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第392話 情勢と彼女の心を探ってみれば



「キャルシヤさん」


「アイシロ……、だけじゃないな。みんなワリといい顔をしているじゃないか。安心した」


 謁見の間から出たところで俺たちを待ち受けていたのは、キャルシヤさん率いるイトル隊だった。


 どおりで最後の方で姿を消していたわけだ。見送りの席にいなかったのはこういうことだったのか。


「離宮までの護衛と、今晩のお守りだ。中に入るつもりはないよ」


「ありがとうございます」


 豪放なキャルシヤさんがニカっと笑い、藍城(あいしろ)委員長がクラスを代表してお礼をする。


 颯爽と広間から出てきたはいいけれど、このまま俺たちだけで離宮に戻っていいのかどうか、キャルシヤさんに迎えられるまで頭になかったな。


 俺たちは素直にイトル隊に護衛を任せ、離宮への廊下を歩き始めた。



「わたしは従来通りの表門から魔獣を狩る。別口は『緑風』に任せるさ。それでいいんだろう? ヤヅ」


「はい。それが女王様の狙いだと思います。あとはガラリエさんとの連絡も大事に、ですね。情報交換をして新しいアウローニヤ風が作れれば最高ですから」


「わかっているさ。まったく、可愛げのない子供だな」


 前後をイトル隊の騎士が守りつつ、キャルシヤさんは一年一組と一緒になって歩いている。


 当然雑談じみた会話になるわけで、今の会話の相手は俺。

 キャルシヤさんとは反対側の横を歩く綿原(わたはら)さんは白いサメを出現させて、どこか機嫌が良さそうだ。キャルシヤさんが俺と会話をすると警戒態勢に入りがちな綿原さんだけど、最後ということもあるし、どちらかというと式典でサメを出せていなかった鬱憤が開放された方が大きいのかもしれない。


 綿原さんはサメと共にあってこその女子なのだ。山士幌に戻ってから、サメロスになったりしないか心配なんだけど。



 さて、前衛重視で力押しをするアウローニヤスタイルをキャルシヤさんやゲイヘン軍団長が引き継ぎ、ガラリエさん率いる『緑風』は勇者風を実験的に導入する。これがこれから王国が挑戦する態勢だ。

 大切なのは情報共有と話し合い。これまでは常識と貴族としての優劣が幅を利かせていたこの国だが、これからは変わる、はず。


 だからこそ、こうやって理解を示してしてくれているキャルシヤさんが頼もしいし、女王様もそのあたりを見込んで総長代理に据えたのだろう。


「総長と『紫心』の両方なんて、大丈夫なんですか?」


「バレバットの気質は知っているから問題ない。わたしが陛下に従う限り、ミルーマは味方であるだろうさ。ラスキトラもだな。ミルトラルの爺様は妙な考えを持たないし。ギッテルは……、木っ端だからいい。陛下の差配に抜かりはないよ、アイシロ」


 ちょっと政治的な部分に踏み込んだ委員長の問いかけに、キャルシヤさんが苦笑を浮かべながら新しい近衛騎士団長たち名前を並べていく。


 総長としてのキャルシヤさん視点からなら……。


 元々第四『蒼雷』の団長だったバレバット・キュラ・ジクートさんはキャルシヤさんと仲良しらしいから問題はない。

 新しく第五『黄石』の団長になるミルーマさんの腹心なウルハイア・マージ・ラスキトラさんはミルーマさん次第。

 栄転なのかは微妙だけど女王派で第二『白水』の団長に抜擢されたお爺ちゃんなアートニア・イェハ・ミルトラルさんは野心を持たない人らしい。

 そして第六『灰羽』団長はケスリャー・カー・ギッテルが留任だけど、キャルシヤさんにかかればザコ扱いか。


 もしかすると第三『紅天』のミルーマ・リィ・ヘルベット騎士団長こそ、キャルシヤさんが一番気を使わなければいけない相手なのかもしれない。



「それよりも肩が凝りそうなのがなあ。わたしは『蒼雷』が気に入っていたんだが」


 平民騎士団である『蒼雷』にすっかり馴染んでいたというキャルシヤさんは、バリバリの上位貴族騎士で構成された『紫心』と総長代理なんていう肩書が重たいようだ。


 だからといって女王様からのご褒美人事だからなあ。実力込みで任命されたら、断れるわけもない。


「なら近衛全部をそうしちゃえばいいんじゃないですか? 全部はムリでも『紫心』だけなら」


「それはいい。貴族騎士共の性根を迷宮で叩き直すとするか」


 弟系の夏樹(なつき)が明るい表情で物騒なコトを提案し、それを聞いたキャルシヤさんが獰猛な笑みになった。


 相変わらずだけど、夏樹は天然でヤバいことを言い出す傾向があるんだよな。

 キャルシヤさんを焚きつけた張本人ということで記録に残しておいた方がよさそうだ。



「陛下に呼び出されて親父殿の過去の悪行を突きつけられたのがつい先日で、気が付けば伯爵だ。わたしもわけがわからない」


「……それは」


 どこか遠い目になったキャルシヤさんの言葉に、委員長が返事に詰まる。


「領地の夫と娘に聞かせれば、どんな顔をされてしまうのか。……楽しみではある、かな」


「ご家族はイトル子爵領……、これからは伯爵領、でしたか」


「東に一日だ。ふた月に一度は顔を出せている。アイシロは気を回しすぎだな」


「あ、いえ」


 キャルシヤさんは単身赴任だったのか。娘さんは小さいはずだけど、領地を代官に任せて王城に連れてきてはいなかったんだ。


 貴族の親子関係っていうのは生活環境も含めていろいろと大変だな。ガラリエさんも実家が遠くて、ひとりで王城に出仕してきているクチだし。



「それより今は目の前の堅苦しさだ。勇者を送り届けたその足で祝宴会場だからな」


「あはは、お疲れ様です」


 笑い顔を苦笑に切り替えたキャルシヤさんに委員長が同じく苦笑で返す。


 実は今まさに、戴冠式が終わったお祝いで会場を変えて祝宴が行われているのだ。

 ちょっと遅い昼食っていう時間帯だけど、この場にアヴェステラさんはおろか、役職的には手隙のアーケラさんまでもが同行していないのはソレがあるからだったりする。


 キャルシヤさんなどは伯爵への陞爵組だ、現地に着いたら建前上だけでも人に囲まれて大騒ぎになるのだろう。

 同じく新しく男爵になったヒルロッドさんやガラリエさん、ジェブリーさんなんかも大人気だろうし、シシルノさんは……、そういうのを上手くあしらうんだろうな。そういうのが目に浮かぶようだ。


 俺たち勇者はもちろんハブ、というか、今の俺たちが祝宴などに参加したら大変な騒ぎになりかねない。

 背後からザックリという可能性は薄くても、女王様に繋ぎを取りたい連中やら勇者に媚びを売って一発逆転を狙う貴族共に取り囲まれるに決まっている。


 よって勇者たちの出席は無し。最後まで勇者は離宮に籠るミステリアスな存在であり続けるのだ。

 迷宮ではワリとフランクに出会えたのにな。とくに聖女な上杉(うえすぎ)さんや御使いの奉谷(ほうたに)さんなどは、迷宮の中でなら簡単に握手すらできたのに。

 アウローニヤ貴族達よ、勇者に出会いたければ迷宮に、ってな。もう遅いんだけど。



「わたしが会うのは明日の朝が最後かな。ありがとう。本当に感謝している」


「こちらこそです。キャルシヤさんには良くしてもらいました」


「そうか。それなら良かった」


 離宮に到着したところでキャルシヤさんとはお別れになる。


 クラスを代表して委員長がお礼を言い、キャルシヤさんはそれに答えてから笑って去って行った。


 ほんと、豪放で気持ちのいい人だよな。政争に巻き込まれて可哀想だとも思うけど、キャルシヤさんなら迷宮で鬱憤を晴らしてしまうだろう。それとも地元で癒されるのかも。



 ◇◇◇



「じゃあ現状の確認とこれからを話し合おうか。好きに口を挟んでいいから、気軽にね」


 離宮に戻った俺たちは遅くなった昼食を終えたあと、談話室で好き勝手に陣取って委員長の言葉に耳を傾けている。


 この場にいるのは一年一組二十二人だけなので、一切の隠し事も、遠慮も必要ない。


「僕たちは明日の早朝、六時、こっちでは三刻に離宮を出て、船で東側の対岸に出る。そこからは四日をかけてペルメッダとの国境を目指すことになるね」


 明日からの予定を淡々と委員長が語っていく。

 この内容自体はすでに何度か聞かされているので、誰も文句を付けるクラスメイトはいない。ただし面白くなさそうな顔をしているヤツはいるんだけどな。


佩丘(はきおか)は納得いってない?」


「いや、決まったんだから文句はねえ。ただよ、遠回りが気に食わねえだけだ」


 委員長が苦笑いをしながら確認を取ったのは、強面ヤンキーな佩丘だ。


 山士幌に戻りたいと願うメンバーの中でも、速度優先で一刻も早くという派閥の筆頭格だな。

 同じ派閥にはいがみ合い友達という複雑な関係のお坊ちゃん田村(たむら)がいて、ほかにはアネゴな笹見(ささみ)さんなども含まれる。


 ではこの三人以外はどうなのかといえば、本当に最初期の話し合いで帰還を躊躇した忍者の草間(くさま)、チャラ子の(ひき)さん、朴訥な馬那(まな)だって、帰還を望む側となりクラスの意思は統一されている。

 むしろ疋さんなどは、もしかしたらすぐにでも帰りたい佩丘サイドに転向した感じすらあるくらいだ。


 それでもクラス全体としての考え方は『安全に全員が確実に』という大前提に基づいている。


 焦っても意味がない、とまでは言わないが、程度の差こそあれ、危ない橋を渡るのはちょっと避けておこうということだな。

 それこそが今回のアウローニヤからの脱出が持つ意味だ。



「俺たちが飛ばされたのはこの国で、しかも『召喚の間』だ。普通に考えれば、帰る場所もあそこだろうが」


「そうだね。佩丘の言うとおりだ。僕もそう思う」


 愚痴っぽい口調になった佩丘が、至極真っ当なコトを言う。当然すぎる内容に、委員長も素直に返事をした。佩丘の怒気を受け流しているともいう。


 この場にいる誰もが、そして仲良くしてくれているアウローニヤの人たちだってわかってはいるんだ。

 たとえノーヒントであれ、入口が『召喚の間』ならば、出口だってそうではないかと。そこに魔力や迷宮が関わってくるとすれば、正解はアラウド迷宮に落ちている。


「それが面白くねえ。アラウド迷宮に籠ってた方がマシかもって思うくれぇだ。あ、……すまん、八津(やづ)


「あ、いや。大丈夫。本当だからな?」


「……そうか、ならいいんだけどよ」


 迷宮に籠るという単語を使った佩丘が、俺に視線を向けて謝ってくるのだけど、こういうところがコイツのタチが悪い部分だ。

 語気が荒くて強面なクセに、しっかりと気を回せるのがな。


 どうやらクラスメイトからしてみると、俺は未だに迷宮恐怖症扱いのようなのだ。

 たしかに俺がヤバいコトになったのが一昨日で、まだ四十八時間も経っていない。俺自身はみんなとのドタバタ騒ぎですっかり元通りの気分なのだから、気を使われるとむしろ困るのだけど。



「一時退避だと思うしかないわね」


 俺のせいで悪くなりかけた空気を振り払ってくれたのは、副委員長の中宮(なかみや)さんだった。

 黒髪ポニーをなびかせたサムライ美少女は、あっけらかんと結論を言ってのける。


「アウローニヤに居続けるのは危ない。それはみんなもわかっているし、ペルメッダで冒険者? それが一番穏当なら、わたしはそれでいいと考えるんだけど。強くなれないわけじゃないんだし」


「帝国も聖法国も、もっといえばアウローニヤの負け組貴族も危ない。女王様の提案は真っ当だよ」


 続ける中宮さんに委員長が合いの手を入れるように言葉を被せた。なんだかんだで委員長と副委員長は気の合う二人なんだと思う。

 けれど中宮さん、ちょっと武力方面に偏っていないだろうか。強くなるのは手段であって、目的ではない。わかっているとは思うのだけど。


 まあいいか、危ない傾向になったら委員長あたりに任せておけばいいんだし。


「嫌なコトは言いたくないんだけど、これからは勇者を殺してしまおうっていう人間が現れる可能性すらあると、僕は思うかな」


「どういうことさ、それ」


 そこで爆弾発言をした委員長に、怖い顔になった(はる)さんが問いただすような口調で聞き返した。彼女は正義感の強いタイプだし、身内の危険を見過ごせないんだろう。


 それにしても、殺される? ちょっと聞き捨てならないくらいに物騒なフレーズだよな。


「さっきの式典、建前でも女王陛下は勇者の承認で即位したのはわかるよね。強引な戴冠だけど、それが勇者の薦めだからって」


「勇者って便利な言葉だねぇ」


 こんどはチャラい疋さんの合いの手だ。

 春さんとの温度差が酷い。そういう緩急で話し合いが進んでいくのがウチの特徴なんだけど。


「現状、もしも勇者が害されたら陛下の面目が丸つぶれになって、もしかしたら即位の正統性まで言及されるかもしれない。もちろん法的には文句なく王様のままだろうし、その時は大粛清になるかもしれないけれど、女王様はそんなのを望むはずがない」


 委員長が考えているのは、やけっぱちになった負け組貴族が暴走する可能性か。

 もちろんそこには近衛騎士クラスの武力集団だって含まれているわけで。


 犯人が誰であれ勇者が何者かに殺されたなら、それは女王様の行いが悪かったから、なんていう無理やりな理屈をブチ上げて悪口に使う。

 まさかここにまできて、勇者は女王様の弱点にもなったっていうのかよ。


「ひっでぇな。八津たちには悪いけど、人質どころじゃないってのかよ」


 嫌そうに腕組みをした野球小僧の海藤(かいとう)が吐き捨てる。


 さっきの佩丘といい、毎度名前を出される俺だけど、なんかクラスに迷惑かけっぱなしだな。

 それは置いておいて、俺たち勇者の価値は存在そのものだったから殺される可能性は低いと思っていたのだけど、今度はそれを消し去ることで女王様の政治にダメージを入れようっていう(やから)が出てくるのか。


 これまでは看板として生かして活用したいという考え方が主流だったのに、女王様の後ろ盾になったとたん、そういう立ち位置もありえると。



 さっきまで女王様をはじめとするアウローニヤの心づくしに感動していた俺なのだけど、こういう見方もあるのかと思い知らされる。

 もちろん委員長や、それこそ佩丘だって、俺と同じようなコトを感じていないはずがない。感動は感動で、それは素直に受け止めればいいと思う。


 だからといって別の側面や個々の信念は別問題だということだ。


「僕もここまでハッキリ思うようになったのは、式次第と今日の女王様を見てからなんだ。もっと早くに言っておいた方が良かったかもだね。みんな、ごめん」


「……どういうことかしら?」


 申し訳なさそうに軽く頭を下げる委員長に、サメを浮かばせた綿原(わたはら)さんが訝しげに問いかけた。

 とはいえ剣呑な雰囲気というわけでもなく、疑問を払拭したいといった感じが強い。


「クーデター当日にやった『勇者と王女殿下』のやり取りは一部の人しか見ていないし、女王様ならいくらでも情報をいじることができたはずだと思う。けれど今日のアレは、ちょっと取り繕い様がないかなって」


「わたしの挨拶がマズかったでしょうか」


「ああ、いえ、とんでもない!」


 委員長が説明を続けるにつれ、眉毛が下がっていっていた滝沢(たきざわ)先生が、ついに口を挟んできた。


 こういう場面では滅多に出張らない先生が申し訳なさそうな顔をしているのを見て、委員長が大慌てで両手を振る。

 中宮さんの目が厳しくなっているのに気付いているかな?


「アレは最高だったと思ってます。ちゃんとわたしたちの総意だったし、カッコよかったし」


 ああダメか。なんかもう中宮さんがモードに入ったくさい。どうするんだよ、委員長。


 女王様たちによる見送りからの感動はどこへ行ってしまったのやらだ。

 アレは紛れもなく本当のことだったけれど、こっちの側面も嘘じゃない。物事っていうのはどうしてこう、面倒なんだろうな。



「落ち着いて(りん)ちゃん。ああ、えっと、こういう時は……、上杉(うえすぎ)さんっ!」


 そして委員長はぶん投げた。

 投げたボールの行く先は、我らが聖女、上杉さん。


「わたしですか」


「あ、ああ。頼めるかな」


「拙くなりますけれど」


「それで十分だから」


「それでいいなら、はい」


 なんかもう必死な雰囲気の委員長の救助要請に、片手を頬に当てて首を傾げた上杉さんはおっとりと答える。

 いつも通りの安心感と貫禄だな。俺なんてすでに、言葉を聞く前から納得しかけているくらいだ。



「状況の順序を考えればいいと思います」


「状況? 順序?」


 唐突に上杉さんが持ち出した単語に、誰かが同じ言葉で聞き返す。


「状況の変化をまとめるといいんじゃないかと。クーデターの前と後、今日の式典の前後で」


 ちょっと回りくどい上杉さんの物言いだけど、委員長は深く頷いている。

 ほかの連中はほとんどがまだわかっていないようだな。俺もだけど。


「クーデターに失敗するという未来は、すでに消えました。その時点でわたしたちがアウローニヤを離れるのは確定しています。女王陛下もわたしたちも納得した上で」


 やっと理解できるようになった上杉さんの語りに、みんなは静かになって聞く側に回ったようだ。


「そこで女王陛下はご自身の政権安定とわたしたちの安全の天秤に掛けて、ああいう舞台劇を描いたのではないでしょうか」


「俺たちが出ていくのを前提にした舞台、か」


「はい。古韮(ふるにら)くんの言うとおりだと思います。伝承を使い王権の正統性を演出した、といったところでしょうか。さらにはそこで勇者の旅立ちを大々的に喧伝することで、まるでわたしたちが立ち去るのが必然であるかのように周囲に思わせたのです」


 上杉さんの言葉にやっと納得がいったように、聖女教徒な古韮が言葉を挟む。

 なるほど、俺も理解ができてきた。


 生死はさておき、アウローニヤに居続けるのが危ないのは事実だ。なので今日の舞台があろうとなかろうと、脱出するのは確定している。

 そんな俺たちが逃げ出したかのような印象を与えないために、勇者が立ち去る理屈をそれっぽく、さも運命であるかのようにした。


 悪い表現をすれば、どうせいなくなる勇者なのだから、女王様は最後まで自分の権威付けのために使い尽くそうとしたとも捉えられる。



「もしも王城の中でわたしたちの……、その、遺体が見つかったなら、委員長の懸念の通りになるかもしれません」


 沈痛な面持ちになった上杉さんが、とてつもなく重たいコトを言い出し、場が静まり返る。


「ですが、わたしたちは明日には王城を去るのです。そのまま行方知れずになったとしても、それは伝承の再現ですね。もう勇者は消えても問題ないんです」


「……なるほど。ヘタをしたら美談にすらできる、のか」


 背筋が寒くなるような上杉さんのセリフに、古韮が唸る。


 俺たちはもう、消えてもいい存在。どうせアウローニヤからいなくなるのなら、そのまま消えた方が伝説っぽくなっていいまで、あるのか。


「女王陛下は勇者が旅立つまでの今日一日、わたしたちの安全を絶対に確保すると思います。祝宴に呼ばないのも、信頼できるイトル隊を警備に回すのもそういうことでしょう。もしかしたら今晩、ネズミ狩りが行わる可能性すら思い浮かびます」


「上杉さん……」


 想像の翼をヤバい方向に羽ばたかせる上杉さんに、さしもの古韮までもがドン引きの様相だ。そこまで考えが及ぶのかよ。


「さっきの式典で女王陛下が『勇者は五日後にアウローニヤを去る』って仰っていましたね」


「ああ、それ。ハルも気付いてた。嘘つきだよなぁ、って」


 上杉さんの言葉に反応する春さんに釣られて、何人かが頷いている。もちろん俺も気付いていたし、すぐ傍ではサメがウンウンと頷いているから綿原さんも承知なんだろう。


「アレは本当なんですよ」


「え?」


「春さん、女王陛下は『アウローニヤ』を去るって言っただけで、『王城』とは言っていないんです」


「えっと……、あ!」


「はい。わたしたちが明日の早朝にこの城を出るとして、この国の東端、フェンタ子爵領から越境し、ペルメッダに入るのが──」


「五日後ってことかあ。ズルいよね、女王様って」


「わたしたちはまだ、なんの書類にもサインはしていません。全ては口頭で確認をしただけですから。越境時に手続きをするとすれば、記録上では本当に五日後になるんですよ」


 上杉さんによるネタばらしに、クラスメイトたちがため息を吐く。

 暗黒な何かを持つ者同士、分かり合うモノがあるのだろうか。上杉さんは女王様の考えを読むのが上手すぎだろう。


 それとだけど、国境を越えるあたりで書類の山と格闘する自分たちを想像して、ちょっと嫌な気分になってきたぞ。



「だけど五日って話、セコい小細工だよな」


 めげない古韮は、それでも再ツッコミを試みた。

 だけど無理だよ、古韮。それに対する答えは、俺でも想像できるぞ。


「そうですね。女王陛下としては軽い牽制程度だと思います。ですが優秀な方こそ騙されない。それこそ今夜あたり」


「だからネズミ狩り……」


「怖えぇ」


「結局は俺たちを餌に使ってるだけじゃねぇか」


 まさかのネズミ狩りがここで繋がるのか。上杉さんの話の持って行き方は参考になるなあ。

 ざわめくクラスメイトたちを他所に、俺は妙なところで感心してしまう。


 などと現実逃避をしかけるが、俺としてはひとつだけ確定させておきたいことがある。

 あの女王様に限って──。



「ここまで言っておいてなんですが、わたしは女王陛下を信じます」


 そう言い切った上杉さんは、普段以上に慈しみを含めた微笑みを浮かべていた。


 ああ、上杉さんもそう思ってくれていたのか。

 上杉さんだけじゃない、みんなもだろう?


「たしかに芝居がかっていましたし、大仰な部分も多かったとは思います。ですが……」


「うん。ボクは信じる! 女王様はできることを精一杯やろうとしてたんだって思うから」


 聖女な上杉さんと御使い奉谷さんの意見が一致したようだ。ならばこれはもう、確定事項ってことで。


「ワタシの目に狂いはありまセン。名前をもらった女王様は、嬉しそうデシた」


 ついでに野生なエルフジャッジがミアからもたらされた。確証がマシマシだぞ。



「あんな顔されちまったらなぁ」


「魔性っていうのかな、あれって。反則だったよね」


「ちょっとマネしてみなよ、ミア」


「お茶の子デス。こうデスか?」


「全然違うんだけど」


「あははは」


「ほら先生、そろそろ元気出してください。みんなは大丈夫ですから」


「はい。申し訳ありません」


 脱線気味の雑談モードになってしまっているが、委員長や中宮さんはそれを咎めない。むしろホッとした様子なくらいだ。


 そりゃそうか。ここまできて女王様は酷い人だなんて結論など、無意味な上に考えたくもない。



「八津くん、あの時の女王様に見とれてたんじゃないかしら?」


「ところが驚きなんだけどね、綿原さんの方がずっとだったんだよ」


 自ら罠に掛ったな、綿原さん。俺はしっかり観察していたのだ。


「えっ? そんなワケないでしょっ」


「そうかなあ?」


 俺の周囲をサメがギュンギュン周回しているが、そういう光景にはもう慣れた。

 今の俺なら地球に戻ってもサメを恐れないでいられるかもしれないな。



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