第391話 追放される勇者たち
「もちろん……、重要な役割をお願いしたいと考えております」
「お飾りの名誉隊長などは引き受けませんよ?」
背後から掛けられた女王様の言葉にガラリエさんは振り返り、『緑風』幹部の列を背にした形で役目ならあると告げた。
それに対する女王様は微笑みを浮かべたままで、無体なことを言う。しかもガラリエ隊長などと、ファーストネームで呼ぶという有様だ。ガラリエさん、表情がヒクってなったぞ。
今まさに舞台の上ではガラリエさんが主人公の演劇が行われているって感じだろうか。
ガラリエさんが玉座の前に立つ女王様に対峙し、背後にはアヴェステラさん、シシルノさん、ベスティさん、シャルフォさんが横一列に並んでいる。そのまた左右背後の下段には多くの観客たち。
女王様の両脇にはミルーマさんたち護衛がいて、それを壇上の一番奥から眺める一年一組という位置関係だ。
見届役とはいえ、完全に俺たちは背景ポジだな。それこそ木の役がお似合いな。
「やはり実戦での活躍をお望みですか」
「活躍などと。わたくしは分を弁え、身の丈にあった能力でもって隊の役に立ちたいのです」
ガラリエさんが問えば、女王様は何をバカなと言い返す。で、それを聞いている観衆はざわめくのだ。
打ち合わせ通りのやり取りなのかはわからないが、言っていることはもっともなんだよな。
ただし女王様の口から実戦だとか身の丈なんていう単語が飛び出すものだから、貴族たちが驚いているだけで。
そして観衆たちの多くが思っているだろうことがある。
どうせ接待なのだろう、と。十一階位なんていうのも、嘘とまでは言い切れないが、どうせ引き上げられた虚構であって、実戦的ではないのだろう、なんて。
半分はそのとおりだ。
実際に女王様のレベリングは、部隊総出で牛を弱体化した上で、必死の拘束をしながら行われたのだから。アレは暗黒儀式だったなあ。
「女王様って、絶対迷宮向きだよな」
「それって不敬にならないか?」
「むしろ喜ぶんじゃないかなぁ」
「戦士の目を持つ者デス」
「【身体強化】、いいなあ」
「牛を倒せるだけでもすごいっすよ」
後方腕組みムーブで劇を眺める一年一組の面々は、言いたい放題だ。
ここで重要なのは、最後に聞こえたチャラ男な藤永の言葉だったりする。
そう、女王様は牛を倒すことができるのだ。こう表現すると、地球基準ならとんでもない武術家だな。さておき、ならば自動的に馬も、ハトもジャガイモもダイコンも、ということになる。ムリっぽそうなのは三つ又丸太くらいのものか。
四層に登場する魔獣の大半を、条件付きであれ倒せる後衛は……、一年一組には何人かいるけど、現在のアウローニヤ基準では絶無なのでは。山奥に隠れていた百歳くらいの謎の術師とかがいたら別かもだけど。
十一階位を達成した女王様は、十階位の頃よりも力強く魔獣を倒していくだろう。つまりあの方の十三階位はすでに約束されたも同然なのだ。しかも普通の後衛よりも遥かに手早く。
さらにいえば女王様の真価は【身体強化】によるパワー型の後衛ではない。
女王様の使う【魔力定着】は儀式なんかより迷宮でこそ輝く。綿密な偵察と組み合わせれば、強烈な効果を見込めることは実証済みだ。
それこそが女王様の強み。
たしかに足の速い前衛を使うことで魔獣の誘引は可能だ。索敵と組み合わせて適切な魔獣をトレインするのはそれ相応の経験が必要となるが、ウチではスプリンターな春さんや忍者な草間が得意としている。
それに対して女王様の【魔力定着】は、事前の索敵こそ重要であるが、その場でドンと待ち構えることができるのが大きい。
これにより、トレイン戦法のリスクである、不意の遭遇戦をほぼ回避できるのだ。
そんな女王様の持っている技能を並べると、【疲労回復】【体力向上】【身体強化】【神授認識】【魔力定着】【魔力回復】【視覚強化】【集中力向上】そして【睡眠】となる。
恐ろしいことに、防御を磨いてもらえれば、普通に中衛で戦えそうなんだよな。【反応向上】が欲しいかなっていうくらいで。【魔力譲渡】か【聖術】が出れば完璧だ。
指揮官系でいくなら【視野拡大】と【思考強化】あたりか。これまたアヴェステラさんと同じく元から頭のいい人だから、【思考強化】は必要ないかもしれない。
しかもあの女王様のことだから、そのうち【身体操作】とかも出しそうな気もするし。
【神授認識】で人の潜在能力を開放し、【魔力定着】で魔獣を呼び寄せる。
【導術師】であるリーサリット陛下は、まさに導く者なのだ。人間魔獣を問わずというのが懐の深さと表現すべきかどうかはわからないけど。
とはいえ女王様の【魔力定着】の迷宮での効果なんてのは、秘密にされて当然なわけで、この場で公開されるはずもない。
微妙に地味だけどレベリングにとても効果的な技能を持つアウローニヤの秘密兵器、それが女王様なのだ!
「ならばそのすべてを鍛え、指揮を務められるよう努力をお願いいたします」
「足りていませんか」
女王様に努力を求めるとか言っているガラリエさんの表情は、かなりヤバい。
これはもうシナリオだな。誰が書いたのかといえば、たぶん女王様本人だろう。ガラリエさん、可哀想に。
「それはわたしも同じです」
「ふふっ、勇者様方に続くのは大変ですね。ガラリエ」
「お受けした以上、成し遂げるのがわたしの責務ですので」
「期待しています」
繰り返しファーストネームを使ってガラリエさんと会話をする女王様はとてもいい笑顔だ。
相対的にガラリエさんの顔色が悪くなっている気もするが、今後はヒルロッドさんと同じ路線を走るのかもしれないな。
観客席のヒルロッドさんが、痛ましいものを見る目をしているし。
そういう心理的要素はさておき、なんだかんだで指揮官役はシシルノさん、アヴェステラさん、女王様ならばこなせると思う。
こうなるとやっぱり懸念はヴァフターの指摘にあったとおりでマッパーか。
それについても俺たちは思いつく限りをガラリエさんたちに伝えてある。もちろん向こうだって考えてはいるだろう。
要点になるのは素早く安全で安定した経路指示。となれば緻密な地図と綿密な索敵、そして判断する人だ。
それらの作業を、ひとりで全部をする必要なんてない。
俺だって索敵は草間や春さん、チャラ子な疋さんに任せるし、直近における魔獣の状況記録なんかは書記な白石さんや、ちびっ子副官の奉谷さんに頼っている。
大切なのは最終的な判断だ。
となると『緑風』でそういうのが得意そうなのは、やっぱりアヴェステラさんか。次点でなにげに書類管理の上手いガラリエさん。むしろシシルノさんなんかは熟考すれば強いけど、こういう瞬発的な解析は得意そうには思えない。一拍間を置けばすごい結論を出してくるんだけどな。
まとめるならアヴェステラさんが参加できるなら、そのまま俺と同じポジションをやってもらえばいい。それがムリなら戦闘指揮をシシルノさんで、ルート選択はガラリエさんってところだろうか。
女王様にはそれのお手伝いをしてもらいながら、むしろ【魔力定着】の精密な操作を伸ばした方が将来につながりそうな。
俺たちが口や資料で伝えられることは、すでに提出し終わっている。
ガラリエさんが自分たちの目で見て感じたことを、これからの『緑風』で試していけばいいだけだ。
こうして考えると、俺たちはアウローニヤに助けてもらってばかりだったけど、キチンと残せるものもあったのかなって思えるのが、ちょっと誇らしいな。
「わたしも参加させてもらえるのでしょうね、フェンタ卿」
「もちろんです、ヘルベット団長。お役目はわかりますね?」
「陛下の直掩、任せてもらうわよ。ミルーマで構わないわ、ガラリエ隊長」
「では、そのように。おひとりでいいのですか?」
「十分よ」
俺が『緑風』の将来を考えていると、今度は銀髪赤目のミルーマさんがガラリエさんの前に出た。
女王様が出陣となれば黙っていられなかったのだろう。明らかにシナリオなのだが、女王様が二度も迷宮に入ったというのに、自分が同行できなかったなど、ミルーマさん的には屈辱以外の何物でもなかったはずだ。
迫真の演技というか、ガッツリ本音だよなあ、ミルーマさん。
表情を軽く引きつらせたガラリエさんはミルーマさんの願いを聞き入れるしかないのだ。
男爵になって隊長……、戦隊長になったからといってやりたい放題ではなく、むしろ中間管理職的になっているのは、なんでなんだろう。
「ご覧になりましたね。これが『緑風』。参加の条件は、勇者様の意志を継ぎ、自ら考え、行動することができるかどうか。それのみが問われる部隊です」
まとめとばかりにガラリエさんの隣に立った女王様は、高らかに宣言した。
参加の条件というのが実にアウローニヤらしくない。けれどもそこに意義があるように聞こえるから不思議だ。
この場にいる『緑風』の面々は、隊長が男爵で、上は女王様、伯爵、子爵、騎士爵。下は平民どころか元犯罪者まで含まれる。騎士がいれば、術師もいるし、武官も文官も混じっている。
たしかに一年一組は前衛後衛ごちゃ混ぜだけど、ここまで酷くはない。
だけど誇らしげな女王様の背中は、まるで俺たちにこそ報告をしているような気がした。
◇◇◇
「本日行われた式典で『緑風』を紹介することができ、とても喜ばしく思っています」
広間の女王様の声が響く。
壇上にいたガラリエさんたちがひな壇を降り、グレーカーペットには『緑風』の面々が整列している。
玉座の前に立った女王様は、再び両脇にミルーマさんとアヴェステラを控えさせ、式典は最終盤を迎えようとしていた。
「そして最後に、此度の式典において最も目出度き報せを、これより伝えましょう」
本当に喜ばしいという表情で、声色で、女王様が言葉を紡ぐ。
女王様の言う吉報とはなんであるか気付く者もいるが、ほとんどは想像ができずに首を傾げる人たちだ。事前に知らされていた人は少数だけど、どこか寂しそうな表情を浮かべている。
「本日より五日後をもって、勇者の皆様方はアウローニヤを旅立たれます」
瞬間、場が静まった。あまりの想定外に、驚きの言葉すら発することができないのだ。
「『緑山』は解散。勇者様方は『王家の客人』ではなくなり、同時にアウローニヤ国籍を失います」
この辺りでザワつきが起き始める。具体的な単語が出てくることで、本来あり得ない事態にリアリティが出てきたのかもしれない。
「繰り返しましょう。勇者の皆様方は……、旅立たれるのです。伝承のとおりに!」
ざわつきを抑え込むように、やおら声を大きくした女王様の気迫に押され、観客たちは再び静まり返った。
それを見届けた女王様は、ついに俺たち一年一組を振り返り、数歩歩み寄ったところで立ち止まる。
「勇者の皆様方に問いたいのです。『勇者との約定』は果たされたでしょうか」
観客側からは見えていないだろう女王様の顔にあったのは、悲痛な笑顔であった。
涙こそ零していないのは、まだ式典が終わっていないからだろうと想像できる。この子がどんなに知性の怪物であろうとも、俺たちの目の前にいるのは十六歳の女子なのだ。
澄ました表情や時折見せる自然な笑顔が思い出される。だけど、ここまで悲しそうな微笑みを見るのは、もちろん初めてだ。
「……みんな、顔に出さないように気を付けて。先生、お願いします」
メガネを薄く光らせた藍城委員長が、観客席には届かないように気を付けた小さな、そして震える声でみんなに告げる。
女王様、そこに立つリーサリットという女の子の想いを台無しにしてはいけないから。
「ええ。間違いなく。リーサリット・アウローニヤ・フェル・レムト陛下をはじめ、この国のみなさんは、十分に約束を果たしてくれました。わたしたちは安心して旅立つことができます」
「この上ないお言葉です。王としてだけではなく、王国民のひとりとして、誇りに思います」
「こちらこそ、この世界に呼ばれて困惑するわたしたちにとって、あなたが味方になってくれたことこそが、最大の幸運だったと思っています」
一年一組を代表して滝沢先生が女王様に答える。
そこにあるのは優しい大人の微笑みだ。俺たちを褒めてくれる時の、そんな笑顔を先生は女王様に贈った。
「ありがとうございます。それで、その……。わたくしも死力を尽くし、この場にいるのですが、ひたすら褒美を与える側の立場です。それを少し口惜しく思うのは、わがままであることも承知なのですが、それでもなお……」
泣きそうな笑顔をしたままで、女王様はらしくもなく頬を赤く染めて、たどたどしく言葉を濁しながらナニカを要求してきた。
可愛いなあ、おい。フルアーマードレス金髪碧眼美少女にコレをされると、破壊力が大きすぎる。マップ兵器かなにかか?
クラスメイトの男子数名……、多くが何かに耐えるかのように苦しげな表情を浮かべているのが見えた。古韮、草間、海藤、夏樹、田村、馬那……、委員長もか。むしろ流せている佩丘、野来、そして藤永の根性がすごい。
で、俺もクリティカルを食らったクチなんだけど、なぜかサメが出現していない。
女子連中も結構ヤラれたのか、ミアなんかはキョトンとしているが、中宮さんや笹見さんあたりは頬が赤くて、白石さんのメガネはギラついている。
そしてなんと我らが綿原さんも、お顔が真っ赤だ。これはいいものを見た。
反撃が恐ろしいがあとでイジってみたくなる表情だな。あ、そう考えるとなんか落ち着いてきた。さすがは綿原さん、俺の精神を安定させる術をしっかり身に着けているようだ。
実はコレ、無茶振りではない。女王様的にはいきなりのお願いかもしれないけれど、それでも。
『女王陛下にも名を……、お願いしたいのです』
『ですよね』
事前に伝える必要はない。女王様がどこかのタイミングで求めてきたらで構わないから、その時のために考えておいてほしいと懇願してきたのはアヴェステラさんだった。
これが昨夜行われた謎の命名式のオチである。
「わたしたち一同からリーサリット陛下に名を贈りたいと思うのですが、これは問題になるでしょうか」
「っ! いえっ、まさか、そんなことがあるはずもありません! 皆様は勇者なのですからっ」
小声で提案する先生に対し、女王様は両手を口に当てて切羽詰まった大声で答えた。
ああ、女王様の向こう側、アヴェステラさんが優しく笑っていて、ひな壇の下にいるシシルノさんは悪い顔になっている。その横のベスティさんは肩を竦め、ガラリエさんも嬉しそうだな。観客席にいるヒルロッドさんが苦笑を浮かべ、アーケラさんはいつも通りの微笑みだ。
やっぱり素敵な人たちばかりじゃないか。
「異世界から呼ばれた勇者として、故郷の言葉を贈りたいと思います。『リード』というのはどうでしょう」
「『リード』……」
「こちらの言葉で『導く』という意味です。陛下は【導術師】で、これからはこの国、アウローニヤを導いていくのでしょう?」
先生が諭すように語る。そういうところは、とても先生っぽいな。
受け止めた女王様は、小さい声で単語を繰り返しているようだ。まるで噛み締めているみたいに。
「……ありがとうございます。本当に嬉しく思います。わたくしは以後、リーサリット・アウローニヤ・フェル・リード・レムトを名乗りましょう」
いつしか女王様は満面の笑顔になっていた。
これで勇者担当者の総意は成ったわけだ。やっぱり仲間外れはダメだよな。
実は最初、日本語のままで『ミチビキ』っていうのも考えたのだけど、響きが女王様の名前にマッチするかどうかという話し合いになり、ミアが提案したのがコレだったというオチがあったりする。命名についてはミアが大活躍だったな。
ともあれ、女王様が気に入ってくれたのなら、なによりだ。
◇◇◇
「勇者の皆様方はこの国での使命を果たし終えました。この先の歩みは彼らの意思のままにあります」
先生を先頭にしてひな壇を降りる俺たちの背後から、観衆に向けた女王様の声が響く。
「わたくしたちはこの国をより良く守りましょう。そうあり続ければ──」
整列という状態ではなく、なんとなく雑然とした行進だ。
『緑風』の人たちが絨毯の両脇に整列し、俺たちを見送ってくれている。シシルノさんやガラリエさん、ベスティさん、シャルフォさん、ヴァフター。
観客席からはヒルロッドさんとアーケラさん、ジェブリーさん、ベルサリア様やラハイド侯爵、ゲイヘン軍団長。ほかにも知っている顔がたくさん。
この人たちは、この国は、本当ならまだまだ俺たち勇者を必要としている。看板として、ひとつの戦力として。
それでも約束だから送り出そうとなったならば、代わりが必要なのは当然で、それのひとつが『緑風』なんだろう。急遽この場でお披露目をしたのは、自国や他国への政治的アピールだけが理由じゃない。
この国は勇者のやり方を受け止めた、だから安心して追放されるがいい、なんて言われているんだろうな。
この戴冠式のあいだ中、ずっと伝わってきた想い。俺たちが振り返らないで済むように、憂いなく旅立つことができるように。
「安心して追放されろ、ってか」
「だな。憂いなく追い出されよう」
古韮が俺の肩を叩いて笑みを浮かべている。だから俺だって笑い返してやるのだ。
こんなに明るく追放なんて単語を使うことになるとは思ってもみなかった。
「いつかまた、勇者の皆様方にお会いできる日が来たならば、誇りを持って迎え入れられる、そんなアウローニヤを作りましょう」
そんな声に振り返ってみれば、壇上には笑顔のリーサリット陛下とその両脇で微笑むミルーマさんとアヴェステラさんがいる。
「勇者の皆様方の旅路に帰還への鍵があることを、心からお祈りいたします」
まったく嘘偽りを含まない女王様の温かい言葉を背に受けて、俺たちは大広間の扉をくぐったのだ。




