第448話 手を伸ばす者
「……野来、古韮。聞いてないぞ、俺は」
「資料にそんなの、無かったんだよ」
詰問口調になった俺に、上ずった声のオタ男子な野来が答える。
「すまんみんな。こんな大事なことを調べられてなかったなんて、罵ってくれても構わない」
普段は割と気軽い古韮が、痛恨事とばかりに大真面目な顔で頭を下げた。
そんな俺たちのやり取りを見るクラスメイトたちの温度差は酷い。
俺、古韮、野来に同調するようにして立ち上がっているのは、男子ならばゲーマーな夏樹だけで、女子側はオタ少女の白石さん、こういうのが好きそうなミア、そしてなぜか木刀女子な中宮さんだ。剣というフレーズに反応したのだろうか。
逆に言えば男子は四人、女子が三人だけが立っている状況で、それ以外のメンバーは呆れ顔でこちらを窺うのみだ。とはいえチャラ子な疋さんは笑いを堪えていて、滝沢先生のメガネは輝いているけど。
綿原さんがこっち側でないのが、俺としてはちょっと寂しいよ。
「とりあえず座ろうよ。立ったままっていうのは」
苦笑を浮かべた委員長が、俺たちに着席を促す。
それもそうかと立ち上がった時と同じようにガタガタと椅子を鳴らして座り直す俺たちだけど、テンションはアガったままで落ちたわけではない。
この話題、絶対に突き詰めておかなければ。
「マクターナさん」
「な、なんでしょう」
俺の声はペルメッダに来て以来、最高に気合が入っていたかもしれない。笑顔がトレードマークみたいなマクターナさんが、露骨に引くくらいには。
「『ペルマ七剣』っていう、とてもカッコいい単語の意味を教えてもらえますか」
おべっかというわけでなく俺はナチュラルに問いかけている。だって本当にカッコいいから。
「ペルメッダにいる剣士系と騎士系職で最強とされる七人、ってことだよ」
さすがに自分からは言い出しにくかったのか、口ごもるマクターナさんに代わって、大剣使いのフィスカーさんが回答してくれる。なんか含み笑いみたいな言い方だけど、そうか、最強なんだ。
なのに、当のマクターナさんなんだけど、なんか選択肢をミスったかのような戸惑いをみせているんだよな。
まるで誓いの言葉に『七剣』を使ったのが失敗だったかのように。
後に聞くことになるのだが、この場で盛り上がっていた俺たちは、かなりヤバい空気を醸し出していたのだとか。
魔力が存在する世界でそれ以外の手法で圧を出せるのだから、やっぱりオタっていうのは強いんだよ。
「マクターナさん。神授職と階位を聞いてもいいですか?」
「わたしは十五階位の【斬剣士】です」
目力が強くなっている中宮さんがマクターナさんに問いかける。遠慮もなにもあったものじゃないが、マクターナさんは即答してくれた。
あちらは俺たちの情報を知っているのだし、これくらいはお互い様ってところだろう。
とはいえ十五階位の剣士ときたか。『蒼雷』元団長のキャルシヤさんより上じゃないか。俺たちの知っている十五階位なんて、近衛騎士総長の部下だったベリィラント隊の二人くらいだ。
なんで事務をやっているんだろう、この人。五体満足で健康そうだし、負傷引退ってこともなさそうだけど。
茶色な髪を肩まで伸ばしたマクターナさんの外見は、制服姿も相まって普通に事務員だ。べつに背が高いわけでもガタいに厚みあるわけでもない。
さっきまではちょっと熱が入って怪しげだったけど、基本的には優しそうなお姉さん。年の頃は三十くらいで髪の色も似ているものだから、どうしてもアヴェステラさんを思い出してしまうが、マクターナさんは柔和なイメージが強い。
それなのに武闘派なのか。
戦える事務員っていうのができているなら、スーパーな人だよな。アウローニヤで例えるなら、ガラリエさんがそれっぽいだろうか。
「やっぱり高階位の前衛だったんですね」
「凛ちゃん」
見破っていたようなコトを中宮さんが口走ったところで、委員長が優しい声で割り込んだ。
委員長は動揺した時なんかに中宮さんを『凛ちゃん』と呼んでしまうことがあるが、今回は違う。
余計なネタバレをするなと、そういう注意喚起だ。
「……わたしも武術家の端くれのつもりです。強者の風格っていうのは、自然と伝わりますよ」
意図に気付き、一瞬ヒクついた中宮さんは、さらにそれっぽい言い訳をしているけれど、達人かなにかなのだろうか。いやまあ、達人なのはその通りかもだけど。
とはいえ名前呼びをするだけで相手を窘められるって便利だな。
綿原さんがやらかす姿はあまり想像できないが、符丁としてはアリかもしれない。『凪』って一言だけで意図が通じるとか、いい感じじゃないか。
問題は俺が照れで自己ダメージを受ける可能性が非常に高い点かな。
『たぶん金貨の扱う時の動きだと思うのよね。わたしにはわからなかったけど』
そんな綿原さんが俺の耳元で、わざわざ日本語でネタバレをカマしてくれた。くすぐったいよ。
「さすがは勇者の中でも最強の剣を持つ方ですね、ナカミヤさん」
「いえ、そんな」
微妙なやり取りではあったものの、マクターナさんは笑顔で中宮さんを持ち上げてみせる。
中宮さんは照れているっぽいけど、勇者情報を知っているアピールされてるのには気付いているんだろうな?
「『七剣』などと持ち上げられていますが、ただの慣習です。事務員なのに、たまたま目立った活躍があったものですから」
せっかく誓いの言葉にしてまで使ったのに、すっかりマクターナさんは消極的ムードだ。謙遜する必要なんてどこにもないのに。
「あの……、何番目なんですか?」
「何番?」
「マクターナさんの『序列』です」
さすがは白石さんだ。ここで序列を確認するとは。
ギラリと光るメガネがいい感じだぞ。
「じょ、序列とかそういうものはありませんが」
ここにきてハッキリとマクターナさんは引いているが、あなたは当事者でしょうに。まさか、ここまできて逃げ切れるとか思わないでもらいたい。
だがどういうことだろう。序列がないとか、おかしくないか?
筆頭とか第二席とか三位とか、そういうのはとても大切なモノだと思うのだけど。いや、しかし。
「実際のところ『ペルマ七剣』っていうのは何人いるんですか?」
だから俺も問う。
「……七人ですが。『七剣』なのですし」
これまでになく訝しげな表情になったマクターナさんが当たり前だろうと返してくるが、どうにも話が通じていない気がする。ううむ。
「零番はいるんですよね? もちろん八人目だって」
「十年くらい姿を見せていない四番とかいませんか?」
「第五席が実は双子だったってのは?」
「『ペルマ十三術師』はあるんですか?」
続けざまに質問が飛ぶ。順に、俺、古韮、野来、そして夏樹からの乱れ撃ちだ。
そうか、夏樹は『十三術師』入りを目論むのだな。前向きでいいと思うぞ。俺も入れてもらいたいけれど、術師系じゃないのが悔しい。
「お前ら、いい加減にしとけや」
マクターナさんから笑顔が吹き飛び、返事をとまどうような状況を打破したのは、佩丘の言葉だった。実にヤンキーっぽく底ごもる声に、場が静まる。
「とっとと帰って鯛を調理してぇんだ。おい、深山ぁ」
「うん」
佩丘に促され、ポヤっと系少女な深山さんが、部屋の片隅に置かれている革袋を覗き込みながら素材に再冷凍を掛けてくれる。お湯を扱うアネゴな笹見さんと並び、実生活の面でとても有能な女子である。
というか佩丘よ、お前だって自分の都合で話を終わらせようとしているじゃないか。
「『手を伸ばす』マクターナ。それが『七剣』のひとりだよ」
「フィスカーさん」
一年一組のノリに対応しきれないと悟ったのか、フィスカーさんは無理やり終わらせにかかったようだ。
あだ名を呼ばれたマクターナさんはちょっと恥ずかしげだけど、久々に出たな、この展開。あだ名だったらウチのクラスも結構豊富だけど。
「遭難の声が届けば真っ先に飛び出すようなヤツだ。事務としても手広いし、まさに冒険者の味方だな」
やっと話が進んだとばかりに腕組みをしたナルハイト組長が由縁を語る。
「なにをするにしても、力があって損はありませんから」
どうやらマクターナさんの本領は冒険者のサポートにこそあるらしい。まるでそのために十五なんていう階位を持っているかのような言い方に、クラスメイトたちからは尊敬の視線が送られている。
「どうだ、お前ら。マクターナを信用したくはなったか?」
「はい!」
ナルハイト組長の問いかけに、一年一組の声が揃った。
短い時間だけど、ここまでの応対や真摯な態度を見せられてしまえば、もはや否はない。なんといっても『七剣』のひとりだしな。
ティア様は濃いキャラだったけど、マクターナさんもかなりのものだ。
イロモノ的要素が強いとはいえ『黒剣隊』も楽しい人たちだし、小国とはいえペルメッダも侮りがたしじゃないか。
◇◇◇
「マクターナさんって、すごい人だったんだね」
「優しそうなのに強いって……」
「先生みたいだねぇ」
内市街の路地にクラスメイトたちの声が響く。
本日の迷宮試験を終えた俺たちは、城門を出たところで『オース組』の人たちと別れ、一年一組だけでアウローニヤ大使館に戻る途中だ。
「中宮、狙ってみろよ『八剣』」
「肩書は……、要らないわよ。変なあだ名を付けられそうだし」
ピッチャーな海藤が中宮さんを煽っているが、なんと恐るべきことに『ペルマ七剣』は可変だったという事実が知らされた。なるほど一部の話がかみ合わなかったはずだ。
とはいえ序列が無いのは大問題だとは思うのだけど。
特徴があってそれなりに名が通った現役剣士というのが『七剣』の条件で、時代によっては『六剣』だったりしたこともあったらしい。単純な強さだけでは選出されないのだとか。
とはいえ、なんとなく誰かが引退すれば次は誰だ、みたいな話になるようで、『七剣』が七人だというのが暗黙の了解らしいのだ。
つまり八人目の『七剣』は居てもいいし、インパクトがあれば『八剣』と呼ばれることになるかもしれない。
がんばれ中宮さん。
「作ろうよ。提案してみよう、『十三術師』」
「楽しそうだねえ、ナツは」
そして『十三術師』の創設にこだわるのは夏樹だ。
中宮さんとは別の意味でまるっきり肩書にこだわっていない姉の春さんが、弟の熱気を軽い口調で受け流している。
「しおりを餌にするのは悪かないけど、なんだかおもしろくねえな」
「そもそも現物を相手が手に入れているんだから、どうしようもないよ」
こちらの会話はお坊ちゃんの田村と委員長だ。
マクターナさんの素性が素晴らしすぎたせいで流れかけた『迷宮のしおり』の扱いについてだが、こちらについてはなんとも微妙な結論となった。
何度かに渡ってしおりを入手していたペルマの冒険者組合は独自の改良をすでに始めていて、近々冒険者たちに売り出す準備を進めていたらしい。
それを主導しているのは、マクターナさんの表現を使えば『異論』を持つ側なんだとか。
出所がアウローニヤだと知りながらも、それが冒険者たちに有益であり、組合の儲けになるならば使うべきだという主張をする人たちだ。
ナルハイト組長がそうだったように、古参の冒険者たちにはウケが悪い可能性はあるし、組合組織の上の方には保守派も多いわけで、なるほどまさに改革派というのは健全な異論なのかもしれない。
で、新参の冒険者が持ち込んだブツと組合がそれなりに手を入れて公表するモノ。どちらの信用性が高いかといえば、聞くまでもないだろう。
つまり俺たちの持ち込んだしおりは、すでにアドバンテージを失っていたのだ。ティア様が手に入れていた段階で気付くべきだったか、それとも組合がやり手だったということだろうか。
「パクっても力がある方の勝ちってのがなぁ」
「交渉材料にしてくれただけ、マクターナさんに感謝ってことにしておこう」
田村の言うとおりで、ベースを作ったのが一年一組だからと言ったところで組合には通用しない。面白くはないという気持ちはわかるよ。これでも原作者なんだから。
けれども委員長はそれを取引材料にしてみせた。出所がなんであれ、組合だってしおりの原型を作ったのは何者なのかを知っている。勇者原作のしおりをパクったなどという噂が出回るのは面白くないだろう。
こんな風に委員長が絡んだ理由としては、『迷宮のしおり』を流布しようとしている勢力は、積極的に勇者に関与しようとしている派閥と被っているという事情もある。
『しおりの販売については目をつむりますし、噂も流したりしません。だけど僕たちの最新版を作るのに、ティア様が関わってるんですよね──』
つまり委員長はティア様を宥めるまでを含めてこっちでやるから、勇者の檻を壊す材料にしてくれと、マクターナさんに提案したのだ。
どうせパクりが強行されるのであるなら、お互い幸せになれる道を探そう、と。
そんな提案をマクターナさんは良い笑顔で快諾してくれたというのが会談の結末だ。
「そこまでだ、委員長、田村。ご当人がお待ちかねみたいだぞ」
ちょっと前を歩いていた二人に、俺は背後から声を掛けてやった。彼女に話して聞かせるには、腰を据えてからの方がいいだろうし。
「ん、おう」
「やっぱり待ってるんだね」
田村が難しい顔になり、委員長は肩を竦める。
門番さんたちに軽く頭を下げて裏口から大使館の敷地に入ってみれば、そこには三人の人影が立ちはだかっていた。
「お待ちしていましたわよ!」
本日は黄色のドレスを着込んだティア様が腕組みをしたまま、堂々と言ってのける。
両脇斜めうしろに外交官のスメスタさんと護衛のメーラハラさんを従えているのだけど、アウローニヤ大使館のトップって誰だったっけというような布陣だ。
それがまた実にサマになっているあたりがティア様だよな。
◇◇◇
「組合を甘くみていましたわ! いえ、お父様ならご存じのはずだったのですわっ!」
「ま、まあ、そういうことになったの。もちろんわたしたちの分は組合に負けないくらいのを作るし、もちろんティアの協力は必要だから」
「リンがそこまで言うのならば、わたくし、力をお貸しいたしますわ」
組合にまで『迷宮のしおり』が流れていて、それを知らされていなかったティア様が荒れているが、宥めるのを担当するのは心の友となった中宮さんだ。
当たり前のように夕食に参加しているティア様だけど、一年一組はそれを嫌だとは思っていないし、むしろそんな状況を楽しんでいる。
お誕生席に座り、無理やり中宮さんを隣に侍らせてわめいている姿は、むしろ微笑ましいくらいだ。
現にそんな光景を見ている綿原さんの目は優しいし、白いサメが優雅に泳いでいるのがその証拠だな。絶対に楽しんでいるだろう。
スメスタさんは同席しているけれど、護衛のメーラハラさんは食事に付き合わずにティア様の背後に立ったままだ。あとで弁当を渡そうと、佩丘と上杉さんがヒソヒソやっているけど、やっぱり気遣いのできる二人である。
さえ、本日のメインは予定通りに、頭も尾も付いていないタイの尾頭付きだ。
我ながら意味不明なフレーズだとは思うが、目玉の付いたシッポや、逆に目玉が存在していない頭とか、そんなのはこっちのSAN値を削ってくるだけで、調理担当者から不要と判断された。
そもそも迷宮素材というのはそういうモノが多いので、原型をとどめない様に調理されるのが普通である。先日のカニなんかもそうだけど、脚をそのまま使う調理法とかは、本来邪道に当たるのだ。
「見た目は悪くないと思うよ」
「触手と足のあったところ、わからないようになってるし」
「焼き加減も塩加減も、うん、いい感じだよ」
上杉さんの見事な包丁捌きにより、少しでも魚っぽい形状を残しつつ異質を省いた焼魚は、多めに塩を使ったシンプルな味に仕上がっている。
そこにカニの身をほぐしたお吸い物も加わり、残り少なくなった米も登場したことで、実に和風に仕上がっているのが本日の夕食だ。
「わたしたちの故郷の料理よ。良いことがあった日に食べるの」
「見目は簡素ですが、これもまた一興ですわね。それよりも迷宮について詳しくお聞かせなさいな」
「はいはい」
随分と気安くなった中宮さんとティア様は、見た目は全然似ていないけど、我儘な姉と世話焼きな妹といった雰囲気になっている。
「迷宮に潜って、戦って、換金して、飯を食べる、か」
「それが冒険?」
「そう。冒険」
賑やかな食卓を眺めながら呟けば、対面に座る綿原さんがモチャっと笑って返してくれた。
明日はいよいよ冒険者登録だ。そう、俺たちは冒険者になる。