第452話 ライ=ファタ=ライ・ゾン
「正直に言わせてもらえば、肩書とコネに頼り切った態度をしているようなら警告をするつもりでいた。場合によっては反対だってしていたかもしれん」
ワイルドに悪い笑みを浮かべる副組合長のグラハスさんは、藍城委員長の回答をやたらと気に入った様子で、豪放にまくし立てる。
「やっぱ冒険者は煽ってナンボだよな」
俺の前列に座っているイケメンオタの古韮がわかったようなコトを言っているけれど、おおよそ俺も同感だ。
数こそ少ないけれど、ペルメッダに来てから出会った冒険者たち、とくにフィスカーさんたちをはじめとする『黒剣隊』の面々や、ティア様の語る彼らの在り方からは陰湿さを感じることはない。
もちろんアウローニヤの時と一緒でカッコいい人がいれば、ろくでもなしだっているだろう。ただまあ、全体としての気質に俺たちはそれほどの不安を持っていないということだ。
というか、無理を押し通す以上は多少のリスクがあるわけだし、それが拉致とか暴力みたいな実力行使でなければ受け入れようという心構えはできている。
こういうのは俺一人だったら絶対に選べない判断だよな。一年一組が二十二人だからこそ立ち向かえるんだ。
ところでテンションの高い副組合長なんだけど、何度か事務のマクターナさんをチラ見しているんだよな。なんだか顔色を窺うように。
俺は【観察】使いで、こういう時の微妙な表情の動きに聡くなってしまっている。普段クラスメイトたちとバカやっているあいだは積極的に使わないようになってきているけれど、大人との会談ともなれば話は別だ。バリバリに観察させてもらっている。
もしかするとだけど、何らかの圧力がかかっているんじゃないだろうか。
しかもマクターナさんから副組合長に向かう形でだ。昨日『一年一組を囲う檻を壊す』と言い放ったマクターナさんだけど、どれだけの仕込みをしたのかまでは聞かされていない。
それでもグラハス副組合長の表情を見るに、マクターナさんから何らかの形で脅されているという感じではなく、そこにあるのは納得……、なのかな。
事前にマクターナさんが副組合長に吹き込んでいた情報と、現状が折り合ったってところじゃないだろうか。
「僕たちは早い段階で四層を主戦場にする予定です。魔獣が増加していると聞きますし、力になれればと思います」
そうやって人物観察をしている俺だけど、委員長の口だって止まりはしない。ここぞとばかりに優等生っぷりをアピールしていく。
「行儀が良くて熱意もある、か。根性が付いてくればいいのだが」
「そっち方面を担当する仲間も揃っていますから、僕は不安を感じていません」
副組合長の追加注文を受けた委員長は、自信ありげに隣に座る木刀女子の中宮さんに視線を送った。
ギンと目を輝かせただろう中宮さんは、黙って頷いてみせる。気合入ってそうだけど、背後からだと表情は想像するしかない。大外れってことはないという確信はあるけどな。
なにせ俺の横に座る綿原さんが、とても嬉しそうな表情で中宮さんの背中を見ているのだから。
「なるほど。ならば俺の方からもできる限りほかの組に話は通しておこう。ナルハイト組長もそうするんだろう?」
「ああ。『オース組』もやらせてもらう。コイツらは面白いぞ?」
獰猛な笑顔になったままの副組合長はナルハイト組長に声を掛けた。
どうやら俺たちの情報をポジティブに流布してもらえるらしい。そういう協力は本当に助かる。やっぱり信頼と実績っていうのは大切な要素だよな。
「さて、通常であれば私の裁可で問題はないのだが、グラハス君の同意が得られたならば心強い」
楽しそうに推移を見守っていた組合長が、好々爺然とした表情でまとめに入る──。
「とはいえせっかくの機会だ。顧問のお二人にも意見を伺っておきたいところだね」
「……私としては異論はありません」
はずだったのに、組合長は最初の挨拶以降、ここまで一言も発していない顧問のお二人にまで声を掛けた。
一拍の間を置いてから、まずは騎士爵な方の顧問さんが同意をしてくれたのだけど、表情はとても複雑そうだ。
繰り返しになるが、顧問と名乗るお二人はペルメッダ侯国の人間で、組合の動向を見守るのと同時に国に利益を引っ張るのをお仕事にしている。ついでに個人的に功績を上げることで、ちゃんと仕事をしているというポーズを必要としているのだとか。
そこらへんの立ち位置については委員長がそんなものだと教えてくれて、クラスメイトたちはげんなりしたものだ。
だからといって組合の敵かといえばそんなことはない。
以前マクターナさんが言っていたように、健全な組織というものには異論が必要だ。ましてや閉鎖的で排他的な性格が強い冒険者組合にとって、外からの視点は重要なんだとか。
「私としては『指南書』の製作に協力をお願いしたいと考えていますな。無論依頼という形にさせてもらう」
もう一人の顧問、口ひげがご立派な男爵が俺たちを一瞥してから『指南書』という単語を持ち出してきた。
まるで交換条件みたいな言い方だ。というか、そのものなんだろう。
ここでいう『指南書』とは、俺たちの『迷宮のしおり』のことを指している。
パクった挙句、名称まで変えてくるとは、中々の態度だよな。しかも原案が俺たちだということを知っていてコレだ。
そう、この人こそが迷宮のしおりを冒険者組合に導入し、そして独占販売を画策している張本人だ。ついでにさっきの騎士爵顧問も協力しているらしい。
「君たちとしても、見届けたいという思いがあるのでは?」
「皆無とは言いませんが、僕たちとしては活用する側になりたいところです」
組合顧問、バスタ男爵という名前のおじさんは俺たちの感情に配慮したような物言いをするが、委員長は肩を竦めて流しにかかる。
少々厄介なのは、この人が組合や侯国に仇をなそうとしていないというところだろう。
むしろ自分にできる限りでより良い制度を作りたいと考えている、改革派に属する人物だ。そこに自分の功績を絡めたがったとしても、それは正当な主張だろうというのは理解できる。
ペルメッダ侯国は成立から三十年も経っていない新しい国家で、現在の侯王様は二代目だ。
それが何を意味するかといえば、独立戦争時に反侯王派閥が一掃されていて、侯王様を頂点とした政治がちゃんとしているということになる。
アウローニヤ王国のレムト王朝は初代こそ立派な政治をしていたらしいけれど、七十年くらいを掛けて腐っていった。それに対してペルメッダは、今のところ真っ当な状況らしい。
冒険者組合との関係も、アウローニヤからの冒険者を吸収するために侯国側は優遇措置を採っていることもあり、それなりに良好なのだとか。
つまり、この場にいる顧問にしてみても、組合をかき回そうとまでは考えていないはずってことだ。
問題なのは勇者である俺たちを利用したいという考えが露骨だという点だな。ついでに勇者との指名依頼を交わした事実を残したいってところだろうか。
しおりをより良くして新事業を成功させたいという気概は歓迎できる。ナルハイト組長がそうだったように、古参の冒険者はこういうのを受け入れがたく思っているようだけど、俺たちからしてみれば原案を作った者として、やっぱり上手く運用して若い冒険者たちに受け入れてもらいたいというのが人情だ。
だけど、自分たちの分だけならまだしも、全体に波及するような関わり方をしている時間がもったいないというのが俺たちの基本スタンスなわけで。
「バスタ顧問」
「な、なにかね」
バスタ顧問の押しのせいで微妙な空気になっていた場に、マクターナさんの柔らかい声が響く。それに対する顧問の返事は、どこか上ずっていた。
「『指南書』の件については、彼らは権利の放棄と緘口を約束してくれています。それ以上を望まれるのですか?」
笑顔のマクターナさんが、普段通りの明るい声色で顧問を窘めてくれる。
一瞬固くなりかけていた雰囲気が柔らかくなったような気がするな。うん、理詰めで場を収めてくれると助かる。
「私は彼らのことも考えてだね。実績にも繋がるのだ、お互いに良い関係を──」
「あ?」
けれどもだ、さらに食い下がろうとしたバスタ顧問のセリフに被せるように、笑顔のマクターナさんが一言だけを発した。そう、ただ一言だ。そもそも単語ではないから一声といった方が正確か。
「て、テルト書記官」
「……」
完全に声が裏返ったバスタ顧問がマクターナさんの名を呼ぶが、返事はない。
「……テルト書記、ひっ?」
やおら立ち上がったマクターナさんはテーブルを回り込む形で俺たちの前をつかつかと歩き、バスタ顧問の横に立つ。
座ったまま彼女に見下ろされた顧問が短い悲鳴を上げた。えっと……、なにが起きているんだ?
少なくとも歩いているあいだ、マクターナさんの表情は変わっていなかった。そう、いつもどおりに明るい笑顔だったんだ。
さっきの一声を言い放った時ですら、マクターナさんは笑っていた。
そして、今も。
「もう一度確認させてください。わたしは昨日の時点でお願いをしたはずで、顧問は頷かれた」
明るい笑顔そのままの声色でマクターナさんはバスタ顧問に語り掛ける。
「そ、それはそうだが。惜しいと思ったのだっ」
「お気持ちはわからなくもありません。彼らは有望です」
「そうだ! だから私は」
「で?」
またもや単音だった。
一年一組の面々はなにも言わない。むしろ息を潜めてマクターナさんに察知されないようにしているくらいだ。
というか草間、気配が薄れているんだけど、お前【気配遮断】使ったな!?
ナルハイト組長とスキーファさんは俯いて視線を上げないし、組合の人たちは真正面、つまり俺たちの方を向いたまま横で起きている事案を見ないようにしている。
組合長こそ微笑んだままだが、副組合長や書記のお姉さんは表情を固くしていて、そしてなによりもう一人の騎士爵顧問がヤバい。詰められている男爵顧問の方に視線を向けず、俯かせぎみにした顔は真っ青だ。
「そもそも勇者の動向について、国には侯息女殿下から報告が上がるのでは?」
「それは別の話でっ」
「まさかとは思いますが、出し抜こうと?」
「そ、そんなことは。私は国と組合の両方に利益──」
「お?」
脂汗をかいて言い訳をしている顧問に、マクターナさんの追撃が入る。なんでシメが一声だけなんだろうなあ。
そういえばティア様の存在もあったか。
あの人の場合、お兄さんがいるのとアウローニヤに嫁ぐのもあって政治には深く関わっていないし、冒険者組合との距離も遠かったから、顧問の言う別ルートというのは嘘じゃないと思うのだけど、それでもマクターナさんはお構いなしだ。
これって恫喝しているようにしか見えないんだけど……、というか、モロに脅しか。
違うだろ。こういう場合、マクターナさんが策謀を巡らせて顧問たちに有無を言わせぬ状況を作り出すとかだろうが。明るい笑顔の裏に隠された知略がっていう展開するはずなのに。
少なくともアウローニヤの女王様ならそうしているはずだ。いや、少なくともとかは不敬か。さておき、ああいう蜘蛛の糸で絡めとるようなやり方は、リーサリット女王だからこそ可能なのかもしれない。
「物理かよ」
「あれが『ペルマ七剣』の力」
「お、【音術】じゃないよ」
なんとか気を取り戻した古韮と野来、それと白石さんがアホなコトを言っているが、やめておけ、そういう感想は。俺としても共感する部分は大きいけれど、こっちに目を付けられたらどうするんだ。
とはいえ白石さんの【音術】でアレができるようになったら、対人戦に使えそうだな、うん。どちらかというと精神攻撃系にも思えるけど。
「まあまあテルト君。その辺りにしてあげてくれないかな」
この状況でそんなセリフを吐くことのできる人物など、ここにはひとりしかいない。
頭を光らせたベルハンザ組合長が柔らかい声でマクターナさんを窘める。よくぞ言ってくれた。さすがは元『ペルマ七剣』。
なんで会談の途中なのに武力が背景になっているのかなあ。
そういえば前にミリオタな馬那が言ってたっけ、外交っていうのは武力をチラつかせるものだと。ここはそういう場所なのだろうか。
「組合長」
「うんうん。テルト君の言わんとすることはわかるよ。『指南書』について勇者たちは譲歩を確約してくれていた。さらには、この場でも前向きな提案をしてくれている」
マクターナさんに名を呼ばれた組合長は、場を収めに掛かってくれるようだ。こちらに好意的な言葉が身に染みる。
あり得ない想像だけど、マクターナさんの一声がこっちに向けられたら、俺たちは対応できていただろうか。なんとなくだけど、聖女な上杉さんなら『ブラックホーリーバリア』とかで防げそうな気もするけれど。
「バスタ顧問。君が持つ『指南書』をより良くしたいという気概は、私も嬉しく思う。だが、特定の冒険者に対する過干渉はどうかと思うんだよ」
「申し訳、ありません、でした」
組合長からの言葉でマクターナさんからの圧を脱したのか、汗を流し息を乱しながらもバスタ顧問は途切れがちに謝罪を述べる。
こう言ってはなんだけど、なんだか同情してしまうな。
たしかに俺たちに干渉しようとしてきた人ではあるけれど、アウローニヤで食らった拉致とかそういうのとは違って、現状ではちっぽけな渡りをつけておきたいってくらいだったし。
いや、将来にかけてエスカレートする可能性はあったか。どちらにしろ、マクターナさんがぶっとい釘を刺してくれたので、ここは良しとしておこう。
「さて、確認しておこう。彼らが組を立ち上げることに反論がある者はいるかな?」
笑顔なマクターナさんが自分の席に戻ったのを見届けたベルハンザ組合長が、最終確認をする。
賛成する場合は沈黙をもってというヤツだな。
そしてもう、声を上げる人はひとりもいなかった。
「よろしい。では──」
優しく微笑む組合長が、俺たちが提出していた『組設立申請書』にサインを入れ、さらには印鑑っぽいものを押す。
白っぽい色をしているけれど、象牙かなにかかだろうか。地球だとたしか取引するとマズい品だった記憶があるけれど、迷宮素材ならなんでもアリだからなあ。
羊皮紙の上下を持った組合長が文面を俺たちの方に向けて立ち上がる。
組合側の人たちも、そして『オース組』から来てくれている二人もそれに続いた。
「わたしたちも起立よ」
中宮副委員長の小さく鋭い声に促されて、一年一組も一斉に立ち上がり姿勢を正す。こっちだって高校一年生だ、こういう集団行動はお手の物だよ。
「ペルマ迷宮冒険者組合、組合長ジーラス・ロエ・ベルハンザが宣言しよう」
おでこから上を光らせた白髪のお爺ちゃんが唄うように言葉を綴っていく。
「今ここに、我が組合に新たな組が登録された」
ああ、やっとだ。アウローニヤの王城を旅立ってから十日。ペルメッダに来てからなら六日……、やっとって程でもないか。
いやいや、普通なら冒険者登録なんて即日だ。チンピラ冒険者に絡まれて、水晶を割って、試験で無双して、ギルマスに見込まれるのまでがセットで一日。だから俺たちの場合は回りくどかったと思って問題ない。それともクラン設立だと考えればそうでもないかな。
なんにしろ王城から外に飛び出して、毎日が新しい出来事ばかりでドタバタだっただけに妙に時間が経ってしまったような感覚だった。とくにティア様関連が強烈で。
「名称は『一年一組』」
ここまでの道のりに想いを馳せている俺の耳朶に響いたのは、新たな組の名だ。
その名も『一年一組』。俺たちの感覚で表現すれば『一年一・組』ってことになる。
もちろん話し合って決めたのだけど、そう揉めることはなかった。『緑山』の時よりはよっぽど穏便なくらいだったなあ。
大真面目な中宮さんを筆頭に、それに悪ノリした数名が主張した『滝沢組』は、先生の強権が発動されて却下。そりゃそうだろう。広域指定されてしまいそうな組織名に、自分の名前が使われることを認めるわけがない。
もうひとつの候補として『山士幌高校一年一組』というのもあったが、長い上にフィルド語に変換するのが面倒だったのでこちらも廃案。そもそも『山士幌』は固有名詞なので、フィルド語でも『ヤマシホロ』だから、トータルすると変なフレーズになってしまうというのも大きかったしな。
ちなみにだけど『シャーク組』を主張する人はいなかった。彼女にだってそれくらいの節度はあったのだ。それをちょっと物足りなく思った俺は、鮫毒に侵されているのだろう。
「組長はショウコ・タキザワ。副長としてマコト・アイシロ、リン・ナカミヤ。所属する冒険者はミノリ・ウエスギ、タカシ・カイトウ──」
朗々と読み上げられていくクランメンバー、もとい組の構成員だが……、構成員っていう表現もやめておこうか。とはいえフィルド語で普通に組員なんだよなあ。
もちろん組長も組長なわけで、そこもまたどうしようもない。よって我らが滝沢先生は、滝沢騎士団長から滝沢組長にクラスチェンジをしたのだ。
よりによって今日この日なのは運命力みたいなものかと思うが、それは夜になってからだな。
「──コウシ・ヤヅ、ナギ・ワタハラ。以上二十二名で相違ないかな?」
「はい!」
こうしてペルマ迷宮冒険者組合に新たな組、その名も『一年一組』が誕生した。