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第295話 宰相閣下はどんな人



「ああ、やはりハキオカ様とウエスギ様の料理は、目新しくて美味ですね」


 ご満悦といった風に王女様が、ヤンキー佩丘(はきおか)の作った『アウローニヤ風つみれ鍋』を食べている。


 スープそのものの味付けと、つみれに別々の香辛料を使い分けることで味のアクセントを出す佩丘の手法だが、王女様には大好評だったようだ。

 王都の人間には好き嫌いがわかれる鶏ガラスープを使いながらも、ややスープ側には匂いを抑えるような風味付けをすることでそれを覆い隠す手際は、この国の食事情に通じた佩丘ならではといえるだろう。


 料理長の上杉さんは日本の食事を再現する方向に力を入れ、佩丘はアウローニヤの風を取り込むように動いていて、そのあたりが二人棲み分けを感じさせてくれる。見事なタッグだな、うん。


 さらに今回はあえて鮭の切り身も使われていた。しかも生で。『サーモンのカルパッチョ』だ。こちらは上杉さんの作になる。

 鮭と同じく一層の魔獣になるタマネギは偉い人たちでも口にすることが多い。とはいえみじん切りにして、目立たないように使われているのが通常だ。だが上杉さんは鮭と並べて、堂々と櫛切りのタマネギを誇示してみせる。


 もちろん王女様に一層の素材だと説明した上でやっていることだが、彼女は簡単にそれを受け入れてくれた。

 ポーズもあるのかもしれないが、俺たちからしてみれば階層ごときで魔獣の美味さに区別などない。必要ならば食すだけのことで、王女様は俺たちの食生活までを知りつつ、それに合わせてくれているのだろう。

 以前報告の意味を込めて第一王子と宰相に鮭を出した時の塩対応と、どうしても比較してしまうな。あれはあれで正直な感想だったのだろうけど。


「こちらはアーケラたちが?」


「はい、そうなります」


「主菜を引き立てる優しい味わいです。良い仕上がりですね」


「ありがとうございます」


 食べやすいように切り分けられたシカ肉のローストも用意された。メインを目立たせるようにささやかな量ではあるが、そちらはメイドさんたちの製作だ。あとはサラダとパン。水かジュースかは各自の自由となっている。

 もはや離宮の食事にアルコールが登場することはない。滝沢(たきざわ)先生が禁酒をしていることは勇者担当者たちも知っているので、自然とそういうことになったのだ。ただし上杉さんと佩丘の要望で、調理酒としてのワインなどは厨房の棚に隠すように置かれている。キッチンドランカーとかが現れないように配慮されながらだ。



 和洋折衷というか、そういうのを無視したかのようなメニューだが、佩丘の『つみれ汁』は和食を逸脱した味になっているので、ほとんど気にもならない。むしろカルパッチョと相性がいいくらいなのが恐ろしい手腕だ。

 アウローニヤ側はもちろんそんなのは気にしていないので、王女様を迎えての夕食会はいちおうは穏やかだ。だけど最初は──。



『わたくしの不手際です。本当に申し訳なく思っています』


 三度目になる王女様襲来の初手は詫びから始まった。


 俺と綿原(わたはら)さん、笹見(ささみ)さんの三人が拉致された事件。階段で俺たちを襲ったのは『第三王女派』とされていた王都軍のパラスタ隊だ。たしかに不手際であることに間違いはないだろう。

 だが俺たちとしては、どうしたって転向させた宰相に恨みが行くわけで、引き留められなかった王女様を糾弾する気にはならない。

 もちろん王女様も勇者が現れて以来の二か月、ガンガン引き抜きを仕掛けているわけで、そのあたりはお互い様だな。政治闘争はとても面倒な世界だった。


 とにもかくにも、王女様に頭を下げさせ続けるのもアレだったので、慌てた俺たちは謝罪を受け入れ、即夕食会になだれ込んだのだ。



 ◇◇◇



 宰相はなんと、帝国の第二皇子と第三皇子の両方と繋がっていたんだよっ!

 という話題はブツ切りで終わった。


『王女殿下のお話することをこれ以上奪うのは申し訳ありませんので』


 などとのたまったアヴェステラさんはネタバレを封印してしまったからだ。


 ワリと突っ込んだところまで話をしたのにそこで止めるとか、やり口が酷すぎる。

 当然クラスメイトたちからの苦情が噴出したが、アヴェステラさんは華麗にスルーしてみせた。王女様より勇者の意向を優先するという約定はどこへいったのやらだ。


 結局、王女様が現れるまでの数時間を、俺たちは雑談と訓練に消費することになった。

 さすがに出歩くというワケにもいかなかったからな。【血術】の熟練を上げようとした綿原さんが、血を求めて仲間たちに声を掛ける光景は中々ホラーだったことを付け加えておこう。



「アヴェステラから聞いてはいます。宰相の動向からですね」


 食後、王女様の希望で談話室に集まった俺たちは、三度目になる対談をすることになった。

 王女様やアヴェステラさんたちアウローニヤ人と日本人が混じった変形の円陣で、絨毯に座り込んでの形式はいつもの通りだ。どうやら第三王女はコレがお気に入りになってしまったらしい。


 そして早速とばかりに王女様が口を開いたのだが──。



「はい!」


「あら、どうされましたか、ホウタニ様」


「王女様はちゃんと休めたのかなって、ちょっと心配、です」


 元気ロリっ娘の奉谷(ほうたに)さんが手を挙げてまで心配したのは、王女様の体調についてだった。


 奉谷さんはストレートに感情表現をする。いまも表情こそ笑顔だが、その中にハッキリと憂いが混じっていた。本心からの心配だということが、誰から見てもわかってしまうのだ。実に彼女らしい姿だといえる。


「ボクたちはちゃんと休めたけど、王女様はどうなのかなって、です」


「ご心配、ありがとうございます。それと、敬語にはこだわらなくてもいいですよ」


「あ、はい」


 奉谷さんのたどたどしい心配に、王女様の笑みが深くなる。うん、そうなる気持ちはわかるよ。


 語尾にフィルド語で『です』に当たる単語を付ければ大体敬語扱いにはなるのだが、奉谷さんは佩丘と一緒で咄嗟に出てこないようだ。それがまた、可愛らしい態度に見えてしまうのがズルい。佩丘とは大違いだな。


「わたくしは【体力向上】と【疲労回復】を持っていますので」


「え?」


 王女様の技能暴露を聞いた皆は驚き、小さな声を上げた者までいる始末だ。


 一国の王女様が【疲労回復】だと?


「わたくしが取得している技能は、【魔力定着】と【神授認識】、それと【体力向上】、【疲労回復】だけです。【魔術強化】を取るべきだと言われたこともありますが、機会が得られず」


 目の前にいる高貴な方は五階位の【導術師】だ。基本的には『アウローニヤの巫女』としての技能が求められている。

 それなのに【体力向上】は許せるとしても、いや、王族としてはそれすら結構マズいと思うが、まさか【疲労回復】とは。


「わたくしとしてはむしろ、アヴェステラのように【思考強化】を取得したいのですが」


「そ、そうなんだ」


 完全に実務方面の技能に期待している王女様の発言に、自ら矢面に立ってしまった奉谷さんは素で返すしかない。


 それと王女様、【思考強化】と言ったところで俺の方をチラ見するのは止めてくれ。

 たしかにあらましを話しはしたが、今朝取ったばかりの技能を記憶しているのかよ。


「そうそう、【睡眠】も外せませんね。どうしてもアヴェステラに対してズルいという想いを抱いてしまいます」


「殿下、そのあたりで」


 王女の言葉が飛び火しかけたアヴェステラさんが、表面上は冷静にたしなめて、話を進めようとした。


 昨日の迷宮と今日の昼寝でアヴェステラさんも【睡眠】の有用さを思い知ったことだろう。是非王女様にも伝えてもらい、この国のあまり長くない未来に役立ててほしいところだ。

 そのためにも王女様のクーデター計画を成功させる必要がある。宰相には悪いが……、すでに欠片も悪いとは思っていないから、王様には申し訳ないがと言い換えておこう。


【睡眠】はネタとしても、俺たちは自身の未来と自由のために、勝利する必要がある。

 それで割を食う人たちがいようとも、一年一組はやると決めたのだ。



「前提条件からにいたしましょうか。宰相、バルトロア侯について、勇者の皆様はどれくらいをご存じですか?」


 本当に最初っからという話題で王女様は語り始めた。


 宰相の見た目については、次回会った時には髭に火を点けてやりたいくらいには知っている。痩せた白髪と長い白い髭がトレードマークの妖怪ジジイだ。たしか年齢は六十くらいだったはず。

 けれどまあ、王女様が聞きたいのはそういうことではないのだろう。


「……レムト王朝における代々の宰相職を務めていて、現在は四代目です。この国における行政の最大権力者で、軍にも、とくに南方軍に深いつながりを持ち、近衛騎士総長を通じて近衛騎士にも味方が多い人。なんというかその……、王家を蔑ろにしつつ帝国に降り、あわよくば占領後のアウローニヤを統治する側にまわりたいと考える、『宰相派』の首魁……、でいいですか?」


「ありがとうございます、アイシロ様。付け加えるならば、血縁者の多くを行政府に送り込み、とくに財務部、食料部に強い発言力を持っていることくらいでしょうか」


 まるで先生の質問に答えるような空気で藍城(あいしろ)委員長が言葉を並べれば、さも正解だったかのように王女様が微笑んだ。ついでに補足まで。


 最初に当てられなくて良かった。空気を読んで委員長が自発的に答えてくれて助かったよ。さすがは委員長だ。



「では、ウエスギ様」


 まだ続くのかよ。今度はご指名で上杉さんだ。


「南部に領地を持っています。バスラ迷宮に隣接している、名前はそのままでバルトロアという街が中心で、王都に次ぐ一大農業地帯のようですね。そちらは息子さんが統治の中心で、王女殿下のお言葉を借りるようになりますが、南部諸侯の多くに血縁者がいるようです。南部の軍隊に繋がりがあることは昨夜初めて知りましたけれど」


「ありがとうございます。昨夜お見せしたばかりの資料を、そこまで読み込まれているとは驚きですね」


「いえ」


 頬に片手を当てながら、上杉さんは委員長とは別の角度からの情報をスラスラと答えてみせた。委員長だけでなく上杉さんもすごいな。



 二人がここまで宰相のコトに詳しいのには、タネも仕掛けもある。


 かなり初期の頃から宰相を警戒していた一年一組は、家系図やら、役職やらの資料を読み込み、宰相の手の広さについてはそれなりに詳しいと自負していた。

 それがさらに拡大されたのが昨夜。俺たち三人の拉致事件を捜査するためにと、王女様がかなりヤバい情報を開示してのけたのだ。とくに大きかったのが公式文書からは掴みにくい、所属する派閥や人間関係についての資料になる。クーデターの核心に迫る、特級のブツらしい。


 今も談話室の壁には王城の詳細な地図や、近衛や軍の組織図なんかが貼り出されたままだし、壁際のテーブルには資料が山になっていて、さながら様相は作戦司令部だ。たぶん誰かに見られたら、その人の人生が狂うんじゃなかというレベルだな。


 みんなはそんな情報の束に立ち向かい、そこに田村(たむら)藤永(ふじなが)深山(みやま)さんの推理と、人の顔を覚えるのに長けた上杉さんの記憶がキーになって、俺たちが『黄石』にいると突き止めてくれたのだ。そんなクラスメイトたちには頭が上がらない。



「さて、ウエスギ様の言葉にも補足をしましょう。南部三軍の内、一軍は宰相の手の内です。そこに南部諸侯軍も加わりますので、南方に展開される軍の半数近くが宰相に協力する形になるでしょう。わたくしが手当しているのは、宰相側に対峙するであろう軍勢の四分の一以下です」


「徴兵が多い軍だから、敵味方が漠然としてるのは、マズい。ん……、だったら反乱になっても、まともな戦闘になら、ない?」


 話題が軍事になったせいか、王女様の説明に反応したのはミリオタの馬那(まな)だった。


 対帝国という意味で南部に配置されているのは、王都軍と同じ規模の軍団が三つ。

 ただし徴兵で連れてこられた兵隊も多いので、軍隊としての力はどうなんだと、そのあたりを馬那は気にしたのだろう。そしてなにかに気付いた。


 なんで俺がこんなことを知っているのかの答えも、壁に貼られた軍の組織図があるからだ。王女様が提供する前に、シシルノさんが持ち込んだらしい。ヤバいことをするからこそのマッドサイエンティストだな。


 昼食を食べてからの時間を使って、確認できる限り頑張って目を通したのだが、やはり【観察】と【思考強化】は強い。とはいえ、念を入れて記憶したのは王城の地図がメインだけど。



「マナ様の仰る通りです。三軍を擁するとはいえ七割以上が徴募兵で、混乱時に統率が取れるとは思えません。宰相側が軍を率いて王都に登るのは難しいでしょうね。ですが混乱そのものは帝国の利となります」


 王女様の説明に馬那は納得したように黙って頷く。


 つまり第三王女と宰相の戦いは、戦争みたいな軍隊同士の争いにはならないということか。それだけは少し喜ばしいかな。

 だけど南部の混乱自体は帝国には有利に働くわけで、それが宰相の指図によるものなら、それはそれで手柄になるということか。



 ちなみに徴兵された人たちだが、いちおう南のバスラ迷宮でレベリングをしていることになっている。なっているというのは、見どころのある神授職を持っているか、コネや金を持たない限り、上限が四階位とされているからだ。理由はもちろん平民に力を与えたくないから。


『十人の十階位より百人の七階位』


 以前……、たしかアレは帝国の話を初めて聞いたあたりだ。ヒルロッドさんからそんな感じのコトを言われた記憶がある。あの時、帝国は勇者を戦力としては考えないだろう、なんていうのがヒルロッドさんの見解だったけど、あとになって旗印としては役立つかもしれないなんていう話になったのは皮肉なものだな。


 それは置いておいて、階位についてだ。十人の十階位と百人の七階位を用意する手間を考えると、絶対に後者の方が楽だし強い。

 たとえば今の『緑山』なら一階位を十人を引き連れたとして、十日もあれば全員を七階位にできるだろう。いや、アヴェステラさんに体験してもらったケースを考えればもっと早くできるかな。ついでに実戦経験も積めて、規律だってある程度には。精神は保証できないけど。


 べつに一年一組というクラス自慢ではない。ノウハウさえしっかりしてしまえば、俺たちではなくても十階位クラスの部隊ならどこでもやれる。なんなら前線と入れ換え制にして、魔獣の余っているアラウド迷宮を使っても──。



 いかんいかん、すっかり軍隊を強くする方向に頭が振り切れていた。

 そもそも兵隊さんのレベリングなんて、いまさらこの場で考えることでもないだろうに。


「現状で宰相が取りうる行動の内、一番可能性が高いと思われるのがそれです。これ以上手駒を失わないうちに王城を脱出し、南部で反乱を起こす。それだけでも十分帝国におもねることになるでしょう」


 王女様の言葉で俺の意識が宰相に戻る。


「御家の将来を優先し自らの命すらも懸けるならば、宰相本人は王都に残ったまま、ギリギリまで混乱の中心となり、南部にいるご子息が反乱という形も取れますが、あの者のやり様を考えると……」


 苦笑を浮かべる王女様は辛辣だ。宰相は生き意地が汚いから、脱出を選ぶはずだというわけか。


「この度の流言ですが、わたくしとお父様……、王陛下との不和を生み出せればそれでよし、という程度のものでしょう。ですがハッキリしたこともあります」


 真面目顔になった第三王女が断言すれば、皆が続きの言葉を待ち、一部がゴクリと喉を鳴らした。


「宰相は動き、失敗しました。わたくしを糾弾し、少しでも王城に混乱が起きることを期待しているのは、かの者が追い詰められているからにほかなりません。動きは加速し続けているのです」


 心持ち力のこもった声色で王女様が語る。


 ところでアヴェステラさんが匂わせていた第二皇子と第三皇子の件は、どこで絡んでくるのだろう。



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