第410話 なかなか物騒なプレゼント
「巨大~、【白砂鮫】!」
「おお~!」
「何度見てもすげえなぁ」
綿原さんの叫びと共に、全長一メートルくらいの白いサメが宙に出現した。
最近の彼女なら二メートルクラスまで持っていけるのだけど、魔力消費を抑えているのかこれでも控えめなのだ。それと、これからやることへのサイズ調整もかな。
松明に照らされたソレが、優雅に星空の下を泳ぐ。
ほぼまん丸な月の下、珪砂で作られた密度の薄いそのサメは、キラキラと細かく輝きながら悠然と揺蕩っている。それだけですでに幻想的としか言いようのない光景で、十分芸として到達しているよな。すごく夜に映えていると思うのだ。
ゆっくりとひとしきり観客たちの上を舞ってみせたサメは突如動きを変え、大きな口を開けて草原の上に立つ人物を目指した。体を揺すりながらも一直線に。
芸が細かいな。そこまで制御するのか。
「食らいつきなさい!」
そこで物騒なセリフを吐く綿原さん。その表情はいつもよりもモチャリ度が倍ってところか。とにかく楽しくて仕方ないようだ。
言いたかったんだろうなあ。あんな感じのセリフを。
以前は畑であっただろう地面に立つのは新調した緑のリボンで結んだポニーテールを頭に生やし、右手にはだらりと木刀をぶら下げているひとりの美少女。
この場ではヘルメットを被っていないので、綺麗な黒髪が月光を反射し、キリリと締まった普段の美貌を強化している状態だ。
「しゅぇあっ!」
高く鋭い彼女独特の掛け声と共に、ゆらりと上段に構えた木刀が迫りくるサメに振り下ろされた。
ちょうど都合のいい高さを真っすぐに襲ってくるサメなど、彼女にとっては絶好の的でしかない。
サメはまるで自分から木刀に斬られるかのように直進し、その体躯を頭から尾びれまで綺麗に左右に分割されて、そして光る砂粒として散っていった。
「以上、『緑山』副団長、中宮凛による、名付けて『鮫斬り』でした。盛大な拍手を」
ノリノリアナウンサーと化している綿原さんが、振り下ろした木刀を腰に戻す中宮さんへの称賛をオーディエンスに求める。
一瞬の間をおいて、盛大な拍手が中宮さんに贈られた。
「ブラボー!」
「ひゃっはー」
「カッコいい~!」
「見事な一振りですね」
「まさに階位にふさわしい、力の乗った一撃か。いいな」
「ふむっ、俺もああなりたいものだ」
一年一組は変なテンションになっているだけだが、ヘピーニム隊の人たちはむしろ感心が先にきている。
こちらの世界の人たちだってそれなりに剣術を収めているわけで、術理こそ違えど中宮さんの一刀が見事であったことに異論はないのだろう。
「触れれば誰にだってできるのにね」
「あそこまで綺麗に斬れるのは凛だけよ」
席に戻ってきた中宮さんが肩を竦めるが、綿原さんはストレートに褒め称える。
すかさず、中宮さんの頬が赤らむわけで。
月下でなされる美少女二人のやり取りは、実に眼福だな。
たしかに中宮さんの言うとおりで、『鮫斬り』は誰でもできる。一年一組はおろか、ヘピーニム隊の全員が可能だ。
魔術は他者の魔力に触れれば、基本的に解除される。綿原さんのサメについては【魔力付与】を掛ければちょっと粘るかな、という程度だ。さっきにしてもなるべく『綺麗』に斬れたように見せかけるために【魔力付与】を使っていたのだろう。
滝沢先生なら殴り散らすし、ガラリエさんなら魔力を込めた【風術】で相殺すら可能のはずだ。なんなら非力な白石さんが【音術】で……、いや発生負け、つまり音が出る前にサメに潰される感じになりそうな。
こういう魔術同士の相殺は、より速く、より強く魔力を込めて、しかも位置関係や補助技能によって変わってくるので、本当に条件次第である。だからこそ面白いし、突飛な抜け道がありそうで、検証のし甲斐があるというものだ。
で、さっきの『鮫斬り』は中宮さんお得意の【魔力伝導】を木刀に乗せたから、ああも綺麗にキマったとも言える。
事前にお互い練習したかどうかまでは知らないが、綿原さんの【鮫術】強度と中宮さんの【魔力伝導】の具合、さらには振り下ろす木刀の速度があったからこそ、サメが爆発するのではなく、斬れるという結果となった。
誰にでもできるとは言いつつ、見世物としてあそこまで昇華できたのは、やはり中宮さんの腕なのだ。
とはいえ、今夜の綿原さんはプレゼントしかり、自分のサメをアピールしつつも中宮さんを推していく方針らしい。
実際、今の中宮さん、滅茶苦茶カッコ良かったものな。巨大サメに立ち向かい叩き斬るなんていうパフォーマンスは、ネタを知っていたって魅せるモノがあったし。
「続きましては酒季夏樹と酒季春風姉弟による『石と剣の舞い』──」
とにもかくにも絶好調な綿原さんのマイクパフォーマンスは留まるところを知らないようだった。
今晩の宴会には二つの意味がある。
ひとつはもちろん中宮さんの誕生日祝い。もうひとつが現在行われている、ヘピーニム隊との親睦会だ。
迷宮泊を一緒したこともないし、離宮に呼ぶのを遠慮されてしまった経緯もあって、ヘピーニム隊の人たちとここまで開けっぴろげに会話をするのは初めてとなる。昨日はイトルタで別々の部屋だったしな。
文字通り開かれた空間で、というか普通に屋外で星空の下、料理の品数こそ少ないものの、ワイワイとした出し物をやっていると、さらに親しくもなれるというものだ。ノンアルコールだけどな。
先生に配慮というのはもちろんだけど、こんな屋外のキャンプで酔っぱらってもらうわけにはいかない。あちらもその点については十分に理解を示してくれているので、芸を楽しむことに集中してくれているようだ。
ついでにヘピーニム隊のみなさんの手元には、ここまで俺たちが温めていた寄せ書きがあったりもする。同行していない残り一分隊分もしっかりとシャルフォさんに預けてあるので、これにて色紙配りは完了したことになるのだ。達成感あるよな。
そんな俺たちの想いを込めた宴会芸が、夜の草原に繰り広げられているのだ。
こういう接待も三度目になると、二番煎じもなんだからと新技が飛び出すのは、一年一組の意地みたいなものである。
今も【風術】を使って不規則に動きながらメイス二刀流を振るう春さんの周囲を、夏樹が操る三つの石が舞っているわけで、これまたなかなかの見ごたえだ。
二人の呼吸が合わなければ石がぶつかるか、魔力相殺で落下するだろうに、夏樹は見事な制御を見せている。完全に春さんの動きを見切らなければできない芸当なのに、すごいな夏樹。
「対人戦でも有効だよな。アレ。八津は見切れるだろうけど」
「見切ってもさ、見えたまま食らうの確定だって。同じ階位で二対二なら、アレが負けるところが想像できない」
「ただし先生と中宮とミアを除く、ってか」
「それな」
春さんと夏樹の見栄えが良くて実利を兼ね揃えた踊りに、古韮と俺も唸るばかりだ。
たとえば騎士職の古韮と馬那がアレと対峙したら、たぶん後頭部あたりに石がぶつかって、その隙に春さんがタコ殴りを仕掛けてくるだろう。ビビるもう片方にも石が飛んでくる、と。
二人が一組になると、スラスター満載で超スピードタイプのロボットが、遠隔操作武器を装備したような状態だ。これは燃える。
そこからもヘピーニム隊によるこちらの騎士職五人組十分間殴り放題大会とか、【氷術師】の深山さんと【熱導師】の笹見さんによる水蒸気大爆発なんかも開催されて、結構場は盛り上がってくれていたと思う。
俺もなにかしろという話だったので【剛擲士】の海藤とペアで変化球混じりの変則キャッチボールをしたのだけど、ウケはそこそこだったかな。海藤は飛んだり跳ねたりしてたけど、俺はキャッチャーしかできないからなあ。
「凛。ワタシからもプレゼントがありマス」
ミアがそんなことを言い出したのは、そろそろお開きかなという頃だった。
二十二時も過ぎていたし、明日も早い。ヘピーニム隊と合同の見張り当番も決めてあったし、後片付けをして、最後に体を拭いて就寝という流れだったのだけど……。
「タイマンデス!」
中宮さんに指を突き出し、ミアは明るい笑顔で言い放ちやがったのだ。
◇◇◇
「しぇい!」
「イヤっ!」
星空を背景に【豪剣士】の中宮さんが繰り出す木刀を、【疾弓士】のミアが持つメイスが弾く。
普通に考えて剣士の剣を弓士が近距離で捌けているのがおかしな話だが、それをやってしまうのがミアだ。
十分すぎるくらいにソレを理解している中宮さんに焦りはない。それでも、神授職の差より、自らの技が届かないことを悔しく思ってはいるはずだ。
綿原さんをも上回る、真の天才。それがミアだと思っている仲間は多い。
繰り返しになるが、現にこうして中宮さんの木刀を寸でのところではあるが受けきれている段階で、もうおかしいのだ。
たしかに中宮さんと先生は俺たちに『北方中宮流』の基礎となる歩法を教えてくれた。問題なのはそこからで、本来ならば時間を掛けて理屈を解釈し、体に覚えさせていく基礎からその先へのステップが、ミアにかかれば変な方向に進むのだ。
ミアは以前に『北方中宮流』の道場に入ったことがあるそうだけど、ほぼ弓道場を借りにいったようなもので、弓を教えてもらっていたことがあっても、体術などに触ったことはないらしい。
山士幌にいた頃は野山を駆け巡ることに全力を傾けていたミアだったけど、この世界に飛ばされてきたことで、努力が武力側に傾いた。
もしかしたら二層転落が彼女の中のナニカに火を点けたのかもしれない。とにかくだ、事あるごとに変な方向に走りたがる天才が努力をしてしまっている現状が、ミアをメキメキと強くしているのだろう。
だからといってミアが中宮さんを上回るなんてことはない。
【観察】で見ていればわかる。ミアは中宮さんの技を高い水準で把握できているし、あれこそ体が理屈を知っているというヤツなんだろう。おおよそ野生の感性でだ。
それでも天才という理由だけでは絶対に越えられない壁がある。
中宮さんの積み重ねてきた修練。それはミアをもってしても写し取ることなどできるはずがない。
どんなにミアが理不尽な存在であっても、一年や二年では越えられない山があるのだ。
そしてたぶんミアは、山士幌に帰ったら鍛錬を止め、野生モードに戻って山の中に消えていくのだろう。
「イヤァ!」
「しゅあっ」
だから中宮さんは丁寧に、本当に綺麗にミアの攻撃を捌き続け、ひたすら実直に、お手本のように隙の無い攻撃を繰り出していく。
技術は盗めても、それを研ぎ澄ますには地道で時間のかかる練習が必要なのだ。
そんな差が、ミアと中宮さんのあいだに絶対的な距離を生み出している。
ミアだからこそ、そういった事実を天性の感覚で理解できているはずだ。
ならばなぜ、こんな勝負を挑んだのかがわからない。ノリで生きるミアとはいえ、無謀であることはわかっているはずなのに。
中宮さんは手を抜かない。相手がミアであり、アレがどれだけ危険な生物であるかを知っているからこそ。
リアルで野生のエルフが現れて、こちらにコマンド選択を迫ってくるのがミアという存在だ。そして中宮さんは、選択肢を間違えない。
「なあ八津。キャンプの夜とかだったらさ、普通は肝試しとかじゃないか? くじ引きでキャイキャイしたりでさ。なんでバイオレンスなんだろう」
「なんで死闘してるんだろうなあ。中宮さんとミアだからかな」
古韮がとても無意味なツッコミをしてくるのだけど、俺に言われてもなあ。
バカみたいな古韮と俺とのやり取りはさておき、周囲は二人のバトルにのめり込んでいるようだ。
ガラリエさんやヘピーニム隊なんかはとても真剣に、一年一組もほとんどが。不真面目というか、力を抜いているのなんて俺と古韮以外だと、ロリっ娘の奉谷さん、聖女な上杉さん、チャラい疋さん、それとポヤっとした深山さんくらいか。
綿原さんなんてサメを引っ込めるくらいなシリアスモードで戦いを見守っている。彼女なら自分も混じりたいとか思っているのかも。
「けどまあ」
「そろそろだな」
古韮がわかったようなコトを言い、これまた俺が悟った風に返す。
そろそろ結末は見えてきた。
「やってくれマスね。やっぱり凛は強い、デス」
「……しゃうっ!」
追い込まれて苦し紛れなセリフをほざくミアに対しても、中宮さんは一切の油断をしない。相手はミアだ。どこからなにが飛び出してくるかわかったものではないのだから。
そんな中宮さんの地道な攻勢により、ミアの敗北が誰にでも見えるところまできている。
「ここまでよ。しゃぁぁ、っ!?」
完全にミアが押し込まれ、いよいよ中宮さんが勝負を掛けにいったその瞬間だ。
「イギッ、イィヤァァア!」
「くっ!?」
奇声を上げながらミアの振るったメイスが、明らかにおかしな速度と軌道で中宮さんに襲い掛かる。
だが、中宮さんはソレを『見たことが』ある。だから急遽、攻撃から防御に転じることに成功し、木刀で受け止める形になった。
まさかミアが『アレ』をやるとは。
「これが凛へのプレゼントデス。満足してくれマシたか?」
「……美野里ちゃん! 治療、急いで!」
やたらと地球と同じ見た目なこの世界の月の下で、二人の戦いは終わりを告げた。
右肩を左手で抑えニカっと笑うミアがいて、苦々しいけれど、どこか複雑そうにしている中宮さんたち二人の下に【聖導師】の上杉さんが駆けつけた。
「ヒルロッドさんの無茶な剣はアリだと思いマス」
「ミア……、あなた」
「もちろん繰り出すのはイザという時だけデス。効果は凛だからこそ、わかりマスね?」
「それはそうだけれど……」
「ワタシも使いこなしたいし、凛の練習相手になりたいんデス」
「ミア……」
黒い微笑みな上杉さんと、無言な先生の圧という説教を受けたミアは、それでもケロリとして中宮さんと話をしている。
本来ならばあんなマネをしでかしたミアに一番の説教を喰らわせるはずの中宮さんが、誠意を押し売りされてしまったからなあ。
つい一昨日、最後の模擬戦でヒルロッドさんが中宮さんに見せた、強化部位を偏らせて無理やり軌道を変えるという、この世界ならではの剣。
ミアはたしかに【上半身強化】という人体にとって無茶が可能な技能を持っているのだが、アレはあくまで弓術用であって、コレは本来の使い方ではない。
たとえヒルロッドさんから提案されたとはいえ、昨日の今日でやらかすようなことではないだろう。
まさにミアのミアたる由縁を見せつけられた気分だよ。
たしかにミアは天才だ。天才だけど、方向性がおかしなことになっていて、一年一組の誰かが叱ってあげないといけないタイプのそういう存在なんだろう。
俺は担当しないけどな。
◇◇◇
「燃え残りがないか、確認してね。水撒きは厳重に!」
「忘れ物ないな? 草むらに忘れてましたじゃすまないぞ」
「荷物積み替え終わったよ。大雑把だけど、重量配分マシになったと思う」
朝のキャンプ場に様々な声が飛び交っていた。
一年一組とヘピーニム隊の面々がキビキビと動き、撤収準備を進めている。
「朝からすみませんでした」
「勉強になりました」
そんな騒がしい作業を免除され、俺と忍者の草間は廃村に戻って、足跡を題材にした人の痕跡についてのお勉強から戻ってきたところだ。
「なあに、お前らならすぐに俺より上手くなるさ」
もちろん講師はヘピーニム隊の斥候担当で【探索士】のミトラーさん。
朝靄の残る廃村の空気に俺も草間もビビり気味ではあったものの、それでもいい勉強になったと思う。
俺たち自身が残した痕跡も合せて、荷車や馬の在る無し、体重、歩幅、土の状態、野営の有無から人数規模。系統を立ててという感じではないが、ひとつひとつを指差して、俺たちが残したものと、十日くらいまえに来たはずの東方軍との違いを目で確認できたのはデカい。
掠れ具合が違うんだよな、たしかに。
人生でこんなコトをするようになるとは想像もしていなかったが、これもこの世界で生き残るための武器になるかもしれない。
ならば、やれることはやらなければということだ。
「お前らには恩義があるからな」
撤収作業が続く草むらに向かいながら、ミトラーさんがしみじみと呟く。
「そんなこと──」
「あるんだよ」
草間が言おうとした謙遜の言葉を遮って、ミトラーさんはニヤっと笑う。
「まだ息子と娘には伝えられていないんだけどな。父ちゃんはすげぇ部隊に選ばれたんだぞって、この任務が終わって、正式に配属が決まったら大威張りしてやるんだ」
そんなヤバさ爆発なミトラーさんのセリフに、俺と草間は青い顔で向き合ってしまった。
「ミトラーさん……」
「な、なんだよ、ヤヅ。顔が怖いぞ?」
「今のセリフ、王都に戻るまではもう使わないでください」
「なんでだよ」
「お願いします!」
マジ顔で頭を下げる俺と草間の様子にミトラーさんがドン引きしているが、知ったことではない。
「なんか、なんでもいいです。ほかにいいことあったんですよね!?」
「ほかにか」
いっそ悲壮感すら漂わせた草間が詰め寄る。
恩人のフラグをなかったことにするためなら、俺たちはなんだってやってやるぞ。
「一時金も出たし、『緑羽勲章』も貰えたな。『緑風』に入ったら給金も上がるし」
「それです! それでいきましょう。ウハウハで最高ってことで」
指折り数えるミトラーさんのセリフに被せるように、俺は全肯定をしてみせる。
いいじゃないか。金持ちになれて嬉しいなんていう下世話な感じが、実にいい。
「これでもう思い残すことはないとか、そういう気分はダメですからね!」
「なんだかお前らは難しいなあ」
念押しをする草間の肩を叩いたミトラーさんは苦笑いを浮かべたのだった。
勇者のことを変な連中だと思われたとしても、引けないところは引けない俺たちなのだ。