第475話 事情聴取は面倒くさい
「二十二人の『一年一組』に助っ人が二人程度ならば、組合としても目くじらを立てることはありません」
「ましてや低階位。主力とは言いかねますわね」
専属担当のマクターナさんと悪役令嬢ティア様がタッグを組んでいるように感じるのはなんでだろう。
それとティア様、自分のことを低階位なんて言うもんじゃない。
「イザとなれば、わたくしが冒険者になるだけのことですわ!」
「ティア……、目的がおかしなことになっているわよ」
あまりに本末転倒な発言に、友人筆頭の中宮さんが疲れた顔でツッコミを入れた。
同時に護衛のメーラハラさんの目が少しだけ細くなる。相変わらず心境が読めない人だ。
それは置いておいて、そもそもティア様の望みは強くなることと、俺たちとの交流だろう。
あれ? 冒険者になるって、ティア様の将来設計としてはアリなのか?
ペルメッダの侯息女としての義務なんて、アウローニヤとの結婚話が流れた以上、大したものじゃないような気もするし……。
俺が思い至ったくらいだ、ティア様の今後についてクラス内であからさまに話をしたことはないけれど、藍城委員長や滝沢先生を筆頭に、想像くらいならしている仲間もいるだろう。
「リン、わたくしの立場が変わってから、まだ十日ほどですのよ?」
「そ、そうね」
こちらの思惑などどこ吹く風といった様にティア様は不敵に笑う。
「正直に言えば、わたくしもまだ決めかねていますの。国内から婿を迎えるというのが一番あり得そうな話ですが、すぐにとはいきませんわ」
ティア様に釣り合う結婚相手がちょっと想像できないけれど、彼女の言っていることは真っ当なんだろう。
ペルメッダ侯爵家はティア様のお兄さんが継ぐことになっている。
ついでにティア様はアウローニヤに嫁ぐ予定だったせいで、この国の政治には深く関わっていない。だからこうして俺たちと時間を共にする余裕があるのだ。
婚約破棄からすぐつぎの結婚なんていうことにはならないだろうし、ティア様にはある程度自由に振る舞うことが許されているはず。
将来的には侯爵家の血を残すという、貴族らしい責任こそあるだろうけど。
「不勉強で申し訳ありません。ティア様が冒険者になるとして、問題点はあるのでしょうか」
なぜかティア様の去就に話が流れたところで、聖女な上杉さんから質問が飛んだ。
「そこいらの平民とは違いますわね。籍を外してまで冒険者となるならば、生涯を捧げるか、それとも多大な功績でも残さない限り、侯家への復帰は物笑いのタネにしかなりませんわ」
平民を落とすかのような表現で質問に答えるティア様だけど、そんなのは今更だ。
むしろ問題になるのは、貴族としての立場か。
男爵位を持っているティア様だけど、本質的には侯爵令嬢なので、中途半端に冒険者をやってしまえば姫様のお遊びになってしまう。
というか、俺たちにレベリング依頼を出している現状ですら、冒険者ごっこと捉えられかねない。
食べていくために迷宮に挑むのが冒険者だ。
貴族として力を得るために階位上げをするのは構わないが、立場を捨てて冒険者になるとなれば、それなりの結果が求められるということか。
「なんにしろ、先のお話ですわ」
目をギラリと光らせながら悪く笑うティア様は、冒険者になることを否定しなかった。
「わたくしの身の上についてはここまでですわ。それよりも、マクターナ・テルト」
自分の話はここまでとしたティア様は、高みからマクターナさんを促す。
仕切るなあ。でもまあたしかに、今はティア様の将来を語っても意味が薄い。
「はい。こちらが昨日納められた素材の代金になります。この場で現金にてと伺いましたので」
侯爵令嬢にも全く物怖じしないマクターナさんが、笑顔のままで革の袋をティア様に差し出した。
「素材担当からは丁寧な処理だったと伝言が」
「そちらは『一年一組』の手柄ですわ。わたくしは見ていただけですもの……。七千五百ですか。こんなものですわね」
俺たちの手際を褒めてくれるマクターナさんを他所に、ティア様は袋の中身を無造作にテーブルにぶちまけ、明細の書かれた紙片を手にする。
面白くもなさそうに金額を読み上げるティア様だけど、瞳は輝いているんだよな。九割を抜かれたとはいえ、自力で稼いだものだ。使い道も決まっているし、心の中は午後の買い物に向かっているんじゃないだろうか。
「丸太があればなあ」
「ナツ、それは言わない約束でしょ」
「あははっ、どっかで聞いたフレーズだよね」
小声で夏樹かグチれば、姉の春さんがありきたりな表現で諫める。
高一な双子は十六歳になっても仲良しだ。俺も日本に戻ったら心尋と遊んでやらないとって思わせられる。
「素材の状態次第ですが、あれだけの丸太があれば倍以上にはなったと思います」
そんな双子のやり取りを拾ったマクターナさんは、笑顔のままで解説してくれた。
ティア様の名目で俺たちが納めた素材は、ヒツジとヘビがメインだった。青リンゴは途中で食べてしまったしなあ。
救出のために必要な行為だったとはいえ、やっぱり投げ捨てた丸太がデカい。初回の迷宮でも換金して一番大きかったのが丸太だった。誰だって惜しいと思う。
「ふぅん。十五万から二十万ってとこか」
マクターナさんの説明を聞いた小太りな田村が、素早く暗算してみせる。
もしも今回の成果を過不足なく、そして『一年一組』として持ち帰ったとしていたらそれくらいになっていたってことだ。
一度の迷宮で、しかも三層でそれくらい稼げるというのは……、どうなんだろう。家賃は半年分払い終わっているし、服もそれなりに揃えてある。小物はこれからも買う必要がありそうだけど、必要な経費は食料の買い出しくらいだ。
昨日の迷宮で消費したといえば、ミアが使った鉄矢くらいなものか。
俺たちのメイン装備はメイスなので、壊れにくいっていうのは確かな強みだ。短剣の研ぎ直しが必要ってくらいかな。
そういうのをひっくるめて、会計はメガネ少女な白石さんがメインでやってくれることになっている。朗読したり歌ったりで、彼女もいろいろ大変だ。
「ではこれで侯息女殿下から『一年一組』に出された指名依頼は、問題なく達成されたものとして扱います。署名をお願いできますか」
「ですわね」
「はい」
マクターナさんがテーブルに二枚の契約書を置いて、サインを求めてくる。片方はマクターナさんの見学で、もうひとつはティア様のレベリング依頼だ。
ティア様と先生が立ち上がり、完了の欄に名前を書き込んでいく。マクターナさんの分はとっくにサインが終わっていた。
「これも、お渡ししますね」
委員長からマクターナさんに手渡された三枚目の契約書は、『オース組』に依頼した拠点の警備についてのものだ。
こちらは昨日の時点で両者のサインが終わっているので、ここでは提出するだけ。
これにて昨日の迷宮に関する契約が全て完了したことになる。
俺たちからの支払いは、『オース組』への警備。収入はマクターナさんとティア様からのものだ。
組合への上納金を差っ引いた結果は、四十五万の受け取りとなった。さっき田村が計算した十五万という数字から比べれば、ティア様のレベリングの方が儲かるのが明らかだってことだな。
こういうやり取りを見ていると、冒険者しているなあって実感が湧いてくる。
心が通じるイケメンオタの古韮なんかはあからさまにニヤついているし、文系オタの野来も嬉しそうだ。ほかの面々も、多かれ少なかれご機嫌な感じになっている。
アウローニヤでは体験できなかったけれど、迷宮で戦って稼ぐっていうのは、やっぱりいいよな。
◇◇◇
「お待たせしました」
「失礼します」
契約書のサインが終わって数分後、一度退席したマクターナさんがもうひとり組合の事務員を引き連れて戻ってきた。男の人でマクターナさんとほとんど同じ制服を着ている。
「失礼する」
続けて五十は過ぎているだろうおじさんと、さらには昨日救助したウルドウさん、【聖術師】のフュナーさんを含めた『ヤーン隊』が並んで会議室に入ってきた。
こちらの八人は『雪山組』の人たちだ。なるほど男の事務員さんは『雪山組』の専属ってことか。
「まずは礼を言わせてもらう。ウチの連中を救ってくれたことに感謝している。ありがとう」
「いえ、わたしたちは新参ですが、冒険者でありたいと思っています。助けになれたのは偶然ですが、みなさんが無事でなによりです」
グッターと名乗った『雪山組』組長さんが真面目顔でお礼の言葉を述べ、あちら側の八人がいっせいに頭を下げた。
対するこちらは先生が代表して、卒のない返事をする。
必要もないのに、向こうに合わせてなんとなく頭を下げてしまう一年一組は日本人してるよな。
「侯息女殿下にもお詫びを申し上げます。せっかくの迷宮行を中断させてしまったとか」
「謝罪を受け取りますわ。頭を上げなさいまし」
続けてティア様に向き直った『雪山組』一同がさらに深く頭を下げた。ティア様は扇をヒラつかせて鷹揚に許しを与える。
大物オーラが出まくりなあたりがティア様らしい。
『雪山組』としてはぽっと出の『一年一組』よりも、侯爵令嬢に迷惑をかけた方がおっかないのだろう。
謝罪を受け入れるというお言葉で少し空気が軽くなったが、緊張ムードが消えることはない。転落事故自体は仕方なくても、そのあとがアレだったからなあ。
「ではみなさん、お座りください」
そんな微妙な雰囲気の中、マクターナさんの仕切りで、皆が着席していく。
あちらは一列、人数の関係でこっちは二列になってテーブルを挟んで向き合う形だ。マクターナさんは俺たちと一緒で、ティア様は少し離れた特等席。ティア様の横にいるメーラハラさんだけは立ったままというのはいつも通りだな。ブレない人である。
「『雪山組』からの聞き取りは終わっています。『一年一組』が見た事故の経過をお願いできますか」
「はい。『一年一組』が『雪山組』のウルドウさんとフュナーさんの転落に気付いたのは、三層二の五区画、三番部屋付近でした──」
司会と化したマクターナさんに促されて立ち上がったのは、他ならぬ俺だ。
テーブルに開かれた迷宮の地図を指差しながら説明を始める。
この場に連れ立って『雪山組』がやってきたのはお礼もあるのだけど、ここからは事情聴取だ。
迷宮で事故が起きた場合、現場の冒険者たちは即行動をするのだが、コトが終わったあとで組合はこういう聞き取りを行うことになっている。
ちゃんと事例を集めて、今後に生かしていくというヤツだ。このあとで救援に加わった『白組』とも似たようなやり取りをするのだとか。
問題なのは、説明係が俺になっているってところだな。
報告書自体は今朝のうちに作ってあったので、読み上げるだけなら俺でなくてもいい。適任者というなら委員長でも綿原さんでも良かったはずなんだ。
『わたしは八津くんを推薦するわ』
つい一時間くらい前、組合に出向く直前になって綿原さんから無茶振りが放たれ、一年一組お得意の多数決で俺が当番となってしまったというのが経緯となる。
昨日、朗読担当を背負わされた白石さんが、丸いメガネをギラつかせて手を挙げていたのが実に印象的であった。悪い方向でも団結してしまえるのがウチのクラスの怖いところだ。
「──そこで『白組』の人たちが駆けつけてくれたので、『ヤーン隊』の護衛を引き継いでもらいました。『一年一組』からは以上です」
二十分くらいをかけて俺の説明は終わる。
やったことなんて原稿をそのまま読み上げて、指で経路をなぞったくらいなんだけど、なんかとても疲れた。
嘘や誇張は一切混ぜていないのだし、質問とかが飛んでこないといいんだけど。
「わたしがいたのは三層から二層の道中まででしたが、過不足のない内容だったと思います。ウルドウさんからは?」
マクターナさんは事故の最初から途中まで同行していたので、意味があるのは後半だけだったろう。
前半部分は要らなかったんじゃないかと少しだけモヤっとするが、決まりは決まりなので仕方がない。
「聞いているだけで恥を思い出す内容だったが、転落した俺も立派に間抜けだ」
そしてウルドウさんに至っては最初っから最後までを見届けている。
それでもあちらは事故を起こした側で、俺たちは救助した側。両者の報告をすり合わせる必要があるのだ。誰だって自分の不手際を認めたくはないだろうし、成果を大きく見せたい人もいるだろうから。
その点ウルドウさんは全面的に責任を感じている風にみえるあたり、誠実なおじさんだと思うのだ。
皆の視線を受けているフュナーさんたち『ヤーン隊』の六人は、昨日と違ってかなり落ち込んでいる。
事件のあとで組に戻ってから余程叱られたんだろう。俺もあの人たちのやったことには呆れたけれど、一晩経って落ち着いてみれば、可哀想にも思ってしまう。それくらいのヘコみっぷりだ。
「ヤヅの説明に訂正する箇所は無い。ただし、ひとつ漏れがある」
ああ、ウルドウさん、そこにツッコムんだ。忘れているとは思っていなかったけど。
説明から省いたのはこっちの思惑が無かったわけじゃないけれど、プライドを傷つけてしまったかもしれない。いや、そういう雰囲気じゃないか。
「『一年一組』は迅速に動くために素材を捨てた。三層の丸太が八本──」
「救助活動にかかる費用の補填については任意。そうでしたわね?」
やはりソレを持ち出してきたウルドウさんの発言を遮ったのは、この件では微妙な立場にいるティア様だった。
「……それは」
「そうなっています。殿下」
「そして、迷宮で事故があったとすれば救助に向かうのも、冒険者ならば当然」
口ごもるウルドウさんに代わってマクターナさんが答えると、ティア様はセリフを追加する。
手にした扇がユラユラと動いているのを見た『雪山組』の人たちは、顔色が悪い。意地悪だよなあ、ティア様は。
今朝、拠点を出掛ける前に急遽警備をお願いした『オース組』のナルハイト組長から簡単に説明を受けたのだけど、この手の迷宮事故では事件解決後の保障が問題になることが結構あるらしい。
前提条件だけど、ティア様が言ったように迷宮でなにかトラブルが発生した場合、冒険者は手助けをすることになっている。ただし、組合の規則などで明文化されてはいないっていうのがミソだ。
『冒険者は見捨てない』
冒険者という職業が生まれた時から語り継がれるとされる素敵ワード。
二次遭難が見込まれたり、のっぴきならない状況でもない限り、冒険者は諦めないのだ。
そういう不文律であるが故に、見返りは求めないとされているし、組合からの補填も存在していない。
今回のケースでは丸太が八本程度。しかもティア様に所有権があったので、金額にしたら一万から二万程度でしかなかったはずだ。
だけど高価な装備を失ったり、それ以上に大怪我や、考えたくもないけれど死者が出ることだってある。恰好を付けて、それが冒険者の在り方だと笑い飛ばせる人間がどれくらいいるだろう。
残された遺族や、もしかしたら組が傾くようなことになれば……。
だからこうして組合の立ち合いの下、当事者同士の話し合いで落としどころを探ることになる。
『吹っかけるバカもいるからな』
なんてコトをナルハイト組長が言っていたけれど、たとえば高価な剣を捨てるハメになりました、などと主張する人もいないわけではないのだとか。
今回のケースでは証人がたくさんだし、全員が五体満足で無事だから、本来ならば穏便なはずだった。
捨てた丸太が侯爵令嬢様の取り分だったという点を除けば。
「損失については、もちろんお支払いさせていただきます」
緊張した雰囲気で切り出したのは『雪山組』のグッター組長だ。
放っておいたら色を付けてとか、ティア様の依頼費用を全額持つとか、詫び料とか言い出しそうなノリになっているぞ。
あらかじめ組の中でも話し合っていたのだろう、きっかけを口にしたウルドウさんも覚悟のキマった表情になっている。
「一切不要ですわ。迷宮でそこの者たちにも言いましたけれど、冒険者はペルメッダの宝。此度の一件で、その輝きの一端を見届けることができましたの。わたくしにはそれで十分。たかが素材程度、惜しくもありませんわ」
パチンと閉じた扇を突き出したティア様は高らかに宣言してみせた。
たかが素材とか、聞く人が聞けば反感を持ちかねない発言だけど、そこはティア様のやることなので諦めるしかない。
「……殿下の配慮に感謝いたします。今後も励みたく」
気圧されたグッター組長は、一拍の間を置いてから立ち上がり、再び深く頭を下げた。『雪山組』のほかのメンバーも慌ててそれに続く。
ティア様に要らないと宣言されてしまえば、それでも是非にとはいかないだろう。ティア様は大物感を出してご満悦の様子だけれど、ある意味これは圧迫だ。
「今後も『雪山組』の活躍に期待いたしますわ」
悪い笑顔で冒険者を持ち上げるティア様はカッコいい。
とはいえ、ティア様としては内心複雑なはずなのだ。使い道が決まっていただけに、思うところはあるのだろう。
それを表に出さず強がりでもプライドを叩きつけるティア様は偉いと思うのだけど、こういう『雪山組』がビビる展開になりそうだったから丸太投棄の件は報告しなかったのに。
いや、ウルドウさんやフュナーさんが忘れるはずもないか。
済んでしまったことでもあるし、まあいい。これで話し合いも終わりだろうし、年上の人たちが恐縮している姿を見ているのは疲れるんだ。
「経緯報告と保障についてはこれでよろしいですね。では最後に、今回の件について『一年一組』に『特別貢献』があったと、組合は考えています」
最後と言いつつなんかやたらと楽しそうな表情で、マクターナさんが意外な単語を持ち出した。
次回の投稿は明後日(2025/03/19)を予定しています。