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第107話 掃除当番とまでは言わないさ



古韮(ふるにら)、アンタ逃げようとしたね? 別に引き入れようとは思ってないから」


「なんのことやらサッパリだ」


 出番とばかりに一歩前に出て、儀仗騎士に任命された古韮に一瞥をくれたのは笹見(ささみ)さんだった。

 横には(ひき)さん、背後に深山(みやま)さんと藤永(ふじなが)を引き連れての登場だ。藤永が少し煤けて見えるのは気のせいか。


 それにしても、逃げた、ときたか。

 ついさっき古韮が言ったキーワード、つまり掃除当番。



「いいタイミングだから言うけどさ。あたしずっと気になってたんだよね。ココのこと」


「実はアタシもなんだよね。やっぱ自分らのコトだしー」


 気合の入った笑顔というのは怖い。

 長身の笹見さんと、チャラ系女子の疋さんコンビがニコリと笑いながら不穏な空気をまき散らしている。


「てなわけでさ、委員長」


「な、なんだい?」


 疋さんの迫力に藍城(あいしろ)委員長が押され気味だ。

 馬那(まな)はとっくに逃げ去った。あ、綿原(わたはら)さんもいない。委員長と中宮(なかみや)さんは当然として、なぜか俺と古韮が最前線に取り残された状態になっている。これはいかん。


「やっぱさー」


「掃除は自分たちでやった方がいいってね」


 疋さんと笹見さんってこういうコンビネーションを取る仲だったのか?

 一年一組の連中はどこでどう繋がっているのか、わかりにくくていけない。というより、状況次第でやたらフレキシブルにグループを形成してくるから恐ろしい。



 現在、離宮の清掃は当たり前だけどアーケラさんたちメイド三人衆がやってくれている。


 俺たちが日本から持ち込んだカバンや制服などは、宝箱みたいな大きな箱に入れて鍵をかけた状態で倉庫に放置されていて、メイドさんたちは手を出さない決まりだ。

 どこまで守ってもらえているかは不明だけど、見られて困るものなど知識チートの塊たる教科書やノートくらいなモノだ。それにしたところで短時間での日本語解析は、まず無理だと思う。写本されていた時は知らん。百年後くらいに文明開化するかもしれないな。


 こちらに来てからの資料、つまり白石(しらいし)さんや野来(のき)たちがメインになって作ってくれた公式の研究レポートはこちらの共用文字、フィルド語で記載してあって、別に隠したりはしていない。どうせ全部シシルノ教授に提出してあるわけで。

 俺たちのチートについては書類に残していないし、技能などのメモは日本語で書いてある上に、ワザと漢字を間違えていたりする。少々の誤字脱字があっても読めてしまうあたり、日本語のポテンシャルは凄まじいのだ。


 箱にはいちおう草間(くさま)がトラップを仕掛けてあるけれど、開けた痕跡を見つけたことはないので、そのあたりは勇者たる俺たちに気を使っているのかもしれない。



 話がズれたか。掃除の話だ。


 とにかく離宮に住む俺たちは、極端に私物が少ない生活を送っている。

 ちょっとしたボードゲーム以外は、ほとんどが本や資料ばかりだ。どこぞのマッドサイエンティストよろしく山積みにしたバランスゲームなどをしないで、ある程度の整理整頓はしている。クラス全員の共同生活なので、そのあたりをシッカリしないと怒られるのだ。


 その筆頭格が今、目の前に立ちふさがっている。



「あたしは美化委員を希望するよ」


「もちろんアタシもね」


 俺と綿原さんに古韮と馬那が加わって、わけのわからない迷宮委員とか儀仗隊とかファンタジーをやっていたのに、ここでリアル路線がやってきた。

 古韮の庶務委員は建前だったの対し、美化委員か。美化ね。掃除をしろと。


 笹見さんは温泉旅館で、疋さんはたしか美容室の娘だったか。

 なるほど、清潔さや整理整頓を追い求めるタイプなのは想像できる。古韮め、わかっていたな。



「あ、わたしも【水術】の練習になるし」


「俺も……っす」


 女傑二人のうしろに控えていた深山さんと藤永が、現実的な理由で美化委員を希望した。これで四人。藤永は微妙に納得していなさそうだが、深山さんに引っ張られたのだろう。ならば配慮してやる必要は無い。



「前々から気にしてたんだよね。こっちに来た頃は右も左もだったけどさ、そろそろキチンとしたほうがいいって」


 笹見さんが男前なニカっとしたスマイルで言い放つ。


「べつにこっちに落ち着こうって話じゃないよ。なんかアタシってさー、散らかってたり、どっか汚れてたりしたらダメなタイプなんだよね」


 召喚当初こそ帰還問答でグダっていた疋さんだけど、この場ではしっかりと自分の考えを言ってのけた。語尾は微妙に間延びしているけれど、それはそれとしてだ。


「メイドさんに頼るのもいいけどさ、自分たちの使った場所くらい、自分たちでキレイにしたいんだよねえ」


 実に運動部出身らしいセリフを吐いた笹見さんからは、有無を言わせぬ圧が放たれていた。



「べつにメイドさんたちがやってくれてるんだから、いいんじゃねえか」


「だな」


 田村(たむら)海藤(かいとう)、お前らそれはマズいんじゃないのかな。勇気と蛮勇は別モノだって偉い人が言っていた気がするぞ。

 こういうのにぶつくさ言いそうな佩丘……、アイツは家事がデキる男だったか。除外だな。ならばミアは……、よそ見をしている。アレはたぶん野生の勘が近づいてはいけない場所を察知しているのだろう。普段は空気を読まないくせに、こういう時には見事な行動だ。


「へぇ?」


 ほら、案の定だけど疋さんの声質が変わった。チャラ子系のドス声とか、本当の一部にしか刺さらないだろうに。


「アーケラさんたちは仲間になるわけっしょ。仲間に掃除やらなんやら全部任せるのって、どうなのかなー、って」


 しかも彼女は女子特有の意味不明な同調圧力を使ってこなかった。むしろ理屈と善性をほじくるようなやり方だ。


「た、たしかに」


「おい、海藤、お前」


 速攻で折れた海藤に田村がツッコム。

 いや、ダメだろう、もうこれ。



「そもそもさ、メイドさんたちがいなかったら、その時は自分たちで掃除してたわけでしょ」


「そりゃあ、そうだけどよ」


 疋さんからバトンを受け継いだ笹見さんが、田村にダメ押しをかける。


「自分から立候補したんだ。風呂とトイレはあたしたちでやる」


「俺が男子トイレやるっすかっ!?」


 男気溢れる笹見さんのセリフの背後から、藤永の情けない声が聞こえてきたような気もするが、幻聴だろう。アイツは男子唯一の【水術】使いだ。イケるイケる。


「なあに、【熱術】と【水術】の練習にもなるさ。ただし、細かいところは分担だよ」


「あ、ああ、わかったよ。わかった」


 田村が押し切られたところでゲームセットだった。



 この世界に『クリーン』や『クレンジング』などという魔術は無い。そもそも生活魔法なんていう素敵なジャンル自体が存在していないからな。目に見えるレベルの魔術っぽい魔術は、治癒を除けばモノを動かすとか温度の上げ下げとか、そういうのがほとんどだ。

 よって掃除は一部を除き、普通に手作業になる。


 一部、つまり深山さんや藤永が言うところの【水術】の練習というのは、水を操作することで疑似的な雑巾がけをするということにほかならない。そこに【熱術】を加えれば温水になる程度の話だ。

 このあたりは俺たちが現代科学で思いついたわけではなく、アーケラさんとベスティさんが普通にやっているのを見ただけのことで、むしろこちらはそれを模倣する側になる。

 だからこそ疋さんたちは【水術】使いたる藤永と深山さんを勧誘したのだろうし、笹見さんは自身の【熱術】を磨くつもりなんだろう。


 ガラリエさんなどは【風術】を使って空気の入れ換えをやっているけれど、残念ながらウチのクラスに【風術】を取っているヤツはいない。筆頭候補は【風騎士】の野来と【嵐剣士】の(はる)さんだけど、当面は先になるだろう。



「ええっと、自分たちでも掃除をするのは、わたしも賛成ね」


 静かに見守っていた中宮さんも掃除に前向きのようだ。それっぽいタイプだからな。


 実はそんな中、俺の目はヤバいモノを捉えていた。

 先生の額やら頬に流れる汗。先生……、まさか先生は。料理の時もそうだったけど、掃除も……。いや、なんでもない。

 ダメだ。こればっかりは漏らすと大変な事態を招きかねない。心の中に厳重に封印すべき事柄にしておこう。俺はなにも見なかった。いいな。


「ああ、メインはあたしたちでやる。明日にでも掃除当番表を作るからさ」


「わかったわ」


 いい感じでわかりあえた笹見さんと中宮さんが頷きあう。

 委員長は傍観者だ。彼はこういうところで波風を立てるようなことはしない。彼はわきまえている男だから。そういう生き様は嫌いじゃないぞ。


「がんばろうね、藤永クン」


「あ、ああ、深山っちも」


「うん」


 片方は引け腰だけど【水術】使いの二人も納得はしているようだ。アレで藤永は器用だし、やると決めればそつなくこなすタイプだったりするのだ。



「では。笹見玲子(ささみれいこ)ちゃん、疋朝顔(ひきあさがお)ちゃん、深山雪乃(みやまゆきの)ちゃん、そして藤永陽介(ふじながようすけ)くん。四人を美化委員に任命します」


 なにかこう大団円的ムードが流れたせいか、全員が拍手をすることで四人を祝福した。美しい光景だな。



 ◇◇◇



 こうして実に長かった騎士団役職、またの名を各種委員決めは終わった。

 波乱万丈の展開には疲れたけれど、これも全力で遊んだ結果だ。俺の心には満足感が漂っている。今日はよく眠れそうだ。【睡眠】を使うのだけど。


「そろそろ出てきてもいいんじゃないですか?」


 みんなが浸っている中、そんなセリフを発したのは先生だった。鋭くはない、むしろ穏やかだけど、セリフ自体はただ事じゃないぞ。

 まさか王国の誰か、メイドさんあたりが潜んでいた?


「あ、バレちゃってたかあ」


「いえ、中々のものでしたよ。最初から注意していなければ危ないところでした」


 先生ともう一人の会話。相手の声は男だった。

 というか草間(くさま)だ。


「不自然に気配が消えていきましたからね。むしろわかりやすい欠点かもしれません」


「ああ、そういう。使うタイミングを考えておきます。まだまだだなあ」


 アイツは【忍術士】。【気配遮断】を使っていたのか。



「あのねえ、草間」


「ごめんごめん。悪気があったわけじゃなくって、こうしたら面白いかなって」


 委員長がため息を吐きながら軽く抗議を入れたけれど、草間は軽く受け流す。悪さをしていたわけでもないし、最後には名乗り出るつもりだったのだろう。


「いまさらだけど立候補するよ。騎士団の諜報部員、スパイだね」


 団とか委員とかいうフレーズの最後は部員ときたか。だけど草間の場合、それ以外が逆に考えにくいくらいだ。


「だけど危ないコトは嫌だから、当面は迷宮で偵察だけかな」


「それってもうスパイじゃないよ」


「あははっ、ごめん。地上にいるときは【気配察知】をなるべく使い続けるからさ。それと庶務だっけ? それもやるよ」


 偵察兼雑用に名乗りを上げた草間は、メガネを光らせながら軽く笑った。

 いわゆる陰キャぽいくせに、謎のおちゃらけがあるヘンなヤツだ。



草間壮太(くさまそうた)を騎士団諜報部員に任命するよ。ホントにこれで最後だよね?」


 委員長の宣言で騎士団に諜報部なるものが誕生してしまった。必要といえばそうかもしれないけれど、どこかジャンルが違うような気も。


「うん。二十二人だ」


 指を折って数えてから、ようやく委員長が頷いた。


 そうだな。これで一年一組二十二人全員に役職がくっ付いた。

 今晩の遊びはこれで終わりだけど、それはそれでちょっと寂しい気もしてくるから不思議なものだ。まあ、これからもいろいろなイベントが起きることだろう。



「さあ、明日は朝から掃除だよ。アーケラさんたちを驚かせてやろうさ」


 笹見さんの大きな声にみんなが笑っていた。



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