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第294話 怪しげな流言



「……えっと、アヴェステラさん?」


 ベスティさんからもたらされた宰相失踪という情報に、藍城(あいしろ)委員長は少し考えてからアヴェステラさんに話を振った。意味を知りたいという意思が込められているのがよくわかる。俺もだからな。


「ベスティ、言葉が短いですよ。続きを」


「そうだねぇ。一刻くらい前、朝一番で宰相府の『身内』から姫殿下に連絡が入ったみたい。潜伏場所だけど、宰相府のどこかはなさそうだし、ほかの行政府も警備の面で難しい。王都軍は問題外だから、可能性が高いのは『紫心』か『白水』だろうっていう話。たぶん『白水』かな」


 アヴァステラさんから詳しくと言われたベスティさんは、まくし立てるように状況を語ってくれた。もちろん王女様の判断なのだろうけど、ベスティさん本人も同意といった風情だ。


 内容自体は理路整然としている。今の王城から宰相が抜け出すのは難しいとなれば、消去法的に居場所は絞られるのだ。



 建前上、宰相は『私兵』を持たない。

 それでも政府の高官である以上、地球的な意味でのシークレットサービスは付くし、それは王都軍の仕事のひとつでもある。王室からの覚えが目出度ければ、近衛を護衛にするのも認められているのがアウローニヤの法制度だ。


 だがそんなのは建前で、すでに形骸化しているのがこの国の現状なので、宰相クラスになれば軍や近衛に子飼いがいる。今回俺たちを誘拐した連中は名目上は宰相の犬じゃなかったあたりは、妖怪ジジイらしくイヤらしいやり方だったな。


 さておき、だからといって護衛をぞろぞろ引き連れて行政区画に潜伏というのは、ちょっと考えにくい。

 ならば、そういう連中が近くにいても不思議の無い場所が選ばれるだろう、という理屈が成り立つのだ。王城ならば軍施設か近衛騎士関係。



 王都軍は内部がドロドロしていてもゲイヘン軍団長が王女様に付いた。軍団長が強権を発動すれば居場所は晒される可能性があるし、宰相ならばとっくにそれを察知していてもおかしくない。

 第三の『紅天』と第四の『蒼雷』は、これまた王女派が団長をやっているので除外できる。第五の『黄石』はついさっきまで勇者拉致をしていたわけだが、だからこそ距離を取るだろう。第六の『灰羽』は……、どうなのかな。総長に媚びを売っていたケスリャー団長が頭に浮かぶが、ハシュテルが問題を起こしたばかりの騎士団を、あの宰相が信用するだろうか。


 ならば高位貴族出身者が多く、近衛騎士総長とも繋がりの強い第一近衛騎士団『紫心』か、『紫心』ほど上位ではなくても貴族騎士で固められた第二近衛騎士団『白水』ということになる。とくに現在の『白水』の団長は宰相派なのが確定しているのだ。キャルシヤさんが追い出された一件を思い出すなあ。



「勇者奪還が伝わった、というよりは予定通りの行動なのでしょうね」


「殿下も同じ意見だったよ」


 アヴェステラさんの思案を、ベスティさんが肯定する。


「なるほど、八津(やづ)たちの前に姿を現したのもそういう予定だったから」


 王女派二人の会話に、委員長も切り込んだ。

 俺たちに会ったのがどうして計画的という話に繋がるのだろうか。


「もしもしらばっくれて宰相府に居座るつもりなら、顔を出すのは明らかに悪手だからさ」


「そういうことね」


 首を傾げた俺を見て、委員長が追加で説明してくれたが、綿原さんが先に納得してみせた。だから【思考強化】頑張ってくれよ。今は使ってないけど。

 これからは難しい話をするときは、積極的に動かすことにしよう。


 それでも俺だってそこまで言われれば、遅ればせながらも理解はできる。

 宰相が俺たちの前に登場したのは憂さ晴らしという気まぐれだったかもしれないが、今日の朝の内に姿をくらます予定だったならばリスクが低い行動だったといえるのか。



『倍にして叩き潰すわ』


 さっきまで笹見さんが熱弁を振るっていた俺たち三人の武勇伝の途中で、宰相が木の杖でぶっ叩いてきたと聞いた時の中宮(なかみや)さんはすごかった。まあ、クラスのほとんど全員が怒気を立ち昇らせていたのだけど。


 そういう一年一組の恨みを買ってでもあんなことをしたのは、俺たちに対する憤りと、異邦人共に対する嘲りがあったのは確実だが、それ以上に逃げ出す準備が完了していたということなんだろう。

 そうか、あの時の会話にもあったが、宰相は本当にこの国から逃げ出すつもりなんだ。



「王女殿下はなんと」


「夜に伺うので、とりあえずそれまでは担当者も含めて全員に休んでいてほしい、って」


 アヴェステラさんがベスティさんを促せば、返ってきたのは俺たちが一番欲しいと思っていた言葉だったのかもしれない。



 ◇◇◇



「生えなかったな、【眠気打破】」


「なんだよ、それ」


 俺的には三泊四日ぶりに男子部屋のベッドで寝ることができたわけだが、起き抜けの古韮(ふるにら)との会話がこれだ。ヤツはなにを求めているのやら。もし出たら俺も欲しいけど。


「完徹なんて久しぶりだったからなあ」


「古韮は徹夜したことあるのか?」


「……言われてみれば、ないかも。大晦日は夜更かしするけど」


「久しぶりとか言っといてそれかよ」


 高校に入って三日目に異世界召喚されたのだ、テスト勉強もへったくれもない。

 受験勉強といっても大した点数が必要なわけじゃないし、古韮あたりならむしろゲームをしてたら夜が明けていた、くらいの方がありそうだったのに。


 健康優良児ばっかりのクラスだからなあ。夜行性感があるのは……、ニンジャな草間(くさま)かゲーマーの夏樹(なつき)くらいか。ついでに俺。

 そういえば文学少女の白石(しらいし)さんは星を見るのが好きだとか言ってたっけ。



 それよりなにより、寝る前に『好きな子』の件でイジられまくったのがキツかった。逃げるように【睡眠】を使ったわけだが、やはり神スキルである。断言できるぞ。


「二時かあ。遅いけど昼飯かな。八津は体調戻ったか?」


「魔力以外はなんとか、かな。夜には戻ると思う」


 顔を洗いに水場に向かう男子の列に加わりながら古韮と雑談を続けるが、技能を回せまくれないのが辛いところだ。【観察】こそ常時発動だけど、【目測】と【思考強化】は使いまくっておきたい。


 結局寝たのは九時くらいで今は十四時。五時間くらいだけど【睡眠】のお陰で眠気は取れた。疲れも問題なさそうだが、やっぱり地上だと魔力の戻りが遅い。

 ちょっとだけでも迷宮入りたいと思うのは依存症みたいでイヤだなあ。


「夜には王女様だろ? どうなるのやら」


「古韮はどう思う?」


「絶対に状況を利用した悪だくみ。八津だってそう思ってるだろ」


「だよなあ」


 俺たちの中で王女様はこんな扱いだ。ある意味これも信頼感ではあるので不敬には当たらないということで許してもらおう。


 それよりまたも料理番になる上杉(うえすぎ)さんと佩丘(はきおか)にはお疲れ様だ。とはいえあの二人、なんだかんだで王女様が相手でも料理を楽しんでいる節があるので頼もしい。

 佩丘は王女様とタイマンになると敬語が苦手のようだけど、あっちは気にしていないようだしな。



 ◇◇◇



「怪文書?」


 野菜マシマシのシカ肉ハンバーガー的な昼食を終えた俺たちは、いつの間にか消えていて、そして舞い戻って来たアヴェステラさんから謎の単語を聞かされた。聞き返した委員長が首を傾げている。


 アヴェステラさんの睡眠時間が心配だが、彼女もすでに【睡眠】は取得しているし、そのあたりは調整しているのだろう。そういえば王女様は昨日から眠ったりはしているのだろうか。なんとなくだけど、一睡もしないで頑張っていて、それでも疲れを表に出さないタイプに思えるのだけど。

 ここはひとつ迷宮でレベリングしてあげて、是非【睡眠】を。もはや俺は【睡眠】教徒でサメ教徒でもあるんだ。


 いや、それよりも。


「それはどういう」


「昼頃になってから行政府を中心に流れているようです。紙だけではなく流言でも」


「いえその、内容を」


 委員長の問いかけに対し、こともなげにアヴェステラさんは返してくるが、俺たちが聞きたいのはその内容だ。アヴェステラさんだってわかっているくせに、ワンクッションを入れてこなくても。


 アヴェステラさんは手にした一枚ぺらを俺たちの目の前にぶら下げて揺らした。



「要約すれば、勇者を私物化した王女殿下が起こした自作自演が今回の拉致騒動の真相であり、狙いは自らに靡かなかったバークマット男爵の失脚と、関与したなどという宰相閣下への流言飛語、果てに最終目的は王位簒奪、だそうです」


「……半分くらい、というか一番大事な部分は、合ってますね」


「まったくです。しかも実行犯を暴露しているところが、白々しいですね」


 苦笑を浮かべるアヴェステラさんだが、内容が酷い。皮肉ったツッコミを入れられる委員長も大したものだ。


 王女様が勇者を我が物にしたのと王位簒奪を狙ってるって、本当だからなあ。


 それにしてもヴァフターが犯人だとこのタイミングでバラしてくるとはな。最初からこうするつもりだったのか、それとも失敗したからなのか。


「宰相閣下がお隠れになって半日、推測ですがバークマット卿からの定時連絡が途切れたからこその行動だと考えられます」


「なるほど。宰相は拉致が失敗したことを知っている、と」


「はい。隠し通せるとは思っていなかったので、知られること自体は想定内ではありますが、こうして広めようとしてくるとは。しかも都合よく歪めてまで」


 アヴェステラさんと委員長のやり取りを聞けばなるほど、理解の出来る内容だ。


 あの宰相が、いくら身を隠したとはいえ俺たちの状況や王城からの搬出を確認しないわけがない。

 理屈は簡単だな。ヴァフターが誰かを使いに出すと決めてあればいいだけだ。いや、宰相側から『黄石』への接触か。そっちのほうが宰相の居場所がバレにくい。


 拉致失敗がバレるのは時間の問題だったとしてだ、宰相はなんでこんなマネをしたのだろう。そもそもやったのは本当に宰相なのか?



「こんな話、王城の人たちは信じるんですか?」


 そして委員長は当然の確認をする。


「大多数は『全部』を信じないでしょう。ですのでこれは、烽火(のろし)であり、かく乱だと思います」


 アヴェステラさんのセリフに皆が黙り込み、意味を考える。


 烽火というのは、ハシュテル騒乱、『緑山』設立、第一王子襲撃、そして今回の拉致騒動を経て、王女様と宰相の争いが激化しているというのを流布したいという意味か。

 ならばかく乱というのは……。


「王陛下に疑心を植え付ける、でしょうか」


 そのセリフを放ったのは歴史や政治に通づる聖女、上杉さんだった。


「さすがはウエスギさんですね」


 うん、アヴェステラさんの言うとおりで、上杉さんはさすがなのだ。俺の聖女信仰は置いておいても。


 なるほど、王様と王女様は今のところ敵対はしていない。だからこそ勇者が拉致されたと王様が聞けば『王命』を与えることもしたし、そういう意味ではある程度王女様は信頼されていることにもなる。

 周りの言うことを聞くだけの存在、なんていう投げ槍な捉え方もできるが、それでも俺としては直接被害を被ったわけじゃない王様を嫌いになり切れないでいるんだよな。


 そして実際に王女様は王位簒奪を狙っている。やるせない。



「王様は信じるんですか? こんなの」


「……その時の雰囲気次第、でしょうか」


 委員長の質問に返ってきたアヴェステラさんの言葉に、この場の全員が絶句した。

 いや、口を挟んできていないシシルノさんをはじめとするアウローニヤ側の人たちは、むしろ納得の表情だ。そこまでなのかよ。


「『勇者との約定』。本当に奇跡だったんですね」


「王女殿下の誘導もありましたし、儀式の体裁として事前に書面が用意されていたのが幸いしました」


 しみじみと王様のファインプレーに感謝を捧げる委員長に、アヴェステラさんがネタバレをブチかました。


『召喚の儀』にそういう小道具を準備しておいてくれていた誰かには感謝だな。ついでに【神授誘導】から王女様が取った、流れるような勇者認定ムーブのお陰だったということか。あの時の宰相が苦い顔だったのを思い出す。それでもトドメは王様が、それこそ『雰囲気』で『勇者との約定』を持ち出したのだ。

 この話を聞いて、やっと王様の人となりがリアルになってきた気がする。


 真面目な部下が多ければ、いい王様なんだろうなあ。

 だけどアウローニヤはそうじゃない。やっぱり王様には保養地で余生を過ごしてもらうのが国のためなんだろう。


 そんな王様が玉座に座っているからこそ、第三王女の野望に火がついたとも考えられるのか。悲しい話だな。



「宰相閣下にとって、王女殿下が王命を盾に動くことができる現状は面白くないのでしょう」


「あわよくば程度ですか」


「『負け続けている』宰相閣下は、追い込まれていると自覚しているはずです。打てる手は打つといったところでしょうか」


 硬めの表情をするアヴェステラさんが宰相の現状を語る。委員長の合いの手も好調だ。


 言われてみれば、たしかに宰相は最初から負け続けている。

 初手になるはずだった勇者の取り込みは、王様がノリで持ち出した『勇者との約定』で半ば封じられ、第三王女が勇者に近づくきっかけになってしまった。なまじ王女様が優秀だっただけに、見事な担当者の人選で勇者を懐にも入れている。


 ハシュテルによる勇者拉致の主導が宰相だったかは不明のままだ。そのあとの第一王子襲撃にしても。

 だけど今回のヴァフターは明確に宰相が手を出してきて、そして失敗している。


 王妃様と第二王子は逃げ出して、王城に残った王族は三人。王様と第三王女は健在で、第一王子は引きこもって手を出せない。もちろん王女様のガードは『紅天』あたりを使っているので万全なのだろう。


 帝国に降るつもりの宰相は、王族も勇者も手土産にすることに失敗したのだ。

 あれ?



「あの、アヴェステラさん」


「ヤヅさん、どうされましたか?」


「今の宰相って、どういう落としどころを狙っているんですか?」


 俺は宰相がどうしたいのかがハッキリ見えていない。聞くとすればアヴェステラさんか王女様なので、いちおうこの場で質問をしてみたのだけど、いまさら感があってちょっと恥ずかしいかな。


「申し訳なさそうにしなくても構いませんよ、ヤヅさん。流動的な事象ですので、わたくしとしても正確に答えきれるかどうか」


「はあ」


 間抜けな声を出してしまったが、どうやらアヴェステラさんでもハッキリとは言い切れない要素があるようだ。


「王女殿下の推察ですが、宰相閣下は帝国の第二皇子と第三皇子、両方に繋がりを持っています」


「第二皇子って……」


「はい。王女殿下との密約を持つ方ですね」


 前提条件っぽいことを持ち出してきたアヴェステラさんだが、内容は理解しがたいものだった。



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[一言] >ハシュテルによる勇者拉致の主導が宰相だったかは不明のままだ。そのあとの第一王子襲撃にしても。  不明だろうがなんだろうが、事件に関わった中で一番高い地位であるのなら、全責任を取らねばなら…
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