第412話 キレる線引き
「そういえば俺たちのことを若いとは言ってたけど、勇者だとは思われてなかったな、あの村」
「余裕が無かったのかもねぇ」
「物語だとしか思ってなかったのかも」
隊列の最後尾を行く荷車に乗る俺の呟きを聞いたチャラ子な疋さんと文学少女な白石さんの反応はもっともなものだった。
二人とも異世界モノを知っているだけに、こういう話題には聡い。
村に勇者がやってきて、施しを与えてくれたぞ、なんていう展開を知っているのだ。そんな夢物語はあの村の人たちに想像などできなくて、俺たちも十分に応えてあげられないのも含めて。
この世界の勇者伝説を真に受けられて無限の施しを期待されなくて良かったと思う反面、俺たちの黒髪にすら気が回らなかったあの人たちの余裕の無さが、悲しい。
ちなみに俺と違って疋さんと白石さんは普通に周囲を警戒しながら地面を歩いている。
この荷車の引き手はヘピーニム隊の人と筋トレマニアの馬那。視界を確保するためとはいえ、俺は何様なんだろう。
「八津が車に乗るのはみんなもわかってるんだから、いまさら気にする必要ないっしょ。もう四日目だしぃ」
「疋さんは鋭いなあ」
「デキる女だからね~」
俺の表情を読んだのか、疋さんの指摘はズバリそのものだった。何気に鋭いんだよな、疋さんは。
「それだったら僕もだよ」
「わたしもね」
背後から声を掛けてきたのは荷車の一番うしろに座って石を回収している夏樹と、同じく砂係の綿原さんだ。
カンコンと音を立てて荷車に載せられた大きな木樽に石が落下して、砂のサメが空に舞ったかと思えば、形を崩して同じく樽に落ちていく。
道中での練習と、魔術で扱いやすい石や砂が選別されたためか、実にスムーズな作業風景だ。
そんな二人がなんで荷車の上にいるかといえば、【石術】と【砂術】を使いっぱなしなので、【体力向上】をオフにしているからだったりする。
いくら十階位と十一階位とはいえ、二人は【石術師】と【鮫術師】という立派な後衛職なので、前衛連中程スタミナに溢れているわけではない。
荷車が一台減り、そのぶん人員にも余裕ができたので、こういう配置が完成したのだ。
「おう、樽交換だ。中身は……、詰まってるな」
空っぽになった木樽を持った強面の佩丘が前の方から小走りでやってきて、荷車を覗き込む。
どうやら前方の穴埋めに石と砂を使い切ったらしい。
現状、埋める時は手作業で、回収は魔術というパターンがハマっている。なのでこういうバケツリレーならぬ木樽リレー、ただし走者はひとりなんていう展開になっているのだ。
「なんかこの辺りはお気楽だなあ、おい」
「羨ましいっしょ~」
「うるせえよ」
中身の詰まった木樽を持った佩丘が捨て台詞を吐けば、疋さんが軽々と言い返す。
なんか申し訳ないけど、頑張ってくれ佩丘よ。
「いちおう今日は平和だねぇ」
「最後までそうだといいな」
「だねぇ」
呑気な声の疋さんに、俺は心の底から同意するのだ。
昨日のキャンプは一昨日の中宮さん誕生会とは違い、どこかしんみりとしたものになった。
襲われたショックというよりは、あんな風に瘦せ衰えた人たちが居たこと自体が一年一組を動揺させたのだ。ガラリエさんやヘピーニム隊の人たちにも思うところがあったのか、無理をして明るく振る舞っているのが見え見えだったのがなあ。
だからこそ、こうして疋さんがのんびりした空気を出してくれているのが実に助かる。
「あっ」
「どうしたの、夏樹くん」
「石が四ついけるようになったよ!」
どうやら夏樹の【多術化】が成長したのか、これまで三個制限だった石の操作が四個に増えたらしい。
「やったじゃん!」
「よかったね」
昨日がアレだっただけにこういう目出度いことがとても嬉しくて、周囲からも歓声が上がっている。
これ見よがしに四つの石が操れているところを周囲に披露する夏樹は満面の笑顔だ。
うん、たしかに四個だな。アピールはわかったので、もう少ししたら仕事の方に集中してくれよ?
サメを三匹までしか出せない綿原さんがぐぬぬっているのも、これまたいつもの一年一組って感じで悪くない空気だ。
俺としては巨大化に注力した方が威圧感が増していいような気もするんだけど、彼女の野望ははるか遠くにあるんだろうなあ。
「さっきの橋で三つ目だったし、もうちょっとで主街道と合流だ。ペースも上げられるな」
「終わりよければってねぇ~」
王都を出発して四日目、旅も終盤を迎え、最終チェックポイントとなるフェンタ子爵領が近づいてきている。
「八津くん、前の方に東方軍がいるんだ。二十人ちょっと。上の人には伝えたから、綿原さんと前に行って」
そんなタイミングで隊列の後方に駆け込んできたのはメガネ忍者な草間だった。
この場合、上の人とは滝沢先生、ガラリエさん、シャルフォさん、ついでに藍城委員長と中宮副委員長ってことになるのだけど、俺や綿原さんまで呼び出しとは、どんな状況なんだろう。
「なんか内輪で揉めてるみたいなんだよ。僕はここで警戒してろって」
草間は俺に代わってうしろで周辺警戒をしているようにと言われたようだ。うん、厳重なのは大事なことだな。
昨日の村の一件もあって、何かある度に裏が無いかと疑ってしまうのは楽しくないけど、今の俺たちは警戒を怠らない気構えを得た。
相手の能力不足で大失敗をしていたけれど、昨日のアレは普通に奇襲として成立していたからな。
「了解」
「わかったわ」
俺と綿原さんは急いで隊列前方に駆け出した。
できるなら悲しくない展開が望ましいのだけど、果たしてなにが起きているのやら。
◇◇◇
「だからよお。全部とは言ってねえ。行ったって記録がありゃあいいんだろ?」
「今さら任務だからと偉そうなコトは言わん。だが、あの村は……、故郷なんだよ」
「どうせ終わってるさ。こないだアークラーのトコが『巡回』したんだろ。干からびてるところに物資送ってくたびれて、誰も生きちゃいなかったってオチだろうが」
「だがっ」
などという楽しそうには思えない会話が聞こえる距離まで、俺たちの隊列はヤツらに接近していた。
道の端で揉めていたのは薄青色の革鎧を着た兵士たち、東方軍だ。人数は全部で二十五人。
部隊マークは二種類で、二分隊ずつ、片方は隊長が出張っているというところかな。
今まさに隊長マークを付けたガタイのいいおっさんが、三台の荷車を守るようにしている部隊に難癖をつけている。
ちょうど俺たちの来た道と主街道との分かれ道のあたりで騒ぎが起こっているので、避けて通るわけにもいかないのが面倒くさい。しかも話している内容が、ちょっと聞き捨てたくないのもな。
こちらは警戒した騎士連中が前列に出て、先生やシャルフォさん、ガラリエさんも最前列で困った表情だ。中宮さんは鋭い目つきで、委員長は真面目顔で様子を窺っている。
距離はすでに三十五キュビ、つまり三十メートルくらいの位置になっているので、向こうのがなり声が丸聞こえだ。
というか、向こうの部隊の何人かがこちらに気付いてチラ見をしてきているんだけど、それでも当事者二人は熱くなっているので、状況が見えていないようだ。
「なんなんです?」
「東方軍同士の身内争いでしょう。見苦しい」
一緒に前列までやってきた綿原さんが眉をしかめて状況を確認すれば、複雑そうな顔のガラリエさんが吐き出すように答えてくれた。
見たまんまだよな、それ。
「片方は輸送任務で、もう片方が物資の横流しを提案しているようです」
シャルフォさんが情報を追加してくれる。
ちょっと待て。輸送任務だって?
さっきアイツらはなんと言っていた? あの村? 故郷? 巡回?
「わたしたちが通った村とは限りませんが、この分岐点で揉めているということは、ザルカット領北方への支援物資なのでしょうね」
いっそう表情を険しくしたガラリエさんが情報を整理していく。
本来なら朗報といってもいいんだよな、この場合。
俺たちは三日をかけて北回りでここまでやってきた。そのあいだに王都のザルカット伯爵が慌てて情報を送り、急いで支援部隊を送り出したという流れか。
この短期間でと考えると、ザルカット伯爵は余程急いで指示を飛ばしたんだろうな。
王城で起きたことが伝わっていたとしても、実際に輸送を担当する下っ端にまでは、状況の切実さはわからないのだろう。危機に陥っている村があるということではなく、ザルカット伯爵並びに東方軍の立場が、という意味で。
ああ、考える程、目の前の揉め事の裏が見えてくる。
あの村なんて、俺たちが物資を渡さなかったら三日も経たないうちに死人が出ていたかもしれないのに。
こんなくだらない言い合いでどれくらい時間をムダにしていたんだろうな、こいつらは。
「なあ。こんなコトは言いたくないんだが、俺は隊長で騎士爵だ。わかってくれや」
「別部隊だろうが。平民上がりが持ち出すことか?」
「とはいえ、なあ」
ついに物資を奪おうとしていた方の隊長が、身分までも持ち出した。
この国では平民と騎士爵のあいだが大きい。王城ではそれより騎士爵と男爵の差の方がはるかに巨大なのだけど、平民からしてみればどっちも偉い人ではある。
騎士爵を持ち出されても抵抗を見せるおじさんは、アウローニヤ的にはかなり危ない橋を渡っている途中だ。
「そこまでにしてはいかがでしょう。任務遂行は軍人の義務だと考えるのですが」
どう出たものかと悩んでいたが、そこで踏み込んでくれたのはシャルフォさんだった。
「なんだお前ら……、王都軍と、近衛だとっ!?」
「王都軍第三大隊所属ヘピーニム隊の者です。わたしは隊長のシャルフォ・ヘピーニム。王都よりフェンタ領への輸送任務中です」
やっとこちらの陣容に気付いたおっさん隊長が驚愕の表情になっている。
こちらは前衛組が部隊旗を掲げているし、鎧の色と肩の部隊章を見れば立場は一目瞭然だ。金のモールなんて、近衛騎士くらいしか使っていないのだから。
とりあえずはシャルフォさんが名乗りを上げれくれたわけだが、さて相手はどう出る。
「ご挨拶をどうもだ。好きに通って行ってくれ。だがこっちは東方軍内の話し合いの最中でね。首を突っ込むのは筋違いだろう?」
シャルフォさんが名を告げたというのに、名乗り返すこともせずにおっさん隊長はまくし立てるが、悔しいけれど言っていることは正しい。
目の前で繰り広げられている見苦しいゴタゴタだけど、こちらに口を挟む権利は無いのだ。命令系統というものが違っているから。
この人たちを裁くことができるのは所属する大隊長か東方軍団長。そしてあり得ないケースだけど、たまたま通りかかった王様くらいか。
部隊の格としてはこちらが遥かに上位だが、直接手出しされていない以上、仲裁に入る謂れわないのだ。目の前で暴行や物資強奪でもしてくれれば、介入の余地もあるのだけれど。
ここから東方軍本部に直行してチクることもできるのだけど、そのあいだにこいつらはトンズラだろう。
「ではわたしからも。第七近衛騎士団『緑山』団長、ショウコ・タキザワ男爵です。個人的には非常に見苦しい光景に感じるのですが」
「……なるほど、勇者の皆様ですか。噂では聞いていましたが、なるほどお若くいらっしゃる」
ついに先生までもが踏み込んだ。
使いたくもないだろう男爵という肩書と、俺たちの由来まで持ち出して、この場を仲裁しようとしている。というより、輸送部隊を逃がしてあげたいといったところだろう。
相手のおっさん隊長は、ひねくれた敬語で先生に応対するけど、そろそろ名乗ってくれないかな。いつまでもおっさん隊長では困る。
それとこちらに向ける視線なんだが、若造の集まりだと嘲っているのが丸わかりだぞ。もう少し隠せないのだろうか。
「かの有名なお若く気高い勇者の騎士団にはお見苦しいところを。なあに、寄せ集めの東方軍ではよくあることなんですよ。命令の行き違いなんてのは、どこの軍でも──」
この期に及んでもおっさん隊長は俺たちの介入を避けようとしている。いや、最早そう言って誤魔化すしかできないといったところか。
それが癪なのか、勇者を褒めながらディスる言葉を混ぜ込んでいるけど、それもよくない。俺たちはスルーできても、そうじゃない人だっているんだから。
こっちはこっちで、険しい顔になっているもうひとりの男爵には出張ってもらいたくない事情もあるし、ここは『勇者のワガママ』を発動させるしかないのかな。
王城ならまだしも、こんな東の僻地で勇者の威光が通じるかどうかが不明だけど、やらないよりは。
踏み出そうとした中宮さんの手を委員長が抑えている。俺も綿原さんが動いたならば、止める覚悟を決めなきゃダメか。
「先ほどから東方東方と繰り返されていますが、わたしはまさに最東方にあるフェンタ家の者です」
最悪だ。ついにガラリエさんが出張ってしまった。
地元を守る東方軍が関わるだけあって、ガラリエさんだけは今回の揉め事に参加してもらいたくなかったのだけど。
フェンタ子爵領はザルカット領のお隣さんだ。そこを根城にする東方軍との確執なんて厄介ネタでしかない。
もちろんガラリエさん本人だってそういうのをわかっていて、それでもってところなんだろう。
表情は硬くて、もしかしたらブチ切れ一歩手前ってところか。
なんでこんなタイミングでこいつらと出会ってしまったんだろう。
あの村の惨状を見てしまった以上、どうしてもこの揉め事が他人事とは思えなくなっているんだ。すぐにでも輸送部隊を行かせてあげたいのに。
「ああ、フェンタのお嬢様ねえ。中央で女近衛だったかな。なるほど、里帰りってわけかい」
情報が古すぎる上に、先生の時と違って喋りがタメに戻っている。しかも口調からは嘲りが感じられた。それはつまりフェンタ子爵家を舐めているわけだ。
勇者の噂や女王様のことは聞いていても、その周りにいる人たちの詳細まではムリなんだろうな。ガラリエさんは勇者とほとんど同義だぞ。
ああまずい。一年一組の連中に殺気が混じり始めた。俺も似たようなものだけど、ガラリエさんをバカにされるということは、クラスメイト全員を敵に回すと同じ意味になるんだが。
「問答は不要です。王国男爵、ガラリエ・ショウ・フェンタが命じましょう。そちらの輸送部隊を行かせなさい」
「……男爵ときましたか。叙爵は目出度く。ですがこれはザルカット領内の話ですんで。どんな権限があって?」
「答える必要を感じません」
ガラリエさんが男爵を名乗った瞬間、おっさん隊長の口調が変わった。変なところで器用なのがイラつかせてくれるな。
繰り返すが、権限なんてない。それでも先生に続き、ガラリエさんまで男爵という肩書で押し切ろうとしている。男爵が二人だぞ。いいから素直に引けよ、おっさん。
こんなやり方は俺たちらしくないし、もちろんガラリエさんだってしたくはなかっただろうけど、それでも輸送部隊を無事に送り出す方を優先したいんだ。
「早く行ってください。あとの責任はわたしが取りますので」
「す、すみません。ありがとうございます」
「いえ、任務を果たしてください」
「……全力を尽くします」
ついにガラリエさんはおっさん隊長を無視し、状況を見守っていた輸送部隊に先を行かせるように促した。
口喧嘩をしていた輸送隊の人が軽く頭を下げて動き出せば、ほかの連中もそれに習うようにして荷車を動かし始める。
俺たちのよりも小さくてボロいのが三台。いったい幾つの村を回るのかはわからないし、そもそもあの村が対象であるかも怪しいところだ。それでもいい。
こちらがどんなに無理筋で介入したとしても、あちらは正式な任務で動いているんだ。東方軍内部でのイザコザなんかは知ったことではないし、まさかおっさん隊長もこれ以上ゴネるのは得策じゃないってことくらい、わかっているだろう。
懸案になったのは、フェンタ子爵領にちょっかいをかけられることなんだけど……。
俺としては離れていく荷車を見つめるガラリエさんの表情が、変わらず険しいままだというのがとても気になってしまう。
◇◇◇
「さて、あなた方は何者なのか。名乗りなさい」
「……俺たちは王国東方軍、カサリアン隊、です」
「嘘ですね。それはさっきの輸送部隊の名でしょう? その肩章、あなた方はヤルパーン隊ですね」
おっさん隊長が言った部隊の名が大ウソだと、紋章官の資格を持つガラリエさんが切って捨てる。
すごいな、東方軍の連中が付けている部隊章まで把握できているのか。さすがは紋章官だ。
「……これは失礼。アイツらと揉めてたもんで、つい。隊長のミレク・ヤルパーンです。さすがはフェンタのご令嬢、博識ですな」
変な報告をされる可能性を考えて別の部隊の名前を使ったのは見え見えだけど、よくもまあここまでシレっとしていられるものだ。白々しくフェンタの名までセリフにして、それは脅しの意味が入っているのだろうか。
「じゃあ俺たちはこれで。勇者のみなさんも、楽しい旅を」
すでに一刻も早く立ち去りたいのだろうおじさん隊長改めミレクは、勇者に一言嫌味を加えて歩き始めた。
楽しい旅、ね。嫌な光景を目の前で見せてくれたのはあんたなんだけどな。
ついでに道中で楽しくないモノを見た原因を作ったのは、この国と東方軍の連中のやらかしなんだが、さすがにそこまで追及する気も起きない。
もういいから、とっとと立ち去ってくれ。
その点では合意できるだろう?
「お待ちください」
なのにガラリエさんは背を向けようとしていたヤルパーン隊を呼び止める。
「わたしはあなたたちが気に入りません」
「……それがなにか?」
なにか横暴貴族みたいなコトを言い出したガラリエさんに、誰も言葉を掛けることができない。訝しげに聞き返すミレクの顔色は、よろしくないな。
この国でありがちな、貴族の暴走ってやつを体験したことがあるんだろう。
「ヤルパーン。騎士爵という肩書を使った横領の強要。部隊名の詐称。王国男爵への不敬。フェンタの名を出し恫喝」
「く、口調が悪かったのは認めますがね。それは全部──」
たしかにミレクがギリギリを突いていたのはそうだけど、全部未遂というか捉え方というか。
ガラリエさんのノリにさすがのミレクもついに焦り始めた。
「なによりも許し難いのは、勇者に対する侮蔑」
「ガラリエさん!?」
急激にガンギマリ状態になったガラリエさんの放った言葉に、前線で様子を見守っていた綿原さんが思わずツッコミを入れる。俺の代わりに、なんかすまない。
「目に余る暴挙です。見過ごすわけにはいきません」
えっと、たしかにチャラく扱われたし、あからさまに嘲っていたのはわかっていたけど、あれは暴挙だったのか。
「ど、どうするっていうんだ。まさかこの場で斬り捨てるとでもっ!?」
あまりの圧にミレクの敬語が吹き飛んだ。
二分隊十三人のヤルパーン隊の面々全員が、顔色を悪くしている。それくらいガラリエさんの殺気がすごい。貴族に対してやっちまったとかではなく、ミレクたちは単純な怒気にビビっているのだ。
この国に勇者侮辱罪なんてものはないし、もしもあったら王城で多数の犯罪者が発生していたことになる。いちおう明日あたりまでは『王家の客人』ということになっているが、それとガラリエさんの怒りは意味が違うんだろう。
勇者への侮辱も許せないが、ヤルパーン隊の行いひとつひとつが東部の恥としてガラリエさんの逆鱗に触れたといったところか。
悠長にガラリエさんの心中を解析している場合ではない。一触即発なんだけど、落としどころってどうするんだ、これ。
相手は隊長を含めて十三人。こちらは総勢三十七名。
あちらの階位は知らないが、あり得ないくらい多めに見積もって全員十三階位だったとしても、まず勝てるだろう。
一番あり得そうなラインで七階位の集団だったとしたら、秒で終わる。
捕縛する理由として不敬は弱い。そもそも、そんなことをしている時間がもったいないんだよな。
やるとしたらタコ殴りにして懲らしめるってところだけど、この状況でそれをするのはイジメに近いんだが。
「東部の恥は同じ東部のわたしが雪ぎましょう」
ガラリエさんが任侠っぽい世界に入ってしまった。
「軍籍にありながら務めを全うせず、他者を嘲る姿はあまりに醜いとしか言いようがありません。私刑といわれようと、わたし自身が見過ごすことをできそうにないのです」
愛用の大盾を持ったガラリエさんは、前に出ながら腰の剣に手を掛け、鞘ごと抜いた。
「こちらからはわたしひとりです。そちらは十三人。全員でかかってきてください」
ガラリエさんは堂々と一対十三のバトルを申し込んだのだ。