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ヤツらは仲間を見捨てない ~道立山士幌高校一年一組が異世界にクラス召喚された場合~  作者: えがおをみせて


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第150話 おだてられれば



「むしろこちらの方が喫緊の話になります」


 だったらそちらを先にしてくれと思わないでもないが、俺たちの処遇については気にかかっていたわけだし、アヴェステラさんの配慮は間違っていないのだろう。


 それで、急ぐ話というのはいったい。


「明日の午後、現在迷宮で起きている異変について、調査隊の会合が開かれます」


 続けて出てきたアヴェステラさんのその言葉で一年一組に緊張が走った。


 なるほどたしかに俺たちが有利という結果を聞いてしまっている以上、近衛騎士総長とかハシュテル副長の話題より、こちらの方が余程重要だ。

 結構王国の動きが速い気もするが、以前から問題視されていた件が今回の事件で明らかになってだけのことで、下準備はされてきていたのかもしれない。

 シシルノさんも『いい機会』だと言っていたからな。



「調査隊が編成されること自体はすでに決定しています。明日の議題となるのは人員の選抜、日程、そして調査内容の詳細について、です」


 一層で新区画を見つけた時は俺たちの出番はなかった。

 だけどこうしてアヴェステラさんがわざわざ教えてくれるということは、シシルノさんの推薦が通ったということかもしれない。


「みなさんにはその会議に出席してもらいたいのです」


「いいんですか?」


 少しはずんだ声で綿原(わたはら)さんが声を上げた。


「あ、でも、会議だけってことですか? 調査隊になれるかどうかも」


 そこから続けた言葉はまさに俺たちの思いそのものだった。

 正直を言えば会議はどうでもいい。言い過ぎかもしれないが、打ち合わせとかより一年一組がやりたいのは迷宮に入って階位を上げることだ。体裁はもちろん調査で構わない。だけどそこにレベリングをどうにか混ぜ込みたいというのが本音だ。


「ミームス隊が一緒だったとはいえ、みなさんは二層での異変から誰一人欠けることなく生還を果たした、立派な『迷宮探索者』だとわたくしは思っています」


 そう言ってくれたアヴェステラさんは優しく笑っていた。



 ◇◇◇



 迷宮に入る人々に対する呼び方はそれぞれだ。


 代表的な言葉に『冒険者』というものがある。この手のお話では定番中の定番だな。

 ただしこの世界の場合、『冒険者』は仕事というか、立場としての意味合いが強い。国籍を持たない自由人、税金を納めない代わりに迷宮から素材という名の富をもたらす者たち。うん、実にカッコイイと思う。今の俺たちにできるかといわれると、かなり怪しいわけだが。


八津(やづ)、信じられないお知らせだ。この世界だけど、冒険者ギルドが無い』


 ちなみにかなり早い段階で俺たちは冒険者について調べていた。当たり前の行動だな。

 メインはもちろん俺と古韮(ふるにら)野来(のき)。異世界モノ大好きトリオだ。

 その成果として古韮が発見したのが、冒険者はいていもギルドが存在していないという現実だった。


 あの時は落ち込んだ。周りの連中がわかってくれないコトに絶望すらした。


 それでもこの世界には冒険者がいて、各国ごとのレベルでは冒険者組合みたいな本当の意味での『ギルド』はあるようだし、それで手を打とうと、そういうことになった。

 ただし法律の関係もあってアウローニヤには冒険者がほとんど存在していない。それだけで俺のこの国に対する評価はガタ落ちになってのは言うまでもないだろう。


『冒険者』にはおとぎ話レベルで別の意味もあるが、いろいろ考え始めるといつまでも続いてしまうので、その時が来てからにしておこう。来るのか?



 迷宮に話を戻せば、素材を持ち帰るという意味合いで、『狩人』とか『狩猟者』なんていう表現が使われることもある。ただしアラウド迷宮の場合はいわゆる民間人は入ることができないので、単純に『素材収集』とか『素材採取』のように行動としてしか表現されない。任務の一種という扱いになるのだ。

 食料や木材、塩や鉄などを求めてアラウド迷宮に入るのは、近衛騎士の一部と王都軍の役割だ。すでに職業として騎士とか軍人という肩書があるということだな。


 もうひとつ、迷宮に入る理由として大きいのは階位上げ、レベリング目的がある。まさに俺たちが今やっていることだ。

 階位上げをする人たちを特別に呼称する表現はあまり見かけない。国によっては『修行者』とか『修練』とかいう言い方もあるようだが、アウローニヤでは『階位上げ』、『訓練』というだけでじつに味気がない言い方だ。



 ではアヴェステラさんの言った『探索者』とは何者か。

 ズバリ迷宮を探る者たちの総称だ。ほかの表現では『挑戦者』や『探求者』なんていう存在が物語に出てくることも多い。

 もちろん深層の魔獣から得られる希少価値の高い素材や、どこまでも階位を上げるという目的も付随するが、メインはあくまで迷宮の謎に迫る者だ。


 つまり今の俺たちは、とてもではないが『探索者』を名乗れるようなタマではない。



 ◇◇◇



「お世辞をしても何も出てきませんよ、アヴェステラさん」


 だからこそ古韮は頭を掻きながらそう言うわけだ。


 だけどちょっと嬉しそうなのも間違いない。アヴェステラさんは高校生をおだてて楽しんでどうしようというのだろう。藍城(あいしろ)委員長とかは意味を知っていてもピンときてないかもしれないが、俺みたいな趣味の人間には実によく刺さるノリだ。


「たしかにそうかもしれません。ですがみなさんは迷宮の異常に立ち向かい、仮説ではあれ成果を上げて地上に戻りました。まさに『探索者』の行いです」


「二層ですよ」


 照れが混じっているのか古韮のツッコミにはいつものキレがなかった。普段ならもうちょっとひねって返すのが古韮の言い方なのだけど。


「先日の一層でも迷宮の成長を発見したのです。階層は関係ありませんよ」


 続けてそんなことを言ってのけるアヴェステラさんの笑い方は、すでにイタズラなお姉さんみたいに変わっていた。



「あの、会議に出るとして、用意するモノとかありますか?」


 ほめ殺しにいたたまれなくなったのか、綿原さんが手を挙げてまで話を進めようとする。うん、そろそろ俺も会議の内容の方が気になっているところだ。


「特にはありません。ただし、みなさんの作った『迷宮のしおり』と報告書は重要な参考資料にさせていただきますが」


「あ、はい」


 しおりを作った張本人は綿原さんと俺だ。それを重要な資料とか言われてしまえば、綿原さんまで頬を赤くして、らしくない返事になってしまう。

 今日のアヴェステラさんはいつもとノリが違うな。忙しすぎてテンションが壊れているんじゃないだろうか。



「じゃあ明日の午後は訓練は無しということですね。会合はどこでやるんですか?」


 会話に委員長が切り込んで、話がやっと具体的な方に向かう雰囲気になった。

 なにせこちらは二十二人の大人数だ。調査隊ともなれば近衛騎士や王都軍が出てくるはずだし、大規模なコトになるだろう。


「それなのですが……」


 そこでさっきまでの明るさが吹き飛んで、アヴェステラさんの表情が真面目なモノに変わった。

 これはまさか。


「代表者といいますか、質疑応答に対応できる方を二名で……、お願いしたいのです」


「は?」


 アヴェステラさんが申し訳なさそうに言えば、委員長が見たこともない表情で間抜けな声を出していた。


 もしかしてアヴェステラさん、これを言い出しにくくて、らしくない言い方になっていたのか?



 ◇◇◇



「会合に参加するのは近衛騎士総長、第四と第五の騎士団長、軍務卿と王都軍団長、それぞれの部隊長たちだね。ほかにも秘書官や給仕もいるだろうが、それはまあ君たちが気にすることではないだろう」


 なぜか説明はシシルノさんに引き継がれていた。


「近衛騎士総長と軍務卿、軍団長や騎士団長たちは置物だよ。気にする必要もないし、君たちにちょっかいを出すこともない」


 これを言いたいがために、前置きとして近衛騎士総長の性格の話があったのではないかと疑いたくなるくらいだ。

 それはまあいいとして。ちなみに軍務卿は王国軍のトップだ。実質的に近衛騎士総長と同格の人で、俺たちは会ったことがない。王都軍の軍団長や第四と第五の騎士団長もだな。余計なちょっかいが無いといいのだけど。


 部隊長クラスも調査に関係する人たちが出席するようだから、もしかしたらジェブリーさんにも会えるかもしれない。俺たちの知っている人なんて、それくらいのものだ。



「今回の案件について『灰羽』は管轄外になる。第六の騎士団長は出席しないから、安心してくれていいよ」


 嫌味な顔でヒルロッドさんをチラ見してから、シシルノさんはケスリャー騎士団長の欠席を教えてくれた。これについてはもう、完全に朗報だな。

 第六近衛騎士団『灰羽』は教導騎士団だから、あくまで訓練を指導するのが仕事になる。つまり迷宮の異常は管轄にならないということだ。今回の異変が何らかの形でひと段落しない限り、『灰羽』は開店休業状態になる。


 そういう意味でも、やはり俺たちは調査隊に潜り込みたい。地上の訓練を馬鹿にするつもりはないが、時間がもったいないにも程がある。



「王子様と王女様は出席されないんですか?」


「これまで両殿下がお出ましになられたのは勇者関連だったからだよ。迷宮の異常については軍務卿が責任者ということになるね」


 綿原さんの質問にもシシルノさんがよどみなく答えていく。すっかり説明係になっているな。


 なるほど軍務卿が仕切るのか。だけどそれで近衛騎士総長は納得するのか? さっきの話に出てきた性格なら、俺が俺がとならないだろうか。

 聞きたいけれど、これは王国側の問題だ。藪蛇になりそうな気もするし、出しゃばるのは止めておこう。


 それより綿原さんの目つきが変わっているのが気になる。訓練中どころか迷宮で戦っている時のような、ガチっぽい感じだ。



「さて、勇者側からだが、わたしとミームス卿が同行することになっている」


「シシルノさんもですか」


 綿原さんの声に驚きは含まれていなかった。迷宮の異常ともあって、この件でシシルノさんはそれなりの発言権みたいなものがあるのだろう。これは簡単に想像できる。俺たちが提出した資料の最大の理解者でもあるから、いてくれるだけでも心強い。

 ヒルロッドさんについてはまあ、勇者のお守と証言者といったところかな。お疲れ様だ、ほんとうに。


「両名が外れますので、わたくしはこちらに残ることになります」


「訓練にはラウックスが立ち会うよ。すっかり出番を取られてしまったかな」


 アヴェステラさんとヒルロッドさんがそれぞれ伝えるべきことを言う。

 ヒルロッドさんはもしかして、俺たちの訓練時間にやすらぎを求めているのだろうか。変な襲撃さえなければ平和だからな。


「では決めてもらおうじゃないか。会合に出席する二名を、どうするのかな」


 最終決断を迫るシシルノさんの視線は、とっくに俺と綿原さんを見つめていた。



「わたしは立候補するわ」


「……俺も」


 綿原さんの挙手は速かった。当然俺もそれに続く。


 普通に考えればこの二人になるのは当然だ。なにせ迷宮委員として前回の迷宮泊を取り仕切っていたわけだし、細かいノウハウなどは全部俺たちが取り纏めていた。魔獣の群れができるメカニズムだって理解している。


 クラスの代表者という意味なら委員長と中宮(なかみや)副委員長がまっさきに挙がるが、委員長は迷宮関連は迷宮委員に投げているし、中宮さんは戦闘に全振りだ。それについては先生もまたしかりだな。

 強いてほかの適任者となれば奉谷(ほうたに)さんや白石(しらいし)さん、あとは上杉(うえすぎ)さんか古韮あたりになるだろうけれど、それなら俺と綿原さんでいい。


 これは誰からも文句の出ない人選だ。



 俺たちはこの世界に召喚されてから、一度たりとも別行動をとったことはない。

 迷宮で班分けをして別ルートをたどったり、訓練で別メニューをこなしたことはあるが、やっていることは一緒だった。せいぜい二層転落事故で俺を含む四人が強制的に別行動になったくらいだが、それは例外中の例外だろう。


 アウローニヤ側もそれは理解してくれている。『勇者との約定』で俺たちを離れ離れにはしないという約束があるが、それは組織として分けるようなことはしないという意味合いだ。今回のケースは違うだろうから、約束破りとはとても思えない。

 それでもアヴェステラさんたちはこうやって配慮する姿勢を見せてくれている。


 目的も理由も存在している別行動だ。ここはやるしかないだろう。会議室で総長を見たら逃げ出したくなるかもしれないが。



「よろしいですか」


 ほぼ無条件で俺と綿原さんの出席が決まりかけたムードの中で、先生が発言した。


「どうぞ」


「今回の件で、八津君と綿原さんが代表になることについて、異論はありません」


 シシルノさんに促された先生が言ってくれた言葉は、俺にとってはかなり嬉しいものだった。先生に認めてもらえるというのはやはりクるものがある。綿原さんも似たようなものだろう。


「できればそこに二名、名目は付き添いでも……、護衛でも構いません。追加はできないでしょうか」


 先生はたぶん俺と綿原さんがトチるとかは考えていない。単純に心配をしてくれているのだ。もしかしたら二人ともが後衛職なのが気になるのかも。



「……構わないよ。わたしから申し入れておこう」


「ジェサル卿……」


 了承の言葉を発したのはシシルノさんだった。そんなシシルノさんを気遣うような視線をアヴェステラさんが送る。

 シシルノさんは謎の権限でねじ込むつもりなんだろう。そういうところがカッコいい人だ。


「ひとりはわたしでいいですね?」


 そうやって先生が断言すれば、クラスの誰が反論できるというのだろう。もはや指令のレベルで先生の目はキマっている。

 もちろん誰もが無言をもって賛成を表明してみせた。ならばもうひとりは。


「わたしが立候補します」


 すかさず手を挙げたのは我らが副委員長にしてクラス最強格のひとり、【豪剣士】の中宮さんだった。



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