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第421話 仁義のある業界



「畏れながら侯王陛下。あまりに突然の来訪はいかがなものかと」


「我はアウローニヤ王国第三王女リーサリットを正式な王として認めよう。足りるな?」


「……書面でいただけるのですね?」


「無論だ。ほれ」


 ペルメッダ侯国にあるアウローニヤ大使館の会議室みたいなところで、なんともいえないやり取りがなされていた。

 俺たちのいるところでそういうことをしないでほしいのだけど。


 苦言を呈するスメスタさんと、それに対して徹底的に上から対峙するペルメッダ侯王の図だ。

 本来なら咎められるべきペルメッダ侯王の行いも、書類一枚にとてもとてもアウローニヤが欲しがる文章が書かれているせいで、許されてしまっている。権力って怖いよな。


 他国の大使館の中は外国、たしか治外法権とか外交特権とかそういうのがあるのはこの世界でも似たようなもののはずなんだけど。


 そんな外国、この場合はアウローニヤの領土に、よりによってこの国の王様が約束なしでいきなり飛び込んできたのだ。誰か止めろよ、とも思うけれど、目の前の人物を見ると招き入れてしまった大使館の人たちの気持ちも少しはわかる。


 なんかこう迫力がすごいんだ。俺たちが召喚された時に勇者が現れたとはしゃいでいたアウローニヤの前王様とえらい違いで。

 しかも一人称が『我』だし。脳内フィルド語辞書に登録されていたけど、使っている人なんて……、いたなあ、そういえば。アウローニヤの元第二王女ベルサリア様がそうだった。あの人はちっこかったけど、こちらの侯王様はやたらとデカいんだけどな。



 ペルメッダ侯爵家の人が、というか侯王様が来ているだろうと、俺たちは大使館の裏門から中に入るハメになったのはべつにいい。

 それが不満などとは思わないし、正面から堂々と突っ込んで必要のないイベントを発生させるよりはよほどましだったから。


「これをペルメッダにおける彼らが成し得た最初の功績ということにしてもよろしいでしょうか。それであれば女王陛下もより一層お喜びになられるでしょう」


「『アウローニヤの王』がそこまで入れ込むか」


「ええ。そうですね」


 侯王様から気軽に手渡された羊皮紙の書面を確認したスメスタさんは、大切なモノを扱うように丸めて懐に差し込んだ。


 そうかあ、俺たちは早くも功績を上げてしまっていたのか。

 というかスメスタさんからの遠まわしな嫌味なんだろうな、これ。侯王様がアポ無し突撃を掛けてきたってチクる気だ。



 俺たちが座っているのは会議室らしき部屋の長テーブル。毎度おなじみなお誕生席にはペルメッダ侯王とかいうこの国のトップがひとり座っていて、スメスタさんは手下のようにその脇に立ち、何故か俺たちはいつものように男女に分かれて長辺に座らされていた。

 恐ろしいことに侯王様は護衛のひとりも室内に連れてきていない。扉の外にはいるはずだけど、なかなか豪胆な人である。


 一年一組としては大使館の風呂で身を清めてからの謁見を求めていたのだけど、あっさり却下された。

 どうやら侯王様はアウローニヤに降り立った勇者を、一刻も早く見ておきたいらしい。自由過ぎる王様だ。


「好きにすればいい。どうせウチが一番乗りなのだろう? 繰り返すぞ。我は正式にアウローニヤに新たな王が誕生したことを認め、祝福し、これまで以上の友好関係を望む」


「アウローニヤを代表する者のひとりとして、そして現王陛下を仰ぐものとして、深く感謝をいたします」


 侯王様が椅子に座ったまま尊大な態度で言い放てば、スメスタさんは恭しく頭を下げる。


 ペルメッダが女王様を認めるという声明がどれくらいの意味を持つのか、俺にはよくわからない。そもそもそんなコトはアウローニヤ内部の問題で、ペルメッダにとやかく言われる筋合いも無いような気もするが、スメスタさんの態度からして女王様としてはポジティブな出来事なんだろう。



「それもこれも、こやつらだ。貴様が昨日ペルマ=タを出て、今日になってぞろぞろと若造を連れてきた。勇者をな」


 改めて俺たちを眺める侯王様は、スメスタさんの行動を把握していたらしい。

 アウローニヤの情勢も知っているみたいだし、となれば、俺たちのコトもある程度はバレているんだろうな。


 そうやって俺たちに値踏みするような視線を送っているペルメッダの侯王様は、四十代の後半で縦横幅がやたらと大きいパワフルなおじさんである。身長なんて二メートル近いんじゃないだろうか。

 肌の色は白いし、風貌はアウローニヤの人と変わらない。短めの金髪と口髭。目立つのは翡翠色の瞳かな。サイズ以外の特徴は、美形なところも含めて微妙にミアと似ている。


 そして繰り返しになるが、圧がすごい。思い出したくもないが、近衛騎士総長と一緒で絶対階位が高いタイプの人だ。

 スメスタさんはたしか、冒険者で商人だなんて言っていたけど。


 もちろん俺たちだって隣国で、移住先のトップのことを全く調べていないわけではないんだけど、初日で会うハメになるとは思っていなかった。



「まずは我から名乗ろう。ペルメッダ侯国王、ユーハラード・メルス・ペルメッダである。さあ、名乗り返す気概を見せてみろ。貴様らは冒険者を目指すのだろう?」


 やおら席から立ち上がった偉丈夫のおっさんが、勢い込んで俺たちの覚悟を問いかけてくる。

 普通に自己紹介でいいだろうに、なんなんだろう、このノリは。


「ショウコ・タキザワです」


 一年一組側で最初に応えたのは滝沢(たきざわ)先生だ。

 すっくと席から立ちあがり、背筋を伸ばして名乗りを上げる。年長者というのもあるのだろうけど、俺たちにお手本を見せてくれたかのようだ。それがすごくカッコいいけど、先生からもオーラが出まくりだぞ。


「リン・ナカミヤです!」


「……マコト・アイシロです」


 すかさず中宮(なかみや)さんが続き、困った顔をした委員長も立ち上がる。

 中宮さんは置いておいて、委員長はたぶんノリに引きずられて仕方なくだよな、これって。


「ミア・カッシュナーデス!」


「っち、シュンペイ・ハキオカだ。です」


 こちらの返事はいつものパターンになっている出席番号順ではない。

 侯王様の勢いに気圧されて反発し、そこから立ち上がった連中から自己紹介をしていく感じになっている。なのでこういうのに対抗できるパワーがある連中からだ。


「メイコ・ホウタニですっ!」


「アサガオ・ヒキ、ですよぉ。にひっ、我ながら変な名乗り方だよねぇ」


 なあ君たち、とくにチャラ子の(ひき)さん、偉い人へのため口っていうのは物語の勇者特権であってだなあ。

 疋さんはこの手の知っている側で、ワザとやっている節があってタチが悪い。


 そんな状況にスメスタさんの笑みが崩れかけているけれど、侯王様はどっしりと腕を組んで楽しそうに名乗りを受け止めている。

 これって二十二人、全員が終わらないと収まりがつかないよな。


「えっと、藤永(ふじなが)……、ヨウスケ・フジナガっす」


「ユキノ・ミヤマ」


 最後にチャラ男の藤永とポヤポヤ系の深山(みやま)さんが立ち上がったことで挨拶は終わった。


 俺は途中で名乗ってはみたけれど、度胸試しみたいなノリだったのはどうなんだろう。



「威勢のいい名乗りは受け取った。さて、繰り返し問うが、貴様らはこの国で冒険者をやるということでいいのだな?」


「……そのつもりでいます」


 獰猛に笑う侯国の王に対し、気圧されながらも委員長は応えてみせる。


「であるならば冒険者組合に入る必要がある。新規参入が厳しいことはわかっているか?」


「はい。アウローニヤ系の『組』にいくつか伝手が」


 侯王様の問いかけに対し、委員長は素直にこちらの手の内を晒す。


 どうせバレバレなのだろうし、隠しても意味がないと判断したんだろう。

 ついでにこの展開にちょっと疲れた顔になっているスメスタさんにも委員長は軽く頭を下げた。まさに伝手というのが、アウローニヤ大使館経由なのだから。



 ◇◇◇



 実に世知辛いコトに、この世界には国の枠組みを超えるような巨大組織としての『ラノベ風冒険者ギルド』などというものはない。


『理屈はわかるけどさ。なんか夢が無いっていうか』


 この世界における『冒険者組合』の実情を知った時にこんなコトを言ったのは、調べた張本人で文系オタな野来(のき)だったと思う。


 もちろん組合に入ってからの各種制度には、たとえばランクの存在とかそういう燃える部分もあったのでアガらなかったわけではないのだが、最初の関門となる冒険者になるために必要な要素が厄介だったのだ。


 地球におけるギルド、すなわち組合とは本来『独占的』で『排他的』な存在なんだとか委員長が言っていた。

 たしか商工業関連のギルドが発祥だったとかいう雑な知識は俺にもあったが、この世界の場合は冒険者という仕事をしたければ冒険者組合に入らなければ認めない、認められないという意味になる。


 そもそも『冒険者』とはなんなのかという定義からスタートするのだが、無国籍の者が国家というくくりに縛られず迷宮に入り、素材を持って帰ってくる職業、というのが手っ取り早い表現になるだろう。

 迷宮誕生と共に生まれたとされる伝統あるお仕事ではあるが、冒険者組合の成立も同じくらい早かったらしい。



 なんで無国籍にこだわるのかは昔からの伝統というのが一番の理由だが、それが現在でも引き継がれているのは、他ならない冒険者組合があるからだ。卵とニワトリみたいなものだな。

 迷宮ごとに冒険者組合は設置されているので、冒険者は国にではなく迷宮に属するから無国籍なんだ、なんていう解釈もあるらしい。


 冒険者組合は迷宮や冒険者を管理するのに慣れていて、そして独占的で排他的。これだけならば酷い組織にも感じるが、それでも冒険者を選別し、統率しているのが巨大なメリットとなる。冒険者だけでなく、国に対しても。


 無国籍である以外、冒険者になるために必要とされるのは力でも金でもない。『紹介』だ。


 本来の意味でのギルドだよな。すなわち縁故というか徒弟の色が強い。国籍を持たないからこそ背景が必要になるというか、簡単に言えば保証人が必要なのだ。


 さっき出会った冒険者たちもそうだが、彼らはいろいろなものを背負って活動している。所属している『組』や『隊』、紹介者、そしてペルマ迷宮冒険者組合に入っているという看板を担いでいるのだ。

 彼らがなにかをやらかせば、背後にいる人や組織のメンツをつぶすことになる。どこかのヤクザ組織みたいなノリにも聞こえるが、そういう縛りがあるからこそ、必然的に高い階位を持つ平民、つまり冒険者と呼ばれる人々が、普通の一般人と一緒に社会活動を送れているという寸法だ。


 逆に言えば、そういう信用を持たない者は冒険者になることができない。

 看板に泥を塗るような可能性のある人間は、そもそも紹介状をもらえないからだ。


 ならば集団全体ならばとなれば、フォルド語翻訳的に俺たちの知るクランのことは『組』と表現されるが、そういう団体が組織的に悪堕ちしたら、冒険者組合が総出で叩き潰すらしい。武力的にも社会的にもだ。


 やらかした冒険者は迷宮から追放される。ついでに近隣の組合にもその旨通告が出されるのだ。行きつく先は更生して肉体労働系の職に就くか、もしくは様々な理由で『行方不明』となる。怖い。

 なにしろそういう冒険者が所属していた組や隊、紹介者や組合は、著しく評判を落とすからだ。身内の恥は、家族をモロに巻き込むということだな。

 自浄作用が強いといえばそうかもしれないが、現実は重い。


 だからこそ、冒険者は真っ当な振る舞いを期待されている。

 ガサツでも荒っぽかったりしても、迷宮のある国の法律を踏み外さないことが強く求められるのだ。そういう意味では、アウローニヤの貴族なんかの数倍はマシなんだろうな。



「妥当なところだな。アウローニヤ本国の後ろ盾では悪目立ちがすぎるが、ペルメッダにはアウローニヤから流れてきた冒険者が多い。あとは貴様らの出来次第だ」


 俺たちが紹介者としてアウローニヤ系の冒険者を頼ると聞いた侯王様は、とても偉そうに納得した顔になっている。いちいち尊大な人だよなあ。


 ともあれ、問題は『紹介』だ。


 ぶっちゃけ俺たちは『アウローニヤの女王様』から直接紹介されることすら可能な立場だ。

 もちろん俺たちがやらかせば女王様が泥をかぶる形になるが、それがダメージとしてアウローニヤに刺さるかは怪しいので、ペルマ迷宮の冒険者組合からは歓迎されないだろうし、そもそも大仰に過ぎる。侯王様の言うとおりで、悪い意味で目立つだろう。


 その点、この国のアウローニヤ大使館、要はスメスタさんから紹介してもらえることになっている、アウローニヤ出身の冒険者を頼るというのは一般的なルートだ。


 なにせこの国、ペルメッダにはアウローニヤの『冒険者強制動員制度』から逃げ出してきた冒険者が一大勢力を誇っているのだから。

 そもそも『冒険者強制動員制度』がアウローニヤで施行された理由の一つがペルメールの離脱だったというのが笑えないけどな。


「それとも我の用意する肩書が必要か?」


「……いいえ、それこそ目立ちすぎでしょう。アウローニヤからの哀れな逃亡者、という立場から始めたいと考えています」


「そうか。ならば我は城の上から貴様らの勇躍に期待するとしよう」


 侯王様が意地の悪い笑みで俺たちに巨大なバックを追加しようとしてきたが、委員長はサックリ断った。

 アウローニヤの女王様なら本当に建前の紹介になるけれど、ペルメッダの王様からだと、それはもう圧力になるって本人だってわかっているだろうに。


 そもそも目の前で腕を組んでふんぞり返って座っている侯王様はペルメッダ侯国の国籍を持っている以上、『冒険者』ではない。

 冒険者で商人なんていう比喩があったが、あくまで気骨を持っているという比喩的な表現だ。



「とはいえだ、貴様らがアウローニヤで何をやらかしてきたかには興味が尽きん」


「侯王陛下、それは……」


 俺たちの話を聞かせろと迫る侯王様に、スメスタさんが難色を示す。

 それはそうだろう、俺たちがアウローニヤで何をしてきたかを話すなんて、そのまま外交機密が漏れることにも繋がりかねない。


「迷宮のことだけで構わん。要は貴様らの力を知りたいのだ」


 さらに迫る侯王様の表情に、俺は邪気を感じなかった。


 つまり目の前で偉そうにふんぞりかえっているおじさんは、単純に冒険者が好きなんだというのが俺のストレートな印象だ。

 ちらりと正面に座る綿原(わたはら)さんを見れば、彼女は薄っすらと苦笑を浮かべている。俺と似たような感想なのかな。


「陛下は僕の神授職をご存じですか?」


「当然だ。アイシロは有名だからな。【聖騎士】など、初めて見たぞ」


 委員長の入れた探りに、侯王様はサクっと返す。


 どんな業界で委員長が有名なのかは知らないが、侯王様に俺たち全員の神授職が知られていたとしても、それは不思議でもなんでもない。

 なにしろアウローニヤでは大々的に『緑山』の創設式典をやったのだ。その場で俺たち全員の階位と神授職は公表されているし、その場にペルメッダへ情報を売る人間がいないと思う方が不自然だ。


 この世界の情報管理がそれくらいザルだというのは、とっくに常識として身に染みている。



上杉(うえすぎ)さん、ミア、どう思う?」


「……戦いについてなら、わたしはいいと思います。せっかく侯王陛下がいらしているのですし」


(まこと)は困ったことがあったらすぐワタシデス。ちゃんとワタシの活躍を伝えてくだサイ」


 ここで委員長は一年一組最高の人物センサーを頼った。


 で、二人から返ってきたのは両者とものゴーサイン。理性と野生がイケるという判断だ。

 ミアの答えはあまりに軽いが、上杉さんは暗にここで恩を売っておけとか考えてるんだろうなあ。


「じゃあ八津(やづ)、綿原さん、いいかな?」


「あ、ああ」


「わたしもなのね」


 さらには迷宮委員に振ってくる委員長。政治に関する部分に気を付けながら語るとなると、ちょっと俺には重たいんだけど。綿原さんならやれそうなのが、ちょっと悔しい。


 俺と綿原さんはため息交じりに了解した。



 ◇◇◇



「ほう。これは興味深いな。『サメ』というのか」


「はい。わたしの可愛いしもべたちです」


 数分後、綿原さんの出したサメに大喜びしている侯王様がいるわけで。


「うむっ、砂でできているならば攻撃力には欠けるのだろうが……。ワタハラよ、全力で我に当ててみろ」


「わかりました」


 なんで即答なんだよ綿原さん。持ち上げられて嬉しいのはわかるんだけどさあ。


 周りのみんなも呆れ顔というか諦めムードだ。先生や中宮さんが何も言わないのも、まあわかる。

 どうせ迷宮に入れば振るわれる力だし、赤いサメならまだしも白サメなんて、綿原さんが日常生活で隠すというのも可哀想だ。なんでここで可哀想なんていうフレーズが俺の頭に浮かぶのかは我ながら謎だけど、隠せるコトとそうじゃないものは区別すべきだろう。


 たとえば『勇者チート』はバレても仕方ないかもしれないが、『クラスチート』なんかは自分たちから口に出すことは控えるに決まっている。



 ちなみに『クラスチート』についてだけど、最後の晩に女王様には正式に伝えておいた。シシルノさんの魔力談義の後半あたりでだったかな。

 じゃないとさすがに仲間外れが過ぎるからな。


 とはいえそこは女王様で、大体のところは想定内だったらしい。一緒に迷宮で行動していれば、推測と状況証拠で答えの近くまでは到達できるからな。一年一組だけやたら【聖術】の通りがいいとか、技能が連鎖するとか。


 しかして女王様は俺たちからの答えを聞いても、それはほぼ正解の確認でしかなかった。

 大切なのは俺たちの口からちゃんと伝えたってところで、その点については本当に嬉しそうだったのが印象的だったなあ。

 あの人たちは元気にしているだろうか。別れてたったの五日だけど、なんかこう、懐かしい思い出だ。


 目の前の侯王様がイケオジのくせに暑苦しいのが悪い。



「全力がいいんですよね?」


「我は十六階位の【土騎士】だぞ? 術師の攻撃で怪我の心配など無用だ」


「はいっ」


 さりげに自分の階位をバラしていく侯王様に、綿原さんは口元を悪く歪めながら、たぶん【魔術強化】と【魔力付与】を全力で掛けた全長三十センチの白いサメを叩き込んだ。


 あえて一匹で、しかも密度を上げるために小さくしたサメというのは、綿原さん的には本当の意味で全力攻撃だ。

 全くの出し惜しみなし。相手が十六階位の騎士職と聞けばそうもなるか。


「ふむっ。素晴らしいな。まさかここまでの圧力を出すとは」


「……ありがとうございます」


 堂々と腕を組んで立つ侯王様に綿原さんのサメが突撃を仕掛けた結果だけど、残念ながら噛み付くところまでは到達しなかった。

 さすがに十六階位の外魔力には届かなかったようだけど、それでも微妙に悔しそうな綿原さんのサメ向上力には恐れ入る。


「四層でも軽い魔獣であれば通用しそうではあるな。跳ぶような相手には効果的だろう」


 それでも侯王様は綿原さんのサメ本来の意味、つまり魔獣の行動阻害効果に想像が届いているのだろう。キチンと向き不向きまで理解してくれているようだ。


 なるほど冒険者ではないけれど、冒険者だという肩書の意味もわかる。


「速さに興味があるな。少し動いてみるので、当ててみるといい」


「やります!」


 テーブルを離れ、ヒョイと動き始めた侯王様に向けて綿原さんのサメが跳んだ。


「八津、綿原さんには悪いけど、このネタで時間稼ぎするっていうのがいいと思うんだ」


「俺と違って綿原さんは立派だなあ」


 メガネを光らせ悪い顔をした委員長がコソっと俺に語り掛けてくるのだが、綿原さんもやる気を出しているようだし、それもアリかもな。



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