第480話 緑色をしたソレは
「ではわたくし、行ってまいりますわ。リン、ナギ、守ってくださるのでしょう?」
「ティア、その、メーラハラさんがいるんだから」
「メーラはわたくしの半身同然ですわ。それ以外にもってことですわよ」
そんな騒がしいやり取りを残してティア様は豪華なドレス姿のまま、護衛のメーラハラさんや一年一組の有志一同を引き連れて意気揚々と街に繰り出していった。やっぱりティア様のテンションは爆アゲしている。
国土の小さいペルメッダ侯国全般の傾向らしいのだが、総じてこの国の貴族は平民と近いらしい。王都というべきペルマ=タもそうだし、地方の村々でもだ。
そこらで男爵やら子爵やらが普通に買い物とかをしているのだとか。日本でいえば、それこそ山士幌町長の息子である藍城委員長が、スーパーにいるようなモノと考えれば、それ程違和感を感じない。
普通に侯爵令嬢様に出会うことができる。ここはそういう国だということだ。
ちょっとした騒ぎになった訓練場での模擬戦イベントを終えた俺たちは、明後日の迷宮に向けて『雪山組』と一緒に拠点の警備依頼の書類を書いてから事務所を出て、そこで二手にわかれた。
片方はティア様と一緒にお買い物をするグループで、もう片方は『一年一組』のホームに直帰するメンバーだ。なにしろ組合からの正式な事情聴取を全員で受けることになって、急遽『オース組』が拠点の警備をしてくれているのだ。あまり長い時間を待たせるのも申し訳ない。
「うん、やっぱヘビタンは美味い」
「アウローニヤと味付け違うし、こりゃあ街を探索しないとだねえ」
帰宅組に含まれたイケメンオタな古韮と、アネゴな笹見さんがヘビタン串を褒め称えている。
組合事務所のある王城から拠点に戻る途中で屋台の串焼きを買い込み、それが本日の昼食だ。行儀が悪いかもしれないけれど、歩きながらの食事である。
ヘビやらカエルやら、日本にいた頃では考えられないような食材だけど、慣れというのは恐ろしいものだと思う。
アウローニヤのスパイシー風味と違って、ペルメッダでは塩コショウの味付けが多い。そんなところでもちょっとした文化の違いを感じて、その度に旅をしたんだなあと感慨深くなってしまう俺なのだ。
帰宅グループになったのは滝沢先生、委員長、古韮、アルビノ少女な深山さん、土で汚れたお坊ちゃんな田村とチャラい藤永、そして笹見さんと俺の八名。
ティア様についていったメンバーは十四人もいるってことになる。たしかに買い物は楽しそうだもんなあ。
ショッピングに向かいそうな笹見さんは風呂係としてこっちに来てくれた。深山さんもいるのは、水運びの手伝いという名目だけど、藤永の健闘を称えるためかもしれない。
バトルに参加していた鮫女な綿原さんは風呂を選ばず買い物側だけど、汗もかかずに決着をつけたそうな。運動量というより、ああいう状況で冷や汗もかかずに落ち着いていられる度胸が凄い。
後衛職になった連中はどこか性根が気弱っていう傾向があるけれど、いろいろな経験や取得した技能のせいで、戦いにひるまないメンバーも増えてきたと思う。
綿原さんもそうだし、【石術師】の夏樹、横を歩く田村、【冷徹】を持つ深山さん、【聖導術】を得てからの上杉さんあたりが顕著かな。
俺はといえば、やれと言われたらやるかな、程度だ。藤永と一緒で、どちらかといえば情けないグループの仲間だな。
「気の良い人たちばかりで助かったよ」
「冒険者ってのは気風がいいものさ」
「そうなのかなあ。古韮のは小説ネタだよね?」
「似ているところもあれば、違うこともある。今回はいい方向で一致なんだから、それでいいじゃないか」
道すがら、委員長と古韮が冒険者談義をしている。
何気に古韮が自慢げだけど、俺の知っている範囲だけでも悪辣冒険者が登場するラノベなんて山ほどあるんだよな。だけどそこはそれ、古韮の言うとおりで、善良な人たちばかりな方が望ましいに決まっている。
一年一組帰宅組は、八人でも賑やかに街路を歩く。
◇◇◇
「ふいー、さっぱりしたっす。笹見っちには感謝っす」
「お湯神様に祈りを」
「なぁにバカ言ってんだかねえ」
下っ端感丸出しの藤永と芝居がかった古韮の礼に、アネゴな笹見さんは腰に手を当て苦笑いを返す。
土と汗で汚れていたのは俺と藤永、田村の三人だけだったけど、どうせならばと委員長と古韮も加わって男子五人は湯上りだ。ここにいる女子な三人は、夜にみんなでってことらしい。
なんにしろ、イレギュラーなタイミングで優雅な昼風呂を作ってくれた笹見さんには感謝するしかないだろう。
ホームを守ってくれていた『オース組』のナルハイト組長たちは、ちょっと予定より遅い時間になってしまった俺たちを笑って迎えてくれて、ついでに特別貢献と模擬戦の話をしたら、見てみたかったと言われてしまった。
『『白組』と『雪山組』か。良かったじゃないか』
次回の警備を『雪山組』に依頼すると聞いても、組長たちは喜んでくれたあたり、やっぱり気の良い人たちだと思う。
警備代は朝イチで支払い終わっていたので、最後にナルハイト組長と先生が書類にサインを入れて、任務は完了。遅くなったお詫びに買ってきたヘビタン串を渡して、お互い笑顔でお別れした。
笹見さんたちが風呂の準備をしているあいだ、俺と先生は屋敷の屋上から周囲に監視の目が無いことを確認している。
普段から【観察】や【視野拡大】は使いまくりだけど、【遠視】と【魔力観察】の熟練上げにもなるだろうし、朝夕の日課にするつもりでいる任務だ。
「では今日のおさらいをしましょう」
「はい!」
買い物部隊が戻ってくるまでの時間は、先生による今日の模擬戦の復習講座だ。
綿原さんが不在だけど、彼女の場合は文句のつけどころのない戦いっぷりだったし、先生からなにかあるなら個別に話せばいいだけだから。
「まずは八津君からですね。動きは確実に良くなってきていますし、間合いの見切りはほぼ完璧だったと思います」
「ありがとうございます」
何気に先生は褒め上手だ。もちろん失敗や欠点だって教えてくれるけれど、まずはポジティブな部分から入ってくる。
「手首を痛めたのは残念でしたが、八津君、つぎは【身体操作】を?」
「はい」
俺は十二階位で念願の【身体操作】を取るつもりだ。なんてコトを妄想しまくったら、また妙な技能が生えてきて、そっちを先にってことになりそうだけど、とにかく【身体操作】なのだ。夏樹には負けていられない。
「八津、新しい技能生えたりしてな」
「やめろ古韮、今ソレを考えてたんだから」
妙な鋭さで心中を抉ってくる古韮だけど、フラグを増築するのは止すのだ。
「候補があって損するもんじゃないし、いいじゃないさ。あたしだってそろそろ【風術】を取りたいくらいだしねえ」
八人だけの輪にいる笹見さんが混ぜっ返してくる。彼女は【熱導師】だけあって、熱と併用できそうな魔術候補が結構あるのだ。
こういうところが【導師】の強みなのかもな。【熱導術】はまだ取れそうにないようだけど、幅広い方向の術師っていうのもアリかもしれない。
「一人でドライヤー、だね」
「だねえ」
ボソっと深山さんが発言し、笹見さんが朗らかに笑う。
笹見さんの能力が生活特化していくぜ。
「ですが八津君」
「はいっ」
雑談に流れそうになった会話を先生が引き戻す。
怒っているというわけでなく、一年一組特有の間合いを先生は掴んでいるのだ。武術家っぽい表現だな。
「技能に頼ることは否定しませんが、体作りも大切です。八津君の場合は、柔軟に力を入れてもいいかもしれません」
「はい!」
「階位で力を得ても、受け止めるだけの関節が必要ですから」
先生の教えに大声で返事をするけれど、どうにも柔軟は苦手なのだ。
一年一組の方針は『心技体魔』、ついでに『知と策』。つまり全部の要素を同時並行して強くなるというものだ。
体の柔らかさは魔力と関係ない。ゴムゴ……、はさておき【柔軟身体】なんていう謎技能は存在していないのだ。
『技の威力は可動範囲に制限されるの』
以前言われた中宮師匠の教えに疑問はない。
魔力由来の階位や技能が重用されているこの世界において、それらが存在しない日本の知識は明らかに俺たちのアドバンテージになっている。
一年一組は、文字通りに育ち盛りの高校一年生だ。鍛えれば鍛えただけ動けるようになるのは、ぶっちゃけ楽しい。インドアな俺だけど、筋トレにハマる人たちの気持ちがわかってしまうなんてな。
「田村君のタックルは見事でした。あの形に持ち込むまで、攻撃に耐え続けた心もです」
「はい」
普段は嫌味口調で敬語が苦手な田村だけれど、先生との会話ではナチュラルで丁寧になる。付き合いの長さと信頼度ってヤツだろうか。
なにしろ三か月近くも二十二人で一緒だからなあ。
「田村君もつぎで【身体操作】ですね」
「おう。はい」
そんな矢先に敬語が崩れかけるあたり、田村も【身体操作】を渇望しているのだろう。候補に出して長いという意味では俺以上だもんな。
硬いヒーラーとして活動するために、【聖騎士】な委員長と同じように、【聖術】と硬さに寄与する技能を選択しながら田村はここまでやってきた。そんな田村は自身の体格と運動神経に自信がないから、攻撃を避け切るのではなく、受けることを前提に【頑強】を取得している。そうして鍛えた打たれ強さは今日の模擬戦でも発揮された。
同じヒーラーとしてロリっ娘の奉谷さんと、聖女な上杉さんをあまり前に出さないように運用できているのは、田村の存在が大きい。グチの多いヤツではあるけれど、なんだかんだで自発的にやってくれているんだ。
「田村君も八津君と同じく柔軟ですね。それと下半身の強化を。低い姿勢は田村君の武器です」
「はいっ」
捉えようによってはチビでデブだとも聞こえるが、先生の声色にそんな含みは微塵も存在していない。
個人の体格や性格までもが武器だと言わんばかりに、先生は優しい目で語り掛けてくるのだ。
「最後に藤永君ですが……」
「っす!」
「わたしから言うことはありません。締め技の加減も出来ていましたし」
「っす!?」
藤永に言及した先生は、ちょっとだけ困り顔だ。なんかこう、無理やり褒めるところを捻りだしたような。
「藤永君は上達も速いですし、今のままで成長していきましょう」
「……っす」
元から小器用な藤永は、技術的な部分なら後衛グループで綿原さんに次ぐくらいレベルが高い。
問題なのは精神なんだろうなあ。だけどそれを指摘するのは、先生として憚られる、と。
そもそもクラスの中での練習だったら、藤永は普通に相手を攻撃できる。とくに先生や中宮さん、ミアあたりを相手にした時なんて、躊躇せずだ。
それがイザ他人となると出来なくなってしまっているのは、完全に性格からくるものだろう。
まあ、魔獣相手なら普通に戦えている藤永なんだし、単独の対人戦なんてレアな状況にさえ気を付けていれば問題ないはずだ。
「一緒に頑張ろうね、藤永クン」
「深山っち……」
やめろ、そこで見つめ合うな。
「……以上がわたしからの視点です。これまでどおり、みなさんも自分自身で考え、周りと相談してみてください」
深山さんと藤永のやり取りを見て、すっごく微妙な顔になった先生がまとめに入った。
そう、先生の指摘は大切だけど、だからといって考えを放棄してはいけない。
自分でもちゃんと考えて、ほかの連中とも相談して、足りていないことや気付きを得るのだ。気心の知れた連中が二十二人もいる。それが俺たち最大の強みなんだから。
◇◇◇
「戻りましたわよ!」
「ただいまー!」
反省会を終えた面々がまったりし始めたあたりで、玄関の方からティア様の威勢のいい声が響き、それに負けじと元気な夏樹が続く。直帰組に遅れること二時間くらい、買い物組が戻ってきたのだ。
ところでティア様、ここはあなたのホームではないはずなんだけど。
俺の心のツッコミを他所に、ティア様が先陣を切る形でクラスメイトたちが談話室に乱入してきた。
一年一組が十四人で、加えてティア様とメーラハラさん。ちゃんと全員揃っているようでなによりだ。
クラスのみんなが総じて笑顔ということは、トラブルなんかは発生しなかったんだろう。驚きなのは、ヤンキー佩丘が薄い笑みを浮かべているところだ。アイツが笑うなんて、そうそうないんだけど。
ひとつ引っかかるのは、中宮さんが複雑そうな表情になっているあたりかな。隣にいるチャラ子な疋さんがニヤニヤしているから、深刻な事態ではないんだろう。とすると先生絡みか。
なんだかんだで、俺もクラスメイトたちの繋がり方が見えるようになっているのだ。
そしてティア様は、満面の邪悪な笑みだ。作戦は望み通りの成果を上げたようだな。背後に控えるメーラハラさんは相変わらず無表情だけど、このコンビがそういうノリなのにも、もう慣れたものだ。
「ティア様、街の子供に大人気でさ」
「子は国の宝ですわよ、ハル」
「だね!」
陸上女子の春さんが、弟の夏樹に負けないくらい元気な笑顔でティア様を持ち上げる。コップを手にするティア様が優雅に答えるが、口元がヒクついていて、嬉しさを隠しきれていない。
買い出し組も帰宅して、まずは一息ということで笹見さんと深山さん、ついでに藤永が手伝ってお茶やジュースが用意された。【水術】使いたちは大活躍だよな。
ホットなお茶も、氷の浮かんだ果実ジュースも、道具も使わずその場で思いのままというのは、この世界ならではの恩恵だ。異世界モノでは冷蔵庫が無いことで苦労する展開もあるけれど、ウチには冷徹なる【氷術師】な深山さんがいてくれる。うむ、心強い。
今日のティア様は、馬車に乗らずに深紅のドレスを身にまとったまま街を闊歩したのだ。大層目立ったことだろう。
クラスメイトたちの雰囲気から察するに、ティア様はビビられることもなく子供たちにまとわりつかれたようだ。それをティア様は邪険にしなかった、と。
笑顔が黒くて口調は高飛車だけど、この悪役令嬢様はやはり良い。
「あははっ、冒険者にも言ってたし。ティア様、宝物がいっぱいなんだね!」
「メイコは良いことを言いますわね。この国はわたくしの宝物庫のようなものですわ!」
ピュアな奉谷さんがナチュラルに褒め称えれば、扇を取り出したティア様が高らかに笑う。
受け止めようによっては国民全員が自分の所有物だと言っているようにも聞こえるが、アウローニヤのリーサリット女王も人を財産としている節があった。
王国や侯国という制度を取っている以上、それはほとんど事実なのだけど、要は扱い方の問題だ。
ペルメッダ侯国の歴史は三十年に満たず、侯王様もまだ二代目だ。次世代の王様は会ったことがないティア様のお兄さんで確定しているけれど、そう悪いことにはならなさそうに思える。
アウローニヤ王国がアレだっただけに、ここの平和さが身に染みるなあ。女王様はペルメッダの実情を知っていたからこそ、俺たちを送り出してくれたってことが実感できる。
まあ、そんなアウローニヤをなんとかしようとしているのがあちらの女王様だ。二年というあやふやな期限付きではあるけれど、あの怪物女王なら上手くやりそうな気がする。隣には智謀のアヴェステラさんとシシルノさんもいることだし。
できることならどこかでアウローニヤに戻って、少しでも手助けしてあげたいという想いは、もちろんある。
本当に、できれば、なんだけどな。
◇◇◇
「さて……、タキザワ先生」
「なんでしょう」
帰宅後のお茶休憩がひと段落したところで、改まってティア様が立ち上がる。名を呼ばれた先生もまた、真面目顔で答えてみせた。
ここから始まるのは事前に予定されていた茶番だ。
だけどそれでも、ティア様にとってはとても大切なイベントになるのだろう。らしくもなくガチモードなティア様が頬を赤く染めている。
一年一組一同は彼女の目論見を知っていて加担した。いわば共犯者といっても過言ではない。
「わたくしからの贈り物ですわ」
「そう、ですか。あの、それは……」
普段ならメーラハラさんからティア様が受け取り、そこから先生にという流れなのだけど、今回だけは違う。
ティア様自身が手にした豪華なポーチから取り出されたソレは──。
「眼鏡拭きですわ!」
堂々とティア様は言い放った。
「ハンカチだよな」
「だよね~」
仲間たちがヒソヒソとやっているが、ティア様は黙殺するようだ。
ティア様が手に持っているのは、薄緑色をした正方形の薄い布だった。一辺が十五センチくらいで、端の方には黄色く花の様な刺繍が入っている。
うん、どうみてもハンカチだ。
「わたくしが『一年一組』と共に魔獣を倒し、組合に納めた素材代で購入してきましたわ。これなら文句はないでしょう?」
これこそが先生の誕生日プレゼント第二弾だった。
先生のことだから、俺たちがなにかを計画していたのには勘付いていただろう。それでもやりたいようにさせるのが先生なのだ。
作戦を思いつき、ティア様に吹き込んだのは中宮さん。
自分自身で魔獣を倒して、正当に得た対価を使った贈り物だ。俺たちと一緒に頑張ってというところが高ポイントだよな。先生の性格からして、絶対に刺さる。
前回のティア様からの贈り物は価値がありすぎて、押し付けるようになってしまったのを払拭するために、こういうやり方をとったのだ。
そんな前提があったものだから、転落事故で丸太を捨てた時、ティア様の決断がどれだけ立派だったことか。俺はそういうティア様をカッコいいと思うのだ。
問題なのはブツなんだけどな。なんでハンカチなんだよ。
「なんでアレなんだ?」
「ティア様は最初っからハンカチに決めてたみたいで……」
「事情説明は?」
「してないわよ。先生が可哀想でしょ」
横にいた綿原さんに小声で問えば、そんな答えが返ってきた。
同性におけるハンカチを贈る意味合いは『変わらない友好、敬愛』ということになるのだけど、侯爵令嬢たるティア様がそれをするのはいろいろと大丈夫なんだろうか。
なんにせよティア様は、アウローニヤ外交官のスメスタさんがハンカチを潜ませていた一件を知らない。純粋な好意で選んだに間違いないだろう。
照れ隠しなのか、ティア様はアレを『眼鏡拭き』と言い張っているけれど、先生には地味なダメージが入っているんだろうなあ。
ちなみにこの世界はガラス技術がそこそこ発達しているせいか、原始的なメガネは存在している。老眼鏡がメインらしいけど。
なるほど、中宮さんが微妙な表情をしていたのはこういうことだったのか。ついでに疋さんが意地悪い顔になっていたのも。
「なにか?」
挙動不審な先生の様子を見たティア様の顔に影がよぎる。
「いえ、ありがたく受け取らせてもらいます」
「よろしくてよ!」
だけどそこは子供に甘い先生だ。急遽表情を優しい笑みに切り替えて、手を差し出した。
そんな先生の笑顔に絆されて、喜びを露わにしたティア様がハンカチを手渡す。下賜ではなく、平等の立場として、親愛の情を込めて。
同時に談話室に拍手の音が響き渡る。当事者二人と護衛のメーラハラさん以外の全員が手を叩いたのだ。
これについても事前に取り決めてあったので、出遅れるヤツはいない。
ハンカチ……、もとい眼鏡拭きを受け取った先生は、自分の伊達メガネを外し、律儀に拭ってみせた。そんな先生の行動に拍手がひときわ大きくなる。
こうしてクエスト『ティア様から先生にちゃんとしたプレゼントを手渡してもらおう』は完遂されたのだ。
良い話、ってことでいいんだよな? これ。
次回の投稿は明後日(2025/03/29)を予定しています。
明日っ、やきうが始まる。