別の力を持っていることなんだけど……」
「だからよ、普通に一緒だって」
「そうだね。僕としても『超なる術』と『魔たる術』が別々の原理なんて、考えたくもないよ」
続く委員長の言葉に、田村が噛みつく。苦笑を浮かべた委員長は同意の模様だ。
俺みたいに異世界を異世界だからという理屈で受け入れるのとは違い、リアリストというか科学的に見てしまう連中もいる。その筆頭格が委員長と田村だ。
ほかにだと聖女の上杉さんや寡黙な馬那あたりが、この世界の異常さを重く受け止めている方か。
「仮に魔族が神授職システムの外側にいるとしても、僕としては『超なる力』由来であってもらいたいね」
「そのあたりは八津の出番だろ?」
そんなことを言いながら委員長と田村は俺を見る。
たしかにそうなるんだよな。俺が【魔力観察】を使えば、魔族の持つ魔力の色だって見ることができるかもしれない。
勇者たる地球人を含め、アウローニヤの人やペルメッダの冒険者たちは、白に近い魔力の色を持つことは確認できている。魔獣は赤紫で、そこいらの地面にある魔力も同じ色。たぶんだけど赤紫が魔力の『原色』なんじゃないかって俺たちは推測しているのだけど。
ああいかん。近衛騎士総長の件だけでなく、視界全部が赤紫になるものだから【魔力観察】は負担がキツいな。どうしても落ち着かない。
「どこか遠くから、チラって感じがいいかな」
「覗きじゃん、八津ぅ」
一瞬使った【魔力観察】をカットした俺が冗談っぽく言ってみれば、疋さんからツッコミが飛んできた。
勘弁してくれ。ただでさえ【観察】使いということで、普段からそういう言われ方をされやすいんだから。そっと視線を逸らした綿原さんが小さく肩を震わせて笑っている。
「僕も覗いてみたいかな、エルフとか。もちろん危ないのはナシで」
文系オタの野来が俺に気を使ったのか、覗きに同意してくれた。隣ではメガネ少女の白石さんもコクコクと頷いている。
いやいやだから、覗きじゃないって。
「なんでワタシを見てるんデス?」
エルフという単語で一部メンバーから視線を向けられたミアが首を傾げる。ワタシまたなんかやっちゃいました? って顔だな。
オタグループから耳の短いエルフと呼ばれるミアは、性格がアレだが妖精顔の超美少女だ。物事を深く考えないタイプなミアは、オタ組とは別の意味でこの世界を受け入れているんだと思う。近いのは酒季姉弟なんかもそうなるか。
能天気と言うなかれ。素直で仲間を信じる連中なのだ。
「魔族についてはわたしたちだけで考えてもしょうがないでしょ。新しくできるとしたら聞き込みくらいかしらね」
いい加減にしておけといった風に中宮副委員長が話題を終わらせにきた。パンパンと手を叩くあたりが如何にもだよな。
「そうだね。もしも街で見かけたら距離を取って、どんな感じだったのかを報告するってところかな。あとをつけたりは厳禁。草間みたいな技能を持っているかもしれないからね」
「僕かあ」
この話題の締めに入った委員長がメガネ忍者の草間を引き合いに出して、みんなに同意を促した。名指しされても笑顔で乗っかる草間は、やっぱり陽の側だ。
「それで、明日の午前は三班に分かれるってことでいいかしら。留守番も決めないとね」
「二つじゃなくって? 組合と買い出しだよね」
明日の行動に話を切り替えた中宮さんのセリフを聞いて、ロリっ娘な奉谷さんが首を傾げる。
「もう一組は大使館と『オース組』よ。聞き込みはするんでしょ?」
「あははっ、そうだね!」
興味ありませんみたいな顔をしていた中宮さんだけど、やるべきことはちゃんとしておこうというわけか。微ツンデレみたいになっているぞ。
ケラケラと笑う奉谷さんに合わせて、クラスメイトたちも笑顔になる。
一年一組のムードメーカーはやはり強い。
「とりあえずグループは……、分隊でいいかしら。入れ換えは相談してね。先生からなにかありますか?」
まとめに入った中宮さんは、ここまで黙って俺たちのやり取りを聞いていた滝沢先生に話を振った。
「留守番を含めて四班に分かれるのは初めてになりますね」
すっと立ち上がった先生の言葉にクラスメイトたちは素直に頷く。
「十分に気を付けて行動するように心掛けてください」
「はい!」
「……そして、不謹慎と思わず、少しはこの世界を楽しんでもいいでしょう」
当たり前な注意事項のあとに出てきた先生の言葉に、仲間たちの表情が変わる。楽しむだって?
驚くヤツや喜ぶメンバーもいるが、田村やヤンキーな佩丘などは、盛大に顔をしかめている。それでも口を開かないのは、ここまで積み重ねてきた先生への信頼があるからだろう。
皆が先生のセリフを待ち構えている。たぶん先生は、なにか大切な心構えを言おうとしているのだ。
「みなさんは、たとえここが異世界であっても、人として生活しているんです。一年一組はこれまで一致団結して、本当に頑張ってきました。誰が何と言おうと、わたしは知っています。全てを覚えています」
そっと自分の胸に手を添えた先生は優しく微笑んでいる。
それを見てしまえば、苦い顔をしていた連中も神妙になってしまう。中には涙ぐんでいるヤツもいるし、先生シンパの中宮さんなんかは、感極まった表情だ。
「わたしたちはアウローニヤに召喚されて、不安で窮屈な思いをし、危険な目にも遭いました。全員で旅をして、ペルメッダである程度は行動の自由を得ることにもなりましたが、高校一年生であるみなさんが休日も持たずに二十四時間気を張り続けることを、わたしは健全だとは思えません」
そうして先生は思い出に浸るかのように少しの間だけ目を閉じる。
クラスメイトたちもそれぞれ、これまでの出来事を考えているんだろう。
本当にいろんなコトがあった。
突然の召喚、ハズレジョブ。それでも一年一組は俺を追放なんかしなかった。初めての迷宮、魔獣との戦い、命の奪い合い。
二層への転落事故ではみんなが助けに来てくれた。逆に救出する側になってみたり、迷宮に泊ったりもしてみんなで騒いだのは、どちらかといえばいい思い出になっている。
そして人との闘争。
まだ十五歳の俺たちが経験していいものじゃない。それでもみんながいてくれたから頑張れたけど……。
健全な高校一年生、か。
「わたしたちの目標は、あくまで日本に帰ることです。ですがみなさんは今、この世界を生きている。それもまた成長の糧にしてもらいたいと、わたしは考えます」
再び目を開いた先生は、いかにも先生なコトを言う。
この世界でだって俺たちの時間は流れていて、髪が伸びれば背も伸びた。
戻ってからではなく、この世界でも。
「せっかく空を見上げることができるようになったんです。街並みもそこにあります」
そうして先生は軽く両手を開いた。
「佩丘君、コンブを見つけてどうでした?」
「……俺の負けだよ先生。言いたいことはわかった」
「そうですか。今度は味噌と醤油に期待してもいいですか? いつも美味しい料理をありがとうございます」
「うっす」
先生はコンブに出会って笑っていた佩丘を、ちゃんと見ていたんだな。
この世界の出来事をちょっとだけでも楽しんでいいんだって、それは後ろめたい感情なんかではないと、先生はそう言いたいんだろう。
魔族という話題が出てしまって、日常の警戒に意識が向かった俺たちに先生がかけてくれた言葉だ。
俺たち一年一組は異世界でも学生らしさを忘れないように、あえて意識して日本風にバカをやってきた。
そこに異世界ならではの楽しさを乗せて、か。冒険者という単語でアガっていたのは、恥ずかしいことじゃないって言われているみたいだ。
「わたしも少しだけこの世界を楽しもうと思っています」
「スメスタさんのハンカチとかぁ?」
「疋さん……」
「ゴメンって」
真顔になった先生の威圧を受けて、茶化した疋さんの表情が引きつる。
そんな光景を見た俺たちは、みんなで笑ってしまうのだ。ただし中宮さんを除く。
「わたしからは以上です。中宮さん」
「はい。心がけの問題よ。この世界を気を抜かずに楽しみましょう」
先生からハンドオーバーされた中宮さんが難しいことを言う。
手綱が難しそうだけど、バカをやらかせば誰かが咎めて、そして助けてくれるのが一年一組だ。
俺もそこそこに異世界を楽しむとしよう。
「ほかに無ければ、さあ、体を動かすわよ」
「はーい!」
さて今日のトレーニングは先生に言われた通り、柔軟を頑張ろうかな。
◇◇◇
「紹介状、ちゃんと持ってる?」
「当然よ。本末転倒はしないわ」
浮かれた感じの野来から問われた綿原さんが、自信満々で答える。
魔族談義をした翌日、予定通りに三班で外出することになった一年一組は、それぞれ行動を開始した。
綿原さんが率いる『綿原隊』は予定していた全部の買い出しを改めて、外市街にある武器屋兼鍛冶屋に集中することになる。どの分隊にも所属していない俺はこの班に引っ付いていくことにした。
決して綿原さんがいるからという理由ではく、武器をじっくり見てみたいからだ。ついでに言えば、行く先が外市街だから魔族に遭う可能性もあるっていう理屈もある。
『綿原隊』は白石さん、野来、古韮という異世界オタが多いグループで、武器屋というワードには弱いのだ。
ついでに鉄矢を買い増しするミアが含まれているというのも選抜理由になっている。
残りの二班は『奉谷隊』がアウローニヤ大使館を経由して『オース組』へ。つまり聞き込み班だな。『夏樹隊』は組合事務所に行ってから内市街で食材調査兼買い物ということになった。
留守番組は陸上女子な春さん、野球好きの海藤、隠密メガネの草間、そして藍城委員長の四人。
四つのグループにわかれる形になったが、それぞれにひとりずつヒーラーがいる形にしているのが特徴だな。迷宮に入らない日は状況次第で、これからもこんな風にわかれて行動する予定だ。
組合には毎日顔を出して、なるべく街も調査する。新しい食材とかの思わぬ発見もあるかもしれないし、魔族にだって遭遇するかも……、ちょっと怖い。
「わたしたち、冒険者っぽいかな」
「イケてるだろ。大人数じゃないし」
白石さんが周囲をキョロキョロ見渡して、自分たちがどう見られているかを気にしている。
それを聞いた古韮が、白々しくフードを深めて口元だけでニヤっと笑った。
なにしろフルメンバーな二十二人ではなく、今日は七人での移動だ。いかにも冒険者パーティって感じになっているはず。
街を歩く俺たちの恰好は、普段通りの革鎧にフードを深く被る冒険者スタイルだ。
盾こそ持ってきていないものの、腰にはメイスをぶら下げている。背負った背嚢からカチャカチャと音がするが、街の人たちから注目を集めるような程でもない。
昨日のタイマンバトル以来、綿原さんの中ではサメマスコットがマイブームになったのか、フードの肩には白いサメが固定されている。これなら街中で驚かれることもないだろう。
武器とかに興味がなさそうなのに妙に機嫌が良さ気なのは、サメ力が供給されているからかもしれない。
俺は俺で【観察】は常時、断続的に【魔力観察】を使うことで魔族に備えている。やっぱり疲れるんだけど、あまり育てていなかった【魔力観察】だから、ちょうどいい機会だとは思うのだ。
「八津くん、気分が悪くならない程度でね」
「ああ。気を付けるよ」
俺が【魔力観察】を頻繁に使う様になったのを気にしているのだろう、綿原さんが声をかけてきた。
何気にトラウマスイッチみたいな扱いだからなあ。人混みの多いところで【魔力観察】を使うと、背景が赤紫で人のいるところが白くなるっていう、中々キツい光景になってしまうのだ。
【観察】に【視覚強化】を被せた時も慣れるまでが大変だったけど、【魔力観察】だって同じようなものだと信じるしかない。
冒険者気取りの七名が、外市街を目指してペルマ=タのメインストリートを進む。
ちなみに最後の一人は上杉さんなんだけど、これまた深くフードを被って微笑を浮かべた口元だけが見えている。街のみなさん、ここに本物の聖女がいるぞ。
◇◇◇
「えっと、ここでいいんだよね」
「お邪魔しまーす」
「こんにちは」
仲間たちが適当な挨拶をしながら開けっ放しの扉を潜る。
外市街でも治安が良い場所らしい立地に、俺たちの訪問先はあった。
組合のマクターナさんが薦めてくれた武器工房がここのはず。気を使ってくれたのか、『オース組』の専属工房と一緒だったりする。
木造のデカい建物で、看板の一つも置かれていない。これがこじんまりとしていれば、隠れ家的な秘密工房っぽさもあるのだけど、外見だけなら体育館のようだ。
「なんか、凄いな」
「棚がいっぱいだね」
窓が小さいせいか薄暗い屋内に、古韮と野来の声が響く。
壁際にある木製の棚は、天井に届くんじゃないかというくらいに高く伸びていて、それがいくつも置かれている。そんな雑多な空間が、入って直ぐに目に入ってきた光景だ。
「初めてかい? 顔を見せてもらえると嬉しいねえ」
薄暗い部屋の奥から聞こえてきた声は、低いけれども明らかに女性のものだった。
周りの仲間たちがビクっと反応したけれど、俺にはとっくに見えていたぞ。
見るからにガタいのいい女の人が、カウンターと思わしき棚の向こう側に最初から座っていた。
ファンタジーモノなら、それこそここでドワーフの登場なんだけど、普通に人間の女性だ。三十代の後半くらいで、金色の髪を短くまとめている。ペルメッダでよく見かける容貌は、いかにも普通にこの国の人だ。
「はい、初めてです。わたしたちは『一年一組』で冒険者をやっています」
肩にサメを乗せて絶好調な綿原さんが、フードを降ろして堂々と挨拶をしてみせた。
「へえ。噂は聞いてるよ」
「どこからです?」
「そりゃあもう、いろいろさ。で?」
「紹介状を貰ってきています」
ワリと低い声のおばちゃんと、綿原さんが渡り合う。実に頼もしい分隊長っぷりだ。
「どこからのだい?」
「『オース組』のナルハイト組長と、組合のマクターナ……、テルトさんからです」
「なるほどねえ。なんにしろ、お客は大歓迎だよ」
ガタリと音を立てて椅子から立ち上がったおばちゃんが、ニカリと笑う。
「ようこそ、『スルバーの工房』へ」
一気に雰囲気を変えた朗らかなその笑顔と声は、なんだか近所のおばちゃんを思い出させるものだった。
次回の投稿は中二日を空けて(2025/04/04)を予定しています。