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第130話 導かれる経路



「はい、これ」


「なにこれ……、って作っておいてくれたんだ」


「ええ、まあ」


 午前二時くらい、夜番の交代時間に綿原(わたはら)さんが渡してくれたのは、ここ二日間で接触した魔獣の分布地図だった。

 数字としての記録自体は奉谷(ほうたに)さんと白石(しらいし)さんが残してくれているから、地上に戻ってからでもよかったのに。わざわざ……、いや、ここは感謝だな。


「うん。ありがとう」


「どういたしまして」


 モチャっと笑う綿原さんはいつもどおりだけど、ちょっと顔が赤い気がする。ベタだけど、風邪とかじゃないだろうな。横にいる奉谷さんと白石さんも笑っているから、綿原さんの具合が悪いということはないだろうけど。

 それとなぜ、この並びにベスティさんが混じっているのか。意味深にニヤついているし。



「それでね。描いてて思ったのだけど、たぶん偏りがある、かな」


「偏り?」


「ベスティさんにも相談してみたんだけど、部屋の繋がり方も考慮しなきゃダメかもって──」


 簡単に綿原さんが説明をしてくれる。


 魔獣の出現が偏るのは想像の範疇だ。部屋ごとなのか、それとももっと広い範囲でなのか、どちらにしても魔力の量が均一でない以上、バラつきが出るのは当然だろう。これには一層を調べたシシルノさんも同意してくれている。


 そして部屋の繋がり方か。こっちはハザードマップの時に気付いていてもよかったくらいだ。

 逃げ道が限られるから危険ということは、それだけ魔獣だって固まりやすくなる。当たり前のことだった。



「だからごめんなさい。コレは中途半端なのよ。それでも八津(やづ)くんならもしかしてって」


「ねー」


(なぎ)ちゃんが八津くんに期待してるって」


「ちょっと、鳴子(めいこ)(あおい)!」


 少し申し訳なさそうな綿原さんをからかうような奉谷さんと、なぜかメガネがいつもより輝いている白石さん。そしてそのうしろで腕を組んで頷いているベスティさん。なんだこれ。

 綿原さんの顔がさっきより赤くなっているし。


 あれ?

 今どこかに違和感があったような。なんだ?


「あ、いや、どうせ夜の間は暇だし、見るだけ見ておくよ」


「うん。おねがいね。じゃあわたしたちはあっちで横になるから」


「ああ。おやすみ」


「おやすみなさい」


 なぜか急ぎ足で去っていく綿原さんを、奉谷さんと白石さんが追いかけていった。

 お互いに肘で小突きあっているようだけど、なにをしているのやら。



「いいよね、少年少女たちって。がんばれ、コウシ」


「なんで名前なんです?」


「なんとなく」


 通り過ぎ際に俺の肩をポンと叩いたベスティさんは、絵に描いたようないい笑顔をしていた。


 あの四人、いったいなにがどうしたんだ?



 ◇◇◇



「こういうのは、委員長か野来(のき)か……、田村(たむら)だろ」


「起きてるのは田村だけか。古韮(ふるにら)、悪いけど」


「声掛けてくるよ。俺は入れ替わりであっちの扉の前」


「助かる」


 綿原さんたちから預かったマップを見た古韮は、早々にお手上げを宣言した。面倒だと思ったんだろう。やればできるヤツなんだけど。

 身代わりというか、こういうのを得意にしていそうで今起きているのが田村というのは、まあ同意だ。


 そそくさと部屋を横断していく古韮の背中を見送りながら、同時に『魔獣地図』にも目を向ける。

 せっかく女子四人……、そこにベスティさんを含めていいだろうか。まあいい、彼女たちが作ってくれた地図だ。役に立てたいところではあるけれど。



「どした、八津ぅ」


「おう。コレ見てくれ」


「ん、地図か。ああ、前に言ってたヤツ。迷宮の中で描いたのかよ」


 一分もしないうちに田村が現われて、俺の手元を覗き込んだ。

 田村クリニック次期医院長、坊ちゃん頭の【聖盾師】田村は【聖術】だけではない。こういうところでも役立ってくれるはず。


「で?」


「コレさ、綿原さんたちが作ってくれたんだけど、変な場所があるって」


「変な場所? ドコだよ」


「いや、理由を聞いてからにしてくれ」


 じつに田村らしいせっかちさだ。俺が綿原さんの名前を出すのにちょっと躊躇したのがバカみたいじゃないか。



 魔獣地図を作るという件は今回の迷宮に入る前の段階で話題にはなっていた。

 それでも細かい部分をどうするかとかは決めていなくて、白石さんと奉谷さんが魔獣の記録を取ってくれておけばあとでどうとでもなるだろう、くらいのはずだったのだけど。


「で、魔獣の点数と数で重みづけか。なるほどな」


 綿原さんが教えてくれた簡単なルールを田村に説明すれば、すんなりと納得はしてもらえたようだ。伝え間違ってなければいいのだけど。


「問題なのは?」


「ああ、部屋の構造で魔力と関係なく魔獣が溜まりそうな場所もある、ってことかな」


「……まずはわかりやすく赤くなっているトコからだろ。地形かどうかは判別できるな? 八津はそういうの得意だろ」


 少しだけ考えてから、田村が指示を出してきた。

 得意ときたか。持ち上げてくれる。いいだろう、やってやるさ。


「地形で溜まってるのは、こことここかな」


「ふん。なら、まずはこの場所からだ」


 ざっと見たところ四か所……か。あからさまに色が浮いている場所がある。部屋の繋がり方から考えても、ここは単に魔獣が流れ込みやすい場所だろう。


「二部屋手前くらいから矢印だ。ちがう、逆向きだ。どこから来たのか想像してみろ」


 あいかわらず荒っぽい言い方をするヤツだ。

 だけどなるほど、矢印を入れながらスタート地点を逆算するのか。


 田村と二人で地図を指でなぞりながら、俺たちの頭の体操が始まった。



「やっぱり田村は頭いいな。医学部いくんだろ?」


「まあな。札幌の公立に行ければいいけど、どうだかなあ」


 ずっと集中が続くわけも無いし、ただ指と目と頭を動かしているだけというのも味気ない。少しだけ踏み込んで話題を振れば、田村はそれなりに反応してくれた。


「──だけどウチのクラスで成績トップは俺じゃないぞ。中学の最後頃の話だけどな」


「そうなのか?」


「俺はだいたい二位か三位。不動の一位は……、佩丘(はきおか)だ」


「マジかよ」


「ちっ」


 話が転がったところに、どうやら田村の地雷があったらしい。自分から言いだすなよ。


 明らかに俺より頭の回転が速い田村だが、学校の成績自体は三位くらいといったところらしい。

 争っていたのは藍城(あいしろ)委員長と白石さん、綿原さん、俺は知らないけれど帯広の高校に行った淡崎(たんざき)さんっていう子。

 そして佩丘。ヤンキー佩丘かよ。ほかはわかる、というかイメージできる。


 料理と裁縫ができて、ガタイがよくて、勉強も?


「佩丘ってもしかして完璧超人かなにかか?」


「超人とかじゃねぇよ。頭の回転なら俺が上だ」


 自分でそれを言うのか。自信家というか、なんともはや。



「……アイツは、まあ努力家ってやつなんだよ」


「ああ、そういう」


「反応薄いなあ、おい」


「田村はどう答えれば満足なんだよ。いや、でも、なんとなくわかった」


 佩丘の家は母子家庭だ。今では俺もそうなったし、いまどき珍しくもないとは思う。ただまあ、そういう立場で、アイツはどうしたかってことなんだろうな。

 そういえば佩丘の母親って田村のトコで看護師さんをやっているんだったか。病院の人たちは忙しいと、どこかで聞いた。だからアイツはがんばっているのかな。


 佩丘は自分でなんとかしようとしている。そういう気質だ。

 勉強だけじゃない。家事ができるのも、アイツなりのやり方ってことか……。



「なあ田村」


「なんだよ」


「すごいな、佩丘」


「ああ、すげえ」


 ツンデレ傾向があるとは思っていたが、なかなかこういう認め方はできるものじゃない。


「けど、田村もすごいと思うぞ」


「なにがだよ」


「今」


「今だけかよっ」


 しんみりしたくもないし、少しだけ茶化しておいた方がいい気がしたから、そういう言い方をしてみた。

 それと、俺も。


「佩丘の話、すごいのはわかったから、終わりにしよう」


「なんだよいきなり」


「俺が自信失くす」


「八津、お前なあ」


 だって胸が痛いだろ。父さんを思い出すとかではなくだ。


 頑張り屋の話を聞かされるのは別にいいけれど、似たような立場になった俺はどうなんだって言われている気がしてな。シリアスとかではなくて、これはまあ俺の弱さだ。自分で知っているから、ここらへんで勘弁してくれ。



「わかったわかった。ほれ、次はココだ」


「ん。ココは、こっち側から流れたんだろうな」


「八津こそ早いじゃないか」


「【観察】のお陰だよ」


「それだってお前だ」


 田村は心臓に悪いタイプのツンデレだったのか。


 朝のミーティングまでまだ時間はある。できれば間に合わせて、さて、そこからどうするか。

 地図を追っていくうちに、なにかこう妙な予感がしてきているんだ。絶対に偏ってるよな、魔獣め。



 ◇◇◇



「経路を変える?」


「はい。夜の内にいろいろ考えました」


 俺の提案を受けて、ヒルロッドさんは訝しげな顔をしている。


 朝食と一緒にやっている朝の打ち合わせの冒頭で、俺は経路の変更を提案した。なぜだか横では田村が腕を組んでふんぞり返っている。協力者なのはわかっているけれど、意味不明に態度がデカい。



「理由は、君のことだ、もちろんあるのだよね?」


「はい。これです」


 迷宮の地べたに三枚の地図を置く。

 ひとつは当初予定していたルートが描かれた『迷宮のしおり』の地図。もうひとつは、綿原さんたちから預かったモノ。最後の一枚は、一晩かけて俺と田村で作った最新版だ。


 なにせ三十二人の大所帯だ。俺と田村のほかは、ヒルロッドさん、綿原さん、委員長、中宮(なかみや)さんたちが最前列で、ほかの人たちは二列目以降でぐるりと周りを囲まれている。

 こういうアングルはちょっと圧迫感があるな。



「大前提になっているのはシシルノさんの考え方です」


 俺の言葉に一部の人が顔を微妙に歪めた。ヒルロッドさんとミームス隊の人たちなのだけど、半信半疑ってところだろうか。


 さすがはシシルノさん、悪名高くてむしろカッコいいまである。

 まあいい。俺が言いたいのは、このお話の起点になったのは一年一組ではないということだ。間違っていたらシシルノさんが悪い、ということでよろしくだな。


 さて説明を始めよう。



「なるほどね。この矢印が魔獣の来ていた方角ということか」


 顎に手を当てたヒルロッドさんは俺の説明にある程度は納得してくれているようだった。

 ほかの騎士たちは……、首をひねっているな。一年一組はたぶん全員が理解してくれている。メイドさんたちもだろう。とくにベスティさんは自分が関わったのもあってか、何度も頷いて俺に視線を送ってくれていた。なにかこう、熱い。


「ここからが大切なんですけど、大雑把に三か所くらいが『魔獣の巣』になっていると思います」


「『巣』か……」


「ココとココと、ココ、ですね」


 地図の上に指を走らせて、大きく三か所に丸をなぞった。

 一か所は昨日近くを通過していて、そういえばあのあたりは魔獣が多かった。実例も兼ねて説明すれば、俺の言いたいことも伝わるだろう。


「随分と広いな」


「ひとつの部屋でドバっと湧くとは思えません」


 指定した範囲はひとつあたり五から十部屋くらいの、場所というか区画レベルの大きさになっている。

 シシルノさんが一層に同行した時に、だいたいそれくらいで大きな濃淡が出ると言っていた規模から、さらに広めに想定してみた。マージンを取っているともいう。

 そしてそれだけではない。



「鮭氾濫でもそうでしたけど、魔獣が湧いたあとはむしろ魔力が減ります。なのでたぶん、巣……、こうなったらもう『群れ』ですね。それは少しずつ移動しているはずです」


「……魔獣は魔力の多い側に流れるのも、ジェサル卿の説だったかな」


「そうです」


 魔力で生まれた魔獣は、相対的に魔力が多い別の部屋に移動する。その部屋でもまた魔獣が生まれている。それを繰り返せばどうなるか。

 道中で人間を見つければ、それが一気に襲い掛かってくる。それが魔獣だ。


 疲れ顔のヒルロッドさんが急激に老け込んだ気がする。今日で二泊目だ。あまり寝れていない騎士たちはお疲れなのかもしれない。

 メイドさんたちといえば、ガラリエさんが少しかな。なぜ本職が城中侍女のアーケラさんとベスティさんの方が元気そうなのだろう。



 迷宮は綺麗な形をしていない。魔獣がドン詰まりに突き当たってそこで止まっているなら気にもしないが、移動をしていると考えれば、それは警戒すべきだ。


「……ヤヅ。君は経路を変えると言ったが、具体的にはどうするつもりかな」


 なにかを振り絞るようにヒルロッドさんが言う。嫌な予感が止まらないのだろうな。

 当然だ。だってここからの予定経路は『未知の領域』と『比較的安全そう』な場所を通っているのだから。

 なのに俺は経路を変えたいと言っている。未知の場所ならまだしも、安全そうな場所もあるのにだ。


「この地図を作れたのは二日をかけて通ってきた結果をまとめたからです」


 負けじと俺は口を開く。

 たぶんこれが一番マシな考え方だからだ。田村と激論にはなりかけたけれどお互い納得はできた。ヒルロッドさんが田村より手ごわいとは、とても思えない。



「俺たちが通ってきた経路はこういう感じで──」


 指で地図をなぞる。


 今回の迷宮は往路と復路があるわけではない。大きく三角を描いて、一層に登る二つの階段を経由した形で踏破してきた。日付を跨ぐ行程だったので、その範囲はかなり大きい。

 今日の最終地点は最初に降りてきた通称三番階段。俺たちはそこから二番階段に移動して、そこで運び屋たちと別れて今は迷宮の奥にいる。つまりここからの道のりは前半が未知の領域で、後半は探索済みの部屋が多い。


 俺の描いた三角の内側にふたつ、魔獣のたまり場があると予想してある。残りひとつは昨日の狩場で、そこの魔獣は外側に流れるはずだ。今回は無視して問題ないだろう。


「だからあえてここを行きましょう」


 俺の指さした場所は、ふたつある魔獣の群れのすぐ脇だ。


「急いで階位を上げるためかい? それともまさか調査かな」


 押し殺したようなヒルロッドさんの声色は、あきらかに否定的だった。

 だけど俺はシシルノさんの真似事をするつもりはない。



「そういう気持ちがないとは言いません。けれど、むしろ安全だからです」


「安全?」


「未知の領域をなるべく避けて、魔獣が多いことが『わかっている場所』の外側ギリギリを掠めていきましょう」


 今度こそ赤ペンを取り出し、最新の地図に線を引いていく。

 みんなの目が俺の手に集中しているようで、指先が熱を持った気がする。ここでトチったら恥ずかしすぎるだろうな。


「見えていない安全とギリギリの安全。当然こっちですよ」


 それが結論だった。



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