第403話 グダグダなお別れ
「お待ちしていました」
漁村らしき集落の艀で俺たちを待っていてくれたのは、シャルフォさんを含む三名の兵士たちだった。
時刻は朝の七時過ぎ。
すでに朝の漁のために動き始めていた村人たちは驚いた顔でこちらを見ていたが、考えてみれば彼らはこの世界に来てから初めて見る一般的な平民の人たちだ。
ミルーマさんたちヘルベット隊が近衛の威風でガンを飛ばしまくっているお陰で顔を背けられてしまっているのがちょっと残念。なんか申し訳ない。
見た目というか服装は、とにかく革一辺倒といった感じだ。たぶん一層のネズミとか二層のウサギの皮が使われているのだと思う。全体的に継ぎはぎだらけで、色は茶色とグレー一辺倒。革のズボン、革の上着はボタンが無くて、革紐で縛っている簡単な作りをしている。迷宮で活動する運び屋たちを軽装にしたイメージか。
なんとなく西部劇を思い出すような恰好をした人たちだけど、全般的にお年寄りが多い。若者の漁業離れというよりは、これこそが噂に聞く徴兵の結果なのだろう。
「この村は王領ですし、これでもまともな方なのです。王都へ魚を届けるという役目もハッキリしていますので」
俺たちの困惑を見て取った女王様が、簡単に状況を説明してくれた。
そうか、これでもまだマシな村なんだ。
「荷車は村の外れです。そこに移動してから、最後の確認を」
「わかりました。ミルーマさん、いいですか?」
訝しげにこちらを観察している村人たちに俺たちの姿をさらしたくないのか、急かし気味なシャルフォさんの提案受けた藍城委員長は、念のためといった風にミルーマさんに確認をする。
女王様でもアヴェステラさんでもないのは、この場の護衛責任者がミルーマさんに他ならないからだ。
「わかっているわ。わたしもこんなところに長居はしたくない。ヘピーニム卿、周辺確認は?」
「わたしたちがここに着いて一刻です。怪しい動きは確認されていません」
「ならいいでしょう。移動を許可します」
完璧に高飛車なミルーマさんの物言いだけど、女王様の専属護衛にして近衛騎士団長だ。悪いけれどシャルフォさんとは格が違う。
どこか物々しい雰囲気を感じたのか、さらに遠巻きになった村人たちにミルーマさんが一瞥をくれてから、俺たちは移動を開始した。
◇◇◇
「すげえ。まんま荷車だ」
「やっぱり馬、いないんだね」
五分もしないうちに到着した村の外れには、五台の荷車が止められ、それを守るようにヘピーニム隊の隊員たちが周囲に散らばっていた。
古韮と野来の異世界オタコンビが言ったとおり、ここに馬はいない。したがって、目の前にあるのは荷馬車ではなく、ただの荷車だ。
どうやって移動するかなど聞くまでもない。人力だよな。
船といい荷車といい。この世界は人に頼りすぎではないだろうか。
一台が横三メートル、縦五メートルくらいの木製の箱で、四輪。
前方には引っ張るための引き手がくっ付いていて、並べば二人で動かすことができるようになっている。なんというか、呆れるくらいに簡単な構造だな。とてもじゃないが人が乗るようなタイプには見えない。乗客用の座席などは問題外で、馬車とかにある御者席も当然無し。
なんなら屋根もついていない。蓋の空いた車輪付きの浅い木の箱の上に、荷物である木箱が並べられているだけという有様だ。
「こちらでも荷物の確認は終了しています。一覧はこちらに。……ワタハラさんでよろしいでしょうか」
「はい。碧と美野里もお願いできるかしら」
「うん」
「ええ、もちろん」
シャルフォさんが取りだしたのは荷車に載せられた荷物の一覧で、受け取るのは迷宮委員物品管理担当の綿原さんだ。滝沢先生や委員長ではなく、綿原さんを名指しできるあたり、シャルフォさんは一年一組のやり方をわかっていらっしゃる。
綿原さんは調理班の上杉さんと書記担当の白石さんに声をかけ、リストの最終チェックに向かう。
「雪乃も。念のために【冷術】の掛け直しをお願いね」
「うん」
さらには【氷術師】の深山さんもが動員されて、荷物の中に含まれる痛みやすいモノ、たとえばシャケなどを念入りに氷漬けにするようだ。念入りなのが素晴らしい。
「あ、わたしも手伝うよ。一緒にやろうね、ユキノ」
「ありがとう、ございます」
見送りに同行してくれていた【冷術師】のベスティさんまでもが名乗りを上げて、弟子たる深山さんと並んで荷車に向かう。最後まで付き合ってくれて大助かりだ。
ならばこっちもやることをやらないとな。
「草間、周辺警戒頼む」
「うん。気配は無いよ、いまのとこ」
俺の言葉にすかさず【気配察知】を使った草間が、周辺に怪しい気配が無いことを伝えてくる。
「開けた場所だけど、どんな感じだ?」
「うーん、半径で百メートルくらい? いや、八十かな。たださ、視界が通ってるのが逆に気持ち悪いかな」
念のために聞いてみたが、草間も微妙そうな表情で首を傾げて答えてくれた。
慣れるまでは我慢するしかないんだろうな。
今までは王城や迷宮という周囲に石の壁があるような場所ばかりだったものだから、完全に視界が開けている場所だと感覚が狂うんだろう。
俺と一緒に離宮で実験はしていたのだけど、視界が通っていたのは湖ばかりだし、こういうモロに地上だとどうなるのやら。検証と練習を続けるしかないか。
「あとは上空かな。そっちにも気を配ってみてくれ。性能を知っておきたいし」
「うん、了解。八津くんは?」
「有効なのは十四キュビってところかな。離宮で試したのと一緒くらいだ」
「いいなあ。視界がそのまま性能だもんね」
「いや、見えてるのに【目測】の有効範囲は内側だから、見極めが難しいんだよ」
「そっかあ」
こちらを気を掛けてきた草間に、いちおう百二十メートルくらいは【目測】が通ることは伝えておく。
【観察】を筆頭とする俺の視覚系技能は普通に壁で効果が遮られるので、開けた場所だと使用感が変わってくる。
視点の高さこそ違うが、離宮からアラウド湖を見て練習はしてきたのだけど、こちらにも早く慣れておかないとだ。
「中宮さん、春さん、疋さんも。音を拾える範囲、各自で把握しておいて」
「ええ」
「うん」
「わかったよ。ど~せアタシが一番だろうしねぇ」
クラスに三人いる【聴覚強化】持ちにも声を掛けておくのだけど、チャラい疋さんの返事がいかにもだな。
盗賊やら野生生物やら、種類は置いておいて、これからは開けた場所での活動も増えるだろう。
俺たちはアウローニヤを脱出して冒険者になるのだが、帝国や聖法国、アウローニヤの反王女派からの追手が絶対にないとは言い切れない。
たしかに一年一組は離宮という鳥かごに押し込められていたのだが、それは同時に護衛が常にいてくれて、外からの侵入に対しては万全だったということにもなる。
ケージから外に出た俺たちは、自身を自分の能力で守らなくてはいけないのだ。
まるで、長いチュートリアルが終わったような気分になるな。
「君たちは相変わらずだね。せっかくの『外』なんだ。もっとはしゃいでもいいだろうに」
「湖の上で結構遊びましたし、落ち着く場所ができたら適当に気を抜きますよ」
苦笑を浮かべたヒルロッドさんが俺たちの行動に呆れているようだけど、アウローニヤに来て以来、ウチのクラスはずっとこんな感じだ。
クラス召喚なんていう異常事態に緊張していたからというのが切っ掛けだったが、事前の調査と即検証が大事だというのは、この世界に慣れてからこそ実感できるようになった。
抜くところは抜くけれど、その前にまずは調べごとからスタートっていうノリが定着しているのだ。
ウチには初手から腰の軽いミアとか春さん、夏樹、海藤なんかがいて、慎重派な田村や佩丘、中宮さん、上杉さんなどがいる。
俺や綿原さんは、どっちかな。どちらかといえば慎重派だろうか。ただしサメとか異世界ネタとかが絡むと振り切れる時もあるけれど。
そんな連中を委員長が上手いことバランス調整をして先生が見守ってくれている。
一年一組はそういう集団で、それこそが強みだと俺は思うのだけど、そんなのヒルロッドさんだってわかっているでしょう?
◇◇◇
「確認完了よ。問題は無し」
「そうか、ありがとう」
背後に上杉さんと白石さん、ついでにサメを引き連れた綿原さんが胸を張って報告してくる。
「危ないブツが無いかどうか、荷車の底まで調べたわ」
「そこまでしなくても」
「車体のどこかに爆弾なんて、基本でしょう?」
「どういうネタだよ」
どうしてこう綿原さんはバイオレンスネタに傾倒するのかなあ。
まあたしかに、荷物に謎の密輸品とかが混じっていて途中で逮捕なんてことにはなりたくないし、厳重なチェックは大歓迎だけど。
「じゃあ委員長」
出発の準備は終わった。最早することなど、ここから立ち去るか、目の前にいる人たちにお別れの挨拶をすることくらいしか残されていない。
委員長を促してはみるものの、寂しいな、やっぱり。
「湿っぽいのは昨日の夜までで十分ですよね」
薄く微笑んだ委員長がさらりと言ってのければ、その場の空気が少し軽くなった。
たしかに何度も繰り返すことでもない。むしろ重ねる程に立ち去るのが辛くなりそうだものな。
そういう委員長の気構えが頼もしいぞ。
「だから僕からは少ないです。今まで本当にありがとうございました。また、お会いしましょう」
「ありがとうございました!」
本当に短いけれど、心がこもっているのがハッキリと伝わる委員長のセリフに合わせ、俺たちはいっせいに頭を下げた。
うん、これくらいの方がいい。
クラスメイトたちがお互いに表情を窺い合って、俺と同じように納得しているのが視界に入ってきた。
「また会おうっていうのがいいよね」
しょんぼりムードになりかけていた文系な野来だって、どこか吹っ切れたようになっている。
野来はシシルノさんに見込まれていたし、ガラリエさんとは師弟みたいなものだからなあ。ガラリエさんはもうしばらく一緒だけど。
「だねぇ」
「アニメであったよな。またねっていうのがいいんだって」
「俺はとっとと日本に帰りてぇけどな」
「佩丘強がっちゃってぇ」
「んだとこらあ」
よし。いつも通りだ。これでいいんだと思う。
「うんうん、君たちはそうでなきゃ。わたしは王都で応援してるよ。戻ってきたら十三階位になっちゃってるかもね」
「皆さんには感謝の言葉もありません。お元気で」
ベスティさんが軽い調子で、アーケラさんは楚々とした、いつもの二人の挨拶が飛んでくる。
帰還のヒント次第ではアウローニヤに戻る気がある俺たちだけど、ウニエラ公国に行ってしまうアーケラさんとはこれっきりの可能性が高い。弟子たるアネゴな笹見さんは強がりながら笑っているけど、頑張れ、アーケラさんは泣き顔なんて望んでいないはずだ。
「俺は俺にできることをしておこう。国全部は無理でも、勇者の志を継ぐ者たちを鍛えておくよ」
ヒルロッドさんはもう寂しそうな表情などしていない。
むしろ『緑風』は任せておけと、大人な態度を見せつけてくる。
「君たちのペルメッダ行も短いだろう。ひと月もしたら、わたしが迷宮の秘密を暴いているかもしれないからね。競争だよ、勇者の諸君」
あくまで俺たちを同格の相手として扱ってくれるシシルノさんに、思わず仲間たちからも笑みがこぼれた。最後の最後までシシルノさんはふてぶてしくて、イカす人だ。
「わたくしの役目は、より『真っ当な』国を作る手伝いなのでしょうね。努力することを誓い──」
「堅いよアヴェステラさん。誓わなくたっていいから、ハルはわかってるから」
堅苦しくなったアヴェステラさんの言葉を遮って、額にハチマキ、もといハチガネを巻いた春さんがニカっと笑う。そうだよ、この場はそういう空気でないと。
「そうですね。時々力を抜いて頑張ることにしましょう」
思い直したように微笑むアヴェステラさんの表情は、出会った当初とそう変わらなく見えるけれど、やっぱり違うのがありありとわかる。わかってしまうのが嬉しい。
「わたしからもお礼を言わせてもらうわ。姫様……、陛下を救ってくれて、ありがとう」
付き合いこそ短かったものの、濃いキャラをしているミルーマさんも女王様をチラ見してから軽く頭を下げた。
取って付けたようだけど、感謝の気持ちは伝わってくる。もう少し出会う機会が多ければ、楽しい話ができそうな人だけに、そこがちょっと残念かな。
そして──。
「語るならば語り尽くすことはないのでしょうね。ですが、今はひとたびの別れです。ご壮健を祈ります」
名残惜しそうに女王様はそれだけを言って口を噤み、微笑んだ。
軽く顎を引く程度で頭を下げたように見えるが、場所が場所だ。変装しているからといって、あまり露骨なマネをするのもマズい。
本来なら女王様の見送りなど、せいぜい王城の艀までが限界だったはず。隔離された実験島ならまだしも、王城の外、しかも昼間に一般人のいる村落までなんて、現在の情勢を考えればかなりヤバい行動なのは俺にでもわかる。
ほんの少しの時間だって今の女王様には惜しいはずだ。
女王様だけでなく、アヴェステラさんを筆頭に、この場にいる大人たち全員はやらなければいけないことを山盛りに抱えている。
それでもこの人たちは、ほんの短い時間のために、ここまで来てくれた。
「あの、最後に故郷の風習を押し付けてもいいですか?」
「ほう? どんなだい? アイシロくん」
「『握手』です。手を握り合って、友好の印とする習わしですね。僕たちのワガママだと思って、お願いできますか?」
日本の風習と聞いて、すかさず食いついてきたシシルノさんに、委員長が解説する。
実はアウローニヤには『握手をする』という文化が無い。
感極まって手を握り合うということはあっても、そこに挨拶といった意味は含まれないのだ。
頭を下げたり拍手をしたりはあるのに不思議なものだが、直接の接触で技能が通るのを避けているんじゃないか、というのが委員長や上杉さんの見解だったりする。女王様の【神授認識】なんかがまさにソレだしな。
その割に肩に手を乗せられたりした記憶はそれなりにあるのだけど、そのあたりの境界線はよくわからない。
さておき、それなら逆に信頼の証としてということで、日本の文化を押し付けることにしたのだ。
予定外のアディショナルタイムにミルーマさんの眉がへにょっとなったが、そこはそれ、俺たちに害意が無いことくらい信じてほしい。
「いいねえ。まずはわたしから実践しようじゃないか」
「シシルノさん……」
そんなセリフを言った時にはもう、シシルノさんは委員長の手を握っていた。
いきなりの行動に委員長が目を白黒させているが、前衛職なんだからそれくらいはちゃんと反応してくれ。
「片手でいいのかな? 両手なのかい?」
「い、色々ありますけど、右手同士が基本です」
「そうかい、それから?」
「軽く腕を振るくらいで」
女性からニギニギと手を触られまくる展開に頬を赤くした委員長が、焦ったような声で応対している。
そこに色気的なモノは欠片も無いのだけど、シシルノさんは立派な金髪美人のお姉さんだ。
これは珍しいモノを見た気がするぞ。委員長のからかいネタは少ないので、是非とも記録しておかねば。ついでに女子メンバーのちょっとだけ温度が低くなった目つきも悪くない。
「ヤヅ」
「ヒルロッドさん」
あちらでワチャワチャしている委員長とシシルノさんを横目に、苦笑を浮かべたヒルロッドさんが俺に向かって右手を差し出す。
反射的に俺も手を出しかけて、そして自分が少し震えていることに気付いてしまった。
なんだろう、この感覚は。以前ネタにしたヒルロッドさんラスボスネタなんて冗談だろうに。
たぶん俺は、ビビっているんだろう。
別れの寂しさとかではなく、大人なヒルロッドさんが俺を対等な相手として扱ってくれていることに、体が勝手に反応しているのかも。
「ほら。これでいいんだろう?」
「……はい」
そんなこちらの感情を読み取ったのか、ヒルロッドさんはあちらから俺の手を取り、形だけは握手となった。
「父さん……」
「ん?」
「あ、いえ、なんでもないですっ」
思わず出てしまった声を俺は必死に誤魔化す。
やってしまった。これってアレだ。学校で寝ぼけてたら先生をお母さんとか言ってしまって、からかわれるパターンだろ。
だけどさ、ヒルロッドさんの手はデカくてゴツくて、営業職だった父さんのとは全然違うのだけど、それでもなぜか。
「ヒルロッドさん、俺──」
「ヤヅはすごいヤツだ。俺は知っている。仲間を信じて、強くなるといい」
「……はいっ!」
なんでここで泣かせにくるのかな。せっかく笑って終わりにしたかったのに。
すぐ傍では俺を励ますように、三匹のサメがフヨフヨと泳いでいた。
◇◇◇
「すみません。余計な時間を使わせてしまいました」
「いえ。お気になさらず。わたくしこそ、名残惜しかったもので」
委員長が女王様に謝っているが、言葉の先は半分ミルーマさんに向かっているような感じになっている。
なにせアラウド湖の東岸に上陸してからもう二時間近く、時刻はすでに九時くらいになっているのだ。
物資の確認に時間を使うのならまだしも、最後にグダグダになった握手会が余計だった。みんなで話し合って提案したこととはいえ、感情のアップダウンまでは予想していなかった俺たちである。
笑い合うヤツもいれば、泣いて縋る者までいた。とくに笹見さんが、な。ウチのアネゴは涙もろいのだ。ついでにベスティさんが海藤に抱き着いて、それもまた大騒ぎになったのも時間が掛った原因だった。うん、俺たちだけが悪いわけじゃないんだよ。
「じゃあ本当に出発しよう。八津、ユーコピーだ」
「アイコピーだよ。悪かった、委員長」
指揮権を譲渡された俺は、さすがに謝るしかない。俺も結構時間を使わせた側だからな。
「荷車分担よろしくです。先頭は──」
気まずい空気を吹き飛ばそうと、俺は声を張り上げる。
やたらと締まりないオチになったけど、あの人たちとの握手を出来て良かったのは本当なので、そういうことにしておこう。
◇◇◇
「八津君。すみませんが先行していてもらえますか」
「先生? はい」
やっと動き始めた隊列の最後方を歩く俺に、先生が小声で話しかけてきた。
このタイミングで一年一組だけを先に行かせるとか、実に先生らしくない行動だけど、俺に否はない。
なにしろ先生が自分の口で言い出したことだから。
「すぐに追いつきますので」
「わかりました」
先生はその場に立ち止まり、荷車を引いた俺たちは丘を登る。
状況に気付いたクラスメイトたちがチラチラとうしろを見ているが、誰もそれを咎めるような声を出したりはしなかった。
先生のさらに向こう側に距離は離れてしまったが、それでも女王様たちが立ち去らず、こちらを向いたままなのが見て取れる。
そんなアウローニヤの人たちに対して、隊列から離れた先生は静かに直立してから、ひとり深々と頭を下げた。
さっきのグダグダに対する謝罪を意味するのか、それともこれまでの全部になのかはわからない。それでも先生は先生なりの理屈があって、そうしたんだろう。
だから俺たちはそんな先生の姿を見て見ないフリをするのだ。
荷車の列が丘を越え、見送りの人たちの姿が見えなくなる頃になって、先生が何食わぬ顔で俺の横まで追い付いてきた。
「……お待たせしました。これからもよろしく頼みます、八津君」
「はい。任せてください」
先生に頼まれてしまったのだ、これはもう頑張るしかないだろう。
何を頼まれたのかなんてこの際、問題ですらないよな。
すでに見送りをしてくれている人たちの姿は丘の向こう側だ。
王城では感じることのなかった軽い風と共に、俺たちは旅路を進む。