第404話 旅の荷車から
「一度やってみたかったんだよね!」
「そうかい。いい気分だろう?」
「うん。先頭だもんね」
隊列の先頭を歩くロリっ娘な奉谷さんが嬉しそうな声を上げれば、年齢的には完全に父親世代なヘピーニム隊のおじさんたちの顔が綻ぶ。
会話自体は父と娘、親戚のおじさんと姪っ子といった様相だけど、そこで行われているのは隊旗を槍の先にぶら下げた、所謂旗持ちとされる重要な責務だ。
迷宮を進むのに比べてはるかに縦伸びになってしまっている隊列だが、先頭を征くものがやるべきことはひとつ。
すなわち王国旗とヘピーニム隊の隊旗、そして書類上は生き残っている『緑山』の『帰還章』を堂々とたなびかせることだ。
その内のひとつを自信満々に掲げているのが身長百五十に満たない奉谷さんであることが、見た目の物理攻撃としてなかなかのダメージを俺に入れている。
こうして旗を掲げる意味がないわけではない。単純な盗賊対策でもあるのだ。
これを見せつけることで学のない賊に旗の意味はわからなくても、軍が絡んでいるヤベえ部隊だと誇示できる。近寄らせなければそれでいいという塩梅だ。
俺たちからしても、好き好んで人間狩りをしたいわけではないので大歓迎の事態ではあるが、賊に襲われるイベントが発生しない理由がまたひとつ、ってな。
軍が主導した、こういう人力による物資輸送は、そう珍しいものでもないらしい。
なにしろ五階位くらいになれば技能と合わせてその人は、地球基準ではスポーツ業界から出入り禁止を食らいかねない超人の領域となる。現実にこの隊列は中身の詰まった木箱を満載した四輪荷車を、二人だけで普通に引いている。
中途半端に餌とか手入れが必要な動物を使うくらいなら、自分の世話を自分でできる人間の方が使い勝手がいい。言葉が通じるというのは強いのだ。
ではこの国に乗馬文化が無いのかといえばそんなことはない。
後衛職で階位の低い文官貴族などは、普通に馬車や『人力車』を使うし、格式や疲労を考慮した移動のために軍の高官などは馬に乗るらしい。視界を高くできるのがいいのだとか。
そして俺たちはもちろん乗馬の経験はないし、移動のために学ぼうとは思わない。それをするくらいなら歩いて体を鍛える方が先だ。御者としてもまたしかり。
となればこの隊列の中でも偉い人なるガラリエさんなども付き合うという形になった。
『わたしなど乗った経験がある程度です』
だそうな。
ヘピーニムさんに至っては平民上がりの騎士爵なので、乗馬なんて気にしたこともないそうだ。なのに御者はできるらしい。こういうあたりにいろんな角度からアウローニヤ文化が見え隠れするのがなんとも。
もしかするとこの場にいるメンバーで乗馬経験が一番豊富なのって、ミアなのかもしれないな。
ちなみにだけど牛や馬などは魔力を持つけど階位は確認されていない。そのあたりは魔獣と似ているな。
俺たちはいまだ現物を見たことがないのだけど、魔力を持っているということは、さぞやパワフルなんだろう。ただし迷宮で魔獣を倒せるワケもないので、推定二階位程度ってところじゃないかと予想はされる。もっと強ければ開拓とか開墾とかでそういう事例が見つかるはずだけど、少なくともそんな資料は見当たらなかった。モンスターレベルの牛馬はいないんだろう。
そしてこれは同時に野生動物にも適用される。
この手のお話の定番として、魔獣と化した熊に襲われるというのがあるけれど、文字通り『人の手に負えない』動物は、どうやらいないらしいのだ。
たとえ魔力持ちだとしても、そこらの熊より階位を上げた人間の方が強い世界。
ウチのクラスなら……、滝沢先生が熊を殴り殺す姿が簡単に想像できるなあ。
はい。これで異世界モノの定番パターンがまたひとつ潰された。
どうなってるんだよ、この世界は。
「野来、どうだ?」
「うん。慣れたし、これくらいのペースなら楽勝だよ」
一番の先頭を歩く奉谷さんから少し下がった位置で荷車を引く【風騎士】の野来は、隣でペアを組むヘピーニム隊の人と頷き合ってから、俺に笑ってみせた。
たしかに強がっているような感じはない。今のところは本当に楽勝なんだろう。
先頭の奉谷さんもそうだけど、見た目とのギャップが酷いな。まるで虐待とか強制労働の図だ。
「道も広くなったしね。ただ、轍がなあ。デコボコも多いし」
名前すら聞かなかった漁村を出発してから三十分くらいで、王都パス・アラウドからペルメッダに伸びる東方主街道に出たのだが、大した太くも無く、しかも整備状態は決して良いとは思えなかった。石畳じゃなくて土なのがなあ。
ヘピーニム隊の人たちが言うにはこんなモノらしいけれど、日本人感覚としては許容には程遠い。
迷宮産の石だってあるのだし、せっかく【土術師】なんていう存在だっているのにこれだ。なるほど女王様が敵対して犯罪者になった連中を街道整備に送り込みたくなる気持ちもわかる。
「八津くんだって大変だよね」
「俺はまあ、最終的には一番うしろかな、やっぱり」
気遣いをしてくれる野来に、俺は苦笑いを返すしかない。
繰り返しになるがここは迷宮ではないし、しかも荷車がすれ違うのすらギリギリの幅しかない街道だ。
当然、俺たちの隊列は長くなる。具体的には先頭に斥候と旗持ち、そこから五台の荷車と両脇に警備、最後方がうしろの警戒といった感じだな。
荷車の長さが一台五メートルで、取っ手の長さと急ブレーキをかけることも考えて車間距離を入れると、一台当たり十メートルくらいを使うことになる。それが五台と前後の余裕を加えて、隊列は実に六十メートルを超えるのだ。
今までの迷宮戦闘では、どれだけ隊列が細くなっても前後距離は最高で三十メートルくらいだったはずだから、モロに倍。そんな列の面倒を見るのが俺の役目ということだ。
だからといって誰かに押し付けるわけにもいかない。むしろここまで長くなったからこそ、俺以外では全体管理が難しくなっているくらいだから。
「【目測】大活躍だよね」
「地上の方が便利な技能って、微妙だよなあ」
「僕だって【身体強化】と【体力向上】が無かったら、やってられないかもだよ」
「お互い様ってか」
「そそ」
お互い人間離れしているなと、野来と俺は苦笑いを交わす。
六十メートルの隊列、とくに車間距離を把握するとなると、俺の【目測】が輝きまくるのだ。
迷宮内での単純な部隊指揮なら奉谷さんやチャラ子な疋さんでもできるのだけど、今回のコレは難しいだろう。俺だって今は前後を巡回しながら様子見とヒアリング中だけど、できれば全部の車間距離をリアルタイムで確認したい。加えて周辺警戒もだ。
そんな位置取りを模索しているのだけど、野来に言ったとおりで、まあ一番うしろということになるだろう。
「ムリしてないなら速さはこれくらいでお願いします」
「ああ。こういうのは素直に疲れたって言わないと、あとで全体に迷惑がかかるからな」
俺の声に答えてくれた野来の隣のおじさんは、なかなか大切なコトを教えてくれた。
このおじさんと野来の引く先頭の荷車は、この隊列のペースメーカーとなっている。
積まれている木箱の中身は重量物が多くて一番重たいのがこの荷車だ。ついでに牽引している野来ともうひとりのおじさんは、ほかのメンバーに比べてほんの少しだけど非力なメンツだったりする。もちろんワザとだぞ。
要は一番遅い、言い方を変えれば速度を出すのが大変な車両を先頭にすることで、全体が安定したペースを保てるという寸法だ。
こういうのは輸送任務もしたことがあるヘピーニムさんたちに教わった。日本の高校生が思いつくことではないからな。
「じゃあよろしく」
「うん。任されたよ」
先頭の荷車を離れ、俺はうしろから来る荷車を待つ。
今のところ後衛職で荷車を引いている人間はいない。ウチのクラスからは藍城委員長以外の騎士職の四人と野球部の海藤だ。積極的な修行とかではないのだから、当面はパワーのある連中に任せるのが当然だろう。
とはいえ、一度は全員が試す予定もある。みんなで平等に、なんていう理屈もあるが、それよりもむしろなんらかの理由で後衛職が荷車を引き、前衛職が戦闘状態なんていうケースもありえるからだ。
荷車を引きながらの戦闘を想定したら、真っ先に名前が上がるのは射程が長い【音術】使いの白石さんか、口を出すだけの俺となる。
「なんで海藤とガラリエさんなんです?」
「ん? なんとなくだな」
「……そうですね」
道中のメンバーに聞き取り調査をしながら最後尾に辿り着いた俺が見たのは、並んで荷車を引く海藤とガラリエさんの姿だった。
おかしいな。ペアの基本はこういうのに慣れているヘピーニム隊の人と、ウチのクラスで一組ということになっているのだが。もちろん近衛騎士だったガラリエさんは俺たち側。
海藤はなんてこともないような返事だが、ガラリエさんには間があった。まさか……。
お姉さんキラーとも呼ばれる海藤はベスティさんとガラリエさんのお気に入りだ。ちなみにこの二人だけで、アーケラさんやシシルノさん、アヴェステラさんからは特段距離が近いなんてことはない。
そして、ベスティさんはさっきの握手会で海藤に抱き着いて場を沸かせていたのだが、ガラリエさんはその時どんな表情をし、どういう想いを抱いたのか。
考えてはいけない。アホらしいから。こんなことを口にしてガラリエさんを敵に回す度胸なんて、俺には無い。
見て見ぬふりが最善だ。なんか適当な話題はないものか、話題、話題は。
「野球部ってこういうのやりそうだけど、海藤もそうだったのか?」
こっちの世界には野球に相当する単語が無いのでそこだけ日本語だったものだから、ガラリエさんが首を傾げる。
となればもちろんあとで海藤から説明がなされるはずだ。二人に話題を作ってあげるとか、俺はなんて善良な人間なんだろう。
「重いコンダラってか……。昭和かよ」
そんな海藤から返ってきたのはノリツッコミだ。
マンガとかアニメに疎い海藤でも、さすがにコレくらいは知っていたか。野球モノだけに。
「これって鍛錬になるのか?」
「ああ。【身体強化】を切って【身体操作】だけにしてるんだ。力が入りつつ、疲れない歩き方ってやつだな。すよね? ガラリエさん」
「……そうですね」
ふと気になって聞いてみれば、海藤から返ってきたのはちゃんと訓練になっているという言葉だった。
ことスポーツトレーニングに関しては、ピッチャーな海藤とスプリンターの春さんはガチ勢だ。とくに【身体操作】についてのこだわりは、武術家の先生や中宮さんと並んで四天王と言ってもいいだろう。ウチのクラスって四天王が何組あるんだろうなあ。
同じく体を動かすのが得意なバレーバスケ部の笹見さんは大雑把で、ワイルドなミアと元陸上部の綿原さんは完全な感覚派。筋トレマニアの馬那に至っては、筋肉が語り掛けてくる感覚だそうな。知るか、そんなもの。
ところでガラリエさん、さっきから同じ単語しか言わないロボットみたいになってるんですけど。
「やっぱり一番うしろで上からが確実だと思うんだ。悪いけど」
「ああ。乗っていいぞ。八津なんて軽いもんだ。すよね? ガラリエさん」
「……そうですね」
もはやガラリエさんに触れるのはやめておこう。
とはいえ視界確保のために荷車の上に乗れば、どうやっても海藤ガラリエさんペアは俺の視界に入ってしまうのがなあ。二人の会話はどうでもいいのだけど、なんかガラリエさんに申し訳なくって。
くだらないことを考えても仕方がないので、俺は最後尾を歩く後方警戒担当の疋さんがヘピーニム隊の人と仲良く話しているのを確認してから、荷車の上に乗ることにした。
◇◇◇
「なんでまだ林の中なんだよ。とっくに抜けてないとおかしいのに。さっきの橋は上流側にズレてたし」
思わずグチが零れ落ちる。
人力荷車の荷台に座って楽をしているヤツの言うことかと突っ込まれそうだけど、俺以外だってこうなるはずだ。
なにかこう気疲れがすごい。俺だって【体力向上】持ちだから、体力的にはまだまだイケるのだけど、ちょっとこれは。
今現在、この荷車を引いているのはシャルフォさんと先生なんていう恐ろしいペアなのだけど、聞こえているのかどうか、俺の吐いた言葉には口を挟まない。
なぜ俺がこんなやさぐれモードになっているかといえば、受け取っていた地図が滅茶苦茶なのだ。
範囲は王都から東のモノで、王領の隣にあるイトル領からペルメッダとの国境を作るフェンタ領までを網羅している。
なるだけ正確で最新のモノをというこちらからのオーダーを受けてアヴェステラさんからもらった地図だから、勇者を貶めようというフェイクではあり得ない。つまりこの国の地図はこの程度だということになる。
以前に離宮で見たこともあるが、この世界の地図は有体に言ってデタラメだ。町や村、それを結ぶ道こそ記載されてはいるものの、縮尺が適当すぎる。
目印となる川やそこにかかる橋、山や森などは大雑把に描かれているのだけど、位置や大きさは適当。これはもう完全に海賊の宝箱を探す類の、そういう地図っぽいなにかでしかない。
中世物語にありがちな謎の生物を描いた挿絵だけは立派なのが、逆に苛立ちを与えてくるのだが。
そんなヤバい地図に従って、というよりひたすら街道に沿って行列は道を進んでいるのだが、距離感があやふやすぎて、いちおう誤差程度で済んでいた迷宮の地図との違いに頭がヤラれてしまうのだ。
【目測】などという正確に距離を測ることのできる技能があるお陰で、酷いデフォルメがかけられた地図が現実として晒されて、そのギャップに眩暈を起こしてしまいそうだ。
「くたびれてるわね」
「いっそ開き直りたい。最初から地図無しの方が気が楽だったかも」
「泣き言ね。明日からは街道を外れるんだから、今から慣れておかないと」
右下方から話しかけてきた綿原さんには容赦が装備されていなかった。
「そうなんだよなあ。せめて昼飯はこの林を抜けてからにしたいんだけど」
「そうね。こんなところだと斥候のみんなが大変そう」
とはいえ俺の両脇には荷車と同じスピードで泳ぐサメが常駐していて、そこからは励ましの雰囲気を感じなくもない。
一体俺はいつからサメの感情を読めるようになったのだろう。むしろそうであってほしいという願望を自分に押し付けているだけかもしれないな。
「自問自答してても監視をしっかりやってるのは偉いと思うわよ?」
「それが得意技で、俺の役割りだからな」
「そ」
やはりこのサメ、俺に綿原さんの感情を伝える機能があるのと同時に、こちらの内心をサーチしている疑いがあるな。
遠距離精神系技能なんて反則だろ。その上物理阻害攻撃が可能ときた……、アホなコトを考えている場合じゃないか。
荷車を引いている先生とシャルフォさんの肩がピクピクしているのも見えているし、あれはもしかしたら笑いをこらえているのだろうか。
「……先生」
「……どうしましたか? 八津君」
やっぱり間があった。
「視界はどうです? それと魔力の減りは」
「【視野拡大】は有効ですね。常に道の両脇が見えるのは助かります。魔力については【視野拡大】【視覚強化】【体力向上】を使って微減といったところです」
適当にひねり出した質問だけど、前者はともかく後者は俺の管轄外だ。
それでも先生は素直に情報を伝えてくれた。
荷車で移動を開始してからそろそろ三時間、まさに昼飯のタイミングなのだけど、それはさておき。
短時間ではあるものの、皆からの聞き取りによりもたらされた情報の内、共通したもののひとつが【視野拡大】の強さだ。
いつどこから魔獣がやってくるかわからない迷宮では……、ウチのクラスの場合は忍者の草間を筆頭にした斥候が強いので、バックアタックなどまずあり得ないけれど、それでも視界の広さは重要だ。
なんていう理屈で【視野拡大】を取得しているクラスメイトは多い。最初に取った先生の場合は、魔獣への警戒より先に対人戦闘での視野の広さを見込んでいたらしいけれど。
そもそも迷宮で魔獣と遭遇する場合は必ず扉を経由するのだから、侵入経路はバレバレなのだ。
むしろ多数の魔獣との乱戦になった時に、不意打ちを食らう可能性を低くすることにこそ【視野拡大】は活用されている。とくに前衛系メンバーなんかがそうだな。
俺だけは全体監視という意味で重宝しているので、ほかのメンバーとはちょっと違う用途なのが寂しい。
そんな【視野拡大】だが、こうして屋外に出るとありがたみが身に染みるのだ。
たとえば先生なら今言ったとおり、真っすぐ前を向いて荷車を引いている状態で街道の両脇が見えているという。
つまりちょっと視線を移動したり首を動かすだけで、ほぼ全周に視界が通るのだ。
偉そうに車上の人となっている俺ならば、そこに【観察】と【視覚強化】【遠視】【目測】を被せることで、全方向から現れるナニカを、距離まで含めて詳細に判断することが可能となっている。
全部をぶん回していたら魔力がヤバいことになるので、常に全力とはいかないのが残念だな。
この状態の何が良いって、精神的な安心感だ。
俺たちは明確な誰かに狙われているわけではないが、それでも極薄だけど刺客が放たれている可能性はなくもない。加えて山賊が出るかもしれないし、狼が襲ってくるかも。
そういう状況下で、早期に敵対する対象を判別する術が多数用意できているというのがハートに優しいのだ。
ウチのクラスの索敵能力者は、【忍術士】の草間は別格として、【視野拡大】持ちとして先生、海藤、石使いの夏樹、スピードファイターの春さん、熱水球を使える笹見さん、言わずもがなの中宮さん、騎士からは野来、佩丘、古韮、馬那、中距離ムチ使いの疋さん、そして氷を操る深山さんがいる。
実に十三人。クラスの半数以上だな。
しかも加えて【聴覚強化】を疋さん、中宮さん、春さんの三人が持っている。
アウローニヤ基準から見て常識外れの斥候力は、密かに一年一組のストロングポイントだ。容易く不意打ちができると思うなよ?
一年一組の面々は、ほぼ全員がすでに【視覚強化】【遠視】【暗視】【聴覚強化】を候補に出し終えている。毎日離宮から遠くを見たかいがあったというものだ。【聴覚強化】は『クラスチート』の影響が大きいかもしれないな。
ついでにいえば【反応向上】や【思考強化】もポコポコ生えているし。
そういう観点で見ればどんどん俺の持ち味が相対的に下がっていっているような気もするが、【観察】が強いのでそれはまあ。それと俺には【安眠】もあるからな。
「ん?」
考え事をしながらもちゃんと監視を続けていたら、【遠視】が前方の風景に現れたちょっとした変化を捉えてくれた。
立ち上がり視界を上昇させればさらに状況が見えてくる。
繰り返しになるが、ヘピーニム隊の隊長たるシャルフォさんと、書類上はまだ解散していない『緑山』団長な先生が引く荷車の上で仁王立ちの俺という図がヤバすぎるけど、今は置いておこう。
「もうちょいで林を抜けます。【目測】は射程外だけど、距離は……、一キロないかな」
「木の隙間を見たんですか?」
「はい。地図のとおりならその辺りに休憩用の広場があるはずなんですけど」
俺の言葉にシャルフォさんが呆れの混じった声で反応する。
視界が開けたとかじゃなく、木の隙間からさらに向こうの密度が薄くなったのを材料にした判断だからなあ。技能無しなら、この場所からだと林の切れ目は見えないだろうし。
普通に進めば十分もしないうちにみんなにもわかるだろうけど、ちょっとだけでも早く気付けたコトに、俺は小さな満足感を得てしまうのだ。
旅の初日はまだ半分だけど、ここまではおおむね順調ということでいいだろう。