第132話 躍動する者たち
「ミア、海藤、左右からカエルを狙ってくれ。味方に当てないように」
「当ったり前デス!」
「デッドボールはいただけないな」
俺の指示に従って盾組が揃って前に出てウサギに対峙し、両脇からミアと海藤がカエルを狙う。
「この程度は予想どおりだろうけど、大丈夫かい?」
「まだ問題なさそうです。前衛は大丈夫。真ん中あたりに配置して、イザって時に術師を守ってあげてください」
「了解したよ」
少し緊張を感じるヒルロッドさんの言葉だけど、まだまだ俺たちが動じるような状態にはない。
新しく設定したルートをたどって一刻、二時間くらい。ゴール地点になる階段までの道取りはまだ半分以上残っているが、このあたりは予想どおり『魔獣が濃い』。ここに来るまでは昨日通った部屋もあったので比較的楽に進めたが、そろそろ俺たちが想定したヤバい区域に差し掛かっている。
今回の相手はカエルとウサギの団体だ。合わせて三十五体と、一度に対戦するには数が多い。地べたをウサギがウネって、ピョンピョンと跳ねるカエルがウザったい組み合わせだ。遠距離のミアと海藤にカエルを削ってもらうのがパターンではあるけれど。
俺の言葉どおりにヒルロッドさんたちミームス隊の七人は盾組のさらにうしろ、綿原さんたち術師グループの隙間を埋めるように陣取ってくれている。術師のまん前に位置しないあたり、俺たちを尊重してくれているのがよくわかって、その心意気に答えたくなるというものだ。
迷宮に入って三日目ともなると、一年一組以外の人たちとも連携が取れるようになってきた。少々魔獣の数が多くても、これなら問題なく戦える。
「わたしじゃもう、前衛のみんなには敵わないね」
「ベスティさんは術師ですから。うしろでドンと構えててください」
「一番うしろの護衛も仕事ってね」
ちなみにメイド三人組の配置はベスティさんが俺の横、アーケラさんは白石さん、ガラリエさんが奉谷さんの近くといった感じに落ち着いた。
本当なら前に出てもらって【熱導師】の笹見さんや【氷術師】の深山さんにお手本を見せてもらいたいところなのだけど、今はちょっとそういう余裕はなさそうだ。
一年一組の術師は全員が盾を練習していて、ほとんどが【痛覚軽減】を持っている。
ぶっちゃけ物理耐性ならばもう、アーケラさんやベスティさんより上だ。いくら二人が七階位とはいえ、二層の魔獣が直撃すれば結構なダメージが入ってしまうだろう。だけどウチの術師たちは、それを受けるなり逸らすことができる。ヒーラーの二人、上杉さんと田村は危ないかもだけど。
『金の嵐が渦巻き荒れて、蒼く輝くソゥドが唸る──』
白石さんの【奮戦歌唱】も絶好調だ。今度は『機動悪役令嬢フォルフィズフィーナ』か。またマイナーどころを。さすがはアニソンオタク、レパートリーが多い。わかってしまう俺も俺だけど。
彼女の【奮戦歌唱】は俺たち一年一組が持つ『クラスチート』の効果もあって、効きがいい。
物理的に強くなるわけではないが、やはり心が湧きたつというのは俺たちのような戦闘素人には意味がある。魔獣を殺す嫌悪感と、帰還のために必要だから仕方がないという心の板挟みになっているのが俺だ。【平静】であれ、ちょろちょろ走り回っては奉谷さんが掛けてくれている【鼓舞】も、戦う心を維持できる精神系技能はありがたい。
べつの意味で助かっているのは、魔獣の見た目がアレすぎて罪悪感だけはほとんど感じないところか。
「八津くん。六階位よ!」
「やったな!」
前の方から中宮さんのアガった声が聞こえてきた。俺を名指ししたのは特別扱いなどではなく、単に指揮者だという理由だ。そこに深い意味はない。
「だけど……」
「わかってる。ガンガンやってくれ!」
「もちろんよっ!」
五階位で【痛覚軽減】を取った中宮さんは内魔力が上がりにくい前衛職なのもあって、六階位では技能を取らない。【高揚】や【安眠】などコストの軽い技能はあるが、純粋物理アタッカーの彼女としては【反応向上】や【頑強】、そして【剛剣】のような直接戦闘に関わる技能を取りたいと考えているようだ。
それでも外魔力は伸びた。つまりステータスは上昇しているので、技能の有無よりもまずは体を慣らしてもらう必要がある。それには動くのが一番。
「これで六階位は四人」
「十分じゃないかな。一度の迷宮で四から六階位にするなんて、聞いたことないから」
もう四人か、それともまだ四人なのか。思わず口から洩れた言葉に、ベスティさんが苦笑いで返してくれた。
ミアと滝沢先生に続いて六階位になったのは海藤だった。
ピッチャーらしく【視野拡大】を取ったことで、思わぬ敵にも反応できるだろう。遠距離アタッカーには大事な技能だ。【疾弓士】のミアにも取っておいてもらいたい技能だけど、デンジャラスエルフな彼女の場合、野生の勘でなんとかしてしまいそうなのが怖い。
「春ちゃんと草間くんも、あと二、三体で上がると思うよ! それと凪ちゃんも」
「そうか。この混戦で後衛に経験値を回せるかどうか。って、綿原さんもか」
みんなが倒した魔獣のカウントをしている奉谷さんが、つぎのレベルアップを予告してくれた。
前衛アタッカーが上がりきれば、そこからは騎士よりも先に後衛のレベリングに入りたい。とくに【痛覚軽減】を持っていない三人を。悩ましいところだ。
綿原さんは勝手になんとかしそうだけど。
「『七階位まではムダにならない』。八津くん、自分でそう言ってたじゃない」
「……そうだ。そうだった」
小さな口を大きく開けて呆れたような顔をする奉谷さんを見て、俺の中に芽生えていた謎の焦りが消えていく。
これぞ奉谷さんの天然バフだ。スキルの【鼓舞】より効きがいいんじゃないだろうか。魔力頼りではなく、言葉と笑顔が直接精神に作用するからかもしれないな。
「ありがとだ、奉谷さん」
「どういたしましてだよ」
「数を減らして余裕ができるまでは前衛メインで処理してくれ! 切り替えの判断は俺がやる!」
一言お礼をしてから、みんなに叫ぶ。
以前までの俺にこんな強気なセリフが言えただろうか。ムリだった自信ならあるな。
奉谷さんが背中を押してくれて、みんなへの信頼があるから、俺も声を張り上げることができるようになったんだろう。
異世界転移をさせられて、そこで得られたものはしっかりあった。これはありがちなチートなんかじゃない。
ひとりで孤独に戦って、強くなるのはカッコいい。現地の人たちと打ち解けて、仲間を増やしていくのもすごいと思う。やってみせろと言われたら、泣いて逃げ出す確信がある。それでも異世界ハーレムは、まあ、憧れないでもないけれど……。いかん、誰かに察知されそうな気がする。考えるな。
そういう物語の主人公たちとは違う俺は、別の形で大切なモノを手に入れた。
いや、気が付いたら向こうから歩み寄ってきてくれていた、か。そういう意味ならこれも与えられたチートだ。ならば俺はそれに応えなければならない。
なんといってもコレは、持ち帰ることができるチートだ。すごいじゃないか。だったらなおさら大事にしないとな。
それに──。
「ウサギならわたしひとりでも相手できるわ! 弱らせたのはなるべく田村くんと美野里に誘導して」
勝気な彼女の声が耳に届く。サメが躍動した。
そこにいるのは綺麗な黒髪とメガネ越しの鋭い目つきが魅力の美人さん。だけど笑い方が奇妙で、なぜか気の合う面白い女の子だ。
新しい技能こそ取らなかったものの、五階位にレベルアップした彼女はとにかく動く。
鍛え上げた【身体強化】をフルに使って、必死に練習していたヒーターシールドを振るって、そしてなにより愛してやまない【砂鮫】を駆って、すべてを行使して魔獣を倒しにいく。
あれが【鮫術師】綿原凪の全力だ。
しかも今のところという但し書きがくっ付くのが末恐ろしい。【身体操作】だの【血術】だの、物騒なコトを考えているみたいだし。
「まいったねえ。これじゃあ現役形無しだよ」
「持久走なら負けないわよ」
「マラソンじゃあないんだけどねえ」
二層転落の関係もあって、綿原さんの後追いみたいなビルドになった笹見さんがグチっぽいことを言うが、顔には男前でニヒルな笑みを乗せている。
背が高くてアネゴ口調の彼女は、意地っ張りなクセに気の弱いところがあるということも、俺はもう知っているお陰もあって、彼女たちの会話がなぜか面白い。あれでいいコンビなのだ。
「いいから玲子、これのトドメをお願い」
「ありがとね、凪」
自分がレベリングの優先だとわかっているのに、獲物を笹見さんに渡す余裕さえある。後衛左翼は万全だ。
だからこそ、俺は全力で指揮をしないとだな。
「綿原さん。十一時、五メートル」
「どうぅらぁ!」
俺が声をかけた次の瞬間には、綿原さんは左腕のヒーターシールドに体重を乗せ終わっていた。戦闘モードに入った彼女の掛け声は勇ましい。
前衛の盾をすり抜けて登場するウサギは、地を這う動きもあって見えにくい。狙われた人からしてみればいきなり現れたように映るだろう。まさに暗殺ウサギだ。くだらないところでゲーム準拠をしないでくれ。
だけど俺には見えている。
誰が狙われているのかもわかるし、誰に指示を出せばいいか判断できるだけの材料を、俺はみんなと一緒に蓄積してきたから。
「わたしのサメは育つのよ!」
以前より少しだけ大きくなった【砂鮫】が、歪な口を開いたウサギに襲い掛かった。酷い構図だな。
熟練を上げまくった綿原さんのサメはもう、単なる目つぶしの領域を超えている。
しっかりとした質量を持った砂の塊だ。もはや物理攻撃と言ってもいいレベルの衝撃がウサギを襲い、あきらかに動きを鈍らせた。以前までの微妙な邪魔しかできなかったサメはもういない。
もしかしたら【石術師】の夏樹が動かす石よりも攻撃力があるんじゃないだろうか。
「どらぁあ!」
そのまま押し出した盾で一撃、メイスでもう一発。短剣を使うまでもなく、頭の部分を大きく凹ませたウサギは活動を止めた。
速さと噛みつきだけが取り柄のウサギだけど、いくら柔らかいからといってもメイスで倒しきるのか。そこかしこに赤紫の返り血を纏う綿原さんがちょっと、いや結構怖い。
ちなみに魔獣は血を流すけれど内臓はシンプルにできていて、なぜか脳らしきものが無い。ウサギに至ってはしっかり頭蓋骨があるくせに、中身は胃袋みたいな感じになっている。とことんまで生物をバカにした存在だ。
それにしたところでスプラッタ耐性の高い綿原さんだ。
脳みそがあったとしても、平然とメイスをブチかましそうな予感がするな。
「八津くん」
「な、なにかなっ?」
こちらを見ないまま、綿原さんがボツリと俺の名を呼んだ。心を読まれたか!?
「六階位よ。【痛覚軽減】を取ったわ」
「……そうか。すごいじゃないか」
「うん」
前を向いたままの彼女は、いつものモチャっとした笑顔を見せているのだろう。見なくてもわかるような気がすること自体が、なんだか嬉しい。
「あ、ハルもだ。ハルも六階位だよ!」
スピードファイター、【嵐剣士】の春さんがレベルアップを告げたのは、綿原さんが六階位になってから一分もしないうちだった。
「じゃあハルも【視野拡大】ね!」
そして【視野拡大】を取る。【反応向上】でもいいだろうけれど、この辺りは本人の希望だ。
とことん海藤と同じビルドになっているのが面白い。七階位になったら二人そろって【反応向上】だな。
◇◇◇
「くっそ、上がらずだ」
「獲物を流してやったんだからグチ垂れてんじゃねえ」
「なんだぁ?」
終わってみれば危なげのない戦いだった。
むしろ言い争いを始めた田村と佩丘の方が面倒くさい。ジャレ合いなのはわかっているから、みんなでほったらかしだけど。
「呆れたと言えばいいのか、見事と言えばいいのか、迷うところだね」
腕を組んだまま肩をすくめるヒルロッドさんや、それに同意する騎士たちも呆れ顔やら感心しきりといったところだ。アーケラさんはニコニコと、ベスティさんはニヤニヤで、ガラリエさんがムッツリしているのはいつも通りだな。
見守ってもらっていたとはいえ、俺たちはヒルロッドさんたちの手を借りずに三十体以上の魔獣を完封できた。
もちろん攻撃を食らって痛い思いもしただろう。それでも歯を食いしばって戦い抜いた。気の弱い夏樹や藤永などはリアルで泣いていたし。
それでも階位を上げて、技能を育てて、プレイヤースキルや連携も磨き上げてきた俺たちは──。
「僕たち、強くなってきてるのかな」
ボソッと夏樹が呟けばみんなが笑顔で頷けるくらい、積み上げてきたのだと思う。
これで六階位が六人。
残りの予定は半日くらいだ。すでに予定以上の成果は出ている。ここで油断しないで最後までキチンとしないとな。
離宮に戻るまでが宿泊迷宮探索だ。フラグを立てるようなマネなどしない。
「みんな静かに」
草間の声が飛ぶ。同時に緩んだ空気が引き締まった。
「どっちからだ?」
指揮官として俺が声をかけたけれど、草間は怪訝そうな顔をしている。
「コレ、魔獣じゃない。人だよ。こっちに向かってる」
「そっか。そりゃあほかにも潜ってる人はいるよな」
アラウド迷宮には人型モンスターも、悪党冒険者も存在していない。
その手のイベントは起こらないのだ。繰り返しになるけれど、フラグ回収などしてたまるか。
「でも速い。走ってるのかな?」
草間の声に少しだけ緊張が混じっている。
戦闘中ならわかるけれど、迷宮で走るなんていうシチュエーションはちょっと考えにくい。……戦闘中?
「全員警戒だ」
ヒルロッドさんの鋭い声が室内に鳴り響いて、俺たちはいっせいに頭を戦闘に切り替える。
数秒後、ドタバタとした足音とともに七人の騎士が部屋に飛び込んできた。




