第469話 想定とは違う最悪の結末
「ではわたしはここで」
「気を付けてくださいね」
あえてやっているのかワザとらしいくらい朗らかなマクターナさんに、クラスを代表して綿原さんが言葉を贈る。
二層と三層を結ぶ階段を登り切ったところで、一年一組は人員を分割することにした。
このまま二層を駆けて『雪山組』の五人を捜索するメンバーと、地上へ情報を伝えて救援を要請する人だ。地上側に向かうのは、組合に直接話を通すことのできるマクターナさんが適任なのは言うまでもないだろう。
この状況でマクターナさんが俺たちから離れるということの意味は重い。
ウルドウさんがいるとはいえ、新参冒険者の『一年一組』に捜索を託すのだ。今日一日俺たちの迷宮行を見守っていたマクターナさんは、俺たちのことを認めてくれたと行動で教えてくれている。
応えないとな。
「委員長も。ミアはあんまりはしゃぎすぎないようにね」
「足を引っ張らないようにするよ」
「凪はワタシに辛辣デス!」
赤紫のサメをそれぞれ鼻先に突きつけられた藍城委員長とミアも、これまた地上に走ってもらう。
十五階位とはいえ、マクターナさんの単独行はいくら二層でもちょっと怖い。数に囲まれれば手こずることだってあり得るかもしれないのだ。そうなれば時間がムダになるだけでなく、怪我をしてしまう可能性だってある。こんな状況で移動速度が落ちるような負傷は問題外だ。
そこで一年一組から、なんでもできるユーティリティなミアと、前衛ヒーラーの委員長が同行することになった。
『雪山組』の二人には委員長が【聖騎士】なのは秘密にしてある。そのため言い訳っぽく凄く頼りになる最強の騎士だとか言って全員持ち上げまくったせいで、委員長はとても困った顔だ。
二人をマクターナさんに預けることに滝沢先生は微妙に難色を示したのだけど、証人として、この場にはティア様とメーラハラさんがいる。ついでに『雪山組』の二人も。
十年以上も組合職員として活躍し、『ペルマ七剣』とまでされているマクターナさんがどこかに通じていて、このタイミングで勇者を害するというのはちょっと考えにくい。というか、それを疑いだしたらペルメッダで出会った全ての人を対象にしなければならないレベルだ。
そんなことは先生もわかっているのだけど、それでもやっぱりってとこかな。
ミアの耳元でコソコソとやっていたのは、奇襲に気を付けろって感じだろうか。野生のミアはそういう事態への対応はお手のものだ。エセエルフセンスが火を噴くだろう。
「ミアなら大丈夫だよ」
「なんか広志もワタシの扱いが雑っぽいデス。もっと熱を込めるべきデス!」
せっかく励ましの言葉を贈ったのに、どうしてそういう受け止められ方をするのだろう。
「途中で冒険者に出会えれば、都度声を掛けて協力を要請します。それでもみなさんが最前線であることに間違いはありません。どうか、ペルマの冒険者たちをお願いします」
「はい!」
みんなの大きな声に背中を押されるように、三人が走り出す。
ペルマ冒険者の威信を背負わされたらしい俺たちだけど、こういう展開は一度通った道でもある。
元チンピラ騎士のハウーズ救出は本当にギリッギリだった。今回はもっと余裕で間に合わせてみせるさ。
「こっちもだな。馬那、フュナーさんを頼む」
「……おう」
「お、お願い、します」
文字通りフュナーさんをキャリーしていたマクターナさんが別行動になったので、ここからは筋トレマニアの馬那に任せることにした。
高一にしてはデカい背中の馬那に、フュナーさんが恥ずかしそうにおぶさる。馬那の頬もちょっと赤くなっているような。
ウチの女性陣は後衛系かアタッカーばかりなので、こうせざるを得ないのだ。決して馬那で遊んでいるわけではない。コトが終わったらイジるだろうけど。
ウルドウさんには前に出てもらう予定だし、【岩騎士】の馬那はリジェネな【治癒促進】持ちで、一年一組最高の防御力を誇る。この役割り分担には、ちゃんと理屈が通っているのだ。
「準備できたよね? 行っくよー!」
スプリンターの春さんを先頭に、俺たちは走りだした。
◇◇◇
「『雪山組』の『ヤーン隊』のどなたか、近くにいらっしゃいますかー!? 冒険者さんはいませんかー!?」
迷宮二層に【騒術師】白石さんの【大声】が響き渡る。
事故現場から三層に至るルートを逆走しているので、『ヤーン隊』どころか無関係の冒険者とも接触する可能性はほとんどないのだけれど、それでも念のためって感じだ。
「ああもう、誰でもいいから居てくれればいいのに」
「ですわねっ!」
ウザったそうにカエルにサメをぶつける綿原さんがグチっている。それでも動きが鈍った魔獣を嬉々として殴るティア様とのコンビネーションは悪くない。
二層に到達した時点でティア様も戦力として動いてもらっているのだ。なんといっても八階位だからな。
「声掛けで近寄ってくるのが魔獣ばっかりって、なんだかねぇ」
「それだけ安全地帯が広がるって考えようよ」
「夏樹は前向きだ~」
軽い口調のチャラ子な疋さんと、こちらも明るい夏樹は会話をしながらも、ムチと石は止まらない。
白石さんに【大声】を使ってもらえばこうなることは織り込み済みだ。
分かっている範囲でだけど、魔獣は視覚と聴覚を持っている。もちろんメイン感覚は魔力になるのだけれど。うーん、『魔覚』とでも言えばいいのかな。忍者な草間の【魔力察知】をパワーアップさせたような能力なんだと思う。常時発動っていうのが強いよな。
声に釣られた魔獣がこっちに向かってくるけれど、ここに揃っているメンバーならば、移動しながらの無力化はそれほどの手間ではない。素材の放棄は仕方ないし、五階位のフュナーさんのレベリングなんてもってのほかだ。ただただ、進む。
時間帯としては、多くの冒険者が帰路についている頃合いだけど、三層や四層から上がってくる冒険者たちは経路が外れているので、このあたりを通ることもない。
「縄張りを決めておかないと、魔獣の取り合いでどうしたってイザコザになるんだ。そうしておかないと大手の組が有利になる」
俺たちに頼りっぱなしはよろしくないと、最前列に出たウルドウさんは剣を振るいながらも冒険者業界の解説をしてくれている。こっちからお願いしたので、みんなに聞こえるように声は大きい。
「冒険者同士の面倒事と、たまに起きる事故とを比べるとな。弱い連中が迷宮にヤラれるのと、人間同士の争いを比較したらって話さ」
事前の調べや組合の資料とは一味違う、現場の生の声ってヤツだ。文字通り生々しい理屈だよな。
ペルメッダに来てからこれまで出会った冒険者たちは、みんなが良い人ばかりだったと思う。
それでも人間同士の関係だし、魔獣の取りあいというのは自らの収入に直結する。俺はあまり手を出したことがないけれど、オンラインゲームでモンスターの奪い合いなんていうのはワリと聞く話だ。
ゲームならまだしもリアルとなれば、そりゃあギスギスすることだってあるだろう。
「ついでに言えば、個人的な理由でいがみ合う連中なんて腐るほどいる。狩場を分けておかないと、迷宮事故に見せかけて、な」
だけど、これはどうなんだろう。生臭いを通り越しているんだけど。
迷宮は命を失った人を吸う。縄張りを曖昧にしたままだと、恨みを持った人たちが争いを起こして、しかもそれを迷宮のせいにできてしまうということだ。
完璧とまではいかなくても、迷宮に吸われるまでの時間さえ稼げれば、指紋もDNA鑑定も無いこの世界なら、完全犯罪が成立しうる。
事故と事件、犯罪者が発生しないことを目指すのならば、後者の可能性を減らすのがまだマシという理屈か。
「そういうのって、イヤだねえ」
「だなあ。アウローニヤでこりごりだ」
拉致された経験があるアネゴな笹見さんがしみじみと零し、そこにイケメンオタな古韮が苦笑交じりで言葉を被せる。
「八津くん?」
「ああ、大丈夫。みんなと一緒なら問題ないさ」
「そ」
拉致仲間な綿原さんが、憂いの目をこっちに向けてきているけど大丈夫。
近衛騎士総長の件は引きずっていない。【魔力観察】も使ってないしな。
「残りは五部屋。この調子で行こう」
「おう!」
当面の目標地点である転落事故現場まではもう少し。みんなの動きからは疲労を感じないし、ペースはこのままで問題なさそうだ。
俺のコールにみんなが答えて、一年一組とほか数名の進撃は続く。
◇◇◇
「なんて、ことを」
「あ、ああ……」
ウルドウさんが青い顔で赤紫の血があちこちに飛び散っている部屋を見つめ、馬那の背中から床に降りたフュナーさんは、膝を突いて両手で顔を覆っている。
たしかにこれはあんまりだ。
「だからよ。地上に戻るのが先決だろうが!」
「まて、フュナーとウルドウさんを探さないと」
「わたし怪我してるんだけど。動くのは危ないでしょ」
その部屋には『五人』の冒険者がいた。そのうち二人が部屋の隅で床を見ながら項垂れていて、残りの三人がギャアギャアと喚きあっている。
これは酷い。
せめてもの救いは地べたに横たわるような怪我をしている人が見当たらないことと、全ての魔獣、具体的には丸太が二体とウサギが四体、そいつらが死んでいるってところだろうか。
ウサギの方は素材になるのかどうか怪しいくらい、ズタズタなんだけどな。
「お前ら……、なにをしている?」
「あっ、ウルドウさん! 無事だったんですね!」
地の底から響くような声でウルドウさんが声を掛けたら、その場の一人が口喧嘩から一転、嬉しそうな表情でこちらに顔を向けた。俯いていた二人もガバっと顔を上げて、信じられないモノを見るような目をしている。
俺たちはあえて騒がしく移動してきたのだけど、どうしてそういう反応になるのだろう。ここは迷宮の二層で、あちらには斥候職が一人いるはずなんだけど。
少なくともこっちは二部屋くらい手前で、五人の存在を察知していたぞ?
ここはウルドウさんとフュナーさんが転落事故を起こしたという部屋だ。
俺たちが三層で二人を保護してからほぼ一時間、この人たちがなんでここにいるのか、それがどうしても理解できない。
草間から五人の生存を聞かされたウルドウさんが滅茶苦茶嬉しそうにして、それから移動もできないほどの怪我だと気付いて大慌てしたり、フュナーさんがベンベン泣いて、馬那の背中をベシャベシャにしてたんだけど。
なんで五人とも普通に立って会話しているんだろうなあ。
「お前ら、とりあえず俺の話を聞けや。フュナー、治療してやれ」
「はっ、はい」
情けないという文字を顔いっぱいに書き込んだウルドウさんが言葉を吐いた。
ウチのヒーラーに治療を頼まないのは、せめてもの心遣いといったところだろうか。
◇◇◇
ウルドウさんのお説教はそれほど長くはなかった。
というより、この場でこれ以上の醜態を晒したくなかったってところだろう。『雪山組』の拠点に戻ってからが本番とみた。
聞き取ることのできた五人の言い訳だけど、罠で引率とヒーラーが消えたことにショックを受けたリーダーと斥候役が、揃って使い物にならなくなったらしい。俺たちがこの部屋に来た時に項垂れていた二人のことだ。
残りの三人は地上に戻る、この場で助けを待つ、罠に嵌った二人を助けないと、軽いけれども怪我をしているから移動は危険だ、なんていう言い合いを延々としていたらしい。大丈夫なんだろうか、このパーティ。
こんなのどう考えたって地上を目指すか、最低でも一層への階段に向かう一手だ。運が良ければ、そこまで到達できなくても、通りすがりの冒険者を頼ることもできる。
ここにいたからといって何になるのか。そんな感じのことをウルドウさんは言っていたのだけど、どこまで伝わっているのやら。
「おいおい、凄い魔術なのは認めるけどよ、大丈夫なんだろうな、アレ」
綿原さんの最新技、巨大な血ザメが冒険者たちを威嚇するように室内を遊弋している。説教の途中で繰り出したのだ。『ヤーン隊』の人たちがあんまりわかっていない様子だったのを見とがめて。
ビビる『ヤーン隊』の面々だけど、怖いのはこっちの方だよ。綿原さんはアンタたちの心情にまで配慮して、ここへの道のりを急いできてくれたというのに。
「落ち着いてください、綿原さん」
「美野里……」
「気持ちはわからなくもありませんけれど……、とてもわかるのですけど、こう考えましょう」
聖女パワーで綿原さんを窘める上杉さんが、一拍溜めた。
「『遭難した冒険者なんていなかった』と。それは良いことですから」
「さっすが上杉だぜ。わかってる」
古韮お前、今の上杉さんをそこまで無条件に持ち上げられるのかよ。見えないのか? 上杉さんから薄黒い謎のオーラが立ち昇っているのを。
薄々だけど感じてはいたんだ。魔獣がそれほど濃くもない二層なら、転落時に起きていた戦闘さえ潜り抜けていれば、それほど危機的状況ではないんじゃないかって。
転落経験がある俺たちだからこそマジモードでここまで来たのだけど、アラウド迷宮でのサバイバルと比較にならない程度に難易度は低いのだから。
ちょっとだけだけど期待していたんだよ。ぽっと出の組がいきなり遭難者の救助に成功して、周りに認められるなんていう感動的な光景を。
結果としてはそういう体裁になるかもしれないけれど、全然誇る気になれないのはどうしてなんだろう。
ああはなるまいという、反面教師として納得するしかないのかな。
「ありがとう、ティア」
「面倒事を避けているだけですわ」
せめてもの救いはティア様が深くフードを被り、この状況を見て見ないフリをしてくれていることだ。
本気で感心している中宮さんに返事をする声には、いつもの力強さを感じない。お怒りになるかとビクビクしていたのだけど、どうやら呆れの方が強いようだ。
ティア様をこんなにするなんて、ある意味大したものだよ、『ヤーン隊』のみなさんは。
「とっとと戻りたいなあ」
「言うなよ古韮、ウルドウさんが可哀想だ」
「いやいや、俺たちがバカみたいだろ、この状況」
「まあな。俺も薄々そう思ってる」
疲れた声になっている古韮にはもちろん俺も同感だ。
俺たちが口を出せばウルドウさんは従ってくれるだろう。けれどもそれをしたらメンツをつぶすことになる。
この場の主導はウルドウさんに任せるべきだ。なので一年一組側は『雪山組』の固まっているあたりから離れた壁際で様子見をしている。綿原さんのサメはちょっかいをかけにいってたんだけどな。
「まあいい、出発するぞ」
「あの、えっと、丸太の素材がまだ。俺たち必死で倒したん──」
「黙れ。解体する時間はいくらでもあっただろうが」
先輩であるウルドウさんの指示に半ば逆らってまで、この期に及んで丸太を回収したいと言い出す根性はどこからくるのだろう。
「お前たちの落ち度だ。素材は諦めろ。このまま救援が増え続けるのを待つ気か?」
「いえ、それは」
「上に向かってくれた人たちはこちらの経路を把握している。真っすぐ進むだけで落ち合えるだろう。俺が言うのもなんだが、はぐれたりしないでくれよ?」
「……はい」
無意味に食い下がった『ヤーン隊』の隊長だけど、ウルドウさんのお怒りゲージにビビって、最後は尻つぼみだ。なにをしているんだろうなあ。
実は一年一組側でも天然で善良なメンバー、たとえば弟系の夏樹やロリっ娘な奉谷さんあたりが、素材回収を手伝わないかって素振りを見せていたのだけど、クラスメイトたちが全力でストップをかけた。
ウルドウさんに申し出るような空気でもなかったし、手伝ってしまったら『ヤーン隊』の人たちの株が下がりまくる。ヘタをしたら逆恨みをされかねないからな。
委員長がこの場にいれば上手く話を進められたかもしれないけれど……、今頃は地上からこっちに向かっているあたりだろうか。
「で、道中だが……、ヤヅに任せてもいいか?」
「……わかりました」
この状況で俺に振ってくるウルドウさんだけど、階位と人数を考えれば仕方がない。二十二対七だもんなあ。
別の救助隊がいてくれたらそっちに押し付けられたのに。
フュナーさん以外の『ヤーン隊』の人たちが訝しげな目で俺を見ているけれど、こっちだってやりたくてやるわけじゃないというのを理解してほしい。
「『ヤーン隊』のみなさんは、『一年一組』のあいだに入ってください」
「な──」
「彼らは全員が十階位と十一階位だ。三層で散歩するように戦っていたぞ」
俺のセリフに噛みつきかけたあちらのリーダーを遮り、ウルドウさんが口を挟んだ。
リーダーさんの気持ちもわかるんだ。先生を除けば俺たちは若造の集団なんだから。しかも髪を黒く染めて勇者ごっこを楽しんでいるようにすら見えているかもしれない。
『一年一組』が結成された件は冒険者組合から通達されているので、俺たちが十階位以上の冒険者だというのは誰でも知っていることだ。それでも人は見た目に引っ張られる。
神授職と階位が当たり前の世界でも、年下に仕切りを預け、しかも介護してもらうのだと言われれば反発だって出て当然だ。
イヤだなあ。こんなやり取りに時間を使っていたら、本気でティア様がキレるかもしれないし。
だからといって、ここで『ヤーン隊』を分離するというのも気が引ける。ウルドウさんが万全の状態である以上、十中八九問題はないと思うのだけど、妙なテンションになっているほかの人たちが危なっかしくて仕方がないんだ。
「前とうしろに分けよう。前の方は草間、馬那、田村、藤永──」
ここから先に速度は必要ない。前後左右の安全を重視しながらの移動だ。
そのためのメンバーを振り分けていくけれど、心の中ではため息ばかりがこぼれている。
早くお家に帰りたい。
次回投稿は明後日(2025/03/07)を予定しています。