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第317話 美味しい戦場



「申し訳ありません。少し熱が入りすぎたようです」


 頬を赤く染めた王女様が恥ずかしそうに顔を俯き加減にして、消え入るように呟いた。


 そこまでしなくてもいいだろうとは思うのだけど、こちらとしても聞かせてもらった王女様の考え方に思うところもある。

 感動しているクラスメイトもいれば、腕を組んで考えこんでいる者もいる。一年一組二十二人はそれぞれ性格も違っていて、ストレートに感情が表に出るタイプもいれば、そうじゃないのもいるわけで、全員がお互いの心の内までは、さすがに読み切れるものではない。


 わかりやすいのはワイルドエルフなミアや元気ロリな奉谷(ほうたに)さん、弟男子の夏樹(なつき)あたりで、実は副委員長で木刀女子の中宮(なかみや)さんもそっち側だ。

 逆に神秘さをまき散らす聖女な上杉(うえすぎ)さん、チャラ子の(ひき)さん、オタリーダーの古韮(ふるにら)などは割と表情から感情を読ませない。

 そんな中でも突き抜けて感情を表に出さないのはアルビノ系薄幸っぽい少女の深山(みやま)さんだというのがなんともはやだ。彼女の場合【冷徹】を使っていると、もはや鉄血の精神を持っているんじゃないかというくらいポヤポヤさを崩さない。


 さて、そんな中で俺はどんな部類だろうか。鮫女の綿原(わたはら)さんは表情を取り繕える側だけど、サメで感情を拾えるしなあ。


 馬鹿なコトを考えている場合ではないか。



「あの、いまさらですが、あまり重く受け止めないでいただけると」


「殿下……」


 ちょっとキョドった感じになってしまった王女様に、横に立つガラリエさんがため息を吐いた。

 たしかにちょっと、いや、かなり重かったとは思う。


 王女様の言ったことは現実に起きている事態の一側面でしかない。

 目の前にいるこの人は、勇者を日本に戻すためだけにクーデターを起こしたわけではないだろうし、二年という猶予にしても、帝国にアウローニヤを高く売りつけるためにもぎ取った条件だったはずだ。


 これはそういう前提条件の上で実行可能な、王女様なりの誠意みたいなものかもしれない。

 もちろん悪い気はしないし、今の状況で最善を尽くしたくなるような激励にも受け止められた。


「えっと、気持ちは嬉しいです」


 どうするんだよという周囲の視線を一身に集めた藍城(あいしろ)委員長が、とりあえずはお礼っぽいことを言う。



「……そうですね。王女殿下が僕たちのコトを考えてくれて、実行してもらえるなら──」


「そこまでだよ。来た」


「蹄の音っしょ、コレ」


 王女様に肯定的で、それでいて曖昧な返事をしようとした委員長のセリフを遮ったのは、忍者の草間(くさま)と耳のいい疋さんだった。


 有耶無耶にしたくらいの方がいい感じだった王女様の決意表明だったので、この展開は悪くない。それに加えて、誤魔化しの意味でなくてもコレは完全に朗報だ。


「草間、数は?」


「……二体」


 戦闘モードに感覚を切り替えて、草間に確認をする。


「牛か馬か。どっちにしても、いいな。いいですよ、これ、王女様」


「はいっ」


 ちょっと笑いが混じった俺の言い方に、慌てたように王女様が反応した。


「いいですね【魔力定着】。囮を使った釣り出しだと、こうはいかないと思います」


「そうですか。お役に立てて嬉しく思います」


 良い良いと連呼して【魔力定着】を絶賛すれば、王女様ははにかんだように小さく笑う。

 そんな俺の傍をサメが通過するのだ。うん、そう来なくてはだよ、綿原さん。クーデターなんて異常事態だけど、こういう通常なノリがとても助かる。


 俺は王女様にお世辞を言ったわけではない。

 人力では人手も割かなくてはならないし、どうしても魔獣釣りにバラつきがでてしまうのだ。

 魔獣は人の魔力には敏感で、感知されれば一斉に動きだす。だから俺たちは魔獣の種類ごとの速さに合せて引き撃ちなんてことをやった。

 それに対して『部屋の魔力』は遠くまで誘引効果が届く代わりに、魔獣は緩やかに移動するだろうと予想できるのだ。ソースはシシルノさんで、俺たちの経験則も組み込まれている。



 この現象をみればその説で正解だと思えてくるな。シシルノさんもいい笑顔だし。


 探知範囲外の魔獣が大した魔力の籠っていないこの部屋を目指すのは不自然だ。この時点で【魔力定着】に意味があることがわかる。

 さらには牛か馬が二体というのもいい。元々それしか居なかったのか、それとも足の速さの違いか、魔獣の集団の端だけが釣れたのか、想定はいくらでもできるけれど、今の俺たちにとって向かってくる魔獣の数が少ないのは福音だ。まったく居ないとなれば、それはそれで困るのだけど。


「戦闘が終わったら、もう一回【魔力定着】、試したいですね」


「うん、さすがはヤヅくんだ。わかっているじゃないか」


 思わずこぼした俺の言葉に反応してくれたのは王女様ではなく、いい感じにアガっているシシルノさんだった。


 この場で数度【魔力定着】を試してみて、それで魔獣の誘因と、ついでに身内の魔力回復を図る。悪くないと思うんだよな。王女様の【魔力定着】と【魔力回復】の熟練も稼げるし、なんなら一年一組の誇る魔力タンクを総動員してもいい。


「くるよぉっ!」


「盾組キバれぇ!」


 俺がいろいろと夢想しているあいだにも、敵は間近に迫っていた。

 疋さんが警告を発して、ヴァフターたちと共に堂々と前線を張ってみせている【重騎士】の佩丘(はきおか)が叫ぶ。



 ◇◇◇



「牛、だな」


「ああ、牛だ」


 後方で王女様の護衛をしている海藤(かいとう)が、実家が酪農家仲間という意味を込めて俺に声を掛けてきた。俺の返事もシンプルなもので、アレが牛だと表現するしかない。


 アウローニヤ呼称で【六足四腕紅牛】。迫ってくるのは体高が二メートル、全長が三メートルくらいの巨大な牛だった。

 本来前後と表現すべき箇所にあるはずの二本ずつの足が、三本ずつで合計六本。背中からは蹄の付いた足としか思えない、長めの腕が四本生えている。この段階で牛と呼びたくなくなるな。

 色が赤茶色で見慣れたホルスタインっぽくないのはどうでもいいが、本来頭があるべき場所にソレがない。前後ともに尻なのだ。では顔がないかといえば、しっかりある。胴体中央部の片側にしっかりと角突きの頭が生えていて、それ故に、俺たちの感覚としては横走りとしか表現できない挙動でこっちに迫ってきているわけだ。


 横向きで腹に頭のついた六本足の牛が背中からも四本の足を生やして突っ込んでくる。眩暈を起こしそうな光景だな。


「キモいわね」


「うん。アレはちょっと実家的にも許せないかな」


 俺の少し前に陣取る綿原さんが吐き捨てるように言うが、気持ちはわかるよ。


 迷宮の魔獣は総じて生命をバカにしているんじゃないかというモノばかりだが、今回の牛もなかなかキテる。

 頭の位置もそうだが背中から足が生えてるって、意味不明じゃないか。



「受け止めたら上からの攻撃に気を付けろ。頭を振り回すから角もだ。毒は無い」


「うっす!」


 手慣れた感じのヴァフターが、勢いよく突っ込んできた牛を大盾で受け止め、注意を促す。

 ヴァフター隊の分隊は全員が経験しているのだろうから、これは一年一組に向けての言葉になる。それがわかっているウチの騎士連中が威勢よく返事をした。気遣いどうもってところだな。


 牛を受け止めているのは今回も一年一組の騎士職五人と、ヴァフターたち七名の混合部隊だ。


「丸太ほどじゃないけどっ」


「暴れるのが、なあっ!」


 細身の【風騎士】野来(のき)とガタイのいい【岩騎士】馬那(まな)が、牛に大盾を押し付けながら悪態を吐く。


 普通の高校一年生が自分よりはるかにデカい牛を生身で足止めする光景は、何度見ても異常事態だ。相手をしている牛がこれまたSAN値を削ってくるフォルムをしているので、もはや異世界モノというより異形モンスターパニック映画に近い。



「これもう、手出しできないわね」


 乱戦模様に綿原さんもサメ攻撃を諦めたようだ。


夏樹(なつき)も止めといたほうがいい」


「だね。うん」


 なんとか味方の隙間を狙って石をぶつけようとしていた【石術師】の夏樹も引き下がった。こうも近接戦闘になると、さすがに誤射が怖すぎる。


 あれはもう前衛に任せるしかない。

【裂鞭士】の疋さんもムチを通すのを断念したようだし、【熱導師】の笹見(ささみ)さんはとっくに熱水攻撃を止めて、今は後方で鍋の温め直しをしているくらいだ。おかわりがあれば敵の種類によっては鍋攻撃もあり得るからな。


 ピッチャーの海藤(かいとう)はボールを投げるのを完全に諦めて王女様の護衛に専念し、ミアは弓攻撃を放棄して、メイスで牛の足を狙っている。

 もはや完全に前衛物理攻撃オンリー状態だ。わりとある光景だが、今回はとくに酷いな。



「アレを食べたんだよね、ボクたち」


「だね。調達するの、大変だったんだろうね」


 横から聞こえてくるのは副官ペアのロリっ子奉谷さんと文学メガネ少女な白石(しらいし)さんの会話だった。

 なんというか、そこにあるのは牛に対する嫌悪感よりは、むしろアレを倒したのであろう迷宮探索者への尊敬に近い。俺たちも染まったものだ。


 今ならわかる。あの時は王子様や王女様、ついでに近衛騎士総長まで列席していたとはいえ、アウローニヤ的には最初の食事で超高級食材を使った料理を出してくれていたのだということが。しかも王女様が毒見役をやるなんていう、古臭いマネまでして。


「気を引こうとしてたのかな」


「なに?」


 前線の怪獣バトルを【観察】しながら、戦闘とは別のことを言ってしまった俺に綿原さんが声を掛けてきた。


「アレって相当な高級食材なんだろうな、って。最初の食事を思い出してさ」


「それを言ったらジャガイモやダイコンもそうなっちゃうのよね」


 いつでもサメを射出できる態勢のまま、綿原さんが肩を竦める。介入できない前線にちょっと苦笑いになっているようだ。


「ジャガイモなんて地上で育てればいいのに、なんで麦ばっかりなんだか」


「種イモがないんじゃないかしら」


「迷宮のジャガイモを種にするのは……、無理なんだろうなあ」


 そしてするのは現実逃避的な会話となる。話題がどんどん変な方向に走っているのは自覚しているぞ。



 ◇◇◇



「っしゃあ」


「ててて、上杉、治療頼む」


「はいはい」


「攻撃力なら丸太よりやべぇな」


「上からの攻撃って、あんまり経験なかったもんね」


 三分くらい続いた激闘も終わり、前衛組は治療の要請やら、感想やらを言い合っている。


 途中からシャルフォさんたちも参加した戦いは、結局ラストアタックを佩丘とミアが持っていったようだが、二人とも階位は上がらなかった。あと二、三体は大物を食わないと十一階位にはなれないはずなので、その点は納得済みだ。


 むしろ俺たちとしては後衛の九階位組を十階位にするのを優先したいのだが、相手を選ぶ必要があるからなあ。



「あ、後続だ。たぶんジャガイモが五体くらい」


 さて牛の解体を始めようかとなったところで、草間が新たな魔獣の接近を教えてくれるのだが、ヤツめ微妙に嬉しそうだな。俺も口端が吊り上がっていくのを自覚できているぞ。


「王女様」


「なんでしょう、ヤヅ様」


「敵が到達する前にもう一回、【魔力定着】いけます?」


「もちろんです」


 王女様に声を掛ければ、それはもう嬉しそうに返事をしてくれる。

 役に立つことがあるっていいよな。俺もそうだから、気持ちが凄くわかってしまうのだ。


「笹見さん、鍋はいけそう?」


「ああ、丁度いい感じだよ」


 振り向けば、笹見さんが鍋に手を当てながら、ニヤリと笑い返してきた。


 実にいい感じだ、なんて思うとフラグになってしまいそうだが、それでもこの展開は悪くない。部屋に居ながらにして魔獣が少しずつ流れ込んで来てくれているこの状況だ。

 鍋で煮てから刺すなんていう作戦をやっている以上、移動は普段以上に手間となる。設置して温め直しの時間が必要だからな。敵の数や種類次第ではムダにもなるだろうし。

 幸いにしてこの部屋には逃げ道が確保されているし、ギリギリまで王女様の【魔力定着】に頼るのも悪くなさそうだ。



「ジャガイモが五組で十個追加だ。全部鍋に突っ込むぞ。悪いけど倒さずに(つる)を切るのと足を落とすのを頼む。毒に気を付けてくれ」


「おう!」


 俺のコールに半笑いになった前衛たちが気勢を上げる。全部を後衛に回せと言っているのと同義だからな。


「まずは王女様を九階位にするぞ。それから柔らかグループにやらせてもらえると、嬉しいかな」


「いいぜー」


「不敬っぽいのが混じってるぞ、八津(やづ)


 たしかにテンションが上がって変な言い方になったけど、誰だよヤジを飛ばしたのは。


「勇者の指揮官たるヤヅ様のご指示ならば、ありがたく」


 王女様も乗らないでもらいたい。居たたまれなくなるじゃないか。



 ◇◇◇



「どうにも俺は好きになれないな」


「なにがです?」


 鍋で茹で上げたジャガイモを交代で突き刺す俺たちを見ながら、ヴァフターが不意に話しかけてきた。


「お前たちのやり方だ。理屈はわかる。効率だったか? けどな……、魔獣を敵だって思ってないだろ、お前ら」


「だったら、なんだって言うんです?」


「階位を上げるための餌、だよ」


 俺としてはヴァフターの言葉を否定できる材料がどこにもない。

 真実俺たちは、そう思ってやっている部分も多いのだ。死闘を繰り広げる敵でありながら、同時に経験値の塊として魔獣を見てしまっている。だからこそ、こんな光景も作り出せるのだ。


 その結果として現実にほら、王女様は今さっき九階位を達成したじゃないか。偉業だろう。


「気に食わないが、俺たちも命懸けで背負った仕事だ。やることはやらせてもらうさ」


「そうしてもらえると助かります」


「そう不貞腐れるな。俺だって言い掛かりをつけてるのを自覚して言ってるんだ」


 マズったな、顔に出ていたか。


 ヴァフターの言っているコトは、アウローニヤの人からしてみれば当然なのかもしれない。だからといって俺たちの創意工夫に嫌味を言われれば、気だって悪くするだろうが。

 いや、思ってしまったのは、ゲーム要素の良い部分を掬い上げようとしている俺たちの理屈を、よりによってヴァフターに指摘されたのが面白くないだけかもしれない。



「あのな、ヤヅ」


「なんです?」


「王女殿下はお前たちを尊重している。ジェサル卿やフェンタ卿なんかが勇者を買っているのも、見ていればわかる」


 なにを言い出すのか先が読めない俺は黙ってしまう。


「イトル団長なんかは、怖がっていたかな。ゲイヘン軍団長は、あの人は懐が深すぎてよくわからん。で、俺は……」


「好きに言ってくれていいですよ。いまさらです」


「お前たちが、ほかの世界から来たっていうのを信じるようになった。髪の色とか魔力の量じゃなく、根本的な考え方がだ」


 ヴァフターは俺を見ながら自分の頭を指でつついてみせた。



「たしかにお前たちは勇者なんだろう。だけどな、俺はお前たちが薄気味悪いって思うんだ」


 そうか。俺たちはキモかったのか。


 キャルシヤさんが俺を狙っているなんていう話題が出た時には名指しで気持ち悪がられたようだけど、ヴァフターは一年一組全体に対してそう言った。

 だけど不思議と怒る気にはならない。同時にちょっと悲しくなった。どういう感情なんだろうな、これは。


 ひとつハッキリしているのは、とてつもなく弱い立場にいるヴァフターが、あえてここまで言ったということはってことだ。

 俺たちはどこまでいっても異邦人で、勇者だからと崇め奉られるばかりじゃない、と。


「俺と同じような受け止め方をするヤツらに、これからもお前たちは会うことになるんだろうな」


「……忠告だと、受け止めておきます」


「そういうところが気味悪いんだよ。お前たちは。それと……、いや、こっちは俺が言えた義理じゃないか」


 俺の返事にバツが悪そうな顔になったヴァフターは、捨て台詞を残して離れていった。しかも含みまで持たせて。



「聞こえてたけどさぁ」


「疋さん、聞こえてたんじゃなくて、聞いてた、だろ?」


 入れ替わりにこんどは疋さんが近づいてきたのだが、表情はとても面白くなさそうにしている。こんな疋さんは珍しいかもな。

 どうやら【聴覚強化】で俺とヴァフターの会話をシッカリ聞いていたようだ。


「まぁまぁ。八津の言ったとおりでさ、あれがあのおっさんなりの忠告だってのはわかるんだけどさぁ」


「疋さんもそう思ったんだ」


「まぁねぇ。けどさ、だからってアタシたちにどうしろって話っしょ」


 まるで疋さんが俺の代わりになって怒ってくれているように感じてしまうと、心が静かになっていくのが自覚できる。


「ちゃっちゃと終わらせて、早く帰りたいね~」


「疋さんがそれを言う?」


「初日のネタをどこまで引っ張るのさ。ほら、(なぎ)がこっち見てるっしょ。こっち来なよ、凪。八津が話あるんだってさ~」


「ちょっ?」


 とっくにサメの監視下ではあったのだけど、疋さんをからかう俺を見て、いよいよ綿原さんも腰を上げたようだ。ズンズンとこちらに向かってくるメガネクールな美少女が口をモチョらせている。


 ニヒっと笑った疋さんが俺の傍を離れて、迫りくる綿原さんの肩をポンと叩いて立ち去っていく。

 話題があるわけでもないのだけど、それでもまあ、綿原さんとなら雑談のネタならいくらでもあるか。



 今の時点で王女様が九階位となり、新たに十階位を達成したのが深山さんと藤永(ふじなが)のペアだ。

 全員が魔力温存策でいくようなので、この場での技能取得は無し。三人ともが魔力タンクみたいな存在だから当然か。


 そろそろ地上からの伝令第二弾が来る時間だ。綿原さんとはそのあたりの調整かな。

 上は今頃どうなっているのだろう。上……、か。


「……そういうことなのかな」


「どうしたの?」


 疋さんと入れ替わるように俺のところにやって来た綿原さんが首を傾げた。


「いや、ヴァフター、さんが」


「本人がいないならムリしてさん付けしなくてもいいのに」


 心の中では呼び捨てだけど、口にするときはクセにしておかないと、どっかでボロが出てしまいそうだからなあ。


「それはいいけど、どうしたのよ」


「言えた義理じゃないって、アレ、たぶん地上のコトだと思うんだ。迷宮に入ってからの俺たちの態度を見て」


「……わたしたちが『他人事』だって?」


 相変わらず綿原さんは鋭いな。


「ほったらかして逃げようとした人だから、たしかに言えた義理なんてどこにもないわよね」


「俺たちのやり方が遊んでるように見えて、イラついたのかも」


「こっちはこっちで真剣なんだけれどね」


「結末次第で俺たちだってどうなるのか。これでも必死なんだけどなあ」


 お互いに顔を見合わせて、綿原さんと俺は苦笑してしまう。


「そんなのあっちの勝手よ。わたしたちは最善を尽くしてる。見栄えなんてどうでもいいじゃない」


「そういう見え方も、人によっては引っかかるって言いたかったのかな。ヴァフター」


「ふん、自分勝手な理由で拉致までしておいて。今日はわりと素直だけど、やっぱりわたしは好きなれそうにないわ。それになによっ、八津くんに──」


 ヴァフターはヴァフターなりに嫌味混じりの忠告をしたかったのかもしれない。

 それが俺たちの反感を買おうとも、それでも。どうにもあのおっさんの心は読み取れないな。


 移動までの数分間、二人のグチは続いた。

 それだけでどこか心が軽くなるのだから、俺もチョロいものだと思う。



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