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第443話 ここは分かれて戦おう



「えいっ」


【氷術師】の深山(みやま)さんが振り下ろした短剣は、滑るようにウサギの首に突き刺さった。


 一撃でトドメを刺すことに成功した深山さんは、素早く剣を抜き、死骸を横に投げ捨てる。粗末に扱うというよりは、戦闘中であるということと、返り血を最小限にしたいが故の行動だ。

 色素の薄いアルビノ系美少女な深山さんは【冷徹】と【鋭刃】を使うことで、沈着冷静かつ的確にウサギを始末してのけた。


 もはや『めった刺しの赤目』とは呼べないな。


「『赤き処刑人』とか、どうかな?」


八津(やづ)くん、それ絶対に本人に言ったらダメよ?」


「ネタだって」


 一年一組第二分隊、通称『夏樹(なつき)隊』の戦いを見守る俺の感想を聞いた綿原(わたはら)さんが、赤紫のサメを至近距離に寄せて脅してくる。

 冗談だよ。さすがに深山さん本人に言うわけないじゃないか。


「でももしかしたら、新しい技能が出たりするかも」


「綿原さん……」


 顎に手を当てた綿原さんがふと思いついたようにヤバいことを言い出すが、それはダメだろう。

 ちょっと期待してしまう部分がないわけでもないが、精神的に圧をかけて技能を増やすのはよろしくない。



 現在俺たちは、『黒剣隊』が迷宮二層に予約してくれた狩場で絶賛戦闘中だ。

 とはいえ相手は茶色味かかったツチノコウサギが五体だけなので、分隊レベルでの戦いをやっている。全員で連携して対応したら、十秒で終わるもんなあ。


 今だって少しは後衛の性能を見せようと、ワザと二体をうしろに流したくらいだし。


『夏樹隊』のメンバーは盾役として【重騎士】の佩丘(はきおか)と【剛擲士】の海藤(かいとう)。アタッカーは【豪拳士】の滝沢(たきざわ)先生。状況次第で海藤も兼任だな。

 ヒーラーは【聖盾師】の田村(たむら)で、術師は【石術師】の夏樹と【雷術師】の藤永(ふじなが)、【氷術師】の深山さん。藤永と深山さんは魔力タンクもこなすことができるという七名構成だ。


 先生と海藤の一撃ずつで二体が沈み、佩丘と田村が軽く受け止めた二体はうしろに流された。もう一体は夏樹の石が三発当たったところで終了。

 流れてきたウサギを引き受けた藤永などはソイツを足で踏んずけたまま、深山さんがトドメを刺すところを見守っているくらいの余裕っぷりだ。


「やったっすね、深山っち」


「うん」


 深山さんが見事にウサギを倒してのけたのを確認してから、藤永が短剣で担当分を刺す。

 なんか藤永がカッコいいんだけど。


「っしゃあ。解体するぞ」


「うん」


 威勢のいい佩丘の声に深山さんが真っ先に頷き、自分が倒したウサギのシッポを掴んで水場へと引きずっていく。


「頭、落としてもいいデスか?」


「そうですね。尻尾と頭を落として皮はそのままにしておきましょうか」


 解体作業は基本的に全員の持ち回りだけど、今日のところは得意なメンバーが担当することで時間短縮が図られている。

 ミアとか上杉(うえすぎ)さんとかが大活躍だ。手慣れたもんだよなあ。あれは本当に十五歳女子の会話なんだろうか。



「わざわざ隊を分けるとか、余裕を見せてくれるもんだ」


「ウチのウリは後衛も含めた全員が戦えることですから」


 索敵して戦闘から解体までという、冒険者がやるべきことを見届けているナルハイト組長が俺に話しかけてきた。


「逆に、ほかの隊からしたら前衛の攻撃力が不足がちかもですね」


「自分から弱点を晒すなよ。だがタキザワ……。ありゃあ、なんなんだ」


「滝沢先生と中宮(なかみや)さん、それと遠距離のミアは別格です」


 ほかにも名前を挙げたいメンバーはいるのだけど、ストレートに分かりやすく強いのがこの三人だ。


「弓は分かるし、木剣もまあ理解できなくもない。だが素手っていうのはなあ」


「【拳士】なんですから当然ですよ」


 ここで中宮さんや先生の技に触れる必要はないだろう。


 それでもやっぱり、組長の口調から【拳士】の不遇扱いが伝わってきてしまうのがちょっと、な。アウローニヤでは当然だったとしても、神授職にバリエーションがありそうな冒険者業界でもそういう感じなのだ。

 どうしたってティア様を思い浮かべてしまう。口幅ったいけど、いつか強くしてあげたいな。



「解体終わったぞぉ」


「了解だ、佩丘。解体班はありがとう。移動しよう」


「おーう!」


 二層で最初の戦闘も終わり、俺たちは獲物を求めて迷宮を彷徨う。

 ちなみに第二分隊が最初に戦った理由はジャンケンだったりするのだけれど、こういうところが一年一組なのだ。



 ◇◇◇



「やっぱり『薄い』よな。ウチは草間(くさま)が居てくれるからマシなんだろうけど」


「探しに行かなきゃならないのは、ちょっと面倒ね。四層は魔獣が増えているみたいだから、当面はそっちに専念かしら」


「とりあえず二層と三層の魔獣を網羅してからかな」


 二層に降りて三十分。二度目の戦闘は起きていない。

 隊列のベースは『綿原陣』にして、一層よりはゆっくりと移動しているが、ここまで魔獣が少ないのは予想外だ。


「斥候を出すのもなあ」


「わたしもだけど久しぶりなものだから、ちょっと舞い上がってるのよね。しかもここは初めての迷宮だし、メンバーを分けるのは怖いかしら」


 本当なら斥候能力の高い草間、(ひき)さん、中宮さん、(はる)さんあたりを二グループくらいにして先行させたいところなんだけど、綿原さんの言うことももっともだ。


 ならば分隊単位っていうのもアリなんだけど、『オース組』の目が無いところで戦うのでは意味がない。『黒剣隊』に分かれてもらうって、どうなんだろう。


「こんなとき女王様が居てくれたらなあ」


八津(やづ)くんっ」


「あ」


 こういう状況ならリーサリット女王が使う、魔獣誘引効果を持った【魔力定着】が輝くんじゃないかと口にしてしまったのを、綿原さんが聞きとがめた。やっちまったか?



 二人揃ってズバっと振り返れば、ナルハイト組長こそ素知らぬ顔だけど、フィスカーさんたち『黒剣隊』の何人かが目を逸らしていた。

 なまじ【観察】があるだけに、そういうのが見えてしまうんだよなあ。そうか、聞かれたか。


 決定的な単語は使っていないから、斥候系で役立つ立ち回りができる人、くらいに思ってくれればいいんだけど。


「俺たちは何も聞いていない。聞こえていても、あまりの恐怖に記憶が吹っ飛んじまったよ」


「すみませんでした」


「失言でした。忘れてもらえると、助かります」


 かぶりを振るナルハイト組長の言葉に、綿原さんが頭を下げた。慌てて俺もそれに続く。


 アウローニヤの女王様が十一階位になったというのは公表されているが、だからといって迷宮でどんな役割を担っていたかなんて、冗談でも一冒険者に伝えていいことではない。


 あまりに迂闊な発言だった。これは夜の反省会で絞られるだろうなあ。俺も自白はするつもりだし、こういうことで綿原さんは庇ってくれない。

 むしろ悪い事例として、発言には注意しましょうと提言する側だ。


「今日の場合だがな、時間帯も遅くてまともな狩場を持ってかれた。このあたりは元々魔獣が少ないんだよ。そのぶん人の目は少ないがな」


 組長も無理やり話題をひねり出したのだろう、この説明は二度目だったりする。気を使わせてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


「時間はまだまだあるし、ゆっくりやってくれていい」


 もはや苦笑と化したナルハイト組長の顔には、不用意な発言には気を付けろという文面が書かれている気がした。



「あ、見つけた。右の扉。大きいから、たぶん丸太が……、二体」


「ナイスだ草間!」


 微妙な空気になりかけた場を一気に切り替えてくれたのは、忍者な草間の報告だ。これにはもう、俺としては大声で乗っかるしかない。


「つぎは第三分隊だったよな。出番だぞ綿原さん」


「ええ、任せて」


 俺のコールに綿原さんは赤紫から白く色を変えたサメを浮かばせ笑った。



 ◇◇◇



「こりゃあ、すげえ」


「尺取り虫?」


「アラウド迷宮のと、どっちが強いんだろう」


 ソレを視認したクラスメイトたちが、勝手な感想を述べていく。


 俺たちの知る限りどの迷宮でも二層から出現する、そして大抵の場合はその層で一番重たいのが【樹木種】と呼ばれる魔獣だ。

 食料とはまた別の意味で人類の生活に欠かせない素材、すなわち木材をもたらしてくれる存在。

 開拓が進んでいないこの世界では地上でも豊富な森林はいくらでも残されていて、伐採すれば好きなだけ確保できるのだけど、迷宮産の木材にはそれなりの価値がある。


 ひとつは輸送が簡単であること。もうひとつは規格が揃っていることだ。

 アラウド迷宮の木材は製紙に向いていて、ペルマのは良質な木炭になるなんていう迷宮ごとの特色はあるが、寸法が同一であるために建材として重宝されている。


『この世界の森があまり開拓されていないのは、迷宮のせいなのかもしれませんね』


 アウローニヤ西のフィーマルト迷宮の開拓が遅れていた理由は、管轄していたウェラル侯爵家のサボりだったとは聞いているが、上杉さんの発言にもまた真実が含まれていると思わせる何かがあった。


 この世界ではなんでもそうなのだけど、迷宮で採れるモノは地上では積極的に栽培しようとしない傾向が強い。アウローニヤの王都なんて、塩の確保をアラウド迷宮に頼り切っていたくらいだ。

 アラウド迷宮のように魔獣の異常発生みたいなコトが起きれば、途端に崩れてしまう生活と経済というのは、地球人の俺からしてみれば危ういとしか思えない。


 もし、もしもだ。『迷宮が枯れたら』どうなってしまうんだろう。

 いや、地球でも似たようなものか。北海道には炭鉱が閉山して過疎になった町なんてのが、いくつもあるのだ。記憶は曖昧だけど、他界したひい爺ちゃんがまさに住んでいたはずだし。



「頼んだぜ、綿原分隊長!」


「もちろんよ。(あおい)美野里(みのり)は下がってて」


 第三分隊長に軽口を叩く古韮(ふるにら)に対し、綿原さんは余裕の表情で答えてみせる。そういう気軽いやり取りが、戦意向上の秘訣といったところかな。


 俺が故郷に思いを馳せているあいだに、すでに戦端は開かれていた。


 第三分隊となる『綿原隊』は盾役として【霧騎士】の古韮、【風騎士】の野来(のき)が所属している。アタッカーは【疾弓士】のミアと【嵐剣士】の春さん。ヒーラーは【聖導師】の上杉さんで、術師としては魔力タンク兼任で【騒術師】の白石(しらいし)さんと【鮫術師】の綿原さんという七名構成だ。


 実は三分隊のうちで『綿原隊』が一番荒ぶるメンバーじゃないかと、俺などは思っていたりする。もちろん白石さんと上杉さんを除くけど、それ以外の連中がなあ。野来にしたって弱気に見せかけて、やるべきことはしっかりこなすし。


「左は古韮くんとわたし。右は野来くんと春に任せるわ。【風術】を併用してね」


「おっけい」


「アレを僕と春さんで?」


「ハルはやれるよっ!」


 綿原さんの無茶振りに野来の表情が歪み、春さんは気合満点だ。


 いくら動きが違っても、所詮アレは二層の丸太だ。スペック的にはウチの盾役なら単独でもイケると思うんだよなあ。

 もう片方だって【魔力伝導】を使えば古韮単独でもなんとかできそうな気もするし。


 それでも前に出ることを厭わない後衛なのが綿原さんだ。


「こっちは止めるのと削るのを同時にやるから、ミアは速攻で決めて。右側は春が削り」


「ラジャーです。一気デスね」


「バッキバキだね」


 丸太を止めることは確定の前提で綿原さんの指示が飛ぶ。

 ミアと春さんの返事には自信がたっぷりだ。二人ともポジティブタイプだもんな。


 すでに後方に下がり終わった白石さんと上杉さんは完全に見物者のごとく、状況を見守っている。

 彼女たちが見つめる先では二体の丸太がゆっくりと縦に回転しながら『綿原隊』に迫りつつあった。



 アラウド迷宮の樹木種は多数の枝を脚として横倒しの丸太が突っ込んでくるという、いわば破城槌を思わせる魔獣だ。速度こそそれ程でもないが、とにかく重たいというのが特徴になる。

 対してペルマ迷宮の丸太は、ヌンチャクを思わせる二節構造なのはそのままなのだけど、本体の両端に根のような多数のうねる脚を持ち、それを起点に縦回転しながら移動するのだ。


 片方の脚で踏ん張って本体を持ち上げて、天井に届かんばかりまで振り上げてから着地。その反動で本体後部を持ち上げて……。レトロおもちゃで見たことがある、階段を降り続けるスプリングみたいなイメージかな。


「どっらぁぁ!」


 そんな重量物が真上から降ってきたというのに、綿原さんは堂々と懐に踏み込み、野太い掛け声と共に右手を添えたヒーターシールドで受け止めてみせた。


「ぬうぅぅ」


 もちろんメイン盾の古韮も負けてはいない。綿原さんの背後、たぶん一番重量がかかるはずの場所に大盾を掲げ、見事に丸太を止めている。羨ましいくらいの連携プレイだな。


「根切りよ」


 丸太本体に生えた枝で頬に擦り傷を作るのも気にせずに、綿原さんは小さくすることで密度を上げた三匹のサメを相手が踏ん張っている脚に叩き込む。


 ブチブチと音を立てて根が千切れていく様は、彼女の言うとおりでまさに根切りだ。なるほど、削るとはそういうことか。

 本体の片方は空中で、もう片方は支えを失ってしまった丸太が、ゆっくりと斜めに傾いていく。


「ミアっ!」


「イヤァ!」


 綿原さんがミアの名を叫んだ瞬間、迷宮に独特の奇声が鳴り響いた。


 傾いたことで動きが緩慢になった丸太の中央部に、黒い鉄矢が突き立つ。あそここそ、丸太の弱点となる肉で出来た稼働部位だ。

 続けてそこに矢が二本、三本。そうして丸太が動きを止めた。



「わあぁぁ!」


 少し離れたところでは、小柄な野来がちょっと情けない声で丸太を支え、横から風を吹かせることで本体をゆっくりと揺るがせる。さらには春さんの【風術】までもが行使されたことで、傾きが大きくなっていく。

 ダブル【風術】か。『クラスチート』があっても他者との魔術は干渉してしまうので、威力が二倍とはいかないが、二か所に掛けることでバランスを崩すのならば十分な効果が得られている。


「とぉう!」


 そんな丸太の根っこに叩き込まれるのは、風のごとく駆け抜ける春さんのダブルメイスだ。

 バリバリと音を立てて丸太の脚が折れていく。


「ミア。やってちょうだい」


「イヤァァ!」


 頬から血を流しながらも堂々と腕を組んだ綿原さんが指示を出せば、再び奇声を上げた野生のミアが、今度は短剣を手にして丸太に襲い掛かった。

 ティア様をタメを張れるくらいに悪役っぽいぞ、綿原さん。



 ◇◇◇



「無茶ではないとわかってはいますけど」


「ごめんなさい、美野里」


 何故かひとりだけ怪我をしてしまった綿原さんを、上杉さんがお小言のトッピング付きで治療している。


 ちなみに近くでは解体組が丸太の枝や根をバッサバッサと掃っているところだ。アレは二層の最高級素材扱いだからな。中央の肉を切除すれば、二体の丸太から四本の木材が得られる寸法となる。



「ねえヤヅ」


「シェリエンさん?」


「ワタハラってあの子、本当に後衛職なの?」


 上杉さんと綿原さんの織り成す光景を優しく見守っていた俺の隣にやってきた『黒剣隊』の騎士、黒髪のシェリエンさんが失礼なコトを言い出した。実は俺も時々同じコトを考えるんだけど。


「あんな派手な魔術使う前衛がいたら怖いですよ」


「そうなのよね。ウチのギャルマより盾の使い方が上手そうなんだけど」


 ギャルマさんというのは『黒剣隊』の斥候職で、十三階位の【探索士】だ。二十代半ばのシェリエンさんと同世代で『黒剣隊』の中では若手に当たる。


「斥候職なんだから仕方ないんじゃ」


「術師に劣るっていうのはちょっとどうか、ってね」


「それ、ギャルマさんに言ったりしませんよね?」


「どうしようかな」


 うーん、付き合いがまだ浅いから『黒剣隊』の人間関係がよくわからない。大剣のフィスカーさんがカッコいいことだけは確かなんだけど。



「シェリエンさん」


「なに?」


「そろそろ移動再開ですよ。ほら、そこ」


 俺の視線の先にはこちらに頭を向けた一匹のサメが浮かんでいるし、治療を終えた本体たる綿原さんもこっちに顔を向ける直前だ。


「面白いわね、あなたたちは」


 それだけ言い残してシェリエンさんは『オース組』の集まりに戻っていった。



 ◇◇◇



「なあヤヅ」


 再び二層を歩き始めたところで、今度は『黒剣隊』のリーダー、フィスカーさんが話しかけてくる。なんで俺が質疑応答担当者みたいになっているのだろう。


 斜め前を歩く綿原さんのサメが一匹こちらを振り返り、横を行くロリっ娘な奉谷(ほうたに)さんはフィスカーさんの背中にある大剣をほえーっと眺めている。


「事前に打ち合わせで君たちがこうやって分かれて戦うのを、滅多にやらないって言ってたよな」


「はい。三回目の迷宮くらいまで、四階位とか五階位の頃ですね。もちろん引率付きでしたけど」


「三回目の迷宮で五階位っていうのもワリとおかしいんだが、そこはいい。俺が聞きたいのは、どうしてここまで連携取れてるのかって話だ」


 どうやらフィスカーさんは俺たちの分隊がちゃんと連携し、戦えているように見えたのが疑問らしい。


 俺としてはちゃんと戦えてはいるものの、粗いよなっていう感想になるのだけど、これはどう返事をしたものか。

 なにしろ俺は『なんかやっちゃいましたか系』ではないのだ。そういうのはミアが担当してくれているんだし。


 一年一組が三分隊構想をいちおう完成させたのは、第七騎士団『緑山』を立ち上げた時だ。

 書類上の編成ではあるものの、タキザワ隊の人数から三つの分隊を作るのが筋だからといって設定したのだけど、俺たちはそういうのでマジになる。


 分隊長選びからそこに所属するメンバーのバランスまで、本当に机上の空論ではあっても真面目に考えたのだ。

 今日こうして分隊として動いている面々も、騎士団創設の時の編成をちょっとイジっただけでしかない。分隊長が第一から順に奉谷さん、夏樹、綿原さんというのはそのままだし、分隊間で移動したメンバーなんて、二人か三人ってところだったはず。



「実戦ではあんまりですけど、訓練場ではかなり練習しましたから」


「訓練、か」


 俺の言葉にいちおう納得してくれたような感じになっているフィスカーさんだけど、半分は嘘だ。


 最初期の一層以外の実戦で三分隊なんてやったことはないし、必死になって練習したこともない。

 ならばなぜ、まがりなりにも二層の魔獣に楽々と対応できているかといえば、クラスメイトの全員がお互いの能力を知っているからだ。


 今さっきの戦いならば、綿原さんが丸太の根っこにサメを飛ばすのは見え見えだったし、野来と春さんが【風術】を使って丸太を揺さぶるのも全員が理解していた。

 動きさえ止めてしまえば、トドメなんかはミアに任せておけばどうとでもなる。


 なにせミアは三階位の頃に、同じく二層の丸太を倒してみせたのだから。



 繰り返しになるけれど普段の二十二人での戦闘と違って、今日やっている分隊での戦いは荒いし粗い。暗黙の了解で連携してしているだけで、一年一組の本領発揮までは届いていないんだ。

 だからこそ怪我をした綿原さんは、上杉さんに怒られるハメになったんだよな。


 たぶんだけどフィスカーさんは俺たちの階位と神授職をわかってはいても、こうして技術で戦うことができるとは思っていなかったのだろう。もっと階位でごり押しする戦法を想像していたのかも。

 ましてや分隊単位でもある程度連携を取って戦えるというのは想定外なんだろうな。


 なにせ一階位だった子供が、迷宮に入って二か月で十階位やら十一階位だ。

 先日の面談で俺たちの戦いの話はしたし、迷宮泊の件も説明し、『迷宮のしおり』も見せた。それでもやはり信じがたい部分があったのかもしれない。


 ナルハイト組長は話を聞いただけで俺たちのことを強いと評価してくれた。

 だけど方向性が違ったのかもしれないなあ。それとも組長とフィスカーさんで受け止め方が違っていたか。



「たくさん頑張ったんだよ」


「そうか。そうだな、ホウタニ」


 ちっちゃい奉谷さんが自慢げに両手を広げる姿を見たフィスカーさんは優しく笑っている。


 アラウド迷宮の二層や三層に出現した魔獣の群れは、資料で読めてもリアルを想像するのは難しいんだろう。

 微笑ましいロリっ子の背後にあるのは、膨大な魔獣との戦いと、ついでに近衛騎士総長との死闘で得られた実戦経験なんだと、ううむ、伝えるべきかどうしたものか。



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