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第275話 術師たちの戦い方



「二キュビ、二秒」


「んっ!」


 俺の指さす先に白いサメが躍り出て、弧を描いて飛んできたキュウリに直撃した。


「どっらあぁぁ!」


 直後、大きく踏み込んだ綿原(わたはら)さんがメイスを振り下ろし、勢いを失い『擦り傷』だらけになったキュウリを地面に叩き落とす。


八津(やづ)くん」


「おう」


 綿原さんが足蹴にした瀕死のキュウリは俺の目の前に転がってきて、そこにあらかじめ抜いていた短剣を振り下ろせば一仕事が完了だ。



「いい感じね」


「ああ。まるで俺がサメ使いになった気分だ」


「そ」


 こうして綿原さんと会話はしているが、お互い視線は前を向けたままだし、俺は彼女の背後にいるので並んでいるわけでもない。


 それでも意思は通じているし、綿原さんの表情までが想像できる。たぶんだけど、モチャりと笑っているはずだ。

 会心の一撃ならぬ、会心の連携。それが俺と綿原さんの求めるもの。



 同じ迷宮産の砂ではあるが、石から削りだした砂から珪砂となり、綿原さんのサメは色が白くなっただけではなく、性質が変化した。

 まずは重量だが珪砂の方が軽いため、操れる量が増えることでサメそのものが巨大化したのだが、一体当たりの密度は薄くなっている。そのあたりはサメを小さく圧縮することであっさりとクリアされた。

 普段から【鮫術】と【砂術】を使いまくっている綿原さんの手際の良さといったら、目を見張るものがあるな。


 巨大なサメ、小さい三匹のサメ、密度の濃いサメ。綿原さんは大きさと数と濃さを状況に応じて使いわけているのだ。

 バディモードになった場合、俺もそれらを理解して指示を出したいところだが、さすがにまだまだその領域には至っていない。なので俺は位置の指定とタイミングに集中し、どういう【白砂鮫】を使うのかは綿原さんの判断になる。


 そしてもうひとつ、こちらは予想外の効能なのだが、サメの『切れ味』が上がったという事実だ。

 考えてみれば珪砂はガラスの原料だ。細かく鋭いガラスの粒でサメが形作られているようなモノで、当たると切れる。そういうことだ。


 さすがに大丸太には効かなかったし、シカやヒツジにはちょっと傷をつける程度だったが、ミカンやキュウリ、ヘビに対してなら十分なダメージを与えることができる。

 一撃で仕留めるという意味なら【石術師】の夏樹(なつき)に軍配が上がるが、魔獣の弱体化という点ではかなりの性能を持つようになったといえるだろう。


『あとは色なのよね』


 練習の時にそうボヤく綿原さんが目撃されたが、そういうこだわりこそが【鮫術】の性能強化に繋がっているんじゃないかと、俺などは本気で思うのだ。好きなものこそ上手なれ。



「うりゃっ!」


 魔獣の弱体化を得意とするもうひとりの術師、【熱導師】の笹見(ささみ)さんも調子を上げてきている。


 彼女の戦闘スタイルは綿原さんにとても似ていて、『熱球』や『熱水球』で相手を弱めてから盾で受けるなりメイスを振るう形だ。【身体強化】と【身体操作】、【反応向上】のお陰で物理攻撃ができる術師となっている。

【多術化】こそ持っていないが、毎日朝晩風呂を沸かすことで【熱術】と【水術】の熟練を稼ぎ、今では魔獣をキッチリ『火傷』させるくらいの性能を見せてくれる。


 スプラッタが平気な綿原さんに比べて少し気弱な部分もあるが、そこは【平静】と【高揚】で対応だな。



「えいっ!」


「ナイスナツ! とりゃっ」


 九階位を達成して三つの石を扱えるようになった夏樹は姉の【嵐剣士】、(はる)さんのサポートに余念がない。


 今も逆方向から春さんに体当たりをカマそうとしたキュウリに、見事に石をぶつけてみせた。倒せてこそいないものの、時間さえ稼げればそれで十分な働きになる。それが後衛組の立派な仕事なのだ。


「夏樹くんの石、作ってあげないとね」


「今度は女子で作ったら? 喜ぶと思うぞ」


「それって、くじ引きになりそうね」


 綿原さんが冗談とも本音ともつかないコトを言うが、夏樹は女子全員に可愛がられている弟系男子だったりする。いや、男子からもそうか。俺もだけど、なぜかアイツは構ってやりたくなるんだよな。犬的な?


 球体と正六面体、正八面体の三種類だから新しいのは三個だけど、女子部屋では滝沢(たきざわ)先生以外の全員が手を挙げそうだな。製作者の名前とか書き込んだりして。


 そんなイベントに綿原さんまで手を挙げると考えたら、本当ならもやっとする必要があるのかもしれないが、なぜか夏樹が対象だとそうはならないのが不思議なものだ。



「っすよ」


「おう、助かる」


 前の方で大丸太を抑え込んでいる【重騎士】の佩丘(はきおか)の背後から『雷水球』を敵にぶつけ、そのまま【魔力譲渡】で魔力を渡すなんていう器用なマネをしているのは【雷術師】の藤永(ふじなが)だ。


【身体強化】を持つ藤永は前に出ることができる魔力タンクとして、とくに騎士連中からの評価が高い。男ばっかりだけどな。それはそれで友情っぽくて羨ましくもあるが、俺には柔らか仲間な夏樹がいるから大丈夫。夏樹に身体系が出ないのを祈るところまではいかなくても、できればずっと仲良くしてもらいたいと思っているのだ。ゲームとかの話題もあるし。


 話をチャラ男の藤永に戻せば、アイツはなんというか小器用というか要領がいいというか、なんでもそこそこにそつなくこなすタイプだ。ムチ使いの(ひき)さんみたいに手先に特化しているわけでなく、行動全般が、といったイメージかな。


野来(のき)、藤永とチェンジ。藤永、一分持たせてくれ」


「っす」


 今も俺が【風騎士】野来の怪我の具合を確認して声掛けしてすぐに、交代ができてしまった。俺の指示と藤永の動き出しがほとんど同時だったから。すごいな。


 メインスキルの【雷術】こそスタンレベルでしか威力を出せていない上に、フレンドリファイヤが怖くて使いどころに困っているが、藤永って前線指揮官向きじゃないだろうか。ちゃんと見えているっていう意味で。

 性格的にはビビりだし、仲間の怪我まで前提にするような俺とは違うから、うーん、難しいかな。なんというか、惜しい。



「あ、九階位」


「やったわね。雪乃(ゆきの)ちゃん」


 いつも通りにポヤっとした声で【氷術師】の深山(みやま)さんが九階位達成を誰となく告げれば、近くにいた【豪剣士】の中宮(なかみや)さんが本人以上に喜びの声を上げる。


【冷徹】を取って以来、深山さんは手際が良くなったよな。判断が速くなったというか。

 これで八階位は残り四人。上杉(うえすぎ)さん、奉谷(ほうたに)さん、白石(しらいし)さんと俺。もうほとんどお馴染みのメンバーだ。


「あの、先生」


「いいでしょう。許可します」


「はい」


 そんな深山さんは【豪拳士】の先生に許可を求め、了承を受け取った。


 戦闘中の先生に確認するなど、一年一組としてはとても珍しい光景ではあるが、これには理由がある。


「取ったよ、【鋭刃】」


「あとででいいから、感想たのむわね」


「うん」


 一年一組初となる技能、【鋭刃】を取った深山さんは、今度ははっきりと中宮さんに報告をした。


 氷使いで魔力タンクをやっている深山さんは、本来ならばここで【魔力浸透】あたりを取って、魔力の受け渡し効率を上げるのが筋かもしれない。

 だけど深山さんはここ最近で急激に『良く』なっている。理由はひとつ、【冷徹】のお陰だ。


 イレギュラーに対してオドオドしてしまう深山さんは平静な状態、つまりポヤポヤしたままなら普通に出来る人だ。終始ビビリの藤永とはペアであっても、そのあたりがちょっと違う。

 魔獣との戦闘で安定しない対応が散見された深山さんは【冷徹】を取って変わった。ポヤっとしたまま得意の『氷床』をピンポイントでタイミングよく使えるようになったのだ。もともと練習では出来ていたことなのだが、本番になるとブレがあったり、なにかの拍子では逆に鋭くなったりと不安定だった彼女の技は、【冷徹】を使うことで各段に安定するようになっている。



 俺を含む後衛職が持つ悩み、もっといえば柔らかグループ共通の問題点は攻撃力の足りなさだ。

 前に出たいというわけではない。ラストアタックに経験値が全部入ってしまうルールな以上、トドメを刺すという行為が非常に重要な意味を持つから。


 三層ならば大丸太やシカ、カボチャは論外。ヒツジも危なくて、リンゴでギリギリといったところだ。ミカンは大歓迎。

 もちろん倒せる魔獣にしても、力が弱いぶんだけ手間がかかる。アヴェステラさんも今現在、同じような苦しみを持ちながら戦っているわけだな。

 魔獣との戦いというより自分の弱さと向き合う感じの苦しさだ。シシルノさん、アーケラさん、ベスティさんは平気そうなのはなぜなのか。性格の問題ってヤツだろう。



『魔獣にトドメを刺す時だけ、そして必ず【冷徹】を使うというのでしたら』


 先日、先生が言った言葉だ。

 ポヤっとしながらどこか決意をしたように、深山さんは先生に相談をしたのだ。【鋭刃】を取りたいと。


 一年一組は当初【鋭刃】を取得しない方向を考えていた。

 魔力を鋭く纏わせることで刃物どころか木剣にまで疑似的な『切れ味』を付与してしまう【鋭刃】は、アウローニヤの騎士職では定番の技能とされている。だけど、俺たちは採用したくなかった。

 ハウーズ乱入の時に先生の盾に木剣が刺さったことがあったが、まさにあれこそが俺たちが【鋭刃】を封印する理由そのものといえるだろう。


 できる限りの不殺、この場合は人間相手なのだが、それを誓う俺たちとしては危険すぎる技能だと思うのだ。

 騎士職の五人全員、それと中宮さん、【嵐剣士】の(はる)さん、【忍術士】の草間(くさま)、それとなぜか【疾弓士】のミアには候補として出現しているが、誰も取得はしていない。ホントなんなんだろう、あのワイルドエセエルフは。


『北方中宮流』を修める中宮さんを除けば全員が刃物素人の集団な俺たちは、ハウーズの二の舞を避けたいのだ。

 必要に駆られて、確固たる意志を持ってならば仕方のない部分もあるかもしれない。だが、錯乱して、動揺したような状況で刃物を扱ったとしたら。先日あったハシュテル一党との集団戦闘のような事態でなら、どうなってしまうだろう。


 だけど【冷徹】を取り、実際に運用している深山さんならば。

 内容が重たい上に武術系でもあるので、ここは先生の出番だった。さて、深山さんはどれくらいヤレるのかな。



 ◇◇◇



「意外と魔獣が薄いな」


「だねえ。『ミカン部屋』とか、あればいいのに」


 移動する中、ボヤく俺に横を歩くロリっ娘な奉谷さんがフラグっぽい返事をくれた。モンスターハウスとか勘弁してくれだぞ。


「わたくしからすれば、とても多く感じるのですが」


「そうですね。以前までならば、ですが」


 俺たちの声が聞こえていたのだろう、アヴェステラさんの呟きに、護衛役のガラリエさんが答える。


 近衛騎士として数年前の三層を知っているガラリエさんは、過去と現在の違いを把握できているようだ。

 俺としてはもうちょっと連戦を予定していたのだけどな。それでもアヴェステラさんを八階位にするなら、獲物の受け渡しがしっかりできるだけ、これくらいの方が楽かもしれない。できれば手ごろな数のヘビとミカンの群れが理想なのだけど。


『緑山』御一行は事前に受け取っていた資料を参考に、中規模な群れがいるはずの区画の外縁を歩いている。王都軍監修の資料だし、それほど外れてはいないだろうから、予定通りの経路で問題はないのだろうけど。



「ん」


「あ」


 同時に短く声を発したのは忍者な草間と耳の良い疋さんだった。


 草間は【気配察知】で、疋さんは【聴覚強化】で魔獣の存在を拾ってくれたのだろう。

 二人ともが同じ右側の扉の方を見ているので誤認ということはなさそうだな。あっちか。


「草間?」


「ヒツジだね。十体くらい」


 草間に訊ねてみれば、あっさりと返事がくる。慣れたものだよな。


 ヒツジだけの群れなんて、前衛にとってはハッキリ言って美味しい相手だ。食事的な意味ではないぞ。

 だけど柔らか組は残念ながらトドメは難しいだろう。最後の一体か二体なら弱らせて、戦場が落ち着けばってところか。アヴェステラさんは、絶対ムリ。


 だからといって食わない理由も無い。



「八津クン、やるの?」


 さてやろうかという状況で、深山さんが話しかけてきた。珍しいパターンだな。


 さっそく【鋭刃】を試したいというところか。だけど気になるのは彼女の横に【聖導師】の上杉さんが微笑みながら立っているというところだ。まさかこれって……。


「馬、やってもいいかな?」


「わたしからもお願いします」


 そう来るのか、深山さん、上杉さん。


 ほら、綿原さん本体のメガネと三匹のサメから視線が集中しているのだけど。

 それでもまあ、たしかに手ごろな敵でちょうどいいくらいの数なんだよな。前衛陣が本気を出したら後衛が手出ししなくても平気なくらいに。


「綿原さん?」


「戦闘関連は八津くんの管轄でしょう?」


「騎馬戦の可否は綿原さんだったような」


「そんなわけないでしょ」


 俺からの問いかけはいつもと違う薄い笑い顔をした綿原さんに一蹴された。前回は仕切っていたくせに。



「来るよ~」


「察知されたね。あと三十秒もかからないかな。早く決めなよ」


 疋さんの軽い声と、呆れを含んだ草間のセリフが俺に刺さる。前髪の長いメガネキャラのクセにズバズバモノを言うヤツだ。


 この段階で戦闘は避けられないし、俺には上杉さんと深山さんに逆らう度胸がない。


「……基本は前衛だけで頼む。先生、騎馬の護衛をお願いします。ガラリエさんと海藤(かいとう)はうしろの護衛に専念。後衛組は出来る範囲で補助ってことで」


「は~い!」


 俺の指示に、気の抜けた返事が返ってきた。



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