9話 しあわせになれる薬
街では魔女狩りが激しくなっていました。
ごうごうと燃える炎の周りに群衆がいました。
「魔女に死を!」
「お前らのせいだ!」
「早く死んでしまえ!」
口々にそう叫んでいます。
その横を、ミサとアニカちゃんは歩いていきました。
「魔女狩りだってさ。ミサも狩られちゃうね」
「私は魔女見習いだから、大丈夫だよ」
「同じじゃないの」
「同じだって思いたいよ」
ふたりとも、虚ろな目をしています。
そもそも行く宛もないので、ゆらゆらと歩いているだけです。
森にいては暗い気持ちになる——そう思っての行動でした。ですが、街に出ても結果は同じです。やっぱり暗い気持ちになってしまうのでした。
ミサはちらりと炎を見つめました。
赤く、大きな、炎。
うっと吐き気が込み上げてきます。ミサにとって炎は不幸そのものです。
殺されてしまったエマちゃんのことを思い出すだけでつらくなります。
でも、みさちゃんはもう戻ってこない。
泣こうが吐こうが、戻ってこないのです。
「アニカちゃんは、つらくないの」
アニカちゃんが歩みを止めました。炎で金色の髪が燃えているように見えます。
「エマちゃんが殺されて、悲しくないの」
アニカちゃんはじっとミサを見つめます。
「悲しいよ、そりゃあ」
「じゃあなんで、なにもしないの」
「どういうこと……?」
「この魔女狩りを止めようって思わないの?」
アニカちゃんは足早にミサに近づくと、ナイフをミサに突きつけました。
「それ以上言ったら、あんたを殺すよ」
「だってっ! エマちゃんと同じように苦しんでいる人がいるんだよ! その人達を助けようって思わないの?」
「思わない。だってエマじゃない!」
「エマちゃんじゃなくても、エマちゃんと同じ人たちでしょ!」
「エマと同じなんかじゃない!」
がつん、と地面にナイフが叩きつけられました。
アニカちゃんはぐっと襟首を掴みました。
「同じなわけないでしょ……! エマは8歳の女の子だったし、誰かに迷惑をかけるような子じゃなかった! ましてや魔女でもない!」
「魔女じゃないのは、殺された人だって一緒だ!」
「じゃあ魔女のあんたが死ねばどう!?」
アニカちゃんは肩で息をしながらミサをにらみます。
怖いけど、そんな気持ちにはなれないミサです。
「私は……死にたくない」
「口ではなんだって言える。あんただって、魔女狩りを止めようとしたの?」
「したよ……いちおう」
「証拠は!?」
証拠なんてあるわけがないです。
アニカちゃんを納得させるものなど、どこにもないのです。
ミサが黙っていると、アニカちゃんは石ころを蹴り上げました。
「お前らもケンカするんだな」
男の子の声にふたりはぱっと振り向きました。
そこにはケントくんが立っていました。
すぐさまぎゅっと顔を伏せるアニカちゃん。
「け、ケントくん。久しぶり」
「どうしたんだよ、何を言い争ってたんだ?」
「なんでもないよ。ね、アニカちゃん?」
アニカちゃんはうつむいたままです。
ミサが下から覗き込もうとすると、ばしっと叩かれました。強い力で痛かったミサですが、アニカちゃんが元気そうでちょっと安心しました。
「しっかし、激しくなったな。これも」
ケントくんは炎を指さしました。
魔女狩りの話をしたくなかったので、ミサもうつむきました。
ごうごうと燃える炎の音が大きく聞こえてきます。
うっと吐き気が込み上げて、今にも戻してしまいそうでした。
「ケントくんは、魔女狩りをどう思う?」
「あ? どう思うって……」
ケントくんは呆れるようにして言いました。
「くだらねぇよな。今どき魔女狩りなんて」
その言葉に、ミサはパッと顔をあげます。
「魔女とかどうでもいいわ。人は人だろ」
「ケントくんは、魔女がいてもいいと思うの?」
ケントくんははっきりと言います。
「いていいだろ。どんなやつだって、生きてていいだろ」
ミサは不思議と、吐き気がおさまっていました。
大きく息を吸うと、どこまでも吸えてしまいそうなほど。
「ありがとう、ケントくん」
「んだよ……なんでお前が礼を言うんだ?」
「なんでもないよ。あっ……ケントくん。顔、怪我してるね」
ケントくんの顔の横に、大きなキズがついていました。
「ああ。まぁ、ちょっとな……」
「ちょっとまってね」
ミサは思い出したようにトートバッグから薬を取り出しました。
かつてアニカちゃんにしたように、魔女の薬を塗ってあげるのです。
「うわっ、な、なんだよ急に!?」
「これはね、私の作った薬だよ」
「んな怪しいモン塗れっかよ……うっ!?」
「遠慮しないで、ほら」
嫌がるケントくんに、ミサは薬をべったりと塗りました。勢い余ってかなり付けすぎてしまいました。半分ぐらいでよかったかもしれません。
ケントくんは暴れていましたが、薬を塗ると落ち着いていきました。
「すっげぇキツイ臭いだな、これ……」
「ハーブで作った薬だよ。気持ちを鎮めてくれるんだ」
「変な薬作れるんだな、お前」
ミサはケントくんの頬に優しく触れて、薬を伸ばしていきました。
その間ケントくんは顔を赤くしていました。ケントくんらしくない、しおらしい姿です。思わずミサはふふっと笑ってしまいました。
「な、なに笑ってんだよ!」
「なんでもないよ。はい、終わりましたよ」
薬を塗り終えると、ケントくんは自分の頬を恐る恐る触りました。
「てか、塗りすぎじゃね?」
「ごめん。やりすぎたかも……」
「ま、早く治りそうで助かるわ」
ケントくんは顔をそむけて、ととっと歩き出しました。
ちょっと進んだところで、ぐるっと振り返ります。
「とにかく、今ここらでほっつき歩いてると危ないぜ。魔女と間違われないようにな!」
「ありがとう、ケントくんも気をつけて!」
「じゃあな! ミサ、アニカ!」
ケントくんは去っていきました。
薬の瓶を片付けて、ミサは鼻でいっぱい息を吸いました。
ケントくんの言葉に救われたのは言うまでもありません。あれだけ「魔女は悪い奴」と言われていたので悲しかったのですが、ケントくんのように理解してくれる人だっている。そのことが、たまらなく嬉しいのです。
「帰ろっか。アニカちゃん……アニカちゃん?」
顔をあげないアニカちゃん。ミサは下から覗き込みます。
アニカちゃんは真っ赤な顔をしながら、口をぱくぱく開いてました。
「呼んでくれた……名前、あたしの……」
嬉しそうな様子でした。
ミサも嬉しくなりました。アニカちゃんが嬉しそうだと、ミサも嬉しくなるのです。
「あ、そうだ!」
ふと、アニカちゃんが幸せになる方法が思い浮かびました。
アニカちゃんは、ケントくんのことが好きです。
なら、アニカちゃんとケントくんが恋で結ばれれば、アニカちゃんは幸せになるのではないでしょうか?
そう思ったら、急に目の前が開けたような気持ちになりました。
恋を成就させることは――魔女の得意分野ですから。
「今度、新しい薬を作るね、アニカちゃん」
「え、急になに……? というか、なんの薬……?」
「アニカちゃんを幸せにする薬だよ」
「なにそれ怖いんだけど……」
でも、アニカちゃんは赤い顔でこくりとうなずきました。
ミサは嬉しくなりました。