第146話 理解の速い人
「お、おおう、おおおう!」
「ぎゅんぎゅんだよ!」
俺と夏樹は両手を胸の前まで持ち上げて、わなわなとそれっぽいポーズをしていた。
これが……力、か。というヤツだ。オーラが吹きだしているわけではない。見た目はいつもどおりだが、それでもこの身に力が漲っているのがわかる。
「いい感じでしょー!」
そんな最強系ムーブ中の男子の間に挟まったちっこい女子の奉谷さんがにっこにこしながら二人を見上げてくれている。我らがバッファーよ。忠誠を君に。
なんのことはない、夏樹と一緒に奉谷さんに頼み込んで【身体補強】を掛けてもらっただけだった。
べつにお願いしなかったところで彼女の熟練上げもある。立候補者全員が漏れなく当選してしまう、全プレイベントが発生したのだ。
「うーん、【身体強化】の四分の一くらいかな?」
「声大きいわよ、春ちゃん。ここから【魔術強化】と熟練の上乗せもあるし、三分の一……、もしかしたら半分でも」
心得があって【身体強化】にも慣れている春さんと中宮さんがヒソヒソと【身体補強】を評価している。【身体強化】を持っていない俺には、彼女たちのいう数字の具体性がサッパリわからない。
「二人とも期待しすぎだよー」
頭の後ろでお気楽に手を組んだ奉谷さんはそう返事をするけれど、なんだかんだで嬉しさに溢れているようだ。みんなが喜んでいるのが嬉しいという、彼女はそういう状況を殊の外望むタイプだった。
ちなみに頭頂から伸びたアホ毛は動かない。奉谷さんの場合、どうやら感情表現器官ではなさそうだ。
「あはははっ、これは面白い感覚ね」
「うん。これはいい経験をさせてもらった。ホウタニくんに感謝するよ」
隅っこの方で比較的冷静に検証をしている前衛系に対して大喜びの後衛ジョブ連中の輪の中に、なぜかベスティさんとシシルノさんまでもが混じっていた。
◇◇◇
『アヴィとミームス卿だが、今日は来れない。事情はわかってくれるね?』
朝のミーティングから少ししてメイドさんたちがやってきたのだが、なぜかシシルノさんも同じタイミングで現れた。普段は朝食が終わってからアヴェステラさんやヒルロッドさんと一緒に来るのだが、もしかしたら少しでも早く俺たちの迷宮話を聞きたかったのかもしれない。
なにしろ昨日の迷宮であんなことがあったのだ。シシルノさんの性格からすればハウーズたちやハシュテル副長の動向ではなく、魔獣の増加や群れの方が気になるのだと思う。
昨晩は時間も遅く、俺たちも疲れていたのを気にかけてか素直に引き下がってくれたぶん、今日はこうなるだろうと想像はしていた。なのでそこに驚きはない。
ただ、アヴェステラさんとヒルロッドさんが来れないという話を聞けば、大変なコトになっているのだろうと想像はできる。昨日の今日で勇者担当責任者が現れないとか、ちょっとすごい事態だ。
ヒルロッドさんは事情説明で、アヴェステラさんは調整かなにかで奮闘しているのだろうか。
さっそく迷宮の話をしてもよかったのだけど、技能取得でテンションがアガっていた俺たちは朝食を一緒に食べながら、シシルノさんたちに自慢してしまったのだ。とくに奉谷さんの【身体補強】を。
「君たちの多才っぷりには驚かされてばかりだよ。クサマくんの【魔力察知】もね」
最初の頃こそ技能を誤魔化していた俺たちも、あからさまに隠しておきたい、たとえば未知の技能や伝説的スキルみたいなものでない限り、シシルノさんたちには伝えるようにしている。そんなものはそもそも俺の【観察】と綿原さんの【鮫術】くらいしかなかったのだけど、それもバレているし。
隠そうとしたところで、迷宮に同行して俺たちの挙動を知っているヒルロッドさんにはお見通しだろうし、シシルノさんは【魔力視】を持っている。言わなくてもどんな技能を取っているかはバレバレだ。
今の段階で一年一組は基礎を積み上げている途中なのもあって、取得している技能にレア度はあれど、ほとんどが効果を知られているものばかりというのもある。
一時期心配ごとになっていた【聖術】にしても、【聖術師】パードのやらかしのお陰でクラス解体の危機には陥っていない。むしろ一丸となるための騎士団設立が近づいている状況だ。
「【騒術師】や【奮術師】にしても珍しい神授職だからね。我が国では軍に【音術師】と【励術師】が数名いる程度だよ。王城にもいるのだろうけど、表には出てこないようだから」
【音術師】と【励術師】はそれぞれ【騒術師】と【奮術師】の下位職だ。下位とかいうと申し訳ないので、基礎職でもいいか。
俺たちがいくら総がかりで文献やら資料を漁ったところで、王国五百年の知識を全て調べ尽くせるわけがない。機密もあれば口伝もあるし。
とくに魔力や迷宮関連について、シシルノさんの知識は膨大だ。俺たちが知らないコトを教授はポロリと教えてくれる時もあるのだ。そんなことも知らなかったのか、とばかりに。
ときどきそんなこと言ってもいいんですか? みたいなことまで開示してくるから、こちらが戦々恐々とするくらいだ。王国の【音術師】や【励術師】の配置や数なんて言っていいのだろうか。
「フェンタ卿、いやガラリエ。ホウタニくんの【身体補強】はどうだい?」
「そうですね……、個人的な感覚になってしまいますが、わたしの【身体強化】の一割から二割、といったところでしょうか」
「なるほどね。【身体強化】を持てない術師にとっては助かるんじゃないかな。とくに君たち勇者の場合は」
シシルノさんにかかれば俺たちの考えは完全にお見通しのようだ。
奉谷さんの【身体補強】はたしかに【身体強化】に及ばない。同じくらいの効果があったらそっちの方が驚くくらいだ。
だが少しの強化でも俺を含む後衛組の安全は買える。
ついでに俺たちには魔力の色が同じという『クラスチート』があって、お互いの魔術が効きやすい。今さっきベスティさんが二割とか言っていたが、俺たちならその倍は効くということを春さんと中宮さんが保証してくれた。ヒール系とバフ系が効きやすいというのが『クラスチート』のウリだが、今回ばかりは有難くて涙が出てきそうだ。
付け加えれば、奉谷さんが【魔力浸透】を持っていたのがデカい。【鼓舞】と【魔力譲渡】でロスを少なくするために取得した技能はここでも生きてくるわけだ。やっぱり基礎は大事だな。
奉谷さんは一年一組にとって大きな一歩を踏み出してくれたのだ
◇◇◇
「君たちの見解はわかった。なるほど、わたしも同感かな」
技能談義がひと段落したところで、話題は本命たる迷宮の魔獣についてになっていた。
まだらに魔力が増えている迷宮で何が起きているのか。二泊三日をかけて二層を巡りって得られた情報を俺たちはシシルノさんに説明していった。主に白石さんが。
「要点をまとめると三つかな。魔力を使って魔獣が発生し、魔力を目指して移動する。これは魔獣が活動するために魔力を必要としているのか、それとも帰巣本能のようなモノなのかは、ちょっと不明か」
淡々と言葉を綴るシシルノさんだが、瞳はギラギラと輝いて見える。【魔力視】を使っていないのにだ。口端が吊り上がり、とても楽しそうだから始末が悪い。
「迷宮の魔力にムラができている以上、濃い場所に魔獣が溜まって群れを成す。そして魔獣は自動的に人を襲う、だね」
要点の区切りが曖昧になっている気もするが、要はそういうことだ。
「……繰り返そう。わたしは君たちの見解に完全に同意するよ」
邪悪な笑みでそう結論付けたシシルノさんを見て、白石さんがホッと息を吐く。あの状態のシシルノさんと渡り合えるのだから白石さんの根性はすごいと思う。こういう方面だと芯が強いんだよな。
「今は仮説でしかないが、魔獣の行動について説明ができている以上、それに基づいた警告なり継続調査は必要だね」
「そうなりますよね」
そんな感じでシシルノさんと白石さんは頷きあった。
目の前のテーブルには三日かけて塗り分けられ、メモを書き込んだ迷宮二層の地図が何枚も広げられている。
基本になったハザードマップに綿原さんたちが情報を追加して、俺と田村で色分けをした。最終日は途中からメモどころではなかったけれど、それでもみんなの記憶をすり合わせて、今まさに白石さんが情報を追加していった暫定完成版だ。
「魔獣が増加しているという報告は多数上がってはきていた。資源が増えるから問題ないなどと、上は軽く考えていたようだが」
トントンとテーブルの端をつつきながら、シシルノさんがぽつぽつと呟くように言葉を並べる。
「一層から三層ではもはや明確だ。四層については探索事例が少ないからね。まだまだ不確定かな」
こちらは真剣なのに、シシルノさんはとてもとても楽しそうに俺たちのことを見渡した。
ついでにメイドさんたちの方も見ているけれど、彼女たち三人はいつも通りの表情のままだ。ベスティさんやガラリエさんは取り繕っているのかもしれない。
「そんな中で二層にあきらかな群れが出現し、君たちはそれの動向を予測してみせた。快挙だよ、これは」
そして両手を大きく広げる。演説家みたいなことをしているな。やたら似合っているし。ご当人は無意識で、そもそもそういう素養があるのだろう。
それを見て感心したような顔をしている藍城委員長は、いったいどこを目指しているのやら。
「調査をする必要がある。正確には追加調査、継続調査だね。そしてじつに都合がいいことが起きた」
「都合が、いい?」
シシルノさんの言葉にクラスの誰かが呟き声で反応した。『都合がいい』という単語が不穏すぎるだろう。
嫌な予感というより、これはほぼ確信だ。シシルノさんはこれからロクでもないことを言いだすぞ。
委員長や滝沢先生を筆頭に、すでに何人かは気付いているだろう。みんな、頼むから落ち着いて聞いてくれよ?
「第六近衛騎士団『灰羽』のハシュテル隊と貴族訓練生、ならびに【聖術師】一名が巻き込まれる事故が起きた」
ほらきた。
「ハシュテル隊は『灰羽』の筆頭副長たる男爵が率いし栄えある教導隊だ。そんなにも有力な教導騎士が逃走を選ばざるを得ないような事態が起きてしまった」
そうか、ハシュテル副長はそんなにすごかったのかあ。それはすごい。
悪魔みたいな顔で笑っているシシルノさんを見ていると、いったいどこに本当があるのかよくわからなくなるな。あの人たちがミームス隊より強いとは、とても思えないのだが。
「さらに遭難した訓練生の中には宰相閣下の係累までが含まれていたというじゃないか」
ハウーズ……、シシルノさんのダシにされるわけか。
シシルノさんがこうやってワザとらしく言ってくれているから誰も激発しないで済んでいるけれど、これを別の人から言葉を変えて言われていたらどうなっていたことやら。
俺たちだって大迷惑をこうむったのだからな。結果は全員無事生還で、階位も上がったからこうして笑えない笑い話にできているけれど。
「すまなかったね。アウローニヤの貴族共が君たちにまた迷惑をかけてしまった」
一転、神妙な顔になったシシルノさんが頭を下げた。気付けばメイドさんたちもそれに合わせている。
「そこまでしなくていいですよ。教わりましたよ? 迷宮の中ではみんなで助け合うんですよね」
「それは誰から? ミームス卿がそういうことを言うようには思えないが……」
委員長の言葉にシシルノさんは心底意外だという表情になった。事情を知っているメイドさんたちは当然無表情。滅多なことを言いたくはないだろう。
「ハシュテル副長ですよ。勉強になりました」
「たちが悪いにも程があるね。報告書には?」
「これから書きますけど、もちろん載せます」
「存分に書いてくれたまえ」
悪い顔で笑い合う委員長とシシルノさんに、周りはドン引きである。
滝沢先生は静観しているけれど、これは教育上よろしくない光景じゃないかと思う。はたして社会勉強の範疇でいいのだろうか。
「いやあ、やっぱり君たちは面白い」
「どういたしまして。納得できる範囲なら王国の裁定にも従うつもりですけど──」
「もちろん君たちに一切の責は無い。そんなことにはさせやしない。あの男爵副長がなにを言おうと、『灰羽』の団長が擁護しようともだ」
委員長の懸念に対するシシルノさんの回答は明確だった。
「昨晩のうちにミームス卿からある程度の事情は聞いているよ。彼もまた身命を賭して勇者に非は無しと断言してみせるだろう。君たちに出会う前のミームス卿ならば、もしかしたらハシュテル副長の言も少しは通じたかもしれないが、ね」
「ヒルロッドさんが……」
ヒルロッドさんががんばってくれていると聞かされて、委員長も俺たちも、ちょっとした感動に包まれる。もしかしたら昨日は寝ることもできなかったのかもしれない。
勇者のワガママに付き合わせてしまって申し訳ないと思うけど、俺たち学生にはなにもできないので、それについては諦めてほしい。
「彼もどうやら勇者に毒されているようだね。ウエスギくん、君の【解毒】でなんとかできるのかな」
「適量のお酒は人生を豊かにするものですよ」
「酒の文化は世界を貫くようだね。この世界でも似たようなものさ。これも記録に残しておこう」
上杉さんの切り返しに、シシルノさんはカラカラと笑う。ベスティさんやガラリエさんまでもだ。アーケラさんの笑みも、いつもより大きいかもしれない。やるな、上杉さん。シシルノさんの受け止め方もカッコいい。ナチュラルに繰り出す大人の中二は大好物だ。
先生だけが少し悲しそうな顔をしているのは、お酒の話がタブーになっているからだろう。可哀想に。早く日本に戻って好きなだけ飲ませてあげたいな。
「すまない、話が逸れてしまったね。調査の話だった。これだけの大事になり、貴族が被害を被ってしまったんだ、王国としては動かざるを得ない」
笑いを止めたシシルノさんが、それでも半笑いで話を続けた。
この件についてシシルノさんがどの程度の権限を持っているかはわからない。
だけどこの人のことだ──。
「調査隊が結成されるだろう。そしてとうぜん、わたしは同行を申し出る」
そうだよな。シシルノさんならそう言うだろう。




