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ヤツらは仲間を見捨てない ~道立山士幌高校一年一組が異世界にクラス召喚された場合~  作者: えがおをみせて


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第153話 勇者ではなく



「都合のいいことに、この『はざーどまっぷ』の原案を作成してくれた者たちが同席してくれているんだよ」


 シシルノさんのセリフは、もはやかくれんぼの鬼の如しだ。みぃつけた、と。


 さすがの滝沢(たきざわ)先生も微妙に眉をよせて訝しげだし、ヒルロッドさんはあからさまにげんなり顔だ。どこかで俺たちに振ってくるとは言っていたが、ここできたか。覚悟ができていたのだろう綿原(わたはら)さんや中宮(なかみや)さんは、むしろ気合の入った表情になっていた。


 魔獣の群れが出来上がるメカニズムの説明、基本的な調査の手順、そのための『ハザードマップ』。このあたりの説明はおおむね終わったと思っていいだろう。


 さて、シシルノさんは俺たちにどこまでを求めているのだろう。話の流れからして魔獣の群れを前提にしたハザードマップの充実に協力してほしいといったところか。


「彼らを見知っている者も多いだろうし、存在すら知らない、なんてことはないだろうね。噂の勇者たちだよ」


 俺たちに手をかざし壇上から堂々と言い放ったシシルノさんだが、これにはちょっと驚いた。


 黒髪黒目の異国人が王城にいて、勇者と呼ばれていることはもはや公然の秘密に近い。城を歩けば人ともすれ違うし、訓練場や迷宮でもそいつらが勇者だとわかって皆は対応してくれている。いい意味でも悪い意味でも、気軽に勇者と呼ばれてさえいるくらいだ。


 だからといって本当にいまさらではあるけれど、大人のいう議事録とかいうのに残る場面でシシルノさんが明言するとは。

 そういうレベルの話を彼女が独断でしてしまうはずがない、とは思う。暴走はするが逸脱はしないのがシシルノさんのスタイルだ。アヴェステラさん経由かどうかはわからないが、ほぼ間違いなく第三王女の許可は出ているはずだ。むしろ糸を引いているまである。



「もしかしたら君たちはこう思うかもしれない。『こんな場でいまさら勇者のお披露目か』と。それとはちょっと違うんだよ」


 ではなんだというのか。


 少なくとも目頭を抑えているヒルロッドさんは聞かされていなかったようだ。アヴェステラさんが知らないはずはないし、可哀想にハブられたんだろう。付き合ってわかることだが、腹芸とか苦手そうなタイプだしな。


 会場は少しざわついているが、なにをいまさらという空気と、言ってしまっていいのかという軽い驚きが混じっているように感じる。

 部隊長クラスばかりの会議だからこの程度ですんでいるが、普通の兵士なら……、むしろその意味するところに気付かないか。


 偉い人たちはといえば、近衛騎士総長はむっつり顔のままで、ほかの人たちもそれほど顔には出ていない。事前に聞かされていなかったのが少しだけ面白くない、くらいの感じだろう。


 そうやって【観察】していると、なにかこうアホらしくなってきた。むしろ俺が勇者という単語に引きずられ過ぎているようで、要らないことまで考えすぎだな。



「先日起きた遭難事件こそが今回の調査を決定づけることになったのは、ここにいる誰もが承知しているだろう?」


 やや煽り気味なシシルノさんはお得意の悪い笑みを浮かべている。


「そして彼ら勇者たちこそが要救助者を生還せしめたことも」


 言い方が大仰すぎる。まるで本当に勇者のお披露目みたいな言い方に聞こえるじゃないか。


「だがそれは彼らが勇者だからなし得たわけではないと、わたしは考えるんだよ」


 そう言ってから黒い笑顔をひっこめたシシルノさんは、俺たちを手招きした。

 壇上に来いというのか。



「繰り返すよ。わたしは彼らが勇者だから壇上に呼ぶんじゃない。彼らの能力が今回の調査に必要だから、お出ましいただくのだよ。さあ、おいで」


 俺たちに手を伸ばしたままのシシルノさんは、やわらかい笑みを浮かべている。


 元々シシルノさんにはこういうところがあった。

 勇者どうこうではなく、ただ俺たちの能力をひっくるめた個人として付き合ってくれていたような。とくに白石(しらいし)さんが。


 白石さん個人への執着は置くとして、俺たちはそんなシシルノさんだから安心して付き合っていられるのかもしれない。そういう考え方をするとアヴェステラさんが可哀想か。あの人の場合、仕事で隠密まがいの行動をしているのだろうし、俺たちのことを個人的にはどう思ってくれているのだろう。



「行きましょ。企みがあるのかどうか知らないけど、ここまでされたら」


「そうね」


 そんな俺の考えをよそに、ここで男気を見せてしまうのが綿原さんと中宮さんだ。

 二人が揃って立ち上がり、先生もそれに続いた。取り残されたのは俺とヒルロッドさん。野郎二人はお互いに顔を見合わせて苦笑するしかない。行くか。


 俺が立ちあがったのを見てから、最後にヒルロッドさんも席を立つ。

 俺たちは並んだ机の間を通るように壇上を目指した。



「なんだか結婚式っぽくないかしら」


 俺たちがいた席は会議室でも一番うしろ側でしかも中央が通路っぽく開けていたお陰で、壇上までの道のりはまさに綿原さんが変なコトを言いだしたくもなるような光景になっている。

 とはいえ女性三人と男二人の行進だ。しかも両脇から聞こえてくるのは小さな励ましの言葉と、ごく一部の蔑みの声。とても華やかといえる状況ではない。


「綿原さん、やめましょう」


「え? あ、はい」


 普段はもちろん軽口程度で注意をしない先生だが、この話題は軽くセンシティブだったようだ。綿原さんは目に見えてビビって、その脇腹を中宮さんが肘で小突いている。

 ううむ、先生には浮いた話がないのか、それとも山士幌に残してきたなにかがあるのか。ちょっともにょるな。



 ◇◇◇



滝沢(たきざわ)です」


 壇上に辿り着いて最初にやらされたのが自己紹介だ。

 上から見下ろすたくさんのテーブルには、合せて七十人以上の人間がいる。この場にいる戦闘関係者は隊長と分隊長クラスだけのはずだから、最低でも四百から五百人くらいが調査という名目で迷宮に入ることになるのだろう。


 そんな猛者たちの注目を集めてビビる俺をしり目に、先生が先陣を切って挨拶をしてくれた。こういう時こそ前に出てくれる先生のやり方には感謝しかない。


「中宮です。よろしくおねがいします」


「綿原です」


 二人がそつなく、手短に軽く頭を下げていく。


「八津です。よろしくおねがいします」


 クラスの自己紹介とはワケが違う。ここで小粋なジョークとかをブチかましたら、それは別の意味で勇者の資格が得られそうだ。よって俺もごく無難な挨拶に留めておく。当たり前だな。



「ああ、ミームス卿の挨拶は必要ないよ。どうせ皆が知っているからね」


「それはまあ、そうだね。俺は勇者でもないわけだし」


 自分はどうすべきかと迷う素振りを見せていたヒルロッドさんを、シシルノさんが言葉で救ってみせた。

 観衆から軽いヤジが飛んだような気もするが、あれはジェブリーさんじゃなかったか。宴会でもあるまいし、偉い人もいるのだからと勝手に心配になってしまう。



「では勇者としてではなく、優秀な『迷宮探索者』の……、そうだねヤヅくんに訊ねたいことがあるんだよ」


「俺、ですか」


 いきなりのブッコミに心臓が跳ね上がった。ここで名指しとは想像の埒外だ。

 それにしても『迷宮探索者』ときたか。その意味合いがこの場の人たちに伝わっているか、俺にはちょっとわからない。俺たちの知識は文献とシシルノさんたちからもらったものがメインだから、一般的な近衛騎士や軍人のとはズれているかもしれないからな。


「そうだよヤヅくん。そこにある『はざーどまっぷ』を見たのは初めてだよね?」


 シシルノさんが指さした先には木のボードに貼り付けられた大判の地図がある。そっちは二層のだな。


「概念は俺たちで考えたモノですが、二層全域のを見るのは今が初めてです」


 なにか考えがあるのだろうし、ここは素直に本当のことを言っておくことにした。謙遜もイキりも無しでいこう。



「さてここで断言しておこう」


 一度偉い人たちに視線を送り、それから観衆に顔を向けたシシルノさんは、妙に誇らしげに口を開いた。


「これは仕込みではないよ。勇者たち四人は壇上まで呼ばれるとは思ってもいなかったはずだ。つまりこれからすることは、すべて即興になる」


 まさかここで俺にアドリブを求めるとは。正直いって意味がわからない。


 俺たちに伝達する暇もないような時間的な制限があったとは思えないし、素の言葉を引き出したいのか? もしかしたら俺たちの誰かが、この世界の人たちが知らない知識をポロリと零すのを期待しているのかもしれない。それにしたところで、なにを問われるかにもよるのだけど。


 だけどひとつだけわかることがある。

 シシルノさんは調査隊に加わりたいという俺たちの望みを叶えるために、こういう場を仕立て上げたとしか思えないのだ。


 即興も仕込みも関係なく、一年一組の価値を見せてみろと。



「それを『王国の名と、太祖たる勇者様たち』、それとこのわたし自身、シシルノ・ジェサルの名に誓おうじゃないか」


 両手を広げたシシルノさんがひときわ声を大きくした。自分に酔っていないか?

 アドリブであると明言するにしても、いくらなんでも大仰過ぎると思う。


「さてヤヅくん。そこの地図だが、君はどう見る?」


「……そういうことですか」


 ニヤリと笑うシシルノさんは、俺に赤ペンを差し出していた。赤いインクが付いただけの筆だけど。


 繰り返しになるが、二泊三日の宿泊迷宮で回ることができたのは二層の五分の一程度だ。だからといってそれ以上の地図を作らなかったいえばそうではない。いちおうだけど、範囲外のにも手は出しておいた。

 だけどさすがに全域は無理だ。つまり俺は目の前の地図の隅から隅までを知っているわけではない。もちろん記憶力が上がるような技能があるわけはないので、まさに初見で判定ということになる。



「遠慮なくやってくれていいよ」


 シシルノさんの声に背中を押され、二層全域をカバーしたハザードマップを見る。【集中力向上】【一点集中】そして【観察】。もはや俺にとって最強の『戦闘用』技能を瞬間的にフル稼働させれば、見えるべきものが見えてきた。


「……ここと、こことここ、です」


 時間にして一分は経っていないだろう。筆を使って俺が描いたのは、丸がふたつでバツがひとつだった。



 ◇◇◇



「──ここは危険区画になると思います。ふたつ手前の広間の方が魔獣の合流地点で、そちらが危険に見えますが、そこから流れてきた魔獣の密度はこっちの方が上になりますから。同じ理由でこちらの危険区画は部屋の隅を通り抜けさえすれば安全地帯へ一直線です。それほど危ないとはいえないと思います」


 これだけの人たちを前にここまでの長台詞を吐いたのは生まれて初めてだ。

 中学の時の友達が読書感想文代表とかに選ばれて、壇上で緊張していたのをなぜか思い出す余裕があるくらい、俺の脳みそは回転してくれている。【集中力向上】さまさまだな。


「君のいう小さな群れを突っ切ることこそ危険ではないのか? 避ける形もとれるだろう」


 観客の誰か、王都軍の部隊長さんだろうか、その人が質問をしてくる。

 さっきからこんな調子だ。なぜ俺はこんなことをしているのだろう。



「今回の魔獣の群れは以前とは規模が違うと聞いています」


 しょせん俺たちはこちらに来てから四十日の新参者だ。二層の経験に至っては転落事故の時からだからええっと、二十日くらい前か。初心者もいいところだな。

 以前の二層がどんなものかなど、知るわけもない。


「先日の遭難事件で経験したんですが──」


 だけどまあ、相手を侮辱しない程度で正直に思うことを話そう。


「群れを避けながら移動していると、気が付いた時には追い込まれていた、なんていう形になりやすいと思います。広い範囲が把握できているなら問題ないんですけど」


 最低でも全方位に三部屋先くらいまでが見通せれば、安全は確保できるだろう。それはムリだろ。

 もちろんウチのクラスでもムリだ。【忍術士】の草間(くさま)が三人いればできるかもしれないな。分身しないかなアイツ。忍者だけに。



「一手先の安全より、二手先、できれば三手先の安全区画を想定して動ければいいと思います。そのためのハザードマップでもありますし」


 それでもダメなら、その場でさらに三手先を読めばいい。


「魔獣は人を探知して向かってくるのですから、逃げるよりは薄い部分を狙って貫く方がいい結果になりやすい。これも前回の経験からです。みなさんは俺たちよりずっと強いのですから、そうした方がより安全になると思います」


 今までなら倒せたとしても面倒な魔獣は避けて通ればよかっただろう。

 だけど現状では数が違うから、逃げてばかりだと量でやられる。いかに強い人たちでも丸太や竹の相手をしている間にウサギやカエルに集られれば怪我だってするだろうし、そうなれば動きが落ちて、結果として全体の状況が悪くなってしまう。

 このあいだのハシュテル副長やハウーズがまさにそうだったのだろう。


 予想以上の数は質を越えてくるから。



「前方に撤退するわけか」


 別の誰かが言い得て妙な相槌をしてくれた。

 そういえばこの話題になった時、上杉(うえすぎ)さんが似たようなコトを言っていたっけ。関ケ原の島津がどうのこうのって。


 ここまでくるともはやシシルノさんの範疇ではない。むしろヒルロッドさんの得意分野だ。

 ハザードマップから繋げて戦闘方面に話を持っていかせるとは、シシルノさんの術中にはまった気分だな。


 それでもコレが俺たちのアピールになるなら──。


「やるじゃない、八津くん」


 横から綿原さんの小さな激励が飛んできた。それだけで心が跳ねて、勇気が湧き出る。

 反対側で見守ってくれている先生と中宮さんが笑ってくれているのも嬉しいな。


 それから数分、俺と部隊長たちによる戦術談義は続いた。これって主題からズレていないか?



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