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第186話 未知の技能



「ちっちぇぞ、八津(やづ)


「ほっといてくれ」


奉谷(ほうたに)に言い負かされてイジけましたってか」


 俺の肩に腕を乗せてそんなことをのたまっているのは野球少年の海藤(かいとう)だ。近いぞ。それと俺が微妙にヘコんでいるのを察知しないでくれ。


 これはもしかしてイジメというヤツか?

 まさかこのクラスに限って……っ。


「なあ八津、お前アホなコト考えてないか?」


「なんでもない」


 あるわけないか。


 本日の宿泊部屋は前回と同じ場所を選んである。三層に続く階段のすぐ傍なので警戒も厳重だし、今のところ魔獣の群れからは外れているので、迷宮の中としてはかなり安全な場所といえるだろう。

 それでも一年一組としての警戒も怠らない。【睡眠】を活用して二交代制の四時間睡眠といういつものパターンを敷いている。



「海藤こそどうなんだよ。今日はボールの出番なかったけど」


「【反応向上】でだいぶマシになってきたかな」


 話題を奉谷さんにやり込められたコトから切り替えて、海藤に振った。

 交代の間、俺たちはこうして誰かと話をしていることが多い。そういえば初回の一泊目の時は【観察者】の俺が見張りをがんばらないと、とかいう感じに緊張してひとりで壁際にいたな。そこにガラリエさんが登場したのだったか。


 そのあとで綿原(わたはら)さんたちが魔獣の群れのヒントを見つけて、それ以降、こうして見張りをしながらの雑談が推奨されるようになった。

 べつに真面目なコトばかりを話しているわけではない。みんなもそこまで求めたら気疲れしてしまうだろうし、単なる暇つぶしの側面が強いかな。新しいなにかを発見することより、適度に緊張感を薄めようというレベルの話だ。


「だけどまだまだだ。(はる)さんはすげーよ」


「主人公っぽかったな」


「八津たちの表現がときどきわからんのだが」


 海藤のいう俺『たち』の中に含まれているのは古韮(ふるにら)を筆頭にして、野来(のき)夏樹(なつき)草間(くさま)あたりかな。


 そういえば海藤ともこうして普通に話しているし、とっつきにくかったヤンキー佩丘(はきおか)、医者の卵な田村(たむら)とも結構やり合ったりしている。ここでさっきの佩丘を思い出してヘコむ。

 藍城(あいしろ)委員長とは当たり前だし、軍オタの馬那(まな)に筋トレを教わったり、チャラ男の藤永(ふじなが)には深山(みやま)さんとの連携なんかを相談されたりする。


 山士幌で三日、こっちに来てから今日で四十八日。ふた月も経っていないのに、クラスメイト全員と好き勝手に言い合えるようになっているのか、俺は。

 中学の頃には想像もできなかったことだな。べつにぼっちをしていたわけでもないが、あの三年間でクラスメイト全員と会話をしたかどうかすら定かでないくらいだ。



「ははっ、いいぞ。主人公ムーブを教えてやるよ」


「お手柔らかに頼むわ」


「いいや、海藤も近々覚醒すると俺は睨んでるんだ。その時の参考になるはずだから」


「だからなんだよ、それ」


 いやいや、ウチのクラスはどこで誰がいつ覚醒するかもわからない連中ばかりだ。備えなければいけないいんだよ、海藤。

 俺も覚醒したいな。できれば戦闘方面で。



 ◇◇◇



「きた。七階位、きた」


「あ、おめでと、八津くん!」


 ついに七階位になった俺を、横から拍手してくれる奉谷さんが眩しい。いい笑顔だよなあ。


 朝の炊き出しを終えた俺たちは、鉄の部屋チャレンジを再開した。ちなみに綿原さんたちのイラストは完売して、次回の構想を練っているようだ。サメ教徒が増えるといいな。

 草間のドレスアーマーイラストはまだ描かれていない。凝り性な連中がアレコレ文句を付けるものだから草間がキレたのだ。結果、今回の迷宮には間に合わずじまいという、ちょっと悲しい結果になった。もちろん仲直りは終わっているので、迷宮自体は問題なく行動できてる。迷宮内で仲間割れとか、そういうのは小説やアニメだけでやっていればいいことだ。



 まだ午前中ともいえる時間だが、ここまでの道中で【風騎士】の野来、【雷術師】の藤永が七階位を達成している。

 取得した技能は野来が【視野拡大】。これは騎士グループの王道パターンだな。


 ヤバいのは藤永だ。やたらと技能の候補がたくさんあって選択肢に迷ったアイツは、なんと【魔力譲渡】を取った。理由はメインスキルの【雷術】の威力が思ったより上がらないことと、【身体強化】と【身体操作】を持っているから前線に出れること。つまり藤永はスタンが使えるサブアタッカーとして、自分の存在を見出したようだ。もちろん深山さんとの連携も欠かさない。

 そんな藤永は奉谷さんの心意気に感動して、前に出ることができる『魔力タンク』をやると言い出したのだ。チャラ男で下っ端口調なのに、やることがカッコ良すぎだろ、藤永。

 いつか絶対覚醒するヤツだ。なにかの切っ掛けで【雷術】がパワーアップしちゃうパターンだろ。知ってるぞ、そういうの。



「それで八津くんはなに取るの?」


 奉谷さんの言葉で我に返る。そうだった。今は俺の七階位を祝うシーンだったな。


「ああ。【視覚強化】だ」


「だよね!」


 自分のコトのように喜んでくれる奉谷さんには、昨日からやられっぱなしだ。いや、もっと前からだったかもしれない。本当にこの子はヤバいな。

 それから綿原さん、戦闘はまだ終わってないからこっちをチラ見しなくてもいいよ。俺の視界からだと全部わかってるから。それとサメが一匹こっちに向かってないか?



(なぎ)ちゃんって面白いよね」


 結局【砂鮫】は俺の近くにやってきてから術が壊れないうちに引き返していった。【多術化】を取ってからまだそれほどでもないのに、ずいぶんと器用なことをするな。サメの扱いならクラスで一番だ。唯一でもあるが。


「綿原さんって前からあんな感じだったのか?」


 なんとなく、もしかしてと思って、俺は奉谷さんに訊ねてしまった。


「うーん。大人しめだけど、ホントはイタズラっぽいとこは、そうだね」


 微妙に辛い奉谷さんの綿原さん評だ。

 たしかにそんな感じはある。だけど大人しめっていうほどか?


「でもね」


「ん?」


「こっちに来てから、ちょっと変わったかも」


「どういう風に?」


 食いついてしまった俺を見て、ニヒっと擬音が聞こえるような笑顔を見せる奉谷さんが小悪魔だ。天使と悪魔が同居するってヤツか。


「えっとね、前に出るって感じかな。自分から手を挙げること、あんまりしなかったのにね」


 前を知らない俺からしてみれば、綿原さんは綿原さんだ。

 イザって時はビシっとキメることができる、カッコいいけど、笑い顔がヘンテコな女の子。あと、演説っぽいモードに入ることもある。


 そして、迷宮委員をやっている。俺と一緒に。

 前に出る、か。



「八津くんもがんばらないとね」


「……ああ」


 なにをどうがんばればいいのかよくわからないが、とりあえず奉谷さんの助言を有難く受け取っておこう。


「それより八津くん、技能、取らないの?」


「忘れてた。取るか」


 この部屋での戦闘も終盤だ。この状況なら俺の指示も必要ないだろうし、できれば【視覚強化】の効果も使って魔獣の動きがどう見えるのかも確認しておきたい。タイミングとしては悪くないな。


 ウチのクラスで【視覚強化】を持っているのは【豪剣士】の中宮(なかみや)さんだけだ。

 彼女の感想としては──。


『視力が上がった』


『動体視力も上がった』


『要は視覚についての全部が上がった感じ』


 だそうだ。つまり数字的ななにかで表せないらしい。そんなのばっかりだな。

 視力検査をする設備もないし、なんだっけ『ランなんとか環』だったか、それを作ったら知識チートになるのだろうか。そもそも基準がないからなあ。


 まあいい。


「取るか」


 自分に確認するように呟いてから、俺は【視覚強化】を取得した。



「……うわあ」


 効果はたしかにあった。なるほど、これは中宮さんの言うとおりで、しかも表現しにくい感覚だな。


「どう? どうなったの?」


「目が良くなった」


「あはは、それって(りん)ちゃんと一緒だね」


 奉谷さんの問いかけに、そうとしか言い表せない自分がもどかしい。


 俺は今、新しく手に入れた【視覚強化】を【視野拡大】と【観察】と同時に使っている。

 最初の感想としては、これはもう『目が良くなった』しか出てこない。たしか中学最後の視力検査で一・〇だったかな。それが一・二くらいになった印象だ。実際に視力が上がったことなんてないわけだから、この表現で合っているかどうかも怪しい。だけど視界がクリアになった気がする。合っていたと思っていたピントがさらに絞り込まれたというか。


 それに加えて、向こうで暴れている仲間たちの『動きがよくわかる』。これまでも【観察】で動き自体は見えていたが、それを追いかけ続けられるイメージか。これもなんとも表現しにくいな。たぶん動体視力が上がったということなんだろう。


「それとフレームレートが上がったってとこか」


「なにそれ?」


「アニメとかで一秒間に何枚絵を出すかって数字、でいいかな」


「ふぅん」


 ふと口から出たセリフを奉谷さんに拾われて、解説になっているのだかどうだか怪しい返事をしてしまう。たぶん合っているとは思うけど。

 アレだ。この感覚は、三十fpsが六十……、は大袈裟だな。三十五くらいに上がった感じか。


「言い換えると、ヌルヌル動くようになった」


「なにそれ、怖いね」


 ウゲっと奉谷さんが顔をしかめる。アニメ好きならわかりやすい表現だと思うのだけど、どうなのかな。作画解放とか言っても通じないだろうし。



「えっ?」


 そんなバカなことを考えながら新機能を追加した目で戦闘を眺めていた時だ。

 俺の頭の中に技能候補が現れた。小さな光の粒が浮かぶ。


【目測】


 技能がコンボしたのか?

 いや、それよりだ。なんだこれ。俺は知らないぞ。


「し、白石(しらいし)さん」


「え? な、なに?」


 ここは技能博士に聞くしかない。俺の少し前で【遠隔化】と【音術】を使って遠くの魔獣を威嚇していた白石さんに声をかける。ごめんな、戦闘中なのに。


「技能にさ、【目測】なんてあったか?」


「……ごめんね、記憶にないかな」


「だよな」


 うん、俺の記憶にも無い。白石さんも知らない。これは、やってしまったんじゃ。



「どうしたの?」


 そこで話しかけてきたのは二匹のサメを引き連れた綿原さんだった。戦場放棄したわけでなく、前衛に任せられると判断したのだろう。ずっとこっちのことを気に掛けていたからな。

 すごい勢いでこっちに向かってきてるのは見えていたけど、速かったな。ついでにヌルヌル動いていた。この表現、リアルでやるとマズいな。心の中だけで使うようにしよう。


「聞こえてたんだ」


「ええ。新技能なんでしょう?」


 綿原イヤーはずいぶんと音を拾うようだ。結構距離があった気がするのだけど。


「ああ。【目測】だってさ。知ってる?」


「知らないわね。真っ先に思いついたのだと『目測を誤る』、かしら」


 どうしてネガティブな表現から入るかな。しかもそこだけわざわざ日本語で。綿原節には時々毒が混じる傾向がある。


「でもすごいじゃない」


「なにが?」


「未知の技能でしょ? それがふたつめなんて八津くんだけよ」


 モチャっと笑う綿原さんだが、たしかにそのとおりだ。俺の【観察】と綿原さんの【鮫術】はどんな文献に当たっても見つからなかった技能だ。正確には綿原さんの【砂術】や【血術】、藤永の【雷術】なんかもほぼ未知なのだけど、物語には血を操る術師なんていうのが出てくるわけで、名前こそ不正確だがそういうモノはあったのだと納得はできている。効果も明確だからな。


 そこに新たに生えた【目測】。意味不明だ。

 これが主人公ならユニークスキルで覚醒状態になりそうだが、フレーズがなあ。



 ◇◇◇



「ほら、やはり君たちといると楽しいことばかりじゃないか」


 数分経って戦闘が終わったところで、俺の新技能についてシシルノさんに聞いてみた。答えはやはり『未知』。ただし昔の資料とかにはもっとド派手な謎技能がたくさん出てくるから、新発見なのかそれとも間違った名前が残されているかの判別がつかない。


 周りの仲間たちも首を傾げている。微妙だよな。みんなの気持ちもわかる。


「で、取るのかい?」


 シシルノさんの目はギラギラと輝いている。エフェクトとは関係なく【魔力視】まで使ってないか?


「取りますよ。取りますけど、もうちょっと先です」


「そうかい。うーん、残念だよ」


 俺は乗せられないからな。八階位になってから……、その時は【思考強化】か、まだ出ていないけど【遠視】を狙っているんだが。とくに今回の【視覚強化】で目に入ってくる情報量が増えまくっている気がしていて、【思考強化】があればいいんじゃないかと考えていたのだ。それでも俺は身体系が欲しい。



「【目測】はあとでいいじゃない。【視覚強化】だけでもすごいのよね?」


「まあ、そうかな。【観察】と相性がいいと思う」


「やったわね」


 嬉しそうにしてくれる綿原さんを見れば、心も軽くなるというものだ。奉谷さんとは別の意味で癒される。ぴょこぴょこと動いているサメまで可愛らしく見えてくるし、俺はどうやらサメ教徒になってしまっているのかもしれない。



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― 新着の感想 ―
[一言] >「ああ。【目測】だってさ。知ってる?」 >「知らないわね。真っ先に思いついたのだと『目測を誤る』、かしら」  普通なら目測って言うと目で距離を測ること。  目標までどの位距離があるかを、…
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