第459話 タグをぶら下げて
「よくもこのわたくしを待たせましたわね!」
「お待ちしていました」
もはや定番となった冒険者組合事務所の二階にある第七会議室に、我らがティア様と『一年一組』専属担当のマクターナさんが俺たちを待ち受けていた。
二人とも同じ内容を言っているはずなのに、どうしてこうもセリフが違うのかなあ。ちょっと楽しくなってしまうじゃないか。
『オース組』のデリィガ副長とスキーファさんたちと昼食を一緒してから組合事務所に着いてみれば、約束していたにも関わらず一階にマクターナさんはいなかった。ティア様が先着したという伝言を預かっていた別の事務員、というか昨日会ったばかりな二等書記官のミーハさんがここまで案内してくれたという展開だ。
ちなみに昼食は出店の料理で済ませている。ウチの料理番が腕を振るうのは今晩からになる。
付け加えれば当然だけど、一年一組は約束の時間には遅れていない。
つまりティア様語を俺的に翻訳すれば、とても楽しみにしていたものだから早く来てしまった、ってところだろうか。
もちろんティア様の背後には護衛のメーラハラさんが通常営業で立っている。
「侯息女殿下とこんなにも踏み込んだお話することができたのは初めてです」
「マクターナ・テルトに、話はつけておきましたわ!」
「殿下と迷宮を共にできること、光栄に存じます」
「物分かりがよろしいのは美点ですわよ。噂とは当てにならないですわね」
ニコニコしているマクターナさんと邪悪な笑みを浮かべたティア様の掛け合いには険悪さを感じない。その点は一安心なんだけど、いったいティア様はいつからここに来ていたんだろう。
テーブルの上には紅茶セットみたいなのも置いてあるし、たぶんだけど五分や十分ってどころじゃないぞ。
「殿下とは宴でしかお会いする機会がありませんでしたから」
「わたくしは侯息女、そちらは『七剣』ですものね。社交の会話にしかなり得ませんわ」
つい昨日マクターナさんのことを守銭奴呼ばわりしていたティア様だけど、ご機嫌は上々の様子である。
「仲良しかよ」
そんな様子を見て面倒くさそうに田村が小声で呟くけれど、俺も同感だ。いいコンビじゃないか、ティア様とマクターナさん。
というか、マクターナさんが丸め込んだって感じなんだろう。恫喝を使わなくってもちゃんとできるんだな。相手と出方次第ってことなんだろうけど。
「それよりもリン、どうかしら、わたくしの姿を見て」
「え、ええ。とても似合っているわね。気を使ってくれてありがとう」
場の全員が立っている中、ひとり優雅に着席していたティア様がやおら立ち上がり、彼女が親友認定している中宮さんに自身の姿を見せつける。
対する中宮さんは定型文でも読み上げるような返事をした。
「わたくし、空気を読むのが得意なのですわよ?」
セリフ自体はすっごく嘘くさいけど、驚くべきことに今日のティア様は革鎧装備をしてきているのだ。どうやらフード付きのマントまで着ていたようで、そちらは綺麗に畳まれて脇に置かれている。
そんな革鎧だけど、たぶん俺たちと同等レベルの最上級品で、深い紅色の下地にやたらとゴージャスな装飾やら紋章やらがくっ付きまくっている。傷ひとつついていなくて、テカテカと輝いているのが眩しいなあ。
地味に茶色なメーラハラさんの装備との対比があからさまだ。メーラハラさんの鎧も最上級なのは間違いないんだろうけど、あえて地味にしてあるんだろう。
そんなティア様の恰好だけど、一年一組側からの要請なので、むしろ素直に従ってくれたことに感謝すべきなのだ。
たぶんこの会議室に来るまではフードを被っていたのだろうけど、装備自体は隠せていても、邪悪な口元と肩から降ろしている金髪ロールはバレバレだったんじゃないだろうか。
「なので目立たぬように、裏口を使いましたわ」
ティア様の口から驚きの追加情報が出てきて、クラスメイトたちがちょっと驚いた表情になる。
ここでいう『裏口』とは組合事務所が王城内にあるのを利用した、一般の冒険者以外が事務所に出入りするための通路のことだ。偉い人や行政府に納める金の移動などなど、組合と国とのやりとりに使われている。
特段秘密というわけでもなく、普通の冒険者たちも存在は承知しているのだとか。そもそもペルマ迷宮一層への階段前には、冒険者以外にも国軍専用の通路が設けられている。それくらい国と組合は密接に関係していて、それでいて棲み分けもなされているということだ。
さて、俺たちが驚いた理由だけど、ティア様の行動が意外だったことにほかならない。
ティア様のことだから、堂々かつ嬉々として冒険者組合事務所の正門を潜って登場するものだとばかり思っていたのだ。根拠についてはティア様だからとしか言いようがない。
どうやら俺の目は【観察】することができても、情けないことに思考の方は節穴ばかりだ。
勝手に妄想して、実は違いましたってケース、結構多いよなあ。
「おっほほほほ! わたくしの懐は浅くありませんわ!」
驚く俺たちの態度が気に入ったのか、ティア様の高笑いが会議室に響き渡った。
◇◇◇
「指名依頼契約の前に、みなさんに冒険者票と組票をお渡ししましょう。よろしいですか? 殿下」
「よろしくってよ。このわたくしが見届けてあげますわ!」
なんで俺たちが冒険者票を受け取るのにティア様の許可が必要なのかがわからないが、たぶんこういう進行が一番早いとマクターナさんは判断したのだろう。
事実、一年一組の列から離れた位置で扇を手にするティア様は上機嫌なんだから。
「ではまず、組長のショウコ・タキザワさんから」
「はい」
すでにテーブルに並べられていた冒険者票と組票が、マクターナさん手ずから渡される。
細長い革紐の先にぶら下がった縦五センチ、横二センチくらいの革でできた冒険者票にはフィルド語で滝沢先生のフルネームだけが記載されている。組票にしても、昨日提示した組章を焼き印して、『一年一組』の名前が焼きつけられただけの代物だ。
そんなシンプルに茶色くて魔力要素が欠片もない代物だけど、先生は貴重品を扱うように恭しく受け取り、クラスを率先して二枚のドッグタグを首にぶら下げた。
「少しは冒険者らしくなったでしょうか」
「ええ、見事な立ち振る舞いです」
「立派な冒険者っぷりですわ!」
自らを犠牲にするかの如く皆に姿を見せつける先生に、マクターナさんとティア様が絶賛の言葉を贈る。
「いいな。ちょっと想像と違ったけど、冒険者って感じだ」
「ランクが載ってないのが残念だけど仕方ないよね」
異世界冒険者に詳しい古韮と野来が何かほざいているけれど、たしかにいいな。
先生が着る萌黄色の革鎧の胸元にぶら下がる冒険者票と組票が、俺たちが冒険者となったことに現実感を与えてくれる。キリっとした長身メガネ美人の先生がそうしていると、本当にカッコいいんだよなあ。
「続いて、副長マコト・アイシロさん」
「はい」
「同じく副長、リン・ナカミヤさん」
「はい!」
続けて副長となる委員長と中宮さんにタグが渡される。
中宮さんのところでティア様が一瞬前に出そうになっていたが、さすがに思いとどまってくれたようだ。プレゼンターでもやる気だったのかもしれないけれど、完全無欠の部外者だからな、ティア様は。
「ミノリ・ウエスギさん」
「はい」
さて、ここからは出席番号順。
聖女な上杉さん、ピッチャーの海藤、エセエルフのミアと続く。
みんなに共通しているのは、それぞれ精一杯の笑顔だっていうところだ。あのブスくれ田村やヤンキー佩丘までもが、どこかやってやったという顔になっている。
ミリオタな馬那に至っては、アイツにしてはとても珍しいことに、ハッキリとした笑い顔だもんなあ。
「コウシ・ヤヅさん」
「はい!」
「最後になりますね。ナギ・ワタハラさん」
「はい」
ついに名を呼ばれた俺は今、どんな顔をしているんだろう。俺に続く綿原さんは定番のモチャり顔になって、胸のタグを持ち上げてみている。
書類にサインする作業には辟易したものだけど、こうやってブツを渡されるのはいい気分になれるものだ。それが一年一組プラス先生、二十二人がお揃いで一度にっていうのが格別だな。
「正式には昨日の時点でみなさんは冒険者であり、『一年一組』という組は承認されていました。ですが冒険者票を下げるとなると、心持ちも違ってくるでしょう」
全員に冒険者票が行き渡ったところで、まとめっぽいコトをマクターナさんが話し始めたので、みんなは大人しく聞く側に回る。
マクターナさんの横で扇を開いて口元を隠しているティア様が、愉悦っぽい目をしているのはなんなのかなあ。
それを華麗にスルーしているマクターナさんも大したタマだ。やはり武力が高いというのは強みなんだろう。
「こうしてみなさんに冒険者票を渡すことができたことを嬉しく思います。わたしも専属担当として、全力を尽くすことをお約束いたします」
「よろしくお願いします!」
トレードマークとなった朗らかな笑みを浮かべるマクターナさんは実に満足そうだ。
頼もしいお言葉に、クラスメイトたちがいっせいに返事をする。
「すでにお気づきでしょうが、掲示板に告知が出されています。冒険者が少ない時間帯ではありますが、もしも変な絡み方をするような者がいれば、わたしの名を出してください」
「はい!」
凄いな、マクターナさんの名前って脅しに使えるのか。頼もしすぎて、返事が大声になったぞ。
たしかに事務所一階の掲示板の前に何人かの冒険者がいたのは、入ってきた時には気付いていた。全員が『一年一組』の件に注目していたのかはわからないけれど、なにしろいきなり生えてきたとしか表現できない組の公示なのだ。勘繰る目があっても不思議ではないし、いい意味でも悪い意味でも接触してくる人だって現れるだろう。
「お揃いだねぇ」
「だね!」
「ちょっと可愛くないかも」
マクターナさんの訓示も終わり、ちょっとした休憩がてら、クラスメイトたちは好き勝手にタグを見せ合ったりしている。
「おいおい、ここは子供が来る場所じゃないぞ」
「家に帰ってママの……」
俺のアホな呟きをキッチリと拾ってくれるのが古韮のいいところだよな。女子の耳に気遣って、先を言わない良識も持ち合わせているし。
「ええっと、そういう時はミアをけしかければいいのかしら」
まったりとした空気の中で俺と古韮はバカ話をしていたのだが、そこにサメが遊弋した。
「お? 綿原、勉強したのか」
「まあね、八津くんとか碧とかから」
この手の会話に綿原さんが混じってくるのは珍しい。ちょっと古韮が驚いているけど、綿原さんは泰然としたドヤ顔だ。
異世界冒険者業界のお約束的展開のいくつかは雑談の中で伝えてあるし、努力家の綿原さんはオタ女子な白石さんからも教えも受けているようだ。
ウェルカムだよ、綿原さん。こっちサイドは奥が深いぜ?
◇◇◇
「『一年一組』と最初に行動を共にするのがわたくしですわ!」
少しの休憩を置いてから、いよいよ本日のメインイベント、すなわちティア様による指名依頼の契約だ。余程嬉しいのか、邪悪さをかなりマイルドにしたティア様が吠える。
メインは冒険者票の受け取りだったんだけど、そこはそれ、楽しいイベントはいくつあっても問題ないのだ。
本当ならば先に契約したマクターナさんの同行依頼が優先なのだけど、この場でそれを指摘する者などひとりもいない。
「依頼はわたくし、七階位の【強拳士】リンパッティア・シーン・ペルメッダの階位上げ。あなた方の負担を最小限にするため、メーラを直掩に付けますわ。よって依頼料は五十万。コウシが最低でも九階位などと吹いていましたが、結果に条件は付けませんわ」
腕を組んだティア様が契約内容を堂々と言い放つ。
なるほど、ティア様クラスの高位貴族のレベリングなら百万が相場であっても、あちらは専属護衛として階位の影響がないメーラハラさんを出してくる。当然そのぶん、こちらの人員に余裕ができるだろうという理屈だ。
理は適っていると、そう思える無難な報酬かな。それこそ、新規の組に過度な報酬を渡さないように気を使っているくらいに。
「……こちらからも条件があります」
「言ってごらんなさいな、コウシ」
邪悪に笑みを歪めるティア様が俺に続きを促した。
気圧されるな。こちらからも言っておかなければならないことがある。
たとえティア様やマクターナさんが相手でも、コトが迷宮戦闘に関することとなれば、委員長や中宮さんの出番ではないのだ。皆から与えられた俺の権限でもって話を通す。
「迷宮内での行動は、俺の指示に従ってください。理解できなくても、理不尽だと思ってもです」
「よろしくってよ!『指揮官』ヤヅの采配、楽しませていただく所存ですわ! メーラも、よろしいですわね」
「……はっ」
俺のヤバげな宣言にティア様は即答してくれるけれど、メーラハラさんは少し目を細めたか。
こういう時のさじ加減が読めないのがキツいところだ。どこかでメーラハラさんがどういう人なのか、本心を探りたいところだな。
「マクターナさんは俺たちが三層でどれくらいやれるのか、それを期待しているってことでいいですか?」
「三層で安定した戦いができるのならば、組としては万全でしょう。その上で四層に挑むというのも、三層の出来次第です」
俺の問いかけにマクターナさんは明るく軽い調子で返してきた。
要は俺たちが勇者として深層を目指すならば、三層くらいは楽勝でまかり通ってみせろということだ。
しかも今回はティア様を引き連れてという縛りまである。マクターナさんはそれすら判定材料にする気なのだろう。
「ウチは十階位と十一階位ばかりなので、三層では階位上げができません」
「……そうなりますね」
当たり前なコトを言う俺に対して、マクターナさんは怪訝そうな表情を浮かべた。
「マクターナさんの言うとおり、普通の冒険者なら三層で狩りまくって安定した生活ができるでしょうし、合間で四層に挑戦して十三階位を目指すのもアリなんでしょうね」
今回、マクターナさんに俺たちの戦いを見せるのは、ただの確認に過ぎない。俺たちは三層での安定した稼ぎに重きを置いていないのはマクターナさんだって承知しているのだし。
だが、そこにティア様のレベリングが入ってくるとなれば、話は変わってくる。
口幅ったいけれど『一年一組』はレベリングを大得意にしている集団だ。
最初の頃はどうにかして身内の後衛職の階位を上げるか模索して、途中からはそこにシシルノさんやアーケラさん、ベスティさんが加わった。しまいにはアヴェステラさんや女王様までもが。
「……できれば秘密にしておいてもらえると助かるんですけど」
「何を、でしょうか」
「『一年一組』の得意分野なんですけど、ティア様の階位上げを見ればわかってもらえると思います。結構キツい光景になるかもですけど、保証はしますよ」
悪い笑顔になった俺の言葉に、マクターナさんの表情が真面目になっていく。
十という階位は三層における限界にして、適正に行動できるとされる数字だ。一年一組の半数は十一階位を達成しているといっても、三層での戦いは二層でカマしたような余裕綽々とはいかないだろう。
それでも俺たちはティア様のレベリングを徹底的にやる。逆に言えば、ギリギリを狙って手を抜くというになるだろう。
根拠レスではない。一年一組最大の持ち味、それは馬那的に言わせると生存性と継戦能力の高さだ。
豊富な斥候、四人ものヒーラー、自己防御が可能で阻害魔術を途切れさせない後衛陣、階位に見合わない技能の数とそれをある程度使い続けることのできる豊富な魔力。ついでに言えば魔力の融通すら可能なメンバーも四人。
一年一組は多数の魔獣に囲まれ長期戦になったとしても、それでもラストアタックをコントロールできる余地がある。
ベースに【平静】と【痛覚軽減】があるお陰で、精神的な部分ですら耐えきるのが俺たちだ。
フラグにはしたくないが、分断さえされなければ、俺たち一年一組は迷宮三層で暮らすことすら可能である。
とはいえ俺たちの得意技を吹聴されてレベリング依頼が殺到しても困るので、この件については秘密ということだ。
我ながらティア様を特別待遇している自覚はあるけれど、それがクラスの総意なのだから仕方がない。愛されキャラなんだよな、ティア様って。努力系悪役令嬢っていうのがとてもよろしい。
とにかくだ、どうせ一度は三層を流すのは決めていたことだから、マクターナさんの視察とティア様の階位上げを並行できるなら、こちらとしても望むところだ。
「最低でもトドメの九割をティア様に回します。もちろん理想は全部ですけど」
「なっ?」
ちょっとした演技を混ぜて自信満々に言い放った俺の言葉を聞いたマクターナさんが絶句した。
いくら『迷宮のしおり』や戦闘詳報なんかで俺たちのやり口を知っているとしても、現場レベルでどこまで手加減を調整するかなんていうのは伝わっているはずもない。
本来だったら自信をもって十割と言い切りたいのだけど、スナイパーミアが不確定要素なんだよなあ。
「意気や良しですわ!」
わかっているのかどうなのか、意気揚々とティア様は扇を俺たちにかざした。
ならばご期待に応えて、やってやろうじゃないか。