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第435話 あなたの名を呼ぶために俺ができること



「お待ちしていましたわよ」


「リンパッティア様、今日はどのようなご用件で」


「決まっているでしょう。勇者との交流ですわ」


 優雅にソファーに座るリンパッティア様はお茶を飲みながら、藍城(あいしろ)委員長の挨拶を軽く受け流した。


『オース組』への連絡という役目を果たし、アウローニヤ大使館に戻ってきてみれば、すぐにこれだ。入口に止まっていた馬車を見て状況を理解できてはいたが、連日の来襲までは想定していなかったぞ。


 こちらは五人、相手はリンパッティア様と護衛のメーラハラさんだけだけど、大使館の職員たちは動揺を隠せていない。

 急な襲来に断りを入れる間もなく、勢いに押されてこんな状況になってしまったのが軽々と想像できる。つまり職員さんも被害者だってことだ。


 俺と委員長、滝沢(たきざわ)先生、寡黙な馬那(まな)と皮肉屋の田村(たむら)。この場合、出張ってくれるのが委員長と先生なら……。特段危機的状況とは言えないな、これ。


 それでも大使館の応接室にはなんともいえない空気が流れている。



「ついでの用事もありますわよ。元大使の私邸についてですわ」


 どう考えてもそっちが本命のはずだけど、リンパッティア様にかかればついでということになるらしい。


 メーラハラさんから手渡された羊皮紙を、リンパッティア様はポイっと職員さんに手渡した。


「私邸の契約解除に関する書類ですわ。昨日の内容の通りになっていますのでスメスタ・ハキュバの署名を入れてから登城なさいませ。その場で返金しますので、受け取れる用意を」


「ありがとうございます!」


 有無を言わせぬとばかりに用件を叩きつけるリンパッティア様に、職員さんが大きく頭を下げる。良かったじゃないですか。現金がどんどん増えていって。


 それにしてもリンパッティア様、口調と態度はアレとして、やることをキッチリこなすタイプなのは想像どおりだ。それでこそ俺の期待する悪役令嬢像。


「あなた方との契約はいかがしましょうか。こちらの準備はできていましてよ?」


 職員さんから視線をこちらに戻したリンパッティア様が、こんどは二枚の羊皮紙をメーラハラさんから受け取り、俺たちに向けてヒラヒラさせた。


「最短で三日後になると思います」


「……中々早い展開ですわね。見込みはどうですの?」


 自信ありげな委員長の言葉を聞いて、ソファーに座ったリンパッティア様が心持ち上半身だけを乗り出した。


 ちなみに対面のソファーに座っているのは委員長と先生だけで、俺と田村、馬那はうしろに立ったままだ。

 リンパッティア様の背後には当たり前のようにメーラハラさんが相変わらず濁った目をして立っていて、大使館の職員さんは扉のあたりに控えている。


 買い出し組、早く帰ってこないかなあ。スメスタさんを要求したい。



「なんとかなると思います。『オース組』には納得してもらえてますし」


「それを聞きたかったのですわ。イザとなればペルメッダが出張ろうかと考えていましたのに」


「そういう圧は勘弁してください。『オース組』とは独立で、だけど横の連携を取るってところになりそうです」


「さすがは勇者。見事な手並みですわね」


 なんというか委員長、対リンパッティア様力が高くなっていないだろうか。昨日と違って今日は、あの邪悪な笑みに真っ向から勝負できているような。



「ならばショウコ・タキザワ先生」


「なんでしょう」


 一年一組の状況を軽く聴取し終えたリンパッティア様は、こんどは話を先生に向けた。

 盟友となった中宮(なかみや)さんを立てたのか、ちゃんと先生と呼ぶあたり、律儀だよな。


「リンたちほかの面々は外なのでしょう?」


「ええ。そうですね」


 ちゃんと俺たちのスケジュールを弁えているリンパッティア様は、そこで雰囲気を切り替えた。

 具体的には笑みを引っ込め、マジ顔である。いいな。悪役令嬢のキリリとした表情も実にいい。


「一手御指南いただけますでしょうか」


 まあそうくるよな。

 それにしてもフィルド語翻訳め、該当する単語があるのがすごい。音自体は全然違っているのに、日本語との整合性が高すぎじゃないだろうか。


「……やぶさかではないのですが、むしろ楽しい提案があるんです」


「なんですの?」


 元々悪役令嬢萌えだった先生は、リンパッティア様を好意的に捉えている。だからこんな先生らしくない言葉が出てくるのかもしれない。

 逆にリンパッティア様は訝しげな顔になっているくらいだ。


「わたしたち一同は、中宮さんを羨ましく思っているんです」


「リンのことを、ですの?」


「ええ。あなたから名を呼ばれ、ティアと呼ぶ関係性をです」


 そんな先生の殺し文句にリンパッティア様の表情が一瞬輝き、そしてなんとか平静を取り繕ってムニャっとした顔になった。変顔芸みたいになっているなあ。

 同時に俺の横に立つ田村が面白くなさそうな表情をさらに歪める。主張はわかるけど、そろそろリンパッティア様の本質を認めればいいものを。



「で、ですがそのようなこと、一朝一夕で適うものではありませんわ」


「人同士の関係は、時間を掛けて育てていくこともあれば、ふとした切っ掛けで一気にということもあるでしょう」


 口元を隠すように扇を構えたリンパッティア様が慌てたようにまくし立てるが、先生は微笑みを浮かべて軽々と受け返してみせた。


「もちろんわたしもティアさんとお呼びしたいと考えています」


「……わたくしからは、タキザワ先生のままですわよ?」


「だからこそです」


 ここまでグイグイ攻める先生も珍しいな。リンパッティア様がうろたえておられる。


 あとでみんなに教えてあげないと。中宮さんが聞いたらどんな顔になるのやらだ。


「わ、わたくしは侯息女ですのよ? あなた方は侯爵家に近づくのを良しとしていないのではなくって?」


「家や国との繋がりではなく、個人的な交流です。イザという時の備えという思いが全く無いといえば嘘になりますが、わたしは子供たちには仲良くなってもらいたいと考えます」


 うろたえ度合いが大きくなったリンパッティア様に先生は畳みかける。

 背後に控えるメーラハラさんは……、少し目を細めただけで表情に変化無しか。読めない人だなあ。


 とはいえ、そもそも友好関係を持ち出してきたのはリンパッティア様、というよりペルメッダ侯爵家が先だ。今日もこうして乱入してきているわけだし。

 ただしそれは侯爵家と勇者との関係であって、先生が持ち出している個人的なものとは似て異なる。それがわかっているからこそ、リンパッティア様はうろたえているのだ。


 隠しきれない嬉しさを心の内側に秘めながら。


 昨日行われた中宮さんとのやり取りやご本人の言動から、リンパッティア様の人となりは見えてきたと思う。

 すなわち正統努力系悪役令嬢。もちろんラノベ的な意味でだ。口こそ悪く、人を高みから見下すものの、筋は通すし努力を怠らず間違いを認められる。ついでに今現在先生がやっているように好意の押し売りに弱いと見た。


 さすがは婚約破棄からの溺愛モノが大好物の先生だ。悪役令嬢格付けチェックが上手い。



「……わかりましたわ。それで、どのように? 昨日と同じく手合わせですの?」


「基本はそれで構いません。お互いに得るものがあるでしょうから」


「わたくしの受け取るものが多すぎる気もしますわね」


 先生の提案に受け取るものが多いと表現できてしまうのがリンパッティア様の凄いところだと思う。


 こっちは十階位と十一階位の集団だ。半分が後衛だからといって七階位の彼女には荷が重たい相手だろうに。

 俺だったら心が折れるかもしれない。


 そもそもこっちの後衛職は【身体強化】持ちも多いし、防御の練習を積んできた。並みの後衛とはワケが違う。

 いや、俺の中にあるのはアウローニヤ基準なので、こちらの冒険者なら後衛でも強者が混じっていてもおかしくないか。一年一組にできることの多くは、こちらの人間でもやろうと思えば時間は必要かもだけど、できることだからな。


 そういうのをひっくるめて、冒険者稼業で学んでいかないと。



「こちらからはまず、八津(やづ)君でどうでしょう」


「はい?」


 先生からのご指名に俺の声が裏返った。


「ほう。『指揮官』コウシ・ヤヅ。報告書では個人的な武勇は語られていませんでしたわね。お強いのですか?」


「ええ。リンパッティア様といい勝負になるくらいには」


「言ってくれましたわね」


 なんで俺の代わりに先生が答えるかなあ。

 リンパッティア様がとても邪悪で獰猛な笑い顔になっているじゃないか。


 大真面目な顔の先生、苦笑を浮かべる委員長、悪い笑顔な田村、笑いを堪えているのか、微妙に肩が震えている馬那。ここに味方はいないのかな。


 メーラハラさんは表情を変えず、扉の傍に待機している職員さんは引きつった顔だ。ダメだな、これは。


「では、コウシ・ヤヅ。よろしくて?」


「俺の攻撃は届かない気がしますけど」


「ならば防御は適うと。なるほど、随分と自信がおありのようですわね」


 ヤバい。リンパッティア様の狂暴度が上昇した。


「よろしいですわっ。昨日のリンと同じく、わたくしが納得すればよしとしますわ!」


 できれば早い段階で納得してもらえることを祈るとしよう。



 ◇◇◇



「ですわっ!」


「うおっ!?」


 初手はバックラーへの右ストレートだった。


 左手に装着したバックラーを前にして構えていたのだが、リンパッティア様は意図的に狙ってきたようだ。俺がどう動くのか、様子見の一撃ってところだろうか。


 俺は革鎧装備で今回ばかりはメットを被っている。左手にはバックラー、右手は木製のメイスだけど、ひのきで出来ているかもしれない。これって今回の戦いで俺が振るう機会はあるのだろうか。

 なんでこんなのが大使館にあったのかは不明なんだけどな。


 対するリンパッティア様なんだけど、こちらの色に合わせてきたのか、本日は明るい緑色のロングドレス。白い長手袋はいつもと一緒だな。たなびく金の縦ロールとよくお似合いだ。足元のロングブーツは、そういえば今日は最初からその恰好だった。

 最初から先生とやるつもり満々だったということか。



 ゴオン、なんていう重たい音を立ててバックラーが弾かれた。

 それでも俺は自分にできる最速で態勢を立て直す。なにせそこに来るのは見えていたからな。俺の思考は、当たってからどうするかに至っていたんだ。


 昨日の中宮さんとのバトルを見ていたので、リンパッティア様の動きは知っている。

 アレが全力でなく、隠された力を持っていたとかだったらかなりヤバいけど、さすがに中宮さんに対して手抜きは無かったはずだ。


「どうしましたの、コウシ・ヤヅ。狙いが違えば終わっていましたわよ?」


「違うんですよ、リンパッティア様。丸盾狙いだったから、そのまま受けたんです」


「師弟共々吹きますわねっ!」


 煽り口調になっているのは自覚しているけれど、これくらいのセリフで相手の動きが荒くなってくれれば儲けものだ。


 直後、ゴウっと音を立てた左フックが腹を掠めるように振り抜かれた。

 今度こそリンパッティア様が驚きの表情になる。


 そう、彼女は俺の脇腹に当てにきた。半歩だけ動いた俺は、明確に躱したんだ。本当にギリギリだけどな。

 昨日俺が初見でも躱せると判断したのは増長ではない。リンパッティア様の拳は、残念ながら先生と比べて分かりやすすぎるんだ。



「ですわぁ!」


 ロングスカートの下から繰り出された右膝は、中宮さんがやったようにしてバックラーで斜めに流す。


 たとえ足元が見えなくても、スカートの表面自体が盛り上げれば、俺は対応できる。自分で考えておいてなんだけど、スカートを観察しているみたいでヤバい表現だな。


 実際【観察】しているのだけど。


 俺は今、【観察】だけでなく【視覚強化】【反応向上】【思考強化】【集中力向上】【一点集中】【体力向上】ついでに【平静】を使っている。これは地上戦なので全部を同時にではなく、小刻みにオンオフしながらじゃないと、あっという間に魔力が尽きてしまいそうだ。

 なので【視野拡大】と【魔力観察】はオミット。タイマンなので視界は十分だし、リンパッティア様がとんでもない裏技でも使ってこない限りは、これで対応できるはず。


 というか、これが俺の全力戦闘だよ。


 状況次第では加えて【痛覚軽減】を使うハメになるかもしれないけれど、そういう事態にはなってほしくないなあ。


「反撃をしないのは舐めているのでしょうか。右手の棒は飾りかなにかでして?」


「これも正直に言いますけど、使う余裕がありません」


「ならばひたすら受けなさいませ。いつまで続くか見ものですわね!」


 それでいいんだ。そのままのリンパッティア様でいてほしい。できれば気付かないままで。



 ◇◇◇



「八津くんっ!」


 時間にして二分も経っていない攻防で、というか俺は全く攻撃できていないから防衛戦をしていたら、大きな声が大使館の中庭に響き渡った。


 角度的に見えない位置からだったけど、俺があの声を聞き間違えるなど、あり得ない。


「やあっ、みんなっ、お帰り」


「お待ちして、いました、わっ!」


 だから俺は息を切らしながらお帰りと言う。なぜかリンパッティア様まで挨拶の言葉だ。律儀な人だよなあ。


 そんな短いセリフのあいだにも、二発の攻撃が飛んできた。

 左ジャブからの右ストレート。このコンビネーションは来るのが分かっていてもキツい。ジャブの方を肩で受けて、ストレートは躱さないとヤラれる。

 ジャブに対応しすぎると、ストレートが当たるからだ。人間が同じ関節構造を持つ以上、粗いとはいえこの世界にもこういう技術はあるのだと実感する。



「先生、どういうことですか、これ」


「大丈夫ですよ、綿原(わたはら)さん。落ち着いて応援でもしてあげてください」


「大丈夫って……、そういうことなんですね」


 すごいな綿原さん、先生が大丈夫だって言ったら即納得してるんだけど。さっきの焦った声はなんだったんだろう。


「随分と信用が厚いのですわねっ」


「現にっ、こうして、受け流せているじゃないですか」


「本当に腹立たしいですわっ!」


 こんどは三連撃だ。

 マズいな。リンパッティア様の打撃が細かく速くなってきている。威力を乗せた長距離砲じゃなくって、機関銃みたいなノリか。見えても体が追い付かない俺としては、こっちの方がキツい攻撃になる。


 リンパッティア様の語気が荒くなっているけど、こんな攻防で『納得』してもらえるのだろうか。


 視界の端にチラっとロリっ娘な奉谷(ほうたに)さんが映ったけど、ここから【身体補強】とか、認めてもらえないだろうなあ。



「おらおら八津、どしたー」


「リンパッティア様、頑張ってぇ」


「八津くん負けるなー!」


「ど、どっちも頑張るっす~」


「八津を倒すのなんて簡単ですよ、リンパッティア様」


「わわわ、ダメだよ、古韮(ふるにら)くん」


「両者、悔いのない戦いをするのデス!」


 先生の様子から、どうやらヤバい死闘ではないと踏んだクラスメイトたちが好き勝手を言い始める。


 リンパッティア様の応援に回ったのはチャラ子の(ひき)さんか。オタ女子の白石(しらいし)さんもそんな雰囲気だし、イケメンオタの古韮に至っては、俺の攻略法をバラそうとまでしやがった。

 止めてくれてナイスだぞ夏樹(なつき)。やっぱり俺たちは親友だ。



「なるほど、あなたの防御術、認めてあげますわ」


「それはどうも、ありがとうございます」


 少しだけ息を切らせたリンパッティア様が距離を取った。


 どういう意図かは読めないけれど、俺としては助かるから、素直に受け取ることにしよう。


「仲間との絆。羨ましいですわね」


「……一部、リンパッティア様の応援してましたけど」


「わたくしの器は大きいのですわ」


「そうですね。本当にそう思います」


 お世辞なんかじゃない。リンパッティア様は俺の大好きなタイプの悪役令嬢だ。


 だから俺は笑い、リンパッティア様はそれに対して邪悪な笑みを深めてみせた。

 そして、体を低く沈める。


 あ、ヤバい。気付かれたか?



「ですわあ!」


「ヤバっ!?」


 地面がドンと音を立て、つぎの瞬間リンパッティア様の体が大きくなった。


 ラスボスの巨大化現象ではない。彼女は真っすぐ、俺に体当たりを仕掛けてきただけ。

 それこそが【観察者】の俺を攻略する最適解だ。


 同じくらいの階位の前衛職なら、時間さえかければ俺を完封できる。見えても避けられないからだ。

 後衛職が相手なら、それこそ相手の魔術次第ということになる。


 たとえば【石術師】の夏樹なら、見切り性能の差もあって、殴り合いなら俺が勝つ。けれどもたぶん背後から石をぶつけられて俺の負けが確定するんだよな。

 以前にもタイマン性能を想定したことがあるけれど、現状俺が勝てる可能性があるのは【聖導師】の上杉(うえすぎ)さん、【氷術師】の深山(みやま)さん、【騒術師】の白石さんくらいだろう。


【奮術師】の奉谷さんは【身体補強】があって、しかも自己バフは効果が高いから、速度負けする可能性が高い。

 なりふり構わずという条件を追加すれば、上杉さんはゾンビプレイができるし、白石さんは鼓膜破りが可能で、深山さんなら頭部に冷水をぶちかましてくるかもしれない。

 命懸けになりかねないファイトだ。想像するだけでも恐ろしい。



 話をリンパッティア様に戻して、ならば階位が下の彼女が俺に勝利する手法とは、ウチのクラスだと【聖盾師】の田村が近いことをするだろう。というか、されたことがある。


「うおわっ!」


 リンパッティア様の突撃自体はハッキリと見えている。パンチや膝蹴りよりも余程分かりやすい。

 だから進路上にバックラーを置き、半身で衝撃を受け止められる体勢を取った。変に避けたりすれば、武術素人な俺の場合、つぎの一手か二手で詰みかねないからだ。


「ですわ!」


 完全に衝突コースに入ったリンパッティア様は、減速の素振りを見せない。フェイントだったらむしろ助かったのになあ。


「つぅっ!」


 ドカンと衝撃がくる。

 前衛七階位の体当たりだけど、なんとか踏ん張れるくらいの技術は学んできた。それこそ三層の大丸太だって受け流せるように練習を繰り返してきたんだ。衝撃だって逃がすくらいはできる。


 魔獣相手ならば、ここから仕切り直し。だけどそれを仕掛けてきたのが人間だとしたら。


「捕まえましたわ」


「ですね」


 どうやらリンパッティア様はお気づきになられていたようだ。

 掠れた返事しかできない俺の言葉を他所に、リンパッティア様は右腕を振りかぶる。見えている。全部見えているんだけど、どうすることもできない。


 だって彼女の左腕は、俺の腰を抱きかかえて完全にロックしているのだから。


「行きますわよ?」


「できれば寸止めで」


 すぐ目の前で邪悪に嗤う悪役令嬢がいる。金のドリルがキラキラとたなびき、俺の頬をくすぐる。

 抱きかかえられたということは、それくらいの距離だということだ。


 意地の悪さを隠しもしていないけど、十七歳の年上美人さんがこの距離にいる。俺の心臓がドキドキと跳ねあがるけど、これはたぶん命の危機に対するものなんだろうなあ。


 ああ、右の拳が接近してくる。首の角度だけで避けれられる軌道じゃない。


 俺の視界の端に、表情を無と化した綿原さんが映っていた。



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>たとえ足元が見えなくても、スカートの表面自体が盛り上げれば、俺は対応できる。自分で考えておいてなんだけど、スカートを観察しているみたいでヤバい表現だな。 >実際【観察】しているのだけど。 綿原「ほ…
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