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第276話 進化する剣士と深化する剣士



(りん)、いいかな」


「……そうね。試しておきましょう」


 聖女な上杉(うえすぎ)さんが前で、薄幸アルビノ少女な深山(みやま)さんがうしろになって作った騎馬に乗った俺からちょっと離れた場所で、陸上女子の(はる)さんが木刀サムライガールな中宮(なかみや)さんからバックラーを受け取り、それを右腕に装着していているのが見える。


 アレをやるってことか。練習していたお陰か、受け渡しはスムーズだ。

 今回の魔獣なら問題はないだろうし、俺はすでに馬上の人だ、ここから口出しするのは偉そうムーブになりそうだから見守ることにしよう。



【豪剣士】の中宮さんは左腕にあったバックラーを外し、両手で一本の木刀を握りしめる。予備の木刀を腰の左側にぶら下げているのがカッコいいな。

【嵐剣士】な春さんは逆で、両腕にバックラーを装備し、さらにはメイスを両手に持った二刀流だ。二メイス流なんだけどな。こっちもなかなか重装備感があっていい。


『盾を持つのは性に合わないのよ』


『両手の重さを一緒にしたいんだよね』


 そんな中宮さんと春さんのセリフが思い出される。


 ここまで積み上げてきたスタイルをここで崩し、新しいことにチャレンジする。

 一年一組が誇る二人の剣士は自信満々のご様子であった。


 などとカッコいいことを考えているわけだが、今の俺は女子二人が作る騎馬の上だ。

 今回は引き撃ちをやるわけではないので、俺はちゃんと前を向いて騎乗している。護衛にはクラス最強の空手家、滝沢(たきざわ)先生が付いてくれた。

 さっきまで近くをサメが泳いでいたが、さすがに後衛の防御に回ってくれている。射程距離がな。


 ちなみに上杉さんと深山さんの身長は百六十くらいでほとんど一緒だから、平衡感覚は悪くない。落馬しないように俺は上杉さんの両肩に手を置く形になっている。



 こちらの準備ができたところでヒツジの群れが俺たちの居る部屋に乱入してきた。数は……、十一か。ちょうどいいな。


「一体はこっちで引き抜く! 騎士組、気張ってくれ!」


「おう」


 俺の声に、前線に向かう【岩騎士】の馬那(まな)が低い声で答えてくれた。頼りにしてるぞ。


 ただの騎馬戦に四人もの人員を使うのには勿体ない。ましてや護衛は先生だ。

 ここはせめて一体ずつでもお手伝いといこうじゃないか。魔獣にはヘイトコントロールが効かないけれど、敵集団の端を通れば釣ることくらいはできる。そのための【観察】と【目測】だからな。


 さて、やるぞ。



 ◇◇◇



八津(やづ)くんから見てどうですか?」


「いいね。動きが良くなってる。春さんらしいって言うか」


 前方やや下から上杉さんの声が届き、俺はそれに返事をする。


 部屋の片隅で騎乗したままの俺だが、ここからでも全体指揮ができないわけではない。育て上げた【観察】は伊達ではないのだ。ちょっと大声を出す必要があるくらいで。


「中宮さんもいいですね。左腕が引っ張られていたのを気にしていたようですし」


「先生もお疲れ様です」


「いえ」


 先生も話題に混ざり、中宮さんを推してきた。


 俺たちがトレインしたヒツジは、後衛メンバーでやっている騎馬ごっこより速度がある。放っておけば当然追い付かれてしまうのだが、そこは先生の領域だ。殴る蹴るして二十秒くらいで倒してしまった。

 だからこうして普通に会話に加わってくるわけで、平然としている先生がとても頼もしい。もう一体くらい釣ってもいいかな。



「えいっ! とうっ!」


 で、話題の春さんと中宮さんなのだけど、派手さという意味では春さんがすごい。


 とんでもなく低い姿勢で風のように魔獣の隙間を駆け抜ける春さんが、敵の反応よりも速く左右どちらかのメイスを振り回せば、バキンボキンと嫌な音が聞こえてヒツジの足が折れていく。そこにたぶん【風術】を使っているのだろう、魔獣が不自然に体勢を崩せば、彼女はトドメも刺さずにつぎの獲物に向かうのだ。あとは任せたとばかりに倒れたヒツジには目もくれていない。

 両手にバックラーを装着して重たいメイスを二本持っているのに、さっきまでよりむしろ速いのがすごいな。左右の重量バランスは春さんにとってそこまで重要だったのかと、思い知らされる光景だ。


 足はあっても攻撃の精度に不足がある春さんだが、こういう戦い方が見事にマッチしていると思う。敵の種類によりけりだけど、アバウトでもただひたすらに魔獣の足を折ることだけに専念すれば、両手メイスと速い足、低い姿勢は強力な武器だ。


「腕にかかる負荷が心配ですね。左の手首がとくに──」


 俺が感動しているのを他所に先生が不安点を指摘したつぎの瞬間、春さんが左手のメイスを落としてしまった。


「春さんこっちだ!」


 すかさず俺は春さんをこちらに呼び寄せる。今の位置関係ならココが近いし安全だ。



「あぁぁい!」


「先生、ありがと!」


「いえ。治療を」


 走り寄ってきた春さんを追って、一体のヒツジがこちらに突撃をしてきたが、そこは先生のカウンターが一閃である。


 軽い調子で先生とやり取りをしているが、左の手首がブラブラしているのが、ちょっと。

【痛覚軽減】とアドレナリンのお陰なのかもしれないが、見ているこちらが痛くなりそうな光景だ。


「八津くんは降りなくていいからね。美野里(みのり)お願い」


 春さんは俺に一声かけてから、騎馬の前になっているので両手がフリーな上杉さんに左手を差し出した。


 一年一組は勇者で近衛騎士だけに、迷宮四層クラスの最高級素材で作られた革鎧を装備している。お陰で顔を切るくらいでしか自分の出血を見ることはまずないが、その代わりに捻挫や打撲は日常茶飯事で、酷い時には骨折だってある。

 なまじ【聖術】なんていうものがあってすぐに治ってしまうし、【痛覚軽減】も全員が取得しているからやっていられるだけで、これが学校の部活動なら即廃部待ったなしだろうな。


 体幹だけは絶対に守るようにと先生からは口酸っぱく指導されていて、そのための身体の動かし方も練習している。この時ばかりは先生と中宮さんが鬼と化すので、俺たちもマジにならざるを得ない。

 一番ダメージを貰いやすい騎士連中は【頑強】を取るに至ったが、それでも膝や足首、肩あたりは怪我ばかりだ。それにメゲないで前衛を張ってくれている連中には頭が上がらないな。



「はい、治りました」


「ありがとね、美野里。んじゃ、行ってくる」


 クラスの怪我事情に頭を巡らせているあいだに、春さんの治療は終わり、彼女は即座に戦場に舞い戻っていく。


 すぐに行動できる春さんも大したものだし、上杉さんの【聖術】もこれまたすごい。手首の捻挫を三十秒くらいで治してしまったぞ。

 いくら同じ色の魔力を持つという『クラスチート』があるとはいえ、最初に出会った王国の【聖術】使い、シャーレアさんより確実に速い。


 たった二か月で俺たちはここまで適応してしまったのか。いくらゲーム的な世界感だとはいっても……。


「考え事は戦いのあとで、ですよ? 八津君」


「あ、すみません」


 先生には勘づかれてしまったようだ。静かな瞳が俺を見ている。ごめんなさい。

 こういうお小言なんて久しぶりかもしれないな。練習中ならしょっちゅうだけど。



 ◇◇◇



「しゅぇあっ!」


 別の場所では鋭い掛け声と共に、中宮さんが木刀を右から斜めに振り下ろしていた。


 彼女特有の大きく踏み込んだ分だけ低くなった姿勢から、相対的に高い位置に残していた木刀を叩きつけるという『北方中宮流』の型だ。肩と背中が柔らかくないとできないのだとか。

 飛び込みが重要な意味を持つので、最終的に体は敵のすぐ近くに残ることになる。タイミングをミスったら大事故になりそうで、度胸が必要な技だが、それを中宮さんは使ってみせた。


『倒した敵が盾代わりになるから、つぎへの繋ぎが上手くいくの』


 練習中に俺の肩に木刀を寸止めしながらそんなセリフを吐いた中宮さんの眼光ときたら。


 どうして山士幌の片隅であんな化け物が普通の高校一年生をやっているのか、これぞおとぎ話の領域としか思えない。それを言ったら先生もなのだけど。



「丸盾を織り込んだ技も練っていたようですが、やはり中宮さんはあちらの方が馴染むのでしょうね」


 しみじみとした感じで殺伐とした光景を先生が語るが、中宮さんはそんな研究までしていたのか。


 試行錯誤していたのは知っていたけど、専門的すぎて俺にはよくわからない領域だからなあ。たまに実験台にはされたけど。

 俺にとっては【観察】の熟練上げになるし、中宮さんからするとこちらは素人であれ、見えている人間からの指摘が参考になるらしいので、わりと初期の頃からタイマンを張る機会は多いのだ。大抵サメの監視下で。


「盾をカウンターウェイトにしようなんて、わたしにはとても」


「先生、よくわかりません」


 若さが眩しいみたいな空気を醸し出している先生のお言葉だが、俺には意味がわからない。授業中だったら手を挙げて質問していたかもしれないな。


 先生は英語教師で、実際今でも夜に希望者だけで英語の授業をやることもあるけれど、俺としてはこう、部活の顧問的な存在だ。同時にチームの精神的支柱ってヤツだな。


「希望するなら教えますが、八津君はそちらの道を目指すのですか?」


「いえ、さすがにソレは」


 先生の言うところの道には、どういう就職先があるというのだろう。格闘家?


「冗談です。この世界で生き残るために、教えられるモノは全て伝えましょう」


「はい。お願いします」


「回り道も雑学も立派な経験です。意外なところで役に立つかもしれませんね」


 クールで熱い先生は、たまにこんな感じで良いコトを言ってくれる。

 ご当人は人格形成に係わるなんて柄じゃないと謙遜するけれど、こうして話していると、やっぱり先生はどこまでだって先生だと実感するんだよな。



 お、最後のヒツジは草間(くさま)が倒したか。アイツ一回部屋の外に出てから【気配遮断】を使って戻ってきただろ。

 周囲も含めた状況判断なんだろうけど、微妙にやることがセコい忍者スタイルが面白い。


 一年一組はどんどん試すのがモットーだからな。失敗したら、やり直すだけのことだ。


「あの、八津くん」


「あ、ゴメン。降りる」


 首だけで振り返った上杉さんが申し訳なさそうに声をかけてきて、俺は慌てて馬から降りた。


 戦闘が終わったのだから、いつまでも女子二人の上にいるわけにもいくまい。

 よく考えたら先生と馬上から会話をしていたわけで、それはそれで失礼だったかもしれないな。詳しくはないけれど、時代劇的にヤバいような。


「それは構わなかったのですが、出ました」


「で、た?」


 上杉さんの爆弾発言に対し、俺の脳は拒絶を選んだ。まさかだよな?

 

「出たの?」


 深山さんは【冷徹】が剥がれて、口を開けて驚いている。

 こっちはセーフか? 出てないんだよな? いやいや、こういう考え方をしてはいけない。


「【身体操作】です。やっぱり八津くんですね」


 上杉さん、なにがやっぱりなのかさっぱりだよ。



 ◇◇◇



「三人だけに……、なっちゃったね」


「ああ」


 戦闘が終わった部屋の片隅で夏樹(なつき)がポツリと呟いた。曖昧に返事をする俺は、ヒツジの解体作業をやっているメンバーを、何とはなしに見ているだけだ。


【身体操作】を出現させた上杉さんは賞賛されると同時に俺たちを気遣ってくれた。その結果として、残された柔らかグループの『三名』は壁際にならんでいるというわけだ。

 深山(みやま)さんはせっかく【鋭刃】を持っているのだから解体でこそ輝くと思うのだが、なんか俺と夏樹に巻き込まれたようにしてここにいる。


 あんなにたくさんメンバーがいたのに、残されたのは三人だけだ。

 風が吹かない迷宮だけど、冷たい風を感じるなんてな。


「今度はわたしと夏樹クンで馬だね」


「だね、深山さん。諦めたらダメだよね。頑張ろう」


「うん」


 なんか深山さんと夏樹で勝手に話を進めているんだが、その場合、もしかして俺が乗る形か?

 そうしたら最終的に俺だけ取り残されるんだけど。


「騎手は俺か。いいぞ。出来そうなシーンがあったら挑戦しよう」


「ありがと、八津クン」


「頼むね」


 もはやネタ感でやっている落ち込みムーブを繰り返してもクドいだけだよな。

 切り替えていかないとだ。



「話は聞かせてもらいマシた」


 そろそろみんなに集合しようかという段になって、こちらに颯爽と現れたのはミアだった。


 どんなアホなセリフが出てくるのか、それはそれで期待を持たせてくるのが彼女だし、ここはひとつ続きを聞かせてもらおうじゃないか。


「人馬一体デス」


「ん、ああ」


 どこかで聞いたことのある単語だな。こちらとしては曖昧な返事しかできないけれど。


広志(こうし)はわかってまセンね」


 ちっちっと音を立てるように人差し指を振るミアが絶妙にウザい。だけど妖精のような美少女だけに、そういうのもアリに見えるのが反則だ。綿原(わたはら)さんも似合うだろうな。



「いいデスか、広志」


 そう言ってミアは俺の両肩に手を置き、真正面からこっちを見つめている。顔が近いし、緑色の瞳が綺麗だなあ。

 ああ、近隣でサメが舞っている。こんな状況でも【視野拡大】は仕事を忘れないのか。綿原さん本体もこっちに向けて歩を進めているようだ。いつもより少し歩幅が広いかな。


「騎手だって大変なんデス。バランスとか体幹とか、体重移動とかデス」


「た、たしかに」


 ミアの唇からこぼれた単語に気圧される俺の図が展開されている。


「目を閉じてくだサイ」


「え?」


 それってまさか!?


「そして念じるのデス」


 違ったかあ。


 綿原さんだけでなく、先生や中宮さんまでこっちを監視しているようだし、さすがのミアもここでやらかすわけがないか。ん? 以前チューがどうとか言っていたことがあったような。あれ?


「思い出すのデス。馬と一緒の時間をデス。広志!」


 エセエルフがここまで言うのだし、べつに損があるわけでもないので、付き合ってやるとしよう。


 目を閉じ、馬上での経験を思い出す。馬になったこともあったな。

 たしかに体は動かしたし、バランスを取ることが大事というのもわかる。運動が得意な方ではない奉谷(ほうたに)さんや白石(しらいし)さん、そしてついさっき上杉さんだって候補に出せたのだ。ならば俺にだって。



「あ」


 光の粒が、出現した。


「これって……」


 まさか。


「【身体操作】……、出た。ホントに出たよ、ミア」


「マジデスか?」


 ミア、君は適当なコトをブチかましていたのかな?


 まあいい、なんでもいいんだ。勝てばいいだけのこと。そして俺は──。


「やりマシたね!」


「うおっ!?」


 満面の笑みを浮かべたミアが俺に抱き着いてきた。



「ちょっと、ミアぁ!」


 叫び声を上げた綿原さんが歩きをダッシュに切り替えてこちらに向かってくるが、ミアの圧倒的パワーは俺をはるかに凌駕する。


 振り解けない。マズい。これはヤバいんじゃないか?

 すでに何体かのサメが俺とミアに直撃しているが、顔は狙ってきていないし、ダメージが入るものでもない。そんなギリギリの綿原リミッターがいつ外れるかという恐怖が走る。



 まあいいか。

 ついに、ついにだ。アウローニヤに召喚されて六十三日。


 俺は【身体操作】を候補に出現させたのだ。



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よかった!よかったな!よk…… ……欲しかったのって【身体強化】だったんじゃ(野暮 ……いったん裏切り者に成るけど他の二人には【身体操作】と【身体強化】が出るけど八須には【身体強化】が出ない流れなん…
[一言] >俺は【身体操作】を候補に出現させたのだ。 残された2人「裏切り者ぉ……」(恨みがましい目)
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