第333話 堂々となりふり構わず
いつも「ヤツらは仲間を見捨てない」をお読みくださりありがとうございます。
第12話にクラス全員の容姿についてのシーンを追加する改稿をいたしました(第12話のみの改稿となります)。
第70話で各人の特徴などを名簿という形式で紹介していますが、もっと早い段階でのクラスメイトたちを八津からの視点で述べた形になります。
よろしければ再読いただければと思います。
(2024/09/27)
「ヴァフターさん、もうひと踏ん張り、頼みます」
「おう。お前らのことだ、なんかあるんだろ?」
「それが全然。誠心誠意、真正面から全力でぶつかるだけなんですよ」
まずはヴァフターに声を掛けておく。二人が脱落し、五人となった状態でも、ヴァフター隊の士気が落ちたようには感じられない。むしろ疲労の度合いならば、一年一組よりもマシに見えるくらいだ。
それもそうだろう、向こうは十三階位で長年本職の近衛騎士をやってきた人たちだ。しかも、第五の『黄石』は腑抜けた『紫心』『白水』と違ってガチだからな。鍛え方も違うんだろう。
「ガラリエさんとヘピーニム隊は前に出てもらえますか。王女様、すみませんが」
「構いません。ヤヅ様の仰る通りに」
こちらにはまだ疲れていない上に、本職が残されている。ただし本来持ち出すべきではない戦力だ。
王女様から護衛を引き抜くなんていうのは考えられない行為だが、ここに及べばそうも言ってはいられない。
当然王女様から返ってくる言葉も想像どおりの全肯定。やっぱり度胸が据わった人だよな。
本当ならヘピーニム隊も前には出したくない。遊撃くらいならアリな人たちなのだけど、勇者チートで技能が豊富な一年一組と違って、彼らは普通の十階位だ。ガチ戦闘は避けてきたのだけど、ここまできたら仕方がない。戦力として一段上のシャルフォさんを引き抜いておいて、こんなのもいまさらか。
「シシルノさん、ベスティさん、王女様を頼みます。深山さんと白石さんと一緒にいてください」
「君たちの健闘を祈っているよ」
「まぁ、わたしも盾くらいには、ね」
俺たちを信じてくれているシシルノさんはいいとして、ベスティさんのその言葉には『この身をもって』というのが挟まっているのが伝わってくるから始末が悪い。
そういうキャラじゃないでしょう。ベスティさんはどちらかというと、やれやれ死ぬかと思ったぜ、とか言って生還してしまうタイプなのに。
「それとポウトルさんも」
「ああ、全力で守り抜く」
さっき治療を終えたばかりのポウトルにも王女様の護衛を頼む。本当に継ぎはぎだらけで申し訳ない人員配置だ。
その代わりに戦力として見込める人たちは全部を前線に叩き込む。これが俺たちの最終手段となる。
甘さを認めるよ。安全策を取って戦闘時間を長引かせれば状況がこちら側に傾くなんていう考えは、理屈では合っていたはずなのに、力でひっくり返された。総長が飛び抜けていて、ついでにベリィラント隊の全員も強い。
だけどな、追い詰められたからこそ、一年一組は腹をくくった。
「とにかく足止めだ。倒さなくていい。総長を孤立させろ!」
「ははっ、ふはははっ、『指揮官』とやらがここまで言うのだ、やらせてやればいい。だが、手を抜くな」
「はっ!」
俺たちの総攻撃を真っ向から受け止め、かつ手を抜かないと宣言する総長は、本当に生粋の戦士なのだろう。
これで性格がまともならば、頼りになる味方路線もあっただろうに。だけどこのおっさん、絶対に俺たちの考え方とは相いれないタイプで、たとえ今回の戦いで俺たちが完勝したところで改心はしないと思う。それが確信できてしまうのがなあ。
「春さん、奉谷さんを頼む!」
「おいで鳴子。はいよっと!」
「みんな、行っくよぉ」
俺の指名を受けて、クラス最高速を誇る春さんがロリっ娘の奉谷さんを小脇に抱えて走り出す。
まずは封印していた一手。高機動バッファーを動かす。
春さんという戦力を移動のためだけに使い、柔らかい奉谷さんを前衛に出すなんていうマネは危険すぎて普通なら使えない。
奉谷さんはヒーラーと魔力タンクをこなせるようになったものの、本来は【奮術師】、つまりバッファーだ。
クラスでただ一人所有するユニークスキル【身体補強】は、これまで後衛の力を底上げするために使ってきたが、今だけは前衛にも掛けにいく。
「とにかく避けに専念だ。魔力が続く限り、手あたり次第で」
「おっけい」
「まっかせてー」
あえて【身体補強】という単語を口にしていないが、そんなことを言う必要はどこにもない。『緑山』の全員が、これから起きることを理解している。
ここまでずっと動き続けてきた春さんには、キツい任務だと思う。
それでも彼女は敵の動きを見続けてきた。俺と同じように、春さんだって総長たちがどれくらい速くて、どんな挙動をするかを間近で体感しているのだ。頼んだぞ。出来る限りのサポートはするけれど、自力で避けてもらうのが一番なのだから。
広間を跳ねるように駆け回る春さんと奉谷さんを見ながら、俺はつぎの判断を下す。
「上杉さんは田村を起こしてくれ。護衛は中宮さん。ミア、海藤は援護」
続けて【聖盾師】の田村を復帰させる。これまた柔らかい上杉さんを前に出したくはなかったのだけど【豪剣士】の中宮さんを付ければ、なんとかしてくれるだろう。
とにかくだ、少しずつ、全部はムリでも立て直す。
「王女様、全力で【魔力定着】を!」
「賜りました」
段々敬語の質が変わってきている気がするが、それでも王女様はその場で【魔力定着】を使ってくれた。
これで深山さんや白石さんの魔力回復速度が上がるはずだ。同時に魔獣の乱入があり得るわけだが、そっちのリスクには目をつむろう。
こうして態勢を整えながら、誰かを交代で下げて少しだけでも休ませてあげたいんだけど。
ここまで来ても、俺は仲間を消耗させながら戦うなんてマネをしない。それはクラスの総意だ。もはや確認するまでもない絶対の決まりごと。
俺たちは誰一人欠けることなく全員で山士幌に帰る。
「先生、引き気味でお願いします。五キュビ後退。バフ掛けと田村の復帰までは、術師メインで。草間、疋さんは牽制」
「わかりました」
こと戦闘となれば滝沢先生はリアリストだ。誰かがピンチになれば暴走するけどな。
現状で自分がムリをしていて、この状況を俺が立て直すと聞けば、即断をしてくれる。先生が素直に従ってくれるのはくすぐったいけれど、胸も熱くなるというものだ。がんばらないとだな。
「一分だけ稼ぎます。息を整えておいてください。行こう、綿原さん」
「わたしたちだけだと、先生の代わりとはいかないわね」
綿原さんの言うとおり、俺と綿原さんのペアでは攻撃力が低すぎる。実質綿原さんのメイス頼りだな。
それでも今はやる。少しでも前衛の負担を下げて、そして。
「向き不向きはあるさ。笹見さん、夏樹、やろう」
「あいよ」
「うん!」
俺は【熱導師】の笹見さん、【石術師】の夏樹に声を掛けて前を向く。
やれるだけをやってやる。
◇◇◇
「三キュビ!」
「んっ!」
俺の指差した辺りに石と水球が飛び交った。
敵の騎士には当たらないものの、牽制くらいにはなってくれているのは見て取れる。
「二・二」
「はいっ。あっ!?」
至近距離から跳ねた綿原さんのサメは相手の肩に当たって弾けた。さすがに敵も学習してきたのか、俺と綿原さんが一緒にいるのを認識すると足元に注意を向けているようだ。
俺は笹見さんと夏樹、綿原さんの三人に指示出しをする形で敵を牽制し続けている。
綿原さんには詳細に、残る二人には大雑把にといったところだが、術師たちがバラバラに攻撃を仕掛けるよりは効果的だと思う。
「ひっ!」
それでもついに、俺の目の前にまでやってきた騎士が抜き身の剣を振るってきた。それくらい前に出てしまっているのだから、こうなってしまうのも仕方がない。覚悟の上だ。
それでも恐怖に声が出てしまう。
全力で【観察】【目測】【一点集中】を使って、ギリギリでバックラーを合せる。ギャリンと音を立てて剣が逸れ、俺の体がうしろにズレた。
怖いな。本当に怖い。前衛のみんなはずっとこんな攻撃にさらされながら、それでも引かずに戦ってきたのか。
「おらあぁ!」
横から飛び込んできた佩丘が、剣を流されて体が泳いだ騎士に体当たりをブチかました。
「いいぞ、佩丘。その調子だ」
「八津、お前、柔らかいんだろが。無茶すんな」
「それは聞けない相談だ」
「言いやがれ」
せっかく賞賛してやったのに、佩丘から返ってきたのは悪態だ。つれないヤツだな。
「で、どのあたりだ」
「もうちょい。あっちにあと五キュビくらい」
「そうかよ。上手くやれ」
佩丘の問いかけに俺は目的地を小さく指差してみせた。
戦いの最終局面で言い放った『誠心誠意、真正面から』なんてのは、全部嘘っぱちだ。
むしろキーワードだったりする。日本語だと不自然になりそうだったから、事前の話し合いで決めておいた合言葉。
これについてはヴァフターやシャルフォさんたちとも情報を共有している。つまり『緑山』とその仲間たちは自暴自棄になったようで、それでいてひとつの目標を持って戦っているというわけだ。
向こうに感づかれないように、いかにも俺たちが必死で足掻いているようにみせかけて。
それでもジリジリとターゲットを誘導しながらだ。
総長たちみたいな化け物に真正面から挑んでたまるか。
「あうっ!?」
「ひぐっ!」
決意を秘めて行動する俺たちだが、全てが上手くいくはずもない。
前衛の、とくに騎士職たちに【身体補強】を掛けまくっていた春さん奉谷さんペアが、ついにつかまった。
横薙ぎされた剣こそ春さんがメイスで逸らしたものの、脇に抱えていた奉谷さんごと弾き飛ばされて、二人は床に転がる。やったのは、十四階位の騎士か。
「ぐぅっ。やったよ八津くん。騎士のみんなに。だけどもう魔力が」
横になったまま涙を滲ませた顔を俺に向けた奉谷さんは、口元を歪めながらも笑ってみせた。横にいる春さんは親指を突きあげている。
すでに【聖術】を使う魔力も残っていないのだろう。そこまでしてでも二人は騎士たち五人にバフを掛けることに成功したようだ。
「ありがとう。ゆっくりでいいから引いてくれ」
「うん」
なんとか起き上がった春さんが奉谷さんを引きずるように、王女様の方に下がっていく。ありがとう、助かったよ。
「田村くんが起きました」
直後、上杉さんの声が響く。こっちは朗報だけど、護衛をしていた中宮さんが片手をダランとさせている。
見えてはいたんだ。田村を治療していた上杉さんを攻撃されそうになって、中宮さんが無茶をしたことくらい。中宮さんの怪我が軽ければ帳尻はプラスかもしれないが、それでも腹が立つことに変わりはない。
「上杉さん、中宮さん、田村、移動だ。あそこで態勢を立て直してくれ!」
中宮さんたちを攻撃をした騎士は、ミアの矢と海藤のボールを避ける形で数歩後ずさっている。
移動さえすれば中宮さんの治療もできるが、俺の指差した方向はあまりよろしくない。五人が分断されてしまうような位置取りになるのだが、動きが制限された状況で落ち着くためにはそれくらいしか。
いよいよ行き詰った。敵にはそう見えてくれているだろうか。半分以上は本当だからな。
「先生、あそこの十四階位です。抑えてください」
「わかりました。すぐにですか?」
「はい」
うしろで息を整えていた先生に声を掛ければ、直後に俺の脇を風が吹き抜ける。
即応してくれた先生が、俺の指し示した騎士に怒涛のラッシュをかけるのが見えた。ここだ。
俺はうしろにいる王女様の方に向き直り、目線だけで合図を送る。
「なにをっ!?」
直後、王女様の声が響き、その首には剣が突きつけられていた。
やっているのはヴァフター隊のポウトル。さっき上杉さんから治療を受けて、王女様の護衛として後方に配置されていた男だ。
突き飛ばされたのか、シシルノさんとベスティさんは尻もちをつき、深山さんと白石さんは固まったままで動けないでいる。
「ポウトル!? お前なにして──」
「黙れよ、団長!」
そんな光景を唖然と見つめるヴァフターに、ポウトルは歪んだ顔で叫びを返す。
総長たち敵方、こちら側のヘピーニム隊、ヴァフター隊、そして『緑山』の時が止まった。
理屈は通るよな。
元々は宰相側で勇者拉致に加担したのがヴァフターたちだ。そんな連中が王女側についたのは、恩赦かなにかを餌にして脅されたからに決まっている。そしてチャンス到来とみて、再び寝返る。
王女様を人質にして、総長におもねれば、ってか。
苦し紛れで王女様の護衛を手薄にした上で、直前に仕込んだ本物のアドリブだった。
ちなみに発案者は上杉さん。
事前にコレを知っていたのは俺と上杉さん、近くにいた深山さんと白石さん、奉谷さん、あとはポウトル本人くらいだ。
この場にいるほとんど全員の虚を突けたなら、仕掛けた上杉さんも本望だろう。うん、笑みが黒い。
『ダミーだ。行け!』
それでも日本語で叫んだ俺の声を聞けば、一年一組は動き出してくれる。そういう間柄だからな。
それどころか最初から先生はこっちに目もくれず、対峙していた十四階位の騎士を殴り倒す始末だ。このネタ、先生には教えてなかったんだけどなあ。
階位のあるこの世界での一秒は長い。虚を突くという意味では、それこそ十秒くらいの価値があるのではないかと思ってしまうくらい、それくらいの巨大な隙となる。奉谷さんの【身体補強】を受け、ここぞとばかりに【身体強化】をぶん回せば、三階位くらいの差は埋められるはずだ。
こういうトラップを仕込んでいたことは知らなくても、一年一組はやるべきことを理解している。
一気に敵の隊列に飛び込んだクラスメイトたちは、対応が遅れた相手を倒すところまではいかずとも、状況を乱すことに成功した。
「古韮、佩丘! 総長だ!」
「おうよ」
「ああ」
俺たちの狙いは最初からずっと総長の撃破。俺の声を聞いた古韮と佩丘が突進する。
総長は退避した上杉さんたちのグループを叩こうと移動しかけたところで、王女様の方に注意を向けてしまった。たとえ階位が十六であっても、そういう思考の合間はカバーできない。
同じく敵の騎士たちも一瞬の隙を『緑山』に食い破られていく。
「綿原さん、疋さん、行くぞ! ほかのみんなは援護! 白石さん、アレをよろしく!」
「アタシもかぁ」
「うんっ!」
古韮たちがこじ開けた敵陣の穴を俺と綿原さんが駆け抜ける。
別の場所からムチをしならせた疋さんが飛び込んできた。さすがは前衛、隙さえあればそれくらいはやってのけるか。
『──勇者よ、挑み続ける者よ。折れる心はここにない。勇気ある人よ、立ち向かう者たちよ』
【騒術師】白石さんの【奮戦歌唱】が広間に響く。
ご丁寧にも俺たちが二層に転落した時に歌っていた曲の、しかも二番と来た。これは最高にアガる。白石さんは実にわかっている人だ。
「貴様らぁ、どこまでも!」
「らあぁぁ!」
「クライマックスで一期OPが流れたら勝ち確だろうが! 喰らえよ。【魔力伝導】!」
あまりに卑怯なやり口からの怒涛な展開に総長が吠える。
ヤツに向かって突っ込む佩丘は真っ当に叫び、古韮は実にメタいことを言い放った。
勝ち確については、俺もそれを期待して白石さんにお願いした部分もある。オタ的ゲン担ぎってヤツだよ。いかにも勝利目前っぽい演出だろう?
「舐めるな!」
佩丘渾身の体当たりと、古韮の【魔力伝導】を乗せた突撃を受けながらも、それでも総長は二歩後退したところで受け止めてみせた。化け物めが。
「おりゃぁ」
気軽い声で疋さんがムチを振るい、総長の右腕に巻き付ける。古韮の盾に続き、ムチ越しの【魔力伝導】が走る。
いかに総長が十六階位とはいえ、二人がかりの魔力相殺だ。この状況まで持ち込むのに、どれだけ苦労をさせられたか。
「小賢しいわっ!」
なのに叫び声ひとつで、総長はムチを力だけで引きちぎり、佩丘と古韮までも突き飛ばしてみせた。本当に怪獣かなにかか、このおっさんは。
それでも度重なる攻撃と魔力の相殺で脱力感を覚えているのだろう、総長は後ずさる。
「一・二」
俺と綿原さんはそんな総長を睨みつけながら突進を止めない。俺の指差した先、ほんの一メートルくらいの場所にサメが舞った。
広間の北側、さっきまで総長たちが魔獣と戦っていてくれたお陰で、辺り一面は血に溢れている。
だが当たらない。急所を逸らすのが精一杯のはずな攻撃は、総長の眼前を通り過ぎた。
「っ、八津くん!?」
反射的に俺の指示通りの場所にサメを跳ばした綿原さんが驚愕の表情をしているが、それもまた良しだ。信じられないという表情が最高だよ。それだけ総長の意識を持っていけるということなんだから。
どうせ急所を避けられるのなら、気を逸らすことに全振りしたんだよ、綿原さん。驚かせてごめんな。
「らあぁぁぁ!」
一瞬だけ硬直した総長の腰に、俺は渾身の力を込めて体当たりをカマした。




