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第461話 魔獣と化す者たち



「はいどうぞっ、ティア様」


「なるほどこれが……。漲ってきましたわ! メイコ!」


「がんばってね!」


「ですわ!」


 ティア様の肩に手を触れたロリっ娘バッファーな奉谷(ほうたに)さんが、元気な声で悪役令嬢を応援している。


 当て字問答を伴った引っ越し休憩もひと段落したところで、これから談話室で行われるのはティア様と護衛のメーラハラさんの特訓だ。ティア様に革鎧装備を所望した理由がこれだな。

 時刻は午後の四時過ぎってあたりで、夕食にはまだ早い。思いのほか引っ越し作業が早く終わったので、このタイミングでやるべきことをやろうという話になったのだ。


 せっかくだからと組合事務のマクターナさんも夕食にお誘いしているから、彼女もまたこの光景を見学する側になっている。というか、マクターナさんは特訓に興味津々のご様子だ。

 明日はもっと凄いモノを見ることになるぞ。



 奉谷さんがティア様に触れたのは、レベリング秘策その一となる【身体補強】のためだ。ティア様の気質を考えれば【鼓舞】は無用、というかヘタをするとアガりすぎて逆効果になりかねない。

 むしろ今は練習なので、冷静さが重要な場面だったりするくらいだ。


 談話室のほぼ中央、絨毯が敷かれテーブルが避けられた一角がバトルフィールドだ。真っ赤で謎の動物が描かれた絨毯は高級品だが、俺たちの趣味ではない。のちにアウローニヤ大使館に返却予定の代物だけど、革鎧とブーツの面々がそこに立つ。靴の裏はちゃんと拭いてあるので大丈夫。

 新しいのが入手されたら土足厳禁がルールになるだろうけど。


 さて、ティア様を囲むフォーメーションだが、話し合いの結果、当初俺が想定していたものからちょっと変更されることになった。



「メーラハラさん、もう二歩、前に出てください」


「……はい」


 まずはティア様の直掩として大盾を持っているメーラハラさんの位置だけど、護衛対象のすぐ傍というわけにはいかない。

 俺の言うことを厳守してくれるという約束はこの場でも有効なので、ちょっとビビりながらの指示ではあるけれど、もうちょっと離れてもらう。


 ティア様のレベリングはこれまでの後衛職に対するものとは少し形を変える予定だ。

 なにせ彼女はバリバリの前衛職。獲物を待つだけではもったいない。ラストアタックのみでなく、能動的に動いて実戦でのステップを同時に学んでもらう。

 よってティア様の至近距離に護衛が居るのは、申し訳ないけれど却って邪魔なのだ。その代わりにメーラハラさんには、ティア様の移動でできる穴を埋めてもらう位置取りをしてもらう。これってもしかしなくても、ティア様よりも面倒な動きが要求されるんだよな。


(ひき)さんのカバーが重要だ。頼むよ」


「まっかせといてぇ」


 周囲に気をくれずに吶喊するティア様、カバーするメーラハラさん。ならばそれを外から見守るのが一年一組中衛の要、【裂鞭士】の疋さんだ。

 メーラハラさんとは反対側にポジションを取り、さらには中距離からの警戒をするのが彼女の役割になる。【聴覚強化】【視覚強化】【視野拡大】そして【反応向上】を持つ彼女は、瞬間のイレギュラーには滅法強いのだ。


「さあ、ティア様。全力です。魔力の枯渇なんて考えないで、技能を全部使って立ち回ってください」


「承知していますわ!」


 ティア様に出したオーダーは多くない。


 奉谷さんの【身体補強】を受けてバフった状態に加え、魔力の温存を無視し、ひたすら技能を全開で使いながら俺の指示通りに動いてもらう。それだけだ。

 全力全開というのはティア様には似合うだろうから、そっちの心配はしていない。問題なのは俺の指示出しに、どこまで従ってもらえるかだな。



 一年一組の面々は内魔力量に恵まれた『勇者チート』を持っているが、ティア様はそうはいかない。ましてや彼女は前衛職の【強拳士】であって、少ない内魔力で戦う必要がある。

 前衛だからといって無条件で後衛よりも有利であるわけではないのがこの世界のルールだ。


 だからこちらの強者たる条件のひとつに、技能の使い分けという要素がある。魔力の管理と言ってもいい。

 ヒルロッドさんのように偏在とまではいかなくても、瞬間的に必要な技能を適切にオンオフできるか、なんていうのが重要なのだ。

 地球の武術とはこれまた違う、こっちの世界ならではの技術ってことだな。


 そういう縛りがある故に、自らの持つ技能をフルに使った戦闘なんて、ティア様の自己申告によると地上ならば五分と保たないらしい。

 魔力回復に有利な迷宮でも、十分はムリだろう。


 こういう縛りがあるものだから、迷宮に居座る時間は短ければ短い方がいいということになる。

 技能が制限された状態で魔獣に遭遇したらなんて、考えたくもない。


『優秀な冒険者は引き際を弁えている』


 冒険者調査をしていた野来(のき)が見つけてきたカッコいい言葉は、まさにそのとおりなんだろう。

 迷宮泊なんかをやっている俺たちは、どれだけ常識知らずなんだっていう話だな。



 常識を覆すためにはどうすればいいのか。一年一組ならば『勇者チート』に加えて、魔力の色が同じという『クラスチート』を持っている。

 ならば、たとえ適用されていなくても、そこにティア様を引きずり込めばいいのだ。


藤永(ふじなが)が勝手に合わせます。ティア様は存分に暴れてください」


「期待していますわよ? ヨウスケ」


「っす」


 ティア様の斜めうしろに立っているチャラ男な藤永が軽く頷く。


 魔力が足りないならば、補充すればいい。後衛職の【雷術師】ではあるものの、藤永は【身体強化】と【魔力譲渡】を持ち、前線に出ることが可能な魔力タンクだ。

 アイツは妙な小器用さに加えて、普段から騎士職連中との連携を繰り返しているものだから、前衛の動きに合わせることに慣れている。ついでに【魔力回復】と【魔力凝縮】【魔力浸透】も持っているので、本当に優秀な魔力タンクなんだよな。


 本人の口調のせいもあって、悪く言えば使いっぱしり、カッコ良く表現するならば縁の下のなんとやら。

 視野が広くて中距離攻撃が可能な疋さんと並んで、藤永は中衛から前衛にかけての橋渡しが上手い。今回クラスのみんなで考えたティア様レベリング大作戦の要になるのがヤツなのだ。


田村(たむら)もまあ、合わせてくれ」


「おう」


 藤永と並んで配置された【聖盾師】の田村は、【身体強化】と【頑強】を持つ、これまた前に出ることのできるヒーラーだ。


 ティア様を中央に、横をメーラハラさんと疋さんがカバーし、背後からは田村のヒールと藤永の魔力が供給される。ちなみに藤永と田村は奉谷さんからキッチリ【身体補強】を貰っているので、早々ティア様に置いていかれることもないだろう。


 これぞ『ティア様陣』。とはいえ全員で作り上げている陣形ではないので、一年一組的には『リンパッティア・フォーメーション』と呼ぶことになった構えである。



「じゃあ始めよう。まずはヘビが三体を想定。ミア、草間(くさま)(はる)さん」


「がってんデス!」


 ミアが代表者みたいになっている仮想魔獣担当三人がいっせいに姿勢を低くした。



 ◇◇◇



「綿原さん、四・五キュビ」


「えい」


「ぐわー!」


 俺の指差した先、四メートル弱の位置に白いサメが出現し、当たってもいないのにワザとらしい声を上げた草間が足を緩める。


「十一時、二歩で届きます!」


「ですわっ!」


 ここから先の草間の位置を予測込みで指示すれば、ティア様は躊躇なくそこに飛び込んでくれた。

 ちなみに十二時方位とキュビ指示については事前に説明してあるけれど、距離の方はムリがありそうなので、ティア様の歩数を俺の方で観察しながらになっている。


「ふんすっ!」


「どっこい!」


 ティア様の踏み込むすぐ横では、【嵐剣士】の春さんの体当たりを【風騎士】の野来が受け止めている。両者風使いなので、無駄に動きが軽やかなのがなあ。春さん、ヘビは【風術】使わないんだけど。


「うひひ~」


「やられたデスー!」


 反対側では【裂鞭士】である疋さんのムチに巻き取られた【疾弓士】のミアが白々しくジタバタしている。


 ほとんどゴッコ遊びの状況だけど、十階位クラスのメンバーでコレをやると、地球人からしてみればアニメみたいな超高速戦闘に見えるのだから始末が悪い。



「ソウタ、これでトドメですわ!」


「やられたー!」


 予定通りの位置で草間と接触したティア様が木製の短剣を押し付ければ、トドメの合図だ。

 刺す位置は事前に決めてあるので、そこを逸らしたらハズレ判定になるのだけど。


 同じ【拳士】であっても滝沢(たきざわ)先生に対して、ティア様が明確に勝る点がある。

 地位、傲慢、不敵とかそういうプロパティではなく、リアルな戦闘面においての話だ。もちろん個人レベルの戦闘力では先生は完全にティア様を上回っている。たとえ同じ階位であったとしてもそうだろう。

 ただひとつ違うのは、ティア様はなろうとして【拳士】になったわけではないということだ。騎士、もしくは剣士職を目指していた彼女は、幼少の頃から剣を振るっていた。

 先生は家で包丁を握ることすら、ほぼなかったようだけど、それは置いておいて。


 ティア様は剣を使うという一点においてのみ、先生を上回る。それが、今回のレベリングでどれだけ重要な要素となるか、考えるまでもないだろう。

 というか素手で魔獣を打倒してレベルアップしてしまう先生が異常なだけであって、普通は短剣でトドメを刺すものだ。


 その手際がティア様に備わっているのがデカい。


 なにも【拳士】だからといってバカ正直に殴り殺す必要なんてないのだ。使えるならば剣をぶっ刺せば、それで十分。ましてや前衛職のパワーがある。

 ご当人としては先生みたいに拳でフィニッシュをキメたい様子だけど、とりあえず八階位までは我慢してほしい。そこまでいったら【鉄拳】を取ってもいいんだし。



「ティア様、俺が警告しない限り、絶対に魔獣の攻撃は届きません。視界に何が映っても無視してください」


「わたくしの気構えを試そうなどと、不敬ですわよ、コウシ」


 不敬いただきました。だけどそんなコトを言ってる場合かな、ティア様。


「九時に一歩後退!」


「んな!?」


 俺は警告をしたし、ティア様の視界外での出来事だ。なので俺のセリフは矛盾していない。

 やっぱり【鉄拳】より【視野拡大】の方が先じゃないだろうか。


「デース!」


 草間にトドメを刺して一息吐いた直後という意地の悪いタイミングで、疋さんがムチを緩めたのだ。

 自由を取り戻したミアが四つん這いでティア様に襲い掛かった。まさに這いよるワイルドエルフ。


 疋さんめ、俺の指示出しを読み切って、そこから一拍早い動き出しをしてきた。意思の疎通を喜ぶべきか、性根の悪さを笑うべきか。やっぱり疋さんの判断力は見るものがあるな。


「くっ!?」


「タッチデス!」


 体勢を崩しながらもなんとか反応したティア様だけど、その脇をミアが駆け抜ける。

 ヘビ役だからといって、四つん這いのままなのはどうなんだろう。なんかシャカシャカしてるし。疋さんの【魔力伝導】で弱体化したという設定はどこへいったのやらだ。


 体勢を崩したティア様の頬を、ミアはオマケとばかりに指先でつついていった。


「はい、マヒった。田村!」


「おうよ」


 つまりは毒判定である。すかさず田村が駆け寄り、ポーズだけど【解毒】を掛けた。


「回復です、ティア様。そのまま二時。春ヘビに攻撃。藤永、うしろから魔力だ」


「わかって、いますわあっ!」


「っすよお」


 二秒くらいの間を置けば回復と判断していいだろう。俺はティア様につぎの標的を指定して、続けて藤永に【魔力譲渡】を要求した。

 てか、藤永も一歩目と俺のコールがほぼ同時だったな。疋さんと同じく状況判断が早い。やはり頼もしすぎるチャラ男だ。


 そう簡単に休ませたりはしないという中々無体な状況だけど、それでもティア様は躊躇なく動きだす。

 やっぱり大した根性してるよな。これは上手くいきそうな予感だ。


 普段の後衛レベリングならここまではしない。もっと安全を高めて落ち着いた状況でトドメを用意するのが俺たちのやり方だ。

 アレはアレで作業チックなのが辛いのだけど。ああ、女王様の暗黒儀式を思い出すなあ。


 けれども今回はティア様の実戦経験も追加載せだ。ここまで見た感じ、彼女ならやれるはず。


 ちなみに魔獣担当者たちには、アラウド迷宮の魔獣の一割増くらいの速さで動いてもらっている。ペルマ迷宮三層は初見でも、同じ三層だけに魔獣の強さは極端に違いがないことは資料で確認済みだ。



「毒も想定しているんですね」


「はい。怪我はできるだけ避けてもらいますけど、毒についてはむしろ受けるくらいの覚悟でいってもらいます」


「それは……」


「具体的にどういう行動をしたらマズいのか、それを実体験するのも大事ですから。ウチは【解毒】持ちが四人いますから、安全ですよ」


 俺たちのやり方に呆れた感じを出しているマクターナさんに対し、なんてことはない風を装って返事をする。


「大丈夫ですよ。イザとなればティア様には下がってもらって、ごめんなさいします。最悪不履行でも受け入れます」


 ついでにマクターナさんが気に掛けているだろうことにも一声添えておこう。

 マクターナさんは『一年一組』の拠点より、この訓練を見たくてこの場にいるんだろうから。


 彼女からしてみれば、初見の迷宮で、ついでに初めての階層でのレベリングなんて無茶に思えて当然だ。俺たちが十三階位とかなら話が違ってくるかもしれないが、現実はそうではないのだし。

 ましてや俺が九割なんていう数字をホザいたものだから、付け上がっていると受け止められても仕方がないよな。



 依頼についてだけど、達成失敗と不履行とでは意味が変わってくる。

 前者は依頼を受けた側が全力尽くした上での、たとえば運が悪いイレギュラーとかで契約が達成できなかったケースで、後者は明らかな実力不足や手抜きなんかだ。

 依頼した者とされた側と、両者の言い分を聞いて組合が判定するのが基本になるのだけど、不履行となれば契約金の全額返還はもちろん、その事実が記録として残されてしまう。不名誉のレッテルってヤツだな。専属担当だって嬉しくないのは当然だ。


 で、今回俺たちのやろうとしていることは、結構微妙なラインだと思う。

 貴族向けの接待レベリングをやって、それでも血まみれになるのはさておき、八階位を達成しておけば契約としては問題ない。

 だけど俺たちはリスクを背負いつつそれ以上を目指して、こんなことをやっているのだ。もちろんティア様もそれを望んでいるのだし。


 そう、今回の場合は依頼者にしてレベリングの対象が、侯息女殿下たるティア様というのが面倒くさい。可哀想だから本人には面と向かって言わないけどな。


 いくら本人が強硬に『一年一組』を指名したからといって、組合として突っぱねることだってできたのだ。なにしろ『一年一組』は出来たばかりの新参クランで、建前上組合からの信用なんて欠片もないのだから。


 高貴なる人の願いと危険を天秤に掛けるシチュエーションなんだよな。

 最終的な責任が『一年一組』にあるとはいえ、仲介した組合にだって立場ってものがある。ヘタを踏んで侯王様の不興を買うなんていうのは完全なリスクだ。


「イザとなればわたしも介入するつもりでしたが、この光景を見てしまうと、ですね」


「ならよかったです。本当にマズくなったら『手を伸ばして』もらうかもしれませんけど」


「構いませんよ。普通とは違う三層攻略を見せてもらえそうですし」


 見学に徹すると言っておきながら、手助けを考慮していてくれたことには感謝しかない。

 肩を竦めて笑う『ペルマ七剣』、『手を伸ばす』マクターナの名は伊達ではないんだろう。



【強拳士】なんていう迷宮向きでない神授職を持ち、師を失い、アウローニヤの元第一王子とは婚約破棄なんてことになってしまったティア様だけど、そんな彼女に実のある力を与えてあげたいと思うのは傲慢になるのかな。


 そうではないという確信はある。ウチにはティア様の手本となる【豪拳士】の先生がいるのだし、なにより彼女が渇望しているのだ。

 リスクを鑑みても、やっぱりこの依頼、受ける一手なんだよ。


「よーっし、じゃあつぎはリンゴだ。海藤(かいとう)、やってくれ」


「おう。俺の速球の出番だな」


 俺の声掛けに、ペルマ迷宮サイズのリンゴを模した木の球を手にしたピッチャー海藤が良い笑顔を見せている。


「ティア様めがけて投げるけど、ばっちりカウンター合わせてくださいよ?」


「『かうんたー』?」


「最初は先生が手本見せてくれます」


 軽く腕を振る海藤は、ティア様相手だと大人相手の口調じゃないんだよな。


 ペルマ迷宮三層のリンゴは青いだけで、アラウド迷宮のとはそれほど違いは無い。硬くて速くても一直線で飛ぶ魔獣は、すなわち前衛の餌となりうる。後衛が倒すにはひと手間が必要だけど、ティア様には向いている敵と言えるだろう。


 軽く腰を落とした先生が、まるで発射台に乗せたミサイルのごとく右拳を脇腹に装填している姿を見たティア様が息を呑む。


「いきます!」


 左腕を大きく振りかぶった海藤が、嬉しそうに投擲を開始した。プレイボールってか。



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