表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

463/568

第463話 縄張り問答



「こっちは任せて気張ってくるといい。マクターナも一緒なんだろう? せいぜいお前たちを見せつけてやるといい」


「はい。行ってきます。ここをお願いします」


 朝イチからはちょっと遅いくらいだけど、約束通りの時間に『オース組』のナルハイト組長が『一年一組』の拠点を守る門番として到着してくれた。一年一組からは藍城(あいしろ)委員長が明るく返す。


 来てくれたメンツはナルハイト組長含む四十代から五十代のおじさんが三人とおばちゃんが一人。組長は十五階位で残りの三人は十三階位らしい。

 年を取って一線からは身を引きながらも、こういう形で地元に貢献するのが年配冒険者の在り方だとか。


 無国籍ということで流れ者のイメージが強い冒険者たちだけど、実際は地域密着で地元と折り合いをつけているあたりが面白い。組長たちはこっちの世界のボードゲームやお茶セットとかもしっかり持参してきていて、詰所の前で優雅な時間を過ごすようだ。

 アウローニヤも冒険者の強制徴発なんてバカをやっていなければ、こういう光景だってあったんだろう。女王様はそういうのを取り返そうと頑張っているんだ。


「行ってきまーす!」


 門番を引き受けてくれた四人に、ロリっ娘な奉谷(ほうたに)さんと一緒にみんなで手を振り、俺たちは憂いなく迷宮を目指す。



 ◇◇◇



「おい、アレ見ろよ」


「妙な名前の組って、もしかしてアイツらか?」


「小僧共じゃねぇか。勇者ってかあ」


「黒髪だけじゃねえし、ゴッコだろ?」


「アウローニヤのアレだろ? お貴族様が冒険者ねえ」


「哀れなもんだ」


「死ぬ気でやれば、食ってくくらいはいけるだろうさ」


 歩くこと二十分。ペルマ冒険者組合事務所に入った途端、あちこちからヒソヒソ声が聞こえてきた。

 朝のラッシュも終わったはずの時間だけど、組合事務所にはそれなりの人がいる。


 好意的とは言い難いが、かといって難癖をつけてくるようなこともない。新参者をじろじろと観察しているってところだろう。中には哀れみの表情を浮かべている人までいるのが痒い。

 アウローニヤで浴びた視線より余程マシというのも皮肉なものだな。


 一年一組の設定、つまりアウローニヤの政変で没落した貴族子弟がペルメッダに落ち延びて冒険者なりました、っていうカバーストーリーは、組合と『オース組』から流してもらうことになっていたが、それなりの効果が出ているようだ。

 俺たち全員はフードを被ったままだけど、あえて金髪のミアと栗毛の深山(みやま)さんは、髪の一部が見えるようにしてもらっている。勇者じゃありませんよアピールだ。


 さて、ここからは俺たちが頑張って実力を見せつけるターンだな。

 勇者かどうかは関係なく、それなりに力を持つ集団であることを伝聞でも構わないから浸透させることができれば、自ずと認められるはずだ。



「おはようございます。今日はみなさんのお力を確認させてもらいます。まずは三層ですね」


「おはようございます。よろしくお願いします」


 待ち受けていたのだろう、すぐにマクターナさんが登場し、周りに聞こえるように声を掛けてきた。これまたクラスを代表して委員長が挨拶をする。騒がしくするのもアレなので、俺たちは黙って軽く頭を下げるだけだ。


 新しい冒険者の力を確かめてやると、有名人な『ペルマ七剣』のマクターナさんが言えば、周りの冒険者たちも組合の姿勢を勝手に想像してくれることだろう。

 手始めに三層なんて表現をしたのも、俺たちが最低でも十階位の集団だと印象付けるためだ。


 そんなマクターナさんだけど、いつも着ている事務員の制服と違い、今日はもちろん迷宮装備だ。

 組合カラーなのか、制服と同じ色の茶色い革鎧を着込み、小脇には革製のヘルメットを持っている。武装としては左腕には中盾、ヒーターシールドが固定され、左腰に長剣をぶら下げている。

 マントの類はつけていないけれど、背嚢とヒップバッグ、さらには短剣やナイフを装着しているあたりは、アウローニヤの『迷宮基本装備』と大きく違うところはない。


 典型的な迷宮探索者であり、いかにも前衛の剣士といういで立ちだな。



「まずは行動する区画を決めましょう」


 率先して動くマクターナさんに一年一組がぞろぞろと続いた先にあったのは、壁一面に掲示されている階層ごとに分けられた巨大な迷宮の地図だ。

 同じ階層でもある程度のサイズ、たぶんだけど朝から夕方までを使って網羅できるかどうかっていう範囲ごとに色分けが成されている。区画や部屋ごとに注意書きや番号なんかも記載されているが、特徴的なのはピンというか釘が飛び出ていて、そこに木製の札がぶら下げられているところだ。大きさは縦十センチで横二センチくらい。


 それぞれの木札には組と隊の名前が記載されている。

 これでもって今日ウチの隊はこの区画を巡るので手出し無用、なんていうのを主張する仕掛けだ。通称は『縄張り』とか『狩場』と呼ばれるもので、要は事前予約だな。

 とはいえ、一歩でも踏み込んだらダメだというものでもなく、そもそも遠い区画に行くために道中で経由しなければならない場所だってあるし、緊急避難的な行動も起こりうる。


 あくまで露骨にかち合わないように気を付けて、節度を守ってみんなで仲良くっていう程度の制度らしい。


 どうやら国とも情報が共有されているらしく、軍の部隊名が書かれた色違いの青い札もいくつかぶら下がっている。こっちは黄色い冒険者を示す札より圧倒的に少ないので、やはりペルマ迷宮は冒険者主体で運営されていると目で見てわかる感じだ。

 王城ルールで動いていたアラウド迷宮しか知らない俺からしてみれば、なんとも味のあるやり方に思える。なんかいいな、これ。



「ヤヅさん、こちらを。連続した複数の区画を選ぶこともできますが、踏破できなければ悪評になりますので、今日のところは……」


「はい。もちろん一区画だけにしておきます」


 マクターナさんが俺を名指しして、『一年一組』と書かれた黄色い木札を渡してきた。


 それもまあ当然で、ここはどう見ても『地図師』の登場だ。

 残念ながら階段からの経路が短めの区画は朝のうちに取られてしまっているわけで、俺が選べるのは残された中から、少しでもマシだと思える場所となる。


 それは仕方ないのだけど──。


「これって魔獣の状況とかわかりませんよね」


「そうですね。『しおり』にもあったように、動向が把握できれば効率的なのでしょうけれど」


 わかっていても言わずにはいられなかった俺は小さいのかもしれない。前回の『オース組』との迷宮行で、魔獣の薄さを思い知っているだけに、こんな白地図を見せられてもって感じなんだ。

 それに対して冒険者組合風に『指南書』と言わずに、こちらに合わせて『しおり』という単語を使ってくれたマクターナさんの度量が俺の胸に刺さる。やっぱり大人は大人だ。



「魔獣の多いとされる区画は、経験則で把握されているというのが実態ですね。それにしたところで小さな傾向があるくらいで、それぞれの組ごと、独自に伝わっているという程度の話です」


 一年一組だけに聞こえるように声を小さくしたマクターナさんの説明は、ある意味わかりやすかった。


 アラウド迷宮のように魔力異常が起きていないのならば魔獣の発生はランダムで、行く先もバラバラになるはずだ。それでも俺たちが最初に作ったハザードマップのように、魔力とは無関係でも迷宮の構造的に魔獣が溜まりやすい場所はできる。

 それらが組独自の伝統として公表されずに伝わっているということか。


「組合側としては納められた素材の量で、実測としてある程度は判断できています。現在の区画割りはそれを加味して組んでいるんですよ。極端な不平等にはならないように、ですね」


「それは凄いですね」


 そんな伝統にキチンと組合が対応しているという事実に、俺は驚きの声を上げてしまう。


 細かい狩場をそれぞれの組が知っているのに対し、組合は納品された素材から逆算して、もっと大きな視点でバランスを取っているということだ。

 これにはクラスの頭脳派なメンバー、委員長や小太りの田村(たむら)綿原(わたはら)さんなども感心した様子だ。白石(しらいし)さんと野来(のき)なんかはヒソヒソと話し合っているし。



「むしろ前日に狩りつくされていた場合の方が重要です」


「そりゃそうだろうなぁ」


 マクターナさんの言葉は真実なんだろう。田村が小声で深く頷いている。


 俺たちなんかは四回目の迷宮あたりからひたすら群れと立ち向かってきたものだから、魔獣の枯渇なんていう経験が皆無なんだ。


「ちょっとした規模の組でしたら、朝の混雑がはけたくらいの時間にこちらの掲示を確認していきます。納めた素材の量が確認できなくても、有力な隊がどこにいたか、それが翌日の狩場を選ぶ材料になりますから」


「それってもしかして」


「そうですね、ヤヅさん。先ほどからの囁きも、そういう人たちが混じっています」


 冒険者テクニックを披露してくれたマクターナさんのセリフから、俺たちを窺っていた連中は狙って『一年一組』を待ち受けていたわけではなく、かといってただダベっていたわけでもなく、本日の迷宮事情を確認していたのだと理解できた。


「深いなあ」


「凄いね、冒険者稼業って」


 異世界オタにして冒険者好きの古韮(ふるにら)と野来が、感慨深い感じになっている。俺も同感だよ。


「ノウハウを溜めないとだね」


「明日からの日課に付け加えないとダメかしら」


 委員長と中宮さんも思うところはあるようで、やることリストの追加を検討している。


 書記担当の白石さんと、副官の奉谷さん、冒険者担当の野来なんかは、さっそくとばかりに現在の木札をメモしているし、抜け目がなくて助かるよ。

 ペルメッダに来て以来、アウローニヤの頃とは別の形で新発見ばかりの日々だよな。やるべきことがどんどん増えていく。


 だけど今は本日の狩場選びだ。さて、どうしよう。



「ここと、ここと……、ここ。この中でマクターナさんのお薦めってあります?」


「ふふっ、ヤヅさんは抜け目ありませんね」


 ぱぱっと地図を見て、俺は区画を三つ指し、そこからをマクターナさんに委ねてみせた。


 理屈としては階段からなるべく近くで、それでいてほかの木札からは離れているような場所。さらに言えば、たぶん魔獣が溜まりやすいであろうドン詰まりが多い区画だ。


 アラウドもそうだったけど、ペルマ迷宮だって広大だ。三層の状況にしても、木札が掛かっているのは全体の四分の一にも届いていない。出遅れた時間ではあるけれど当たりは残されているはず。

 たぶんだけどマクターナさんは昨日の状況を知っている。つまり、この三つの中から一番マシな区画を推測できるんだ。


 それをズルだと思われたとしてもかまわない。今日はティア様レベリングだからな。専属担当なんだから、ちょっとしたヒントくらいはくれてもいいじゃないか。


「では、こちらでどうでしょう」


「じゃあ、そこにします。ええっと、誰かぶら下げたい人、いるか?」


 笑顔のマクターナさんが指差した区画をノータイムで了解したところでふと思いついたので、俺は木札の扱いを確認してみる。


「やりたいっ!」


「ワタシもデス」


「あー、僕も」


 すかさず何本かの手が挙がり、こんなことに時間を使うなと無言な佩丘の視線が俺に突き刺さった。

 いいじゃないか、これくらい。せっかく『一年一組』最初の縄張りなんだから。



「さて、行きましょうか。あの方もお待ちかねでしょうし」


「はい!」


 一分後、五人によるジャンケンで勝利を手にしたミアが、大喜びでジャンプしてから木札をぶら下げた。妖精じみた美少女は満面のドヤ顔である。


 引率ムードのマクターナさんの声に、クラスのみんながいっせいに返事をする。侯息女殿下じゃなくって、あのお方ときたものだ。

 本来の依頼の内容は、マクターナさんの同行とティア様のレベリングなんだけど、そんな雰囲気はおくびにも出さず、俺たちは移動を開始した。



 ◇◇◇



「あれ? いない?」


 通路を抜けて、いよいよペルマ迷宮への階段がある部屋に到着したのだけど、ティア様とメーラハラさんの姿が見当たらない。

 予想外の出来事に中宮さんが焦ったような声を上げる。区画選びで時間を掛けたといっても、俺たちは遅れたわけじゃない。むしろ約束の時間よりは早いくらいなんだけど、ティア様ならば絶対に待ち受けているものだと思っていた。


 まさかここにきてアウローニヤ的な謀略でアレなのか?

 ティア様の行方や如何にというパターンとか、本気で勘弁してほしいのだけど。


「よう。やっと来てくれたか」


 一瞬身構えた俺たちに向けて、五人組で階段を守っている衛兵さんの一人がやたらと気軽に話しかけてきた。表情は前回同様全員が落ち着いたもので、フレンドリーさをかもしだしている。そこに違和感は……、ないけれど。


 それでもクラスメイトたちには緊張が走った。なにせこういう展開にいい思い出があまりないのだ。

 いやまあ、キャルシヤさんとかシャルフォさんは味方として登場してくれたけど、なにしろ勇者拉致事件が記憶に強すぎる。


「おい」


「おう」


 そんな俺たちの動揺を他所に、語り掛けてきた衛兵は顎で指示を出す。

 指示を受けた衛兵がごく自然に、壁に並ぶ扉のひとつを軽くノックする。



「遅いですわよっ!」


 直後、ドバンという音と共に扉が開かれ、そこから登場したのは我らが悪役令嬢、ティア様だった。

 すぐうしろからは迷宮装備のメーラハラさんが続いて出てくる。


「貴人との待ち合わせでは、このような手順を踏むんです」


 含み笑いでネタばらしをしてくるマクターナさんの言葉で、一年一組の面々にも理解が及んだ。


 言われてみればそのとおりで、貴族の偉い人たちが階段の前で通過する冒険者を横目に待ち合わせっていうのもおかしな話だ。

 ここは迷宮ゼロ層とも言うべき場所だけど、壁や天井は人の手によって造られたものだから、そっちは人間側の都合が凝らされている。ティア様が籠っていたのはそういう、偉い人が待ち合わせるための部屋のひとつなんだろう。


 はたしていつから待っていたのやら。


 昨日と同じ深紅の革鎧を装備し、腰には短剣とナイフのティア様が優雅に、それでも足取り軽く中宮さんの下に歩み寄る。

 しっかりとヘルメットを装着しているけれど、両脇の前後から生えた四本のロールは隠せるようなものではない。


【髪術】とかに目覚めて、両手両足と四本のドリルヘアーで戦うスタイルとかになったりしないかな。

 それこそ巻き髪をブースターにして飛び回ったりして。まさに機動悪役令嬢って感じだな。



「で、コウシ、それともナギなのかしら。さっさと行きますわよ」


 被レベリング対象者なティア様が、まるで隊長のごとき態度で俺と綿原さんをねめつけた。


 迷宮にダイブする時点で一年一組の指揮を執るのが誰であるのかは、ティア様だって知っている。

 態度は尊大なんだけど、こういう最終的なラインを乗り越えてこないあたりが彼女の良いところだよな。


八津(やづ)くん」


「ああ、行こう」


 肩を竦めた綿原さんは俺に仕切りを任せるようだ。たしかにもう迷宮の中も同然だし、そうもなるか。


「じゃあ『入宮確認』だ。署名を頼む」


 動き出した俺たちを見た衛兵さんのひとりが、前回と全く同じセリフで階段脇の机を指差した。


 行動計画書は昨日の段階で提出済みだけど、迷宮への出入りの最終チェックはここで行う。

 滝沢(たきざわ)先生を筆頭に、クラスメイトたちが名前と組の名を記入していく。今回は冒険者としてなのでドッグタグ、つまり冒険者票と組票とも付き合わせての確認作業も追加だ。



「騎士組と草間(くさま)が先頭、二列目にティア様、メーラハラさん、先生、中宮さんで。マクターナさんは(ひき)さんと一緒にうしろでお願いします」


 マクターナさんやティア様も含めた全員のサインも終わったところで、俺が指示を出す。


 階段での陣形はティア様をど真ん中に置いてもいいのだけど、中宮さんや先生と並ぶことを喜びそうだし、配置は二列目だ。

 ぶっちゃけ最前列と最後尾以外、階段でのポジションは大した影響ないからな。


「っしゃ、行くか」


「おう!」


【霧騎士】の古韮(ふるにら)が楽しげに先陣を踏み、騎士たちがそれに応える。


「さあ、階位を上げますわよ!」


 そこに意気揚々とティア様が続いた。やる気あるなあ。



「『一年一組』だったか。俺たちはアンタらの正体を知らん。知らんが、ウチのお嬢を頼んだぞ」


 最後の方で階段に踏み込もうとした俺に、衛兵さんのひとりが真面目顔でそっと呟いた。


 なんだよ、ティア様。愛されてるじゃないか。

 あんな性格だから相手を選ぶものだと思っていたけど、少なくともここにいる五人の衛兵さんたちはティア様に悪印象を持っていないように見える。そっか、彼女の場合、むしろ貴族とかにキツく当たりそうなタイプだよな。


「任せておいてください」


 アウローニヤで女王様になっていない頃のリーサリット殿下を迷宮にお連れした時は『紅忠犬』のミルーマさんに傷ひとつ付けるな、なんて言われた記憶もあるけれど、今日のティア様はむしろ血にまみれる覚悟に満ちている。

 はてさて、御しきれるんだろうか。


 でもまあ大丈夫ですよ、衛兵さん。俺たちは全員で戦って、ちゃんと成果を上げて戻ってきますから。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ