第170話 大きい丸太
「うおらぁぁぁ!」
「くっそ、重てぇなぁ!」
【霧騎士】の古韮と【重騎士】の佩丘の叫び声には余裕がない。
「ダメだよ、コレ」
「あたしのも効いてなさそうだねえ」
【石術師】の夏樹が放った石攻撃も、【熱導師】の笹見さんが使った『熱球』も、相手にダメージを与えたようには見受けられなかった。
階段を降りてから三十分くらい、最大限に警戒しながら五部屋を移動した先に魔獣がいたわけだが、ソイツは三層最強格の『大丸太』だった。しかも二体。
「幸いなのか、なんなのか」
「幸先良しでいいんじゃないかな」
前方での光景を眺めながら奉谷さんと会話をするくらいの余裕はある。
戦線が安定というか膠着というか、そういう意味では穏便な状況ではあるのだが──。
二体の片割れは滝沢先生と中宮さん、ついでにミアが総出で襲い掛かって速攻で倒してくれた。そう、倒せてしまったのだ。
通称『大丸太』。今回出てきたのは二層に引き続き三層でも登場する【多脚樹木種】とされている部類だ。見た目は二層にいる丸太を大きくして、縦に二段重ねにしたような感じ。
足として機能する枝は相変わらずだが、胴体の両脇から伸びている枝が大振りになっていて、中央部の急所を狙いにくくさせているのが小憎らしい。
大きくて重くて硬い。せめてもの幸いは速度が二層の丸太とそう変わらないくらいなところだ。
ならば先生たちアタッカー組なら、速度と緻密さで勝ててしまう。
騎士組のうちの二人、【風騎士】の野来と【岩騎士】の馬那が、なんとか進撃を受け止めているあいだにアタッカーが総出で攻撃すれば、三分もかからずに片方の大丸太を倒すことができたのだ。ラストアタックはたぶん中宮さんの突きだろう。
『これはヤバいデス』
そんな時に出てきた感想がミアの一言だ。
そのあたりの寸評は先生と中宮さんにしてもらう予定だったのだが、ミアの言葉に二人は無言で同意した。アレはヤバい……、すなわち今の後衛ではムリだと。
だからこそ残り一体になった今、一年一組は検証することにした。
付近に魔獣の影はない。それこそ奉谷さんが言ったように、この状況は僥倖だろう。
◇◇◇
「慣れてくれ。三層で一番重たいはずの魔獣だ」
「わかってるっ! やってんだろがぁ」
俺の声援に佩丘の罵声が返ってくる。いつものことなので気にはしないが、むしろアイツら騎士連中が二人がかりで、交代しながらとはいえ受け止められているのが嬉しい。やれてるじゃないか。
「盾越しとはいえ、目玉がキモいぞ。ちくしょうめ」
後方で見学している俺とは違い前線で体を張っている連中は、物理だけでなく精神にもダメージが入っているようだ。キモいというのは置いておくとして、細かい怪我やずっと全力を出し続けなければいけないのはキツいだろう。古韮の減らず口にもキレを感じないし、長時間はヤバいかもしれないな。
「しょぼいこと言ってんじゃねえ。逆に睨み返してやりゃあいい!」
「わかってるよ!」
そんな俺の杞憂をよそに、佩丘が怒鳴れば古韮も叫びを返す。
今までもこうして騎士組はアイツらなりに励まし合ってきていたからな。俺がちゃっちいコトを言うより、ああやってわめきあっている方が気合も乗るというものか。
「海藤、お前も混ざれ!」
「えぇ、できるかなあ」
「やるんだよ!」
遠距離攻撃を封印している【剛擲士】の海藤は、ふたつ目の役割として盾を担当することになっている。さすがに専門には劣るので、三層では様子を見ながらのつもりだったのだが……、佩丘も容赦ないな。
「都合がいいだろが。一番重たいヤツらしいぞ」
「わかったよ」
少し引け腰になりながらも大丸太に海藤が立ち向かう。【頑強】持ってないんだからムリはしないといいのだけど。
「元気そうね」
「だな。大したもんだよ」
「わたしもやってみようかしら」
なぜ綿原さんまでもがそうなってしまうのか。いくら盾に自信があるとはいえ、アレはちょっと。
「冗談よ。あんなのを見てたら二層に落ちたのを思い出して」
転落事件の丸太戦は悲惨だったからな。たしかアレが二層初戦で、俺が動けなくなった上に綿原さんにも怪我をさせてしまった記憶がある。
そういえばあの戦闘こそがパワー系術師、綿原さんの誕生秘話だったか。
そんなことより今は綿原さんに贈るべき言葉だろう。
「それよりダブル目つぶしの練習じゃないかな」
「それもそうね」
せっかくサメが二匹になったのだ。この状況ならそちらの熟練上げの方が大事だし。
そんな俺の想いを背に受け、綿原さんも前に出た。
「電気は効きが悪いっす」
「氷は有効かも」
藤永の【雷術】は効果が薄くて、深山さんの『氷床』はいい感じか。重量があるぶんだけスリップしやすいということだろう。足が枝なのも大きいのかも。
白石さんの【音術】はほとんど効果なし。つまり術師系で意味のあるコトができるのは【氷術師】の深山さんだけになる。
もちろんこれは大丸太に限った話で、ほかの魔獣なら別パターンもあるだろう。
今日はできる限りの時間を使ってこういう検証を重ねていきたい。
「そろそろトドメだな。草間、頼む」
「うん。怖いなあ」
俺の指示で草間がおずおずと大丸太に近づいていく。
前衛系全員と後衛の中で【身体強化】を持っている連中がひと当てしてみて、大丸太の硬さはだいたい見えた。騎士が二人がかりなら突進を止めることはできるのだけど、完全に封じ込めるのはムリとみて純後衛組は不参加。ブンブンしている枝が当たるだけでも危なすぎる。
そういうわけでトドメの候補になったのが【忍術士】の草間と【熱導師】の笹見さん。二人とも七階位レースの最終候補だったわけで、レベルアップは目の前だ。三層の魔獣ならたぶん一体で一気だろう。
「ふぅ。や、やったよ、七階位だ。【反応向上】取るね」
結構な時間をかけて短剣をグリグリしていた草間だが、なんとか大丸太を倒しきったらしい。やはり一発で七階位を達成してみせた。
取ったのは【反応向上】。草間の場合は忍者系技能を先行させたのもあって、まだ【身体操作】も持っていないが、一歩目の速さを狙ったようだ。どっちも忍者っぽい技能だと思うし、なにもなければつぎで【身体操作】になるだろう。
「えいっ、えいっ」
「いいね。切り返しが速くなってる。だけど足さばきがまだまだかな」
「そっかあ。やっぱりつぎこそ【身体操作】だね」
草間はなぜか反復横跳びで自分の動きを確かめている。それを横から見ながらアドバイス的なことをしている陸上女子春さんの図だ。新しい技能を取ったら試したくなるよな。
◇◇◇
「硬かったし重かった」
「胴体そのものは狙っても無意味ね。急所を直接っていうのも難しいと思うわ」
馬那と中宮さんが、それぞれ戦闘の感想を述べている。
大丸太を二体倒したその場で一年一組はミーティングを開いているところだ。今のうちに意見のすり合わせだな。
この辺りは事前情報で群れの範囲外だというのもある。理想をいうならそこそこの頻度で魔獣が出てくれるのが一番助かるのだが、そうそう都合よくはいかない。
「先生や中宮さんでも胴体には傷をつけるので精一杯だったし、大丸太を相手にしたら動きを封じる方向でやるしかないな」
俺もうしろから見ていての感想を言っておく。
「ガラリエさんならどうです?」
暫定ではあるが十階位のガラリエさんもメンバーのひとりだ。効果的な活躍ができるなら、頼ることに躊躇はない。
「胴体はムリですね。枝を捌くお手伝いくらいなら」
返ってきた答えは芳しいものではなかった。
それも仕方がない。十階位は三層の限界階位だ。つまりは三層が主戦場となる。二層までで余裕のあったガラリエさんでも、ここでは少し強めの戦力でしかないということだ。
ならば六階位と七階位で三層に挑む俺たちはどうなんだという話になるが、そこは見なかったことにしておく。なにしろ六階位なのに三層に行って、無理やりレベリングすることこそが狙いそのものなのだから。
「深山っちの氷が効くなら、俺と笹見っちで水をばら撒くっすよ」
「わたしは凍らせるのだけ集中する」
皆で頭を捻っている中で、息がピッタリな藤永深山コンビが提案をしてきた。笹見さんが勝手に巻き込まれて驚いているけど、たしかに有効な手かもしれないな。
術師が効果的な攻撃手段を持たない現状で、深山さんの氷は貴重なカードになりえる。ここはフレンドリファイヤが普通にある世界だ。藤永や笹見さんが無理にギリギリを狙って雷や熱を使いまくるのも危ない。ならば深山さんには前衛の邪魔にならない程度の【冷術】を期待して、そちらに集中してもらうのが一番か。こうなると直近で取った【多術化】よりも【遠隔化】のほうが……、いや、それは考えても仕方ない。
「その作戦ならわたしたちも協力できるね」
「ええ、わたくしとササミさんは溶かす方向でも」
そこで名乗りを上げてくれたのは【冷術師】のベスティさんと【湯術師】のアーケラさんだ。
シシルノさんのボディガードとして後方に待機していたので、すっかり戦力にカウントするのを忘れていた。たしかにこの二人なら藤永深山ペアと同じことができるだろう。
「なるほどね。溶かすことまで考えてなかったよ」
【熱術】の師匠たるアーケラさんに指摘された笹見さんが頭を掻く。
戦闘中だからこそ役目を終えた氷を溶かすのも、たしかに重要だ。味方が足を滑らせましたは笑えない。
「アタシもけっこうイケると思うんだよね」
さらに発言をしてきたのは疋さんだった。
「【魔力伝導】の使いどころっしょ。デバフだっけ?」
トドメというにはちょっと足りていない疋さんの攻撃力だが、【裂鞭士】としてムチを通したデバフはアリだ。
「いいと思う。深山さんたちが滑らせて、騎士が止めて、疋さんが弱らせる」
「トドメは?」
俺のまとめに綿原さんが首を突っ込んでくる。
それもいちおうは考えてあるのだけど、受け入れてもらえるかどうか。
「つぎは笹見さんで。たぶん一体でイケると思うから」
「あいよ」
これについては確定事項だ。わかっていたはずの笹見さんの返事も軽い。ここまではいいのだけど。
「そこからは騎士組と疋さんがいいと思う。とくに委員長を優先かな」
「僕かい?」
こちらは呼ばれると思っていなかったのだろう、藍城委員長が驚いたような顔をしている。
「大丸太だけだから何とも言えないけど、後衛のレベリングは手間がかかるし危険があると思うんだ」
説明を続ける俺に対し、みんなは黙って聞く体勢に入っているようだ。
三層で一番強いとされているのが大丸太だ。初っ端でソレの強さを計れたのは大きい。どんな状況でも大丸太が出てくるかもしれないことを前提に考えれば、まずは前線の安定が必要になる。
「だから盾を硬くする。委員長からなのは──」
「僕は【聖術】のぶんだけ遅れてるからね。取るべきなのは【反応向上】かな。けれどそれこそ【聖術】を使う魔力がね。三層で戦うとなると、回数が増えるだろうし」
苦笑いをしながら委員長が頬を掻く。
たしかにそれもそうだ。
委員長は騎士とヒーラーの両取りだから、どこに重きを置くがが常に付きまとうんだよな。
「七階位での技能は様子見で、【反応向上】は八階位になってからかな。残念だけどね」
「そっか。ごめん、委員長」
委員長は自分をちゃんとわかっている。やるべきこともだ。
【聖騎士】は最前線を張るヒーラー。そんな委員長が魔力不足で回復ができなくなってしまえば、前衛の安定が一気に崩れることになる。
悪いコトを言ってしまったかな。
「いいよ。僕が遅れているのは事実だし。なにより基本的な技能からっていうのには大賛成だから」
それでも委員長は爽やかに笑って、言葉で俺の背中を押してくれる。
「ありがとう、委員長……。ヒルロッドさんも言ってたけど、ウチの前衛は基礎を大切にしてるお陰で一階位上の力を持っていると思う。六階位だらけでも三層で戦えてるんだから」
これこそが一年一組の強みだ。必殺技は持っていないが……、一部持っている人もいるけれど、じっくり戦うための技能を並べているのがウチの前衛の特徴になる。ちなみに自分で自分を守れる後衛というのもウリだったり。
さらにいえば先生と中宮さんに限っては二階位上でもおかしくない。ミアについては計測不能だな。読めないという意味で。
「俺たちが七階位になれば、ってか」
悪い顔で佩丘が笑う。じつに似合ってるな。コンビニの前で会いたくないタイプだ。
「ああ。【硬盾】でも【広盾】でも、【一点集中】や【視野拡大】でもいい。八階位相当の騎士たちだ」
「この盾は四層まで通用するって話だから【硬盾】は後回しでいいんじゃないかな」
俺の並べた技能について野来がツッコミを入れてきた。
「野来たちの使い方次第だろ? 大丈夫かな。途中で壊れたりしたら」
「そのための【身体操作】と練習だったんだよ」
いくら上等な盾を装備しているからといって、扱い方が乱暴ならば壊れかねない。
だけど野来はこともなげに自信気な表情を見せた。
「工房長にも教わっているからさ。壊れそうかどうかくらいは使ってる時の感触でわかるんだ。わざわざモロい盾で体験学習まで──」
俺の印象だけど、こっちに来てから一番変わったのが野来かもしれない。
元々のイメージと違っていた連中は結構いる。たとえば綿原さんや草間なんかが筆頭格だな。だけどそれは俺が彼女たちのことを知らなかっただけのことだ。クラスメイトたちは本性を知っていただろう。
そんな中で野来は明らかに変わったと思う。それこそ今この瞬間も。
元々温厚で、あまり前に出ないタイプなのは今でも変わらない。だけど必要となれば一歩を踏み込んでくるようになった気がするのだ。もしかしたら白石さんと一緒の時間が伸びたからとも邪推できるが、悪いことでもないしポジティブに受け止めておこう。
「わたしたちはみんなを応援だね。碧ちゃんも」
「うん」
後回しだと言われても奉谷さんはメゲた風もなく、むしろ白石さんと励ましているくらいだ。さすがはクラスのバッファーだな。
「ちょっと順番を変えるだけだ。前衛は頑張らないとだし、うしろは逃げ回る場面もあると思う」
「それも敵次第でしょ?」
「もちろんそれは綿原さんの言うとおり。ぶつかってから判断するしか──」
時間はもったいないけれど、この辺りはキッチリ話し合っておかないとだからな。三層で一戦してみて思った以上に敵が強かったからこそ、細かく詰めておく必要がある。
ところでちょっと離れた場所で腕を組んでこっちを見ている二人。真面目顔の滝沢先生とニヤニヤしているシシルノさん、そういうのって後方なんとか面っていうんじゃなかったか?




