第470話 トラブルは終わったけれど
「本当にごめんなさい」
「いえ、気にしないでください。わたしたちは冒険者になるためにペルメッダに来たんですから。でしょ? 八津くん」
一年一組にサンドイッチされた『ヤーン隊』の最後列を歩く【聖術師】のフュナーさんが、サメを引き連れた綿原さんにペコペコしている。口調からしてしょっぱい対応の綿原さんだけど、そのノリで俺に振ってこないでほしい。
フュナーさんからは三層で助けられたこと以上に、二層で言い争っていた身内を情けなく思っているのがありありと伝わってくる。痛々しいよなあ。
『ヤーン隊』の人たちは自分より若い俺たちを軽んじてはいるものの、毛嫌いしている様子はない。丸太は置いてきたけれど、せめてと懇願して持ってきたズタボロのウサギを担いでいる姿がシュールだけど。
「冒険者っぽくできてたらいいんですけど。初めてでしたから」
「だな。いきなり事件だったのには驚いたけど、冒険者してたかな、俺たち」
俺が冒険者という単語を前に出してみれば、部隊を分割したせいで珍しくうしろ側にいるイケメンオタな古韮も乗っかってきた。
やっぱり冒険者っぽく振る舞えているかどうかは、俺や古韮にとっては重要なのだ。
「ふふっ、素敵だったと思います。わたしに言えた義理があるか自信はありませんけど、みなさんは立派な冒険者ですよ」
俺と古韮の妙なノリが面白かったのか、フュナーさんが小さく笑う。
この人の笑顔を見るのははじめてかな。全員が無事だったんだし、少しは気楽になってくれた方がこっちとしても助かるくらいだ。
「なら良かった」
「だねぇ」
柔らかくなった雰囲気に古韮とチャラ子の疋さんも合せていく。
これにはまだちょっとピリついていた綿原さんも納めざるを得ないだろう。
迷宮の中ではあるし、気を抜けとまでは思わないけれど、魔獣以外の要素で気をあらぶらせるのは違うのだし。そんなことくらい、綿原さんだってわかってるんだろ?
「綿原さん」
「そうね……。マクターナさんからいい点数、貰えるかしら」
窘める俺に対し、綿原さんはため息を吐いてからモチャっと笑って生臭いコトを言い出した。
今日一日の迷宮行は『一年一組』専属担当であるマクターナさんの監視下にあったともいえる。
魔獣との戦闘こそ経験豊富であるけれど、冒険者としては初めてとなる迷宮で俺たちがどこまでやれるのかを見られていたのだ。幸い俺たちはハッキリとした注意をされることもなくここまでこれた。遭難者の保護から捜索なんていうイレギュラーへの対応でも。
あとになって実はあの時の判断は不正解です、とか言われたら落ち込む自信がある。こちらとしては、それなりに頑張ったと思っているからな。
努力をしたからこそ、報われなければ悲しくなる。これが学校の期末テストとかだったら、俺なんかはヘラついて流していただろう。
だけどこちらに飛ばされてきてからは、ひとつひとつがクラス全員の危機に繋がりかねない。それだけマジってことだ。
比較になるかはわからないけれど、気合の入った体育会系の部活ってこんな感じなのかもしれないな。インドア派の俺がガチ系の部活で、しかも嫌な気分でなく立ち向かえているあたり、なるほど異世界モノの主人公が前世と人が変わるのもわかるというものだ。
なんか違うような気もするけれど。
「八津くんが変なコトを考えている時の顔よ、アレ」
「俺も知ってる。アレはそうだ。さすが綿原、よく見てるな」
綿原さん、古韮。俺は意識高い系なことを考えていたのだよ。努力の大切さ、みたいなのを。
「でもよ、綿原。あの人たちが危機感薄いのって、なんとなくわかるんだよな。八津はどう思う?」
そこから俺の存在を前提に会話を転がすあたりが古韮らしい。
どうせ綿原さんと古韮がタイマンで話すと俺がモヤるとか、そういうのを勝手に気を使っているんだろう。驚くほど男女の距離が近い一年一組でそういうのに一番配慮するのが、何を隠そう古韮だ。恋愛脳が妙な方向で進化というか、ここぞとばかりに細やかな気配りをするタイプなんだよな。
で、夜の男子部屋でネタにするまでがセットだったりするのも。
「あの人たち、結果的に上手くいったからそう感じてるのかもな。八津たちが落ちた時はみんなしてボロボロだったけど、今回は見た目だけなら元気に合流できただろ?」
半笑いの古韮は、確認するように現状を説明した。たしかにそうやって受け止めることもできるか。
「それは……、そうかもしれないわね」
言われてみればといった感じで、綿原さんも渋々理解を示す。
「一概にヌルいって決めつけるのもな。こういうのって実体験だし」
「苦労ばかりというのはイヤね」
俺と綿原さんが揃って苦笑を浮かべれば、こっちを見ている古韮が薄く笑う。絶対にあとでなんか言ってくるパターンだ。
『ヤーン隊』の人たちからしてみれば、自分たちで危機を乗り切り、善後策の話し合いをしていたら事件が解決したって感じに捉えることもできる。ウルドウさんのお説教がなかったら、成功体験にしていたかもしれないくらいだ。
命懸けの経験が必要なのかどうかは難しいところだけど、自分から進んで危ない目にあうことを推奨できるはずもない。
今回の事件については、拠点に戻ってからウルドウさんが再度キッチリと締め上げるのだろうし、俺たちとしてはそっちの好きにしてくれといったところだ。
「口惜しいですが、わたくしは地上に戻り次第、城に戻りますわ」
「そうね。ごめんなさい」
「リンが謝ることではありませんし、冒険者としてあるべき行動でしたわ」
うしろの方からは、声を潜めたティア様と中宮さんの会話が聞こえてくる。
ちなみに中宮さんを後衛に配置することを所望したのはティア様だ。すっごい目力で俺に語り掛けてきてたもんなあ。
「ありがとう。ティアも『雪山組』の人たちに気を使ってくれたんでしょう?」
「彼らを落とすことはありませんわ。それよりリン、明日なのですけれど──」
ティア様だって偉い。
なにしろ『雪山組』は、侯息女殿下のレベリングを中断させてしまったのだ。
俺たちから報告するまでもなく、同行していたマクターナさんから組合に事実は伝えられるだろう。もちろんウルドウさんとフュナーさんによって『雪山組』にも。
それでもティア様は騒ぎ立てることをせず、こうしてフードを被ったままだ。
このあと落ち合うことになるだろう、ほかの組の人が含まれている可能性が高い救援部隊に対して、口を開かないつもりなんだ。『雪山組』のやらかしが、面白おかしい風聞となることがないように配慮をして。
時間を遅めにしたのもあって、幸いなことに俺たちは『雪山組』以外の冒険者とは出会っていない。指名依頼を表に出さなければ、ティア様のレベリングをしていたことを隠すのは簡単だ。あとは組合と『雪山組』、もしかしたら侯爵家と話し合って転落事故の顛末をそれっぽく公表すればいい。
さっきの上杉さんのセリフを借りれば、馬鹿な冒険者パーティなんて見なかった、ってところかな。
そのあたりに気付いているウルドウさんはさっきフュナーさんに耳打ちをしていて、以降二人はティア様とメーラハラさんに対して物理的に距離を取っている。たぶんウルドウさんの中でティア様への評価はマックスまで上昇しているんじゃないかな。
ティア様が本音で冒険者に配慮しているのか、それとも自身のポイント上げなのかはわからないが、上手いやり口だと思う。
ついでにそういう態度を材料にして、一年一組との交流を深めようとしているあたり、伊達に悪役令嬢をやっているわけではないのだ。
「やあっ!」
「えいっ! このレタス、まだ生きてるけど、フュナーさんトドメ刺す?」
後衛陣がそうしているあいだにも、前方にいる文系オタな野来と陸上少女の春さんが、通りがかった二体のレタスをぶちのめす。というか倒し切ってはいない。二人ともトドメを刺さないあたりが余裕たっぷりだよな。相手を風で押し留めるダブル【風術】アタックがカッコ良かったぞ。
この場にいる面々で二層の魔獣が経験値的に意味を持つのは『ヤーン隊』の六人だけだけど、春さんのご指名は【聖術師】のフュナーさんだ。とにかく後衛職に獲物を譲るという、実に一年一組らしいレベリングスタイルには俺も大満足だよ。
「ウルドウさん?」
「あちらのご厚意だ。受け取ればいいさ」
「はいっ」
フュナーさんとウルドウさんのやり取りを聞いた『ヤーン隊』の残り五人がとても複雑そうな表情になっているけど、そこまでは責任を持てない。組の内側で好きにしてくれ。
これはまあ、ちょっとした意趣返しみたいなものということで。
◇◇◇
「今日の夕食に使いましょう」
「新鮮野菜だねっ! ありがとう、フュナーさん」
紐で縛った二体のレタスを肩に担いだ料理長の上杉さんのお言葉に、チビっ子な奉谷さんが嬉しそうだ。
奉谷さんの純真ビームを食らったフュナーさんは胸の辺りを抑えている。わかるぞ、その気持ち。
レタス二体だけではフュナーさんのレベルアップは適わなかったけれど、得られた素材は彼女から『一年一組』に贈られた。
ラストアタック者に所有権が発生するのが冒険者のルールだが、貢献点狙いの融通がご法度なだけで、自分たちで食べるために少量を譲ること自体は咎められることはない。
ちょっとしたモノであっても、だからこそ嬉しいってこともあるんだよな。
「ん、人がたくさん……、十人くらい? 真っすぐこっちに来てる。速い。走ってるね」
「ハルも聞こえた。たくさんいる」
前の方にいた忍者な草間に続いて、【聴覚強化】持ちの春さんが人間の接近を伝えてきた。
レタスネタで気持ちが温かくなったところに追加で朗報だ。
「来てくれたか」
「やれやれだね」
「刺客だったりして」
「冗談でも勘弁してくれよ」
クラスメイトたちが勝手なことを言い合っているうちに、助っ人冒険者たちが部屋に駆け込んできた。
面倒な引率もここで終わりかな。
◇◇◇
「すまない。本当に助かった。全員無事だ」
「罠でドジるなんてアンタらしくもないな」
「面目ない」
「いや、無事ならいいんだ」
俺たちはおじさん冒険者なウルドウさんと、あちらもおじさん冒険者のやり取りを少し遠巻きに眺めている。
救援部隊としてやってきた冒険者は男女合わせて全部で十一人。マクターナさんや藍城委員長、ミアは一緒ではなく、どうやら道中で救援要請を受けた人たちらしい。
四層からの帰り道だったそうで、つまりは全員が十一から十三階位の強者たちということになる。もしかしたらそれ以上の人も混じっているかもしれない。
ペルマ迷宮の冒険者たちを見て思うのは、バラつきだ。バリエーションとかバラエティと言い換えられるかもしれないけれど、今日は悪い方を見てしまった。『オース組』の『黒剣隊』は見事な魅せプレイを披露してくれたし、『雪山組』全部がああだとは思わないけれど、良かれ悪かれ幅があるというか。
救援に来てくれた人たちなんかは、ベテランっぽい雰囲気をプンプン匂わせているしな。
アウローニヤで出会った人たちは、騎士なり兵士なり、一定の規律があったことに気付かされる。
ハシュテル副長みたいなロクでもなしもいたけれど、迷宮内で明確に愚かな行動をしていた人っていなかったんだよな。あのハシュテルでさえ、形はどうあれ限界を悟れば地上を目指していた。つまりは最低限の下地はあったということだ。
教導騎士団として、『灰羽』の存在価値を思い知るよ。ヒルロッドさんたち、元気してるかなあ。
対して『ヤーン隊』の人たちは、いくらパニくっていたとはいえ、まともな判断ができていなかったというのは……。
「やっぱり組独自っていうのが問題なのかな」
「ん?」
大人たちの会話を見ながらさっきの一件を考えていたら、言葉になって口からこぼれてしまった。横にいた古韮が反応する。
「いや、ああいう時にどうするべきかって、組ごとで違うのかなって。っていうか、最低限のライン」
「俺たちの場合は【平静】と『しおり』だからなあ。それとデキる仲間か?」
こっちに直接被害が及ばない限り、ほかの組がどう考えていようと、そんなことはどうでもいい。とは思いつつ、それでも改善できるところを想像するのもこれまた勝手だ。
スカした答えを並べる古韮だけど、たしかに言うとおりだ。【平静】は神スキル。
そして『迷宮のしおり』という下準備と、誰かがパニくったとしても、ほかのクラスメイトが立て直すという安心感が一年一組の強みだと思う。
古韮と二人して、頼もしい仲間たちを見渡しながら笑い合うのは悪くない。
「すぐに効果がありそうなのって……、古韮、『指南書』のことどう思う?」
「教科書って感じだよな。だったらいっそ、学校か」
「……それだけで長編だな」
「だなあ」
ラノベネタなら『冒険者学院』とかが思いつくけれど、そんな施設はペルメッダには存在していない。学園編はエタるから危険というメタはさておき、組合顧問の……、ええっとバスタ顧問だ。あの人が企画している『指南書』、古韮に言わせると教科書は悪くないと思うんだよな。もちろん必要以上に俺たちを巻き込まなければ、だけど。
「んじゃあ戻るとするか。『雪山組』はこっちで先導する。そっちの、ええっと──」
「『一年一組』です。こっちはうしろから続きますので、よろしくお願いします」
「おう。任せといてくれ」
ベテランっぽい大人たちが『雪山組』を牽引してくれるなら、こちらに否は無い。向こうの確認に俺が返事をすれば、彼らはいい感じの笑顔で答えてくれた。
「ほれ、お前ら」
「……ありがとう。助かった」
「フュナーを助けてくれたのも、迎えに来てくれたのも、感謝してる」
「また、どこかで礼を言わせてくれ」
続けてウルドウさんに強く圧を掛けられた『ヤーン隊』の人たちが、ここにきてやっと真っ当にお礼をしてくれる。
一部複雑そうな表情をしている人もいるけれど、嫌悪という感じはない。明らかな年下に頭を下げるのが難しいんだろう。その点、フュナーさんなんかは笑顔でいてくれるのが嬉しい。
「わたしたちが危なくなったら、助けてくださいね?」
「ああ。そうだな。そうするよ」
笑顔の綿原さんがそう言うと、あちらのリーダーさんも薄くだけどやっと笑ってくれた。
いい話っぽくなったけど、『ヤーン隊』については意識改革とか精神修行が先だと思う。
綿原さんの笑顔にしても、身内から見れば一目瞭然で乾いていた。それでも恨みを買わない程度に、あえておべっかを使えるあたりが彼女の如才ないところだ。
「さあ、わたしたちも行きましょう。委員長とミアが気を揉んでるでしょうし」
「だな。行こう」
扉の向こうに消えていく人たちを見送ってから、綿原さんがモチャっと笑う。さっきのとは違う、彼女らしい笑い方に安心するよ。
たしかに一年一組が二十人というのは寂しいし、はやいとこ二人と落ち合わないとだ。
◇◇◇
「やあ。『一年一組』、だったか」
「あたしたちも一緒させてもらって、いいかな?」
救援部隊と『雪山組』に先行してもらい、一番最後に扉を潜った俺たちをおじさんとおばさんが待ち構えていた。ほかの人たちがさらに一部屋向こうに入りつつあるタイミングというのが小憎らしい。
この二人をおじさんやおばさんと言うのは失礼かな。たぶん三十には届かない、お兄さんとお姉さんってところだ。
「えっと、『白組』の人たち、ですよね」
答える俺の声はちょっと震えていただろう。
この人たちは救援に来てくれた十一人の中にいた二人で、所属している組が厄介なんだよ。ペルマ冒険者組合が誇る二つしかない一等級組の片割れ、『白組』のメンバーだ。ちなみにもう片方の一等級組の名前は『赤組』。ペルマの冒険者は運動会でもやっているのかな?
なるほど、たしかにこの人たちは十一人で四層に挑み、こうして積極的に救援をしてくれる、そういう模範的な冒険者なんだろう。伊達に一等級は張っていない。
男の人は金髪碧眼で線の細い優男で、女性の方は赤髪を肩まで伸ばしたカッコいいタイプの感じ人たちだ。
俺たちのことなんてスルーしてくれてもよかったのに。
ほかの人たちを先行させて、この場に残った理由は明白だ。
この二人は『一年一組』に探りを入れにきた。そうするのも当たり前か。遭難事故という偶然での接触ではあるものの、ペルマの冒険者組合にいきなり登録された『一年一組』と直接話す機会ができたのだ。
ペルマ迷宮の頂点となる一等級クランのメンバーに抜かりはないんだろう。ここで情報収集しない方がどうかしている。
「情報交換の機会だと思ってね」
想像どおりの入り方で金髪優男さんが軽い口調で語り掛けてきた。
「あの、よろしいでしょうか」
委員長が居ない状況に誰が、というかこのシチュエーションなら対話の担当は綿原さんなんだろうと思ったところで、上杉さんが柔らかい声で会話に割り込んだ。
こういう展開で口を挟むなんて、珍しいな。
いやいや、それどころじゃない。聖女なはずの上杉さんのお顔が険しくなっている。
それに気付いたクラスメイトたちに動揺が走るのも当然だろう。あの上杉さんがだぞ? これはどういうことだ?
「なんだい?」
「お名前を伺っても? お二人とは初対面ですが、わたしたちの知り合いによく似ていらっしゃると思ったので」
「……似ている、か」
「はい」
不可思議なことを言い出した上杉さんに対して男の人が一瞬だけ嫌そうな表情となり、そこから諦めたようにため息を吐いた。
似ている? 誰に?
ああいや、そうか。たしかに似ている。だとしたら、これってマズい状況なんじゃないか?
次回の投稿は明後日(2025/03/09)を予定しています。