第462話 引っ越しパーティ
「丸太役も楽しかったー」
「ジャンプ攻撃だもんね。クセになるかも」
元気女子な春さんと、小柄男子な野来が楽しそうに話している。
あんまり仲良くしすぎると、非公式婚約者の白石さんに怒られるぞ?
とはいえ会話の内容はバトルチックだ。というよりか、どこまで魔獣を演じられるかという意味不明な方向になっている。
この二人は【風術】使いなものだから、いくつかの魔獣役ができるのだ。とくにペルマ迷宮特産の縦回転してくる丸太を摸すという点では傑出しているといってもいいくらいに。
風を纏ったジャンプで飛び上がり、空中で反転、天井を踏み台にして落下してくるというアニメアクションを、リアルでやってくるから恐ろしい。
これはもう一年一組人間離れ問題だ。社会現象というには小さいか。
ついでに春さんは【風術】だけじゃなく、陸上女子というのもあって速度の調整や複雑な動きも上手い。魔獣になる才能があるのかも。
才能といえばミアも素晴らしいものを持っている。天才とかセンスとかではなく、むしろ性根が魔獣寄りって感じで。四足移動もそうなんだけど、なんかキモい動きが凄く上手なんだよな。
春さんやミアには及ばないものの、気概ではほかの面々も負けてはいない。
たとえば仮想ミカン……、ペルマ迷宮ではスダチが相当するのだけど、そちらでは綿原さんのサメと夏樹の石が活躍した。精密操作と速度調整をウリにしている二人だけに、四個の石と三匹のサメが見事にスダチや、同じくペルマの三層に出るナスビやショウガを再現してくれた。
ペルマ特有のナスビとショウガについてはまだ資料でしかお目にかかっていないので完全再現には程遠いはずだが、そのあたりは『ペルマ七剣』のマクターナさんが監修してくれたので、そうハズれたものではないはずだ。
「ワタシの羊は完璧デス」
「ぼ、僕だって頑張ったんだけど」
「……ミアさんの方が近いと、思います」
こちらはミアと、それに張り合う忍者な草間のやり取りである。ジャッジしているのは、これまたマクターナさんだ。
四足歩行でダッシュして、そのまま同じ速度でバックするのがアラウド迷宮のヒツジだけど、ペルマ迷宮のは形状が一緒でもちょっと斜めに動くらしい。
二人はそんなヒツジをどこまで再現できているかを争っている。笑顔がトレードマークのマクターナさんが、明らかに引いているんだけど。
「これくらいのスピードかしら」
「うん。あとは実際に見てから動きを調整だね」
で、綿原さんと夏樹も復習に余念がない。
アウローニヤでも丸太とか体当たりを使って仮想魔獣練習をしていたけれど、屋内で本格的に再現してみようとなったのはティア様のためだ。各人の階位が上がったのと一部技能のお陰で、再現の幅が広がったというのも大きい。
身内同士でも有効だろうし、なにより魔獣再現担当者たちがノリノリなので、この行事は今後も継続されそうな気がする。
一年一組はどこを目指しているんだろうなあ。
「ですわっ!」
「はい、そこです。腰の切りがちょっと早くなっていますね」
「わかりましたわっ!」
一時間ほどフルに模擬戦を繰り広げたティア様は、ここに至ってもまだ正拳突きを練習している。
滝沢先生が付きっきりだけど、直々の教えとなるとそうそう機会もないからな。
金色のドリルヘアーを振り乱しながら拳を繰り出し続けるティア様は、顔中を汗まみれにしながらやたらと充実したお顔だ。努力家だよな。
「寸分違わぬ同じ動作ができてはじめて、寸分の理を違えない、あらゆる動きができるようになるんです」
「はいっ、ですわ!」
時折軽い変化球を混ぜた海藤の仮想リンゴに苦戦していたティア様は、先生の完璧なカウンターに深い感銘を受けたようで、ひたすら正拳突きの精度を上げることにチャレンジしている。
出会った当時のティア様のパンチと明らかに変わってきているのは、【身体操作】と彼女の努力の賜物なんだろう。俺たちの見ていないところでどれだけ練習しているのやら。
アウローニヤでは一部の担当者にしか見せなかった先生や中宮さんの技術だけど、ティア様やマクターナさんにはそこまで隠してはいない。とはいえ、ティア様は細かい技術を所望しているのではなく、ただひたすらシンプルな正拳を追求したいようなので、技の流出という恐れはないだろう。
「ですわっ!」
大きく左足を踏み込み、右拳を突き出すティア様の姿は、彼女より実戦経験豊富で階位も上である一年一組の背中を押しているかのごとくだ。
見習わなくてはいけない、ってことだな。
「風呂ができたよお。今日だけは特別で男風呂と女風呂だね」
「うーっす!」
和やかでありつつ、一部殺伐としていた談話室にアネゴな笹見さんの陽気な声が響いた。扉の向こうにはポワっと女子な深山さんとチャラ男な藤永の姿もある。
一年一組の誇る【水術】トリオは、練習後に風呂の準備をしにいってくれていたのだ。
この屋敷には二か所に大きな浴室が備えられている。
普段は男女を順番で使うことでお湯の節約をする予定だったのだけど、せっかくの初日だし、ティア様も来ているからという理由で、同時に沸かすことになったのだ。
必要な魔力は魔力タンクな白石さんと奉谷さんが【魔力譲渡】することでカバーできる。最初は効果に不安もあった【魔力譲渡】と【魔力回復】だけど、熟練を上げることでこういうシーンでも運用できるようになってきたのは実に喜ばしい。
ちなみに屋敷の水源は二つ。王城から細く引き込まれている水路と、裏庭にある井戸だ。手作業ならば大変な仕事になるかもしれないが、そこは【水術】使いが気合を入れれば水球の移動で事足りる。迷宮でもそうなのだけど、【水術】って水を引きずり出すって感じなんだよな。
とくに深山さんと笹見さんは【魔術拡大】と【多術化】を持っているので、でっかい水球を幾つも浮かべてしまうことができるのだ。
将来的には『水汲み』たちにお金を払ってもいいのだけど、今の段階ではクラスの中で生活を完結させる予定だったりする。
異世界あるあるの孤児院活用パターンは、今の段階では信用度という意味で使えない。ペルメッダには奴隷もいないし、そもそも隷属系の技術が存在していないんだから、ますます俺たちからは遠ざかる。
「ほら、とっとと入って夕飯だ」
「そうですね。行きましょうか」
このあとの食事を担当する副料理長の佩丘と料理長な上杉さんの言葉で、俺たちはみんなで風呂を目指す。
もちろんティア様とメーラハラさん、そして汗を流していないはずのマクターナさんも一緒だけど、女子メンバーで親睦を深めてくればいい。
◇◇◇
「うわぁ。すっごい!」
「パーティだねぇ~」
夕食のテーブルを見たロリっ娘な奉谷さんとチャラ娘の疋さんが嬉しそうな声を上げる。二人だけではなく、クラスメイトの全員もなんだけど。
目の前に並べられている大きな木皿に鎮座しているのは大量のピザだ。
直径三十センチくらいのピザが、なんと二十枚。サイズ的にはLってことになるのかな。
具材は市場で買ってきたサラミっぽいなにかや、タマネギ、トマト、ブタの肉などなど。一部にはカニやジャガイモなんていう高級食材まで混じっている。奮発したようだけど、上杉さんと佩丘が担当している以上、無駄遣いなんてことにはなっていないはず。
ピザを名乗る以上、もちろん主役はチーズだ。
畜産に力を入れているガラリエさんの故郷、フェンタ領から持ち込んでいるのは卵だけではない。ただしペルメッダで乳製品は主流ではないので、ここまでふんだんにチーズを使った料理はお目にかかれないだろう。
実際、珍しいモノを見る目でティア様とマクターナさんがピザを眺めている。メーラハラさんは相変わらずティア様の背後に立っているけれど、今日ばっかりはお土産として押し付けることにしよう。温め直せばいいのだし。
実はこのお屋敷にはパン窯があったりする。
アウローニヤに送られた元大使が使っていた邸宅だけど、元々はペルメッダのとある男爵が建てたものだ。ティア様の説明でもあったけど、どうやらその人は随分な趣味人であったらしく、そこには食道楽も含まれていたのだとか。
なのでこの建物は、やたらと厨房周りの設備が充実している。事実上選択肢が無かったようなものだけど、一年一組がここを選んだひとつの要素だな。
パン窯の存在を知っていた上杉さんと佩丘は、共謀して初日の夕食にピザを選択していたらしい。なんだかお祝いっぽいしな。昨日に引き続き、連日のパーティだ。
生地については自作ではなく、アウローニヤ大使館にパンを納入している業者を頼ったのだとか。そういうところで抜け目がないあたりが見事である。
「蕎麦ってわけにもいかねぇからなあ」
妙なところにこだわる佩丘だけど、夕食に引っ越し蕎麦というのも、アレだと思うぞ。
「まあいいか。深山、疋、切り分け任せた」
「うん」
「まっかせてぇ」
佩丘から切り分けを任されたのは、クラスの誇る【鋭刃】使いのお二人だ。そろそろダブルエッジとか呼んでもいいかもしれない。
【鋭刃】は白石さんとミアも持っているんだけど、なんかキャラ違いなんだよな。なかなかどうして、佩丘は弁えているヤツだ。
「変わった料理ですけれど、これはどのようにして食べるのですか?」
ティア様と並んでお誕生日席に座っているマクターナさんが、各人の皿に取り分けられたピザを見て首を傾げた。
いちおうサラダと飲み物こそ用意されているものの、ある意味ピザは完全食なので、普段の一年一組にしては品数が少ない。
で、ピザを食べるのに、はたしてフォークやスプーンが必要になるかということだ。いちおうナプキン的な布は用意してあるけれど、見るからに熱々のピザを手づかみというのがマクターナさんやティア様には想像できないのかもしれない。
フォークで一刺しというには大きすぎるし、だからといってここからさらに切り分けるというのは、ピザっぽくないからなあ。
「僕たちの流儀になりますけど、手で持って食べます」
お前が説明しろというクラスメイトたちの視線を受けた藍城委員長が、降参したような表情で事実を述べた。実に苦労人である。
「押し付けるつもりはありませんけど、そんなものだと思ってもらえれば」
「勇者たちの故郷の料理ですわ。わたくし、流儀に則りますわよ!」
こういう時のティア様は実に頼もしい。委員長が苦しい言い訳をしようとしたのを一刀両断だ。
ピザを食べるのに流儀を持ち出す必要性はさておきだけど。
ティア様は市井の屋台料理も気にせず食べるし、そもそもこの国だってパンを食べる時は手づかみなのだ。貴族サイドであってもそれほど忌避感はないんじゃないかな。
「ほら、レイコ。さっさとなさいませ」
「はいはい。賜りました」
すっかり一年一組の事情通になりつつあるティア様が、アネゴな笹見さんを促す。
「じゃあみんな、ご指名を受けたあたしからだ。まずは新居への引っ越しお疲れ様。それと明日の迷宮も頑張ろうね。もちろんティア様も」
「当然ですわ!」
今回の引っ越しを仕切ってみせた笹見さんは、同時に一年一組のコール担当者でもある。ティア様の指名は的確であった。
「それじゃあ、いただきます!」
「いただきまーす!」
笹見さんの音頭に、一年一組だけでなくティア様までもが合せてしまう。背後のメーラハラさんは不動のままで、こういう形式で俺たちとの食事が初めてなマクターナさんは、ちょっと驚いているようだ。
「ほらほら、こうやって食べるんだよっ!」
小さなお口を大きく開けた元気っ子な奉谷さんが、お手本とばかりにピザにかぶりついた。
「うんっ、美味しいね!」
そしてニパっと笑うのだ。
奉谷さんの笑顔は嘘を吐かない。それを見た上杉さんが微笑み、佩丘がニヒルに笑みを浮かべる。間違いなく、このピザは合格点ということだ。
「うん。いいね!」
「みよーん」
「やっぱピザはこうじゃないとな」
クラスメイトたちは大喜びだ。もちろん俺も。
ピザの生地はパンをベースにしているせいか、所謂ナポリタイプ、だったっけ? 薄くて硬いクリスピーではない。柔らかくて厚みがあるどっしりした噛み応えだ。
伸びるチーズを吸い込むように口の中に放り込めば、一緒になった肉やら野菜やらがそれぞれの主張してくる。アウローニヤから持ち込んだ香辛料も使われているようで、ピリっとした辛さがたまらないな。
バリエーションが違う具が載せられた三種類のピザがあるあたり、やはりウチの料理番は芸が細かい。
さて、つぎはどれを食べようか。
「これは、美味しいですね」
「中々面白い味ですわ」
チーズがたっぷり使われているだけに、お口に合うかちょっと心配だったマクターナさんとティア様も、お世辞で美味しいと言っている感じではなさそうだ。
ティア様は悪役顔で笑い、マクターナさんはニコニコとしてくれている。
メーラハラさんを除く二十四人でLサイズが二十枚というのは多い気もするが、最近の俺たちは大食いだ。全然余裕で食べきれる。
「このあとでホットドッグもあるからな。イケるだろ?」
「余裕ー!」
さらに追撃があると言う佩丘だけど、みんなの返事は気軽なものだ。
たぶんだけど、ペルメッダのお二人がチーズを受け付けなかった時の保険だったんだろう。上杉さんや佩丘のことだ、次善の策として準備してくれていたのかな。
「『ほっとどっぐ』とはなんですの?」
首を傾げるティア様だけど、ピザを食べる速度はいささかも衰えない。
たくさん動き、風呂を楽しんで、ガッツリ食べる。
運動したあとにピザパーティなんて、インドア派の俺からしてみれば実にらしくないけれど、まさか異世界でこんなことになるなんてな。
◇◇◇
「周囲に人影無し。間違いないと思う」
「僕も確認してきた。途中で二人いたけど、衛兵さんだったよ」
ピザパーティも終わり、いよいよ解散となったエントランスで、俺とメガネ忍者な草間が報告をする。
二人でやってきたのは、元々予定していた屋敷周辺の索敵だ。
俺は屋上に登って三百六十度全ての景色を【観察】し、人影無しを確認した。すっかり夜になってしまっているが、高級住宅街のこの辺りは街路に灯りがあるので明るさに問題はない。とはいえ今後ペルマ=タをうろつけば真っ暗な状況もあり得るので、将来的には【暗視】も考えてもいいかもしれないな。もちろん【身体操作】が先なんだけど。
俺の【観察】は視界内の全てが把握できるので、たとえば隣にある家の窓の隙間からこちらを窺うようなマネをしても、それが『見えて』しまうのだ。超大規模だるまさんがころんだで俺に勝たない限り、潜伏などは不可能となる。
ひとりで屋上は寂しかったので、【遠視】持ちの海藤と夏樹に付き合ってもらった。友よ。
草間の方は【気配遮断】をしながら石壁の内側をぐるっと歩いて【気配察知】だ。
あっちもひとりは嫌がったので【聴覚強化】持ちの春さんが付き添いに立候補した。父親が警察官だけあって、そういうのが大好きな春さんである。
一年一組的に俺と草間の二重偵察をかい潜るなんてのは、ほぼ不可能だと考えている。
手段としては草間の【気配察知】を迂回できるくらいのトンネルを掘るか、もしくは超スピードでの強襲くらいだろうか。
なんにしても今の段階で、こっちの様子を窺う存在は見当たらない。
迷宮に入らない日は、最低でも朝夕一回ずつコレをするのが日課になるだろう。
「迷宮が待ち遠しいですわ」
「今日はごちそうさまでした。王城まではわたしも同行しますので」
ティア様が明日を夢見て気炎を上げ、マクターナさんは笑顔で道中の安全を保証する。
とはいえティア様には正式な護衛としてメーラハラさんがいるわけだから、遠まわしな言い方だけど。
ちなみにマクターナさんは王城の中にある冒険者組合職員用の宿舎に住んでいるそうなので、遠回りってことにはならない。
「ではまた明日。遅れたりしたら承知しませんわよ?」
「約束の時間は守るわよ」
フードを被ったティア様が口元だけで悪い笑顔を作り出し、担当の中宮さんは苦笑を返す。
明日の待ち合わせだけど、ティア様とメーラハラさんは組合事務所を経由せず、貴族用の通路から迷宮の入り口で合流する手筈だ。
約束の時間は冒険者の朝イチラッシュが終わってから。先に到着してプリプリしているティア様の姿が想像できてしまう。
「僕たちはここまでで」
「ええ。楽しい時間でしたわ」
さすがに門までぞろぞろと連れ立つわけにもいかないので、一年一組は扉から三人を見送ることになる。
こちらを代表した委員長の言葉を背に受け、フードを被った三つの影が小さくなっていった。