第472話 拠点に帰ろう
「遅かったデス!」
怒鳴り声で出迎えてくれたミアの様子に、みんなが笑顔になる。それでこそって感じが嬉しいんだよな。
横で苦笑いになっている藍城委員長も、らしくてグッド。
これで二十二人。やっぱり一年一組はフルメンバーでないとだ。
「この人たちにいろいろ聞かせてもらってたんだよ」
「誰デス? どっかで会ったことがあるような気がしマス」
おおっ、やっぱりミアは鋭い。胡散臭い笑みを浮かべた古韮がサーヴィさんとピュラータさんを紹介したら、ちゃんと反応してくれた。
委員長の方は……、気付いていないか。ワリと鈍感なところがあるからなあ。
で、二人と一緒にいるマクターナさんなんだけど、いつもの笑顔がちょっと歪んでいる。
俺たちと行動を共にしているサーヴィさんの素性だよな。ティア様が把握していたくらいだ、組合職員のマクターナさんが知らないはずがない。新規の参入者を調べまくるのも冒険者組合の仕事だし、ティア様が知っていたのだって、組合から流れた情報ってパターンすらあり得る。
俺の方に視線を向けてきたので、笑顔で頷くことでメッセージを送るとしよう。
「『雪山組』と『白組』のみなさんは先に地上に戻ってもらいました。ほかに協力してくださった方々もです。わたしたちが最後ですね」
本来の笑顔に戻ったマクターナさんが、救出劇の終了を宣言する。どうやら『白組』以外の冒険者たちも協力してくれていたらしい。
俺たちが集合しているのは一層に登る階段の手前だ。ここまで来てしまえば、まず問題は起きないだろう。
この場には委員長とミア、マクターナさん以外にも八名、全員がお揃いの茶色い革鎧を着た人たちがいる。マクターナさんと一緒で、組合お抱えの冒険者たちだ。というか、名前を忘れたけど、副組合長までシレって混じっている。
なんでマクターナさんが仕切っているんだろうなあ。
「先頭はあたしたちでやらせてもらうよ」
「話を聞かせてくれてありがとう。これからも交流の機会を設けたいところだね」
いざ移動という段になって、先陣に名乗りを上げたのはピュラータさんとサーヴィさんだった。
二人ともが爽やかな笑顔で、さっきしていた微妙な会話の影を感じさせない。
まあ、ここまでの道中で比較的明るい話題、主に『白組』のお二人から冒険者について語ってもらったので、一年一組の面々も心中は未だ複雑だろうけど表面上は和やかだ。
それにしてもアルビノ少女な深山さんは見事だったな。【冷徹】の効果があそこまですごいとは思っていなかった。俺にも生えないだろうか。
「ではお二人にお任せします。『一年一組』はそのあとに。わたしたち組合職員は後続ということで」
テキパキとしたマクターナさんの言葉に従い、俺たちは地上を目指して移動を開始した。
◇◇◇
「厄介ごとだったみたいだな。無事なようでなによりだ」
地上に戻ると、階段を守る衛兵さんたちが苦笑で迎えてくれた。交代時間を過ぎたのか、ティア様をよろしくと言った人はいないのが残念。
「じゃあ『出宮確認』だ。ゆっくりで構わんから順番に書いてくれ」
「はーい!」
入った時と対になる、迷宮から出てきた証明になる書類にみんながサインしていく。今日のところはここでお別れになるティア様とメーラハラさんが先頭だ。
委員長が教えてくれたのだけど、救助隊に参加した人たちは突入時に代筆が認められているのだとか。ついでに委員長とミアは、この部屋で再突入のために控えていたので、サインは不要だったらしい。やっぱりこういう細かいコトは体験してみてナンボだよな。
「ではわたくしはここで。素材をよろしく頼みましたわよ?」
「ええ、任せて」
真っ先にサインを終わらせたティア様が、お別れの言葉と一緒に中宮さんに念を押す。
丸太こそ放棄してしまったものの、ヒツジやらヘビなんかの素材は俺たちの背中に残っている。
フュナーさんから譲り受けたレタスは別として、今回の素材は全てティア様名義として組合に提出することになっているのだ。
冒険者以外が納めた素材は査定の九割というとんでもない額が差っ引かれるわけだが、それが組合の決め事だから仕方がない。ティア様ならば組合に入れなくても自前で捌く手段を持っているはずだけど、彼女は筋を通すのを好むタイプだ。
「また明日お会いいたしましょう。今日は貴重な体験をさせていただきましたわ。満足していましてよ」
「そう、なら良かったのだけど。中途半端になってごめんなさい」
迷宮装備でなければ扇を取り出して高笑いってパターンだったんだろうと思わせるように、ティア様は悪い笑顔を見せつけてくる。
対する中宮さんは自分のせいでもないのに、本当に申し訳なさそうだ。そういう真っすぐさが中宮さんっぽい。
たぶんだけどティア様は、中宮さんのそういうところを気に入っているんじゃないかと、俺は思っていたりする。
「その通り。満足はしてはいましても、それでも不完全ですわね。次回はもっと滾る戦いを所望いたしますわ!」
二年ぶりに階位を上げることが叶ったティア様はテンション高く吠え、メーラハラさんを引き連れて貴族用の扉を潜って去っていった。
どうやら悪役令嬢は更なる闘争をご所望らしい。やっぱりティア様はカッコいい系だよな。
「わたしたちも行きましょうか」
「うーっす!」
扉に消えた二人を見送った中宮さんが笑顔で俺たちを促し、みんなも元気に声を出す。
さっきまでみんなが抱えていたモヤモヤだけど、ティア様の迫力のお陰か大分マシになった気がする。
「まずは素材を預けて、それから風呂だな。組合で用意してくれてるのは助かるよ」
緩くなった空気に乗っかるように、お茶らけた声で古韮が笑う。
拠点に戻る前に風呂に入ることができるのはデカい。組合施設万歳だな。
「『雪山組』のウルドウさんから伝言です。明日にでも正式に礼をしたいと。今日は落ち着かないでしょうから」
明るくなった一年一組にマクターナさんが笑顔で確認をしてくる。
道中でも説明してくれたのだけど、今日のところ『雪山組』はこれ以上俺たちに関わらない方がいいとされた。
遭難騒ぎの余韻で組合事務所にはそこそこの冒険者が残っているらしい。連絡を受けた『雪山組』からも、遭難者とは別のメンバーも駆けつけているのだとか。そこで『一年一組』と『雪山組』が対面すれば、多くの冒険者の目の前で謝罪されるハメになる。
それがよろしくないコトというわけではないが、非常時に冒険者は助け合うというのは当然の行為だ。さらし者の様な扱いは避けるというのが通例なんだとか。
「捨てた丸太の分は『雪山組』から申し出てくれるでしょう」
「あ~、それねぇ」
「なにか?」
マクターナさんも現場にいたのだから、俺たちが三層で丸太を放棄したのをウルドウさんとフュナーさんが見ていたことは知っている。
となれば、弁償という話も出てくるのだけれど、チャラ子の疋さんが口を滑らせた。ほら、マクターナさんが怪訝な顔になっているぞ。
「な、なんでもないです。ほら、アレってティア……、リンパッティア様が自分で倒したのに意味があって」
「……たしかに、それはその通りかもしれませんね」
「自分の判断で捨てると決めたんですから、彼女はそれを大切にすると思うんです」
慌てた中宮さんが半分だけ本当のコトを言って、誤魔化しにかかった。
あの丸太はほかの素材と一緒に換金することに意味があったんだ。一年一組とティア様が協力して戦った、その成果であるということ自体に。そしてそれで──。
「みなさんは侯息女殿下と心を通じ合わせているんですね。立派です」
「いえ、そんな」
ニッコリと微笑むマクターナさんの言葉で中宮さんが照れている。
副音声で、あのワガママ令嬢とよくもまあ、ってフレーズが聞こえたような気もするのだけど。
だがしかし、まだ出会ってから一週間だけど、それでも俺たちはティア様を気に入っている。
クラスメイトの中で温度差こそあるものの、毒舌で傲慢な悪役令嬢は根底の部分で好ましい人なのだから。
などと考えてしまうと、どうしてもアウローニヤの腹黒謀略女王様を思い出してしまう。
あちらの人たちは元気でやっているのかな。混乱した政治もそうだけど、魔獣の群れに対応できているといいのだけど。
「ではわたしはここで。また明日もよろしくお願いいたします」
結局ほぼ戦闘に関わらなかったマクターナさんは、綺麗なままの鎧姿で立ち去っていった。
今日はここでお別れだけど、明日の午前中に今日の顛末についての事情聴取と次回以降の迷宮についても話し合う予定がある。
さあ明日に備えて、まずは風呂に入ろう。
その後風呂場でさっき別れたばかりのサーヴィさんたち『白組』のおじさんたちと鉢合わせになったのは、どうでもいい余談だ。
◇◇◇
「お疲れ様です、みなさん」
「スメスタさん」
別行動になってからの流れと『ヤーン隊』の有様や、サーヴィさんの素性なんかを委員長とミアに説明しながら拠点に戻ってきた俺たちだけど、門の前では留守番をしてくれていた『オース組』のナルハイト組長だけでなく、アウローニヤ外交官のスメスタさんまで待ち構えていた。
ついでに荷車が一台と、荷運びをしただろう大使館の人が二人。
首を傾げた委員長が一歩前に出る。今日は会う予定とかなかったはずだけど。
「ついさっきですが、組合の職員さんが来ましたよ。大変だったようですね」
「転落事故に出くわしました。ですけど全員無事です。事故に遭った人たちも」
「そうですか。それはよかった」
爽やかカッコいいお兄さん系なスメスタさんは、心底ホッとしたように委員長の言葉に頷いている。
「お前ら、初回からやってくれたじゃないか。侯息女様の依頼といい、全くもって大物だ」
「だねぇ。楽しいじゃあないか」
「ウチの連中とよろしくやってくれなあ」
ナルハイト組長や『オース組』のお年寄りたちが持ち上げてくれるのがくすぐったい。
白いサメがピチピチしているのも含めて、素直に嬉しそうな連中や、頭を掻いたり顔を背けて耳を赤くしているのやら、クラスメイトたちはそれぞれだ。
「それで、スメスタさんはどうして。もしかして心配して……」
委員長がスメスタさんに向き直り、申し訳なさそうに頭を下げる。
たしかにこのタイミングで『一年一組』のホームに顔を出したということは……。組合から大使館に報告でも入ったか、それともあらかじめ職員の誰かを事務所に置いていたとか。
「事故について聞いたのはついさっき、ここに着いてからですよ」
「あ、荷車って」
メガネを光らせた草間の言葉で、俺も気付く。
「『七日に一度の定期便』ですよ。今回は米だそうです」
「うおおおお!」
ニコリと笑うスメスタさんのセリフを聞いた一年一組が雄たけびを上げ、意味が分からないだろう『オース組』のみなさんが引いている。
最近の若者は、とか思われたらどうしよう。まあ、いいか。実際俺たちは若造だし、米の存在は評判を凌駕するのだ。
それに、荷物の中には待望のブツも混じっているはず。だからこその『定期便』だ。
「っし、運ぶぞ。手伝え馬那」
「おう」
ニヒルに笑うヤンキー佩丘が筋トレマニアの馬那を誘い、荷車にひとつだけ積まれていた木箱に向かう。
「あれだけのために?」
「大使館向けの荷が大半でしたので」
「ああ、そういう」
「ご安心ください。未開封ですよ」
荷車に木箱がひとつだけというのが引っかかったらしい委員長が聞けば、スメスタさんが爽やかに答えてくれる。
俺たちに向けた米だけが運ばれてきたってわけでもなさそうなのを理解して、ちょっと安心した様子の委員長は意外と貧乏性なのかもしれない。
金も含めて追加の荷物が届けば大使館の方も安定してくるだろうし、俺たちとしても大歓迎だ。特別大使としてウニエラ公国に向かったはずのラハイド侯爵とベルサリア様がペルメッダに来るまであと二十日くらいのはずだから、そうなればアウローニヤとペルメッダの関係も落ち着くだろう。
委員長の読みでは、そのタイミングでスメスタさんが男爵を授爵して、そのまま大使になるんじゃないかっていう話だ。なにせアウローニヤの王城とは別に、ここの大使館を舞台にしたもうひとつのクーデターを成功させた立役者だもんな。
「んじゃあ、俺らはここまでだな。またいつでも声掛けてくれ」
「ありがとうございます、みなさん」
「ありがとうございました!」
俺たちとスメスタさんのやり取りを見ていたナルハイト組長が業務終了を宣言し、一年一組は委員長を先頭に声を合わせてお礼をする。
転落事故に対応していたのもあって、予定より一時間近くも残ってもらうことになったからなあ。残業代とかってどうするべきなんだろう。全然そういう空気にならないけれど、明日あたりマクターナさんに相談すべきだろうか。
次回の迷宮は明後日かそのつぎの日あたりの予定だけど、今度は『雪山組』あたりに相談してみるのもいいかもな。貸し借りとかじゃなくて、ちゃんと仕事として。顔を広めろって言われているし。
「では、僕もこれで。なにかありましたらいつでも相談してください」
「ありがとうございます!」
スメスタさんもこのあたりで立ち去るようだ。
これまた全員でお礼を叫ぶ。なにしろ米と『手紙』を運んできてくれたんだから、当然の感謝である。さっきスメスタさんが未開封と言っていたのは米ではなく手紙のことで、この件について知っている人は大使館でもごく少数だ。
どんな内容なのか今から楽しみだけど、まずは腹ごしらえからだな。
夕暮れの街並みに消えていくスメスタさんと職員さんがガラガラと引っ張る荷車を、俺たちは拠点の門から見送った。
◇◇◇
「三食全部とはいかないけど、十日はイケる量があったぞ」
「女王様に感謝だね」
「手配したのはアヴェステラさんだろうけど」
「鮭も入ってるなんてねぇ」
「寒風干しだっけ、ベスティさんが作ってくれたのかも」
食堂にみんなの声が響く。食事の時間はワイワイ騒ぐのが一年一組風だ。
今日の夕食は料理番の上杉さんと佩丘が作ってくれたレタスチャーハンがメインである。
お客さんもいないのでそれほど凝った料理ではないものの、ペルメッダではレア食材となる米と卵をふんだんに使い、タマネギと豚肉、そして『雪山組』から譲られたレタスを具材にしたチャーハンは最高だ。
タンパク質と炭水化物、ついでに食物繊維が満載で、一皿で全部が得られるのが実にいい。
最近は一年一組全員が筋トレにハマっているような状況なので、エネルギー補充とばかりに全員がガツガツと料理を腹に納めていく。
夕食後も少し休んでから、運動をして夜食なんていうなかなかハードな毎日なのだ。
こうやって賑やかに食事をしていると、サーヴィさんの一件で沈んだ空気も払拭された気分になる。
このタイミングで米が手に入ったのは僥倖だ。アウローニヤとスメスタさんには感謝してもしきれない。
「鮭の方は体を動かしたあとでだね」
「なんだっけ? ゴールデンウイーク?」
「……ゴールデンタイム」
話題に出てきたシャケの寒風干しは、アラウド迷宮にシャケ魔獣が出現したのを受けて、上杉さんがアウローニヤに伝授したメニューのひとつだったりする。
シャケらしくない部分を切り落として残った身に塩を塗り込み、アラウド湖の風に晒す。できれば冷たい風がいいらしいので、夏に向かう今の時期は【冷術】使いが参加するのが望ましいのだとか。
もっとも、アラウド湖で獲れる魚でも似たような加工はやっていたらしいけど、だからこそあっさりと受け入れてもらえたという側面もある。伝統に乗っかって新しいモノを取り入れるという展開は、スムーズにコトが運ぶので大変よろしい。
ともあれ一層の魔獣というのもあるし、庶民でも普通に食べることができる食材になるはずだ。いずれはアウローニヤの王都、パス・アラウドの特産品になるかもしれない。
そんなシャケを運動した後に食することで、俺たちは筋肉を増やすのだ。体の一部はシャケでできている!
「サーヴィさんたち筋肉あったねえ」
筋トレに話題が向かったあたりで小柄な夏樹が、馬那から教わった筋肉ポーズをとる。座ったままだから珍妙なことになっているぞ。
さっき風呂でサーヴィさんたち『白組』のおじさんたちと一緒になったわけだけど、みなさん立派なガタイをしていた。
いくら階位があって外魔力なんていうパワーアシストがある世界でも、素の筋肉がムダになることはない。外魔力や技能を使いながら訓練をしたり本物の戦闘をしていれば、ちゃんと筋トレ効果となって返ってくるのだ。
歴戦の冒険者ともなればってことだな。
「ピュラータさんも腹筋割れてたよ!」
「こらっ、鳴子ちゃん!」
夏樹を真似てクイズに正解したかのようなポーズをしながら、ロリっ娘な奉谷さんが女風呂での光景を暴露する。そうか、優しそうでシュっとした感じのピュラータさんは、腹筋が割れていたのか。
すかさずクラスの風紀を守る中宮さんに怒られているのだけれど、女子陣営の筋肉事情はいちおう秘密とされているのだ。奉谷さん今、ピュラータさん『も』って言ったよな。
ううむ、ウチのクラスで腹筋が割れていそうな系女子となると……、先生、中宮さん、ミアあたりが筆頭か。いやいや、陸上女子な春さんがいる。むしろ彼女こそ本命っ──。
「どうかした? 八津くん」
「いっ、いや、なんでもないぞ」
「口調が怪しくなっているわよ?」
触れてはいけない箇所に踏み込んだ俺は、ふと目が合ってしまった綿原さんの圧に潰されたのだ。ギラっと音を立ててメガネが光ったもんなあ。
サメは筋肉を増量することってできるのかな。
次回の投稿は明後日(2025/03/13)を予定しています。