第335話 また別の形でも戦いが
「で、結局どうなったんですか?」
「そうだねぇ。君たちには、うーん。この上もない大成功と言っておこうかしら」
「それはどういう?」
藍城委員長が、地上側の事情を知るミルーマさんに問いかけた。
随分と持って回ったミルーマさんの返答は気になるが、俺たち的には上々の結果ではあるらしい。
ということは王女様……、女王様としては違うのだろうか。それとも俺たちには言い出しにくい部分があるのとか。
「先王陛下は退位し、第一王子殿下は登極を断念されたわ。それ受けて姫殿下は、すぐさま女王陛下となられた。これは法的に認められた正当な手続きによるものだから、面倒な横やりが入る余地はないわね。そのあたりの手続きはアヴェステラが全部、ね」
「……そうなんですね」
ミルーマさんの妙に説明がましいセリフに委員長の乾いた返答が被せられた。
そもそも現女王様はその場に居なかったのが俺たちの常識としてはどうなんだろうと考えてしまうわけで、いや、だからこその名代というのはわかっているつもりなのだけど。
そういう手続きをキッチリすることで女王様の正統性を保証するために、アヴェステラさんはどれだけ苦労したのやら。それが偲ばれるのが委員長の琴線に触れたのかもしれない。
俺たちと総長一派が激闘を繰り広げた広間にキャルシヤさんやミルーマさんが乱入してきたのは、どうやら俺が気を失った直後あたりだったらしい。
その場ではクーデターの成否よりも、広間にいた残敵の無力化、全員の捕縛なんかを急ぎ、その辺りが片付いたところで俺が目を覚まし、一年一組を含めた『緑山』一行が説明を受けているという寸法だ。
こうなる前に王女様とガラリエさん、ベスティさんにはコッソリ事情説明はしていたようだけど、どこまで俺たちに伝えるのかを話し合っていたのかもしれない。
この場面でシシルノさんを部外者扱いするあたりがミルーマさんらしいな。当のシシルノさんは、むしろ俺たちと一緒になって説明を聞くのが嬉しそうだけど。
「アヴェステラやディレフ、ミームス隊は全員無事よ。今は前王陛下や王兄殿下を保護しているので、迷宮には来れないけれど。行政府の方はゲイヘン軍団長が抑えてくれているわ」
王位簒奪の成功に続けて、ミルーマさんは俺たちが聞きたがってきた重大事を先手を打って教えてくれた。
そうか、アヴェステラさんたちも無事なんだ。つまりこれで『緑山』の全員がクーデターを乗り越えられたことになる。
「さて、そういうことだよ宰相閣下、並びに軍務卿閣下。あなた方はまだアウローニヤの職に就いていて、その前提で重大な嫌疑がかけられている。王家に対する反逆、恣意的な法の運用等々だ」
すぐ近くではキャルシヤさんが宰相と軍務卿に、アイツらが置かれている状況を説明をしているのだけれど、すごく熱がこもっているようだ。
先代の件でキャルシヤさんは宰相に遺恨があるわけだし、ああいう感じになるのも仕方がないか。
項垂れる宰相と軍務卿には猿轡が嚙まされているので、物理的に反論の余地もない。ラスボスっぽかった宰相だけど、三段階くらいの変身でも残していない限り、さすがにここからの反撃はないだろう。
「近衛騎士総長が先行してここに来て、わたしたちが迷宮に入るのが遅くなった理由なんだけどね──」
それからミルーマさんは総長が宰相たちを連れて迷宮に現れた件についても説明してくれた。
地上の第二近衛騎士団『白水』に宰相が潜伏しているという情報を得ていた総長は、王様や第一王子から離れて『白水』本部を急襲した。そこで大暴れをした上で、第三王女にお仕置きをすると迷宮に突入したらしい。このあたりはやはり、総長自身が言っていたことと齟齬は無い。こういうことで嘘を吐くタイプじゃないものな、総長って。
見届けることを強要された宰相にはご愁傷様だが、どこにも哀れと思える要素はない。ひたすらざまぁだ。
今もグチグチとキャルシヤさんに詰められている宰相と軍務卿だが、その近くには総長側に加担したベリィラント隊やパラスタ隊が、数珠つなぎで拘束された状態のまま大人しくしている。
死闘の結果、総長が消えたことで士気がガタ落ちした彼らは、ミルーマさんたちが登場した時点で完全降伏を選んだらしい。
ついでにあの【聖術師】パードは、騙されただの、自分の意思ではなかったのだのわめいていたようだが、そういうのはこのあとにあるだろう取り調べで存分に叫べばいいことだろう。
ただ、総長たちがマイナーな十五番階段を使って俺たちを補足できた原因のひとつになったのは、ちょっと看過できない案件なので、そこについては是非とも詰めてもらいたいと思うのだ。
アイツはどうやら二層で宰相派の部隊であることを隠しながら、何食わぬ顔で勇者の動向を聞き込みしていたらしい。で、そこに現れた総長に脅されて洗いざらいを吐いた上に、【聖術師】だからと連行されたのだとか。
宰相といいパードといい、こういうのも巻き込まれ体質と言っていいのかな。
◇◇◇
「まずは二層まで戻るということでよろしいでしょうか」
敵対勢力の捕縛、味方の治療、そして簡単な状況説明が完了したところで、女王様が移動を提言してきた。
この国の女王という立場になったにも関わらず、それでも彼女は勇者を持ち上げる姿勢を崩さない。それが迷宮の中だからなのか、それとも地上に戻ってもなのかはわからないが、なんとなくずっとなんだろうという気はしている。
女王様が勇者ファンであるというのもあるのだろうけど、それ以上に勇者の選択で玉座を得たという看板を掛け続ける必要があるからだ。勇者の創った国、アウローニヤを本来の姿に戻した女王様として。
いつかは同年代の人間として五分に話をしてみたいとも思うけれど、そうはいかないんだろうな。
いっそのこと一晩拉致して離宮の女子部屋にでも放り込んだら、なんて思うのはそれこそ不敬だから口には出せない。
「八津」
「え? 俺?」
「ここは迷宮だよ」
委員長がこっちを見て言うものだから、俺は一瞬キョドってしまう。
総長との戦いが終わったものだから、すっかり気が抜けていたのかもしれない。
「ほら八津くん」
続けてモチャっと笑う綿原さんが赤紫のサメを泳がせながら、俺を促す。わかってるって。
「最短経路で行きます。急ぎましょう。キャルシヤさんには申し訳ないですけど、ここをお願いします」
「ああ、イトル隊はこいつらの連行を担当しよう。【聖術師】は全部そちらが連れていけ」
「はい」
キャルシヤさんたちイトル隊には、ベリィラント隊とパラスタ隊、ついでに宰相と軍務卿の連行をお願いする。
俺たち『緑山』一行とミルーマさんたちヘルベット隊、そしてパードを含めて敵方だった【聖術師】三人は二層に急行だ。
たしかに地上や迷宮での戦闘は終わった。だけどここからは形を変えた別の戦いが待っている。
俺たちの戦いはまだ……、このフレーズは止めておこう。
◇◇◇
「ここは安全です! 怪我の軽い人は後回しでごめんなさい。待っているあいだのために、すぐに食事を作ります。今準備してますので!」
迷宮二層、階段付近にあるいつも炊き出しをしている広間に綿原さんの声が響く。
俺たちがキャルシヤさんと別れてまでここに来ることを急いだ理由が、辺り一面に広がっていた。
横に寝かされた人、壁に寄りかかるように座る人。苦しげな声でうめく人や、意識のない人までいる。ざっと見たところで五十人以上は。
ここには今回のクーデター騒動で怪我を負った人たちが集められていた。
なぜ迷宮なのかといえば、【聖術】使いたちの魔力回復が問題になるからだ。もうひとつは『召喚の間』と迷宮にいた王女派の人たちが総長一行に蹴散らされたからというのもある。
不幸中の幸いなのは、総長一行は勇者と女王様の行方を追うことを最優先にしていたため、邪魔をする人間をかき分けただけでトドメを刺すようなことまではしなかった、くらいだろうか。結果としてその過程で死人は出ていない。
「アンタたちが来てくれて助かるよ」
「いえ、お手伝いさせてください」
地上から派遣されてきたのだろう、お久しぶりになる【聖術師】のシャーレアさんと【聖導師】の上杉さんが並んで治療に当たっている。ちなみに上杉さんが【聖導術】を取ったとは、まだバラしていない。
さらには【聖盾師】の田村、【聖騎士】の委員長、【奮術師】の奉谷さんに加えてパードたち【聖術師】三名で、なんと四層から到着した勇者一行には七名もの【聖術】使いが存在していた。
しかも女王様……、この場に居る連中のほとんどがまだ『第三王女』だと思っているわけだが、王族の姫様がそんな頼もしい援軍を連れて参上したのだ。これで場が盛り上がらないわけがない。
「この場で治療をするのが効果的でしょうね。地上からも怪我人を送るように伝えてください。王家に対し刃を向けた者たちも余さずです」
「かしこまりました」
女王様の指示にミルーマさんが恭しく答え、すかさず伝令が走っていく。
とはいえ、すでにミルーマさんとキャルシヤさんが同じ判断を下してコトを進めていたので、これは女王様によるパフォーマンスに近い。派閥という表現を使わず、王家の敵と呼んだ者すら助けると、そう宣言したのもそうだ。
それでも【聖術】使いがバラバラに散らばっている地上よりも、この場にいるメンバーの方が強力なのは間違いない。手に余るような患者を迷宮に搬送するのは間違った考え方でもないのも事実だ。
実はこれ、予想されていたパターンのひとつでもある。
迷宮での魔力回復や戦力配置を考慮すれば、地上で治療を続けるよりも、患者を迷宮に降ろす方が効率的になるだろうという判断だ。だからこそシャーレアさんなんかも迷宮に降りてきているわけだな。
今もまだ、途切れ途切れに怪我人が搬送されてきているようだ。いつになったら途切れるのか、ちょっと想像がつかない。
俺たちとしても、敵対派閥であろうが助けられる者なら助けてあげたいという想いはある。
もしかしたら女王様はそんな俺たちの意志を汲んでくれたのかもしれない。
「上手いわよね。状況を使って少しでも敵を減らして、これからの混乱を最小限にするって感じかしら」
台無しだよ、綿原さん。そういうセリフって委員長が言うんじゃないかな、ウチの場合。
「【魔力定着】を掛けました。存分に活用してください」
政治の匂いから気を取り直して。現場では女王様手ずからの【魔力定着】が繰り出された。
簡易的な魔力回復フィールドの上にいることで、医者と患者両方の魔力回復速度を上げる【魔力定着】の効果は、こういう場面で最高の意味を持つ。
本当、なんで王国は儀式でしか使ってこなかったのやら。
というか、これもまた女王様のパフォーマンスだ。やっぱり黒いじゃないか。
「はいっす」
「ああ、ありがとうねえ」
加えてこちらには、今まさにシャーレアさんに魔力を渡した【雷術師】の藤永をはじめ、【騒術師】の白石さん、【氷術師】の深山さんが【魔力譲渡】を使うことができる。王国では超レアな技能だし、有効活用しているのなんて勇者一行くらいのものだろう。
奉谷さんも魔力タンクが可能だが、今は【聖術】使い側だな。いろんなことができてしまう奉谷さんは、マルチクリエイターみたいでうらやましい。
「切り出し終わったよぉ、佩丘」
「おう。全部突っ込め」
「はいはい~っと」
上杉さんは治療に専念すれば、炊き出しのメインはもちろん副料理長のヤンキーな佩丘が担当となる。
四層から持ち込んだ牛肉はチャラ子な疋さんたちが角切りにして、佩丘の指示に従い寸胴にぶち込む。ちなみに四層で一度投棄した料理セットは、無事回収できた。迷宮にしては粋な計らいだな。
多めに持参したスパイスセットと、迷宮探索者たちから回収した塩を使ってスープの味付けをしている佩丘の表情は戦闘の時と同じくらいに真剣だ。俺や綿原さんの出る幕などどこにもない。なので俺たちは配膳をしたり、皿洗いをしたり、治療待ちの人たちを励ましたりを担当しているのだ。
こうして俺たちは、女王様と一緒になっていつもの勇者ムーブに励んでいる。
自発的な行動でもあるし、綿原さんが言ったように、これで女王様の今後が楽になるならこちらとしても大歓迎だ。
もう少ししたら、俺たちはこういう活動をできなくなるからな。
「いやぁ、これって四層の『紅牛』なんだってな。初めて食ったぞ」
「美味いなあ」
「わからんけど、面白い味だよな」
なんてことを言っているのはミハットさんたちご一行だ。
女王様自ら名を呼ばれたミハットさんは、二層で取りまとめをやっていたところで総長の襲撃を食らったらしい。殺気に溢れた総長を押しとどめようとしたところ、蹴散らされてしまったのだとか。
怪我が重たい人は治療を終えているが、ミハットさん本人は軽傷だと言い張り、今は佩丘謹製のスープを楽しんでいる。
今回の騒動が始まってからかれこれ十時間くらい。地上はとっくに夜になっているだろう。
王城がどれくらい騒がしい状況なのか、俺たちは知らされていないが、少なくともここは少しずつ明るい雰囲気になりつつある。
明確な宰相側をやっていたせいで沈痛な表情をしている人もいるが、新しい女王様はむやみに人材を壊すようなお人ではない。
貴族的な生活なんていうものを知らない俺からしてみれば、立場に関係なく迷宮で食っていける生活が保障されるなら、それもアリじゃないかと思わなくもないのだ。いや、高校生らしくない考えなのは自覚しているけれど。
「動いてないとやってられないよなあ」
気を抜けば、ふと独り言がこぼれてしまう。
身体を動かして、誰かと喋って、頭の中でとりとめのないことを考えていないと、何かが溢れてしまいそうだ。
何故かって。とっくに俺は気付いているんだ。たぶんクラスメイトのほとんども。
誰もがあえて口にしていないが、ミルーマさんたちヘルベット隊とキャルシヤさんたちイトル隊が送り込んできたのは、それぞれ一分隊だけだった。その分隊にしても人員構成を入れ換えて。どうしてそうなったかを考えてみれば、答えは明白だ。
部隊から脱落者が出ていて、編成をし直した。それ以外に理由が思いつかない。
覚悟はしていたはずだ。それでもやはり、人がいなくなるというのは怖い。たとえ相手が顔を見かけたくらいの相手であっても、やっぱり嫌なものは嫌なのだ。
「八津くん。大丈夫?」
「……結構キツいかな」
「わたしも」
さっきからチラチラと綿原さんが視線を送ってきていたのには気付いていた。サメも近くを泳いでいたしな。
ついでに考えているコトも似たようなものだったらしい。
普段なら通じ合ってる、みたいなノリで嬉しくなれてしまうところだが、こればっかりはちょっとアガらない。
二人そろって小さくため息を吐くが、大袈裟に落ち込む姿を周りに見せるわけにはいかないだろう。
クラスメイトたちにも、辺りにいる大人たちにもだ。たとえばミハットさんなどは王都軍にはたくさんの知り合いがいるはずで、それが敵味方みたいな感じになって、もしかしたら誰かがすでに。
今は怪我の治療と食事とで、こうして騒がしくはしているが、地上に戻れば現実が待っているのだ。
その時に、誰がどんな立場になっているのかすら、定かではない。それこそ壁際で俯いている人たちのような側になるかもしれない連中だっているはずだ。
そう思うと、せめてこの場だけでもという気分にもなってしまう。
「よう。上手くやったみたいだな、勇者様よ」
そんなとりとめのないことを考えていたら、新たな人たちが広間に入ってきた。明るく豪放なおっさん声で話しかけてきたその声を、俺たちは良く知っている。
「ヴェッツさん?」
相手が誰であるかを認識した綿原さんがその人の名を呼び、訝しげな表情になる。
どやどやと入室してきたのはカリハ隊の一行だ。だけど人数が……、少ない。それに、隊長のジェブリーさんの姿が見当たらないんだ。まさか。
「こっちの方が治療が手厚いって聞いてなあ」
たしかに入ってきた人たちは、そこかしこに怪我を負っていた。一部は治療を終えているようにも見えるが、小さな怪我は残されている。いかにも応急処置を受けただけといった様相だった。
「あの、ジェブリーさんは?」
「隊長は無事だよ。ただまあ、事情があってな」
綿原さんの問いかけに言葉を濁したヴェッツさんは、チラリと女王様たちの方に視線を送る。
地上でなにかがあったということだろうか。
カリハ隊は王都軍と一緒に『白水』の制圧を担当していたから、総長の襲撃を受けたはずだ。ジェブリーさんは怪我人をヴェッツさんに任せて、今でも地上でがんばってくれているのかもしれない。
「ああ、話は通ってるみたいだな。こりゃあ助かる」
いつの間にか女王様とミルーマさんもこちらを見ていて、それに気付いたヴェッツさんが肩を竦めた。




