第433話 人物評が一致するとは限らない
「もうちょっと。もうちょっとだけ右足引いて」
「こ、こうか? だがこれでは」
「でね、ズっと沈み込むの。体全体で」
「え? これ以上?」
「剣はそのまま横に構えたままで」
「だが、これでは」
「それ! ヤバい。カッコいい!」
腰を深く落とし、革製の鞘に納められた大剣を寝かせて構えるフィスカーさんはとてもカッコ良かった。
実戦的な要素は皆無らしく、剣術家の中宮さんの目が酷く険しいモノになっている。こっち方面に理解のある滝沢先生は、なんとも複雑そうな表情だけど、ちょっと楽しそうだな。
現在指導を行っている弟系男子の夏樹があんまりに楽しそうなものだから、俺は先生の近くでそんな光景を見守る側に回っていた。
最初はまだマシだったんだ。
中宮さんが主体になって、実戦レベルで巨大な剣をどうやって運用しているのか、なんていう話題になっていた。フィスカーさんも満更でもなさそうに、真面目に中宮さんとの武術談義に付き合ってくれたし。
なのにこれはどうしたことだ。
クラスのオタ連中が寄ってたかって注文を付けて、それをまた律儀にフィスカーさんが受け入れた結果がこのザマである。
そこにあるのは実用性皆無のただひたすらカッコいいだけのポーズ。
はたしてその恰好からどんな攻撃が繰り出されるのか、指導している側からしても不明なのは明らかだ。そもそも、そんなことを前提としていないんだからなあ。
「ナカミヤ……、ここからでは剣が振れないんだが」
「……そうですね。構え直してから振ればいいんじゃないですか?」
フィスカーさんのもっともな発言に、中宮さんは目を逸らしつつ空虚な返事をした。
「なあタキザワ」
「なんでしょう」
そんな喧噪を見るナルハイト組長が先生に声を掛ける。
「あいつら、本当にガキなんだな」
「はい。子供です。子供が子供らしくしているだけなんです」
「確かに、そうだな」
組長は苦笑しているけれど、先生の横にいる俺は当事者なので、黙って聞くしかない。
「わたしは……、あのままのあの子たちと一緒に、故郷へ帰りたいと思っています」
先生が俺たちのやることにあまり口を出さない理由のひとつがこれなんだろう。
山士幌に帰還するためとはいえ、俺たちは普通の高校生がやるべきではないことに手を出している。
調べごとや資料まとめはするけれど、勉強のほとんどを放り出して、体育の授業が一日の半分みたいな生活。毎日がひたすら運動系部活の合宿のようなものだ。
さらには魔獣を倒すこと、こちらから挑んだわけではないが対人戦闘、そしてクーデターに与することでの間接的な……。近衛騎士総長の影を思い出してしまいそうだ。
善悪なんていうものは時代や場所で変わるっていうのは理解している。だからといって納得できるかといえば、そう簡単なものではない。
俺たちはこの世界における命の軽さに慣れたくないのだ。
一年一組は高校生であることを捨てないためにも、バカをやれる時にはバカをやる。先生はそれを十分理解してくれているんだ。
こんなことをしていられるのもクラス召喚ならではなんだろう。俺一人だけだったらたとえ超チートを貰っていても精神がヤラれていたと本気で思うんだ。
「ですから八津君。あなたもああいうのが好きなんでしょう?」
「え、あ、はい」
「混じって楽しんできてください。わたしのぶんも含めて」
「はいっ!」
とてもじゃないけど、先生には敵わないな。
◇◇◇
「まずはみなさんに感謝と謝罪を」
「スメスタさん……」
ハッキリと頭を下げるスメスタさんを見て、藍城委員長がため息を吐く。込められているものの大部分は、哀れみかな。
夜のペルマ=タを歩き、俺たちは大使館に戻ってきていた。
アウローニヤの王城や旅の道中では見ることができなかった、星空の下にある町の喧噪は、灯りが松明やらオイルランプやらだったので、どこか祭りを思わせる光景なのが良かったな。
ちゃんと冒険者として基盤ができたらみんなで繰り出してみたいと思うくらいに。
そんな夢を見ていたのだけど、大使館に落ち着いた途端、スメスタさんがぶっこんできたのだ。
「僕はペルメッダ侯爵家の方々を読み違えていたようです。とくに侯息女様を」
「落としどころとしては、あんなものだと思いますけど」
「アイシロさんの言うとおり、アウローニヤ外交官としての懸案事項は、ほぼ解決してしまいました。二日も経たずにです」
苛烈果断としか表現できないリンパッティア様をスメスタさんがどの程度読み違えていたのかはわからないが、委員長の言うとおり、結果としてはいい感じだと思う。
婚約破棄の慰謝料関連は、ひと月もすれば来訪することになっているラハイド侯爵夫妻に任せればいいことだし、なによりリーサリット女王をペルメッダが認めたのは大きい。
もはや一人の外交官として、スメスタさんの肩には大きな荷物は無いはずだけど。
「みなさんが侯爵家のお二人に見込まれたことで、全てが穏便にすみました」
「穏便というにはどうかなって思いますけど、あれは向こうの既定路線ですよね?」
「相手としても建前は欲しかったはずです。勇者との交友。矛を収めるにはこれ以上ない理由です」
昨日から今日にかけてのドタバタを既定路線と言い切る委員長も大したタマだが、勇者の看板がアウローニヤとペルメッダの友好に繋がるならば、俺たちとしては歓迎できる。
聞いた感じスメスタさん的にはリンパッティア様の傍若無人を気に掛けているようだけど、一年一組には彼女に悪感情を持っているヤツはいないと思う。
むしろ好感度の方が先に来るんじゃないだろうか。俺なんて大好物だし、綿原さんも『ティア呼び』しようと燃えているし。
「ペルメッダに従え、とかにならなかったのは助かりました。拠点についても両国の顔を立てる形になって、安心できましたし」
「みなさんの力、魅力も含めてだったと、僕はそう思っています」
「そこまで持ち上げなくても」
委員長の言うように、なにより大きかったのはペルメッダ侯爵家が勇者を囲おうとしなかったことだ。スメスタさんが謎に持ち上げてくれているが、リンパッティア様との会話では道中ヒヤッとする場面もあったからなあ。
先生が名誉男爵でアウローニヤが背後に居るとはいえ、俺たちは国籍を持たない平民だ。
ペルメッダが本気を出していたら、それが奴隷扱いとかじゃなくて超好待遇とかなら体裁だって悪くない。アウローニヤに貸しがあるのがペルメッダの強みだし、勇者に気を使っているという態度さえ前面に出せば、抱え込みもそこまで不自然ではない。
帝国や聖法国に狙われているなんていう話にしたって、絶対ってわけでもないからなあ。
となれば今回の結果は、全方位に対して万々歳なんだよな。
「思ったのだけど、リーサリット女王とアヴェステラさんがわたしたちにあの人の性格を教えてくれていなかったのって、こうなることがわかっていたからじゃないかしら」
恐縮しているスメスタさんをみんなが生暖かく見守っていたタイミングで、ふとした感じで綿原さんが切り出した。
「ワタハラさん、それはどういう」
「リーサリット女王様とリンパッティア様って会ったことあるんですよね?」
「はい。三年程前、元第一王子殿下と正式に婚約が結ばれた時に」
綿原さんの問いかけにスメスタさんが答える。
なるほど、あのリーサリット女王はリンパッティア様と会ったことがあるのか。
三年前とはいえ、リンパッティア様は今と変わらない人だったろうとは、なんとなく想像できる。それどころか意にそぐわない結婚話でもっと強烈だったんじゃないだろうか。
そんな悪役令嬢をアウローニヤの女王様はどう見たか。
「スメスタさん。わたしってリンパッティア様に悪感情が全然ないんです」
「全く、ですか?」
「途中でどうなるかと思いましたけど、結果としては、ですね。誰かリンパッティア様が苦手だって人、いる?」
白状する綿原さんに意外そうな顔をするスメスタさんだけど、俺たちに驚きはない。
現にクラスメイトたちに綿原さんが確認をしたって……。
「……二人なら、仕方ないわね」
アルビノ系美少女な深山さんとブスくれ男子の田村の手が挙がっているのを見た綿原さんはため息を吐いた。
同時に俺の目が曇りまくっていたことも発覚してしまったぞ。前言撤回。リンパッティア様の評価については、クラス全員一緒というのは間違っていたらしい。考えてみれば当たり前か。
「雪乃が手を挙げるのはわかるけど……、田村くんも?」
リンパッティア様のコトを深山さんが苦手、というよりこの場合は警戒している理由はチャラ男の藤永が原因なのは明白だ。
もちろん藤永からリンパッティア様にコナをかけるなんていうのは不可能に決まっている。アイツにそんな度胸は無い。
リンパッティア様の方から藤永の名前が挙がったのが、深山さんとしては面白くないのだろう。
けどまあ、そっちは大丈夫だと思うぞ? 単に目に留まったっていう程度だろうし、アレは面白そうな下僕を見つけたっていう空気だったし。
ところで藤永、ここで手を挙げないと、あとで怖いんじゃないか?
「ああいうのは応対が面倒なんだよ、俺は。好きとか嫌いとかじゃねえ」
田村的にリンパッティア様は……、あれだ、モンスタークレーマーみたいに感じられたのかもしれない。
ブスくれた田村だけど、それは意見を違える俺たちにも向けられているんだろう。
「佩丘てめえ、どうして手を挙げねえんだよ。ああいうワガママは嫌いじゃねえのか?」
しかもヤンキーな佩丘に噛みつく始末である。田村もこじらせてるなあ。
「バカか田村。口の悪さなら俺もお前も負けてねえじゃねえか。あのお嬢さんは筋を通してたぞ?」
「ちっ」
お互いに口が悪い二人だけど、こういう部分は考え方が違う。印象で捉える田村と中味の佩丘ってか。
どちらかといえば佩丘に理があるようにも思えるけれど、リンパッティア様が意地悪いのも事実だしなあ。
「スメスタさん。手を挙げた二人は見なかったことにしてください」
「あ、はい」
すごいな綿原さん、これが一年一組の多様性とか言わないで、無視を決め込んだぞ。
「綿原、てめえ」
「凪ちゃん、あとでイジるから」
田村と深山さんから抗議の声が上がるも、綿原さんはサメを泳がせてスルーする構えだ。
イジるってどうやってイジるんだろう。むしろそっちを詳しく聞きたい。
「とにかくわたしが言いたかったのはですね」
無駄にメガネを光らせた綿原さんが結論を言おうとしている。がんばれ。
「侯王様やリンパッティア様が本当に危ない人でわたしたちと相性が悪いと思っていたら、女王様やアヴェステラさんがそう言っていたはずだってだけよ。ついでにこういうオチになるのも読んでいたんじゃないかなって。はい、終わり」
すごい早口になった綿原さんがセリフを言い切って周囲を睥睨した。サメを泳がせるのも忘れていない。
「あの女王陛下なら、そこまで読むかもね。僕も綿原さんに同感かな」
苦笑しながら委員長がフォローを入れた。
俺も同じことを言いたかったけど、みんなの前だとちょっと気恥ずかしくって。ヘタれだなあ。
とはいえだ、アウローニヤに呼び出された直後で猜疑心にまみれていた俺たちに、政治的配慮をしながらベストマッチの担当者を配置して、さらにはアヴェステラさんの解説付きとはいえ報告書の向こう側から悪印象を持たせずに勇者を取り込んでみせたのが女王様だ。
最終的には俺たちに最大限の配慮をしながら、完全な友好関係まで持ち込んだもんなあ。
ウチの委員長も似たタイプではあるが、性格の良さと悪質さって同居できるのだとつくづく思い知らされた経験だ。
そんな女王様の目を持ってすれば、俺たちがペルメッダで、とくにリンパッティア様とどういう関係を築くかなんて、アウローニヤの王城からでもお見通しなのかもしれないな。
こんな感じでスメスタさんと出会い、侯王様と悪役令嬢の襲撃を食らった結果として拠点も決まり、さらには冒険者となるための準備が進んだペルメッダでの二日が終わろうとしていた。
◇◇◇
「随分と慎重なんですね」
「そうですか?」
「三日分の非常食と四層までの地図、調理道具に寝具まで」
「経験者ですから」
「なるほど『経験者』ですか」
迷宮に持ち込む装備のリストを見た『オース組』の事務員、スキーファさんは俺たちに苦笑を向けた。
ちなみに今回は迷宮泊ではないし、炊き出しをする予定もないので、バーベキューコンロとか寸胴とかが無いぶん、俺たち的には軽装に当たる。
それでも二層転落事故を起こした身の上を持つ一年一組だ。迷宮では水に事欠かないし、魔獣を狩れば食料を得られるからといって手抜きはしない。
「なんというか、迷宮に慣れているんですね。泊ることまで含めて」
「あはは」
「対して武器が少ないのが気になりますが、本当に戦鎚ばかりなんですね」
「俺たち刃物の練習が足りていなくって、剣とか槍とか、危なっかしいんですよ」
「十一階位の方がそれを言うんですか」
昨日は大人しかったスキーファさんだけど、本性は中々の毒舌お姉さんだったらしい。
ここは昨日訪問させてもらった『オース組』の拠点で、時刻は昼前といったところだ。
ナルハイト組長やデリィガ副長、フィスカーさんたち『黒剣隊』は迷宮とかで留守だけど、事務員たるスキーファさんこそこの案件には相応しい。
なにしろ組員の装備を整え管理するのも事務方の仕事の内だから。
もちろん迷宮に入る直前には本人たちもチェックを入れるはずだけど、要は学校に持って行く弁当みたいなもので、それを作ってくれるお母さん的存在がスキーファさんということになる。尊敬せねば。
この場に同行してくれているのは、先生、委員長、田村、そして寡黙な馬那。
クラスと別れ、五人で行動というのも珍しいが、真昼間でこのあたりは外市街とはいえ治安は保証されている。ついでに硬いヒーラーが二枚という生存性の高いメンバーだ。イザとなれば馬那が俺を引っ担げば、高速移動も可能だぞ。
五人中女性が先生一人だけという、ウチのクラスにしては女子率が低いのにも理由はある。
この場にいる五人以外のクラスメイトたちなのだけど、十七名は内市街でショッピングという名の観光をしているのだ。そりゃあそっちに女子が偏るのも当たり前か。
新拠点用のベッドとか戸棚とかの大物だけでなく、皿やコップ、掃除用具やその他諸々。スメスタさんの案内で、ペルマ=タでもそこそこに高級なお店を回るようだ。
本来ここで説明役を担うはずの綿原さんがあっちサイドなのは、迷宮委員として物資の確認が必要だからとか言っていたが、サメの動きが挙動不審だったのを俺は見逃してはいない。
『王城なら革鎧と騎士服だけでもよかったけどさぁ、新しい拠点ならやっぱこの街でも目立たない普段着とか、必要っしょ』
というチャラ子な疋さんが実にもっともな発言をしたのだ。そこに大量の私欲が混じっていたとしても。
俺たちは基本、地味なフード付きマントで行動しているが、中に着るものにも自然さが必要らしい。本当にそうなんだろうか。
『先生の服は、アタシがコーディネートしてくるからねぇ』
可哀想な先生は、疋さんをはじめとした女子たちの着せ替え人形にされてしまうようだ。
とはいえ俺たち男子四人分の服も適当に見繕ってくれるそうなので、女子に服を選んでもらうなんていうレア体験をすることになっている。
俺の場合は母さんや妹の心尋に服を選んでもらったこともあるので、激レアとまではいかないけどな。
「過不足とか、どうでしょう」
「二層程度なら十分以上ですよ。……そうですね、少額で構いませんのでペルマ貨を用意しておくといいかもしれません」
「金を?」
地元ならではのノウハウとかでもあるんじゃないかと聞いてみれば、スキーファさんは俗なコトを言ってきた。
金を持って迷宮に入るって、冒険のあとに打ち上げとかで使うのか?
いや、それよりも、迷宮でトラブった時に金で助けを乞うとかかもしれない。強請り集りなんていうパターンもあるか。
「明後日のみなさんは『お客さん』なので必要ありませんが、ここまでしっかりした準備をされているなら、それっぽくしたいかと思いまして」
ちょっとイタズラっぽく笑うスキーファさんだけど、リアリティを出してはどうかという意味だろう。
俺たちのことを『お客さん』と表現したのは、まさにその通りだからだ。俺たちはまだ冒険者ではない。
とはいえ客というよりは感覚的には『受験生』と表現した方が正確かな。
冒険者が依頼を受けて一般人を迷宮に連れて行くというのは、ペルメッダではごく普通の光景だ。
一層の限界、四階位までレベリングするだけでも実生活がどれだけ楽になることか。
アウローニヤでは反乱を恐れた貴族連中が兵士以外の平民の階位上げに制限をかけていたけれど、ペルメッダではそれが緩い。
辺境伯にルーツを持つペルメッダ侯王がほかの貴族を完全に抑え込んでいて、さらには高い階位を持つ冒険者たちがうようよしているからこその風習かもしれないな。
俺的にはペルメッダの方が正解だと思うのだけど、アウローニヤでクーデターに加担した側としてはなんとも難しい問題だとも感じる。
権力者以外が力を持つと、政権が安定しないというデメリットは、たしかにあるんだ。
「迷宮で金を使うってなると……」
話を戻して、さて、どんなケースで金を使うのだろう。
「みなさんなら受け取る側にもなりそうですけどね」
「ヒール……、治療費ってか」
ヒントを出してくれたスキーファさんにいち早く答えてみせたのは医者の息子の田村だった。
なるほどなあ。そういえば冒険者調査をしていた野来や古韮がそんなことを言っていたかもしれない。
「【聖術】使いが四人もいて、【魔力譲渡】も四人でしたか。本来なら万全でしょうね。ですが……」
「はい。はぐれることだってあり得ると思います」
「そこまで考えられるところが立派ですね。みなさんは」
一年一組が分断されることを想定して準備をしていると理解してくれたスキーファさんは、だからこそ金を持って行く方がリアリティが出ると言っているのだ。
これには俺も素直に感心してしまう。理解して、その上でアドバイスまでもらえるというのは嬉しいものだ。
「本来なら冒険者になった時の新人講習や、先輩たちに習うものなんですけどね」
微笑むスキーファさんはたとえ事務員であっても、たしかに立派な先輩冒険者だった。