第467話 以前と違って全会一致
「マクターナさんも同じですか?」
「ええ。クサマさんの【気配察知】を信じるなら、そうなると思います」
念のために『ペルマ七剣』たるマクターナさんに確認してみれば、彼女も綿原さんと同意見のようだ。
一層か二層から『滑落罠』で人が落ちてきたというパターンか。綿原さんの後追いではあるけれど、なるほどこの状況を一番説明しやすい話だ。
タチが悪いのは俺や綿原さん、ミア、上杉さんが転落した時と違って、落ちた先にはヘビが待ち構えていたということだろう。転落した人が二層で行動していたならば、良くても七階位である可能性が高い。二人でヘビ七体を相手にするのは荷が重すぎる。
迷宮も意地の悪いことをしてくれたものだ。まだ見ぬ人には同情しかない。
急いで助けてあげないと。
「前衛、先行してくれ! マクターナさんもお願いします」
「おう!」
俺の声を受けて、前衛陣の面々が一気に走り出した。
スプリンターの春さんを先頭に、野球少年の海藤、風使いの野来、野生なミア、武術家の中宮さんと滝沢先生、もちろん十五階位のマクターナさんも速い。忍者な草間が一歩遅れているのは、この際見なかったことにしておこう。
状況を鑑みれば、作戦なんて考えている時間も惜しい。ここで後衛メンバーが千切られたところで、二部屋を移動する時間差なんて十秒あるかないかだろう。
ヘビ七体を相手にウチの前衛陣が突出したところで不安はない。むしろ後衛が到着した時には終わっている可能性が高いくらいだ。
「ティア様とメーラハラさんは後衛と一緒で」
「なんですって!?」
「すみませんけど、今回だけは」
「……仕方ありませんわね」
釣られて追いかけ始めていたティア様は、申し訳ないけど戦力外だ。ヘビ七体分の経験値は凄く惜しいのだけど、今回は人命が関わってくるだけにな。
吠えたティア様だけど、彼女は聞き分けのできない人ではない。渋々ではあるが前衛に続く後衛陣に足を合わせてくれた。
とにかく間に合ってくれればいいのだけど。頼んだぞ、前衛陣。
◇◇◇
「田村か上杉さん、この人に【解毒】掛けてもらえるかな。そっちの人は【聖術】で」
「ティア様、ヘビ、二体残してあるよ!」
「とっ捕まえておきマシた!」
一斉出撃から十秒とちょっと、現地に後衛組が辿り着いた時点で、コトは終わっていた。
床にへたり込んだ小柄な女性の傍で困った顔になっている藍城委員長と、足で瀕死のヘビを踏んづけている春さんとミアの図だ。
マクターナさんの横には三十歳くらいの茶髪なおじさんが青い顔で立っている。魔獣の返り血で酷いものだが、目立った怪我はない。どこかを庇っている様子も無いし、打撲がせいぜいってところかな。
「奥の部屋は気配なしだね」
すかさず草間が報告してくれた。
こと斥候にかけては本当に優秀なんだよな。誰に言われずともやるべきことをキッチリとやってくれるというのは、こういう状況では本当に助かる。
なんにせよ、現状ここが安全だと判明したのはデカい。転落した人も無事そうだし、状況を把握するくらいの時間は作れそうだ。
落ちた二人の無事は確定できたとして、はたして上はどうなっているのか。
「ティア様、やっちゃってください」
「わかりましたわ!」
とりあえず生きた魔獣が残っているのもアレなので、ティア様をけしかけておこう。
一番手加減ができなさそうな二人がお残しをしている理由は想像できる。人命救助を最優先にした以上、先生や中宮さん、そしてマクターナさんあたりは容赦なしの一撃で沈めたんだろう。
委員長の横でうずくまっている女の人に素早く田村が駆け寄った。おじさんの方には上杉さんが向かう。
治療のためにあえて上杉さんと田村を待ったということは、それくらい余裕があるってことだ。もしも切羽詰まっていたなら委員長が真っ先に治療をしているはずだし、自分が【聖騎士】であることをバラす状況でもないという判断だろう。
チラっと視線を送った俺に、マクターナさんは小さく頷いてくれた。委員長のやり口にお咎めはないらしい。
ペルマ迷宮三層のヘビはアラウド迷宮のよりもちょっと細身で、持っている毒は『嘔吐』ではなく『麻痺』だ。どっちも柔らかいけれど、動きが速くて体表が毒でヌメるものだから、多数を相手にすると怪我はともなく、毒のせいで完封が難しくなる。二人がマヒっていたら危なかっただろう。
田村が【解毒】を受け入れろと話しかけた相手は、二十歳に届いていないだろう若い女の人だった。顔色を悪くしているのはマヒのせいか、それとも『滑落罠』に嵌った恐怖からか。なんにせよお気の毒に。
「『滑落罠』で間違いないんですよね?」
「あ、ああ。助かった。ありがとう」
治療光景にもヘビにも興味を見せずにおじさんに歩み寄った綿原さんが、前置きもせずに問いかけた。
水路経由で落ちてきたのだろうおじさん冒険者はこの場でヘビと戦ったのもあって、ずぶ濡れな上に返り血で酷い有様だ。
ん? たとえ数十秒だったとしてもこの人、ヘビ七体を相手にして無事だったのか?
上杉さんの治療もすぐ終わったってことは、本当に大したことのない怪我だったんだろう。七階位にできることだろうか。
「二層からですか?」
「……そうだ」
「上に何人残っていて、その人たちは大丈夫なんですか?」
詰問口調で畳みかける綿原さんの表情には切羽詰まった焦りがある。
彼女がここまでキツくなってしまう気持ちはわかる。落ちた人を間抜けだなんて言いたいわけではなく、滑落の経験者として事態を深刻に受け止めているんだろう。
それこそ上に残された人たちの状況や気持ちまでを含めて心配をしているのだ。
「上は五人……、だ。無事ならだが」
「どういうことです?」
苦く顔を歪めたおじさんの物言いに、綿原さんの表情が険しくなる。
嫌な予感がするやり取りを聞いていた仲間たちも、これには静かになって二人の会話に集中するしかない。
ティア様も素早くヘビを倒してのけたようで、今は黙って腕組みをしながらこちらの様子を窺っているだけだ。割り込んでこないでくれるのは正直助かる。
「戦闘中に横から別の魔獣の攻撃を受けたんだ。それで──」
「わ、わたしのせいですっ!」
事情を説明しようとしたおじさん冒険者だったけど、そこに叫び声が割り込んだ。
田村の【解毒】を受けた茶髪のお姉さんが、地べたに座ったまま悲痛な表情を浮かべているのだけど、この展開はいただけない。
「フュナー……」
「ウルドウさんが、わたしを助けようとしてくれて……」
大声を上げたお姉さんがフュナーさんで、おじさん冒険者がウルドウさんだというのはわかった。
だけどこの場はそうじゃないだろう。誰が良いとか悪いとかじゃない。
「今、悪者探しは要らないと思います」
いつもより一段低い声になった綿原さんの圧がキツくのしかかる。
脅しモードになったマクターナさんが憑依したかのようだ。あ、ご当人のマクターナさんが深々と頷いている。
しかしこういう時こそマクターナさんの出番だとも思うのだけど、彼女は綿原さんの口を遮らず、このまま様子を窺うようだ。こんな場面ですら、俺たちに主導権を渡すのか。いやいや、こっちの選択が本当にマズい様なら口を挟んでくるはずだ。
つまり現時点の綿原さんはマクターナさん的に、失態を犯していないってことになる。
「……すまん。あとで言ってきかせておく」
「……」
綿原さんの気迫を受け止めたウルドウさんがバツの悪そうな顔になり、フュナーさんに至っては引きつった表情で黙ってしまった。
けどまあ、これはこれでアリか。年上に対する態度としてはアレだけど、今は必要な情報を得るのが先だ。
「二層で戦闘中に追加の魔獣に襲われて、『滑落罠』で落ちたのがお二人。上に残されたのは五人ってことですね。その人たちの安否は不明」
「そうだ。残った五人は剣士が四人と斥候が一人。階位は五と六」
箇条書きみたいに得られた状況を並べる綿原さんの意志はしっかりと伝わったようで、ウルドウさんがこれまた短めに状況を説明していく。これでいいんだよ、これで。
「わたしたちは全員が十階位ですから、お二人の安全は保障できると思います。問題は上の五人ですね」
大言壮語っぽいコトを言う綿原さんだけど、嘘ではない。
落ちてきた二人がたとえ一階位だったとしても、このメンバーなら地上まで戻すくらいはやってのける。もちろんこっちに敵対したりしなければ、だけど。
全員が十階位と言ったのは、説明を短くするためだ。ウチには十一階位もたくさんいるし、十五階位のマクターナさんや八階位のティア様のことまでいちいち説明するのも面倒くさい。
「助けは必要ですか?」
キッパリと綿原さんが問いかける。
深刻なのは二層に残された人たちだ。戦闘中に魔獣のおかわりを食らった上に、二人がトラップで転落とか、物理的にも精神的にもかなりヤバいんじゃないだろうか。
状況を呑み込めた仲間たちが、真剣な眼差しをウルドウさんに向けている。
「すまないが、助力してもらえるだろうか。ウチの若手なんだ。上手くやれているかどうか……」
俺たちに救助された時点で助けを乞うつもりだったんだろう、ウルドウさんの返事は即決だった。
こちらとしてもそう言ってもらえる方が気が楽になる。
対話をしていた綿原さんが大きく頷き、みんなを見渡した。
「無事かどうかは信じるしかないですね。じゃあ多数決するわよ」
「何を言っている?」
途中からクラスメイトたちに向けた綿原さんのセリフに、ウルドウさんは首を傾げる。フュナーさんもポカンと口を開け、意味が分からないといった表情だ。
けれどまあ、これが一年一組のやり方だから。
「救出するのに賛成の人、挙手して」
「おうよ」
「やろう」
「ったり前だろが」
「だよね~」
「うんっ!」
綿原さんのコールに応えるように、クラスメイトたちが手を挙げていく。もちろん俺も挙手の側だ。
というか今回のケースで反対するヤツなんて──。
「二十五。全員ね。決まり」
挙がった腕を具体的に数えるまでもない。見届けた綿原さんは嬉しそうにモチャっと笑う。
一年一組全員だけじゃないのがいいよな。マクターナさんは笑顔で飄々と、ティア様は悪い笑顔で偉そうに、メーラハラさんは濁った瞳で主の姿を見てから小さく、それでも三人は手を挙げてくれていた。
そうこなくっちゃだ。
「ハウーズの時とは違うしなあ」
むっつり顔で挙げていた手を降ろし、田村がボソっと呟く。クラスメイトの全員が頷いてしまうような発言だった。
「あの時よりはマシだよな。群れとかもいないし」
「ハシュテル副長とか出てきたら、断ってたかもね」
苦笑いで手にしたボールをいじるピッチャー海藤と、大人しそうな顔をしてキツいことを言う野来のセリフに、みんなが微妙そうな顔になる。
アラウド迷宮の二層でチンピラ騎士なハウーズたちを救出しにいった時と状況は似ているけれど、今回は前提条件が全く違う。
二層での救出というのは同じだけれど、まずは俺たちの階位はたしか……、五とか六だった頃か。それが今回は十と十一階位だ。ヒルロッドさんたちミームス隊が居ないのは痛手だけど、『ペルマ七剣』なマクターナさんと、八階位になったティア様、十階位の【堅騎士】のメーラハラさんは十分に戦力としてカウントできる。
メーラハラさんはティア様の護衛しかしない気もするけれど、そこはそれ。
あ、戦力ってことなら聞いておくことがある。
「すみません、ウルドウさんとフュナーさんの職と階位、教えてもらってもいいですか?」
「俺は十階位の【重剣士】で、フュナーは五階位の【聖術師】だな」
救出に空気が傾いたのに安心したのか、俺の質問にウルドウさんは素直に答えてくれた。
「十階位?」
「ああ。俺が引率でコイツらと、な」
「それで……」
なんで十階位の人が二層にいたのかと疑問を抱いたのだが、悔しそうな顔をしたウルドウさんの説明で状況が把握できた。
五階位と六階位のメンバー六人を率いて二層を歩いていたら、よりによって自分と【聖術師】が三層に滑落したって流れか。これは酷い。ウルドウさんの立場になったら、胃がぶっ壊れそうだ。
なるほど、俺たちが来るまでの数十秒を持ちこたえられた理由もわかった。付け加えれば、ウルドウさんがバリバリの戦力だってことも。
「じゃあ、落ちた部屋はどこになりますか?」
「……ここだな」
救助に向かうことが決まりとなれば、ここからは俺の役目だろう。話を進めるべく地図を取り出し、転落した位置をウルドウさんに教えてもらう。
ここまで話を誘導した綿原さんは、もう完全に任せきった雰囲気でこちらを眺めているだけだ。任されたよ。
「最短の経路はこう、か」
「君は今、何を」
「地図を見るのが得意なんです、俺」
三層と二層の地図を床に置き、俺たちが現在いる地点から転落現場までの最短ルートを赤筆でなぞっていく。欠片の迷いもなく、スルスルと筆が滑るぞ。
ウルドウさんとフュナーさんが驚いているけれど、今は流しておこう。ドヤるのはあとでもできる。
なので代わりにモチャドヤ顔をしてくれている綿原さん、そっちは頼んだ。存分に胸を張っていてくれたまえ。
「二層に残った人たちが移動するとして、普通に判断をしていたら……、この経路で地上を目指しますよね? まさか自分たちだけで降りてくるとかしないでしょうし」
「ああ。近くの冒険者か組合に助けを求めるのが当然だ。どちらにしても上を目指す」
俺たち四人が二層に転落した時に、自分たちの階位も顧みずに突撃してきた連中がいたけれど、ソイツらは例外だ。人数もいたし、なによりミームス隊とカリハ隊がいたからやれたことだしな。
だから怖い顔をするのをやめろ、佩丘。べつにからかうための言葉じゃないし、本当にお前たちには感謝しているんだよ、俺は。今のセリフは言葉の綾みたいなものだからさ。
「なら、こっちは最短で転落現場を目指して、そこから二層組の脱出経路を追いかけましょう。上手くすればどこかで落ち合えるかも。田村、どれくらいかかりそうか計算できるか?」
「んん……、戦闘無しでって前提でも、俺たちが追い付く方が先だな。大雑把だけどよ」
「だよな」
道のりと移動速度から到達時間を田村に予測させれば、答えは追い付くだ。俺の見込みもそんな感じだけど、他者の意見を聞いて安心したかった。
こっちの方が明らかに速いし、もしも二層組が怪我とかをしていたらもっと手前で追いつくことになるだろう。よりにもよってヒーラーのフュナーさんが滑落していたのがキツい。
無事については祈るしかない以上、ここから俺たちにできることは最速の捜索だ。
「よし。代案がないならこれでいいかな? あとは移動しながらってことで」
「すまん。恩に着る」
「あわっ、お願いします!」
宣言っぽく言い放った俺に対して誰からも反論が出てこないのを見て取ったウルドウさんが、ズバっと音がするような勢いで頭を下げて、それを見たフュナーさんが慌てて続いた。
チラっとマクターナさんに視線を送れば、あちらはニコニコと笑ってくれている。
どうやら合格点ではあるらしい。良かった。ヘタな判断をして、あのおっかない恫喝モードになられたらどうしようかと思っていたんだ。
「三層の移動は全員一緒でいきます」
俺の言葉に異を唱える人はいない。
二層に到達したならまだしも、さすがに三層で前衛職を先行させるなんてことはできない。まずあり得ないだろうとしても、二次遭難なんて冗談にもならないからな。
ウルドウさんとフュナーさんも納得の様子だし、冒険者としても常識なんだろう。
「奉谷さん、『柔らかグループ』に【身体補強】頼む。白石さんと深山さんは魔力を」
「うんっ、任せて!」
「うん」
「わかった」
最速移動を目指す以上、後衛で【身体強化】を持たないメンバーは足手まといになりかねない。
具体的には俺を筆頭に、親友の夏樹、聖女の上杉さん、白石さん、奉谷さん、深山さんってところだ。そこは奉谷さんの【身体補強】でカバーするしかない。六人もの【身体補強】に使う魔力は、白石さんと深山さんに補充してもらう。前衛魔力タンクができるチャラ男な藤永は温存だ。
元気にペチペチとみんなの背中を叩いていく奉谷さんを見ていると、こんな緊迫した状況でも……、和むなあ。
「それとフュナーさんは……、マクターナさん、お願いできますか」
で、五階位の【聖術師】だというフュナーさんは、この中でも飛び抜けて遅いに決まっている。【身体補強】を掛けたとしても意味がないだろう。魔力がもったいないだけだ。
そういう事情なので悪いけれどここは荷物と化してもらう。責任をもってウルドウさんに頼む、なんてことはしない。最適任者、つまり十五階位で飛び抜けた力持ちであるマクターナさんに背負ってもらうのが最善だ。
「わかりました。任せてください」
「え? え?」
笑顔で了解してくれるマクターナさんと、アワアワしているフュナーさんの対比だけど、ほらほら急いで。
「階段までの陣形は『ヴァルキュリアランス』。さあ、行こう──」
「あのさ八津くん。アレ、どうしよう」
「……勢いでここまで持ってきちゃったもんなあ」
いよいよ出発という段になって、困った顔をした草間が俺に振ってきた。
ヤツの視線の先には丸太が全部で八本転がっている。
やめてくれよ、そういうの。見なかったことにして、放置したまま出発したかったのに。
アレって所有権がティア様にあるんだよなあ。
次回投稿は明後日(2025/03/03)を予定しています。