第447話 俺たちは普通の冒険者として
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(2035/01/23)
「『情報』でおおよそを知っていても、詳細を聞くと違って感じるものですね」
ため息を吐くように言う組合事務職員のマクターナさんは、手元の鞄から冊子を取り出しテーブルに置いた。
そしてこれまでとは質の違う笑顔をみせる。
「それって……。アンタも持ってたのか」
「……『オース組』にも渡っているということですか?」
「いっ、いや。俺たちはさっき彼らに見せられたばかりだ」
ソレを見たフィスカーさんが迂闊な発言をし、マクターナさんがチクリと刺すが、なんかちょっと申し訳ない。
こんな状況に巻き込もうとか思っていたわけではないし、俺たちとしては感想を聞きたかっただけなんだ。
だけどそうか。冒険者組合はこういうレベルで情報収集ができている組織ってことを物理的に理解させられた気分だな。クラスメイトたちも一部複雑な顔をしているメンバーがいる。
テーブルに置かれたのは『迷宮のしおり』バージョン四・三。すなわちティア様がドヤ顔で提示したモノと同じだ。どうやらコレが最新版としてペルメッダの要所には出回っているらしい。
「これ以外でもアラウド迷宮における戦闘詳報は定期的に得られていますが、現場を知る方の言葉は重要です。ましてやそれが勇者のみなさんによるものともなれば」
なんか知ってはいけない情報まで聞こえてきたような気もするが、場にいる全員がマクターナさんのセリフに文句を付けなかった。
だってなにかこう、マクターナさんのテンションが変なのだから。
金の話をニコニコと嬉しそうにしていた時とは違う。勇者という単語と文系メガネ少女の白石さんが一年一組は強者なんだぞ発言をしてから、一旦真顔になり、そこから笑い顔の質が変わっているんだ。
「アヴェステラさんかよ」
近くの席にいた皮肉屋の田村が小声で呟く。ビビりが入っているのが丸わかりだぞ。
だけどなるほど、迷宮で熱く勇者を語り始めたアヴェステラさんとどこか似た、あそこまでいかなくても軽く狂的な空気を感じるのには同意できる。
本人は満面の笑みなんだけど、けっこう圧が強い。
「僕たちが冒険者になったとして、騎士だったころの詳細を組合に語るのは義務になるんですか? 念のためですけど、政治については本当に無理ですよ?」
そこで切り込んでくれたのは俺たちの藍城委員長だ。大した度胸だと思う、ワリと本気で。
アウローニヤの政治関連については黙秘を貫くとまで宣言してみせたその胆力。本当に凄いよ。
「依頼ということではどうでしょう。あくまで迷宮における魔獣との戦い方についてだけという条件で」
切り返してきたマクターナさんの提案は、それでもとても微妙だと思う。
たとえそれが俺たちが冒険者試験に合格したことを前提としていて、さらには組合側の大幅な妥協だとしても。
たしかに安全に稼げるならば、それは喜ばしいことだ。だけどふたつの意味でちょっと受け入れたくないんだよな。
ひとつはアウローニヤで得た情報をどこまで流せばいいのかという判断が面倒だということ。
戦闘面に限ったところで、間接的にシシルノさんの【魔力視】や女王様の【魔力定着】に触れてしまうかもしれない。
もうひとつは拘束時間だ。こっちが大きいよな。
俺たちが迷宮に入るのは強くなって深部を目指すのが目的であって、稼ぎは副次的な要素でしかない。さっきまで収入の話題で大騒ぎをしておいてなんだが、そうなのだ。
「……八津、隊を分割するっていうのはどう思う?」
「地上に説明係を残す。ギリギリでアリだとは思うけど、そのぶん階位上げが遅れるな」
「だよね」
委員長が俺に振ってきた案は、組、つまり普通のクランとして考えれば普通にアリだ。
よくあるパターンだよな。戦闘班は迷宮に入って、非戦闘員が地上で別の業務で全体に貢献する。
だけど俺たちは違うんだ。全員が強くならなければいけない。
たとえば説明係として適任な白石さんを地上に残すとしよう。それをしたら、彼女だけ階位上げが遅れて、一年一組の総合力だって落ちてしまう。
もちろん白石さんだけを単独にするなんて考えられないわけで、ならば深山さん、藤永、野来を付けるのかという話だ。
そんなことをすればどんどん戦闘班が弱体化して階位上げに手間取ることになるだろうし、地上組に入る経験値はゼロだ。
だからといって夜とか休みの日に仕事としてっていうのもなあ。
そんな時間があるというなら、今の一年一組ならば自己鍛錬やティア様との交流を取りそうだ。もしくは街に繰り出すとか。
この場でマクターナさんと話しているのは、冒険者になるための必要なやり取りとして仕方ないとしても、本音を語ればすぐにでも大使館に戻って打ち上げと反省会をやりたいくらいだし。
とはいえだ、断るにしても理由は必要だな。となるとやはりバラすしかないのか。
マクターナさんの笑顔は怖いけど本物だと思う。金勘定をしてた時とは違う、熱の入った表情で俺たちを見つめている瞳には、悪意が混じっているようには感じない。
俺が思い悩んでいるタイミングで、委員長はチラリとミアと上杉さんに視線を送った。
エセエルフセンサーを搭載しているミアはニコニコと笑っていて、接客眼力持ちの上杉さんは微笑んだまま。さらには取り入ろうとしてくる人の笑顔の裏を見慣れているのが委員長本人だ。
一年一組の誇る人物判定トリオが誰一人否定的反応を示していない。少なくとも俺自身の人物鑑定の百倍は信用できるだろう。
それ以外の相手を疑うことができる面々、たとえば田村や佩丘、綿原さんや笹見さんあたりからも、否定的な声は上がらない。
「えっと、ナルハイト組長」
「ああ。伝えた方がいい。大切な方針だからこそ、堂々とだ」
「はい」
俺と同じ結論になってしまったのだろう委員長は、ナルハイト組長に最終確認を取った。
伝えるしかないよな。適当な誤魔化し方をして、あとになってからボロを出すくらいなら、俺たち一年一組が冒険者になることを選択した理由そのものを。
対象となるマクターナさんなんだけど、アウローニヤの事情にも通じているようだし、感づいていてもおかしくないところが実にムズ痒い。
「聞いてもらえますか、マクターナさん」
「ええ、喜んで」
◇◇◇
「なるほど。故郷への帰還を最優先とした行動、ですか」
「はい」
「それは金銭でどうにかなるような話ではない、と」
「そうなりますね。基本は強さと迷宮深層への挑戦になります。もちろん生活していくためには稼ぐ必要がありますけど」
結局、俺たちの目的を委員長が説明したのだが、マクターナさんの態度は変わらない。
むしろ温度が上昇しているような感じがするんだけど。
「そうですか……」
「あの、マクターナさん?」
熱気を保ったまま目を閉じてしまったマクターナさんに、委員長が声を掛ける。
そんな彼女の雰囲気に委員長は困惑塗れだけど、それは俺たちも似たようなものだ。あまつさえ『オース組』ですら。
ナルハイト組長がさっき頷いたのはなんだったのかな。なんで動揺する側に入っているのだろう。
「夢のあるお話ですね」
「はい?」
俺たちの渇望を『夢』と表現してみせたマクターナさんに、委員長の返事は訝しげになった。
クラスメイトの中でもこの話題にセンシティブな連中、すなわち田村や強面の佩丘、中宮副委員長あたりは露骨に顔をしかめている。
「わたしはそれを全面的に応援する者になりたいと、そう思います」
「マクターナさん、そこまで言い切るのは……、組合の職員として大丈夫なんですか?」
「ご安心ください。一等書記官の肩書は軽くありません。現在の組合にわたしを排せる人間などおりませんので」
話を聞いた上で一気に協力的になったマクターナさんに、委員長も疑問形で問わざるを得ない。対するマクターナさんは熱を持った笑顔で自信満々で答えてみせた。
マクターナさんってどういう地位にいるんだ?
隠れギルマスとかそういうのだろうか。
「そもそも、資金を持つ冒険者が無謀であっても深層に挑むことに対して、果たして組合がどこまで介入できるかです。それもまた冒険者のあるべき姿なのですから」
「それはつまり、僕たちのやろうとしていることを止める理屈が無いということですか? なら、なおさら応援っていう意味がわからなくて」
マクターナさんのそれっぽい言葉に委員長が確認を入れる。
「わたしにできること……。そうですね、わたしはみなさんをほかの冒険者たちと等しく扱うことを約束しましょう」
「……それが応援になるってことですか」
「そうです。まずは檻を壊しましょうか」
俺たちからしてみれば、当然受けられると思っていた待遇を確保するとマクターナさんは宣言した。眉をひそめた委員長だけど、そこに追加された単語が物騒すぎる。
まさかここで檻という単語が良い意味で使われるわけもないだろうし。
「みなさんは『オース組』との親子ではなく、横の連携を考えているのですよね。独立した組として」
「えっと、はい」
再確認をしてきたマクターナさんに委員長が戸惑ったように返事をする。
檻って話はどこにいったのか。
一年一組が独自に活動する理由を説明した中で、『オース組』との関係についても取り沙汰された。
『推薦』はしてもらうが傘下には入らない。これは結構珍しいケースらしいけれど、ナルハイト組長が頷いてくれたことだ。
ちなみに通常ならば数年は紹介元となる組の傘下で働き、そこから独立するなんていう手順を踏むのだそうな。
勇者の事情と、事実上アウローニヤの推薦があり、さらにはフェンタ領への道が開かれたことへの感謝を込めて、組長はそういう手間を取っ払ってくれたことになる。
もしかしたら俺たちの青臭さを買ってくれている、なんてのも。
「組合が『迷宮のしおり』を手に入れているように、みなさんは存在はおろか、『功績』の一部までもが知られている。これはわかりますね」
答え合わせは目の前に置かれたしおりにあったらしい。俺たちが持参した方でなく、マクターナさんが提示したブツだ。
この場でこっちから相談しようと考えていた最新版『迷宮のしおり』の件、とても切り出しにくくなっているような気がするんだけど、今はそれどころじゃないか。
そう、功績ときた。そうか、俺たちはとっくに目を付けられていた、と。
で、マクターナさんの口ぶりからすれば、檻、つまり組合には勇者を取り込もうとしている勢力がある。
「アウローニヤと一緒ってか」
とてつもなく嫌そうな顔になった田村が吐き捨てた。全くの同感だよ。
クラスメイトたちもげんなり顔になっている連中が多い。
危険を遠ざけて、少しでも自由を得るためにここまで来たというのになあ。これなら少々の危険があってもアウローニヤの、たとえば北側のラハイダラあたりに潜伏していた方がマシだったんじゃないだろうか。
「落ち着いて。あの女王陛下が推奨した行動だよ。分が悪いとは思えない」
殺伐としてしまった空気の中、委員長が皆に冷静になるように伝えてくる。
さっきまでしていた収入の話題では一緒になってオタついていた気もするけれど、こういう交渉場面では強い。それにしても判断材料が女王様っていうのがすごい理屈だな。なまじ説得力があるだけにタチが悪い。
「ご安心ください。繋がりを重んじるも、冒険者は自由。これは基本的な考え方です。冒険者に対してある程度の束縛を掛けてくるような勢力などもありますが、弱小です」
ニコニコに加えて口の端を持ち上げた笑顔になっている、ちょっとおっかないマクターナさんが実情を解説してくれる。
弱小とはいえ、皆無ってわけでもないあたりがなあ。
「そんな勢力を含めて、ペルマ迷宮冒険者組合は『健全』な組織です。お話していて思うのですが、アイシロさんならば意味がわかるのではないでしょうか」
「……冒険者の独自性を支持する人が強くて、それでも異なる意見を持つ人たちもちゃんといる、ってことでいいですか?」
「そのとおりです。基本となる柱がしっかりしているからこそ、必要とされる異論だということですね」
マクターナさんと委員長のやり取りを聞くに、民主主義的ななにかを感じなくもないけれど、そんなことより一年一組に流れるのは安堵だった。
良かった。アウローニヤのような宮廷闘争なんていうのは、本当にもう御免なんだよ。委員長や上杉さんが輝くシチュが多かったけど、二人は勇者の中の勇者で【聖騎士】と【聖導師】なんだから、謀略側じゃなくもっと真っ当な路線で活躍すべきなんだ。
「アウローニヤの城中よりは余程真っ当だと、胸を張って言うことができます」
情報管理に続いて今度は組織の安定までディスられるアウローニヤである。マクターナさんは言う人だなあ。
「まず手始めに、わたしを担当指名してください。万事をつつがなく整えましょう」
「随分と入れ込んだじゃないか」
「それはもう。このわたしに勇者の手助けをするなどという機会がやってきたのですから」
気合いの入った笑みともいうべき表情をするマクターナさんが『担当指名』という単語を持ち出し、ナルハイト組長が愉快げに口を挟む。
「初っ端から専属担当か」
「アヴェステラさんみたいだね」
事前に冒険者制度をいろいろと調べていたイケメンオタな古韮と文系の野来のテンションが高い。
『担当指名』制度は冒険者が組合との窓口を、ある程度固定するシステムだ。
基本的には冒険者側から申し入れ、担当者がそれを受諾する形で結ばれることが多いらしい。たぶんだけど『オース組』とマクターナさんはそういう契約になっているんだろう。
そんな『オース組』を代表するナルハイト組長が笑っているところをみれば、ここは信用してもいいんじゃないかという気にもなってくる。
まさかとは思うけれど、ここで組合が某アウローニヤの女王様バリの絡め手を使ってきていたとしたらお手上げだけど、そこまで想定したら切りがない。
「勇者たちを組合直轄に勧誘すべきとする声すら上がっています。まずはそれを鎮めてみせましょう」
「直轄は、ちょっと嬉しくありませんね」
テーブルに置かれたままのしおりに目配せしたマクターナさんが言う『直轄』というのは、組合専属の組を指す。そうなればもう、単なる組合職員だな。
委員長が眉根を寄せてしまうが、ちょっとどころではない。そんなのは絶対に拒否だ。
「さらには指名依頼をねじ込んでくる勢力もあるでしょうし、ほかの組からのやっかみも予想できます」
指折り数えるようにマクターナさんがネガティブな要素を並べていく。
俺たちが異質な存在で、有名税ならぬ勇者税みたいなモノを払わされる可能性があるということか。
「それらをわたしができる範囲で捌いてみせましょう」
「だから、僕たちが『等しく』冒険者ってことですか」
「そのとおりです。みなさんが自身の意思で気兼ねなく活動できる状況を作ります。普通の冒険者として扱われることこそがみなさんの望みと考えましたので」
「はい。今のところそれが一番ですね」
なんか分かり合っているマクターナさんと委員長だけど、そうだよな、俺たちがやりたいのは普通で自由な冒険者だ。
「けど、ティア様とスメスタさんは特別扱いしてあげてください! あ、もちろん『オース組』の人たちも」
「ふふっ、そういう柵は際限がなくなるものですが、それもまた冒険者ですものね」
ロリっ娘な奉谷さんが全部をシャットアウトしないで欲しいと元気に手を挙げて発言すれば、マクターナさんは愉快げな表情で肯定してくれた。
うん、アウローニヤでもそうだった。最初は一年一組だけが助かればそれでよかったつもりだけど、どんどん輪が広がっていったものなあ。
この手の異世界モノでありがちな現地での繋がりっていうのは、追放されないクラス召喚でもできてしまうのだと思い知らされるよ。
ところでマクターナさん、スメスタさんはまだしも、ティア様ってフレーズを聞いても驚かないんだな。どれだけ事情を知っているのか、それともポーカーフェイスってヤツなのか。
「信用の証としては……、そうですね。マクターナ・テルトが『七剣』の誇りに掛けるというのではどうでしょう」
「『七剣』ってなんですか?」
椅子に座ったまま背筋を伸ばしたマクターナさんがトドメとばかりに口にした単語を耳にした奉谷さんは、首を傾げて聞き返す。おいおい、まさか。
「ご存じありませんでしたか。わたしはこれでも『ペルマ七剣』のひとりなんです」
そのセリフに、ガタガタと椅子を引く音が鳴り響き、俺を含めた何人かが唖然とした表情で立ち上がった。
なんだよ、その素敵ワードは。