第434話 異世界らしい異世界で:【騒術師】白石碧
「碧ちゃん、本屋さんだよ。本屋」
「まってよ孝則くん。団体行動なんだから」
幼馴染で周りからは婚約者って言われていて、この世界に来てハッキリと意識するようになった孝則くんが、本屋さんを見つけてそちらに向かおうとする。
「凪ちゃん、いいかな。スメスタさん、ごめんなさい」
「いいわよ。みんなも興味あるでしょ?」
「時間もまだありますから、大丈夫ですよ」
引率の二人に声を掛ければ、返事はオーケーだった。
藍城委員長や滝沢先生が『オース組』に行っているから、こちらの引率は迷宮委員の凪ちゃんってことになっている。
本当なら副委員長の凛ちゃんになるのだろうけど、迷宮委員になってからの凪ちゃんは、こういうことにも積極的になった。
八津くんと一緒に居られる時間が増えるからなんていう下心があるのは間違いないけど、だからといってやると決めたことでは手を抜かないのが凪ちゃんらしい。中学の頃は裏方に回るのを好んでいたのに、変われば変わるんだって思う。
今だって八津くんとは別行動なのに、だからこそキッチリやるっていう気合が見え隠れしているくらい。
わたしみたいな丸メガネじゃなくって、青くて細いフレームのメガネとクールさがウリの美人さん。映画の趣味はわたしとは合わないけれど、それ以外では意外と気の合う凪ちゃんとは、小学の頃からワリと話す機会が多い。
異世界に来てから、わたしが孝則くんを意識するようになって、凪ちゃんも八津くんを気にしているしで、恋愛仲間にもなった。共通の話題が増えたのが、ちょっと嬉しい。
「やっぱ高っいねぇ~」
「ペルマ迷宮の【樹木種】は上質紙に向かないようですから。こういうお店ではアウロ紙を使った本が並ぶんでしょうね」
「しっかも手書きだもんねぇ」
興味が薄い人たちを外に残して、それでも十人くらいで店の中に入った途端、茶色い髪の朝顔ちゃんが店員さんの耳を気にしないで大きな声を出す。
それに答える美野里ちゃんは、普段通りに落ち着いた微笑みのまま。なんであんなに貫禄があるんだろう。
とはいってもたしかに高い。しかも数が少ないし。
普通の本棚のように背表紙が並んでいるんじゃなくって、全部が表紙をこちらに向けている。平積みってわけでなくラックに陳列されていて、本のすぐ下に値札が貼られている形式だ。中にはガラスに覆われている棚まであって、そちらの本は本当に高い。
「完全に高級品扱いだよな。時計屋みたいだ」
わたしなんかはアクセサリーとか化粧品を思い浮かべたけれど、オタク仲間の古韮くんは男の子らしい発想をしたみたいだ。
「最低でも一万ペルマからかよ。専門書でもこうはならないだろうな」
「あっちなんて十万超えだねえ。こりゃあすごいよ」
強面な佩丘くんと背の高い玲子ちゃんが並んで腕を組みながら、本の値段を見て唸っている。
たしかにわたしたちはお金持ちだ。
拠点の家賃と『オース組』に支払う一億二千二百万ペルマを支払っても、億単位のお金が残されている。
だけど同時に、わたしたちは普通の高校一年生で、しかも日本の金銭感覚に染まり切っているから……。
「アウローニヤに感謝しないとね」
だから、凪ちゃんのセリフにその場のみんなが頷いてしまうのだ。
お金をたくさん渡してくれたっていう意味ではなくって、あれだけの文献を読ませてくれたことに感謝しないと罰が当たる。
しかもアウローニヤ外交官のスメスタさんは、大使館にあるペルマ迷宮や冒険者についての資料を貸し出してくれるわけで。
「スメスタさんも、ありがとうございます」
「いえいえ」
最初に凪ちゃんが頭を下げれば全員がそれに続いて、スメスタさんは苦笑いになってしまう。
店員さんや外のみんなが何事かといった顔になっているけど、こういうお礼は気付いた時にしておかないとね。後回しとかにして感謝が薄まっちゃダメだと思う。
「店員さんもごめんなさい。時間がある時にしっかり選んで一冊か二冊くらいなら買えるかもです」
「またのご来店をお待ちしております」
店員さんに向き直った凪ちゃんは、冷やかしなのを白状してから、わたしたちのよく知るちょっと変わった笑みを浮かべた。八津くん曰くモチャっとした笑い方。
シッカリ引率してるよね、凪ちゃん。
このあたりは内市街でも高級品の多い地区らしくて、そこにいる店員さんたちも丁寧な人なんだろう。無礼なわたしたちにもちゃんと挨拶をしてくれた。
今度また来ることがあったら、その時こそ何冊か買ってみたいな。
「まずは大物を片付けちゃいましょう。玲子、美野里、期待してるからね」
「あいよ」
「はい」
足りていない家具や食器、掃除道具なんかはコンビニ娘の凪ちゃん、温泉旅館の跡継ぎな玲子ちゃん、『うえすぎ』の次期女将の美野里ちゃんが担当することになっている。
うん、やっぱりウチのクラスは頼もしい子ばっかりだ。
◇◇◇
「五台は在庫で、残りは発注。間に合わないわね」
「仕方ないでしょうね」
「全部で二十台っていうのが、ちょっと」
内市街の大通りを歩く凪ちゃんが残念そうにしていて、それを美野里ちゃんが慰めている。
あの屋敷に備品として残されていたベッドが十五台で、家具屋さんに在庫であったのが五台。合せても二台足りていない。凪ちゃんとしてはそこが不満の様子だ。しかも家具屋さんにあったベッドは拠点のよりもランクが落ちてサイズも揃っていなかったし。
あえて身の丈にあった家具ってことで、なるべく安くて、だけどしっかりしているっていう条件を付けたのだから仕方がない。
「家具屋さんだけで三百万超えとか、ヤバいっすよ」
「うん、ヤバい。わたしこんな買い物見たの初めて」
食器屋さんに向かう道すがらで藤永くんがキョドりながら雪乃ちゃんと話している。
ヤバいと言いながら、それでもポヤっとしているあたりが雪乃ちゃんらしい。
お店では現金で支払ったのだけど、その光景にはみんなが驚いた。
自分たちでお金を持ってきたのに、それでもやっぱり。キラキラの大金貨を三十枚と、数枚の小金貨を積み上げたのを見ただけで腰が引けたわたしは小市民っていうのだと思う。
『金貨を積むとか、異世界っぽいよね』
『うん。異世界だね』
なんて風に孝則くんと頷き合ったりもしたんだけど。
お金は金貨を佩丘くん、古韮くん、そして孝則くんが分けて運んでいる。三人とも騎士職なのでっていう程度の理由だけど、昨日の夜はそういう担当決めですらモメた。誰もやりたがらなかったから。
ペルメッダのお金は、十万ペルマの大金貨、一万の小金貨、一千の銀貨、五百の半銀貨、百ペルマの大銅貨って感じになっている。
大銅貨の下はいろんな種類があって、憶えるのが大変だ。食料品とかになると銅貨の出番になるみたいだし。
家具屋さんで買ったのは、予備も合せてベッドが十台、本棚はそもそも本が高いので今回は見送って、クローゼットを四台。そこに運び賃も合せて三百と二万ペルマを支払った。
端数は切り捨てなのかどうかはわからないけど、これだけの大量発注はそうそうないらしいから家具屋さんはニコニコだった。こっちから値切りもしなかったのもあったのかもしれない。
家具についてはアウローニヤから鍵の掛る木箱をいくつも持ってきているので、それも活用すれば当面は大丈夫かな。隠し部屋もあるし。
「つぎは食器ね。わたしも見るけど美野里と朝顔に任せていいかしら」
「ええ」
「まっかせて~」
凪ちゃんが美野里ちゃんと朝顔ちゃんに声を掛ける。
厳密に決めてあるわけじゃないけど、全員で平等ではなく、それぞれ得意分野で仕事を受け持つのが一年一組のやり方。
今日みたいな買い出しなら、凪ちゃんと美野里ちゃんは全部に関わることになるんだろうな。
ほかの人たちが何もしないわけじゃなくって、孝則くんたちがお金を守るのも大事だし、凛ちゃんやミア、春ちゃんや忍者の草間くんなんかは、ずっと周りに気を配ってくれている。
今日の私たちはメイスや盾は持っていないけど、念のために革鎧装備だ。ヘルメットはしていないけど、マントとフードを被っているので、見た目だけなら冒険者の買い出しって感じになっているはず。
こんな格好だけど、特段目立っているわけでもなくて、さっきから似たような集団とは何度もすれ違っている。あれって冒険者なのかな。
「異世界だねえ」
「だよね」
お金の入った革袋をしっかりと胸に抱きながら、古韮くんがのんびりと、孝則くんは嬉しそうに語っている。
わたしもそうだけど、さっきからそればっかりだ。
石畳の大通りはわたしたちが引いてきた荷車が四台はすれ違えそうな広さがあって、人通りも多い。
山士幌よりずっと。こんなの冬まつりとか熱気球フェスティバルで外から人が来た時くらいじゃないかな。
馬車はあんまり多くなくて、人が引く荷車がほとんど。道行く人の恰好は日本に比べるとバラエティがそうでもないけど、見た目が西洋人ばっかりだし、冒険者なのか武器を持った人もいるし、鎧を着た兵士もいる。
建物の様式もどこかヨーロッパ風で、そういうのが全部集まって、ここが異世界なんだと主張してくるみたい。
王城と迷宮だけだったアウローニヤと違って、ペルマ=タはわたしの知っている異世界そのものだ。
知ってる異世界なんてフレーズは我ながら変だと思うけれど、孝則くんや古韮くん、八津くん、朝顔ちゃん、そして先生はわたしの気持ちをわかってくれるはず。
そんなだから、わたしはここがあまり怖くない。同じ意識を共有できる人たちと一緒だから。
「つきましたよ。あそこです」
「うわあ、山積み!」
先頭を歩いていたスメスタさんがその店を指差したら、その先にはちっちゃな鳴子ちゃんが大声を出したように、いろんな木皿が店先で山積みになっていた。
「陶器は奥の方に並んでいるはずです。入りましょうか」
「はーい!」
スメスタさんに促されたわたしたちは元気よく返事をして、お店に突入した。
◇◇◇
「まさか陶器があんなに高いなんて。家具が思ったより安かったから油断していたわね」
「だね。木皿が千とか二千なのに、陶器のコップが五千で、大皿なんて十万超え。輸入したガラス製とあんまり変わらないっておかしいよね」
ため息を吐く凪ちゃんにわたしも同調してしまう。
「コップは迷宮仕様の鉄製の方がいいくらいね。割れることを考えたら怖くて使えないわよ」
「鉄も木も迷宮で採れるけど……、粘土ってどうなのかな。碧ちゃん知ってる?」
「資料には無かったかな」
グチる凪ちゃんを挟んで、孝則くんとわたしの会話が行き来する。迷宮素材としての粘土は無かったと思うけど。
鉄や木材はペルマ迷宮でも採れる。ガラスはアウローニヤからの輸入品。そういえば凪ちゃんの使う珪砂もどこかで仕入れないと。サメが関わるコトだし、凪ちゃんなら抜かりなしかな。
この国というか世界ではモノ作りは全部手作業だ。
もちろん鍬や鋤はあるし、機織り機もある。轆轤だってあるから、お皿はちゃんと丸いんだけど、材料が高くてその上全部が手作りってことになると、こうも高くなってしまうんだ。
なにしろ迷宮がすぐそこにあるものだから、輸送費にも大きな差が出てしまう。原料の品質も迷宮産の方がずっといい。
「迷宮依存の社会ですか。現地で見てみないとわからないものですね」
「だなぁ、食い物がどうなっているやら」
「お肉は安いはずですけど」
「それだって偏ってるんだろ?」
「王城は恵まれていたんですね。つくづく思い知りました」
美野里ちゃんと佩丘くんが大人染みた会話をしているけれど、ちゃんとどうしてこうなのかを理解できているのがすごいと思う。二人ともここに飛ばされるまで異世界モノなんて知らなかったはずなのに。
わたしはわたしで孝則くんや鳴子ちゃんと一緒に、お店で見た品物の値段をメモ帳に書いていく。
並んだ数字を見比べると、この世界の歪みがそのまま伝わってくるみたい。これからここに食材や料理、服の値段が並んでいったら……。
◇◇◇
「良かったよ。ホントに良かった~」
「うん」
「ジーンズが無いのが残念デス」
朝顔ちゃんと雪乃ちゃんが喜んで、ミアが残念そうにしている。
ついに服屋さんに入ったわたしたちだけど、予想外に服は安かった。
ほとんどがウール地か革なんだけど、鉄器と同じで妙に技術が発展しているのか、厚手から薄いのまで、バラエティは結構しっかりしている。今の季節は必要ないけどセーターみたいのや、コートまで置いてあるし。
お値段こそスカートひとつが一万とか二万で、ちょっとしたブランド品みたいなものだけど、異世界モノの定番らしく服が高くて古着ばっかり、なんてことにはならなさそうだ。
下着も千ペルマ単位で買えるし、タオルなんかも揃えておきたい。佩丘くんや美野里はミトンまで選んでいるみたい。
「下着は五セット。服はひとり二セットまでよ。極端に高いのはダメだからね」
「はーい!」
スメスタさんに案内された比較的高級らしい服屋さんの店内に、凪ちゃんの声が響く。
続けてみんなの声も。やっぱりテンション上がるよね。とくにわたしたち女子なら。
「『オース組』に行った人たちの分も買うわよ。とくに先生のは念入りに選んでね」
「アタシの出番かなぁ」
「片方は朝顔ちゃんでもいいけど、わたしも選ぶからね」
凪ちゃんが煽れば、乗ってしまうのが朝顔ちゃんと凛ちゃんだ。
凛ちゃんは委員長の分も選んであげればいいと思うんだけど、あの二人はそんなでもないからなあ。
「凪。ワタシも広志の服を選びマス。勝負デスね」
「ミア……。勝負はいいから、好きにして」
ミアと凪ちゃんならそうなるよね。
凪ちゃんはわたしたちの前でしっかり好意を口にしたけれど、ミアはなあ。あれで無自覚なんだから困った子だね。
今はそれより……。
「孝則くん、選べそう?」
「うーん、碧ちゃん、良さそうなのあったら教えてよ」
「うん」
せっかくだし、孝則くんをコーディネートしてあげないと。
「なんで俺が田村のなんだよ。馬那のを選ぶ」
「馬那と佩丘は体格近いし、まあいいか。しゃあない、田村のは俺が適当に、っと」
佩丘くんと海藤くんは相変わらず仲がいい。
「草間くん、委員長の選んであげなよ。僕は八津くんの──」
「夏樹くんっ。八津くんのはいいから、手を出したらヤバいから」
「えー」
天然な夏樹くんが爆弾に手を伸ばしかけたのを、草間くんが慌てて止める。
「深山っち、この服どうっすかね」
「いい感じ」
藤永くんと雪乃は普段からあんななのかな。
「ふふっ」
「どうしたの? 碧ちゃん」
「クラスのみんなで服屋さんなんて、考えたこともなかったから。それが可笑しくて」
「だね。ちょっと楽しいかな」
「わたしはすごく楽しいよ」
クラスのみんながいて、孝則くんと笑い合える。これで楽しくなかったら嘘になるよ。
これが一週間だけの修学旅行とかだったら良かったのに。行先は異世界、アウローニヤとペルメッダってね。
◇◇◇
「やっぱり食材も偏ったねえ」
「鯛があったのが嬉しい」
玲子と雪乃が並んで歩きながら話をしている。
ペルマ迷宮の二層にはなんとタイが出る。アラウド一層のシャケも嬉しかったけど、こっちはタイ。個人的にはホッケが良かったかな。
それはいいけど玲子が言うように、やっぱり食材は偏っていた。
迷宮で採れないモノは小麦とかみたいに国が推奨して作らない限り、小規模か輸入になるから高いか、そもそも存在していない。残念だけど米は見当たらなかったし。
そして迷宮産でも階層と出現頻度で値段が決まる。タイが安くて庶民の友とか、本当に意味がわからない。
「くそう。鯛めし作りたかったぜ」
「焼くにしても煮つけでも、お米が無いのが困りますね」
「ムニエルかカルパッチョってとこか」
「アラ汁ならどうでしょう」
「味噌がなあ。結局は辛い味付けで誤魔化すことになりそうだ」
うしろの方からは佩丘くんと美野里の料理談義が聞こえてくる。
わたしたちは買い物を終え、アウローニヤ大使館への帰り道を歩いている途中。
みんながペルマ産の安い紙袋を持って、用意してきた背嚢はパンパンだ。中身は服と食事の材料と、屋台で買った今日の昼ごはん。もちろん先生たち五人の分もちゃんとある。
これ以外の買い物は、全部お店が運んでくれることになった。届け先はいちおうアウローニヤ大使館だけど、タイミング次第では新しい拠点に変更するかも。
王城や大使館の料理も美味しいし、昨日みたいな冒険者料理も悪くない。
それでもいろいろ試してみたいと言い出す人も多くて、今日は街の屋台でいろいろと買い込んだ。もちろんわたしも大賛成。
「使ったなあ。綿原、幾らになった?」
「聞いて驚くわよ、海藤くん」
「なんだよ、怖いな」
「なんと八百十八万」
「げっ」
なんとなく聞こえてきた海藤くんと凪ちゃんの会話にみんなの足が止まる。
「八百万円も買い物したのか」
「円じゃなくてペルマだけど同感」
「家の値段じゃないんだからさあ」
「八百万じゃ家なんて買えないよ。中古マンションなら、あるかな」
「超高級車って感じ?」
「ボクたちお金持ちだね!」
「豪遊デス」
クラスメイトたちが好き勝手を言い始めて、先頭を歩いていたスメスタさんが振り返って苦笑を浮かべている。スメスタさんもわたしたちのノリに慣れてきたのかも。
ここはもう大通りから一本入って大使館も目の前なので周りに人はいないけど、あからさまにお金持ちみたいな話は控えた方がいいんじゃないかな。
「念のためって一千万持って出たけど、結構ヒヤヒヤよ。やっぱり服は予算オーバーするわよね」
「凪ちゃん、タチの悪い成金みたいなセリフよ、それ」
「歴史ある武家のお嬢様だものね、凛は」
会話の内容と違って凪ちゃんと凛ちゃんのやり取りに棘はない。それくらいお互いにリアリティが無いんだろうなあ。わたしもだし。
「ん? なんだアレ」
「馬車デス!」
そんな生温い空気の中で海藤くんとミアの声が被さった。
「アレって昨日見た」
「ペルメッダ侯爵家の、馬車」
先に見つけた二人に習って【遠視】を使った夏樹くんとわたしの声も同時だった。
◇◇◇
「ですわっ!」
「つうっ!?」
リンパッティア様が右手でパンチして、八津くんがバックラーで受け流す。ギリギリ体には当たっていないけど、八津くんはかなり焦った表情だ。血は……、流れていない。
慌てて大使館に戻ったら職員さんが急いでスメスタさんに耳打ちして、そこから事情を聞かされたわたしたちが中庭で見た光景は、八津くんとリンパッティア様の戦いだった。
「八津くんっ!」
「やあっ、みんなっ、お帰り」
「お待ちして、いました、わっ!」
悲鳴染みた綿原さんの声に対して返ってきたのは、なんともいえない八津くんとリンパッティア様のセリフ。
なにしてるのかな、二人して。
ついさっきまでわたし、異世界が異世界してるのを満喫していたんだけど。