第348話 もてなすならば学生らしく
「アウローニヤ風の上手な挨拶はできそうにありません」
藍城委員長の挨拶は、初手からぶっちゃけていた。
「二日前の滝沢団長の挨拶と同じような内容になりますが、そこは勘弁してもらえると助かります。みなさんは一年一組が一階位の頃から……、それこそ迷宮に入る前から、僕たちの面倒を見てくれた人たちです」
俺たちの根城たる『水鳥の離宮』の大広間に響く委員長の声は、アウローニヤ風の修飾などはしていないが、ちゃんと相手に届いていると確信できる。
なにしろ向こうは全員が平民上がりの騎士爵で構成されている、ヒルロッドさん率いるミームス隊の三十二名だ。むしろこっちの方が気易くていいというのは事前に聞かされていた。
ちなみに最初にした『緑山』騎士団長たる先生のスピーチは三十秒くらいで終わった。
『みなさんへの感謝を込めた子供たちの催しです。ここからは藍城君に譲りましょう』
三十秒どころか、十秒もなかったかも。
先生としてはつい二日前にクーデター関連の宣言を何度もしたのだから、お腹いっぱいといったところなんだろう。今しがた委員長が言ったようにこれからする挨拶は内容自体、先生がやった演説の焼き直しみたいなものだしな。
それでも先生みたいな大人と違って、俺たち高校生には若さがある。いや、先生が若くないわけではないぞ、念のため。
とにかく若さの熱量を前面に押し出して、委員長は語るのだ。
「ネズミ相手に無様をさらしたり、遭難したりといろいろありましたが、僕は十階位で、つぎの迷宮で十一階位にすらなれるかもしれません。僕たちは強くなれたんだと、思っています」
堂々と言い放つ委員長の両脇には先生と副団長の中宮さんが並び立っている。そんな二人ともが十一階位なのだけど、次回の迷宮では委員長が言うように騎士職メンバーからもレベルアップする仲間が出るかもしれない。
俺たちはそんな段階にまでやってきた。それもこれも──。
「それでも最初の一歩を一緒に踏み出してくれたのは、ここにいるミームス隊のみなさんと、この場にはお呼びできていませんが、カリハ隊の人たちです」
委員長はカッコよく言い切った。
こちらは委員長を先頭にして一年一組のメンバーが横に広く三列に並び、対面する形でヒルロッドさんを真ん中にしたミームス隊は雑多に佇んでいる。
テーブルの配置もあって、隊列を組むといった様相にはなっていない。出席したことはないが、むしろ結婚式の披露宴? みたいな感じだな。
この場ではシシルノさんやアーケラさん、ベスティさん、ガラリエさんもミームス隊の側に入っている。日本人からお世話になったアウローニヤの人たちへのお礼という体裁だからだ。
とはいえ、アーケラさんたちはメイド服を着こんでいて、ここから給仕に回る態勢ではあるのだけど。
双方合わせて六十人くらいの人が集まっているのだが、実は大広間は半分くらいしか使われていない。やろうと思えば談話室でも開催できたのだけど、次回以降のコトを考えてここが選ばれたのだ。昨日綿原さんが言っていたキャパの確認という意味もある。
「急にこの世界に呼ばれた僕たちには被害者という意識がありました。正直に言えば、今でもそういう想いは残されています。ですが……」
スピーチを続ける委員長は、そこで一拍溜めてアウローニヤの人たちを見渡した。
相手の機嫌を損ねかねない発言ではあったが、それでも言っておきたいことなのだ、隠さずに本音を語ればいい。
まるで俺の心までもが委員長に乗り移ってしまったかのように、彼の口はみんなの気持ちを代弁していく。そんな一体感がなんとも心地いい。
「住むところを用意してもらって、食事を出してくれて」
俺たちの視線がアーケラさん、ベスティさん、ガラリエさんに向く。
「知識や常識を得る機会を与えてくれて」
続けて、シシルノさんとヒルロッドさんにも。
「歩くところから訓練を始めて」
そしてミームス隊の人たちを、クラスメイトたちがそれぞれに見つめた。分隊長のラウックスさんが軽く微笑んでくれている。
「まるで卒業生代表みたいだね」
「だね。中学の卒業式思い出しちゃった」
少し前に立っている酒季姉弟がなんか言っているが、ついこのあいだ山士幌中学を卒業したクラスメイトたちは、こんな風に話す委員長を見ていたんだろうか。
その場に居たかったとまでは思わないにしても、挨拶の内容じゃなく、今のクラスメイトと一緒の空気だけは感じてみたいなんて、ふと思ってしまう。それはまあ、高校卒業まで取っておけばいいか。
「みなさんはお仕事としてこんな若造に付き合ってくれていたのかもしれません。ですが、感謝しているんです。ネズミを倒して、仲間が二層に落ちて、鮭に襲い掛かられて、みんなで迷宮に泊って、そして遭難者を助けるために魔獣の群れに挑んで。ずっと一緒に戦ってくれたミームス隊のみなさんに、本当に感謝しているんです」
いよいよ佳境とばかりに委員長のセリフが、熱く長くなった。
俺の横に立つ鮫女の綿原さんも演説上手だが、なかなかどうして、委員長だって大したものじゃないか。そんなことはとっくに知っていたけれど、今日のコレはこの世界に来てから、一番力が入っている気がする。
「僕たち二十二人に、この世界で生きる力と小さな自信を与えてくれたのは、間違いなくみなさんです」
この場にアヴェステラさんが居ないことが本当に残念でならない。あの人にこそ聞かせたいことなのに。女王様にも、かな。それは明後日、迷宮で落ち合ってからか。それとも戴冠式のあとにでも。
「図らずもアウローニヤという国の事情に大きく関わってしまい、お互いに微妙な立場になってしまいましたが、それでもこうして笑い合える場を持つことができ、とても嬉しく思っています」
クーデター当日から数えてまだ三日。王城が安定したとは言い難い。
こんな場を設けたのは俺たちのワガママみたいなものだ。発案者が上杉さんだとはいえ、賛同した一年一組全員が責任者だという意識で俺たちはここにいる。
「ここまで僕たちを守ってくれて、明日からの迷宮に同行してくださるみなさんに、ささやかですがお礼をしたくてこんな場を用意しました。あとで紹介されると思いますが、『勇者風』の料理を楽しんでもらえると嬉しいです」
勇者という単語を冗談めかして言ってのけた委員長に、会場から軽い笑い声が上がる。
中央にいるヒルロッドさんなどは、いつものようにくたびれた苦笑だ。
「あんまり長すぎる挨拶もアレですのでこの辺りにしておきますが、もっとたくさんの言葉を送りたいというのが本音です。では最後に──」
さあ、つぎにくるであろう、委員長の言葉を大声で叫ぼう。みんなで。
「みなさん、本当にありがとうございました」
「ありがとうございました!」
委員長のコールに合せて、俺たちは一斉に頭を下げ、大声を響かせた。
俺たちの気合の乗ったお礼に圧されたのか、ミームス隊の人たちがどんな顔をしたものかと迷っているのが見える。なにせ俺は【視野拡大】持ちだから、頭を下げたままでも【観察】できてしまうのだ。
最初にパチパチと乾いた音を立てて拍手を始めたのはシシルノさんたちだった。
続けてヒルロッドさんも、そしてミームス隊の人たち全員も。こういうのって異世界でも共通するノリなのかもしれないな。この世界、普通に拍手が文化として存在しているし。
などと妙な感想を持ちながらも、やり切ったとばかりに汗を額に浮かべ頭を上げて前を向く真面目系メガネ委員長を、俺はカッコいいなと思うのだ。
◇◇◇
「へえ。これも美味いじゃないか」
「鮭ですよ、それ」
「ああ、あの。今となると懐かしいね。俺も第一発見者のひとりとして名前が残ってしまったよ」
ラウックスさんが小皿に取り上げたのは、鮭のムニエルみたいな料理だ。
味付けはいつも通りにアウローニヤ風だけど、心持ち辛さは優しい。料理担当、気合入れたなあ。
「三回目の迷宮で、シシルノさんやシャーレアさんも一緒でしたっけ。あの時はお世話になりました」
「もちろん覚えているさ。『指揮官』ヤヅの初舞台だったかな」
「勘弁してください」
俺を茶化してくるラウックスさんだけど、なんというか自然と対等な感じで会話してくれているのが伝わってくるのが嬉しい。
相手はヒルロッドさんより年下とはいえ、二十代の後半だ。濃い紺色の髪はこの国独特だけど、普通にカッコいい系のお兄さん。兄というには離れすぎていて、おじさんというには若い。なんとも微妙な年齢差だけど、それが気にならないくらいには気さくに話せている。
「せっかくの思い出だからって作ったみたいですけど、一層の魔獣なんですよね」
「俺たちは気にしないさ。『おにぎり』だったかな? アレは俺も食べたから」
「ラウックスさん、食べたんですね。米は合いました?」
ラウックスさんたちが王国の偉い人みたいに一層の素材を忌避しない人たちなのは知っていた。料理担当の上杉さんや佩丘がそのあたりを考慮しないわけがない。
そもそもクーデター当日の朝食で、日本人向けに作ったおにぎりだったとはいえ具に使っていたのだし、ラウックスさんはそれもしっかり食べていたようだ。
こうして俺とラウックスさんが話しているのは、この場のホスト? みたいな役を仰せつかったからに他ならない。俺とホストなんていう単語が全く結びつかないが、大変なのはずっと料理を続けている調理班や、それを会場に運び込む給仕班、さらには皿洗いを担当しているグループで、彼らこそがむしろ主役だと思う。俺はそういうのから外された余りなのだ。
いちおう俺にはタキザワ隊の隊長という肩書もあるし、似たような感じで先生や委員長、中宮さんや綿原さんなんかは会話をメインで担当することになったという経緯はある。もちろん采配は聖女な上杉さん。
彼女は料理がひと段落したあたりでパーティに参加する予定だ。
ちなみにこの場には、宴会らしくもなくアルコール類が置かれていない。
王位簒奪からまだ三日、王城も安定を取り戻しつつあるとは聞くけれど、それでも警戒が緩められたわけでもないからだ。という建前でもって、禁酒を続けている先生に配慮したのが大きい。
ところで俺たちはこれからペルメッダ侯国に行って冒険者になる予定だけど、ギルドに併設された酒場とかあったらどうしよう……。
嵐の予感に身が震える。
「四層の素材は使い切っちゃったんで、今日はないんですよ」
「君たちが四層か。最初の迷宮からだと……」
「五十日くらいですね」
「にわかには信じられない速さだよ」
「いえいえ、それより四層の素材ですよ。明日の夜は牛とかジャガイモを食べましょう」
「はははっ、牛を好きに食べることができる機会があるとはね」
気軽い雑談ではあるが、ラウックスさんの言葉は、俺にとってちょっと重たい。
十三階位をメインに構成されているミームス隊は、当たり前だが四層に潜ったことがあるからこそ、そんな階位を達成している。教導騎士団としての『灰羽』である以上、教官の階位が低いなんていうのはあり得ないからだ。あのハシュテルですら十一階位だったくらいだから。
明日ご一緒してくれることになっているラウックスさんを分隊長とした第一分隊は、全員が十三階位。四層ですら階位を上げることのできない、アウローニヤでは上がりとされる人たちの集まりだ。
十四階位以上を目指すためには五層に挑戦する必要があるし、それについては最早イベント。やりすぎの領域だという見方をされる。キャルシヤさんや近衛騎士総長、ベリィラント隊なんかがそれに当たるな。
さておき、ラウックスさんたちのやっているのは平民騎士を十階位に育て上げることがメインだ。主戦場は二層と三層になるので、戦えるだけの力を十分に持ちながら、四層に入ることは多くない。
王城守護のほかに、迷宮で魔獣を狩るのも仕事な『蒼雷』や『黄石』との違いがこのあたりになる。『灰羽』のミームス隊は魔獣を狩るのではなく、訓練騎士に魔獣を狩らせるのが仕事というわけだ。
そう、仕事だし、俺たちもお世話になったから言い難いのだけど、なんかもったいないと思ってしまう。
ついでに言えば、そんなだから四層の素材で作った料理を食べる機会もほとんどないらしい。なにせ彼らは全員が平民上がりの騎士爵だから。
「君たちの作る料理は美味しいからね。とても迷宮での食事とは思えないくらいだ。今から楽しみにしているよ」
「俺は手出しできないんですけどね」
「口出しはするんだろう?」
上手いこと言うよな、ラウックスさん。
◇◇◇
それから食事もひと段落し、続いて俺たちが繰り出したのは宴会芸だ。
アニソン大好きな白石さんとロリっ娘の奉谷さん、ついでにメガネ忍者な草間の合唱。曲はもちろんアニソンで、【音術】まで駆使した効果音付きだ。
アウローニヤにも楽団くらいはあるのだが、そちらは呼んだりしていない。この離宮にはむやみやたらと人を入れるわけにもいかないからな。
だからというわけでもないが、俺たちは自身で芸を見せることにしたのだ。気分は学芸会である。
綿原さんのサメ芸、アネゴな笹見さんの水芸、弟系男子な夏樹の石芸。
野球少年な海藤の変化球実演。エセエルフのミアによる曲芸弓。
イケメンオタクな古韮や筋トレマニアの馬那がやる組体操。
そして、我らが木刀女子の中宮さんとステゴロ教師な滝沢先生による大迫力の演武。
どれもこれもが大ウケであった。
俺は見てるだけだったけどな。こんどは木の役だけでもやらせてもらおう。
パーティの主催者本人がこうした出し物をするような文化はこの国にはあまり無いようなので、形式としては異例だが、それでも喜んでくれるのならば大成功だ。
料理の評判も悪くなかったし、これは次回以降もイケるんじゃないだろうか。もう少し時間があれば、もっと凝った出し物ができたかもというのは言いっこなしで。
「今日は遅くまでありがとうございました。明日からの迷宮でもよろしくお願いします」
「ああ、楽しませてもらったよ」
ひととおりの出し物も終わり、料理もほぼハケた。最後の挨拶として責任者の上杉さんが明日からの迷宮に言及すれば、ヒルロッドさんがいつもより明るめの顔で返事をしてくれる。
うん、その顔を見ることができただけでもやった甲斐があったかな。
けれど、俺たちにはもうひとつ弾が残っているのだ。
「これで最後になりますが……、みんな準備はいいですか?」
「おう!」
上杉さんの声にみんなが唱和し、一斉に動き出した。各人がてんでバラバラに、手にした『色紙』をミームス隊の人たちに手渡していく。
あちらの方が人数が多いので、ひとり二枚が担当になっているメンバーもいるな。
「これは?」
「日本の文化で、『寄せ書き』って言います」
「寄せ書き……」
なんとかフィルド語に変換できたので、日本語を使う必要が無かったのがちょっとだけ助かる。
俺が担当になったラウックスさんに渡したのは、実に和風、というか学生っぽい寄せ書きだ。
厚手の正方形の紙をベスティさんたちに探してもらって、昨日の夜と今日の午前中を使って書き上げた。
中央にはサメやら花やら剣と盾だったり、各自が好き勝手なイラストが描かれていて、それを囲むように一年一組二十二人が一筆を入れてある。文言も適当だし重複もありまくりだが、いちおうフィルド語で書いて、意味は通じるようにしておいた。なにせ相手が三十人以上もいるので、いちいち文章を変えるわけにもいかなかったのが、ちょっと悔しいところだな。
それでも各自の名前と宛名については、フィルド語と漢字を併記しておいて、異国感を出してある。もしかしたらアウローニヤに漢字ブームが起きるかもしれないぞ。
以前からバラまかれているサメイラストと同じように、将来になって勇者プレミアムがついたりして。
ここまでくると勇者ムーブの延長なのか、それとも俺たちの感傷なのか、境界線がすでにあやふやだ。それでもこうしたいと思った気持ちは本物だし、だったらそれを実行すればいい。
それが山士幌風ってヤツだろうと、今の俺にはそう思えるのだ。
「ありがとう。大切にさせてもらうよ」
だってほら、俺から色紙を受け取ったラウックスさんが妙な顔をしながら笑ってくれているのだから、これで大正解なんだろう。
涙ぐんでいる人もいるし、両手で持ち上げて喜んでいる人もいる。
女子から色紙を受け取った隊員さんなんかは、歓喜の度合いがすごいことになっているな。とくに上杉さんと奉谷さんからのは。それこそ聖女プレミアってか。
「あれ? 俺の分はないのかい?」
てっきり委員長か先生あたりから色紙を貰えると踏んでいたヒルロッドさんが、空振りをしたバッターみたいに行き所の無い戸惑った表情になっている。
「ヒルロッドさんのは最終日です。『緑山』なんですから」
「……そうか。期待して待ってるよ」
白いサメを浮かべた綿原さんがモチャっと笑えば、ヒルロッドさんは疲れた表情に戻って苦笑を浮かべてみせた。
こんな感じで上杉さんの目論見通りかどうか俺には不明のまま、ミームス隊へのおもてなしは盛況で終わったのだが、そのあとすぐに片づけをしながらの反省会へなだれ込んでしまったのはご愛敬だ。それこそ一年一組らしいと言うべきかもしれない。
さあ、明日からは『緑山』としての最後の迷宮だ。