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第393話 旅立つ鳥の最終確認



「ありがとう上杉(うえすぎ)さん、助かったよ」


「いえ。気にしないでください」


 説明を適任者に押し付けた藍城(あいしろ)委員長が、素直に頭を下げて感謝を述べる。

 それに対して微笑みながら鷹揚に受け流す上杉さんは、さすがの貫禄としかいいようがない。


「女王陛下のあの表情が演技だとしたら、わたしたちの負けですね」


「そ、そうだね。上杉さんもそう思うんだ」


 それを君が言うのかと、委員長は考えてしまったのかもしれない。引きつりかけた顔を無理やり平常モードに戻す努力をしているような。


 やっぱり上杉さんと女王様って黒い部分が似ているよなあ。



「わかったよ、わかった。最初っから言ってるだろうが。出てくのに文句はねえって」


 一連の会話が最終的にグダった毎度の展開に、強面の佩丘(はきおか)がくたびれたように自分の非を認めて、面白くなさそうに腕を組んだ。


「で、その逃げ回る時間って、どれくらいかかるんだよ」


「知るか。俺が聞きたいくらいだ」


 結局は早く山士幌に帰還したいという思いに言葉が直結してしまう佩丘に対し、小太りな田村(たむら)が噛みつく。


「あぁ?」


「佩丘お前、クドいんだよ」


 これはよろしくない。

 喧嘩がダメだという意味ではなく、これも毎度のパターンだし、結局はグダる。


 話が楽しく脱線するのは嫌いではないが、そのぶん時間は経過するわけで、こういうところは一年一組の欠点のひとつだと俺は思うのだ。決してドライであった方がいいとまでは思わないが、頻度がな。

 どうやら本人たちにあまり自覚が無いようなのだけど、指摘しにくくって。


「ストップだよ二人とも。中宮(なかみや)さんに怒られる」


「ちょっと(まこと)くん。そういう言い方、良くないわよ」


 委員長も委員長だ。なんでナチュラルに中宮さんを煽っていくのかなあ。



「ほらほら、いい加減にしなさい」


 あちこちで騒乱が巻き起こりつつある談話室に白いサメが舞い、綿原(わたはら)さんの声が響く。


 今回は綿原さんがシメてくれたか。

 俺が口を出すのは、どうにも力不足なんだよなあ。


「あ、ああごめん、綿原さん。ほらみんなも、話を続けよう」


 至近距離をサメが通過した委員長が慌てたように話題を立て直す。


 あのサメ、【魔力付与】を込めていたんだな。普段なら干渉して崩れそうな間合いを泳いでいたぞ。


「とにかく僕たちはアウローニヤを離れる。危険から逃れるためでもあるし、一旦王国との(しがらみ)を無くしておこうということだね。どうしたって今のアウローニヤは帝国に強く出ることができないっていうのが最大の理由で──」


「王城の中も危ないってこと。女王様もやってくれたわね」


 委員長の現状説明に中宮さんが言葉を加えた。どうにも中宮さん的には女王様はやりすぎに映ったようだ。


「『勇者は勇者らしく旅立ったので、感謝はしててもウチは関与できません』っていう理屈だよ。僕たちの危険もそれなりだけど、むしろそれを帝国に伝えた女王様の立場の方がキツいと思う」


「それはまあ……」


 女王様を擁護する委員長に対し、中宮さんがちょっと面白くなさそうな顔になる。

 そういう微妙な距離感がなんとももどかしい、とか俺が思ってはダメなのか。俺の方こそ……。



「誰がどう見たって勇者を逃がす茶番だってわかるでしょうね。女王様主導の物語だから否定しにくいだけで」


 俺が思いを馳せた対象、綿原さんがサメを浮かばせつつも、なんとも微妙な表情で女王様を語った。


 伝わるニュアンスとしては女王様に同情的なのかな。


「だからこそ、わたしたちは応えなきゃならない。女王様だけじゃなく、アヴェステラさんたちにも胸を張れるように」


「綿原さんの言うとおり。そしてなにより自分たちのために、だね」


 綿原さんのサメと委員長が、お互いに良いことを言ったと頷き合う。

 委員長、サメと対話しているように見えるのだけど、それでいいのか?


「で、僕たちがペルメッダに行っているあいだにこの国はどうなるか、なんだけど──」


 そこから委員長が語り出したのは、俺たちが不在となる期間、女王様がアウローニヤをどうするつもりでいるのかという話だ。



 まずは今まさに女王様が全力を尽くしている王城の安定。これはもう絶対だ。

 信用できる近衛騎士と王都軍の部隊を使って、しらみつぶしに不穏分子を摘発しているところだろう。同時に日和見派や旧王子派、旧宰相派への説得だってやっているはずだ。


 とてもではないが、俺たちが協力できるような部分ではない。しょせん一年一組は迷宮でちょっと活躍する程度で、対人でなにかができるような存在ではないのだから。

 ヴァフターたちの説得は例外中の例外。


 あとは女王様には勇者が付いているのだぞ、という後ろ盾としての役目だけど、それはさっき抹消されたばかり。


 不逞な輩を釣り出す餌くらいにはなれるかもしれないが、俺たちの安全を前提にするならば、やっぱりアウローニヤにいない方が確実なんだよな。

 そうすれば、まさに今離宮の警護をしてくれているイトル隊を別の任務に就けられるのだから。



「むしろ僕たちが役に立てそうなのはアラウド迷宮が一番だったんだけどね。けれどまあ……」


 王城についての現状を並べた最後に、委員長は迷宮について言及した。


 まさにそれこそ俺たちの望みで、本分だったんだよな。

 いつあたりからかは意識できないけれど、迷宮を望む自分たちがいるっていうことが驚きだ。レベリングジャンキーみたいなノリになるのは安全マージンを抱えつつって方向でいかないとだ。戒めておこう。


「考えるべきなのは、ペルメッダに到着してからのことかな。冒険者としてやっていけるか、衣食住をどうするか、どんな文化があって、どんな危険があるか。ある程度は調べはしたけど、現地に行ってみないことにはわからないものがあるはずだから」


「まぁた調べ直しかよ」


 指を何本か立てていく委員長に嫌味口調で田村がツッコムが、げんなり顔をしている同調者も多い。

 逆にそういうのが好きそうな上杉さんなどは微笑みが深まったような。


「自由研究だと思おう。『ペルメッダを詳しく調べてみよう』ってね。それとだけど、古韮と野来(のき)が担当だったよね、冒険者については」


「調べてあるけど、こっちもやっぱり現地のムードってヤツだな」


「うん。なんか不文律みたいのも多いみたいだし」


 冒険者と聞いて黙っていられなかったは、オタグループの古韮と野来だ。勝手に『冒険者調査グループ』を立ち上げて、アウローニヤで調べられる限りは頑張ってくれている。

 もちろん俺も参加したかったのだけど、お前は迷宮委員だろうと仲間外れにされたのは忘れてないからな。


「大まかには何度か話したけど、細かいコトを言い出したら一晩中かかりそうだから、道中でじっくり、な」


「ランク制度あるんだよっ、ランク制度!」


 バカみたいなテンションになっている古韮と野来が羨ましすぎる。

 周囲の、とくに女子たちの視線が冷たいことに気付くべきではないだろうか。


 とはいえ俺も概要以上のレベルで教えてもらってはいるし、ランク制度やクランなんかについては興味津々ではあるんだけどな。



「そうだなあ、この場で伝えておいた方がいいのは……、冒険者は国からの介入を極端に嫌うってとこか。もちろん制度としての優遇は別だぞ?」


 出し惜しみをするように語る古韮の横で野来がウンウンと頷いている。

 ウザいけど羨ましい。あの列に俺も並びたいんだけど、今は我慢せねば。ちくしょう。


「知っての通り冒険者は国籍を持たない。その代わりに……、なんだっけ、野来」


「帰属意識、でいいかな。迷宮ごとに、そこに所属する冒険者は身内で仲違いはしても、外敵には一致団結って感じみたい」


 息の合った説明を続けていく二人は実に生き生きとしている。


 この世界には残念なことに超国家的組織な冒険者ギルドは存在していない。

 ただし国ごと、というか迷宮単位で冒険者組合があるらしく、国は間接的に組合を経由して冒険者を管理する仕掛けになっているのだとか。


 で、迷宮ごとの組合が冒険者を勧誘するために、それぞれ優遇措置を取っているというワケだな。

 ペルメッダなんかはそれが盛んで、冒険者の国なんていう異名もあるようだし、それがまた冒険者としての結束を強めているという感らしい。



「でもそれって都合良すぎくない? もらうのはいいけど、キツい条件はイヤだってことっしょ」


 チャラ子の疋さんがツッコミを入れたのは、国家の介入って部分だろう。

 組合経由ではあれ、国からの優遇は受けるのに、逆はダメなのか、と。


「伝統らしいよ。冒険者は迷宮から素材を持ち帰るのが仕事であって、国の都合に従うのは筋違いだって」


 問いかけに答える野来にしても、首を傾げながらだ。


 繰り返しになるが冒険者は国籍を持たない。だから国に従う道理はないし、ましてや徴兵なんて問題外。しかも国単位で冒険者の誰かに手出しをしたら、組合をはじめ現地の冒険者から猛反発を食らうという寸法だ。


「それこそ俺たちが冒険者になる理由だ。国籍を無くしてペルメッダで冒険者をやっているぶんには、帝国も聖法国だって、直接的には手出ししにくくなるんだよ」


 野来と違って結論だけを大切にしたのか、古韮は胸を張って言ってのけた。


 たしかに都合のいい捉え方ではあるけれど、今の俺たちにとっては大切な要素なんだよな。

 この理屈だと、冒険者制度が犯罪者の逃亡先になるんじゃないかという懸念も当然出てくるのだけど、そのあたりは組合が何らかの形でシャットアウトするようになっているらしい。

 もちろんそれだって完全ではないし、国からの手出しにしても抜け道はいくらでもあるだろう。


 だから俺たちがペルメッダに退避するのは、現地で冒険者としてやっていくことができるのかと、アウローニヤが安定して勇者を安全に受け入れる態勢が整うか、両者を天秤に掛けながら様子を窺う形になる。


 ただし一年後、なんていうのはゴメンだ。

 そんなに待つのは勘弁してほしいし、ペルマ迷宮で帰還の方法が見つかる可能性だってあるのだから、どこにいたところで俺たちは深層を目指すことになるのだけれどな。



「『冒険者は兵士じゃない』。冒険者のお題目らしい。それなのにやっちまったのがアウローニヤだ」


「それが女王様の大改革、第一歩ってところだね。法律を無くすのは大変らしいけど」


 呆れた顔でアウローニヤの悪口を言った古韮を引き継ぎ、委員長が肩を竦める。


『冒険者強制動員制度』。そういう法律がこの国にはある。

 国籍を持たない冒険者を兵士として徴発できるという決まり。難民狩りと何が違うのかという話だ。理屈では行く当てもない流浪の民に職を与えてやるのだから感謝しろという感じだとか。


 で、アウローニヤからは冒険者がいなくなった。

 そういう経緯があるものだから、冒険者談義になる度に俺たち、とくに異世界大好きグループはこの国に呆れるわけだ。


 お陰でアウローニヤで迷宮探索を受け持つのは国軍の兵士か、アラウド迷宮なら近衛騎士に限られる。ごく一部、家族がいるからと冒険者を続けている人もいるらしいけれど、いつ徴兵されるかとビクビクしているのだとか。


 こういう現状が改善されない限り、俺たちがアウローニヤに戻ることは難しいだろう。

 やっぱり冒険者は大変だったから国籍ください、なんて言ったら速攻で軍隊送りだ。女王様に縋りついても近衛騎士が関の山かな。なによりダサすぎるし。



「あとは国全体の政治的安定だね。とくに南部」


「……宰相か」


 ペルメッダに行く理由について、みんなが意識を新たにしたあたりで委員長が話をアウローニヤに戻し、ミリオタな馬那(まな)が素早くそれに反応した。


 なんか馬那、そのセリフを言いたかっただけのように見えるのだけど。案の定、そこから先はだんまりだし。


「宰相さんは有罪無罪がハッキリしないまま、病気で休養。なのに近衛騎士総長と軍務卿は有罪。で、アヴェステラさんは『宰相代理』でなくて『内務卿』に就任。このあたりで想像はできるけど」


「できるんだ」


 委員長が意味ありげにメガネを光らせながら状況証拠っぽいフレーズを並べていけば、明るく夏樹(なつき)が尊敬の言葉を贈る。


 そんな夏樹の笑顔を受けて、メガネに指を当ててポジション調整をする委員長ってワリと俗っぽいんだよな。

 腰に手を当てた中宮さんは呆れた様子だけど。


「ネタバレはたぶん今夜、女王様とアヴェステラさんから、かな」


 ますます調子に乗った委員長は思わせぶりに口元を歪ませるのだ。


「シシルノさんと宿題の確認もあるもんね」


 朗らかに語る夏樹との対比がなあ。



 そう、今日の夕食には女王様をお招きし、そこには勇者担当者も全員出席することになっている。


 最後の晩餐と表現するとアレだけど、アウローニヤ最後の夜は、気心の知れた人たちと過ごそうじゃないか、ということになったのだ。当初は女王様は忙しそうだから誘うと悪いかな、なんていう話もあったのだが、アヴェステラさんがマジ顔になって仲間扱いをしてあげてくれと言ってきた。

 仲間外れなんていう考え方ではないのだけれどな。気を使っただけで。



「ところでこういうのに詳しい八津(やづ)なら、この先の展開はどうなると思う?」


 いよいよ打ち合わせも終了という段になって、黙って聞く側に回っていた俺に古韮が話を振ってきた。

 どうして古韮や野来は俺にメタいコトを言わせたがるのだろう。


「魔王と戦うハメになるんじゃないかな」


「さすがは八津だ。そうこなくっちゃ」


「だね」


 俺が気取って言い返してやれば、古韮と野来は嬉しそうに笑うのだ。


 そうだよ、俺はこういうノリに付き合うのが大好きだからな。

 ところで周囲、引かないでくれたまえ。



「んんっ。一年一組はいつかここに戻って来るんじゃないかって、僕はそう考えている。大切なのはその時じゃないかな。どれだけ強くなっていて、知識を得ているか」


 気を取り直したかのように、委員長がいよいよ最後のまとめに入ったようだ。俺の茶番はスルーされたか、とても残念。


「温いコトしてたら、ヒルロッドさんやシシルノさんに笑われちまうな」


 で、佩丘までもが委員長側か。俺の方には乗ってこなかったのに。


「確実なヒントさえ見つければ、ここに忍び込んででもやってやるさ」


「そのためにも力は必要デス」


「全員十六階位ならイケるっしょ」


 そんな二人に便乗して、田村やミア、疋さんまでもが調子のいいことを言い出した。

 いつものパターンだけど、やっぱり前向きでワイワイやるのがウチのクラスらしくていい感じだな。



「先の話も大事だけど、今は大掃除かな。二か月半もお世話になった離宮だし、立ち去るとなったらね。笹見(ささみ)さん、頼めるかな」


「あいよ。あんたら、最後なんだから徹底的にやるよ!」


「うーっす!」


 委員長が離宮の大掃除を提案し、美化委員にして温泉宿の娘な笹見さんがアネゴ口調で音頭を取る。


 離宮に間延びした声が響いた。



「あ、援軍かも」


 直後、メガネ忍者の草間(くさま)が意味深なコトを言い出し、三秒後には意味が判明する。


「失礼します」


 扉のノックと共に談話室に入ってきたのは、旧メイド三人衆がひとり、アーケラさんだった。

 すごいな。タイミングバッチリじゃないか。



 ◇◇◇



「わたくしはもう政治的に価値のある存在ではありませんから」


 まだ女王様の戴冠記念パーティの最中であるはずなのに離宮にひとり現れたアーケラさんは、普段通りの微笑みでそう言ってのけた。


「ほかの方々は大変なご様子でした。とくにガラリエさんとヒルロッドさんが……」


「……そうなんでしょうね」


 頬に片手を当てながらアーケラさんがのほほんとあちらの状況を説明をするが、それを聞いた委員長は沈痛な声を返すことしかできない。


 クラスメイトたちの大半も、パーティの光景を思い浮かべて、悲しそうな顔だ。

 いや、ミアや奉谷(ほうたに)さん、疋さん、夏樹あたりはいい笑顔か。上杉さんもアーケラさんと似たような微笑みを浮かべているし。


 とにかくだ、どうやらほかの勇者担当者たちは、まだしばらくは解放されないらしい。



「わたくしがみなさんとひとりでお会いするのも最後になるでしょう。改めて礼を言わせてください」


 そんなセリフでみんなの視線を集めたアーケラさんは、深く頭を下げた。


「どのような形であれ、バールラッド殿下の命が保たれたのは、みなさんのご尽力のお陰です」


「いえ、それは女王陛下が」


 微笑みながらもどこか緊張感を漂わせたアーケラさんの言葉に、委員長は気圧されたように返事をする。


「もちろん陛下やアヴェステラさんたちにも感謝をしています。ですが、あの方々に火を点け、このような状況を導いたのは、やはり勇者のみなさんたちなのです」


 そこからアーケラさんが語ったセリフは、まるで最初からシナリオが用意されていたかのように流暢だった。



 そもそも前の国王と第一王子は帝国の脅威を宰相や軍務卿に押し付けて、見て見ないフリをしていた。

 今日と同じ明日があると何の根拠も無く現実から目を逸らしながら、対応策だと言われて宰相から上がってきた書類にサインを入れていくばかりで。


 対帝国という名目で作られた法律や新しい税金などは、二代前の王様の時代からどんどん導入されていて、むしろ前王の時代、ここ十年くらいではちょっと緩められたくらいらしい。このままでは帝国と無関係に国が亡ぶと。

 なので相対的に、あの王様は民に優しいと思われていたのだとか。それには女王様も頭を抱えていたようだ。


「そんな治世が続けば、殿下が即位するのを待つこともなくアウローニヤは無抵抗で帝国に呑み込まれていたでしょう。その場合、殿下はどうなっていたか」


 微笑んでいるのに、声色には悲しみがまみれた言葉にみんなが黙り込んでしまう。


「よくて傀儡。ですが、それならばリーサリット陛下や第二王子殿下の方が適任とされていたでしょう」


 つまり第一王子は詰んでいたと、アーケラさんは判断していたのだ。


「最悪の事態ならば、民の留飲を下げるという名目で、王城の正門に晒されていた可能性すらありました」


 皆の表情が凍り付き、かろうじて【平静】を使いながら、アーケラさんの独白を受け流す。

 これが最後の機会だとアーケラさんは言ったのだ。ならばどんなにキツい内容だって聞き遂げなければならないから。



「帝国に対抗することも、公国に逃れることも選択できずにただ座っていただけのあのお方が、最後に……、本当の最後に、相手が誰であれ、剣を持ち、立ち向かう姿をっ、見せてくれたのです」


 途切れ途切れになったセリフをなんとか言い切ったアーケラさんは、微笑みをなんとか維持しながら、すっと涙を流していた。


「……無様を晒し、申し訳ありません」


「ううん。アーケラさんはそれでよかったの?」


 涙を拭うアーケラさんに、もらい泣きをしながらロリっ娘の奉谷さんが問いかける。


「はい。わたくしは、これ以上なく報われました。全てはみなさんのお陰です」


「ボクもアーケラさんにたくさんお世話になったから、おあいこだね!」


「はい。そうですね」


 揃って涙を流しながら笑い合う二人を見て、【熱術】弟子の笹見さんは豪快にもらい泣き状態だ。



「──みなさん、これから掃除をするのですよね? わたくしもお手伝させていただきます」


 何人かのクラスメイトが涙を流し、それが収まるまで少しだけの時間が経ってから、アーケラさんは微笑みながらそう言った。どうやって俺たちの行動を予測したのやら。


 最後までアーケラさんは優秀な王城侍女だった。



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― 新着の感想 ―
でも伝承を使っちゃったことで聖王国とは接触その物が拙いんだよね。 「(伝承にのっとり)お迎えに上がりました」この一言で動けなくなるんじゃないかな?。 戴冠式で『緑山』退出後、教会の人に「では「伝承通り…
>「最悪の事態ならば、民の留飲を下げるという名目で、王城の正門に晒されていた可能性すらありました」  ここで、どんな形で晒されているのかを創造したかで性格が少し分かるかもですね。  火あぶりみたく縛…
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