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第23話 自分自身で技能を選ぼう



「ええとその、先生も【体力向上】を取るんですか?」


「いいえ」


 藍城(あいしろ)委員長が訊き返し、先生は即座にそれを否定した。


「わたしたちは別の技能を取ろうと考えています」


「わたし『たち』……、別の技能」


 委員長が顎に手をあてて、先生の言葉の意味を吟味している。

 別の技能……。さっき行進余裕組が部屋の隅でコソコソしてたのはこれか。


「アリだとは思いますけど、理由はなんですか?」


「ひとつはせっかくこちらの人より多いと言われた『内魔力』です。遊ばせておくのは惜しいでしょう。どうやら取ったとしても修練の期間が必要そうですし」


「それはまあ、そうだと思います」


 技能を取ってそれを使えば魔力を消費する。使うのを止めればもちろん回復するというところまでは、俺自身が【観察】で証明した。少なくとも俺は魔力切れみたいのでぶっ倒れてはいない。

 使い込まないと効果が上がらないこともわかってきている。


 だから必要に迫られたとはいえ、今こそみんなで【体力向上】を取る決断ができた。



 このタイミングで先生が切り出した理由も想像できてくる。

 王国側の人間がいないこの部屋で、俺たちは日本語で会話をしていた。先生たちは出し抜こうと言っている。自分たちで決めようと。


「アヴェステラさんたちに相談してからでもよかったのですが、いちいち注文をつけられるのも面白くありません。わたしはまだ王国を完全には信用していませんから」


 その言葉には重みがあった。

 この二日だけで、俺たちはアヴェステラさん、シシルノさん、ヒルロッドさんと打ち解けてきていると思う。なんなら三人のメイドさんともだ。

 それは構わない。けれど完全に信用はしちゃいけない、と先生は言っている。


「担当者が善良であっても、上までそうとは限りません。組織とはそういうものです」


 最初に召喚された場所で俺たちに向けられた目を思い出した。胡散臭い、嘲り、おもちゃ、汚らわしいそんな色をした眼。あいつらは俺たちを人として見ていたのか?

 ストレートに好意的だったのは第三王女くらいなもので、それにしたって演技の可能性は高い。信じすぎてはいけないという先生の言うことはよくわかる。



「王国の要望でやむを得なかったとしても、わたしたちは強くなることにしました」


「やるなら急いで……、ですか」


「強くなることのメリットとデメリットがそれぞれあるでしょう。それでもやると決めたなら自分の意思でしっかりと、でしょう」


 デメリットはあると思う。アウローニヤ側の想像以上に俺たちが早く強くなった場合、あっちはどう出るか。けれどそんな状況は想像することしかできない。明日隕石が降ってくるかと怯えて引きこもるのかという話だ。


「技能を取ったあとで怒られたら、謝ればいいだけです。勇者のやることですから許してもらえると思いますよ?」


 みんなの笑いは乾いていない。イタズラをするときのような、ズルい笑顔だ。


 先生はときどきこうやって、決めたことを再確認するような言い方をする。念押しみたいに俺たちの背中を軽く押すのだ。

 任せるような素振りをするのに、それでも一緒に踏み出してくれる。



「ワタシたちの道は自分で考えて決めるのデス。クラスのみんなで調べたコトなんだから、絶対大丈夫デス!」


「とはいっても無難なのを選ぶつもりだけどな」


 ミアと海藤(かいとう)がニヤニヤと付け加えた。さて、なにを取る気になったのか。



 ◇◇◇



「どうしても『熟練度』が気になる」


「あたしもだよ。ほらアーケラさんが言ってたじゃない」


 体力余裕組で寡黙な馬那(まな)と、お湯に憧れる笹見(ささみ)さんの二人が気にしているのは技能の練度についてだった。


「上手になるのに結構時間かかりそうでしょ?」


「笹見の言うとおりだ。みんなの【体力向上】だってすぐに効果が出るかは分からないだろ」


八津(やづ)とか古韮(ふるにら)がよく言うじゃない。検証検証って」


 二人が畳みかけてきた。俺を巻き込まないでほしいし、けっして検証マニアでもないんだぞ。必要に駆られてだ。


「俺は賛成」


 そこで古韮が賛成側にまわった。名指しされたのが効いたかな。俺も一緒になって二人で手を挙げた。続けてパラパラと、最後はクラスメイト全員が。



「安心して。変な技能を取るつもりはないから」


 賛成してもらえて嬉しかったのか、満面の笑みで中宮(なかみや)さんが断言した。

【豪剣士】の彼女には【大剣】とか【鋭刃】なんていう、中二じみた技能もあったはずだけれど、そっちには手を出さないみたいだな。


「わたしが取るのは【身体強化】ね」


 じつに無難なところできてくれる。基本っぽい技能から手を出そうとするあたり、中宮さんらしいイメージだ。

 もともと階位でステータスが上がっているところに、さらに上昇をかけるのが【身体強化】だ。前衛系職の全員が候補に持っていて、騎士以外ならメインスキルに当たるのかもしれない。


「ヒルロッドさんに勝つのが、当面の目標かな」


 物騒な。


「ハルも【身体強化】かな。ムキムキはちょっとアレだし」


 自分のことをハルと呼ぶのは酒季(さかき)姉こと酒季春風(さかきはるか)さんだ。【嵐剣士】というどうやら手数で勝負するタイプの剣士らしいけど、身体能力を重くみたんだろう。もちろんその判断に異議は無い。


「俺も【頑強】と迷ったけど、【身体強化】でいく」


 馬那は【岩騎士】なんていうよくわからない職を持っている。文献があやふやで岩のように固いのか、それとも岩を使う騎士なのか不明なのだ。


 とにかくこれで三人。



「そりゃ俺は【身体操作】だ」


「ワタシもデス!」


「コントロールは大事だからな」


「矢は当たってナンボデス」


 海藤とミアは【身体操作】を取るらしい。身体が思い通りに動きやすくなるという技能らしいけれど、二人の神授職を考えれば当然かもしれない。


 海藤は【剛擲士】でミアが【疾弓士】。もはや推測不要なくらい分かり易い遠距離物理アタッカーだ。

 フレンドリーファイアが普通にあるらしいので、もはや必須技能かもしれない。


『コントロールも球速も技術なんだよ。もちろんフィジカルも重要だけどな』


 と、海藤が雑談で言っていた。理論派野球少年だったらしい。あいつはまさにそれを体現しようというわけだ。



「あたしはもちろん【熱術】!」


 本当に嬉しそうにして笹見さんは手を挙げて言った。


「【身体強化】とか出てないしね。ホント後衛って感じ」


【熱導師】の笹見さんは間違いなく後衛だ。熱系術師の高位神授職を持つ彼女は【水術】だの【風術】だの【魔術強化】だの、やたらめったら技能候補が多い。

 そんな中で当たり前のように【熱術】を選んでくるあたり、湯に対するこだわりはすごいと思う。


「明日からアーケラさんに使い方を習うつもり!」


 メイドさんの業務が増えることが確定した瞬間だった。というか【熱術】取ったのをすぐにバラすのか。



「わたしは【視野拡大】を取ろうと思います」


 先生の戦闘スタイルと技術なら【身体強化】だろうと思っていたけど、どうやら違ったようだ。けどまあ【視野拡大】もスタイルに合うのは間違いなさそうだし……、ああなるほど、ほかの人とは別の技能を取って、コストとか効果を確認しておこうってことか。やはり先生はちゃんと意見を聞いてから考えてる。


「それと【睡眠】も同時に」


【睡眠】は『近衛として』明確に非推奨の技能だ。効果ははっきりしていて、睡眠効果が高くなることと、寝つきと寝起きが良くなるという感じ。

 軍の兵士なんかは取っている人もいるけれど、貴族が敢えて取ろうすることはないらしい。何故それを。


「理由はまず単純に時間がほしいからです。【睡眠】の熟練度を上げれば睡眠時間を短くできるようですから。ついでにみなさんの目覚まし時計もやってあげましょう」


 最後に冗談をくっつけたけど、時間がほしい、か。

 先生はシステム以外の、とくにこの国の法律や文化の調査を担当している。一年一組が思わぬ法やタブーを犯さないように、それとアウローニヤ王国の実情を知りたいというのが理由だ。

 ゲームシステムの検証にのめり込んでいる俺なんかとは大違いだな。本当に頭が上がらない。


「もちろん【睡眠】の効果が高ければ、みなさんにも取ってもらいます。誰にでも時間は必要ですから」


 ちゃんとフォローを入れながら語る先生は優しい顔だ。


「両方を取るのは、こちらは簡単な理由ですね。取得コストが安いからです」


 ふたつとも何度も資料に出てくる技能だ。【視野拡大】は補助技能で【睡眠】は身体系でもコストが低いことがハッキリしているし、効果の詳細が判明している。その点はシシルノさんにも確認は取れているのでリスクが低いのは間違いない。


 なにより先生が考えて、納得して、その上で俺たちのためになると思っているということだ。反対なんでできるわけがない。


「ありがとうございます」


「どういたしまして」


 みんなも理解が及んだのだろう。委員長が率先して礼を言い、先生はそれを軽く受け流してくれた。

 俺も先生みたいなカッコいい大人になれるだろうかと、ふと思ってしまう。



「では決まりですね。何かイレギュラーがあるといけませんから、今日は出席番号が大きい人から順番で取っていきましょう」


 クラス中で俺と綿原(わたはら)さんだけだった技能持ちという肩書が、全員に行き渡る。

 自分たちの意思で決めて、一年一組は動き始めた。



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