第468話 彼女たちが創りだす槍
「申し訳ありません」
「構いませんわ! 冒険者はペルメッダの宝ですもの、素材ごときと比較するまでもありませんわ」
行動を始めてすぐに、おじさん冒険者のウルドウさんがティア様に詫びを入れている。
同じ組の若手を二層に残してしまったという状況に混乱状態だったウルドウさんだけど、ティア様が同行していたことに気付いたところで一度固まった。
もちろん俺たちが急かして今は移動できているのだけど、恐縮しきりの様子だ。
魔獣の返り血で汚れてこそいるものの、ティア様の革鎧は最高級品で、肩にはペルメッダ国章と侯爵家の紋章、ついでに男爵個人としてのパーソナルマークまでが貼り付けられている。ちなみに赤い靴に金色の羽。ティア様っぽくてカッコいい。
そしてヘルメット越しとはいえ、やたらと目立つ金色のドリルヘアーが四本も生えているわけで、長年冒険者をしている人なら絶対に気付いてしまうのだ。
わかっていなかったフュナーさんは、マクターナさんの背中にしがみつきながら、顔を青ざめさせて黙っている。
なんでこんな展開になっているかといえば、結局放棄してきた丸太の持ち主がティア様だったからだ。
迷宮で得られる素材については、基本的にラストアタックを持っていった人のものになる。
前回の俺たちもそうだったように、依頼をして接待されたとしても倒した人がティア様ならば、それはその人の所有物というのが基本ルールなのだ。
俺たちは今回のイレギュラーに対し、侯息女たるティア様の持ち物の一部を投棄してまで速度を重視しているという形になる。
そりゃあウルドウさんがビビるのも当たり前だ。
依頼人が卸した丸太の売却金額は制度上九割が組合に抜かれることになるので、侯息女たるティア様にとっては微々たる金額、はした金にすら届かないモノなのだけど、今回ばかりは事情があるんだよなあ。ティア様担当の中宮さんを経由して、たった一人を除き一年一組一同はその企みを共有しているのだ。
そのせいもあって半ば流れだけど、背負った荷物の中には丸太以外の魔獣素材が詰まったままだったりする。
スプリンターな春さんの例もあるように、走る速さというのは階位だけで決まるわけでもなく、いわば技術なのだ。現に俺たちの進撃速度は迷宮に入った時とそれほど変わっていない。
丸太を捨てたのは単にデカくて邪魔っていうだけの理由で、それ以外の素材は戦闘の障害にならなければそれでいいのだ。丸太を武器にするという案もあるのだけど、それはさすがに。
容量無制限時間停止機能付きマジックバックとかインベントリとかがある世界観だったら良かったのにな。なにせ石とか鉄は例外として、魔獣由来の素材で一番の高値が付くのが丸太だから。
そちらはさておき。
「わたくしの指名依頼は完遂されていない、ということですわね」
「……階位の指定は無かったはずよ? ティア」
救助を優先することに賛成を示したティア様だけど、移動しながら中宮さんにウザ絡みをしている。
素材を捨てたことが面白くなさそうでありながら、それでいて恩着せがましくねちっこい表情だ。さっきまでの気風のよさは何処へいったのやら。悪役令嬢の面目躍如といったところだな。
「わかっていますわよ、リン。条件をふたつ」
「聞くわよ、もう」
「ひとつは、つぎの機会を設けること。依頼料はちゃんと払いますわよ?」
「あとで決を採るわ。それでいいでしょ?」
「仕方ありませんわね」
二人の会話からわかるようにティア様は最低でももう一度、レベリング依頼を出すつもりのようだ。受ける受けないは一年一組の判断になるのだけど、押し切られるんだろうなあ。
まあいい。ひとつはわかったし、ティア様なら絶対そう言うだろうなって思っていたから驚きもしない条件だ。さて、続くのは。
「もうひとつは……、やるからには絶対に全員を助けなさい。わたくしの依頼を中途半端にしてまでですのよ。失敗など許しませんわ!」
「限界まで手を伸ばす。わたしたちに言えるのはそれくらいね」
ティア様の発破に中宮さんは真面目顔で答える。
『手を伸ばす』マクターナさんにあやかった表現ではあるが、そんなのはティア様に言われるまでもない。
けれども、クラスメイトたちの顔つきが一段階変わったかな。覚悟を決め直したって感じで。
逆にウルドウさんとフュナーさんは顔色を悪くしているけれど、それは見なかったことにしておこう。
「じゃあ、わたしは前に出るわね」
「ええ、お行きなさいな。『女神の槍』を見せてもらいますわ」
「やめてよ、それ」
進撃の穂先となるべく、中宮さんは足を速めた。
◇◇◇
「『雪山組』、ですか」
「ああ。地元から見える山がな──」
「あぁぁい!」
「イヤァァ!」
移動する隊列の後方で俺とウルドウさんが話しているあいだも、前方からは派手な声が聞こえてくる。ついでに打撃音も。
その度にウルドウさんがビクっとして目を見張るものだから、会話が長く続かないのが難しいところだ。
とりあえずだけど、転落してきた二人が所属しているクランが『雪山組』という名前であることはわかった。道民的にとても良い名前だと思う。付き合いのある『オース組』は初代組長の名を使っているけど、地元の風景にあやかるっていうのもアリだよな。
現在隊列の先頭を務めているのは滝沢先生、ミア、中宮さん、春さんの四人だ。
ルートは確定しているので、忍者な草間は二列目で最低限の索敵だけして、道中で魔獣が現れたらウチの攻撃力トップ連中が即対応する形だな。今回は敵が現れても、そう簡単にルートは変更しない。パワープレイでまかり通るのだ。
本来なら先頭を張るはずの騎士連中は、中央をアタッカーの四人に任せて、左右からの魔獣に構えている。完全にゴリ押しな陣形だけど、ここは一度通った経路にほぼ被っているので魔獣は薄い。
一度受けてから攻撃を仕掛けるのが一年一組の基本スタイルだけど、今ばっかりは先の先を取る戦法の一択だ。
トラップについても先頭を行く四人は、全員が【視覚強化】持ちだから問題ない。負担をかけていることは間違いないが、短時間ならやってくれるのが彼女たちだ。
「邪魔デス! イヤァッ!」
こういう展開になるとミアの弓がとにかく強い。正面の扉から現れた【三脚単眼鹿】の一体を一射で仕留めてみせた。
ピッチャー海藤のボールは補充が効かないので温存だけど、アーチャーミアの鉄矢はペルメッダでも普通に手に入る。二層に上がればもっと楽になるのは見え見えなので、三層脱出で使い切っても問題ない。回収せずに突き進む。
「しゅあっ!」
「えいや!」
さらに二体のシカは、中宮さんと春さんが足を折ることで対応してくれた。トドメなんて差すつもりはないので、このまま放置で駆け抜ける。
ひとしきり中宮さんにグチったティア様と、それを護衛するメーラハラさん、そしてウルドウさんも後方だ。フュナーさんを背負ったマクターナさんもうしろの方にいる。殲滅力が保障されているマクターナさんだけど、人を背負った状態ではさすがにムリがあるからな。今は素早い移動に専念してもらっている状況だ。
こういう陣形を採用しているのは、一年一組の連携に外様が合せられないという理由もある。
ミアの遠距離射撃や無軌道に動きまくる春さん、踏み込み時の瞬間移動が意味不明な先生と中宮さんに初見で合わせるのはまずムリだ。今の彼女たちはティア様のレベリングをしていた時と違って、本気の殲滅モードなのだから。
彼女たちは魔獣を倒すのではなく、通行のために壊すだけの攻撃を繰り出していく。結果としてトドメを刺すことになってもそれが狙いというわけではない。もちろん素材なんて回収するはずもなく、後続のメンバーはなぎ倒された魔獣のすぐ傍を駆け抜けるのだ。
高速移動を意識した『草樹陣』は、後始末まで考慮した綺麗な進撃だけど、こちらは巨大な槍とかメイスといった感じになる。ただひたすら前進するための陣形だ。
クラスの中では『ハンマーヘッド』とか、アタッカー全員が女子なので『ヴァルキュリアランス』、龍に引っ掛けて『覇龍陣』なんて名前が候補に挙がっている。
それでも欠点は明らかだ。前線四人の負担が大きいから短時間しか使えないし、アラウド迷宮のような魔獣の群れに対してはおっかなくてムリ。前にいるアタッカーが分断されたら色々と終わる。
今のところ群れが確認されていないペルマ迷宮の三層で、しかも往路で魔獣を減らしておいたからこそやれているだけってことだな。必殺技が通用する時間が短いのは、お約束ってものだろう。
ぶっちゃければ、こういう緊急事態をまかり通るためのヤケクソみたいなものというのが俺の認識だ。なんとなくだけど連携を重視する一年一組らしくないというイメージがあって、個人的には美しくないと感じている。
なので正式名称は付けないで、名前遊びに興じるくらいがちょうどいいと思うんだ。
「ごめん田村、ヒールちょうだい」
「ったく、もうちょい手加減覚えろよ」
横倒しになったシカをしり目に、右肘を左手で庇う様にした春さんが田村を呼ぶ。そんな春さんに悪態をつきながらも、田村は駆け足で追いすがり、すかさず治療を開始した。
この陣形、結局こういう展開になるんだよなあ。
「春はまだまだデス」
「なにおう」
性根が元気なミアは、速足で移動しながらヒール中の春さんをからかってみせる。
本気で真面目な進撃中でも鬼気迫るって感じじゃないのがありがたい。ミアと春さんはこういう修羅場の最前線でも天性の明るさをみせてくれている。それがどれくらい大切なことか。
最後のアラウド迷宮で俺が使い物にならなくなった時は酷い有様だったけど、これくらいの熱さと緩さが同居するのが一年一組の本領だ。
「なんというか、凄いなアンタら」
一年一組の快進撃を見て、驚きを経由して呆れ顔になったウルドウさんの感想である。
「それよりも、もうちょっと詳しい経緯を教えてもらえますか」
「……そうだな」
あとで報告することになるだろうことをここで聞くのは申し訳ないけれど、どこかに捜索のヒントが埋まっているかもわからない。
チラリとマクターナさんを見てから、ウルドウさんは口を開いた。
ウルドウさんの所属する『雪山組』は中規模三等級の中堅クランらしい。成立の経緯は『オース組』と似ていて、ペルメッダ北部にあるいくつかの村の出身者を助け合う目的で結成されたのだとか。
それはさておき、今回の事故は『雪山組』でも一番の駆け出しパーティ、五階位と六階位のメンバーで構成された『ヤーン隊』が、指導役のウルドウさんの引率で二層にチャレンジした時に起きた。
尺取虫丸太二体を相手に前衛となる四名が戦い、斥候担当が周辺警戒、回復役のフュナーさんは監督のウルドウさんに守られてそれを見ていたそうだ。
「斥候が甘かったんだろうな。戦闘に気を取られて、本分が疎かになった」
苦い顔で語るウルドウさんからは痛恨の色が伝わってくる。
本来ならばサイドなりバックアタックに集中するべき斥候担当が追加の魔獣に気付いたのは、相手が部屋に突入してくる直前だったらしい。
反射的に数歩後ずさったフュナーさんの行動は咎められるようなものではないだろう。ただし方向がマズかった。部屋の隅にあった『滑落罠』が発動し、フュラーさんが転落。五階位の後衛職である彼女一人が三層に転落すればほぼアウトという状況に、ウルドウさんは一緒に落ちることを選択した。
「……仕方のない判断だと思います。全員が助かる可能性を求めれば、そうするしかありませんね」
「そう言ってもらえると」
すぐ近くで話を聞いていたマクターナさんは、薄く笑ってウルドウさんを支持する。励ましという意味もあったのかもしれないが、俺もウルドウさんの選択自体は間違っていないと思う。
転落先にヘビがいたのは不幸だけど、すぐ近くに俺たちがいたのはラッキーだ。運の天秤みたいなものだな。
「やっぱりわたしが……」
一連の流れを聞いていたら、マクターナさんの背中にいるフュナーさんが落ち込んだ声をこぼした。
「たしかにアレはやらかしだ。だけどお前はこうして生きている。つぎ以降で気を付ければいい」
「……はい」
発動させてしまった『滑落罠』だけど、最初の戦闘突入時に斥候担当の人とウルドウさんによってトラップの位置は周知されていたらしい。
つまりフュナーさんは、わかっていたはずのトラップを踏んでしまったのだ。
そりゃあ落ち込みもするだろう。
だからといってちょっと色が違うだけで、線で囲まれているわけでもない罠を瞬時に判定するのは結構難しいと思う。ウチのメンバーは【視覚強化】持ちが多いし、なにより俺が【観察】を使って部屋に入るたびに確認しているから、余程の乱戦でもない限り問題は起きない。
「わたしも『滑落罠』に嵌ったことあるんですよ」
「え?」
どう声を掛けたものかと思ったところですぐ前を行く綿原さんが、サメの頭だけをこちらに向けて俺たちの持ちネタを暴露してくれた。
驚き声のフュナーさんだけど、俺たちは幽霊なんかじゃないからな。ちゃんと生還してここにいる。
「わたしもなんです」
「俺もなんですよ。あと、あそこで暴れてるミアの四人で」
近くにいた聖女な上杉さんが乗っかり、ならばとばかりに俺も付き合う。
「美野里と八津くんは巻き込まれた側でしょう? わたしが起動させたんだから」
自虐なコトを言っているワリには綿原さんの声は明るい。場を暗くさせないためもあるのだろうけど、今となってはいい思い出だもんなあ。一年一組の本気を実感させられた事件だったし。
「みんなが助けに来てくれたから、わたしたちはこうして全員揃って無事です。フュナーさん、助ける番ですよ?」
「はい。ですけどわたし、こんな足手まといですし」
「何言ってるんです。元気な姿を見せてあげるのだって、立派な手助けです。自分に置き換えてみてください」
「……そう、ですね。そうですよね」
上手いよなあ、綿原さん。
こちらを見ていたマクターナさんの笑みが深くなっている。ティア様の目つきは鋭いし、ウルドウさんは感心しきりだ。
目を付けられちゃったかもだぞ?
「イヤァァ!」
「しゃぁーうっ!」
前の方からミアやら中宮さんやら、威勢のいい声が響く。救援行動に入ってから三度目の戦闘だけど、この経験値をティア様に回せていればなあ。
詮無きことか。二層に登る階段まではあと数分ってところだろう。そうなれば進撃速度もさらに上がるはずだ。
もう少しだけ頼もしいアタッカーたちに頼らせてもらうとしよう。
◇◇◇
「やっぱりアンタらが『一年一組』だったのか。噂になってるぞ」
二層への階段を登っている途中でウルドウさんが、いまさら納得の表情を浮かべている。
「バレますよね」
「そりゃあそうだろ。見たこともない冒険者がいきなり湧いて出たんだ。しかもしっかり強いときた」
「いろいろあったんですよ、アウローニヤで」
「そうなんだろうな」
勇者という単語を使わずに適当にボカす俺だけど、周囲の視線は生温い。綿原さんに任せたいところだけど、残念ながら彼女はこちらを振り向かないでいる。どうして肩が震えているんだろう。
ついでに近くにいる外様の三人、マクターナさん、ティア様、メーラハラさんは完全に事情を知っているわけで。
メーラハラさんは通常営業の無表情でいてくれているけれど、ティア様の悪い笑みがいろいろと怖い。あれでそこそこには良識の持ち主だからこの場で暴露はしないだろうけど、むしろコトが終わったあとでイジるネタに使われそうな気がする。
「アンタらにどんな事情があったとしても、俺は恩を忘れない。もちろん『雪山組』もだ」
「最高の報酬ですね。俺たちは新参なので、味方が多いと助かります」
「そんなのすぐだろ。絡んだら誰でもわかる」
やたらとムズ痒いことを言ってくれるウルドウさんだけど、味方が多いのは大歓迎だ。
大きく頷くフュナーさんも思いを同じくしてくれているみたいなのが嬉しい。
それとだけど、俺たちは意外と敵対者も多かったんだよなあ。アレはほとんどが政治的立場がある人たちばかりだったから、平民集団の冒険者とはまた違うのだろうけど。
「八津くん、二層が見えてきたわよ」
「まだまだ暴れられマス!」
前の方から中宮さんとミアの声が聞こえてきた。
いよいよ二層だ。行程自体は半ばとはいえ、難易度が下がったのは間違いない。
さあ、全員を助けて味方を増やすとしよう。名乗りはしないけれど、勇者ムーブは全開だ。
次回の投稿は明後日(2025/03/05)を予定しています。