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第297話 足りない戦力を補う方法



「有体に言ってしまえばわかりやすいのです」


「なにが、です?」


 近衛騎士総長という十六階位の化け物にロックオンされている可能性を示唆した王女様が、突如謎な発言をした。会話相手になっていたちょいイケメンの古韮(ふるにら)は、どこか怯えたように合いの手をいれる。


 俺も正直なところ、嫌な予感しかしていない。だから傍を泳いでいる白いサメを見て心を落ち着かせるのだ。魔力不足だからと一匹だけで、いつもより小さ目なサメだが、そのぶんピチピチと元気そうにも見える。うん、いいね。


「近衛騎士総長のことですよ。あの者は政治的には無害で、行動指針もハッキリしています。帝国との渡りも皆無」


 いったいこの王女様はどこの近衛騎士総長のことを語っているのだろう。あんな面倒くさくて、意味不明なの行動をした人間を指して。


「帝国からの接触があったのは確認できています。ですが当然のように断りを入れました。そういう人物なのです」


「あの、俺たちって総長の被害者なんですけど、そういう言われ方をされてしまうと」


 まるで真っ当な騎士であるかのように総長を評する王女様に対し、古韮の声が一段低くなる。


 一年一組は総長に八つ当たりでしごかれたことがあるだけに、さすがの古韮だってカチンとくるものがあるだろう。俺たちがまだ四階位や五階位の頃に十六階位のヤツが暴れた。被害を受けたのは全員ではない。だけど滝沢(たきざわ)先生と中宮(なかみや)さん、それとミアが怪我を負わされた。


 総長が手加減をしていたのはわかっている。ギリギリ訓練の範疇だったと言えなくもない。

 だが、そんなことをしでかした当人は単なる憂さ晴らしであることを隠そうともしなかったし、そうなる原因を作ったのは、そこで語る第三王女だ。総長を通さない形で『緑山』を作ろうとした張本人がもっと強く釘を刺しておけば。



「わたしには、王女殿下の言葉の意味が、なんとなくですがわかります」


 そこで王女様の言葉を理解できると会話に割り込んできたのは、なんと総長絡みの一件で激怒モードに入っていたはずの聖女、上杉(うえすぎ)さんだった。


「正直に言えば、わたしはあの人に恨みに近い感情を持っています。ですが王女殿下の言う、わかりやすさと、王国を裏切らないという見解には同意できます」


 この話題は上杉さんにとってセンシティブだと思っていたが、とんだ勘違いだ。彼女はクラスメイトの誰よりも近衛騎士総長という人物を理解しているように振る舞っている。あの時に発していた黒いオーラはなりを潜めて、むしろ寂しげな微笑を浮かべているくらいだ。ソレはまさか、総長に対する哀れみなのか?


「あの人は、血筋と己の階位と立場を拠り所にして、それだけを振りかざしている子供のように、わたしには思えるのです」


「ウエスギ様……」


 上杉さんの言葉を聞いた王女様は、感極まったといった表情だ。そこから伝わるのは理解者への同族意識みたいなものかもしれない。



「此度の騒乱で血が流れるとすれば、ベリィラント卿の周囲が最も濃密になるであろうと、わたくしは考えています。それが『黒い(とばり)』での出来事ならば流血はあれど、わたくしたちは勝利するでしょう。ですが薄い確率ではありますが、かの者がわたくしを狙って迷宮まで降りてきた場合……」


「わたしたちにアレの対処が可能か否か、ですね」


「はい。戦闘となる可能性が高い場所に最高の戦力を集中させざるを得ないのです。ですが迷宮側には」


 苦しげではあるが王女様の言っていることは正しいと思う。相槌を入れる上杉さんは総長をアレ呼ばわりだけど。


 普通に考えれば近衛騎士総長は王様や第一王子の守りに入る。ならば、こちらは出せる限りの最高戦力をそれにぶつけて、タコ殴りにしなければいけないだろう。


 この際、宰相たちは逃がしてしまっても問題はない。いやまあ大問題ではあるが、強引でもなんでも王女様を玉座に載せるためには、王様を確保する必要があるからだ。あくまでそれが最大目標で、宰相の確保はその次になっても……。

 いやいやダメだ。宰相が逃げ出せば南部で大反乱が起きる可能性があると聞いたばかりじゃないか。あれもこれもに手を出すのは失敗のありがちパターンだが、抑えるところは抑えないと。


 いかんな、考えがとっちらかっているぞ。総長のインパクトが大きすぎて、俺が混乱状態になってどうする。



「『白水』に潜伏している可能性が高い宰相ほか数名の確保については王都軍を主体とし、『白水』『黄石』のこちら側にも働いてもらいます」


 俺が混乱していたところで、王女様は宰相の方への戦力にも言及した。話のついでにクーデター時の戦力の振り分けを教えてくれるというわけか。


 これまで懸命になって計画を練っていた王女様だ、そういうあたりに抜かりはない。

 王都軍は高い階位を持つ部隊こそ多くはないものの、三個騎士団相当の戦力を持っている大組織だ。さらには『白水』や『黄石』から王女側に寝返った連中を投入するわけか。もしかしたらジェブリーさんたちカリハ隊なんかも参加するかもだな。


「行政府の制圧も、王都軍に任せる予定ですが、こちらは二線級の戦力になるでしょう。そこからさらに迷宮に投入できる有力な部隊となると……」


 そこまで言って王女様は口ごもった。


「『紫心』と『灰羽』は派閥が混在しすぎていますので、組織だった即応はできないでしょう。制圧は後回しになります」


 そう付け加える王女様の言いたいことは、カツカツの戦力で、地上ですら一気に抑えるのはムリだという現実だ。


『王女派』は人が少ない。以前聞かされた、恫喝を含む様々な方法で派閥を拡大し、そこからなんとか戦力を絞り出しているのが現状なんだろう。

 ピンポイントで重要区画を抑えるような戦い方をせざるを得ないので、どうしても迷宮までは手を伸ばしにくい。


「やはりパラスタ隊の寝返りが痛手です。戦力として数えていただけに……、代わりというわけではありませんがカリハ隊を取りこめたのは幸いでした。この時点でバークマット卿を勇者の皆様方が打倒し、『黄石』が機能不全になっていることも」


 今日初めてため息を吐いた王女様は、苦笑を浮かべながらポジティブ材料を追加した。


 パラスタ隊は階段で俺たちを襲い、そのまま行方不明になっている部隊だ。ほぼ確実に宰相の傍にいるだろう。

 つまりは宰相が潜伏しているであろう『白水』を攻める戦力だって、手抜きなどできはしない、と。


 近衛騎士総長の動きが読み切れないからといって、戦力を分散させるわけにもいかないという現実に、談話室が沈黙した。



 ◇◇◇



「ベリィラント隊。近衛騎士総長直轄の部隊で、四分隊構成だなぁ。総勢で二十五人。【聖術師】も追加してるかもしれねぇ。人数はほとんど互角だけど階位は大違いだ。さて指揮官の八津(やづ)よ、どう思う?」


 重たい空気の中で、壁に貼られた近衛騎士の組織図をチラ見し、片手で敵メンバーのリストをもて遊びながら、皮肉屋の田村(たむら)が俺に声を掛けてきた。暗くなった空気を入れ換えるかのようにだけど、俺に振るのかよ。


 もしも王女様が言うように総長が防衛を投げ捨てて、クーデターの根源を潰しにきたらどうなるのか。

 そんなの相手の階位次第としか──。


「資料通りならベリィラント隊は隊長兼務の総長が十六階位。十五が二人で十四が五人、残りが全員十三階位だ。化け物集団だな。アウローニヤの最強ってかぁ」


 そんなのが徒党を組んで『緑山』を追ってくる可能性があるわけか。いや、ムリだろ、それ。


「迷宮で味方を集めて対応するしかないだろうな。どれだけ中立派を説得できるかはわからないけど、そこは上杉さんや奉谷(ほうたに)さん、綿原(わたはら)さんの領域だ。もちろん王女様もですけど……」


 ガチでぶつかり合って勝てるとは思えない。自然と俺の声が小さくなっていく。


 十人とは言わない、五人だけでも削ってもらえれば、希望は無くもないと思う。だからこそ勧誘が上手そうな『聖女』と『御使い』、『イラストレーター』に期待をしてしまうのだ。そしてなによりリーサリット王女殿下のご威光も高らかに、使えるモノならなんでも使うってか。



「予備と言えなくもない戦力はあるのですが……」


「そんなのあったんですか!?」


 王女様の出してきた思わぬ単語に俺は食いついたわけだが、自分で口にしてから気付いてしまった。


 複雑そうな表情の王女様。そもそもだ、そんなモノがあるのなら、とっくに会話に出てきているはずだ。つまり訳あり……、まさかだよな。


「ハシュテル隊とファイベル隊です。バークマット卿も、ですね。レギサー隊はすでに伯爵家ごとこちら側ですが、配置はもう決まっていますので」


 第三王女が並べた名前は、全部が全部聞き覚えのあるものだった。


 俺たちを拉致しようとしてみたり、実際に半分成功した連中じゃないか。ついでに第一王子襲撃事件の犯人まで。全員牢屋にいると思っていたのに。

 しかもレギサー隊はすでに寝返っていた、だと。


「懲罰部隊かよ」


 馬那(まな)がボソリと呟いたということは、ミリタリ方面用語なのだろうか。けどまあ、響きで意味は想像できる。


 今さっき、使えるモノはなんでも使えとは考えたよ。だけど、これはちょっと。


「減刑を条件にこちら側に参加させるという提示は可能です。ですが……」


 再び口ごもる王女様を見て、俺たちが視線を送るのは藍城(あいしろ)委員長だ。

 これはもう迷宮委員の管轄じゃないよ。



「レギサー隊長が王女殿下に付いたのはわかりました。なら、ハシュテル副長は? たしか実家は男爵家でしたよね」


 一年一組全員の期待を背負った委員長は、軽くため息を吐いてから王女様に語り掛けた。


「ハシュテル男爵家自体はすぐに頭を下げましたが、事件を起こした当人がいまだに罪を認めていません。わかりやすく表現すれば、話が通じない、でしょうか」


「ダメじゃないですか」


 委員長が手で目を覆う。ハシュテル……。


「男爵家自体は戦力を持ちませんので、財貨で償う姿勢を見せていますが、実行犯は爵位をはく奪し、フィーマルト迷宮の開拓に回す予定でした」


「あー、と。いちおう聞くけど、ハシュテル副長を仲間にしたい人、手を挙げて」


 解説をしてくれた王女様には申し訳ないが、アレの言動を矯正できるとは思えない。委員長もそう考えたのだろう、捨て鉢で皆に声をかけた。


 もちろん誰一人として手を挙げるものなどいない。完全に却下だ。

 そもそもあんなのと一緒に迷宮なんて、考えたくもない。



 だが、最後のひとつ。

 バークマット男爵、つまりヴァフターと、ファイベル隊はどうだろう。


「昨日の今日なんですよね。尋問などは?」


「簡易的なものは。宰相を見送ったという者も途中で別の護衛と交代したらしく、最終的な行方はわからないと」


「本当のコトなんでしょうね。宰相が本気で潜伏する予定で計画を立てていたら、ヴァフター団長に教えるワケもないでしょうし」


「わたくしもそう考えています」


 委員長と王女様が言葉を交わすが、現実感が無さすぎる。ヴァフターを護衛にして、迷宮に入るとか。


 俺たちが拐われ、監禁されたのが昨日の夜で、まだ一日しか経っていない。それを味方に引き込む?

 だがしかし、宰相とヴァフターのやり取りを見た俺としては、あの二人にまともな協力関係があるとは思えない。お互いがお互いの都合で一時的に手を組んだだけのような、そういう間柄。



「綿原さんはどう思う?」


「ヴァフター自身は宰相に恩義なんて感じていないと思うわ」


「うん。俺もそう思う」


 隣で不愉快そうにサメを泳がせていた綿原さんに確認してみれば、彼女も俺と同意見だった。


玲子(れいこ)は?」


「宰相が来た時、あたしは目隠しされてたからねえ。混乱してたし、なんとも言えないよ」


 綿原さんが拉致仲間の笹見(ささみ)さんにも確認するが、たしかに彼女はあの時、目隠しをされたままだった。それを思い出すと宰相に肩を殴られた記憶までが蘇り……、ああ、腹が立つ。


「たださ、息子さんの話が出ただろう? あたしはアレを本心だと思った」


「そうね」


「ああ。そうかもしれないけど……、でもなあ」


 笹見さんはヴァフターが言った家族の話は本当なのだと考えている。

 そして綿原さんも、俺も。



「あの」


 綿原さんが立ち上がり、サメを従えながら皆に声を掛けた。つられるように俺と笹見さんも腰を上げる。


「ヴァフターと、それからファイベル隊の人たちと、直接話すことはできますか?」


(なぎ)ちゃん……、あなた」


 ヴァフターたちを受け入れるような綿原さんの物言いに、中宮(なかみや)さんが表情を険しくした。


「ファイベル隊で捕まったのは分隊が二つでしたよね。なら、階位の高い人たちとヴァフター本人を……、七人だけ連れていくことにして、残りは人質。それと家族の保護を条件で交渉したらどうでしょう」


「ワタハラ様は、それでいいのですか?」


 妙にリアリティのある交渉条件を出した綿原さんに対して、王女様は憂いた表情で探るように言葉を返す。そこから伝わるのは、一番痛い目にあった俺たち三人はそれでいいのかという確認だ。


 そこで気付いた。第三王女は最初からこの展開を想定していて、俺たちの側から申し出るのを期待していたんじゃないか? そして綿原さんもわかっていながら、それに乗ったのか。

 そんな女傑が二人、見つめ合う。


「もちろん恨んでます。けど、余裕がないなら、もしもがあるなら……、わたしたちは生きて帰らないといけないから。そのためになら、なんだって」


 そして綿原さんは俺たちのリアルな感情を叩きつけた。



「七人なのは裏切っても制圧できそうなギリギリの人数だ。なるべく前を歩かせて、うしろから俺が見張ればってことかな」


「そうよ。八津くんならできるかなって」


 綿原さんの気概を汲んだ俺はフォローに回る。相棒だから当然だ。


「迷宮で十分だと思えるだけ仲間を増やせたら、そこで切り離してもいい。縛って一層にでも転がしておけば、死にはしないだろうし」


「それもアリね」


 俺の冷たい考えに、綿原さんが乗っかり、ほかの連中は引いている。仕方ないだろう、そういう方向だってありえるんだから。


「ヴァフターが家族の心配をしていたのは間違いないって、あたしも思うよ。交換条件にはなるんじゃないかな。脅しをかけるのは気分が悪いけど、そうも言ってられないんだろう?」


 腕を組んだ笹見さんが、悲しげで悔しそうに意見を述べる。

 俺たちが人質を使う側、か。



「……わかりました。明日の午前に面会を用意しましょう。わたくしは同席できませんが、アヴェステラに権限を与えます」


「かしこまりました。判断は勇者のみなさんにお任せするということで、よろしいのですね」


「そうです、アヴェステラ」


 どうやら綿原案は王女様に認められたようだ。

 立ち合いはアヴェステラさん。そして以前の約束通りに王女様より勇者に利する、この場合は最終判断をこちらに委ねてくれるという流れか。


「じゃあ綿原さんたちが納得できるなら呑めると思う人、手を挙げてもらえるかな」


 委員長が再び多数決を持ち出す。


「信用できるのかよ」


「仕方ないのかな」


「凪がいいって言うなら」


「八津が一番痛い思いをしたんだしなあ」


 ハシュテルの時には皆無だったのに、今度はバラバラでゆっくりだけど全員が手を挙げた。みんなが俺やら綿原さん、笹見さんの顔をチラチラ見てからというのがくすぐったいな。

 シシルノさんやメイド三人衆まで一緒だというのがなんともはやだな。それを見届けるアヴェステラさんとヒルロッドさんは苦笑いで、王女様は申し訳なさそうだ。



「ところでさ、ずっと気になってたんだけど、決起だっけ? それをヤルのっていつなの?」


 妙な団結感に包まれた空気にブッコんできたのは、チャラい系女子の(ひき)さんだった。


 たしかに俺も気にしてはいたけど、このタイミングで持ち出すとは。

 思わず綿原さんを観察してみれば、彼女も呆れた顔で俺を見ていた。お互いに苦笑が浮かぶのが、ちょっと楽しい。



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やっぱりめんどくさい近衛騎士団長… その上帝国からの裏切り誘いをきっぱり断るのに宰相には何もしないんかい!!自分の推してる第一王子が狙われたのに…
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