第453話 組のあれこれ
「──専属担当はマクターナ・テルト一等書記官とする」
「お任せください」
予定通り『一年一組』の専属担当はマクターナさんで決まりだ。
優しげに頭頂部を光らせるベルハンザ組合長の言葉に、マクターナさんはピシっと腰を折って答える。
そんな光景を見つめる俺たちは、一部のメンバーがちょっと引き気味だった。だってマクターナさんがああいうタイプだとは思っていなかったんだから。
武力を背景にするのは構わないと思う。だからといって対話を捨ててまで前面に押し出すとは。
そりゃあ十五階位で『ペルマ七剣』なんていう肩書を持つ彼女は、俺たちの知る限りでは指折り数える程の武力の持ち主だ。
アウローニヤで出会った十五階位以上は十六階位のベリィラント近衛騎士総長を含めても三人。ペルメッダだと侯王様が十六階位で、『オース組』組長のナルハイトさんが十五階位っていうくらいだ。そういえば資料にあった組合長は十六階位だったか。眩しい。
ここにきて高階位のバーゲンセールだな。
そんなマクターナさんに対して俺たちは、明るい笑顔のデキる事務員さんを幻視していた。
それが本当だったらどんな完璧超人かという話だよ。組合長とかナルハイト組長みたいに年齢と経験を積み重ねてきてそうなったというならば、それはそれでアリだったろう。ベリィラント総長は積み重ねても拗らせていたけどな。
けれどもマクターナさんは滝沢先生よりちょっと上、三十歳くらいだ。
アウローニヤ的に表現すれば『蒼雷』の騎士団長だったキャルシヤさんと、知略のアヴェステラさんが合体したような存在だと考えれば、逆に怖い。
俺たちは気付いておくべきだったのだ。そう簡単にチートキャラなど現れない。
謀略系ならアウローニヤのリーサリット女王がかなりのモノだったけど、文武両道には限度があるよな。
女王様って今頃階位はどうなっているんだろう。なんかこう、数日後に届くであろう手紙に十二階位になりましたって書かれていても不思議じゃないような。
俺たちはまだ十一階位と十階位なんだけどなあ。『勇者チート』と『クラスチート』を持っている俺が言うのもなんだけど、女王様ってしっかりチートじゃん。
「よかったね!」
「だねえ。やれやれだよ」
「面倒な柵が無けりゃいいんだけどなあ」
「やっぱりそういうの、ありそうっすか」
「そういうのはパワーで粉砕ってね」
「マクターナサンがなんとかしてくれそうデス!」
とはいえ全面的に『一年一組』が認められたのが嬉しくないはずもない。
好き勝手を言っているクラスメイトたちだけど、表情は明るく声も元気だ。
マクターナさんについては、適切な関係性を維持するぶんには問題ないだろう。ナルハイト組長の推薦なんだし、昨日の会話からして横暴キャラってことはないだろうから。
対組合としては、むしろ心強い味方だよな。俺もそう思うことにしておこう。
「では我々はこのあたりで退席しよう。テルト君は残って説明を」
「ありがとうございました!」
一連の宣言を終えたベルハンザ組合長はここで退席するようだ。クラスメイトたちが一斉に頭を下げる。
組合側の人たち、組合長と副組合長、顧問の二人が退室していく。マクターナさんによって精神にダメージを受けたバスタ顧問は、苦笑いのグラハス副組合長に肩を借りるように歩いている。もう一人の顧問も足取りが怪しいけれど、アレは大丈夫なんだろうか。
マクターナさんの威圧は継続ダメージ型なんだな。これは憶えておかないとだ。
◇◇◇
「まずは『一年一組』の結成をお祝いさせてください。そこにわたしも関わることができたことを嬉しく思っています」
ニコニコと微笑むマクターナさんが、本当に嬉しそうに祝辞を述べている。
組合長たちが部屋を出てから三十分くらい、着席し直した一年一組はマクターナさんからのレクチャーを受けることになった。
その間なにをしていたかといえば、昼食だ。出て行った人たちと入れ替わるように運び込まれた、塩コショウが効いたペルメッダ風に味付けされたサンドイッチの山をみんなで雑談しながら消化して、ここで仕切り直しである。
昼休みが終わって午後の授業が始まるってところだな。
同席しているのはマクターナさんのほかに組合書記の金髪お姉さん。ミーハさんという名前で、二等書記官として、マクターナさんと一緒に『オース組』の担当をしているのだとか。
そして『オース組』からはナルハイト組長と事務のスキーファさんが居残ってくれている。
その中でもとくにスキーファさんには、俺たちが拠点に引っ越しを終えたら直ぐにでも組でするべき事務仕事を教えてもらう予定だ。ミーハさんについては、マクターナさんが当面『一年一組』に力を入れる代わりに『オース組』のメイン担当になるらしい。アウローニヤの政変後も派手な人事異動があったけど、こちらは俺たちの都合によるスライドなので、なんか申し訳ない。
『短期間でも騎士団の管理をしていた経験があるなら、組の方が余程楽ですよ』
事前に俺たちの要望を聞き入れてくれていたスキーファさんは、ヘラっと笑って流してくれた。
たしかに『緑山』の立ち上げは本当に大変だった。書類があまり得意でない先生は目が死にかけていたもんなあ。しかもひと月もしないうちに騎士団が解散したのだから、役立てる機会が無かったし。
そんな経験がペルメッダで生きてくるというのだから人生は面白い。
ついでにウチのクラスは全員がフィルド語を読み書きできて、計算もバッチリだから万全だ。なにせシシルノさんから『魔力研』で全員を働かせたいなんていう暴言染みたお墨付きまでいただいているのだから。
さっきも心の中で名を挙げたけど、農家を継ぐ意識の高い白石さん、小料理屋の上杉さん、そしてコンビニ娘な綿原さんは別格としても、文系オタの野来や医者の卵な田村、もちろん藍城委員長なんかも文書処理能力は高いんだ。
俺もと言いたいところだけど、アイツらと比較するとなあ。
というわけで、組の運営における書類と数字については、俺たちはさほど心配していない。組合には預け入れもしているし、まだまだ現金もあるので心のゆとりがあるというのも大きいかな。
「さて『一年一組』は現状、小規模四等級の組として登録されています」
おもむろ説明を始めるマクターナさんにみんなが黙って頷いた。
同時に俺たちは全員がノートに鉛筆を構えてメモの姿勢に入る。両方ともペルメッダで手に入れた、日本製に比べれば随分質の悪いモノだけど、実用性には問題ない。
そんな俺たちを見て、マクターナさんの笑顔が大きくなる。一年一組はこういう時は真面目な集団なのだ。
「組の評価基準はいくつかありますが、小規模とされたのは冒険者登録された組員が三十名以下なのが理由ですね。ですが小規模でも十分な活躍をしている組はいくつもあります。言い換えれば少数精鋭でしょう。みなさんももちろん──」
講師みたいな口調になったマクターナさんの解説によれば、七十人までが中規模、そこから上が大規模らしい。
というか、ごめんなさい。一年一組の誰もが口にしていないけど、知っているんだ、それ。冒険者や組の評価については、イケメンオタな古韮や文系オタの野来がムキになって調べていたから。
クラスメイトの半数以上が評価なんてどうでもいいと考えている節があるけれど、やっぱり気になるじゃないか、ランクってモノがある以上は。
だからこそ俺は大真面目にマクターナさんの話を聞く。
もしかしたらこちらの勘違いとかがあるかもしれないし、もっといえば新発見だって期待できるから。
「等級については組全体の『貢献』と『継続的な実績』、『実力』が重視されます。ですが四等級だからといって二等級の、たとえば『オース組』と扱いが変わることはありません。名誉と、強いて挙げれば組合内での発言力くらいでしょうか」
「数字で決まってるんじゃないんですよね?」
ここで質問をしてしまえるのが野来だ。マクターナさんへの畏怖よりも、オタ的興味が勝利しちゃってるんだろうなあ。
「はい。組合が総合的に判断し、昇級が決定されるというのが規定ですね。ペルマ迷宮の場合、中規模の組が三年間継続して活動すれば三等級、十年で二等級というのが大まかな目安です」
「やっぱり年単位かあ」
野来がボヤくけれど、組の『貢献点』、つまりどれだけ組合に上納したかは累積値だ。三年とか十年なんていう数字を出されると、要は億単位の金を納めたかっていうレベルになる。
条件からしてみれば組員が多いほど有利になるのは当然だな。『一年一組』は小規模だから、五年とかの話になるんじゃないだろうか。
「飛び級でSランクは諦めて、Fランクで固定パターンかな」
「なのに実力があるってやつっしょ」
「それそれ。陰の実力者集団ってヤツ」
古韮のテンプレトークにチャラ子な疋さんが乗っかる。小声なのはいいけれど、怒られない程度にしておけよ?
そもそもSランク、もとい一等級というのが事実上無理だったりするのだ。
五十年の歴史を誇る『オース組』でさえ中規模二等級。では一等級はどんな組かといえば、別格だ。主に歴史が。
ペルマ迷宮冒険者組合に所属している一等級の組は二つだけだったりする。
片方が中規模で、もう一方はなんと小規模。ただしその二つの組は二百年以上、つまりペルマ迷宮が発見された直後から存続していることになる。
二百年のあいだにほかの国に移動したり、名前を変えたり、消滅したり、そういう諸々を乗り越えて続いているからこそ一等級というわけで、ほとんど名誉称号だな。
なのでペルマ迷宮においては二等級が事実上の上がりだ。つまり『オース組』はトップクラスの力と実績を誇る組ということだな。
「月ごとに貢献上位十組が公表されますので──」
俺たちを微妙に煽るようなことをマクターナさんが述べながら、説明は続く。
狙っちゃいたくなるよな、月間ランキング。
◇◇◇
「『組則』ですか」
「はい。組合による冒険者規則がありますので、あくまで組独自の決まりごとみたいなものですね。それ以外にも理念や目標、所属する隊、内部での役割なんていうのも含まれますが、決まりがあるわけではありません」
「なるほど。キチンとしておいた方がいいかもですね」
説明を続けるマクターナさんが『組則』という単語を持ち出したところで食いついたのは、副委員長の中宮さんだった。
暴走することも多いけど、風紀委員的ビジュアルを持つ中宮さんは、そっち方面になると気合が入るんだよな。クラスメイトの何人かが面倒くさそうな顔になっているぞ。
「ウチのを参考にしてくれていいぞ」
「いいんですか?」
「隠すようなモノじゃないからな」
そこに口を挟んできたのは『オース組』のナルハイト組長だった。
秘密にしておくことがあるんじゃないかと中宮さんが確認するけれど、腕を組んだ組長は鼻を鳴らし、問題はないと言い放った。
「こうなるだろうと思ってな。持ってきている。スキーファ」
「こちらになります。持ち帰ってくださって構いませんよ」
ナルハイト組長に水を向けられた『オース組』の事務員、スキーファさんが鞄から冊子を取り出し、一年一組に見えるように机に置く。
表紙には緑色で山々に囲まれた盆地みたいな絵が描かれている。この街、ペルマ=タじゃなくってフェンタ領をイメージしているのかもしれないな。
「『オース組・組則』ですか。読ませてもらっても?」
「ええ、もちろん」
表紙に書かれたタイトルを読み上げた中宮さんは、スキーファさんに了承をもらってから冊子を手にしてページをめくる。
「『元気に優しく』。ふふっ」
そんなにページ数も多くない冊子を読んでいく中宮さんは、最初に書かれている組の理念に笑った。
決してバカにしているというわけではなく、微笑ましいって感じだな。でもたしかに『元気に優しく』っていうのは、大剣使いのフィスカーさんが率いる『黒剣隊』のイメージそのままだ。
「沿革もあるんですね」
中宮さんの隣の席から冊子を覗き込んでいた歴女の上杉さんも、興味深げな顔になっている。
組の規則が書かれているとはいえ、どうやら内容はむしろ組紹介のパンフレットに近いのかもしれない。隠すようなモノじゃないっていうのは、むしろ宣伝になるからなのかも。
うん、これは面白そうだ。俺もあとで読ませてもらおう。
「標語を並べておけばいいのか?」
「誰がどの係をやるのか、こりゃあもっかい話し合いだねえ」
「そっか。もう儀仗係って無くなったんだよなあ」
「美化委員に入れてあげる」
「僕、生き物係がいいんだけど」
「草間くん、忍者はテイマーじゃないでしょ。でも、使い魔とかなら──」
順に海藤、笹見さん、古韮、深山さん、草間、夏樹の発言だけど、簡単にこういうノリになるのが一年一組だ。
ところでメガネ忍者な草間よ、マスコット枠を所望するとはなかなか分かっているじゃないか。ここはやっぱりフェンリルを……、とはいかないんだよなあ、この世界。
迷宮の魔獣は生きたまま階段を通過できない仕様だから地上には連れてこれないし、地上の生き物は地球とほぼ一緒って感じだし。犬とか猫ならアリかな。
「持ち帰ってみんなで話し合ってみますね。ありがとうございます」
雑談っぽくなってきた身内の会話を眺めて中宮さんがため息を吐いてから、ナルハイト組長とスキーファさんに頭を下げた。そろそろ大人しくしろということだ。
自然と静かになるあたり、ウチのクラスの連中は教育が行き届いている。マクターナさんはさておき、ウチのクラスにだって怒らせると怖い連中は結構多いのだ。
「迷宮委員はそのままかしら」
「選び直すなら、俺は立候補するよ」
「ならわたしも、ね」
小さな白いサメを浮かばせた綿原さんが耳打ちしてきたので、俺は笑って決意を語った。
◇◇◇
「冒険者票と組票の仕上がりは明日までお待ちください。組章についてはこちらの図案で間違いないでしょうか」
マクターナさんによる説明会はまだ終わらない。続けての話題は冒険者票、異世界モノ的表現ならばステータスカードについてだった。
とはいえそんな超魔道具がこの世界にあるわけもなく、現物は革製の四角いワッペンみたいのに名前が刻まれただけっていう、途轍もなくシンプルな代物だ。神授職や階位はおろか、年齢も性別すら記載されていない。本当に名前だけ。
通常は組票、組の名前が入ったワッペンと二枚揃えて革紐で首からぶら下げるのが習わしだったりする。
ミリオタの馬那に言わせると『ドッグタグ』みたいだそうな。
どうせなら一枚にしてしまえばとも思うのだけど、そういう伝統なのだとか。建前としては、所属する組を変えた場合とかに手間が省けるのだそうだ。妙なところで世知辛い。
で、組章というのは組のマークってことになる。エンブレムでもシンボルといってもいいかな。
さっき見た『オース組』の組則の表紙に描かれていたのが、まさにそれだな。
一年一組的には『帰還章』を使いたいところだけど、ああいう複雑なのは細工が難しい上に、解散したとはいえ『緑山』の存在はアウローニヤの公式記録に残されている。
そこには『帰還章』も含まれているわけで、いち冒険者が使うのは非常にマズいということになってしまうのだ。せっかくみんなで、とくに綿原さんが頑張って考えたんだけどなあ。
とはいえ拠点の談話室に飾る予定ではある。まあそれくらいは許されるだろう。
ちなみに先生の『昇龍紋』については、アウローニヤが正式に認定したショウコ・タキザワ名誉男爵のパーソナルマークなので、使用することに問題はない。使いどころがあるかは不明だけどな。
「見たことのない絵柄だな。由来はあるのか?」
「はい、まあ」
提出した資料の中に入れておいた『一年一組』の組章の図案を見たナルハイト組長が首を傾げる。歯切れ悪く苦笑で委員長が答えるけれど、それもそうだろう。
三角を二つ繋ぎ合わせた縦長の菱形がベースで、両脇から斜め下に柏の葉が伸びている、ほぼ正方形に収まる図案。
「『一年一組』って名前に決めた時、自然とこうなったんです。『オース組』の組章の由来と似ているかもしれません」
「……故郷、か」
「はい」
だんまりというのもよろしくないと思ったのか、委員長がそれとなく由来を伝えれば、ナルハイト組長は正確に受け止めてくれたようだ。
この組章だけど、菱形の中央に『高』と文字を入れれば、まんま道立山士幌高校の校章になる。モノクロだけどな。
すなわち『帰還章』とは別の意味で、これ以上『一年一組』に相応しいマークはないということだ。
以前『緑山』の騎士服に日本から持ち込んだ校章を付けたらどうかと言ったのは、草間だったかな。
あの時は現物を使って失くしたらどうするってことで廃案になったけど、今回は図案だけだから問題ない。
そもそも『緑山』というアウローニヤの命名規約が校章と結び付けにくかったけれど、今回は『一年一組』だから。なのでみんなもあっさり納得したわけだ。天丼になるけれど、『拳』や『サメ』を主張する人がいなくて助かった。
「──焼き印は組合でご用意しますが、印章はどうしますか?」
「必要なんですよね?」
「はい。図案に問題はなさそうですので、まずは素材から決めましょうか」
組章の話題はいつの間にやら印鑑についてシフトしている。マクターナさんが押し、委員長が受け止める側だ。
どうやら組としての体裁を整えるためには、それなりの追加出費は避けられないらしい。
「木製、鉄製もありますが、格式となるとやはり四層の【牛種】の角がお勧めです。最近は価格も下降していますし、なにより手触りが──」
いや、そうだった。さっきまでマクターナさんのパワーに感じ入っていたけれど、この人はお金が大好きキャラでもあったんだっけ。濃い人だよなあ。
今日は冒険者登録だけでなく、夜にはイベントも控えている。あんまりここで気力を使い果たしたくないんだけど、もうちょっと時間がかかりそうだ。
商談染みてきた光景に、視界の端を泳ぐサメがちょっと疲れたように傾いていた。