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第456話 持ち帰ってから使うモノと返すモノ



「素晴らしい布地ですわね」


「ありがとうございます」


 緑の瞳を爛々と輝かせたティア様が滝沢(たきざわ)先生の服を褒めている。


「これが勇者の故郷の服装なのですわね。国の文官服に少し似ていますわ」


「これも仕事着です。大層なモノではありませんよ」


「とても綺麗な白。わたくしですら見たことがありませんわよ」


 ティア様が先生の真っ白なワイシャツを褒めちぎっているけれど、聞いたところではポリエステルと綿でできた、そんなに高いものではないらしい。グレーのスラックスもまたしかり。


 迷宮素材の関係上、アウローニヤやペルメッダでは革と羊毛が服に使われていることが多い。ティア様のゴージャスなドレスの生地が何なのかは俺にはわからないけれど、たとえネタとして異世界定番なアラクネの絹製だとしても先生と対比をしてみれば、なるほど日本製のワイシャツが異質でシンプルに輝いて見えるのだ。

 これぞ異世界名物、服装チートってヤツなのかもな。


「見事な靴ですね。意匠は似ていますが、仕上がりが違う。あ、失礼足元ばかり」


「いえ」


 外交官のスメスタさんは先生の靴に注目していたようだ。まるでかしずくように先生の前で片膝を突いたスメスタさんの図は、ちょっと危ないんじゃないだろうか。

 ほら、中宮(なかみや)さんを筆頭に女子グループの視線がキツいことになっているぞ。



 さて、俺たちは召喚初日の午後までしか日本の服を着たことがない。それ以降はアウローニヤで用意してもらった騎士服や訓練着、部屋着ばかりで、日本から持ち込んだ制服と体操着は封印したままなのだ。

 なのにこうして先生にスーツ姿を要望した理由だけど、気付かれているんだろうなあ。


「ほぉら、(りん)


「ありがと、朝顔(あさがお)ちゃん」


 アウローニヤで過ごしていた離宮の談話室と違って小さなテーブルが並ぶ部屋だけに、雑多な感じで各人が立っている状況で、チャラく笑った(ひき)さんが小さな紙の包みを副委員長の中宮さんに手渡した。


 これまで疋さん、酒季(さかき)姉弟、ヤンキーな佩丘(はきおか)、そして中宮さんと続いた誕生会だけど、最初の四人は迷宮内で、先生の恰好にご満悦な木刀女子に至ってはペルメッダへの旅路の途中で夜空の下だった。

 つまり屋内で行儀よくする誕生会は、六人目の先生が初めてということになる。


 だからというわけでもないが、プレゼントを渡すタイミングや状況もこれまでとは違う。

 今までは食事の前や途中なんかで賑やかしにしていたけれど、今日ばっかりはキッチリと食事を終わらせて、先生に着替えてもらってまでして引っ張った。万が一でも食事で汚したら台無しだからな。


「あのこれ、一年一組から先生への誕生日プレゼントです」


 桃色の紙でラッピングされた小さな包みを中宮さんが先生に差し出す。


「……そうですか」


 一拍の間を置いて、先生はゆっくりとそれを受け取った。



「開けてみても?」


「もちろんです」


 両手で包みを胸に抱いた先生は、中宮さんだけでなく周囲を見渡すようにしてから確認する。

 自信ありげに返事をしたのは中宮さんだけど、ほかの面々にも異論があるはずもない。そのためのプレゼントなのだから。


「これは……」


 丁寧に包みを解いた先生が、大きく目を見開いた。

 そこからゆっくりとソレを両手で捧げるように皆に見せてくれる。


 先生が手にしていたのは緑色のネクタイだった。


 生地に使われているのは中宮さんの誕生日に贈られたリボンと同じく羊毛で、色まで一緒だ。さすがにサメの刺繍はないだろうということで、先端付近に黄色い斜めの線が二本入っている。個人的には髑髏(どくろ)マークのネクタイが実在しているのも知っているのでサメもアリかと思うのだけど、綿原(わたはら)さんは自粛したらしい。

 中宮さんでは親愛の情で遊ぶけど、先生に対しては敬意が上に立つのだとか。


 もちろん製作者は安定の疋さんである。


 日本から持ち込んだセーラー服のネッカチーフをバラして作った方が質も上がっていいんじゃないかという意見もあったのだけど、たぶん先生は喜ばないだろうと却下されたなんていう経緯もあったり。



「だからこの服なんですね。それなら」


「はい。締めてみてください」


「では」


 薄々わかってはいたのだろうけど、それでも先生はなるほどといった顔をしてくれた。そんな気配りが嬉しいのだろう、中宮さんが笑顔を大きくする。


 外してあった第一ボタンを片手で閉じて、先生は襟を立てた。そのままシュルリと音を立てて、流れるようにネクタイが首にまとわりついていく。

 俺たちの制服がブレザーとかだったら理解できたのかもしれないが、ウチの制服は学ランとセーラー服だ。先生がカッコよくネクタイを締めていく姿を、俺たちはただ見届けるしかない。


 襟を折り戻し、キュっと首元の締め具合を右手の人差し指で整えてみせた先生は、緑色のネクタイを俺たちに見せつけるように翻してくれた。ああ、カッコいいなあ。


「ごめんなさい先生。わたしたち、タイピンの構造とかがわからなくって」


 中宮さんが申し訳なさそうにしているが、こちらの世界でネクタイ文化は確認されていない。首元にバッヂを付けて、そこから飾り紐を下げる風習はあるみたいだけど。

 当然ネクタイにまつわるアクセサリも存在しないわけで、本当ならカッコいいタイピンも用意したいと考えた俺たちだけど、詳しい構造を知っているヤツが誰もいなかったのだ。


「戻ったら買い物に付き合ってもらえますか? 凛ちゃんだけでなく、みなさんも」


「はい!」


 そんな先生の言葉を受けて、親愛の名前呼びをされた中宮さんを筆頭に、クラスメイトたちが次々と手を挙げていく。

 この場合の戻るっていう単語の意味を知っているから。


「大切にしますね」


 先生は胸元に靡くネクタイを愛おしそうに手で撫でる。

 それから決然と表情を切り替えた。


「次にこのネクタイを使うのは、みなさんが全員でわたしの英語の授業を受ける時です。山士幌で。……そういう意味、なんですよね」


「はい!」


 先生の言葉にクラスメイト全員が大きな声で返事をする。中宮さんなんかは目を潤ませて。


 これまで誕生日を迎えたクラスメイトの五人に贈られた品はこちらの世界でも普段使いできるようなモノばかりだった。夏樹の石を普段から使うと表現するのはちょっとアレだけどな。


 だけど今回の贈り物は違う。


 俺たちは山士幌に帰還するその日まで、学校の制服を着ることはない。今先生が着ているスーツもそうだろう。

 すなわち先生がネクタイを付ける機会なんて、この世界にいる間にはあり得ない。


 山士幌に帰り、再び先生の授業を受けることを前提にしたプレゼント。これはそういうことだ。



 ◇◇◇



「ではわたくしも。メーラ、あれを」


「はっ」


 いい感じの空気になった一年一組が落ち着いたところで、談話室にティア様の声が響いた。


「良いお話を聞かせてもらったお礼もこめて、こちらはわたくしからタキザワ先生への贈り物ですわ」


 事前に用意してきたのだろう、メーラハラさんからティア様が受け取ったのは綺麗な装飾が施された三十センチくらいの長方形の木箱だった。ガワだけでもお高いのが伝わってくる。

 もちろん先生の眉毛が下がった。みょんって音が聞こえたような気がするくらいに。


「……開けてみても」


「もちろんですわ!」


 中身を見ずにノーサンキューとも言えない先生はソレをいちおう受け取り、ティア様に確認をする。

 やり取り自体は中宮さんからネクタイを渡された時と似ているのだけど、温度差が酷いな。


「これは、見事な品ですね」


 パカリと蓋を開いた木箱の内側は豪華な布で覆われていて、その中央には紅くてデカい宝石がぶら下がったペンダントが納められていた。

 先生の眉間にしわが寄る。怒りというより、どうしようコレって感じだな。


 クラスメイトたちもヤバい空気を感じているし、中宮さんに至ってはどっちの味方をしたものかとオロオロしているくらいだ。

 以前までならノータイムで先生の側だったろうに、中宮さんも随分とティア様に入れ込んだみたいだなあ。なんて他人事みたいに考えたら怒られるか。



「ペルメッダ侯爵家か、侯息女リンパッティア・シーン・ペルメッダ殿下からの贈答品なのでしょうか?」


「違いますわね。わたくし個人からになりますわ。そも、侯家がタキザワ先生に品を贈る謂れがありませんもの」


 先生は極力気を使った言い方をしているけれど、ティア様はそれをぶった切る。


 これは……、空気が読めていないというのとは違うな。むしろ空気を寄せ付けようとしていないのか。

 初めて会った時の傍若無人モードなリンパッティア様を思い出す。


「これは、わたくしが尊敬する方の生誕を祝い、そしてショウコ・タキザワ男爵に相応しいと考えたからこそ用意した品ですわ」


「男爵、ですか」


 ここでティア様お得意の攻撃的断定口調が繰り出された。


 先生がアウローニヤから名誉男爵称号を頂いている事実は隠し事ではない。だからといって吹聴するはずもないけれど。

 通例として新たな貴族が誕生した場合、国交の近しい国にも通達がなされる。アウローニヤの場合なら、ウニエラ公国とペルメッダ侯国だな。


 いくら先生が国籍を持っていないからといっても、名誉男爵位を与えたのはアウローニヤだ。貴族名鑑とかいう貴族一覧表みたいな本にも記録されることになる。『緑山』の時もそうだったし。

 とはいえ先生が書類にサインをしたのは六日前で、場所はフェンタ領だ。そこからアウローニヤの王都に書類が送られ王城で受理されて、そこから折り返しペルメッダ侯国に連絡が入る形になるので、先生が爵位持ちであることが正式に通達されるまでにはまだまだ時間が必要になる。


 だからといってそれを黙っているのも義理を欠く。よって侯国側にはスメスタさんがアウローニヤの外交官として伝えてあるし、冒険者組合には俺たち自身からここだけの話ってことで教えている。『オース組』には、そういえば推薦をお願いする時にスメスタさんが暴露していたか。

 この国と組合の情報秘匿がどれくらいかを試すという意味もあるけれど、とっくに公然の秘密状態なんだろうなあ。



「地位に見合う品を持つのもまた、貴族の務めかと思うのですわ」


「そ、それはそうかもしれませんが」


 なんかソレっぽいことを堂々と言い張るティア様に先生がぐぬぬっている。


 ぶっちゃけ俺たちだってアウローニヤで学んでいるのだ。ティア様の言っていることもやっていることも、この世界の常識ならば間違っていない。

 たとえばこれがアウローニヤの宰相からの付け届けだったら、先生はざっくりと断っていただろう。以前もやったように適当な日本の風習とかを使ってでも。


 けれどもティア様にそれをするのは憚られる。それくらいには、先生だって彼女を買っているのだ。ついでに先生は悪役令嬢リスペクト側だし。

 俺たちにしてみても、ある程度ティア様の気質を知ったからこそ、彼女のレベリング依頼を受ける気になった。


 ちなみに一年一組はごく少量で目立たない程度の装飾品も、アウローニヤから持ち込んでいる。

 先生が今着ているスーツや学生服とかではなく、こっちの世界では礼服代わりになる騎士服にマッチする小物がメインで、換金性というよりは、恥をかかない程度の品々だ。アウローニヤの騎士爵クラスの礼服なので、そう大したブツでもない。

 しかも王家から下賜された形ではなく、アヴェステラさんの手続きで行政府から退職金代わりに渡されているので、妙な箔も付いていないという念の入れようだ。


 それらよりちょっと格上なんだろうティア様の差し出したペンダントは、なるほどたしかに男爵クラスが使うのに相応しいとも思える。



「自分のお小遣いならっていうのが通らないのよね」


「だってアレ、楽勝でお小遣いの範疇なんだろうしなあ」


 俺の横に立ち、ちょっと心配げにサメを揺らした綿原さんがそっと呟いた。


 先生はティア様のことを確実に子供だとして扱っている。それでも体面上は侯息女に対する姿勢だ。それがコトをややこしくしている。

 俺たちの小遣いが五千円だとして、そこから五百円を出し合って先生へのプレゼントを用意したとしよう。クラス全員なら一万くらいのモノが買える。これは美談の範疇だ。

 では、一億の小遣いを持つティア様が五百万のプレゼントを差し出してきたらどうするか。


 先生はそれが理解出来ているから、立ち振る舞いをどうするべきか困っているのだ。

 子供のくせにそんなアホみたいに高価な代物を渡してはいけません。その一言を言うことができない状況はキツいよなあ。


 子供が自分に出せる範囲で、しかも相手の立場に寄り添った贈り物をしてきたのだ。

 だが先生にも意地がある。アウローニヤで男爵になった時、ミドルネームを拒否った先生は変なところで頑固なのだ。

 今、先生の中では日本と異世界の常識、大人と子供、背負う肩書なんかの要素がバトルロイヤルを繰り広げているのだろう。お労しや。


 俺なんかは受け取るだけ受け取って、棚の奥にでもしまっておけばいいと思うのだけど、先生は真摯に立ち向かっているのだ。



「見ていられないわね」


「綿原さん?」


 謎の牽制をしている光景にしびれを切らしたのか、綿原さんがサメを伴い先生とティア様の下へ突撃をかけた。俺はそれを見送ることしかできない。無力だなあ。


「ティア様、ちょっとお耳をいいですか」


「なんですの? ナギ」


 ティア様の横に立った綿原さんが身長差の関係で、ちょっと背伸びをしながら耳元でなにかを呟いている。


 吹き込まれたティア様が表情をコロコロと変えているけど、なにを話しているのだか。

 チャラ子な疋さんや、オロオロしていた中宮さん、陸上女子な(はる)さんがそれぞれ反応しているってことは、三人とも【聴覚強化】を使っているのだろう。内緒話が難しいクラスになってしまったものだ。


「話はわかりましたわ。とてもよろしい提案ですわね。見直しましたわよ、ナギ」


 一分もかからないやり取りだったが、ティア様は納得の表情で悪い笑顔を見せた。

 さすがは綿原さん、ティア様好みの落としどころを提案したようだ。


「ですが、わたくしにも意地がありますわ。侯息女たるわたくしが一度差し出したものを受け取らないなど、許されることではありませんわ!」


「ティア様……」


 それでもティア様は、やはり悪役令嬢であった。いや、この場合は悪役とかじゃなく、立場と面子ってところか。

 綿原さんがサメと一緒になってがっくりと肩を落とす。


 先生とティア様の意地の張り合いとなると、これはどうやったら収拾を付けられるのだろう。


「ですので条件を付けますわ。タキザワ先生、まずは受け取ってくださいまし」


「……ですが」


「そしてあなた方が故郷に帰る際、これをわたくしに譲ってほしいのですわ」


 無理押しを掛けてくるティア様に困った顔になった先生だけど、続く言葉で表情が変わった。



「あなた方が想いを込めた品を贈る姿とナギの提案に、わたくしも感じるものがありましたわ」


 綿原さんが出した提案の内容はわからないが、それでもティア様の言葉には力がこもっている。


「勇者の旅路にわたくしが贈った品を同行させてほしいのですわ。そしてあなた方が去る時に、それをわたくしが受け取り、語り継ぎますわ!」


 無茶苦茶なこじつけだとは思う。だけど、ティア様の意地は謎の説得力に繋がった。


「わかりました。喜んで受け取らせてください。お心遣い、ありがとうございます」


「最初から素直にそう言っておけば拗れませんでしたわよ」


 一歩前に出て微笑む先生に箱を手渡しながら、ティア様は拗ねたように、それでも笑っている。


 いい話だなあ。こじつけっぽさが強引だけど、ティア様のやることだから、まあいいやって気分にさせられたよ。



 ◇◇◇



「手ごろな花瓶もありますので、明日にでも拠点に持っていってください」


「ありがとうございます」


 怒涛のプレゼント合戦は、スメスタさんから贈られた花束をあっさりと先生が受け取ることで終わりを告げた。

 飾り気の少ない新らしいホームに花を添えてくれるとは、スメスタさんはやっぱり気配りの人である。


 ただ気になるのだけど、スメスタさんの上着のポケットから紙の包みがはみ出しているんだよな。

 どこからどう見てもプレゼントの包装っぽいんだけど、アレを渡さないのはどういう意味なんだろう。



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>ただ気になるのだけど、スメスタさんの上着のポケットから紙の包みがはみ出しているんだよな。 >どこからどう見てもプレゼントの包装っぽいんだけど、アレを渡さないのはどういう意味なんだろう。  ティア様…
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