第181話 そういうのはいらない
「この『しゃけ』だったかな? 君たちが発見したものだろう?」
「たまたまですよ」
「謙遜することはないさ。一層というのが少々残念だが、王都の民も喜ぶことだろう」
アウローニヤ王国第一王子が褒めているのか貶しているのかよくわからない言い方をすれば、ごく自然な態度で藍城委員長が合いの手をいれた。
『水鳥の離宮』の食堂に置かれた大きなテーブルの上座には、第一王子とこの国の宰相が座っている。
俺たちは長辺を男子列と女子列にして使っているから、普段は空いている場所だ。背後にはアヴェステラさんが無表情で立っている。食事は済ませたのか、これからなのか。
メイド三人衆は壁の華になっていて、シシルノさんとヒルロッドさんはいない。
ところで第一王子様は建前上鮭を褒めてくれたようだけど、一切れだけしか食べていないように見えるのだが。
この国にいる偉い人たちには『深い階層』のモノほど良い、なんていう考え方があるらしい。
奇遇だが俺たちがこの世界に召喚された初日の夕食が、ちょうどこの部屋だった。あの時にメインディッシュとして出てきたステーキが『四層の牛系魔獣』。今になるとわかるが、なるほど俺たちは良い待遇を受けたということだろう。なにせ普段の食事は二層とか三層がメインで、それこそ一層の鮭もよく食べているわけだから、偉い人たちからみれば慎ましく感じられるのかもしれない。
「リーサリットは魔獣への対応に回っていてね」
初日の晩餐では第一王子と忌まわしき近衛騎士総長、そして第三王女のリーサリット殿下が同席していた。総長と宰相が入れ替わりになって、第三王女は忙しいから不参加、と。
王女様がこの場にいないのって、絶対にワザとだろうな。俺たちとの繋がりを薄く見せようとしているというところだろうか。
それにしても魔獣の群れにまで手を出したのか、王女様は。手広いとは思うが、こういうのは委員長に言わせるとパイプ作りだとかになるらしい。俺たちがやった炊き出しなんていうのがまさにソレだったわけだしな。
「せっかく孫がお世話になったというのに、申し訳ありませんな」
離宮に来て以来、大仰なことをベラベラと喋っている王子様はまあいい。下々に対して口を開けば、それがお仕事だとでも思っているのだろう。
問題はこっち、王国宰相のバルトロア侯爵。ハウーズの祖父だ。白髪のお爺ちゃんで長い髭がトレードマークだな。
この場にいる名目はハウーズ救出のお礼だとかで、ご当人はいない。第四近衛騎士団への出向で忙しいのか、どこかでブロックされたのか。
「勇者のみなさんにあのような風習があるとは。そういえば伝承にも質素を美徳とした、とありますな。なるほど、たしかに勇者の同郷たるみなさん方です」
この宰相じいさん、飾り物やら美術品やら、一年一組に付け届けをしようとしやがったのだ。
朝の内にそれを聞かされた俺たちは全会一致で断った。
チャラ子の疋さんあたりは興味深そうだったが、彼女は異世界モノを知る者だ。この手の話に乗ってはいけないことを知っていて、むしろ奉谷さんや笹見さんを止める側に回ってくれた。
同じくチャラ男の藤永は、チャラいけれどヘタレ系でアクセサリには興味もなし。長めだけど普通の黒髪だし、ピアスとかの穴もない。まとう空気がチャラいだけという謎の男だ。
そもそも先生と委員長、副委員長の中宮さんがダメだと言えば、もはや多数決を採る必要もない。いちおうウチのクラスには多数決制度があるが、ヤバいコトでは強権が発動される仕掛けになっている。もっとヤバい時には多数決に戻るあたりが面白い。
『日本では人助けをしたからといって物品を受け取ることは恥となる』
じつはこの設定、かなり早い段階で決めたおいたことだったりする。
一年一組から人員を引き抜こうとするための贈り物攻撃を想定したのだ。男女混合グループなのでハニトラはないだろうけど、もちろんそちらも気を付けていた。さいわい王女様なのかアヴェステラさんたちかはわからないがガードはなされているようで、いきなり宝石が贈られてきましたなんてことは起きていない。
なのでこのフレーズを最初に使う相手になったのが宰相というわけだ。『人助けの』部分が可変なところがミソだな。たとえば『いわれのない』とか『この程度の戦功』とか。
「しかしそれではあまりに申し訳なく思いましてな」
護身は成功したものだと思っていたけれど、ここで宰相が妙な素振りをみせた。
あの【聖術師】パードのように『排斥派』、つまり勇者たちをいいように使ってやろうという派閥かどうかはわからないが、俺たちはどうしてもこの人物を信用できない。
この国の政治がおかしなことになっている元凶は、たぶんこの爺ちゃんだからだ。元凶までは言い過ぎでも、少なくとも王家の権力を少しずつ剥がして自分たちの懐に入れるような法律に関わっているのは調べがついている。
いちおうは帝国の侵攻に対応するためなんていう建前はあっても、とてもこの先があるとは思えないモノまで。つまりこの爺ちゃんは将来が見えない無能か、もしくは悪党だ。とてもお付き合いをしたいとは思えない。
「殿下」
そんな宰相は第一王子に話を振る。
そこにいるのはどうみても優しい笑顔のおじちゃんだ。そういうところがおっかない。
「ふむ。宰相の提案でな、勇者の諸君が立ち上げる騎士団について──」
おいおい、いちおうは近衛管轄の騎士団に宰相が口を挟むのか?
爽やかな笑顔で語る王子様はそれでいいのか?
「創設式典にかかる費用の一部をバルトロア侯家が受け持ちたいと、提案があってね」
「勇者のみなさんにもしきたりがありますでしょう。私にも侯爵家としての立場というものがあるのです。ならばせめて勇者の門出に華を添えたという『心だけでも』残したく。もちろん表には出しませんとも」
ギリギリのラインというか、金を出す段階でアウトな気もするが、モノとしては残らない、か。
だからその孫を見るような目を止めてくれ。
「どうかな? 王家としては中々の落としどころと考えているのだが」
自分で考えたわけでもないだろうに、なぜ王子様はそんなしたり顔ができるのだろう。
それと創設式典とか初耳なんだが。
クラスメイトたちの視線が王子様と宰相、そして委員長と先生の間を行ったり来たりする。どうするんだよと言わんばかりだ。
俺も同じようにするが、視界の端にいるアヴェステラさんを【観察】した。もちろん視線はそちらに向けないままで。これぞ俺の役割だ。
同じくアヴェステラさんは俺の方を見向きもしていない。ただ無表情にどこも見ていないようにしているが、ほんのかすかに委員長に視線が飛んでいる。
それを二度確認した俺は、正面に座る綿原さんに視線を送った。彼女以外、誰も俺を見ていないのを確かめてから、くっそダサいがウインクを添える。決め事とはいえ、やりたくなかったなあ。
モチャっと笑った綿原さんがテーブルの下から【砂鮫】を委員長の足にぶつけたはずだ。さすがに視界が通らないところは俺の管轄外だからな。
つまりこれはアヴェステラさんから俺と綿原さんを経由した委員長へのサインだ。直接じゃないのは、委員長とアヴェステラさんが目と目で語り合う的なシーンを作りたくなかったから。
『断れ』ならアヴェステラさんは目を伏せるだけ。ちょっとでも誰かを見たなら、その人物に任せるというルールだ。もちろんクラスメイトの誰かがアヴェステラさんを見るのは禁止になっていて、完全に俺の【観察】頼りで、しかも綿原さんを経由するという念の入れよう。
ちなみに『絶対に受けろ』はない。
朝の内に談話室のすみっこで決めておいたのだが、メイドさんたちにバレていたかどうかは不明だな。それこそ【聴覚強化】でも使われていない限り大丈夫だとは思うけど。
ここまで回りくどいやり方をしておけばメイド三人衆にも何がなされたかはわからないはずだ。
こういうやり取り自体は中二チックで嫌いではないのだが、ウインクだけはなあ。委員長や綿原さんもノリノリだったし、ほかの連中もあれやこれやネタを出してきた。ちなみに俺が【観察】で拾ってから綿原さんにパスを送る部分は一年一組のアレンジで、アヴェステラさんですら知らない。
「ありがとうございます。あまりに日本の流儀を通し過ぎるのも礼を欠くのかもしれませんね。その『お心』を受け取りたいと思います」
にこやかな表情で委員長が言い切った。これでよかったんだよな? アヴェステラさん。
「おお、ありがたく思いますぞ」
「いえ、こちらこそ」
宰相と委員長が見つめ合うとお爺ちゃんが孫にお小遣いを渡すようなムードだが、実態は黒そうで背中がムズムズする。
「うむっ、両者が納得してこそ意義があるというものだ」
それっぽいコトを言う王子様はどこまでわかっているやら。俺もわかっていないんだけどな。
「勇者全員の七階位どころか一部は八階位も近いと聞いている。期待しているよ」
それだけを言い残して王子様と宰相は立ち去っていった。うしろに続くアヴェステラさんが軽くだけ微笑んでいるのが見えたので、たぶん大丈夫なんだろう。
◇◇◇
「で、なんだったんだよ」
メイドさんたちも退室して日本人だけになった談話室で、口火を切ったのは小太りな田村だ。
「サインだったか? 委員長の好きにしろってことだよな」
返事を聞く前に言葉を続ける田村はいかにもなせっかちさだ。
「俺の見間違いじゃなければね」
田村にしてもべつに委員長を責めているわけではないが、いちおうの援護射撃ということで俺の言葉も添えておこう。伝達ミスならそれは俺の責任だからな。
「僕としては落としどころだと思ったかな」
軽くため息を吐いてから委員長は疲れたように笑う。
「宰相から物なんかは受け取りたくないけどね。王子様の前でああいう提案のされ方をされたら、仕方ないよ」
「面子か」
「田村の言うとおりさ」
委員長の言いたいことを一言で表現してみせた田村は、けっこうこっち側の話ができる存在だ。
滝沢先生に委員長、中宮さん、田村、上杉さん、ついでに俺と綿原さんと古韮。このあたりのメンバーがいちおうの政治担当みたいになっている。中宮さんは副委員長としてというだけで、そっち方面よりは訓練をしていたいだろうな。俺はもう、単純に【観察】があるからというだけの理由だ。
なにげにクラスの回復役が勢ぞろいしているのが面白いかもしれない。
「面子ねえ」
古韮がめんどくさそうにボヤく。べつに政治担当者だけが集まって話しているわけではない。思い思いなことをしながらも、みんなで反省会だ。
「あの場で断っていたら、さすがに王子様の機嫌を損ねる。モノじゃないだけでもマシだと思うことにしよう。騎士団の装備とかの実用品とか言われてたら、断りにくかったかも」
「委員長は考えることがたくさんで大変ね」
肩をすくめる委員長に綿原さんがツッコむ。
「あとは運営費とか追加人員とか……。そうすることで『勇者は宰相の影響を受けている』ってことにしたいんだろうね」
「げえ」
委員長が並べる単語を聞いた田村が、心底嫌そうな顔をしている。じつによく似合うな。
「表に出さないとか言ってたけど、明日にはってか」
「田村もわかってるじゃないか」
「やだやだ」
なるほど、宰相が勇者に恩義を感じて援助をするという美談が王城に広まるわけだな。
大人のやることはこれだ。
「借りというか義理になるかもしれないけど、アヴェステラさんはダメとは言わなかったんだよね?」
「ああ。たぶんね」
委員長が俺を見て薄く笑っている。肯定の返事はしてみたものの、なんだか自信がなくなってきた。
義理っていわれてもな。こっちは宰相相手に、そんなもの持ち合わせていないのに。
「これは僕のなんとなくなんだけどね」
全員に語り掛けるように委員長は少しだけ声を大きくした。
「宰相は今回の件を足掛かり程度にしか考えてないと思うんだ。取っ掛かりだってね」
「続きがあるってことかしら」
綿原さんが首を傾げて合いの手を入れる。
「そうだと思うよ。これからもっと仲良くしようとあれこれしてくるんじゃないかな。だけど──」
「第三王女殿下ですね」
つぎの言葉は上杉さんからだった。こういうことでも口を出せるんだから多才だよな。
「うん。王女様が横槍を入れて骨抜きにしてくれる気がするんだ。これまでのやり方を見てるとね」
最後は味方とは限らない王女様頼りか。委員長も苦しいところだな。いやいや、一年一組全体の問題か。
「宰相はじっくりと攻めてくると思う。あの人はそういうタイプだと僕はみた。だけど僕たちがその先を行けば予定が狂うんじゃないかな。もちろん王女様の支援も期待してね」
「とっとと強くなれってことだろ? くだらねえ」
佩丘が委員長の言いたいことを簡単にまとめてくれた。なんだかんだでわかってるヤツなんだよな。
そして委員長の見立て、宰相はじっくり派か。俺にはそういう人物評はとんとわからない。
「そうだね。僕たちは誰もが認める『勇者』になるしかないんじゃないかな。ゲームとかじゃなく、実績で」
勇者ってなんなんだろうな。
ゲームだったり、この世界の伝説だったり、今の俺たちだったり。
「アリが群がってきそうでいやね」
「そう言わないでよ綿原さん。その時には僕たちの味方も増えてるはずだから。ほら、ワタハラ画伯にも活躍してもらうよ?」
「サメ教?」
「救われるならそれでもいいさ」
ナギ=ワタハラ教祖のありがたい教えとイラストか。ご利益がありそうだ。




