8話 平和な森
雨が振っていました。
しとしととしずくが昼下がりの森を濡らします。
「寒いね、アニカちゃん」
アニカちゃんがギュッとミサの腕に抱きつきます。
あのパーティーの後からずっと、アニカちゃんはこの調子です。
「学校、行かないの」
首をふるふるとふるアニカちゃん。
もう3日は学校に行っていません。学校は月火水木金の5日行くことはミサもわかっています。なのでこの状況は大変だということもわかっています。
「どうして行かないの?」
「……ミサがどこかに行っちゃいそうだから」
「私はどこにも行かないよ」
「行ったじゃん。嘘つき」
「…………」
ミサは黙るしかありませんでした。
森の鳥たちが水辺に飛んでいます。鳥たちは今、何を考えているのでしょうか? ミサたち人間とは違って、簡単なことを考えているのでしょう。「お腹が減った」「たべものを探そう」「水辺は涼しい」「水を浴びたい」「友だちと話すの楽しい」……。
街に来てから、ミサは難しいことばかり考えています。森に住んでいたことはもっと気楽に過ごしていました。今日の晩ごはんとか、新しい魔法の勉強とか、行ってみたいところとか。
そんな自分は、甘かったのだと思います。
「どうしてアニカちゃんは、ルイちゃんと仲が悪いの?」
ミサはそう訊きました。
アニカちゃんはぎゅっとミサの腕を握ります。弱々しい力で。
「どうしてだと思う?」
逆に訊かれてしまったので、ミサは少し考えました。
「ケンカして仲直りできてない、とか?」
「違うよ」
「じゃあ、大事なものを壊したとか……」
「それも違う」
もう思いつくことがないので、ミサは黙りました。
少し間を開けて、アニカちゃんは笑いました。
「正解はね……わからないの」
アニカちゃんはミサの腕に頬をくっつけました。
「ルイがあたしをいじめる理由は『わからない』の。あたしがガマンして仲良くしようと思ってもね、全然できないんだ」
「そう、なんだ……」
「なんなんだろうね。ルイはあたしの何が嫌いなんだろ」
アニカちゃんが悲しく笑います。
「ミサはどう思う?」
「えっ?」
「ミサは、あたしの嫌いなところ、ある?」
とつぜんそう質問されて、ミサは固まりました。
人の嫌いなところを言ったことなんて一度もありません。好きなところはいくらでも言えるのに。ミサは混乱した頭で一生懸命考えました。
もちろん、アニカちゃんの嫌いなところなんて、出てくるはずがありません。
「なにも、ないよ」
「ほんとう?」
アニカちゃんがバッと顔を覗き込んできました。
「言いたいけど、我慢してるんじゃないの?」
「そんなことないよ。アニカちゃんの悪いところなんて、わからないよ」
疑うような目を向けているアニカちゃん。
ミサはどんどん悲しくなっていきました。
「わからない、か……ないわけじゃないんだね」
何も言えなくなりました。
居心地がとっても悪いのです。アニカちゃんといると、どんどん苦しくなります。この3日間、ミサは気が重かったのです。暗い穴に落ちて抜け出せないような、そんな気持ち。
会話は途切れてしまいました。
ミサはここからどこかに行ってしまいたい気持ちでいっぱいでした。アニカちゃんには悪いけど、アニカちゃんから離れたい気持ちでいっぱいだったのです。
ミサは別のことを考えることにしました。
何を考えようと思った時、出てきたのは——魔女のことです。
やっぱりミサは、魔女になりたいのです。